はーじまーるよー。

佐野ラーメンで有名な栃木県佐野市出身、一番早アルティエです。
みんな、初詣は佐野厄除け大師に行こうな!アルとの約束だよ!

はい、地元アピールはこの辺りにして、つい先程、キラキラダンゲロスのwikiが更新されましたね。私には殺人鬼の皆様が分かるという訳です。

ど う し ろ と

もう、みんなヤバすぎです。なんなんですか。初代と一八八八代目のジャック・ザ・リッパーが一緒にいる東京は。中には殺人鬼しか狙わない殺人鬼もいるみたいですが、それでも殺さなければ私の存在が消滅するでしょうね。キラキラダンゲロスさえ知らなければ私は真っ先に佐野の実家に帰っているでしょう。前言撤回!やっぱり佐野に来ないで!

それでも何とか倒せそうな相手を探していると、一人の気になる参加者を見つけました。

冥土の案内人、相馬朔也くんです。

まず彼の父親もカレー屋を経営しているようです。しかも秋葉原。ムガー!そんな一等地に店を出しやがって!こっちは阿佐ヶ谷で細々とやっているんだぞ!更に許されないのが秋葉原に土地を所有した上でやっているということ。阿佐ヶ谷でも結構な家賃を払ってカレー屋を開いている私としては、彼の父親が羨ましくて仕方がありません。
一応、「秋葉原 カレー MUGUET」と検索してみたところ、確かに秋葉原駅の近くにあるみたいです。食〇ログの評価は3.38ですね。私の店は3.32なので少し負けています。チクショー!

とカレーの事ばかり語っても仕方がありません。朔也くんをターゲットに選んだ理由は他にもあります。それは呼び出せる可能性があるということ。
朔也くんのSSの最後の方を読んでみて下さい。


「自首しないと…」
そう呟き、携帯電話(・・・・)を取り出そうとするが、

マダオサマラヌ…

「うぐっ!まだ将門公が意識の中に…!」


そう、彼は携帯電話を持っているのです。しかし私は朔也くんの携帯電話の番号を知っている訳ではありません。ですが彼の父親なら朔也くんの携帯電話の番号を知っているにちがいありません。
私の作戦はこうです。


朔也くんの父親に脅迫状を送る(「朔也のやった事は知っている。バラされたくなければ朔也に○○に来いと伝えろ」的なもの)

父親は心配し、朔也くんに連絡を取る

朔也くんに待ち合わせ場所が伝わる

待ち合わせ場所に来た朔也くんを討ち取れば万事解決!


なわけねぇだろ!何が朔也くんを討ち取るだ!そんな事をしようものなら将門に祟られて死ぬわ!
…困りました。相手を呼び出す算段が付いたとしても、相手を殺せなければ意味が無いのです。
あー一体どうすればいいのかなぁ…。俺の能力じゃ将門に勝てそうも無いなぁ…。何か将門に弱点は無いのかなぁ…。「将門 弱点」で検索したら出てくるのかなぁ…?

…ん?んんん?んんんん!?

あっさり見つかってしまいました。将門の弱点。勿論、朔也くんの弱点がそこであるとは限らないでしょう。しかし、あれだけ将門に縁のある朔也くんの事です。試してみる価値はあると思います。

そうと決まれば脅迫状の作成です。手書きではバレるので、パソコンで作成しましょう。

ええと…。

………

……


できました!


MUGUET店主へ

お前の息子は人を殺した。

公表されたくなければ息子に〇月△日の深夜、中野ブロードウェイ近くの路地裏、中野新仲見世商店街に来るよう伝えろ。

ポークカレーより


これに待ち合わせ場所の地図を入れれば完璧。後は店に届けて準備完了!父親も届いた瞬間びっくりして朔也くんに連絡を入れるにちがいありません。

待ち合わせ場所を中野新仲見世商店街にしたのは、私が中野によく行くので、土地勘がある事と、路地裏なら目撃者が少なそうで犯罪がバレにくいという淡い期待をこめたという理由があります。
…いや、そういう店によく行く訳ではありませんよ。行きませんからね!

正直言うと、まだ人を殺す事に対して忌避感が強いです。それでも殺さなければ私は生き残れない事を知っています。ならば腹をくくり、まずは一人、殺す事としましょう。

前置きが長くなりましたが参加者、読者の皆様、ポークカレーの殺人劇、とくとご覧あれ!



神田明神を出た朔也は、御茶ノ水駅の入口の近くで放心していた。
自分は殺人を犯してしまった。これではこっちも殺人鬼ではないか!
しかし、自分の中の将門が東京で殺人を犯す者は許さぬといつまでも呟いている。
その板挟みに心がすり減り、猛烈に疲れを感じていた。

「ああ…これから僕、どうすればいいのだろうか…」
朔也は夜空に向かい、今後の苦悩を呟いていた。

しばらくすると、チャラい格好をした男性2人が近寄ってきた。
「よぅ、メイドの嬢ちゃん。もしかして一人か?」
「今日は殺人事件がメッチャ多いからそこは危ないぜ。さ、俺達の所に行こう」
よくあるナンパのように見える。だが、彼らは女性をターゲットに強姦殺人を行う殺人鬼だと、将門は見抜いていた。

ユルセヌ…キサマラモカ…

そう朔也の頭の中に将門の声が響く。手がナイフの方に向かう。必死にナイフに触るまいと抵抗をする朔也。
「や…やめろ…!僕に近づくな…!」
だが、朔也の声が低い事に気づいた男性2人は、ドン引きした。
「えっ…もしかして男なの?キショッ!」
「あーあ、女だと思って近寄ったのに。残念。お前なんて殺人鬼に殺されてしまえ!」
すぐさまその場を去る男性2人。だが、彼らはその場を去った事を幸運だと思わなければならない。これ以上その場に居たのなら、間違い無く将門に殺されていたのだから。

男性2人が去ると、朔也は危機感を覚えていた。

ーーこのまま外に居ると、更に人を殺しかねない!

朔也は一旦自宅へ戻る事を決心した。



深夜3時にも関わらず、2階の住居部分には明かりが付いていた。
店の裏口から入り、自分の部屋へと戻ろうとすると、息子が心配で夜も眠れなかった賢司に声を掛けられた。
「おかえり。全く、心配したぞ。もしかして、犯人の一人位は捕まえたか?」
だが、朔也は何も答えず、自分の部屋へと入っていった。

ようやく安心できる場所に戻り、朔也は自分の行った事を強く悔いていた。

ーーあの時、確かに一人でも多くの犯人を捕まえ、将門公の怒りを止めようと思っていた。けれども、犯人を殺してまで事件を止めようとは思っていない!
神田明神で殺した男も、警察に引き渡し、然るべき刑罰を受けさせるのが良い対処の仕方だった筈だ。あの時は姉を殺したばかりで興奮していたが、長い期間を経て、更正する可能性だってある。身寄りが無いとも語っていたが、そうした受刑者を支援する団体だってある筈だ。

ーーその可能性を、僕は潰してしまった…。将門公の仕業と言えばそうなのかもしれない。将門公は東京を強い力で守る一方、自らに敵対する者、自らの領地を犯す者に決して容赦をしない。将門公にとって、殺人犯を殺すことは東京の平穏を取り戻す為には必要な事なのかもしれない。しかし、殺人犯それぞれにも人生がある筈だ。

ーー僕は、そんな事も考えずに飛び出してしまった。勿論、今でも犯人は捕まえたいと思っている。だからってこんな事…ッ!

「どうした、そんな俯いた格好をして。外は寒かっただろう。とりあえずカレーを食え」
賢司が朔也の部屋の扉を開けて立っていた。その手には店のビーフカレーがあった。
「…父さん、部屋に入る時はノックしてよ」
「おいおい、父さん、ノックはちゃんとしたぞ、気づかなかっただろ」
「…カレーはどうしたの」
「今日は人が入らなかったからな。その余りだ」
賢司が入ってきた事にムスっとする朔也。しかし、朔也の腹が大きな音を立てて鳴った。
「…」
「身体はお腹が空いていると言っているようだな。今は観念してカレーを食べろ」

賢司に言われるがまま、朔也はカレーを食べた。
「そんなに落ち込んで何があった、朔也」
賢司は朔也に優しく話しかけた。だが、朔也は何も答えなかった。
「…まるで、留美子…母さんが初めて人を殺した時のような顔をしているな」
「…!!」
その賢司の言葉に、朔也は身体をビクッとさせる。
「…図星か。朔也、人を殺したんだな」
「…将門公に身体を乗っ取られて、殺したよ…」
「そうか…」
朔也が人を殺した事に対し、賢司はそう優しい声で言い、それ以上何も喋らなかった。

朔也がカレーを食べ終わると、賢司は再び口を開けた。
「…大方、人を殺した事を悔いているのだろう」
「…うん…」
「母さんもそうだった。冥土の案内人と呼ばれていたが、実際に人を殺した事は10年近くの間で3人しかいない」
「…それでも人を殺したんだ」
「そうだな、お前には一生言わないつもりだったが」
母が人を殺した。平時であれば落ち着いていられない程の事実にも、今は受け止める事ができていた。
「母さんが初めて人を殺した時、いつもの様に俺は店で母さんの帰りを待っていた。しかし、帰ってきた母さんはやけに沈んでいて、ただいまも言わずに寝室へと籠った。店の営業が終わり、様子を見に行くと、泣きながら人を殺したと言っていたよ」
「…」
「詳しく事情を聞くと、その日の相手は執念深く、いつまでも母さんの命を狙い続けたようだった。それで、相手を弱らせようと暗器で背中を刺したところ、急所に当たり、そのまま逝ってしまったようだ」
「…母さんも、殺したくて殺した訳ではないんだね」
「そうだ」
賢司は静かに、それでも強い声でそう言った。

「朔也、人を殺す事は修羅の道だ。言うまでもないが、やってはいけない事だ」
「…」
改めて賢司に人殺しを否定される朔也、その目には涙が溢れていた。
「だが、自分の命や自分の大切にしている物事が他人によって侵されようとしている時、かつ相手の命を奪う事でしか解決法が無いならば…
 …その時は、殺す事を躊躇うな」
「…父さん」
「朔也、確かに人を殺す事はその部分だけ見れば悪い事だろう。だが、裏を返して見れば、その人を殺した事によって、その人による被害を食い止めたと言えなくはないか?」
「でも、説得さえ続けていれば…!」
「殺されそうな身になってまで説得をするのか?」
「…」
「…人が皆対話によって争いが解決できるのなら、軍隊は必要ないだろう。しかし、現実、多くの国が軍隊を保有している。即ち、武力によってでしか解決できない問題もあるということだ。少なくとも、自分を守る為に武力を奮う事は、問題が無いと言えるのではないかと俺は思う。結果、人の命を奪う事になったとしても」
「…」
「…と悪いな、話が長くなってしまった。要するにだ、俺はお前の人殺しは問題ないと思っている」
賢司の話の内容は、傷心の朔也にはあまり入っていなかった。しかし、賢司が賢司なりに朔也を励まそうとしている事は、痛い程分かっていた。
「ま、今は気持ちを整わせる事を一番に考えろ。更に犯人を捕まえるにしても、手を退くにしても、今の状況だと正確な判断が出来ないだろう。今後の事はそれからだ」
「…うん」
父の優しい言葉に、少しだけ心の整理がついた朔也であった。

話が終わり、部屋を出ようとする賢司に、朔也は質問した。
「…でも、殺したという証拠は残っている。うちに警察が来たらどうするの!」
「…その時は俺の出番だ。俺はお前を全力で守ってやる」
「何言ってるの!父さん一人で相手になる警察じゃないよ!」
当然の心配を言うと、賢司は少し笑った。
「おいおい、俺を誰だと思っているんだ。冥土の案内人の相棒を10年間勤めた男だぞ。秋葉原の秩序の為とは言え、母さんは警察にマークされるような行為を幾度となくやっている。にも関わらず10年間、アジトがばれずにずっとここでやっていたのは何故だと思う?」
「…?」
改めて考えればおかしな事だが、それを自然に思っていた朔也には答えが出てこなかった。
「…それが、俺の魔人能力だ」



殺人に対する悔いは少し収まったものの、今度は殺人がバレる事に対して朔也は心配でならなかった。にも関わらず、父が警察から守るという言葉、そして、父の魔人能力。そう言えばずっと聞いていなかったなと思ったが、本当に父は警察から守ってくれるのだろうか…?
朔也は夜に起こった多くの事に興奮していたが、疲れが響き、いつしかベッドに横になっていた。

朔也が目を覚ましたのは、昼の11時だった。まだ眠気はあるが、既に店は開いている時間だ。身支度を行い、朔也は1階の店へと向かった。

店には賢司のほか、神田明神の中年の神官も客席に座っており、昨夜の事件について賢司話していた。
「…とまぁ、電話でも話しましたが、うちでも遂に殺人事件が起こってしまったんですよ。警察から聞いたのですが、殺されたのは千葉県在住の宮岡智宏さん。彼はその前に姉の長柄さえさんを秋葉原の飲食店で殺していたみたいですね」
「そうですか…」
「それで警察が宮岡さんが殺された様子を防犯カメラで確認したところ、複数人が徒党を組んで宮岡さんを殺したのは分かっているのですが、犯人がまるで少年探偵のアニメのように黒塗りになっていて、警察も誰が誰だか特定できないみたいなんですよね。ただでさえ1日に数十件も事件が起きている状態なので、警察もお手上げ状態で、くれぐれも戸締まりをしっかりとし、不要不急の外出を控えるようにと注意喚起をしたらすぐに去ってしまいましたよ」
「うーん、私も事件の連続には困っていますね。カレー屋も客が来ないので商売上がったりですよ」
「まったくですよ。私も仕事じゃなかったら神田明神に来ていないで家でじっとしていますよ」
事件が起こった事に関してひたすら語る神官。よく見ると、カレーの横にノンアルコールビールが置かれていた。お酒ではないようだが、雰囲気で酔っているようだ。
話に区切りが付いたからだろうか、神官が朔也に気づいたようだ。
「おお、朔也くんか。さっきの話は聞こえていたか?」
「は…はい」
自分が起こした殺人事件。朔也はドキドキしながら神官の話を聞いた。
「まぁ、相手はまさかど様の怒りだ。警察もお手上げになるのも仕方が無いだろうな。上も早めに鎮魂をしないと大変な事になるのは分かっているようで、今度血まみれの神田明神に代わり、将門塚で儀式が行われるようだ。ただ準備に時間が掛かると言うんだよ。全く、事件は一刻も早く止めなければならないというのに準備とか言っている場合か!」
「そ…そうですね…早く止めないといけないですね」
既に将門の怒りによって1人犠牲者が出ている状況、そして、全ての犯人を捕らえるまで止まらないであろう将門の怒り。それでも儀式で少しでも怒りが収まってくれればいいのだがと朔也は思った。

サツジンシャノクビヲサシダセ…

「うぐっ!」
「だ、大丈夫か、朔也くん!」
突如思考に入ってきた将門の意思。朔也はその場にうずくまった。
「大丈夫です…」
「大丈夫じゃないだろう朔也くん。今日は休んでいなさい」
神官が言われるがまま、朔也は自室へと戻った。

「朔也、帰ったぞ」
しばらく経つと、賢司が朔也を呼んだ。
「ごめんね、父さん…」
「いいんだ、将門公の話が出てきて、その怒りを感じたのだろう」
「うん…」
賢司にはお見通しだったようだ。
「そう言えば事件の事に触れていたけど、僕の事、全然怪しまなかったね」
確かに朔也が男と戦っていた時、メイド姿であった。もしその様子が防犯カメラに映っていれば、明らかに目立つであろう。まして朔也の事をよく知る神官。その姿を目撃すれば朔也の事を真っ先に怪しむだろう。
ところが先程神官はこう言っていた。

『複数人が徒党を組んで宮岡さんを殺したのは分かっているのですが、犯人がまるで少年探偵のアニメのように黒塗りになっていて、警察も誰が誰だか特定できないみたいなんですよね』

これが父の魔人能力なのだろうか。朔也は疑問に思っていた。
すると賢司がその種を明かした。
「そう、俺の能力は事件の一部を秘匿する。これで、冥土の案内人を守ってきた」

相馬賢司の能力は「ヒーローの後見人(おやっさん)」だ。
彼が正義だと思う行為を行った人物が誰かを秘匿する能力である。
制約は、事件の当事者や目撃者からは隠せないということと、自分自身の行為は秘匿できないということ。
この能力があったからこそ、朔也の母、留美子はメイド服に身を包みつつ、人知れず秋葉原を守る行為ができた。しかし、彼女と直接戦った者にはメイド服の印象が残り、その噂が冥土の案内人の異名を生んだのである。

朔也は賢司から能力の事を聞き、頷いた。
「そうだったんだ…。母さんが普通にメイド姿で家を出ていたから不思議に思わなかったよ…」
「現実にテレビ番組のヒーローみたいなのが居たら目立つに決まっているだろう。俺の能力は目立たずにヒーロー行為をするためのものだ。…もっとも、こんな事が無ければ俺はお前に能力を明かすつもりは無かったが…」
「うん…父さん、ありがとう」
そう朔也が言うと、賢司は朔也に向き、強く語った。
「いいか、俺はお前の事を認める。2代目冥土の案内人と。だから、例え相手を殺したとしても、気にせず前へと進め」
賢司の言葉に、朔也の気持ちはすっかり前向きになっていた。



朔也が事件を起こしてから数日が経った。テレビでは毎日のように事件の緊急特番が流れていた。
「…連日のようにお伝えしていますが、現在、東京都内で非常に多くの死体遺棄事件が発生しております。昨日、新たに新宿区で5件、渋谷区、豊島区、台東区で4件、港区…」
「まだ事件は続いているようだね」
「そうだな。だが、事件はほぼ夜に起こっている。油断はできないが、昼に出る分には比較的安全であろう。朔也、あれから犯人を捕らえようとはしないが、将門公の意思が出てくる事は無いか?」
「正直言うと、まだある。けど父さんに強く言われてからは、その気持ちを受け入れた上で、それでも周りに心配を掛けたくないと思うようになったから、今は自制が効いているかな」
朔也は今の状況を素直に語った。
「そうか。俺も事件が続いている事は心が痛いが、2人でどうにかなる問題では無いからな。俺達のところまで影響が無ければ、下手に出るのはかえって危ないだろう。俺の能力も万能ではないから、戦いを目撃されるとアウトだ。ここは黙って災厄が通り過ぎるのを待つのが得策かもしれないな…」
賢司は今回の事件に対し諦めの境地に入っていた。東京では多くの尊い人の命が失われている。しかし、それを止める事は2人では無理な話。朔也も男を殺した事で、それを痛感した。

いつか嵐が通り過ぎるのを待つ。それが最善とは言えなくとも、犯人に強硬手段を取るよりはいいだろう。

相変わらず客は少ないが、賢司と朔也はいつもの様に店の営業を始めた。



「さとみん部長、明日、六義園に行かない?」
「えっ、今事件が多発しているでしょ。危なくない?」
ここは都内のとある高校。森本里実は同級生からお出掛けの誘いを受けていた。
「大丈夫だって。事件はそのほとんどが夜に起きているみたいだから。日が暮れるまでに帰ってくればいいでしょ。それにね、これは私の友達からもらったんだけど…」
そう言うと、同級生は一枚の名刺を出した。そこには美味しそうなカレーの写真と共に、『カレーショップMUGUET』の名前があった。
「これ、秋葉原のカレー屋さんなんだけれども、友達がここを凄く美味しいってべた褒めしていたんだよね。ついでにここに行こうと思って」
「へー、確かに美味しそうだね」
「最近事件だ事件だって閉塞感があるでしょ。ここらでちょっとすっきりする事をやった方がいいんじゃないかと思ってるんだ。さとみん部長は舞浜に行くよりも庭園や植物園に行った方が楽しいでしょ」
「そうだね。そっちの方が好き」
「じゃあ明日11時に新小岩駅でいいかな?」
「いいよー」

友達から別れ、帰路に就く里実。
六義園、今の季節は繁忙期を過ぎているからゆっくりと回れるかな。それに同級生が勧めてくれたカレー屋さん。きっと美味しいだろうなぁ。
そして、都心の方に行けば"樹"に適合するような魔人がいるかもしれない。
色々な事を考えつつ、里実は日の暮れた道を歩いていた。

「里実、どうしたの。やけににやけているじゃないの」
その日の夕食、里実は母に嬉しそうな顔をしている事を聞かれた。
「うん、明日友達が一緒に六義園に行こうって言ってくれて」
すると、父が心配そうな顔をした。
「六義園に行くって…、今は殺人鬼がうろついているんだぞ。大丈夫なのか?」
「日が暮れる前に帰れば大丈夫!」
「まぁ、確かに事件は夜に集中しているし、俺もお前を縛りたくないからうるさくは言わないけど、5時までには帰ってこいよ」
「分かった!」
少々呆れつつも、父は里実の外出を許した。

その日は明日への体力を残すために、深夜の外出はしなかった。
"樹"の適合者は、もはや近所には居ないだろう。ならば、範囲を広げて見つけるまで…。



はいどうもー!アル、秋葉原までやって来ました。
何故秋葉原までやって来たかと言うと、脅迫状を店に届ける為です。
一応郵便で送る事も考えましたよ。ただ近くのポストに入れると杉並の消印が押されてしまうじゃないですか!それは困る訳です。
それならいっそ、自分で店の郵便受けに入れた方がいいのではと思ったのですよ。
郵便受けに入れるところを見られてはアウトなのですが、これが最も確実に手紙を届ける方法である事は間違いありません。
そういう訳でカレーショップMUGUET、行ってみよー!


助かりました…。MUGUETの郵便受けが店内から見えないところにあって…。それでも心臓バクバクで脅迫状を郵便受けの中に入れましたよ…。ホント、歩いている人が少なくて良かったぁ…。
さて、もう用事は終わったので帰るだけなのですが、こっちもカレー屋をやっているのです。一体MUGUETのカレーはどの位美味しいのか、気になって仕方がありません。うーんでもバレたら嫌だしなぁ…。うーん、うーん。

「お客さま、もしかしてカレーを食べに来たのですか?申し訳ございません、営業は11時からなんですよ」

げっ、MUGUETの店員に話しかけられた!しかも話しかけられた相手は20歳位のイケメン店員。

ん…もしかしてその店員、朔也くん?一体どういう事なのでしょうか。朔也くんは神田明神で殺しをしてから街に出たのではないのでしょうか。それが何故ここに…?

「お客さま、大丈夫ですか?何か当店に問題がありましたか?」
「…い、いや、何でもないです」

いけませんね、焦りが朔也くんに対して出ています。ここは焦らずに対処しましょう。

「あ…すみません、もう少ししたらここにまた来ますね」
「かしこまりました。それまでお待ちしていますね」

ふーっ、この場を去る事に成功しました。
が、これで帰るのは不審に思われます。ここは素直に11時になったらMUGUETに入った方がいいでしょう。


さて、11時になりましたね。再びMUGUETへ向かいましょう。

「お客さま、お待たせ致しました。カウンター席にお座り下さい」

店の中はまるで年季の入った喫茶店のように落ち着いています。紅茶を美味しく飲めそうな雰囲気です。
案内されたカウンター席の向かいには厨房があり、そこには壮年の料理人が立っていました。朔也くんの父親、賢司さんでしょう。

さて、メニューを見てみますか。ここの売りはビーフカレーのようで、それにトッピングがいくつかあるようです。辛さとライスの量も選べるようですね。しかし私はここに初めて来ました。ならば頼むものは決まっています。

「ご注文はお決まりでしょうか」
「ビーフカレーの中辛、ご飯は特盛で。スープとコーラを付けて下さい」

シンプルにトッピングは無しで行きましょう。それと私はそれなりに大食いです。これから行う事に対する力を付けるためにも特盛を頼みました。

「お待たせしました。ビーフカレーの中辛、特盛。スープとコーラ付きになります」

やってきました。MUGUETのカレー。ルーの色は濃いですね。典型的な欧風カレーです。まずはルーをそのままで。

「…美味しい」

はっ、思わず声に出してしまいました。賢司さんも朔也くんもにっこりしています。中辛なのでピリッとは来ませんが、口の中に残るスパイスの味が上品でたまりません。
続いてご飯と一緒に。うむ、カレーのコクがご飯と合い、次々と口に運んでしまいそうになります。
カレーの中にある牛肉も食べてみましょうか。おおっ、柔らかい。あっと言う間に溶けてしまいました。
…これは1500円取ってもいいカレーですね。にも関わらず値段が850円(税抜、特盛は+200円)だということが信じられません。

「店長、この味で1050円は安すぎませんか…?」

私は思わず店長に聴いてしまいました。

「まぁ、この店も半分趣味でやっているものですので…。ただ東京のカレー屋で有名なところは制覇したつもりです。その味を低コストで真似るにはどうしたらいいのか。それを考えた結果がこのカレーです」

趣味にしては凄いこだわりじゃないですか?店長、只者ではありません。

「そう言えばお客さんもカレーがお好きなようですね」
「えっ!」
「カレー南蛮のTシャツを着ていれば予想が付きますよ」

しまった!いつものくせでカレー南蛮のTシャツを着てしまいました。ヤバイ!

「いやー私もカレー南蛮は色々な店に行きましたが、阿佐ヶ谷のこれ一番早が一番美味しいと思っているんですよ。カレー南蛮は蕎麦屋に置いてある事が多いですが、これ一番早はカレー屋。その分カレーにはこだわっていて、めんつゆとの相性は最高ですね。お客さんも行ったことがありますか?」
「え、ええ…」

えっ、俺の店、褒められている…?

「これ一番早は豚肉のトッピングがいいですよね。豚肉と蕎麦を包むカレーの味がたまりません」
「そうだ朔也、今度一緒に阿佐ヶ谷に行くか?カレー南蛮を食べに」
「いいね!」
「あ、申し訳ありませんね。お客さん。私も店員の息子もカレーが好きなもので…」

えっ、えっ、朔也くんまで褒めている…。もしかして朔也くん、俺の店に来たことあるの…?
何てことでしょう。私は自分の店のファンをこれから殺さなければならないのです。最初にwikiを見たとき、私はMUGUETの事を勝手に敵対視していました。しかし、MUGUETのカレーはこだわり抜いており、私が食べても絶品だと思いました。
こんな人が何故キラキラダンゲロスに参加しているのでしょうか?私はこの運命を呪います。

「うっ…、うっ…」
「お客さま、大丈夫ですか!?」

いけません、朔也くんの前で思わず泣いてしまいました。
ですが運命に打ち勝つ為にも、私は朔也くんを殺します。

「…会計をお願いします」
「かしこまりました」



「ええとMUGUETはこっちかな…?」
六義園に行く途中、同級生に連れられ、里実はMUGUETへ向かった。
「ところでどんなカレーを出す店なの?」
「本格的なビーフカレーを出す店。価格も850円だから良心的なんだ」
「へー!」
「あったあった、ここがMUGUETみたいだね」
里実と同級生が店に入ろうとした直前、大柄の男性が泣きながら出てきた。
「えっ!今の男性、泣いていたけど…それだけ美味しいって事かな…?」
「美味しいからって泣くことが現実にあるかなぁ?」
「泣くほど美味しいなら入らないとね!」
里実は同級生を引っ張り、小走りでMUGUETへと入った。

「いらっしゃいませ。2名様ですか?」
店に入ると、端正な顔立ちの店員が向かえてくれた。
同級生は里実に耳打ちした。
(へぇ、ここの店員、結構イケメンだね)
しかし、里実はボーッとしていて、何も返してくれない。
(ちょっとさとみん部長、店員に一目惚れ!?いやいやいや、確かに顔はいいと思うけどさ!)
(…ああ、ごめんね、ちょっと見とれていた)
(とりあえず店には入ろう。それからじっくり眺めようよ)
店員に案内され、2人はテーブル席へと座った。

「私はチーズをトッピングしようかな。さとみん部長はどうする?」
「…えっ!」
「さとみん部長、そこまで店員に惚れちゃった?」
「そ…そんな事は無いよ!」
「いっそ告白でもしちゃう?」
里実の事をからかう同級生。

確かに里実は端正な顔立ちな店員、相馬朔也に惚れていた。
勿論、彼の顔に惚れた訳では無い。彼の力強さに惚れたのである。

ーーこの人からはまるで梅の木を芽吹かせる位の力を感じる…!もしかしたら、この人が”家族”になってくれる人!?

平将門にはこんな伝説がある。
将門が今の青梅市を訪れた際、馬の鞭の代わりに使っていた梅の枝を地面に刺し、
「我が願い、叶うならば大きく育て!叶わぬならば枯れてしまえ!」
と言った。すると、梅の枝は根を張り、葉を繁らせたのである。将門はその事に喜び、梅の木が繁った場所に寺を建てた。そして、その梅が秋になっても熟さず、青いままで木になっていたため、その土地は『青梅』と呼ばれるようになった。

勿論、里実がこの事を知っていた訳では無い。しかし、里実に根を張る"樹"は朔也に眠る将門の力を感じ取ったのである。

将門の力に惚れた里実の"樹"は、里実の意思に逆らい、蔓を朔也に伸ばした。

ーー今は駄目。

里実が自制すると、蔓は里実の身体へと戻っていった。
「…あれ?さとみん部長、今植物が腕から生えてきたような気がしたけど…」
「ううん?気のせいだよ」
「さとみん部長、店員に見とれていないで早く決めたら?」
「私は野菜をトッピングしてもらおうかな。すみませーん、ビーフカレーを2つ!一つは野菜、もう一つはチーズのトッピングで!どちらも辛さは中辛、ライスの量は普通で!」
大きな声で里実は店員を呼んだ。

店から出て、里実と同級生はカレーの事を話した。
「上品な味だったね。また来ようね!」
「うん!また来よう!」
「まぁ、さとみん部長はイケメン店員の方が目当てかな?」
「ちょっとやめてよ!」
同級生のからかいに笑って答える里実。だが、里実は真剣だった。店員、朔也を自分の"家族"とするために…。

その後、六義園へと向かったが、里実は終始上の空だった。
同級生は植物を見ても心がいつものように弾まない里実の様子を不審に思うも、店員に強く一目惚れしたものだと信じ、これ以上この事をからかうのもよくないと思い、深くは詮索しなかった。



2人組の女子高生が店から帰ると、朔也は疲れを顔に出した。
賢司はこれを心配し、話しかけた。
「どうしたんだ朔也。接客2組にそこまで疲れをにじませて」
「…将門公が怒っていた。さっきの女子高生に対しても、その前の大柄な男性に対しても」
将門の名前を出すと、急に賢司の顔が強ばった。
「…3人共、犯人と言う事か…」
「いや,、2人の女子高生のうち、1人は無関係だと思う。しかし2人は…何かしらの殺人を犯している可能性が高い。ただ…」
「ただ…?」
「将門公の声が何か変なんだ。大柄な男性については『ミズコノオモイヲシレ…』だったし、女子高生については『ショクブツニアヤツラレシアワレナモノヨ…』だった」
「水子に植物…大柄な男性は堕胎を勧める闇医者か何かだろうか?植物に操られるとは…想像が付かないな…。とにかく、今は目立つ行動をするな。武器を振り回すのは最後の手段だ」
「分かっているよ。父さん」

犯人が店に来た事に衝撃を受けつつも、その後は僅かに一組の客が訪れる以外は何も起こらずに昼営業を終えた。その客も特に不審なところは無かった。
朔也は昼休みに入る直前、自宅の郵便受けを覗いてみた。そこにはちらしと共に、不審な手紙が入っていた。
「ん?この手紙は何だろう?……!!」
手紙を読むと、朔也は賢司の元に急いだ。
「父さん!これを見て!?」
「何だ朔也、変な物でも入っていたか?…これは!」
手紙にはこう書かれていた。


MUGUET店主へ

お前の息子は人を殺した。

公表されたくなければ息子に〇月△日の深夜、中野ブロードウェイ近くの路地裏、中野新仲見世商店街に来るよう伝えろ。

ポークカレーより


「何だと!あの事件、バレているとでもいうのか…!」
「父さん、確かに僕が事件を起こした場には目撃者は居なかったはず!」
事件がポークカレーを名乗る何者かにバレている。2人には頭を殴られたかのような衝撃が襲っていた。

賢司の能力は、ある行為を行った人物が誰かを秘匿する能力である。
しかし、ポークカレー、アルティエの能力は、キラキラダンゲロスのwikiに書かれている事を閲覧できる能力。wikiには事件の犯人が既に載っているため、賢司の能力では秘匿することができないのである。

それを知る由も無い二人は、ポークカレーに脅威を抱いていた。
「これは、明らかに罠だろうな…」
「ただ父さん、待ち合わせは今日だ。行かなければポークカレーは何をするか分からない」
「俺はシラを切るつもりだが、店に影響を与えるのは間違い無いだろうな」
この時点で、朔也は決心していた。
「…父さん、僕は中野に行ってポークカレーと話をしてくる。例えポークカレーを殺したとしても、僕はこの店を守る」
この決意に、賢司も同意するしか無かった。
「ここが狙われていると分かった以上、こちらも行動を起こすしか無いな。朔也、くれぐれも気をつけるんだぞ」
「父さんこそ。ポークカレーの狙いは父さんだって可能性もある」
「舐めているな朔也。俺だって魔人空手は黒帯だ。戦闘向けの能力ではないが、そう簡単には倒れる訳にはいかないさ」
店のために動く。2人はそう決心した。

その後、賢司は手紙の不審な点に気づいた。
「しかし気になるのが、何故この手紙、朔也ではなく俺宛なのか…?」
「何らかの理由で僕の居場所が分からなかったんじゃないの?ほら、僕は大学で外出する事が多いけど、父さんはほぼ店にいるでしょ」
「つまりこれは、俺に朔也へ連絡を取らせる為の手紙という訳か…。やはり狙いは朔也の可能性が高いだろうな。勿論、メイド服で武装はしておけ」
「そのつもりだよ父さん」



さて、遂に決行の日が来ました。朔也くん、うちのカレー南蛮が好きで本当に申し訳ない。だが、生き残る為には殺さなければならない!
そろそろwikiにあるキラキラダンゲロスのTwitterにマッチングが出ているので、確認をしてみましょう。
どれどれ…?


【路地裏】

ポークカレー
冥土の案内人
強欲の宿り木

が出会いました


な、なんだとぉっ!強欲の宿り木、里実さんまで路地裏に来るとでも言うのか!
これは予想外です。てっきり相手は朔也くんだけかと思っていましたので。と言う事は俺、2人も殺さなければならないのか…。
いや、逆にこれは好機かもしれません。朔也くんと里実さんが戦い、片方が殺されたところで私が出てくれば、相手も弱っているでしょうから容易に討ち取る事ができるでしょう。本当に容易かは知りませんが。
幸いにも里実さんの対抗策は考えています。その為にはちょっと大きな買い物をしなければなりませんが、まぁ大丈夫でしょう。



カレーを食べ、六義園に行った日の夜11時、里実は最寄りの新小岩駅にいた。
その時間帯はまだ両親が起きていたため、少し家を抜けるのに苦労したが、ここまで来てしまえば大丈夫だと思っていた。
もしかしたら今頃、里実の家では大騒ぎになっているかもしれない。しかし、それでも里実は構わなかった。ここまで強く"樹"が反応するのは初めての事である。何としても秋葉原に行って、MUGUETの店員に会いたいと強く思っていた。

事件の影響でガラガラだった電車は15分程で秋葉原駅に停車した。降りようとしたその時、メイドの格好をした人物が電車に乗ってきた。騒然とする乗客。
しかし、里実には分かっていた。

ーー格好は違うけど、この人がカレー屋の店員。間違い無い。"樹"はあの感覚を覚えている。

里実は秋葉原駅で降りるのをやめ、メイド姿の人物と共に、更に電車に乗り、彼を"家族"とする機会を伺った。

御茶ノ水駅でオレンジ色の電車に乗り継ぎ、揺られること更に15分。
「なかの、なかの、ご乗車ありがとうございます」
その声が聞こえると、メイド姿の人物は電車から降りた。里実も続いて降りる。ここは中野駅、里実の来た事が無い駅だ。
更に追うと、北口の改札を通り、中野サンモールへと歩いて行った。その先の中野ブロードウェイまで歩くと、道を外れ、路地裏へと入った。里実も慌てて路地裏へと足を運ぶ。
そこは飲食店が立ち並ぶ場所だった。営業しているところは少なかったが、いくつかの店で明かりがついており、事件の中でも楽しもうとする人間のたくましさを感じられた。
何故ここにカレー屋の店員が来たんだろう?と疑問は湧くが、これはチャンスである。里実は思いきって店員に近寄った。
すると、店員は振り返った。

「君がポークカレーなのか?」

ポークカレー?その言葉にポツンとする里実。

「ポークカレーって料理の事?」
「違う。ポークカレーという名前の人だ」
「何の事なのか分からないです」

一体この人は何を言っているのだろう?里実は疑問に思う。しかし、そんな事はどうでも良かった。

「ごめんなさい。カレー屋で一目見た時から、貴方に一目惚れでした」
「…尾行しておいて、よくそんな事が言えるな」

どうやら里実の尾行はバレていたようだ。当然だ。里実は"樹"の事を除けば一般人である。それでも里実は次の言葉を絞り出した。

「だから…私の"家族"になって下さい!」

その声を合図に、里実の手から何本もの蔓が伸びた。



実のところ、朔也は秋葉原の時点で里実の事に気づいていた。
メイド服を着て電車に乗る朔也に対し騒然とする乗客。かなり恥ずかしいが、メイド服は朔也にとっての戦闘服だ。どんな思いをしても、夜の東京を歩く以上、この格好で歩かなければならない。
だが、同時に感じた将門の意思。

ショクブツノコヨ…ワレヲネラウカ…

「うぐっ!」
久々に湧き出す強い殺意。車内を見渡すとそこには昼、店でカレーを食べた女子高生の一人がいた。
彼女も事件の犯人なのか?そして、夜の街に繰り出す意味とは?

新宿辺りまではたまたま居合わせた可能性も考えた朔也だが、女子高生、里実が中野で同時に降りた事で尾行されていた事を確信する。

(彼女がポークカレーなのだろうか?しかし、だとすると、何故秋葉原から尾行していた…?待ち合わせ場所を指定したポークカレーは他にいるのか…?)

謎は尽きないが、ポークカレーに指示された場所に向かう朔也。そして、中野新仲見世商店街に入った途端、里実が急に近寄ってきた。

朔也は咄嗟に振り向き、こう言った。
「君がポークカレーなのか?」
「ポークカレーって料理の事?」
「違う。ポークカレーという名前の人だ」
「何の事なのか分からないです」

やはり彼女はポークカレーでは無いと朔也は思った。しかし、将門が反応している以上、命を奪う存在である事は間違い無いと身構えた。

「ごめんなさい。カレー屋で一目見た時から、貴方に一目惚れでした」
「…尾行しておいて、よくそんな事が言えるな」
(一目惚れ?彼女は愛した人を殺すタイプの犯人なのか?)
「だから…私の"家族"になって下さい!」

その言葉と同時に里実から伸びる蔓。朔也は咄嗟に後ろに飛ぶ。だが、蔓が伸びるスピードの方が早かった。

「!!」

ナイフを取り出し、蔓を切断する。それでも蔓は伸びることをやめず、いつしか朔也の四肢は蔓によって巻き付かれていた。

「くっ…!」

動きを封じられた朔也。やむを得ず朔也は能力を使用する事を決めた。里実の後ろの二人、朔也と寸分たりとも違わない朔也の分身が現れ、里実に向かってナイフを突き刺す。が、その攻撃は突如、里実の周囲に生えた葉の鎧によって防がれた。
その隙間から植物の蔓が伸び、分身二人もがんじがらめにされる。

「もしかして、貴方、複数人に分身できるのですか?」
「やめるんだ…離せ…!」

このままでは埒が明かないと感じた朔也は、里実から20m離れたところに分身を生成。そちらを新たな本体として、蔓によって巻き付かれた3人の分身を消した。蔓は地面に垂れ下がり、朔也の分身のいた所には土のようなものがぼとりと落ちる。

「私の告白を受けるつもりは無いのですね」
「あいにく。こんな所で死ぬ訳にはいかないからな…」
「別に私は殺すつもりが無いのに…ただ"家族"が欲しいだけなのに…」
「こちらこそ、平穏無事に過ごしていたいだけなのに、何故殺人が跋扈する東京になってしまったんだ!…ぐっ!」

突如入る将門の意志。だが、その強い気に、里実の"樹"は喜んでいた。

「ああ、やっぱり貴方は運命の人です。私の"家族"になって下さい!」

そう言うと、今度はヒノキのような葉を身体から繁らした。その先には赤い花が付いている。そのまま身体を揺らす里実。一体何をしているのだろうと警戒していると、朔也の目と鼻に猛烈な違和感が襲ってきた。

「ハ、ハ、ハクション!」

朔也はくしゃみをしてしまった。それにも関わらず全く目と鼻の違和感は収まらない。そこに里実から伸びた蔓が朔也に巻き付いた。だが、巻き付かれた身体を再び捨て、新たな本体を出現させ、里実から距離を取る。目と鼻の違和感は相変わらずだ。

「これは…ハクション!…花粉症か…?」

朔也の予想は正しかった。里実の"樹"にはさまざまな植物の遺伝子が含まれており、所謂植物の"葉"である広葉樹の葉を付ける以外にも、針葉樹の葉を付ける事が可能なのである。そして、針葉樹であるスギやヒノキの花粉は、花粉症の原因となる。朔也は濃厚な針葉樹の花粉を浴び、重度の花粉症に悩まされていた。

このままではこちらが消耗してやられてしまう。そう思った朔也は辺りを見渡す。すると、路地裏の建物と建物の間に電線が通っているのを見た。

朔也はすぐさま横にある建物を登り、電線をナイフで切断する。そこに伸びる里実の蔓。すぐに建物の反対側へと飛び、切断した電線の被覆部分を持ち、里実へと投げつけた。
咄嗟に電線の切断面に近い部分を蔓で受け止める。だが、そこには当然、電気が通っている。

「!!!!!」

花粉を撒き散らした時とは別の震えを里実は起こした。その後、ショックでその場で倒れた。すぐに立ち上がったものの、植物は水を大量に含んでいるため、人間と同様感電するのだ。

「どうやら電気は効くようだな」

それを確信した朔也は、分身を3体出し、路地裏一帯の電線を次々と切断していった。周囲の店の多くが停電をする。
どの分身も電線を持ち、里実を牽制する。お互いに攻めあぐねている状態だ。

「ちょっといいかな。何故こんな真似をするんだ?」

朔也が口を開いた。

「私は"家族"が欲しいだけなんです」
「その"家族"というのを少し教えてくれるかな?」

里実は朔也に"樹"の事を話すかどうか悩んでいた。しかし、何も話さず"家族"になるのもどうかと思い、話す事にした。

「…分かりました。私の"樹"の事、話しましょう、私は森本里実と言います」
「里実さん。僕は相馬朔也だ」
「まず私が富士の樹海に行ったところから始まります」

「…そういう事です」
「なるほど、身体の中に"樹"が入り込んでいるのだな。それなら将門公の植物の子という言葉も納得できる」
「将門公?」
「平将門の事だ。里実さんが話したのなら、僕も話さなければならないだろうな。僕と将門公の関係を」
そう言うと、今度は朔也が能力と平将門の事を語った。

「と言う事だ」
「朔也さんは平将門の末裔で、自分の分身を作ることができる。しかし能力を使いすぎると平将門に身体を乗っ取られるのですね」
「そう言う事になるな」
「私はもしかしたら平将門に惚れているのかもしれませんね」
「その思いは抱かない方がいい」
「いいえ、あれだけ"樹"が反応したのは初めてです。私は貴方を"家族"にします」

その言葉と共に、里実は四方八方に蔓を伸ばした。



もしかして!一番早アルティエの事を忘れていませんか!読者さん!私も参加してますよ!

ちょっと準備に手間取ってしまったので、少し中野に着くのが遅くなってしまったのですよ。そしたらもう戦いが始まっているではありませんか。ああおっかない、あんなものに巻き込まれたら私、あっという間に死んでしまうアルよ。
さて、私は朔也くんと里実さんの戦っている場所から少し離れた場所で待機しています。直接2人の様子を見ることはできませんが、聞こえてくる音で大体の様子は知ることができています。

とにかく2人にバレないように、今は潜み、チャンスを伺いましょう。

俺はできる…。俺はできる…。俺はできる…。



蔓を伸ばした途端、朔也とその分身は垂れ下がった電線を蔓に向けて投げた。
だがすぐに里実は伸ばした蔓を引っ込めた。

「どういうことだ…」

その答えは足を見ると分かった。蔓が巻き付いていたのである。一体どこからと周囲を見渡すと、蔓が地面のアスファルトを突き破り生えていたのである。

富士の樹海は1200年の若い森であり、土壌は数十センチと浅いため、植物は根を四方八方に伸ばし溶岩を覆うコケから水分を摂っている。里実の"樹"は会話の間、根を周辺に広くに伸ばし、地面からでも蔓を伸ばせるよう待機していたのである。

朔也の他の分身3体も蔓に捕らえられ、一度に地面に引き摺り下ろされる。更に里実から伸びた蔓が朔也の身体に巻き付き、ほぼ動きが取れない状況になる。
里実は地面への茎を足に生やした状態で、アスファルトを砕きながら朔也に近づいた。

「もう観念しましたか」
「…やめろ…言っただろう…これ以上は将門公を呼び寄せるだけだ…」
「私にとってはこれが本望です」

近づく里実に対し、朔也は4体目の分身を出した、里実に対しナイフを投げる。

「痛っ…」

葉の鎧を貫き里実の身体に刺さるも、里実の歩みは全く変わらない。
やむを得ない。この身体は捨て、さっきナイフを投げた分身を本体とするか…。
そう思った刹那、

「うおおおおおおおおおおっ!」

いきなりの乱入者。手には包丁を持ち、顔には豚のマスク、そして、何か機械のようなものを背負っている。
突然、朔也の頭の中に声が響く。

ミズコヲコロシシモノモキタカ…

将門の声だ。最悪の展開だと思いつつも、唯一動く4体目の分身は乱入者に対しナイフを投げようとした。

「お前の弱点はここだぁぁぁぁぁ!」

その直前、乱入者は叫びつつ、蔓によって動きを封じられた朔也の分身の一体に、肉切り包丁を突き立てた。

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

途端、朔也の分身と本体が一度に叫びを上げた。それとほぼ同時に、里実の近くにいる本体以外の分身が一度に消えた。
その刃は朔也の分身のこめかみを狙っていた。

平将門の弱点はこめかみである。身体が鉄で出来ているとも言われる平将門に、討伐を命じられた藤原秀郷は苦慮していた。ところが将門の愛妾である桔梗は秀郷に対し、将門の弱点はこめかみだと伝えた。その情報を元に、将門のこめかみを矢で射ると、将門は倒れたのである。
将門の影響を強く受けた朔也の弱点もここであり、攻撃されると本体、分身一度にダメージが入り、かつしばらく能力が使えなくなるのだ。
もっとも、乱入者、アルティエもここまでは知らないが。

この攻撃によって大きな隙が出来た朔也。里実はこの隙を逃さなかった。

「さぁ、私の"家族"になって下さい」

里実は倒れている朔也に抱きつき、口づけをした。

「…ッ!!」

一瞬、何をされたか訳が分からなくなった朔也。だが、体力が急に失われていくのが分かった。彼の至る所から急激に伸びる木の枝。それは天へと伸び、いつしか梅の花を咲かせていた。
朔也は"樹"の種を植え付けられたのである。

僅かに残る意識で、朔也は里実に話しかけた。
「な…何をした…」
「…凄い…私の種を植え付けられて花を咲かすなんて…初めて見た…。やっぱり貴方は私の"家族"なのかもしれない…!」
ようやく"婚活"が終わる。里実は"樹"を植え付けられた朔也の状況に、感動していた。


だが、その感動を、豚のマスクを被った乱入者が邪魔をした。

プシュウウウウウウウッッ!

アルティエは里実に対し、背負っている機械、噴霧機で何かの液体を吹き掛けた。
「はぁっ…はぁっ…、どうだ!ラ〇ンドアップの効力は!!」
「げほっ、げほっ!ラウンド〇ップ…まさか…!」
ラウン〇アップ、その意味を知る里実は絶句した。里実の身体に根付いた"樹"が、急激に元気を失っているのだ。

ラ〇ンドアップは、植物にかけて使うタイプの除草剤である。その成分は根まで届き、植物の光合成や成長を阻害する。…例え、里実の"樹"のような植物であっても。そのため、里実は富士の樹海の一件より、植物に除草剤を使うのをやめていた。
むしろ、里実の"樹"は急激に成長するため、通常は効果が植物全体に行き渡るのに数日かかるところ、即、効果が出たのである。
しかもアルティエは、本来希釈して使うべき薬剤を、原液のまま噴霧機に入れたのだ。

除草剤の効果により、朔也の分身を覆っていた蔓も萎れ、里実には打つ手無しとなった。
「わ…私の"樹"が…」
その声も虚しく、アルティエは肉切り包丁で里実の胸を突き刺した。
里実は血を流し、その場に倒れた。



つ、遂に私、やってしまいました!殺人です!
強欲の宿り木、森本里実を殺しました。
堕胎教唆ではありません。純然たる殺人です。
もう後には戻れません。次は朔也くんを殺します!
これも生き残る為です。私は必ず勝ち抜きます。



意識が混沌とする中、朔也は事の顛末を見ていた。
植物により、自分に残された力はほとんど無い。まだこめかみへの痛みが取れず、分身も出現させる事ができない。

ーーああ、このまま僕は死んでいくんだな。結局ポークカレーと話せなかったのが心残りだけど…。父さん、ごめん。MUGUET、守れなかったよ…。

里実を刺した包丁を抜き、朔也に対し近づいてくるアルティエ。朔也は死を覚悟し、目を瞑った。


ーー…ここは…。

気がつくと、朔也は馬に乗っていた。慌てて周囲を見渡す。ここは山だろうか。そして、自分はまるで源平合戦の武者が付けているような甲冑を付けている。
周囲には自分のような格好をした武者が何人もいた。その中心にいる人物の甲冑は、自分よりも立派で派手な色だった。

ーー僕は夢を見ているのだろうか…しかし、まるで平家物語のような世界だな。

朔也は漠然とそう思った。
しばらくすると、中心の人物が止まった。朔也を含めた取り巻きも止まる。すると、中心の人物は馬を下り、鞭として使っていた枝を地面に突き刺し、こう叫んだ。

「我が願い、叶うならば大きく育て!叶わぬならば枯れてしまえ!」

すると、枝は地面に根付き、葉を繁らせたのである。

ーーこれは!将門誓いの梅…!つまりこの立派な甲冑の人物は、将門公!


そこで朔也は夢から覚めた。相変わらず、自分は梅の枝を生やしながら倒れており、豚のマスクを被った男が近寄ってくる。

ーー今のは将門公からのメッセージか…?だとすれば僕はどうすれば…?

ーーまさか、この梅の枝、自分の意思で生やすことができるものなのか…?里実さんはやっていたけど…。

ーー分からない…。けど、このまま殺されるくらいなら…!


父さん、店、そして東京を守れるのなら、この梅、育ってくれ…ッ!




まぁ、里実さんの"樹"が植え付けられていますし、分身も出てこないので、早めに朔也くんを肉切り包丁で刺してしまいましょう。

いまだに私の店のファンである朔也くんを殺す事に対し、残念に思っています。全てが終わったら、朔也くんの墓前にカレー南蛮を供える事位は行いましょう。

さらば、朔也く…ン?

どういう事でしょう!私の腕に枝が巻き付いているではありませんか。
これは…強欲の宿り木の能力のはず…。

この枝の生えている方向は…朔也くん!?ま、まさか、朔也くんが"樹"に適合したとでも言うのでしょうか!不意を突かれたのでラウンドアッ〇も噴射することができません。

そして朔也くんが立ち上がり、私の渾身の豚のマスクを脱がせて…や…やめろ…!そのまま口づけをするのか!強欲の宿り木のプロローグでそれをされた警察官は…!

…何でしょうか、力が抜けていくというのに、晴れ晴れしい気分です。生き残る為とは言え、殺しをした私に罰が当たったのでしょうね。でも、自分の店のファンを殺すような真似をしなくて良かったとさえ思っています。
きっと私は天国には行けないでしょうね。閻魔様の裁きは素直に受けようと思います。それでは皆様、来世でお遭いしましょう!さよならー!



豚のマスクを被った男、アルティエに種を植え付けた朔也は、改めて自分の行った行為に愕然としていた。
アルティエは見るも無惨に"樹"にめり込んでおり、朔也は思わず目を背けた。

「僕は…また、人を殺してしまったとでもいうのか…」

だが、そこで賢司の言葉を思い出した。

『いいか、俺はお前の事を認める。2代目冥土の案内人と。だから、例え相手を殺したとしても、気にせず前へと進め』

「…いや、これは自分を守る為の行為だ…。覚悟していた事だ。けど、だからってこんな結末…ッ!」

「やはり…貴方が…"家族"なのですね…」
アルティエに刺された里実が弱々しく話した。どうやら、まだ生きていたようだ。しかし、話すのも辛うじてという状態。朔也はもう助からないだろうと思っていた。
「里実さん!」
「…私の"樹"はもう、枯れかかっています…。ですが…貴方に遭えて…本当に…良かったと…思います…。私の"樹"が梅になった…ということは…貴方はきっと…梅に縁のある…人なのでしょうね…」
そう言うと、里実は意識を失った。
朔也は里実の呼吸や脈を確認する。が、反応は全く無かった。

結局ポークカレーを名乗る人物は現れなかった。
もしかしたら、豚のマスクを被った男がポークカレーなのだろうか?朔也はそう思ったが、今となっては確認のしようが無い。

深夜の中野新仲見世商店街。
女子高生と巨漢の死骸の傍で、メイド服の青年は、ただ茫然としていた。
最終更新:2020年07月03日 20:50