姫代学園学生寮。
この寮の住民の一人である風紀委員、瑠璃千砂は風紀委員会の先輩である愛宮竜胆の部屋に向かっていた。
「ふふーん♪竜胆先輩~」
千砂は柄にもなく浮かれていた。
鼻歌交じりで、突然バレエダンサーのようにくるくる回転したり、スキップを踏んだり、その他、奇行を繰り返しながら進んでいた。
ともすれば今にも踊りだしそうな雰囲気でさえある。
この場に姫代学園の誰かががいれば、千砂の姿はかなり挙動不審に見えただろう。
もっとも今はすでに冬休み。
寮生の殆どの人間が帰省してしまったため目撃者がいる可能性は著しく低いのだが。
なぜ、千砂がここまで浮かれているのかといえば、彼女と同じように帰省せずに寮に残っていた竜胆が誕生日を祝ってくれることになったからである。
竜胆を敬愛している、というかぶっちゃけ機会があったら恋愛関係になりたいなと常々思っている千砂としては最高のチャンスが来たのだ。
これに浮かれずしてどうしようというのか。
さらに落ち着きのない行動を繰り返しつつ、しばらくして、竜胆の部屋の扉の前についた。
この中で毎日竜胆先輩が生活しているのだ。
そう思うと興奮で息が荒くなってくる。
(落ち着くのよ、千砂。先輩に醜態を見せてはいけないのよ)
息を整えると竜胆の部屋のインターホンを鳴らした。
「はい、愛宮です。あっ、千砂ちゃん、いらっしゃい」
扉が開き、竜胆が顔をだした。
(先輩、今日も綺麗だな……)
ほぼ毎日のように顔を合わせてはいるのだが、
竜胆に案内されるまま、千砂は竜胆の部屋に足を踏み入れていく。
「ここが竜胆先輩の部屋……」
きょろきょろと竜胆の部屋の中を見渡す。
間取り自体は千砂の部屋と大して変わらない。同じ寮の部屋なのだから当然か。
シックな木製の本棚には剣士が主人公の流行りの少年漫画が並んでいて、その隣にはアンティークな洋服ダンス。
掃除機の隣には風紀委員会の活動に使っている日本刀が壁に立てかけてある。
日本刀はミスマッチだが、そんなところも素敵だなと千砂は思った。
「もう、恥ずかしいからそんなじっくり見ないでくださいよ」
「い、いえ、あまり自分以外の部屋になかったもので」
「別に、君もこの寮に住んでいるのですから、それほど部屋の間取りも変わらないでしょう?もしかして緊張してます。
ほら、異性の部屋に入るわけじゃないんですから、そんなに緊張しなくていいんですよ。今日の主役は君なんですから。深呼吸をしてみるなんてどうでしょう」
千砂からすれば竜胆が言うところの『異性の部屋』に入るのと変わらないのだが、
ともあれ、落ち着くために深呼吸をしようと大きく息を吸い込んだ。
(ああ、竜胆先輩の匂いがする。先輩の香りが私の中に入ってくる)
その事実を意識してしまったことで、千砂はさらに興奮してしまいそうになる。
どうも逆効果だったのではないだろうかと思わないでもない。
「落ち着きましたか?」
「は、はい!私は落ち着いています!」
何一つ落ち着いていないリアクションを返す。
「本当に大丈夫ですか?もしかして具合でも?」
不安そうな顔をする竜胆。
千砂としては中止になっては困る。そもそも先輩を心配させてはいけない落ち着かなければ。
「いえ、大丈夫ですから。本当に大丈夫ですから」
「大丈夫ならいいんですけど」
まだ不安そうな表情をする竜胆。
話題を変えなくてはいけないと千砂は思った。ふと中央のテーブルが目に入る。
中央に据えられたテーブルの上にはケーキと二人分のコップ、それと紙パックに入ったジュースが乗っていた。スポンジを生クリームでコーティングしたケーキには千砂の年齢分の蝋燭とイチゴが載せられていた。
「そういえばそのケーキおいしそうですね。どこで買ったんですか?」
「市販品に見えますか?何と私が作ったのです」
「そうなんですか?本当に?」
自分のために先輩がケーキを作ってくれたという事実に千砂は感動していた。
「ほら今回のためにお料理の本を読んで焼いてみたんですよ。自信作です。君の口にもあうと嬉しいかな」
「先輩が作ったものならまずい訳じゃないですか。どんなものでも美味しくいただきます」
「そ、そう。そこまで期待されると逆にプレッシャーですね」
そういいながら竜胆はケーキを切り分けて、紙皿に乗せ、千砂に手渡す。
千砂はそれを食べた。
「おいしい」
先輩だからというわけではなく、本当に美味しかった。
「口にあったなら何よりです。そうそう、あと君のためにプレゼントも用意してみました。
何がいいか迷ってたんですけど、今日偶然アクセサリーの店で見つけて、君に似合うかなと思って。えっとたしかこの鞄の中に」
そういうと竜胆は部屋の隅に置いてあった鞄の中を
「あれっ、買った時に鞄の中に入れたはずなんですけど」
さきほどからずっと鞄の中を探している。
「どこへ行っちゃったんだろう?私どこかで置き忘れちゃった?お店の中?」
「別にいいですよ。気持ちだけも」
手作りのケーキだけでも正直感無量といったところだ。さらにプレゼントなんてどうなってしまうかわからない。
「そういう訳にはいきませんよ。せっかくお祝いなんですから。ちょっとお店の方に電話してみますね」
竜胆はポケットからケータイを取り出すと電話を始めた。しばらく会話をした後、「本当ですか」とか「ありがとうございます」という言葉ともに頭を下げている。
そして通話を終えると千砂の元に戻ってくる。
「よかった。お店の人が忘れ物として預かっていてくれたみたい。ちょっと取りに行ってきますね」
「いやでも近頃物騒じゃないですか?殺人事件とか。もう遅いですし、私も行った方が」
最近東京では異常な数の殺人事件が発生している。夜間の外出を控えるべきというのが警察の見解だ。
警察官を大量配備するという話もあるらしい。
「必要ありません。千砂ちゃんはケーキを食べてここで待っていればいいですよ」
「いやでも」
「あー、私の実力に疑問があるって言いたいんですねー。ちょっと強いからって先輩を見下しちゃって。私だって風紀委員なんですからね」
「いや、そういう訳じゃないですけど」
少し慌てふためきなら、困った顔をして千砂が返答する。
魔人学園の風紀委員会のメンバーといえばその活動内容から武闘派が多い。というより、危険な魔人も入学する性質上そうでなければやっていけない。
それは目の前の竜胆も例外では泣く相当の実力者である事は疑う余地もない。
「冗談です。君が私を馬鹿にしてないということは分かってますから、そんな顔をしなくてもいいです」
小悪魔めいて笑いながら竜胆がそういった。
「でも、先ほども言いましたが、今日の主役は君なのです。ですから、君はどーんと構えて、私を顎で使っていればよいのです
なーに、いざとなれば、
殺人鬼なんて私の正義の剣術で真っ二つです。ですから、君が心配するようなことは起こらないのです」
警察に問題になりそうだし、真っ二つにするのはそれもどうかと思わなくもないが、そこまで言われると反対するわけにもいかない。
だから、千砂は待つことにした。
そして竜胆は壁に立てかけてあった日本刀を持つと玄関を開けて外へ出て行った。
それが瑠璃千砂が見た先輩の最後の姿で、その日が先輩を失った彼女のの誕生日の一日だった。
≡≡≡≡≡≡≡≡≡
夜の東京。
殺人鬼が徘徊するDANGEROUS CITY。最早、余程の命知らずでもなければ出歩くことも無い。
血にまみれたビルの前には商品を略奪するために破壊された自動販売機。
そしてその壁には「WELCOME TO HELL」と書かれた落書き。
殺戮者たちに破壊された窓を冷たい風が吹き抜けていく。
世紀末を連想させる荒廃した街の中で今日も殺人鬼たちの殺戮の宴が繰り広げられていた。
「ぐぎゃー!」
巨躯のモヒカン男の身体が日本刀で両断された。
ニューヨークで一夜にして2000人を殺害し、街を恐怖に落としいれた殺人鬼デスジェイソンの最期だった。
「こいつもゴミ。話にならないわね」
血塗れの少女が立つ。
彼女が歩んできたと思しき道程には大量の死体。
そのほぼ全員が殺人鬼だ。
そして、その全てが日本刀を振るう少女の犠牲者でもある。
「殺人鬼なんて所詮この程度なの?所詮自分より弱い相手にしか刃を向けられない半端者ってことかしら」
少女――姫代学園風紀委員瑠璃千砂は前方にいる刃物を持った男たちを挑発するように言った。
「このガキ、言わせておけば!!」
「お前ら、殺し合いはいったん止めてこいつからぶっ殺してやろうぜ」
「いいねえ。俺はこういう生意気な女の皮を剥いで、楽しむのが好きなんだよ」
鉤爪を装着した男が千砂にとびかかった!
「……遅いわ」
横薙一閃!男は真っ二つに切断された。
そして千砂は振り返ると次に襲い掛かった毒ナイフの男も切断する。
彼女の剣術は素人のそれに過ぎない。少なくとも技術で先輩に及ぶことはないだろう。
それを膂力と戦闘センスでそれを補っている。
そうこうしているうちに、次の殺人鬼が襲い掛かってきた!
「獲物も逃がしやがって!!正義の味方でも気取ってるつもりか!!てめえも人殺しじゃねえか!!」
「そうね。私は正義なんかじゃない」
殺人鬼の言葉を認める。
瑠璃千砂は正義の味方ではない。
彼女に助けられた誰かは彼女のことをそういうのかもしれないが
少なくとも彼女自身はそう思っていない。
「私はただ身勝手なだけよ」
正当な復讐だとも思わない。
たしかにあの日愛宮竜胆は殺人鬼に殺された。
だが、千砂の殺した殺人鬼たちは竜胆の殺害に関与したわけでもない。
だから、これは大切な先輩を失った千砂の身勝手な八つ当たりだ。
なら、彼らと同じ殺人鬼でいい。
「だから、貴方達は私の身勝手で殺されるだけ。無意味に屍をさらしなさい!!」
その時だった―――
突然、トラックが殺人鬼たちを巻き添えにしながら全速力で突っ込んできたのだ。
「うおおおおおおおおお!!!俺様のトラックでお前ら全員異世界送りにしてやるぜえええ!!!」
運転しているのは何人ものの歩行者の命を奪い、異世界送りにしてきた殺人トラック野郎戸楽典聖。
当然、彼も巷を騒がす殺人鬼の一人だ。
かつて、異世界転生小説を読んだ戸楽は著しい感銘を受けた。
そしてトラックドライバーである自分を異世界転生させる女神の使者と認識。
異世界転生させるために轢殺を繰り返す、恐るべき殺人鬼となったのだ。
「異世界に転生できる喜びを抱きながら死ねええええ!!」
トラックが千砂に猛スピードで迫ってくる。
千砂は巨大な質量の鉄の塊が迫ってくるというのに恐ろしくないのだろうか?
千砂は何も恐れない。
彼女の魔人能力「狼を見た人はいつも大きく報告する」は恐怖心を消す能力。
この能力を使えば、彼女が恐れることなど何もない。
かつて恐怖心に負けることを恐れた千砂が目覚めた魔人能力。
だが、
そもそも、千砂にとって先輩を失うこと以上に恐ろしいことが何かあっただろうか。
あの時の恐怖に比べれば、もう何も怖いものなんてないのだ。
千砂が片腕でトラックを受け止める。
「うおおおおおおおおお!どうなってやがる!!!」
戸楽はさらにアクセルを踏み込もうとするが、トラックは空転してそれ以上前に進むことはない。
「これで終わりね」
千砂は空転するトラックをそのまま空中に投げ捨てた。
さらにトラックがバラバラに切り裂かれ、爆発炎上!!
「つまらないものを斬ってしまったわ」
空を見上げると、もう日が昇りはじめ、明るくなっていることに気付く。
「もうこんな時間なのね」
夜明け。
殺人鬼の時間の終わり。
これからは一般市民と警察の時間だ。
だから今日は千砂の出番ももう終わり。
(きっと私は先輩のところへいけないのでしょうね)
自嘲気味に千砂が笑みを浮かべる。
だが、それでいいのだ。
警察から遺品として日本刀と綺麗な包装をされた星の髪飾りを受け取った時、東京を跋扈する全ての殺人鬼を殺害すると千砂が決めたのだから。
明けない夜はないという。
だが、彼女の心に夜明けが来ることがあるのだろうか。
最終更新:2019年12月01日 18:45