『焼いた白子が運ばれてきた。「これだよ」と、男は言って、白子を口に入れた。オレも食った。いつものことだが許されないものを口に入れてる気になる。罪そのものを食っている感じだ。そして罪を食うとオレ達は元気になる』  【村上龍料理小説集】


◇  ◇  ◇


 カツカツと、小気味のいいローファーの足音が校内に響く。生徒会長、西条なつみは真っすぐに歩く。背筋はピンと張り、一切迷いなく、よそ見一つせず進む。それは歩くというより、突き進むと表現した方がいいような、妙な迫力のある姿だった。

 「会長お疲れ様ですー!」
 「うーす、会長、もう帰り?」
 「会長―!また今度タピりましょうねー!」
 「か!会長!何か手伝えることがあったら…!何でも言ってください!」

 男女問わず話しかけられる。世の中には良くも悪くも目立つ、存在感のある人間がいる。西条なつみは間違いなくその部類であった。

 「お疲れ!」
 「ちょっと用事があってね!」
 「原宿に新店が出来たらしいから今度行こう。またバレー部のみんなでね!」
 「ありがとう!頼りにしてるよ!」

 ハキハキと、律義に、それら呼びかけに応えていく。普段忙しくしている会長は、時折早く帰宅する。生徒たちは気が付いていない。そんな日、西条なつみの切れ長な瞳にぎらついた光が灯るのを。


◇  ◇  ◇


 (クッソ寒いんですけど!)

 冬場だというのに日に焼けた肌、ジャラジャラと音を立てるシルバーアクセ。見るからにチャラ男といった空気感丸出しの男、茶羅山槍夫は内心毒づいた。

 (ま、美味しく女をいただくためにはこれくらい必要な痛みよネ)

 槍夫はヤリチン、女好きの遊び人と言われている。それは事実だが、楽にその地位を得ていると思われるのは心外だった。

 (日サロに定期的に通って奇麗な小麦色の肌作ってるし?会話のネタはいつだって集めてるし?ジムに行ってガッツリ割れた腹筋作ってるし?)

 それになにより

 (女が騒いでも黙らせるだけの腕力は持ってるし?適度な暴力の振るい方も心得てるし?屋上からダイブ!しない程度の脅し方も身につけてるし?うん!やっぱり女にも金にも困らないのは努力の成果だよな♪)

 独りよがり極まる持論で自己弁護しながら、槍夫は夜の渋谷の街をぶらつく。目的は当然獲物探し。連日の殺人事件により、夜の渋谷の街は人気がすっかりと減っていた。

 (みんなビビりすぎ超ウケる。ヤバい奴を見分けるセンス?っつーの?とんでもねーやつと会わないようにすればそれでオールOKだし。)

 連日連夜殺人事件について報道されている。確かに毎日のように人が殺されている。とはいっても街中血に染まっているというわけでもない。一夜にしてゴーストタウンになったというわけではない。

 (広い渋谷、ヤバい気配に敏感な俺なら全然ヨユーよヨユー。)

 槍夫の考え方は単純ではあるが理屈としては合っていた。大都会のそこかしこに殺人鬼がいるというわけではない。出会わなければそれで問題ないのだ。

 (こんな日に出歩いてるヤバくなさそうな女、そーゆーのはニュースも見ないアホか、行き先なくて弱ってる子!どっちでも美味しいネ!)

 槍夫が浮かれるのにも理由がある。事実、この考え方とヤリ方で、三日連続のお持ち帰りに成功している。欲望丸出しの表情で、槍夫は獲物を探し街を徘徊する。

 浮かれ気分で路地を進む槍夫の目に、一人の女が止まる。ハッキリ言って地味、弱気、びくびくとしながら薄暗い路地をおっかなびっくり進んでいる。猛獣だらけのジャングルを進む小鹿といったところか。小さなポーチバッグを不安げに抱えている。

 (♪たまにはあーゆー大人しそうなのをガッツンガッツンやるのもいーかもねー♪)

 「あれ、君どうしたの?テレビ見てないのかい?こんな夜中に女の子一人じゃ危ないよ!?」

 出来るだけ爽やかに、声音だけは好青年そのもので槍夫は話しかける。瞬間、ビクリと女は振り返る。高校生くらいか、大学生くらいか、今一つ判別がつかないが、怯え切っているのは間違いなかった。

 「俺も仕事の都合でどうしても夜中に移動しなくちゃいけなくてね…ハハ、実はびくびくしながら街を歩いていたんだ。もしよかったら一緒に歩かないかい?」

 敢えて自分の弱さをさらけ出し、信用を掴む。槍夫の常套手段だ。

 「…こ、困ります…近づかないで。」

 想像以上に激しい拒絶。女は槍夫を突き飛ばした。突き飛ばしたといっても、女の細腕では少し触れた程度にしか感じなかった。


 しかし、その瞬間。


 槍夫は、激しく勃起していた。理由は自分でも分からない。女に触れられただけでここまで興奮するなんて、童貞丸出しの中学生みたいだ。はっきり自覚できるほどに性欲が倍増している。ギチギチと自分自身がズボンの下で暴れている。痛いくらいだ。

 (なんだ・・・!?こんな野暮ったい女、たまの味見くらいの気持ちだったのに、今すぐヤリたくてしょうがねえ~!)


 突然の事態に困惑する槍夫から、女は小走りで離れていく。逃げ切れたかと確認するためか、女は振り返った。

 そうして、女が右手を頬にあてた瞬間。


 「絶対犯す。」


 気が付いたら槍夫は口に出していた。女が倍は淫靡に見えてきたのだ。怯えている表情は先ほどと変わらない。野暮ったい服装も何一つ変わらない。にもかかわらず、急激に女はいやらしく映った。

 (俺にヤられたいに決まっている。)

 そう思ったら最後、槍夫は駆けだした。女も追ってきた槍夫から急いで離れようとしたが、まるで速さが違う。槍夫はあっという間に女を捕まえると、口をふさいで黙らせた。ヤるための場所は当然把握している。近場の公衆便所の個室に無理やり連れ込んだ。


◇  ◇  ◇


 「いや!やめて!」

 身をよじりがむしゃらに暴れる女。しかしそんなもの、鍛えた大の男には全く通用しなかった。何も言わず、無造作に槍夫は女の頬を殴る。いきなりの衝撃に、女は目を白黒させる。

 (最初が肝心、『殴れちゃう』やつが相手と理解させとかなきゃね!)

 「ヒッ…」

 先ほどまでの抵抗が嘘のように、女はガタガタと震えるばかりで動こうとしない。下手な抵抗は痛めつけられるだけと理解したようだ。

 「お願いします…やめて…酷いこと…しないで…」

 潤んだ瞳、赤く腫れた顔で懇願する。

 「お金なら…少しありますから…お財布の中身全部持っていっていいから…許して…ください」

 そんな姿に、槍夫はひどく興奮した。元から無理矢理ヤる方が好きであったが、今はこの弱く、か細い女をぐちゃぐちゃに蹂躙しつくして、牡蠣色のどろりとした精液を腹の中にぶちまけてやりたくてしょうがなかった。抵抗する心をぶち折って、やめてやめてと呟くだけの肉人形に堕としてやりたかった。

 女のスカートの中に手を突っ込み、ストッキングとパンティを強引に足首まで引きずり下ろし、簡易的な足枷とする。足元の覚束なくなった女の髪を鷲摑みにし、無理矢理に立たせる。


 「見てよこれ~、あんまりヤらしいからさ~、こんななっちゃったじゃん?責任取るのは当然っしょ~?」

 ギンギンにそそり立った肉棒を、女のヘソのあたりに服の上からぐりぐりと押し付ける。先走り汁がぐちょりと女の服を穢した。

 「俺の、でかいから、ココらへんまで届いちゃうかな~?しっっかり意識しろよ?開ききったまま戻らなくしてやるからな。」

 前戯も何もなしに、槍夫は女の茂みに自らの槍先を突き刺そうとする。いやいやと女は首を振る。涙がボロボロと零れる。鼻水を垂らし、しゃくりあげる。必死に手で押さえようとするが、槍夫の勢いは全く止められない。


抵抗虚しく、ぐぶりと女の腹の中に槍夫の肉槍が深々とねじ込まれた。




かのように思われた。



 ぐにゃりと、槍夫の視界が90度回転する。その歪んだ視界に疑問を持つ時間もなく、槍夫は地面に倒れ込んでいた。

 (あ?ナニコレ?喋れない?動かない?あれ?)

 混乱しきった槍夫の上から、凛とした声が響く。

 「特製の筋弛緩剤さ。効くだろう?なんせ倍は早く回るから。」

 いつの間に取り出したやら。注射器片手に女が語る。先ほどまで小動物のように震え、強者に成す術もなく懇願していた女が。

 (…こいつは、誰だ…?あの女はどこに行った…?)

 薬で混濁した槍夫の頭脳では、自分を見下ろす女が先ほどまでの獲物と同一人物だと認識できない。

 「いやあ、最後までさせてやってもよかったし、させてやったこともあるけどね、最近人目についちゃったこともあるから、手早くしたくて。ごめんね。」

 まるで待ち合わせに遅れたことを詫びるような気軽さで、女は続けた。視線、立ち方、表情、身にまとう空気感、そういったもので人は印象が全く変わる。先ほどまでの地味な女は消え去り、強烈な存在感を放つ女生徒が現れた。

 その名を、西条なつみという。

 「私の演技力、なかなかのものだろう?」

 乱れた着衣を整えれば、そこにはもう雌獅子を思わせる生徒会長しかいなかった。


 (…!!!…!ヤバいヤバい!こいつはヤバい!とびきりヤバい!)


 槍夫は恥も外聞もなく這って逃げようとするが、体はピクリとも動かない。涎がだらだらと意識に反して垂れ流されるだけである。何故こんなにもヤバい奴に気が付けなかったのだ?自問したところで結果は覆らない。すなわち、西条なつみの罠にまんまと引っかかったという結果は。

 「懇願する女性を無視してレイプ?あれほど泣いて許しを請う女性を?いけないなあ、君は実に悪い人だ」

 話しながら、なつみはポーチバッグから鞄を取り出した。その鞄はポーチバッグよりも一回り以上大きい。まるでポーチバッグの容量が見た目以上に増えているかのような、不思議な光景であった。その鞄から、さらに一回り大きいキャリーケースが出てくる。

 「少し狭いけどここに入っていてくれ。なあに、見た目以上に広くなっているから入り切れるさ。」

 身動きできない槍夫に薬剤を追加投与。槍夫は完全に意識を失った。成人男性が入るにはとても厳しいと思われる大きさのキャリーケースに、いかな魔術か、ぐったりとした槍夫がしまわれる。

 西条なつみは、鼻歌交じりに屈強な性犯罪者を拉致して見せた。夜はまだまだ長い。


◇  ◇  ◇


 意識を取り戻した時、槍夫は全裸で、大の字で台に固定されていた。まだ頭がくらくらとしている。今の状況に現実感がわかない。

 「おや、気が付いたかい?」

 曇った思考を切り裂くかのような、澄み切った声。自分を見下ろす美少女と目が合った時、槍夫は全てを思い出した。

 「…ここはどこだ?なんでこんなことしやがる?お前は誰だ?」

 「ハハ、元気だね。ただ質問をそうまとめてするのはいただけないよ。いっぺんに答えるのは難しいのだから。」

 困惑する槍夫に、馬鹿丁寧に、恭しくお辞儀をして告げる。

 「私は西条なつみ。ここは実家の地下室さ。どれだけ騒いでも外に声が漏れることはないから安心するといいよ。」

 すんなりと答えられたことに拍子抜けする槍夫をよそに、なつみは何か色々と道具を並べ始めた。

 「これで、お前は誰だ?とここはどこだ?に答えたから、あとは何故こんなことをするか?かな。これはちょっと一言で説明するのは難しいから、やりながら話すよ。最近はこういうのに凝っていてね。」

 並べられたのはどこにでもある家庭用品。何か変わったものがあるというわけではない。

 「君は見ず知らずの女性にいきなり襲い掛かり、それどころか犯そうとするとんだ卑劣漢だ。完全に手馴れていたね。当然、他にも散々罪を重ねてきたんだろう?…今までどんなことをしてきたか、教えて欲しいのさ。」

 槍夫は呆れた。目の前の女のヤバさは感じ取っていたが、だからといってベラベラと罪を告白するはずがない。

 「正義の味方気取りかヨ。教えるわけねーじゃん?」

 「ハハ、当然すんなりと話してはくれないのは分かってたよ。だからこういうのを用意したわけだし。」

 そう言うと、手元にある日用品の一つを槍夫に見せつける。大きめのピーラー。野菜などに使う皮剥き器だ。爽やかな笑顔を全く崩さず、なつみはそれを槍夫の足に近づける。

 「さて、改めて聞くよ?今までどんな罪を重ねたの?」

 そう尋ねると同時に、全く躊躇わず、何でもないことのように、なつみは槍夫の脛を削った。そのピーラーは通常では考えられないほどの切れ味になっていた。皮だけではなく、骨までも、鰹節を削るかのように、ずるりと2ミリほどの薄さに剥かれた。

 「あああ!!ぎゃあああああああぁぁぁぁああああ!!!あ!あぁ!」

 自分でも信じられないほどの大声が口から噴き上がる。当然だ。弁慶の泣き所を削られて、尋常でいられる人間がいるはずもない。

 「あ!あ!ひぃ!あいぃぃ!」

 今まで経験したことのある痛みはお遊びだったのかと思うほどの激痛。必死に身をよじるが、台にしっかりと固定されており逃げ場がない。

 「ほら、何をしてきたんだい?」

 悶絶する槍夫の事情など一切考慮せずさらに削った。脛骨に付着する骨膜がでろりと垂れる。髄が顔をのぞかせ始めた。

 「あああ!いう!いうから!やべでやべで!」

 槍夫はあっさりと心が折れた。元々我慢とは無縁の人生を送っていた槍夫に、この鋭すぎる痛みに抗えるはずもなかった。

 「今日みたいにして!何人もヤりました!」

 槍夫の告白に対しなつみは、ふむ、と一つ息をついた後、さらに削った。髄液が一つ、なつみの頬に飛び散った。

 「いぎゃ!!なんでぇ!?言ったじゃん言ったじゃん!」

 「いやいや、もっと色々やってきただろう?それに全然具体的じゃないよ。どれくらいの人数?どんな風に?どこで?誰と?」

 今度は脛の方からではなく、ふくらはぎの方から削る。膝裏から、下腿三頭筋だけでなくアキレス腱までまとめて一気に削る。

 「あぎゃびゃうぅぅ!あ!あ!」

 泡状の唾がブクブクと口から零れる。涙も、鼻水も、汗も、顔面から出る液体全てがだらだらと溢れ出る。


 「何人かなんて覚えてません!散々ヤりました!クスリをバッチリキメさせて廃人にしたり、ウリやらせたりもしましたぁぁあああ!」


 「お、いいねいいね。そういう感じだ。その調子でもっと教えてくれ。まだまだ道具はいっぱいあるからさ」

 むき出しになった脛骨に、釘が打ち込まれた。
 あばら骨がハンマーで砕かれる。
 足の爪をペンチで一枚一枚剥がされた。

 その度に槍夫は、必死で自分のしてきたことを振り返り、早く終わってほしい一心でさらけ出した。

 何人も堕ろさせました。
 彼氏持ち拉致ってまわしました。
 彼氏の方もボコしました。

 思いつく限り、自分の悪行を全て、出来る限り詳細に語った。勿論記憶にすら残っていない、ヤリ捨てた女も山ほどいたが、思いつく限り話した。

 「これで…じぇんぶでず…ぼんどうでず…だから、もうやめて…」

 しかし、なつみはまったく拷問の手を止めない。コルク抜きで右目をえぐりとった。

 「信じられないなぁ。まだまだ何かあるでしょう?」

 「あああああ!ほんとうなんでず!しんじでぐだじゃい!」

 必死の懇願を、爽やかな笑顔、凛とした声で切って捨てる。

 「君みたいなのの言葉を信じられるわけないだろ?もう少し痛めつけなきゃダメかな?」

 缶切り、タワシ、アイロン、ホッチキス、紙やすり、金串…。日用品が続々と運び込まれた。普段見る分にはなんでもない品々が、これからされることを思うと悍ましい呪具か何かにしか見えなかった。

 「さて!まだまだ始まったばかり!どんどん話していこう!」


◇  ◇  ◇


 「お…げ…ぶぇ…あ、ぱ…」

 一時間。ほんの一時間で、槍夫は見るも無残な姿にされていた。自慢の日焼けした肌は全て剥がされていた。右足は全て削り切られ、前歯はやすりで粉状にされた。奥歯はペンチで砕かれた。大きさが自慢だったペニスは大根おろしでペーストのようにされた。

 焼かれ、切られ、割かれ、裂かれ、潰され、捩じられ、千切られ、擦られ、折られ、嬲り尽くされていた。

 「ふーむ、本当にさっきので終わりだったかぁ。」

 爪切りで右手の指を全て切り潰した後、ようやくなつみは槍夫の言葉を信じた。

 「ど…じで…なん…で…」

 必死に振り絞り、疑問をぶつける。何故こんなことをするのか。

 「どうしてって君が悪いことをしたからさ。」

 その軽い物言いに、槍夫の砕けた感情が拾い集められ、怒りとなって表れた。どうせもう自分は助からないだろう。ならば言いたいことを言って、すまし顔のメスガキを怒らせて、さっさと殺されて、唾を吐きながら死んでやる。酷く消極的ではあるが最後の目的が生まれた槍夫は、命の残り火を必死で燃やす。

 「お!おまえが!はめたくせに!さぞっで!やらぜだぐぜに!」

 確かに槍夫は女の敵で、どうしようもないレイパーだ。しかしあの異常な昂り、なつみがそうなるよう仕向けたのは明白だった。

 「まあ、確かにそうだけど、結局君は他に悪いことしてたじゃないか。これでも見る目には自信があってね。ほとんど(・ ・ ・ ・)間違えたことはないさ。」

 それは、つまり。何回か間違えたことがあるという事。誘われた結果初犯に至った人物に、苛烈極まる拷問をしてきたという事。

 (なんなんだ…!なんなんだこいつは!)


 目の前の美しい女生徒が、人の皮を被った得体のしれない者に見えてきて、ガタガタと震えが襲う。

 「そしてね、最後の目的はね…」

 震える槍夫を尻目に、なつみはえぐり取った右目を摘み上げる。口元に持っていき、舌先に乗せた。チロチロと眼球を遊ばせる。酸鼻極まる光景だった。

少し遊んだ後。

なんでもないことのように。

なつみは目玉をごくりと飲み込んだ。蛇が鳥の卵を丸呑みするように、美しく白い喉元を目玉がずるりと通っていく。なつみの頬は紅潮し、瞳は潤み、淫靡極まる濡れた顔を見せた。

「あ…美味しい♡」

「あ!あ!あ!あ!あああああぁぁぁぁぁ!!」

槍夫の喉から、自分でも信じがたいほどの悲鳴が漏れる。食った。目の前の女は。人を。自分を。食った。食ったのだ!

海には危険な生物なんて山ほどいる。それでもサメが人に根源的恐怖を与えるのは何故か?答えは簡単。サメは人を食うからだ。知性ある生物である人間を、そんなものに尊厳はないと言わんばかりに【餌】と見る存在。

文字通り、捕食者を前にして、槍夫は失禁した。排泄するためのペニスはすでにすり下ろされていたので、下腹部の赤黒い穴からちょろちょろと尿がこぼれた。

「な…なん…なん…」

「『なんでこんなことをするのか』かい?まあ今見た通り。美味しいからさ!たまらないからさ!」

興奮を隠し切れないようになつみは饒舌に語る。

 「よく言うだろう?『美味しいものは罪の味がする』って。『罪悪感を覚えるほどの美味さだ』って。小さいころねえ、それってホントなのかな?って思って、試したのさ。お父様の部下で、横領に手を染めてた悪い人の頬をかじったのさ。」

原初の興奮を思い出したのか、ますます瞳を潤わせて語る。

「とろけるようだったよ!たまらなくて、たまらなくて、顔を半分ほどいただいてしまったよ。フフ、ちょっとはしたなかったね。それ以来病みつきで、罪深い人ほど美味しいと分かったらもう一直線さ。」

「ぞんな…ぞんなわげが」

「そんなわけがないって?随分つまらないことを言うね。もう気が付いてるだろうけど私は魔人だ。魔人とは、世界に認識を押し付けて改変する存在。私が【罪深いほど美味しい】と思ったならそうなのさ。私の中ではね。」

「~~~!!!」

槍夫に、今日一番の怒りが訪れる。死ぬ気で、すぐに殺される覚悟を持って、叫ぶ。不思議と、ボロボロだった喉から自然な音が出た。


「だったら!だったら!自分で自分を食ってやがれ!何が!何が罪深いほど美味しいだ!一番罪深くて救いようがないのはお前だ!死ね!死ね!薄汚い化け物!自分で自分を食って、喰って、死んでくれえええええ!!」


魂を込めた叫びを、なつみは不思議な顔で見つめる。

「ハハ、今のはちょっと面白かったよ。自分を食う?そんなの当たり前(・ ・ ・ ・)じゃあないか!」

そう言うや否や、なつみは槍夫の耳を切り取り、くちゃりくちゃりと噛み砕き飲み干した。

「嗚呼!内側から汚れていく感覚!たまらないね!罪深きものを食うことで!私はどんどん罪深くなっていく!どんどんと、美味しい女になっていく!」

罪人を食らったら、そのものはより深い罪人になるのか?異次元の理屈ではあるが、なつみの中では間違いのない真理だった。

「もっと!もっと!積み重ねなくちゃ!罪重ねなくちゃ!私の夢はね!私と同じくらい罪深い人と出会って!互いに一つになって!上の口でも下の口でもぐちゃぐちゃにむさぼり合ってとろけることさ!」

すうと大きく一つ息を吸う。

「ともに最高の素材を差し出し合って!狂おしいほどの痛みと快楽を味わって!嗚呼!最高の!最高の!最期(・ ・)の晩餐を味わうんだ!」

ぎょろりと、槍夫の方に向き直る。

「そのためにはまだ足りない!まだまだ足りない!もっともっと罪重ねなくちゃ!」

槍夫のは、心底絶望した。この女は、自分が心底の罪人と知ったうえで生きている。槍夫を拷問するのは、自身の罪を重ねるためなので、途中でやめるなんてありえない、楽に殺してもらえるはずもない。

確かに槍夫は屑だ。どうしようもない罪人だ。しかし、しかしここまでされるほどだろうか?ここまで苛烈な暴力を受け、餌として消費されるほどの罪を犯しただろうか?自身に問うても答えが出るはずもない。

再び再開された拷問。襲い来る痛み。食われていく身体。ついに、槍夫は走馬灯を見始めた。残虐すぎる痛みで砂嵐のようなノイズが入るが、それでも自身の半生を振り返ることは出来た。

『槍夫。お天道様に恥じるような生き方をしちゃいけないよ。悪いことをしたら、誰かが絶対知ることになるんだ。丁寧に丁寧に生きな。』

田舎の母の言葉が思い浮かぶ。上京したきり、一度も会ってない母の、不格好な笑顔が浮かぶ。


「おかあちゃん…」


槍夫は涙した。残った左目で涙した。年老いた母を想い、清流のごとき涙を流した。屑が追い詰められたことで気まぐれのように家族愛なんぞに目覚めただけかもしれない。しかしこの瞬間、母を想う気持ち、流れ出る涙は紛れもない本物であった。

 その愛を、涙を。

 「フフフ。」

 なつみは、笑った。新聞の4コマのオチに向けるような、軽い笑い。

 「みんな同じこと言うんだよねえ。最期が近づいた時、お父さんを呼ぶ人が少ないのは何故だろうね?」

 そう言いながら、なつみは槍夫のぽっかりと空いた右の眼窩に酢を注ぎ込んだ。

 「あああ!あぎゃ!ひ!ば!ば!」

 もはや言葉にもならない。槍夫は奇声を垂れ流す肉人形になり果てた。

 「ごろじで!ごろじで!おねがい!」

 死を懇願する道化になり果てた。そんな槍夫を、さらに下の地獄に突き落とす。

 「無理無理!今の君は普通の人の倍は(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)死ににくいからさ!」

 夜は長い。まだまだ長い。目の前に横たわる絶望に、槍夫は意識を手放したかったが、それすらも出来なかった。

「いやじゃ!いやじゃ!だじゅげで!ごろじで!だじゅげで!おがあざん!おがあざん!あああああ!」

救いは、無い。


◇  ◇  ◇


 「嗚呼!私を夢中にさせるような!()な人に会いたいなあ!ドロドロに溶けあいたいなあ!」


それは、人の皮を被った災厄。

罪重ねる殺人鬼。

日常生活を問題なく送る、仮面の狂人。

愛を知りながら、それを食い散らかすことを好む強欲の者。


その名は、西条なつみ。


殺人鬼は今日も夜を歩く。
最終更新:2019年11月30日 16:14