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プロローグ【Strange shelf & Hanging】
●ある男の独白
酒を飲めなくなって5年になる。
もはや口にすることもなく、そして酔うこともナイ。
違う違う違う違う違う違う
違う違う違う 違う違う違う
ナイ。何もないということなどナイのだ。
●”不夜城”新宿・歌舞伎町
そこは果てなき欲望が渦巻く夜の街。新宿・歌舞伎町。
人々はその引力に身をひかれ、今日もその渦の中に吸い込まれてゆく。
その群れ成す行いは
殺人鬼が跋扈する凍てついた冬になっても変わらない。
その数はさすがに大きく数は減じてはいたけれども―――変われない。
人の行いも。外道の行いも。
そう、お店の裏口から裏通りにでた私を待ち伏せしていた人物もそういった手合いの一人だった。
「えーとM川さんでしたっけ?私もう勤務時間外なんですけどーーあとうちのお店は同伴とかしてませんから」
私、芦葉千鳥(あしばちどり)はそういって手持ちの鞄を盾代わりに突き出しつつ、目の前の脅威(?)から間合いをとった。
御年17歳の花も恥じらう乙女。そんな私はガールズバーに勤め、半年になる。無論、お酒は飲めない。絶対ダメ。
まあ未成年がお酒の提供をしていいのかという疑問があるかもしれないが悲しきかなその手の需要はあるらしく、天涯孤独な少女が口糊をしのぐくらいにはなんとかやっていけている。
ただ定期的に――
「うんうん。覚えてくれたんだ。おじさんは今、独自の貧困調査をしていてね。そこで黒髪限定で貧困女子の話をネ、聞いてるの。千鳥ちゃんもネお願いホントちょっとでいいからツキ合ってくれないかな」
――こういう男に絡まれる。
なお、このM川という50過ぎの自称”憂国の高級官僚”。ふかしかと思っていたら本当に文部省のおえらさん”だった”らしい。そう先輩が教えてくれた。
―アレ目を付けられるとめんどくさいから気を付けなよ―
―もう、それはねちっこいから― うわぁ・・・ この国の未来大丈夫だろうか 。
「さあ、貧困黒髪女子、お給金たっぶり上げるから僕の麓へLOVE☆ON☆THE☆BEーーーーーーーーーーーーーーーいいいいいいいいいいいっち」
ほうこうのM川文部次官、その後ろに音もなく黒い影が立ったのは次の瞬間だった。
◆◆◆それは鉄の閂の音◆◆◆
M川という男の顔は一瞬、赤く朱に染まると次の瞬間、青白いメロンのように膨れ上がった。そして音もなく失神。後ろから何者かが首を一掴みして頸動脈を一瞬で絞めたのだ。そしてその頭はふわりと浮くと一つながりの体ごと近くのポリのゴミバケツに直行する。うーーん惚れ惚れする絞め具合だった。涎が出る
「きゃーーーーー黒木さん、待ってました。しかもファンサービスつき!」
「……。 …待ってたのは俺だ。」
私の黄色い歓声に黒コートの長身男性はにこりともせず答える。うん、いつも通りの塩対応。この寡黙な三点リーダ使いの名は、黒木カイさん。くどきにくどいた本日のデート相手だ。
「あ、死んでない。きゅきゅっと」
「…いつも”こんな感じ”なのか」
「ああ、割とこのパターン多いですね。酔っ払い嫌いなんです、私」
踏む踏むと哀れな犠牲者を見分しつつ、ちらりと時計を見やる。
時計の針は午後9時をさしたところだった
私の運命の分かれ道まで残り3時間。
●ごとり。それは鉄の閂の音
「あはははは楽しかった。いやーもう完全に自分の性癖洗いざらいさらしたって感じ~もう今日という終わる日に乾杯☆黒木さん、お付き合いありがとーございました」
「付き合う約束だったからな」
黒木さんは客ではなかった。私の勤めるお店に時々出入りする業者の人で、いつも手ぶらの黒コート姿で現れ、マスターと何やら話してふらりと消えていく、謎の人だった。
彼に手を出したのは気まぐれだった。ほんの気まぐれ、なのに彼は不思議と全然変わらなかった。ほかの男たちとは全然違った。どんなにどんなに熱心に打ち込んでも増やしても。彼は変わらなかった。そして、いつの間にか私に不思議な感情が芽生えていた。
二人の手には今、琥珀色の液体がある。
「乾杯☆」「……。」
ガラスが打ち合う音が聞こえた。
彼に惹かれた理由は――たぶん、彼もまた人間をヤメテイた存在だからだろう。
私の魔人能力『睡魔酔魔(スイマースイマー)』は対象のアルコール濃度を操作する。
上げることもできるし、下げることもできる。醒ますこともできるけど実は使ったことはない。
酒飲みは嫌いだ、絞め殺したくなるくらい嫌いだった。だから酔い潰すに限る。
初めての相手は父親だった。
酒におぼれ、暴力に物を言わせるしか能のない男たち 眠れ眠れ、早く酔いつぶれろ。私を殴るな、早く眠ってしまえ、いつもそう願って―――呪っていた。
だからその力を手に入れたとき、自由を手に入れたときに味わった解放感を私はいつまでも忘れることができなかった。 だから私は―――――――――――――――――繰り返し繰り返し
コトリ。 空になったグラスをテーブルに置く。そして震える手を鞄にある愛用の閂へとのばす。最初は紐だった、けれど使っていくうち、これが一番、しっくり手になじむものだと分かった。
「あはははは、本当に馬鹿だわ。私。でもね。どうしてもこれだけは試したかったの ”こんな”私でも自分を”許せる”のか、生きてていいのか… だって自分だけは「特別」ってみんな思いたいじゃないですか… でもでもでも『失格』みたいです。黒木さん、約束通りに―――。」
黒い凪が走り、閂が落ちる音がした。 ごとりと、何かが転がる重い音がした。
「先にいけ。俺も”用”が済んだら、ソコに行く」
男は振り終えた刀身を、鍔を鳴らすことなくいずこへかとしまう。
絶たれた頭も、断たれた胴もいずれかのぞうふへとしまわれる。 後には何も残らない。残さない。
ただ一つ。男の空になったグラスだけが、いつの間にか琥珀の色を取り戻していた。
●登場人物
【芦葉千鳥】
アルコールを摂取した者、飲まれた者に強烈な殺意を抱く殺人鬼
対象を泥酔させ、絞殺する。ギャロットという鉄の処刑器具を愛用する。”急性アレコーレッテ恋なのかも中毒”(勘違い)により死亡。
魔人能力は対象の体内のアルコール濃度を操作する『睡魔酔魔』
【黒木傀】
殺人鬼。
アルコールを初めて飲んだ彼女が自身への殺意を抑えきれず ”殺害”に
及ぶ前に殺害する。
最終更新:2019年12月01日 09:52