◇◇◇◇
──────金曜日、姫代学園。
窓の外では日が傾き、空はぼんやり紫紺色。
色付いた葉が落ち始め、冬の足音が聞こえはじめる季節。
霞む夜空に星は見えないが、もうすぐ夜が来る。
クラス担任の久柳は皆の目を醒まさせるようにパンパンと手を叩いて注目を集めた。
『近頃は物騒なので君たちも気をつけ‥‥まぁお前たちが犯人探しをするとか、返り討ちにするとか‥‥とかナンとかそこまで物騒な事態になることは思ってはいない。が、くれぐれも危ない真似はやめるように。絶対に』
『多人数でも夜は決して出歩かない、なるべく人の多い所を通ること』
『って、いうかさっさっと家に帰れ』
今は放課後の部活動は全面的に禁止である。理由は巷を騒がせる
殺人鬼のせいだ。チラッと観たテレビにも『戦慄!殺人鬼』のテロップが上がっていた。
「先生~アニメの観すぎ~~」
「そういう先生が一番危ない奴ダヨー」
「先生が先週の日曜日に職質されて逃げたって、みんな知ってるんですよ~?」
『ハイ。話はここまで、さようなら』
放課後のHRは1分で終了。
ブーブーと文句を垂れながらも、寄り道はせずに真っ直ぐに家路を辿るクラスメイトたち。
いつも通りの教室。いつも通りの喧騒。
皆に軽い笑みを浮かべながら挨拶し、足早に帰路に就いた“フリ”をする。
待ちわびていた瞬間を逃したくない一心で急行する。
誰かにそこまで欲望を突き動かされたのは、生まれてはじめてのことだ。
──────廊下。
歩くスピードをやや速める。
(早く‥‥)
このままならない感情で悶々としながら誰にも気づかれないように静かに警戒しながら教室を出た。
暫くの間、女子トイレに身を潜めて、もう一度周囲を確認して歩き出した。
──────下駄箱。
無人の廊下を緩やかな歩調で真っ直ぐに歩いているけれど、内心は既にこの廊下を一気に駆け出したかった。
心臓は激しく高鳴り、もう呼吸をすることを忘れてしまいそうだ‥‥。
(早く‥‥)
──────体育館。
途中、鉢合わせた先生たちを笑顔を振り撒いて巧く躱しながら、私が目指すのは学内第一校舎三階の生徒会室。
これでもう邪魔物はいないハズだ。
──────問題ない予定通り。
私はガラガラと扉を開けて入った。
電気の落ちた室内。カーテンが引かれ薄暗い。
馴れた手つきで内側から私が鍵を掛けると────、
『やぁ──────遅かったじゃないか』
私が振り向くと、黒のスーツに白衣を纏ったあの彼が、
暗闇の中、テーブルを乗り越えてあの人がやって来る。
「ごめんなさい。榎波先生」
──────彼の名前は榎波春朗。
今年の春、姫代学園高等部に赴任してきた科学教師だ。
彼の胸の中へ女子生徒は飛び込んだ。ただ愛している恋人のように。
零れた声は静かな空間に融けてなくなる。
その背徳の口づけの味は早熟な乙女をあっけなく陥落させるほどほど甘美であった。
◇◇◇◇
窓の外はすっかり闇色に染まっている‥‥‥。
沈黙の落ちた暗い空間に少女のぐぐもった呻き声が空気を揺らす。
濡れた舌と舌とが触れ合い、彼の唾を呑む度に何とも淫らな音を奏でる。身体の芯が熱をもってドクン、ドクンと疼き始める。
自分のものを優しく責めぬいてくる彼にもう限界だと訴えた。
「おねがいします。先生‥‥‥今日は途中でやめないで」
濡れ光る唇と真っ赤に燃え上がる顔で肩が上下に波打つ。
更に一歩踏み出しにじり寄る。
相手は教師で自分は生徒。立場の上でも絶対に許されない。
けど、そんなことどうでもいい。
誰で、ここがどこかということすらも忘れて、
罪悪感とか、倫理観とか、そんな感情すら興奮のスパイスに転化したように、自らファスナーに手を掛けて、開いた。
その制服の襟ぐりから可愛らしい桜色のブラと、しっとりと汗ばんだ艶かしい上気肌が垣間見える。
「……もっと‥‥もっと」
『いいとも』
新鮮な酸素を求めて荒い呼吸を繰り返していた彼女の口に再びキスを落とす。
甘く粟立つ昂りに彼女はもはや寝室の自慰程度では満足できなくなっている。
灼けたような浅黒い肌。
歳は二三ぐらい。
優秀なだけではなく、見た目もかなりの美丈夫だ。
彼の容姿は、俳優だのモデルだのになれる顔だ。背も高い。
何度も自分の体を貪ってくる男の名を繰り返し呼ぶと、その気持ちと連動するようにはしたない鼻息が洩れる。
彼女の内部の何処を責めれば、気持ちいいのかどこを突けば大きな快感を得られるのか、
彼はそれを知り尽くしているかのよう。処女には到底抗えない悦楽をもって脳髄を駆け抜けていく。
背後に回った春朗が手早くシャツを脱がせ、それを使って彼女を手首を縛った。
「‥‥‥‥ハッハッ、セン‥‥セイ?‥‥つぅ!」
『あぁ、ゴメン‥‥痛かったかな?』
心配そうな声とは裏腹にギリギリと腕を捻りあげられ、あまりの痛みに悲鳴をあげる。
蕩けて鈍くなっていた思考が数瞬、クリアになる。
「痛い‥‥離して‥‥ ん 」
この意味を考えようと懸命に思考を巡らせるうちに、榎波先生の唇は一瞬のうちに離れてしまう。
先ほどの妖しい雰囲気は一切なくなり、今度はその迫力に戸惑う。
楽しい夢の時間は、氷水でも掛けられたみたいに、一気に意識が明瞭になった。
左手が強い力で下顎にかかった。
「あぅ‥‥?シェんせぇい?」
おとがいを強く圧迫され、強制的に開いてしまった口腔内へハンカチが入り込み、。
必死の懇願に耳を貸す素振りなど微塵も見せず、
彼の行動はちょっとしたつまみ食いのつもりだったものが、いつまでも続けていたいような欲望に変化した。
『──────ぁあ、もう無理だ。我慢できない』
柔らかいけれど冷たい声が歪な空間の空気を揺らす。 そして、河の流れが血に変わるように豹変した。
──────生温かいものが頭から降りかかる。
教師はその手を掴んで彼女の頭上へ縫いとめるように一纏めにした。
──────何処からともなく現れたナイフを使って。
「────────っ!!」
文字通りに引き裂かれる痛みに、彼女は一気に覚醒した。目を見開いて悶絶する。
「──ゥ゛ゥ゛────ゥゥッ!」
自分自身の置かれた状況を理解できず、たまらず体をバタつかせる。が、抵抗と呼べるような動きにはまるでなりはしなかった。
それどころか両手の掌を貫いた白刃は昆虫標本のように壁に縫い止め、彼女のつま先立てばギリギリ自重を、支えられるような位置に打ち込まれていた。
彼女がこのまま動かない限り、両腕は無事でいられるが、下手に動けば手首からひき千切れてしまう。
『大丈夫かい?』
労うように額と頬を撫でられるが、一層背筋を冷たいものが走り抜ける。
大丈夫?などと、優しく問われても更に恐怖は募るばかりで、答えることなど出来なかった。
『オイ‥‥コラ何か言えよ』
それだけでは終わらなかった。
春朗はことさらゆっくりとナイフの柄を捻り、雑巾を搾るような音とともに、絶叫。
「は、はっ、あ、がぁあああ────ッ」
「ゥウウ~~~~ッ!‥‥‥ッ!」
されど完全に口を塞がれている状態。
叫んでいるのどは大きな吸気の音を立てるのみだ。
この室内で起こる彼女の苦鳴、泣き声、慈悲を求める声。
生まれてはじめての必死な生の感情、いかなる凄惨な残響をも外部に一ミリとて滲ませてはいない。
「フゥッ‥‥フゥッ‥‥ッハァ‥‥ゥ」
冷たい笑みを浮かべじっと見下げるの榎波センセイに、“死”という単語が現実的な縁取りを帯びて滲んでくる。
春朗は磔られた女子生徒の顔を見て、うなじ、首筋、膨らみかけている胸、背中から尻の曲線、むきだしの太ももを見て、最後に全体像を見渡す。
豪快に襟から引き裂かれてボタンが弾け飛ぶ。超暴力的なこの男の振る舞いに果てはあるのだろうか。
まるで飢えていたかのようにまさぐる春朗の手つきは荒々しく、無防備な柔肌を不規則に変形させる。
次いで圧しかけて宙に浮いた縫いとめられた両腕が、メリメリッと軋みをあげる。
「あ゛はァッ‥‥ひぃぃ」
恐怖であれ恥辱であれ興奮には変わらない。
ここからは時間の観念すらも正常に機能していない。
興奮すれば体温は上がり、感覚は鋭く、刺激は鋭敏化する。常以上に外的刺激を拾う。
身体中から汗を吹きす。
涙と鼻汁と涎で塗りつぶされた顔で喚き散らす。
彼女はひきつけを起こしてビクビクと痙攣する少女をの股間は小水にみるみる濡れていく。
『染みができれる?あーあ、もしかして漏らしちゃった‥‥?』
愛おしげに眺めると、ニコリと笑みを浮かべる。高く通った鼻筋に少し薄めの唇が意地悪そうに歪められ
、彼女がもがけばもがくほど彼の五体に潜む野獣の血は次第に熟してくるようであった。
初恋の潤いをドロドロに濁らせ、
何もかも穢し尽くして──────それすらも体内に取り込むかのように。
恐怖と被虐。その末魔さえ一滴残らず絞り出そうとする超暴力。
バタバタと暴れる少女の動きがみるみるうちに鈍くなっていく。そして、遂に暴れなくなった。
(お願い……殺さないで……なんでもするから‥‥‥
しかし、この男のリビドーは更に熱くなる。
彼女の長い睫毛が震え、火焔のような吐息が頬をなでる。
『なんていい顔なんだろうか。もっと虐めたくなる‥‥』
狼が獲物を追うが如く崖っぷちまで追い詰めてくる。
彼女の退路は既になく、捕食されるしかない。
彼女を絶望感に閉じ込められた。
「ィヤァァ‥‥ひぃ゛ぃ゛ぁあ゛あ゛あ゛ぁ゛────ッ!」
楽しそうにそう呟いた彼はびっしょりのショーツを抜き取ると、ぬかるんだ秘壷を鉤爪のような長い指先で、割り開き、浮いたままの腿に腕を通し足をさらに開いた。
『ハハハハ、乙な匂いじゃねーの』
『どうしたの?遠慮なくヨガっていいんだぜ?』
おもむろにズボンのチャックを下ろした。
中から奴のおぞましい陰茎が現れる。それはすでに高くそそり立っていた。
彼のペニスが膣に、にちにちと挿入され、
「──────ぁああぅっ‥‥ヒィぃ」
気を失うことも許されない拷問めいた行為に虚ろに揺れる瞳から涙を流し、最期の懇願するも、榎波は無表情のまま、奥の壁目掛けて女子生徒を貫いた。
「い、ァァァあぁァァアーーーーーッ」
身をよじろうとも、苦しむに構う事無くは抽送を繰り返す。
熱い。心地良い。堪らない。
頚を掴み、渾身の力で締め上げてくる。
(もう、やめて‥‥シヌ‥‥シ──────)
『死ぬんだよ』
榎波は、繋がった状態のままで自身の熱を放つ。
絡ませた素足は死の痙攣を繰り返す。
絶頂の声にも似たと断末魔を吐血の合間に濁った声でふり搾って、角度を変えながら、男との接合を深めていく‥‥。
腹が風船の様に膨れてボコボコと蠢動し、不自由な体を目一杯痙攣させた。
あまりにも凄惨な凌辱にもう声も出せやしない。
春朗は完全に力の抜け落ちたのか細い身体を抱えながら、限界へ向けて打ち震える。
◆◆◆◆
出すもの出したら何もかもがもうどうでもよくなるというのが、男の良いところでも悪いところでもあるように思えた。
『──────いや、どう考えても良くはないな』
壁に描かれた血痕のヒトガタの形をしたものの側で、
『フゥ‥‥‥』
春朗は息を吐いた。
『久しぶりで楽しんじゃったよ🖤満足満足』
────彼の能力は“深愛を抱く蒼”『アナベル』
────彼女の脳細胞をシンデレラの王子様のそれと変えていた。
────注ぎ込まれたこの魔人の媚薬が一体どのような化学反応を示したか。
────春朗の注入する脳内物質のカクテルに彼女自身、自分の灰白質が泥々に融けてゆくのを異常と思う余裕などはなかったのだ。
まぁ、能力で一割。あとは、本人の自力なのだが‥‥。
窓の向こう。ビルの狭間の遠くからはパトカーのサイレンと赤ランプ。
『ま・た・か。どうなってんだこの町は‥‥』
殺しは俺以外で今週で四件目。ハッキリ言ってイカれている。
『こんな胸踊る日が来るとは思っても見なかった!』
正気で立つ人間など既にこの町には居ない。
居るのは、そう‥‥ケダモノだけだ────俺と同じ。地獄の深淵に立つ魔人。ただひとつだ。
『まさか、俺の同類がこんなにわんさかおいでとはな‥‥ハッ』
これからは俺も好き勝手ヤラせてもらおうかな‥‥。
口の端を吊り上げたドス黒い笑いに、持ち前の毒々しい気を総身から発散させ、まさに陽光を怖れる吸血鬼よろしくその魔的な翳が姿を現した。
『どうせならこの死体も罪もソイツらに押しつけて‥‥』
と、まぁ慌てず騒がずいこう。それはそれ。あと百発くらいは楽しむと思っているところだ。
俺は此処にいるぞ。他は一体どんなやつらなんだ?
考えられる魔人対策部の本格的介入までおよそ三ヶ月‥‥!それまでに死ぬのは俺か‥‥お前らか‥‥!ハハハ!!
『旨そうだなぁ‥‥』
彼は早速アイデアを三つほど思いついた。
榎波春朗は楽しそうに一本ずつ指の関節を鳴らし、両手をこすり合わせた。
『‥‥さて、まずは何がイイかな?』
最終更新:2019年11月30日 09:52