プロローグ『手を伸ばした先にあるもの』

いつも見る夢がある
体のあちこちが傷だらけで満身創痍のまま立ち尽くす私
その横に私と同じくらいぼろぼろになった女の子が倒れている
倒れた女の子はピクリとも動かず頭から血を流し血だまりはどんどん広がっていく

ふと広がった血だまりに人影が映り込んでいるのに気づく
顔を上げると地面につくほど長い髪の女性が笑顔で両腕を広げていた

「おめでとう、アナタを迎えに来ました」

倒れている少女のことなど意に介さずこちらに話しかける女性
指を動かすことすらままならない体に力を籠め私はゆっくりと腕を差し出した


      • いつの間にか眠ってしまったようだ。
つけっぱなしになっていたパソコンの電源を落とし出かける準備を始める。
メンテナンスを終えた銃を組み立てマガジンに弾を込めていく、
最後に右腕に取り付けたライフル銃のレバーを引いて排莢し新しい弾丸を込める。
夕日が海面を赤く染めるのを見届け、夜が訪れるのを合図に家を出る。
 ---狩りの時間だ

「まだできていないだと!? 納期は明日だぞ、分かっているのか!!」

大都会 新宿、定時を過ぎてもビルに社畜の明かりが灯る街に怒声が響く。

「ですが社長、この案件のスタッフたちは先々月から一度も休暇を取っていませんし
これ以上はさすがに無理が……」

「勤務時間に終わらない、休日出勤しても終わらない、なら徹夜作業をしてでも終わらせるべきだろう!」

「しかし、そもそものスケジュールが無茶苦茶で……」

「何人使っても終わらせるんだ、それまで誰も会社から出すんじゃないぞ!」

社長と呼ばれた人物は一方的に怒鳴りつけると扉を叩きつけるように閉め部屋を出ていった。
ぶつくさと独り言を呟きながら足早にビルの地下駐車場へと向かう、
高級車が一台だけ止まっているコンクリートで覆われた広いフロア静寂のなかコツコツと革靴の音だけが響く。
乱暴にドアを開け車に乗り込みキーを取り出しエンジンをかける、いつもと同じ一連の動作。
唯一、普段と違ったのはヘッドライトに照らされた異形の腕を持つナニカがこちらにその腕を向けていたことだった。


 ---新宿警察署 刑事課

段ボール箱と紙の資料が積み上げられた一室、机に足を乗せスマートフォンをいじるベテランの雰囲気を漂わせる刑事が1人。

「先輩、出来立てホヤホヤのコーヒーと資料の出前ッス」

紙コップに入れたコーヒーと共に数枚のレポート用紙が机に置かれる。

「ここに持ってきたってことは『いつものこと』なんだろ、気が向いたら読むから雑に説明頼むよ」

姿勢も変えず胸ポケットから煙草、ではなくスルメゲソを取り出し口へと運ぶ。

「まーた匂いのきついもの食べて、いや朝っぱらから酒飲んでるよりマシなんですがね?」

大げさに手を振るジェスチャーを取りながら向かいの席に座り説明を始める。

事件が起きたのは2日前、どこぞのブラック企業の社長が駐車場で殺害されているのが見つかった。
現場はビルの地下、死因は大口径の銃による射殺、直径15mmの弾丸が被害者の胸と車をぶち抜いてコンクリートの地面に埋まってたそうだ。
発見が遅れた原因は他の社員は仕事に追われていた、駐車場は社長しか使っていなかった、など様々な要因があるが・・・

「よっぽど嫌われてたんだろうな、そのお偉いさんは」

「でしょうねぇ、いなくても問題ない。 むしろいなくなってほっとしたって愚痴を漏らす社員もいたとかで」

「んで、この件について捜査をしなくてもいいと決まったわけだ」

よっと掛け声とともに足を下すと散らかったデスクの上から1冊のファイルを取り出す。

「他にも犯人が見つかってない殺人事件があっちこっちで起きてますから手が足りないんスよ。 被害者側が乗り気じゃないなら放置したいってのが上の本音でしょうね」

ファイルの中身が気になるのか空になったカップをごみ箱に投げ捨て横からのぞき込む。

「ふーん、これが先輩が追っかけてる『いつものやつ』ッスか。…いじめにパワハラ、家庭内暴力……被害者なのに加害者ばかりって感じッスね」

「追いかけてるって訳じゃないさ、なんせ捜査しなくていいって言われてるんだから」

「それにしてもこの犯人? ライダーの怪人つーか戦隊モノの敵つーか」

「見た目は甲殻戦隊クラスタシアン似だな、日曜の朝にやってるらしい」

「はあ、先輩ニチアサ勢だったんスか、意外ッスね」

「親戚がファンらしくてな、そもそも地方のローカル番組だから俺もよくは知らん」

ファイルを閉じるとそれを鞄にしまい書類に埋もれたコートを発掘する。

「んじゃちょっくら出かけてくるから、あとよろしく」

「ちょっとは先輩もこっちを手伝ってくださいよー」

「俺は窓際の『ひまじん』刑事なんだ、他のできるやつに頼みな」

冷めたコーヒーを飲み干し部屋を後にする。


都内から電車に揺られて1時間半、小さな港町の無人駅
中年手前の窓際刑事が鞄片手にぶらり旅

「一応、聞き込み調査なんですがねぇ」

自分の心の中の独り言についツッコミをしてしまう自分の口。
年かねと苦笑いしつつ座りっぱなしで凝った体をほぐすように伸びをする。
緩んだ口元とは裏腹にその目は網を張り釣り針を垂らして獲物を待つ漁師のようだった。
すっかり顔なじみとなった町民と雑談を交わしながら情報収集をしていく、
そして獲物が掛かったのを確信すると一人の少女を呼び止める。

「糸引 針縄(いとひき しんじょう)、東京で刑事(でか)やってるんだが少し話を聞いてもいいかい?」

警察手帳を見せながら声は柔らかく、眼光は鋭く、焦らず釣り針を巻き上げるように会話を続ける。

「場所を変えよう、この町は人通りが少ないとはいえあの姿を見せたくはないだろう?」

声を掛けられた時点で気づいていたのだろう、小さく頷いた少女のほうが先導する形で場所を変えることになった。
町内で一番賑わう商店街、唯一の信号機が立つ国道を通り浜辺へ降りる、そこからさらに目立たない岩場へ。
地元の人間しか知らないプライベートビーチのような場所で冬場に近づく人間はまずいない。
それよりも私の眼は先ほどまで少女だったモノへ興味を惹かれている。
歩を進めるにつれてまるで肌から染み出るようにキシキシ音を立てて装甲を纏っていく姿はさながらヒーローの変身シーンだ。

「あの娘がカッコイイと騒いでいた理由もなんとなく分かるな」

足を止めこちらを振り向くダークヒーローの姿を写真に収める。

「あぁ、気にしないでくれ。知り合いが好きそうだったもんでつい、ね」

『要件はなんですか、ナンパなら間に合ってます』

「単刀直入に言おう、まだ続けるのかい?」

『立ち止まる理由がありませんので』

「いーや、この辺で止まってもらわないとおじさん的には困るんだけどね」

『それは刑事として?』

「大人としての義務、かな!」

不意打ちでライン(釣り糸)に結び付けた手錠を投げつけ彼女の右足を拘束、
続けてたわませたラインを波打たせ巨大な鋏、その下部に取り付けられた長銃に巻き付ける。
大型の魚や鮫を釣り上げるように相手の重心移動に合わせてラインテンションを掛けて揺さぶり、さらに追加の手錠を送り出す。
勢いよくラインを伝っていく手錠を巧みに誘導し足の拘束へと引掛ける。

(これで右半身は使えまい、さて仕上げと行こうか)

動きを封じた相手の右側に回り込み再度腕を振るう、宙で大きな輪を描いたラインが首元に落ちる瞬間に合わせ強く引き寄せる。

手ごたえは、なかった。

乾いた破裂音、いつの間にか彼女の左手には拳銃が握られていた。
腰に付けていたのか、足か袖口か、どこから取り出したのか分からない。
腕を伸ばすのではなく脇を閉めるように無駄な力を使わず最短最小の動作でこちらの手元のラインを撃ち抜かれた。

『まだ続けますか?』

彼女は拘束を振りほどくと右腕をゆっくりとこちらへ向ける。
先ほどとは逆のやり取り、銃口を突き付けられた状態でゆっくりと後ろに回り込まれる。

「……降参だ、能力者相手じゃこんなもんさ」

両手を軽く上げ砂浜に座り込む。

「これからはただのファンとして見守らせてもらうよ」

『粘着質で迷惑なファンはお断りします』

「そりゃ残念」

わずかな沈黙、寄せては返す波の音
静寂を打ち消すように甲高い破裂音が鳴り響く
夕日が海面を赤く染めるとき、砂浜には倒れた男性の姿がひとつ
萎びたスルメゲソを咥えたまま軽くライターの火であぶる
ライターをコートにしまうついでにスマートフォンを取り出す

「おじさんじゃあ友達を止められなかったよ、ごめんな」

乾いた笑いを待ち受け画面へ向ける
そこには満面の笑みを浮かべ自撮りをする少女と不機嫌そうにそれに付き合う少女
ぎこちなく、それでいて仲睦まじく肩を寄せ合う姿が映っていた
最終更新:2019年11月30日 10:50