これは私が魔人として覚醒するまでの、悲しい悲しいお話。


  1(?)


「ちょっとイドナちゃん……それ何個目……?」

 学校からの帰り道。
 私が鞄から取り出した飴を口に放り込むと、隣を歩いていた同級生のユリが呆れた表情でそう言ってきた。

「んー、わかんね。百個くらいじゃね?」
「もうっ! 今更とやかく言わないけど、いい加減に甘いもの控えないと体壊す……あ、もう! ゴミをポイ捨てしない!」
「や、別に今さら一つくらいゴミが増えた所で誰も気にしないっしょ。」
「そういう問題じゃないのっ!!」

 ユリは私が適当に放り投げた飴の袋をわざわざ拾うと、小走りで近くのゴミ箱に捨てに行った。
 なんか犬みたいだなーと思ったらめっちゃ笑えた。

 ゴミを捨てたあと、ユリがまっすぐこっちに向かって走ってくる。なぜか笑顔。まるっきり犬だなこりゃ。

「ただいまー……なんで笑いながら頭なでるの?」
「いやー、なんとなく。くっくくく……」
「ふぅん?」

 変なの、と言いつつユリは特に抵抗せずに頭を私に委ねてきた。

 ユリの黒い髪の毛は凄く手触りが良い。細くて、つややかで、凄く綺麗で……まぁだからって『こういう髪にしてやる』と言われても絶対に断るけどね。私は自分のこのピンクくて水色い二色カラーが気に入ってんの。

 そんな感じで延々と頭を撫でながら歩いてるとすぐに駅に着いた。私は電車通学だけどユリはこの近くのアパートに一人で住んでる。
 てことで、普通ならここで別れたりするんだけど。

「…………」

 ユリが腕にしがみついて離れない。

「おーい、どしたん?」
「なんか、なんか。ずっと頭ぐりぐりーってされてたからなのか…………離れたくない……なぁ……?」
「……んで?」

 一応続きを促したが、まぁこの次に言われるセリフはわかってる。

「私の家……行かない……?」
「…………はぁぁぁぁ……」
「何そのため息!?」
「だってオメー、今日で五日連続じゃん。優等生サマがそんなんでいーの?」
「そんなこと言ったって……あぅっ」

 シュンとするユリを無理やり引き剥がすとこの世のおしまいみたいな顔になったけど、まぁ私だって鬼じゃない。
 ユリに向かって右手を差し出す。

「……ほら、行くよー。どーせ我慢なんてできないっしょ?」
「えへへ、イドナちゃん大好き!」
「……ん。私もだよ。」

 ユリの左側しか無い、それでもとびっきり綺麗な目を見ながら私は答えた。


 2(?)


 私の恋人、春原ユリ。高校二年生。
 黒い髪を肩の辺りで切りそろえてるけど、右側の前髪だけ長く伸ばして顔の右半分が隠れるようにしてる。
 羨ましいくらい成績優秀で、人懐っこい性格だからか学校内外問わず人気がある。

 でも、ここまで元気になったのはここ数年くらいのこと。

 ユリの右目は潰されている。しかもその周辺の皮膚もズタズタだ。
 やったのはユリの父親…いや、元・父親。

 元々暴力を振るう傾向はあったみたいだけど、その日はひどく酔っ払って帰ってきて、いつも以上にユリを殴りつけたらしい。
 そんでユリが抵抗すると逆上して、包丁でユリの顔を何度も切りつけた。何度も、何度も。

 極めつけはコレ。その男が逮捕された時、ユリの母親はなんて言ったと思う?
「お前のせいであの人が捕まった。何も悪いことはしていないのに。」だってさ。
 それでソイツも失踪。
 笑い話にもならないような陳腐なセリフだけど、ユリがボロボロになるには十分だった。
 ユリはしばらく入院した後に施設に入れられたけど、それから一週間も経たない内にそこから抜け出したらしい。

 確かあの時も冬だったかな。
 めっちゃ寒い深夜、コンビニで私がちょっとばかりお菓子を買ってきた帰り道にユリがいた。
 あ、こん時が初対面ね。
 橋の、あの、アレ。名前わかんないけど端っこからユリは下を覗き込んでた。
 どう見ても死ぬ気まんまんって感じだったわ。

「へい彼女ー、そこで何やってんの?」
「……あなたには……関係、ないです。」
「まぁそうだね。私にはオメーに何があったかなんてわかんねーもん。」
「そうですよ……だから、さっさとどこかに──」
「うっせぇばーか!」

 ムカついたから脳天にチョップ。

「いった! な、何するんですか……!」
「あー? 私がこのまま行ったらオメーに何があったのか一生わかんねーし。そんなんスゲーむかつくじゃん。」
「……だって、あなたなんかに絶対わかりっこないですし……」
「そんなん聞いてみなきゃわかんねーって。」
「っ! だったら見てみなさいよ! この顔!!」

 今までずっと俯いていたユリが顔をあげて、顔の片側に貼ってあったガーゼを剥がした。
 街灯に照らされて、まだ生々しく残る傷跡が見えた。

 そこで初めて、私はユリの顔を正面から見たんだけど。

「うっわ、マジか……」

 あまりの衝撃で、口に咥えていたお菓子が地面へと落ちた。

「……だから言ったじゃない……」
「あぁ、うん。こりゃー、すげぇ。めっちゃ綺麗。」
「そうでしょ。わかったらさっさと……えっ?」

 あっけにとられているユリの頬をつまむ。

「ひょ、いひゃい」
「うわ、やわっか! ぷるっぷるじゃん……ってかこれ化粧してねぇの!? うそだろー。髪の毛もサラサラじゃんよ。シャンプーとか何使ったらこんなんになるん?」
「何って、別に普通のだけど……」
「はぁっ!? ありえねーって! 私の髪を見ろよ! もうパサパサだし枝毛もヤベーの。いや、何回も染めてんのも悪いけどさー。あ、オメー歳いくつ? タメ? うわー、ショックでけぇー……あ、つーかもうそんなことよりもさぁ!」

 顔をユリに近づける。

「オメーの目、すげぇ好き。」
「な……」
「なんか、キラキラ輝いてんの。別に本当に光ってるわけじゃないはずなんだけど、なんでだろうな。なんつって良いかわかんねーけど、最高に綺麗だと思うよ。」

 ユリの目はまるで宝石みたいだった。右から見ても左から見ても、一回下から覗き込んでみたけどやっぱり変わらない美しさだった。

「でも、こんな傷が……」
「そんなん気になんねって! 落ち込む必要なんてこれっぽっちもないね!」
「……本当……?」
「ホントだって!」

 まだユリは半信半疑みたいだった。まぁしゃーないけどね。ても、こういう時の為にとっておきってのがあるんだわ。

「ほれ、さっき買ってきたんだけど、これ食べてみ。」
「……チョコバット?」
「そそ。」
「いらなもがっ!」

 だいたい断られるのはわかってたからさっさと口にツッコんだ。あ、これ私が可愛い女の子じゃなかったら通報されてたかも。

「どーよほら。どーよ。」
「……むぐ……甘いけど……」
「だろーー??」

 私も自分の分を食べた。甘い。幸せ。

「甘いって幸せだよなぁ。」
「……うん。」
「なー。幸せ感じられるんなら死ななくても良いんじゃね?」
「……ぐすっ……ほんと、甘い……」

 やっぱり甘いものは強いねってことで、チョコバット様のおかげでユリは自殺を思いとどまった。
 やっぱり甘さは偉大だよね。あんなに綺麗なものが無くなっちゃったら世界の損失だからね。


 3(?)


「あー、遅くなっちゃったなー。」

 日が傾いて来たのを見て、私は歩くペースを上げた。
 不意に昔のことを思い出してしまったのは、あの時と同じように両手に買い物袋を持っているからだろうか。
 たった数年程度のことだけど、あの頃とは随分状況が変わったと思う。

 ユリは高校進学を機に施設を出て、支援を受けながら一人暮らしを始めた。

 そして、私とユリは付き合い始めた。今も変わらず彼女は綺麗。
 一方の私はというと、甘いものが大好きだし、髪は派手で口も悪くて……ってあれ、変わってないや。まぁ私のことは良いじゃん。

 とにかく、今日は特別な日。
 私とユリが初めて会った記念日。

 あと、これは偶然だけど明日は私の誕生日だったりする。こっ恥ずかしくて誕生日のことはずっと誤魔化してたんだけど、この間バレてしまった。「なんで黙ってたのー!」とか散々怒鳴られた後、この日に一緒にお祝いしようってことになったってわけ。
 んでまぁ夜は……ってね。まぁいつものこと。

 てことで私はドッサリお菓子を買い込んで、ユリの家に向かってる。甘くないもんはサッパリわかんねーし、そっちはユリが何か作るってことで何かやってるみたい。
 私が食えるもんが出てくればいいな。

「ま、とにかく早く行かないと。あんま遅くなったらまたユリに怒られ……っと、電話?」

 持ってた袋を一旦下に置いて、ポケットの中で震えるスマホを取り出す。ユリからだった。

「おう、どしたー?」
『………って……!……な……っ!!』
「ユリー? おーい。」

 反応がない。
 声は遠くでかすかに聞こえるし、なんかの拍子に間違ってかかってしまったのかもしれない。

 とりあえずもう一度だけ声をかけて、反応がなければ電話を切ろう。
 そう思った直後だった。

『……めて! 誰か! 助けて!!』
「ユリっ!? おい! ユリ!!」

 返事はない。
 だけど確かに聞こえた。

 私はユリの家に向かって走り出した。
 アパートまでは走れば十分もかからない。警察を呼んでいる余裕はない。もしものんびりと到着を待って、その間にユリにもしものことがあったら、私は……!!

 最悪の想像が浮かび、私は一層足に力を込めて走った。
 あとは角を曲がればユリの部屋があるアパートが見える。

 そう思った矢先。角の反対から飛び出してきた影とぶつかり、私は思いっきり吹き飛ばされて地面の上に転がされた。

「っつー……てめ、どこ見て……」

 そこまで言って、私は絶句した。
 目の前に立っていたのは見たこともない初老の男。だが、そいつが着ている服は、不自然に赤黒く染まっていたのだった。

「お、おい、てめぇ……あ、おい! 待て!」

 男は舌打ちをすると、私の声を無視してすぐに走り去っていった。

「嘘だ……絶対にそんなこと……」

 足に力が入らない。
 壁に掴まりながらなんとか立ち上がって、私は再びアパートに向かう。

 あの男はユリのアパートから逃げてきたのだろう。
 だとすれば、あの血は……!!

「あぁ…」

 ユリの部屋まで辿り着くと、そこには想像の何倍も酷い光景が広がっていた。物が散乱し、至るところに割れた皿やガラスの破片が散らばっている。
 テーブルの上にはぐちゃぐちゃになった料理の残骸。きっとついさっきまで綺麗に盛り付けられていたんだと思う。あ、でもお肉っぽい。どっちにしろ食べられなかったかもな。

 そして部屋の奥に、血に濡れたユリが居るのが見えた。壁にもたれて力なく座っている。声をかけても反応がない。

「ユリ……」

 私は冷蔵庫の中から炭酸ジュースを取り出して飲んだ。
 汗をかいて乾いた喉に、甘さが染み渡っていく。

 ユリの前にしゃがみ、様子を見る。
 近くに包丁が落ちていた。多分これで胸と腹を何回も刺されてて、今もどんどんと血が出ているみたい。
 あとは顔が……俯いてるからよく見えないけど、顔からも血が垂れている。
 わずかに動いてるところを見ると、まだ息があるみたいだ。ひとまず安心した。

「おーい、ユリ。聞こえる? 来たよー。」
「………ぁ……イ……ド……ちゃ……」
「そそ、イドナだよ。」

 ユリの顔がほんの少しだけ持ち上がってこっちを見た。相変わらず綺麗な左目だ。

「良かった。無事みたいだね。」
「イド……ちゃん……ごぼっ、げっ!!」
「あー、無理に喋んなくて良いって。ちょっとそのままで良いから聞いて。」

 頭を撫でると、ユリは小さく頷いた。
 ジュースを飲む。甘い。美味い。

「あー、んとさ、私さっきまでユリが心配で心配で仕方なかったんだよね。本当だって。もう心配で心配で、思わず買ってきた大量のお菓子を置いてここまではしってきたんだから。信じられないっしょ?」
「………ぅ……」
「でもさ、ここに着いて、実際にこの目で見た時にわかったんだよね。」

 ユリが咳き込む。呼吸にも血が混ざってきたのか酷く苦しそうだけど、そんな状況でもユリは私の話を聞こうと、こっちをじっと見つめてきた。
 あぁ、ホント……

「私、ユリのこと好きじゃなかったわ。はっは。」
「……………」
「あ、別に嫌いってわけでもないよ。私が好きなのは甘いお菓子と──」

 頭を撫でていた手を、そのままユリの横顔まで這わせる。

「ユリの"目"だったんだよね。」

 眼球に沿って傷つけないように、ユリの目の中に指を突っ込む。
 ユリの体が震えたが、まともに声が出ないみたいだった。血の混じった咳を何度も繰り返している。

「痛いよねぇ。それは本当に悪いと思うんだけど、でもユリが生きてないといけないんだってさ。さっき頭の中に聞こえたんだよね。こうやると、私の大好きな甘いお菓子と、私の大好きなユリの左目が一つになるんだってさ。」

 ぐちゅり、ぐちゅり。
 眼球を傷つけないように慎重に、丁寧にほじくり出していく。
 視神経? よくわかんないけど、奥で繋がってるところは思ったより固くて丈夫だった。これじゃ漫画みたいにブラブラ揺れたりしないなーなんてそんなことを考える。

「よし、もうちょっとの辛抱だからな。いくよー。」

 反対の手に、さっき見つけた包丁を握ると、引っ張り出した眼球の根本を包丁で切断した。
 それにより、私の魔人能力『ペイン飴』が発動する。

「……っ!! げぼっ、が……ぁぁああ!!」
「はっ、はは! これ見なよ! あ、見えないんだった。残念だなー、あー! やっぱ思った通り最高だわー!!」

 私の手の中には、キラキラと宝石のように輝く飴玉が握られていた。

「なー、ユリ! 私、ユリに会えて良かったって心底……ん……」

 次の瞬間、ユリの顔が目の前にあった。
 唇と唇が重なる。
 わずか、一、二秒の出来事。

 そして、ユリはそのまま私の胸の中に崩れ落ちた。

「……よくこの状況で笑えたなぁ。」

 息をしなくなったユリの顔を見て、思わずそう呟いた。
 ユリの体を横にどかし、立ち上がる。

「……あー、口ん中鉄くせ。こりゃどっかで口ゆすいでこないとダメだなー……」

 手の中の飴玉をティッシュに包んで、ポケットにしまう。

「そうだ。アイツまだこの近くに居るかな……」

 靴を履きながらふと、ユリのことを包丁で刺した男のことを思い出した。
 ユリは私の大切な恋人だった。
 それなら、まぁ敵討ちしに行くってのも変じゃないよね。

「ま、先に置いてきたお菓子を回収して、それから探してみようかな。」

 そう言って、私はユリのアパートから外に出た。




──っていう話を昨日考えたんだけど、めっちゃ良くね? どう思う?





 東京都内某所。深夜。
 繁華街から程なく離れた人気のない裏通りに、椎江イドナは居た。
 棒付きキャンディーを舐めながら、目の前の男に向かって話しかけている。

 男はここら一帯を縄張りにしているチンピラだ。オールバックにスカジャンという、今どき逆に珍しい格好をしているが、今では両手縛られた状態で地面に転がされている。
 そして、その周辺には男の仲間たちが数名、それぞれが手足を一、二本失って芋虫のようにうごめいていた。

「ねー、聞いてる? どうよ私の魔人能力発覚ラブストーリーは。ま、全部ウソなんだけどさー。あっはっはは!」
「……うるせぇ。くだらねぇこと言ってないで、さっさと殺したらどうだ……!」
「んー、残念だけどそれはできないんだよねぇ。ま、ちゃんと説明してあげるから聞いてよ。」

 イドナはスカートを覆うようにぶら下げている多様な器具の中から、独特の形状をした銀色のスプーンを手にとった。

「お、おい! 何する気だてめぇ! こっちに来るんじゃねぇ!!」
「まぁまー。これさ、お店でアイスクリームとか取るやつね。よく見るっしょ? それをちょっと研いだり削ったりしたんだけど──ほいっと。」
「っぎゃぁぁぁあああ!!!」

 イドナが手に持ったスプーンを振り降ろすと、男の太ももが服の上から丸ごと抉られていた。
 激痛にのたうつ男。太ももから大量の血が吹き出す

 だが、イドナの持つスプーンは違った。

「っはー! 見てよこれ、めぇっちゃ甘そー!」

 スプーンの中に収まっているはずの男の肉片は、同じ大きさの黄色く透き通った球体に変化していた。
 イドナはそれ躊躇せず口に運んだ。

「っっっっあっまぁぁぁぁぁーい!!! 脳が溶けるわぁーー!!」

 興奮のあまり、イドナはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 これがイドナの魔人能力『ペイン飴』である。
 イドナの意思によって生体を分割することで、甘い飴を生み出すことができるのだ。
 そして、生み出される飴も、ただのお菓子というわけではない。

「ひっ、な、なんだよこれはよぉぉ!!」

 男の太ももから流れ出ていた血液。それがみるみる内に集合し固まると、数センチほどの球体へと変化した。その数は合計で八つ。
 そして、球体がわずかに震えたかと思うとやがて表面が割れ始め、中から飴色の羽をまとった八本足の昆虫のような見た目の生物が這い出てきた。

「この子たちねー。甘い飴なんだけど、生きてるっぽいんだよね。よくわかんねーし、私は甘いから別に気にしてないんだけどさ。」

 イドナがそのうちの一つをつまみ、再び口に運ぶ。

「んー、あまうま~……それで、この子たちを作るには生きてる奴から肉とか切りとんなきゃいけないんだよね。だからもう大変で大変で。」

 男は周囲の仲間達を見る。
 全員、生きている。
 そしてその周辺には、血液から生み出された生物がカサカサと大量に這い回っていた。

「おい、そこでアニキに何してやがる!!」

 イドナの背後から声が聞こえる。
 男を探しにきた仲間に見つかったようだ。手には金属バットを握っている。

「このアマぁぁぁ!」
「待て!! 来るな!!」

 振り向くことすらしないイドナの後頭部めがけ、金属バットが襲いかかる。

 鈍い音が響く。

「は……?」
「……この子たちさー。私の命令とか全然聞かないんだよね。なんか親とでも思ってるのかわかんないけど。」

 金属バットとイドナの間に、黄金色に輝く壁ができていた。
 それは、飴状生物の集合体。無数の飴の集まりだった。

「今みたいに私のことを攻撃しようとするやつが居ると、助けてくれんの。」
「う、あ、やめ……ぎゃぁぁぁぁっぁあああ!!」

 バットを持った男は一瞬で黄金色の壁に飲み込まれて姿を消した。
 イドナはその様子を見てため息をつく。

「ま、すぐ食べられちゃうのが難点なんだけどね。あーあ、せっかくグダグダ長話して獲物来るの待ってても、これじゃ意味無いわー。命令聞いてくれないって不便っちゃ不便なんだよね、ホント。」

「ぐっ……うぅ……ぐすっ……」
「ん、どうしたの? 泣いてんの? 男のくせにだらしないんじゃないのー?」
「頼む……助けてくれ……なんでもするから……」
「んー………」

 イドナは一瞬考える素振りをし、男に向かって笑いかける。

「いや、別にいいかな。」
「そんなこと言わないでくれ! 頼むぅぅ!!」
「私、別に欲しい物とか無いんだよねー。あ、できたらなるべく長生きしてくれると嬉しいかな。そしたらたくさん飴食べれるし!」
「やだ……いやだぁぁ……」
「あ、そうそう。忘れるところだった。」

 イドナは男の口を無理やり開け、舌を掴んで引っ張り出す。

「ひひゃっ!?」
「舌のこの先っぽの所。甘みを感じる所なんだってさー。素敵よね。なんかここだけ特別美味しい気がするからさ、先に貰っておくね。」

 スカートを覆う器具の中から、ハサミを掴む。

「ひゃひゃ……ひゃへへ……」
「まぁ、あとオメーうるさいし? 丁度いいかな。」

 ジョキン。

 ※ ※ ※

「んあーーーーーーーーー…………あ、死んだ。ぺっぺ。」

 逆さ吊りにした男の下で大口を開けていたイドナは、口の中に入ってくる飴の味が血に変わったことに気がついて眉をひそめた。
 この場にはもうイドナしか生きている者は居ない。
 徐々に空が白み、この凄惨な場所を朝日が照らし始めた。

「うわ、もうこんな時間かー。最近警察も鬱陶しいし、今日はもう帰ろうかなー。」

 イドナは上着のポケットから透明な袋を取り出すと、それを空に向かって掲げる。

「明日もまた甘いもん食えるかな? なぁ、ユリ。」

 袋の中では、小さな飴玉が宝石のようにキラキラと輝いていた。
最終更新:2019年11月30日 11:23