〜前奏〜
戦雲東におさまりて〜♪
昇る朝日と諸共に〜♪
輝く仁義の名も高く〜♪
知らるる亜細亜の日の出国〜♪
光めでたく仰がるる〜♪
時こそ来ぬれいざ励め〜♪
*
東京都小笠原諸島近海、唸る黒潮の潮流を物ともせず航海する国籍不明の一隻の船、乗組員らは無論密猟業者である。
彼らは皆、金に困った出稼ぎ労働者だ。自分の生活を守るため、家族を養うため、大金が手に入ることへの希望を募らせ、この危険な航海へと繰り出す。
積荷である大量の紅珊瑚は闇市場で売り捌かれ、華僑どもの豪邸の玄関先などに置かれる工芸品として加工される。最終的にはその売り上げが反社会勢力の収入源となってゆく。
当然、密猟は海上保安庁によって監視されている。そう簡単には領海内へは侵入させないのだが、全て完璧にとはいかない。
巡視船の警備隊員が国の規則に則って警告や威嚇を行なって順に取り押さえなければならないのに対して、彼らは当然の如く銃で武装し、予告も警告も無しに撃ち放してくる。
国家の敵の一つだ。
私はそんな存在が許せない。国民の生活を脅かし、国家の財産を奪い、我が物顔で国を侵略する人間達が。
国家に属さず、法律に縛られず、彼らが社会的に人間かと問われれば、そうではないと考える。
彼らは人間でも獣でもなく、都合良く自分の立場を偽る、矛盾したこの世に居場所のない存在だ。
だから、私は敢えて『幽霊』と呼んだ。
幽霊を殺すために、私も幽霊に成る必要がある。
*
この仕事で最も多く聞くことになる言葉は『命だけは助けてくれ』だろう。十人殺したら七人は最後にそう言い残す。この前も聞いたし、今回も六人殺したからそろそろ言われそう。
「命だけは助けてくれ!」
ほらね、言った。
紅珊瑚より赤く甲板が血に濡れているのは間違いなく彼らを片端から鉄杭で串刺しにした私のせいだが、私に殺される様な人間が存在する事がルール上の間違いなので私のせいではない。
辺りにはおよそ原型を留めないほどにねじ曲げられた安っぽい違法製造銃火器、どこの国が流しているか知らないが、こんなモノでも弾は出るし人は殺せる。
ありがたいのは樹脂フレームや特殊合金なんかの高い素材で作られていないから、『鉄導徹毗』により干渉しやすいことだろうか。
私の能力は簡潔に言えば鉄を操作する能力だ。アルミや銅でできた1円玉や10円玉は操れないが、自動車は片手でスクラップにできる。そんな感じ。
今回使った例で言えば船底に一人用のシェルターを作って忍び込み、紅珊瑚の密猟者と密輸業者との受け渡し現場にドドンと現れ、こっちに銃を向けてきた国際指名手配中のマフィアをバーーッと殺害。
さて、残りの雑魚達は適当に本国に送り返してしまっても構わないのだが……
私は小学生の時より愛用する紅珊瑚や血より鮮やかな赤いランドセルを翻し、投降した六人の小汚い密猟者の男に歩み寄る。
「初めまして中国の兄弟達、北平語で通じますか?私は金岡と言います、よろしく」
「俺には養わなくてはならない家族がいるんだ!」
これは二番目によく聞く。そんなまるで世界で自分だけが家族を養っていて金に困っているとでも言わぬばかりの論調はもう聞き飽きた。
「そうだ!俺にも家族が!!」
キレそうになったので、二秒呼吸を止めた。
二秒ルールは大切だ、キレそうになったらどんな時でも二秒停止してクールダウンした方がいい。
「すみません、この写真に見覚えはありませんか?」
男達は急に静かになり、顔を見合わせる。焦る者、苛立ちを持つ者、しかしその目線は一人へ向けられる。
小さな灯りしかないせいで顔は良く見えていなかったが、偶然にも居合わせた様だった。寄り道で追った珊瑚密猟者が引き合わせてくれたのはなんたる幸運か。
「あぁ、探しましたよ……やっとだ」
私はため息を漏らす、複雑に絡み合ったこの思いは誰の理解も及ばぬところにあるだろう。私は歩寄る、数年ぶりに再開した最愛の人か、もしくは必ず殺すと誓った親の仇と相対するように。手にするのは青白い光を反射させる無骨な剣鉈。ずっと待っていたのだから。
この時を、この時をずっと……
「掴まって!」
突如間に割って入ったのは小柄な女だった。おそらく今回マフィアの幹部を逃すために同乗させられていた転移能力持ちの魔人と見えるが。
「……は?」
結論だけ言えば、私が追い求めた存在は霞の如く吹き消えた。
残されたのはマフィアの死体と雑魚密猟者数人と転移能力の女と哀れな私一人。私はキレそうになった、だがすんでのところで耐えた。
「残念、あなたにあの人は殺させない」
「……」
「あの人を守ると誓いました、あの人のために私はあなたと戦います!」
「……いや知らんし」
その後のことはあまり覚えていない、あの健気で小柄な女を爪先から順に鉄槌で挽肉にして遊んだかもしれないしそうではなかったかもしれない。
私は大量の始末書を抱えて都内へと帰ることになった。
小笠原も都内だけどね。
*
消化不良のまま仕事を終えた私は、クリスマスから年末年始にかけて北海道へ行き、一人で蟹鍋を食べて過ごす為に、新千歳空港行きの航空券をネットで予約していた。
蟹、牡蠣、鮭、いくら、チーズ、札幌ラーメン、国家を守った後の飯は美味いのだ。ストレスが溜まりがちなこの仕事、私は出張の時に下見した場所へ有給を使って旅行へ行くのがライフワークである。
そんな折、上司から緊急の電話が入った。
「あ、かがみ君?ちょっくら都内で
殺人鬼が集まってて大変なんだけれど、手伝ってくれない?」
「え、ちょっと飲み込めないんですけど。
殺人鬼ってそんなちょっくら集まるモノなんですか?」
「集まっちゃったんだからしょうがないじゃん」
「なるほど」
「まぁ魔人発生以降小さな紛争なんて日常茶飯事で興味も湧かないかもしれないけど、火消しがウチの仕事なんでね、バーーッと片付けて、バーーッと」
「……承知しました」
通話終了、チケットを買う前でよかった。
私はウキウキで詰め込んでいた荷物を全てひっくり返し、電話をぶん投げる直前で我に帰り、仕事用の赤ランドセルを背負って部屋を出た。
きっと、北海道よりキラキラな東京が私を待っている。
いや、キレてはないですよ。マジで。
最終更新:2019年12月01日 19:40