ひとりの少女がいた。
    彼女は語った自分は特別であると

ひとりの少女がいた。    
               彼女は願った自分が特別であることを

そして目の前の少女が言う。
           「ない」。そんなもの最初から私たちには『ない』のだと

【ダンゲロスSS:Wedding MAD Road 】

新宿夜魔口組事務所

「・・・『予定外』だ。」

新宿の片隅、一角に存在する雑貨ビル。指定魔人暴力団、新宿夜魔口組はそこに拠を構えていた。
組長室で彼を出迎えた女主人は、彼女に投げかけられた言葉をワインを舌で転がすよう
に吟味する。そして悠然と足を組み替えてから、返答を返した。

『掲示板の書き込みの件か?黒鬼(ブラック・ボックス)。
私がお前に任せる、やり方に口を出さないといったのはあくまで『予定通り』ことが
進んだ場合だ。このバカ騒ぎ、望んだ訳であるまい。一体どう落とし前付ける気だ。』

男は沈黙で返した。絞首殺人の殺人鬼スイマスイマこと芦葉千鳥の一件だった。
黒鬼は“あの日”彼女の殺人を黙認した。
理由の一つは“撒き餌”。
行われた殺しに若い女性の手を匂わせることで他の殺人鬼を招き寄せようと図ったのだ。
メインの標的は、対抗意識を煽られやすい「切り裂き魔の模倣犯」や「殺人鬼殺し」
彼等は行動パターンが比較的固定化されているので対策が取りやすいからだ。
ただ今回は被害者の一人が元文部事務次官という予想以上の存在であったために、
各種報道と対応が予想以上のハレーションを起こしてしまったのだ。騒ぎが大きくなりすぎて
殺人鬼が好んで寄り付ける状況ではなくなっていた。

『ペナルティだ。まずこちらの案件を片付けて貰う。
標的は黒星(ペイレン)という名の殺し屋。最近は“神出鬼没”の二つ名付きだ。
ここのところ、連続でうちの組の関係者が狙い撃ちにされ、ハジキが強奪されている。
ヤクザは舐められたら終わりだからな、うちの組で責任もって対処することにした。』
「“責任もって”か…。あこぎな話だな」

吸血の組は繁華街での営利を主なシノギとする
同じ夜魔口といっても襲撃で被害にあった組とは系統が全く違う。ほぼ無関係といってもいい間柄だ。
そのあがりを態のいい口実をつけて全部掻っ攫おうというのだから、恐れ入る話だ。
吸血鬼はにまりと笑った。
『資料はもう読んでいるな、黒鬼。読めば完全に無関係って訳でもないこともわかるはずだ。コイツ、相当意識してやがるゾ。お前のことをな。』

言われるまでもないことだった。“コイツ”は犯行現場にわざと能力の痕跡を
残していってる。
己が本当の能力をわざわざ吹聴するような魔人はまずいない。
デメリットしかないからだ。ただ同時に自分自身の能力のことで無関心でいられる
魔人もまたいない。魔人能力は魔人のアイデンティティそのものであるからだ。

『レスがついた。さて、子猫ちゃんからの返信だ。

―谢谢招待。知道了、大姨妈。(招待ありがとう。うけたまわったよ、おばさん)- 』


ゆえに投げられた『餌』に喰いついた時点である程度、相手の目的が推察される。

目的は――――

吸血は優雅な仕草で髪をすくいあげると豊満な胸をそらす。そしてそのまま、
天上にまであげた手刀を音速のスピードでノートパソコンに振り下ろした。

ノートパソコンは机ごと両断され、発生したソニックブームは一面、爆風を促す

『谁是大阿姨。『杀』』

―――――能力(ちから)比べか。
男は災厄に見舞われた組長室から目を背けるように踵をかえすと、雇い主に背を向けた。
「了解した。返事はこちらから伝えておく」

使えなくなった道具(オモチャ)は捨てられるだけ。そしてこの雇い主はその権利を
行使するだけの力を持ち合わせている。それだけの話だった。


◆◆

ネットカフェあんぼう

―了解。稍微选择言词(了解した。あとお前もう少し言葉を選べ。)―


HN:夜猫子 こと「黒星」は掲示板での返答を確認すると是とうなずいた。
返答は”名無し”からで、内容もそっけないモノだったが、逆にそこが高評価だった。

―簡潔で無愛想…そうまるでこの黒星(ぺいれん)のようじゃないか―
手慰めにバラしていた愛銃を瞬時に組み立てると、画面の書き込みに照準を合わせ構える。イイネ!をあげよう。

黒星が三回行った夜魔口組関係の襲撃。最初の1回は偶然だった。
たまたま襲撃した取引の場に夜魔口の末端関係者がおり、情報を引き出した際に
琴線に引っかかるモノが一つだけあった。

自分と同じような能力者がいる、と。

幹部のお気に入りの運び屋で始末屋
全身黒尽くめの無口な大男
名前は――
ん、でもよ、オレはアイツより背が高いのに何であいつばっかりモt…ブブヒィィイ(射殺)

無論、自分の組織の内情をペラペラ話すような不良品など、彼女が許容できるわけもない。
知りたいことを聞き終えた後は寂しくないようすぐさま同胞たちのところに送ってやった。

―夜魔口三天王のお気に入りの殺人者
―孤高の子飼い

少女は眠ることにした。

―クロキカイ
―サツジンキカイ、果たしてソイツはどのようなキカイなのであろうか

少女は夢を見ない。

けれど、今日は不思議と安らかに眠れる気がした

◆◆

歌舞伎町で起こった連続殺人の騒ぎは一昼夜をすぎ翌日の夜になっても収束の目途を持たなかった。
騒音が慌ただしく流れ、人が駆け回る。
ただ、それは歓楽街に限っての話、少し離れれば人気もなく、街灯の明かりが唯道を照らす
いつもの凍夜の街があるだけだった。
彼女の目的地はそんな喧噪から少し離れた街の裏側にあった。
黒星はいつものように黒のパーカに手を突っ込み、目深くフードを被って歩いていた。
いつも彼女は手ぶらだ。何もいらない、せいぜい小銭とスイカがあれば事足りる。

――あれか
目標のビルを確認する。
――ん?
50mを切ったところで黒星の足が止まった。何事かと振り返る
正確には一歩踏み込んだ瞬間、違和感を感じ周囲を見渡す。異常はない。異常は感じない

けれど、
―気配が違う。
今の境を超えた瞬間、夜の帳をくぐった瞬間、別世界に踏み込んだような張り詰めた、冷たい空気が、あたりを支配していた。
―――ふむ
噂によると夜魔口吸血は恐るべき催眠術の使い手で人どころか、場そのものすら容易に支配するという。
―――――不夜城の女主人の支配領域(テリトリー)
感知能力も兼ねると仮定すると不意打ちなど望むべくもない。下手に煽ったのは
失敗だったかもしれない。まあ後悔などしてないが。
その推測を裏付けるようにビルの入り口から、人が現れる気配がした。黒星は近場の物陰に身を潜める。
街灯は変わらず光を湛えている。この程度の明かりがあれば黒星は十分、夜目が効く。
現れたのは長身の黒ずくめのコートの男。特徴の一致を確認。おそらく“クロキカイ”だ。

◆◆◆
コートの男は黒星と同じように無手だった。
こちらに向かいある程度、歩を進めると足を止め、あたりを探る様子もなく宣言を行った

「条件は伝えた通り、俺とのサシの勝負。勝者は武器の総どり
そして、一点、雇い主から追加事項がある。
条件が合えばお前を雇いたいとのことだった。『明白意義嗎?』(言葉は通じているか?)」

雇いたいという申し出は正直、意外だった。
てっきり憤怒のあまりキーボードを粉砕し、掲示板への返事もできなくなっていたかと
思っていたが、どうやらここの女主人は予想に反し冷静な性分のようだった。

「無問題。条件什么?」
姿を現し、横合いから声をかけることにする。
ここまでお膳立てをして罠ということもあるまい。そも相手の最優先は“武器の回収”だ。

男は声のほうに眼すら向けず、さして気のない風で続けた。
「条件は――――――俺を殺すことだ。」

吸血貴族め、話は振った。あとは下賤の者同士でケリをつけろということか
実に傲慢で高慢。しかし判断はシビアで的確。

「成立。」
お楽しみの始まりだった。黒星は男の正面までくると足を止めた。

この時点で二人はお互いのことを殺人鬼だとは認識していなかった。
片や、暗殺者崩れ
片や、自分の同類(サツジンキカイ)かもしれない存在、その程度の認識。けれど
似た者同士ゆえか、ある種の阿吽の呼吸が成立した
二人は5mほど距離を置き、互いに銃口を向け合う。

いつ相手が銃を構えたのかそれを互いに認識できないほど、それはなだらかにかつ速やかに行われた。
黒星が構えたのは中国製トカレフTT33、通称“黒星”
対して黒鬼(クロキ)はBHP(ブローニング・ハイパワー)。これを左右に1丁づつ
ベルギーのFNハースタル社製。使用弾丸は9x19mmパラベラム弾。
互いにシンプルなシングルアクション、ショートリコイル。

そして構えざま、互いに回避動作すらとろうとせず真正面から打ち合う

パンパンと小気味良い発砲音と発射光が続く。
そして薬莢が転がる音。二人は全弾打ち尽くすと再装填(リロード)作業に入った。

二人とも回避動作すらとらなかった。
黒星へ放たれた9x19mmパラベラム弾は空中で溶けるように姿を失い、黒鬼に放たれた7.62x25mm トカレフ弾はコートに吸い込まれるよう消えていった。
驚嘆すべきことは何もなかった。黒星は魔人能力「灰色の武器庫」を、
黒鬼は「無精者の収納棚」をそれぞれ用い向かってくる銃弾を収納しただけの話だった。

二人は自分に向かってくる武器の類を“しまい込む”という対応でほとんど無効化できる。
それくらいのことができるのはお互いに分かり切っている。
故に彼等に要求される能力は不意打ちなど認識の届かない攻撃を受けないことであり、
あり得らざる、もしもの状況に対する対応力を持つことだった。

まず確認すべきことは性能の差。そして―――――――――
黒星は空中に弾倉を呼び出すと再装填(リロード)を一瞬で終え、再度構える
二丁拳銃のクロキは両手を放すことなくグリップを握りなおしただけで再装填を終えていた。
『収納棚』のほうが半動作早い
それを視界に収めつつ、黒星は大きく後ろに跳躍する。黒鬼も飛びのき、地を転がる

閃光と轟音
黒星が空中に発生させた、黒鬼が蹴り上げた互いの閃光弾(スタンクルネード)が
相よろしく空中でぶつかり、さく裂した。気の合う二人であった。

互いの対応力を量る。
能力には各々条件があるし、二人ともあらゆる武器・弾薬を無条件で無効化できるわけ
でもなかった。当然、取り込めないものも存在する。光や爆音はその代表例だ。
黒鬼は、飛びのいた先の地面に右手を軽くタップするとそこから
2mほどのブロック塀をせりあがらさせた、そしてその陰に姿を隠す。

対して黒星(ペイレン)はバックステップを踏んだだけで、姿を隠す気配もなかった。

―――なるほど
基本性能は黒星(ワタシ/アイツ)のほうが上か。

両者の見解はほぼ一致していた。
一見、再装填にタイムラグが発生しなかった黒鬼(クロオニ)のほうが優秀に見えるが。
『無精者の収納棚』はモノが接触してから取り込む形式のため、衝撃を完全に
相殺することができない。確かに黒鬼の耐久力は並外れている。実際のダメージは
拳銃程度ならほぼゼロになる。運用上に影響はない。
だがもしそれが、バズーカー砲だったら、あるいは、より大型火器であったなら、
そしてそれが累積され続けていったらどうなっていくのか。
ブロック塀の存在がその解を露わにしていた。

元々建物にあった壁をしまい込んでいたのだろう、そして障壁として取り出したのは、
次の一手(たいさく)を打つためのブラインド。
―――猶予は与えない。
黒星は畳みかける。手札をめくり、次の手をさらす。
彼女はもう一丁、愛銃を呼び出すと躊躇いもなく斜め左右と上方に打ち出した。

二丁拳銃
―黒星・万華鏡(カレイドスコープ)―

黒星の魔人能力「灰色の武器庫」は空間中に武器を出し入れする能力だ
異空間の大きさは、縦横高さそれぞれ10m。
黒星を中心に展開され、現実空間とは「ずれた」位相に存在する。

その能力を受け効果範囲ぎりぎりで姿を消した銃弾は慣性はそのままに、その場に
再び現れる。外側に向かっていたベクトル方向を入れ替え、再び中へと舞い戻る
まるで万華鏡のように内側へと向かい乱反射する。

左右上方に射出された銃弾の逆ベクトルでの“出し入れ”
厨二病的ネーミングにのせたその技は弾の角度を変え、黒鬼(クロオニ)を
全方位から襲う。仮初の安全地点は一瞬で銃弾の包囲網を受ける三面の楚歌と化した

―――見落とした
男は顔をしかめた。直撃はない。ただ、直接彼のところに当たりに来なかった弾が跳ね、
その跳弾が死角から彼にのめり込んだのだ。彼の右手が再び地にのびた。

「――ッチ」
全掃射後、間髪入れずブロック右側(黒星視点)から、壁が一気、続々とせりあがってきた。
そしてせりあがる壁からちらりと身を隠し移動する影が確認できた。
銃口を“右”にずらす。
――流石に飲み込みが早い。

黒星万華鏡は、射線の通らない止まっている相手を燻りだすことが目的の業だ。
動いている者を対象とすると高度な演算能力が要求されるため、精度が極端に落ちる。

せり出す壁の向こう側にまきびしをバラまく、だがその先は無人。誰もいなかった。
黒星が予測したイメージとは逆、ブロック左側から男は躍り出ると一気に距離を
詰めに走った。男は、壁沿いに移動などしていない。ひっかけだ

錯視。
初歩的な誤誘導(ミスディレクション)だった。人間の眼は遠近が異なると
簡単に錯覚を起こす。
実際には能力を使ったのは一度きり、右からせりだしている壁は全て
同じタイミングでせりあがっているのだが、黒星の眼からは壁の上がり方が
距離が近いほう―元壁に近い左のほうがより早く高速で次々あがっていったように映った。
ご丁寧に一番端のブロック壁は金網フェンスを上層にのせブロック自体は低く設定してある。
こうして“一気に”“続々と”いう矛盾する状況を成立させ、クロオニは自らが
次々と地面から壁を出しながら高速移動しているような幻想を相手に与えることに成功した。

武器が効かない相手に肉弾戦に持ち込むのはセオリー。
注意を反らし、接近戦に持ち込むのが狙いなら、こちらとしても願ったり叶ったりの展開。
そう考えた黒星の思考が、次の瞬間また揺らぐ。
突進してくる相手の手元を見て“ぎょっと”したのだ。

殺人鬼とサツジンキ。
二人の“対応力”に徐々に差が現れ始めていた。


◆◆◆
構えているものが“違う”
黒星はプロだ。威嚇と殺意を取り違えないのと同じように“本物”と“偽物”の
見分けなど瞬時につく。
だから黒鬼が左手に構えて、今まさに充填物を発射しようとしている
『ショットガンらしきもの』を見たとき、それを武器(ホンモノ)として認識できなかった。

それはよく手入れされ、上物でもあったが、詰め込んだものを発射するだけの単なるオモチャであった。
装填されているものも殺傷力のない豆粒だった。
福はうち、鬼は外
の節分で使う豆だ。その豆が、打ち出され、彼女の視界一杯に広がっていた。
そして、その後ろで“豆鉄砲”を備えたまま右手でBHPを構える黒鬼の姿がみえた

―不味い

何故、黒鬼がそんな豆鉄砲(オモチャ)を携帯しているのか。
理由は単純。“様々な鬼”を狩る彼にとってこれは常備すべき武器の一つであるからだ。
ただ、それは今の黒星にはたどり着けぬ解であるし、また今の彼女にとって重要な問題でもなかった。

必要であり、重要なことは発生した事態に対応すること。
豆の散弾で完全に意識を散らされた自分が、後から来る、まぎれた銃弾を確実に消せるかどうかの判断
―――――不確実
―――ならばもとから消すのみ――

次の瞬間、構えていたクロオニのBHPが彼の手元から消失した。

―!?

黒星の能力「灰色の武器庫」は範囲空間内にある武器を自在に出し入れすることが可能だ。
当然、相手の持っている武器も範囲内ならしまえる。当然、仕舞ってから出せもする。
この「対応」を受けた相手の反応は、二択。予想外の出来事に硬直するか、
あるいは“黒星”の手に現れた自分の「愛銃」を見て距離を取ろうと慌て飛びのくか
あと「卑怯だぞ」と叫ぶのもあったが、まあ、ほぼ二択の三択だ。

そして黒鬼の反応は、完全な塩「対応」だった。
全く動じることなくそのまま突っ込んでくる。しかも完全なノータイムだった。

―いやいやいや、いや。おかしいだろう、その対応は―
経験を踏まえた上での、少女の心境吐露はおかしくもあるし、又おかしくもなかった。
おかしいのは当たり前だ。これは殺人鬼同士のやり取りなのだから
おかしくないのも当たり前だった。そんな連中と散々やりあってきたのが、彼なのだから

そして理解できなかった。その“おかしくなさ”について
彼女は“ソレ”を理解できなかったが故に

「鳴」
呼び出した防護盾ごとまとめてふっとばされた。

―‐―――――間に合ったが―、ま―

殺人鬼の手札がさらされる
そして黒星ははじめて完全に守勢に回った。


◆◆
放たれたそれは斬撃と呼ぶには、あまりに
鈍重で 鈍く 重いモノだった。

黒鬼はツーハンドソードのグリップを握りなおすと、再び構えを取る。
だがその刀身と指していうべき部分はあまりにも異様なものであった

そう、それは両手剣(ツーハンドソード)と呼ぶには
――あまりにも分厚く
―――あまりにも大きく
 ――― そして、あまりにも「食い倒れ人形」だった

凄く『食い倒れ人形』だった。

トンテンカントンテンカン
静寂の闇を切り裂くように人形の腕に抱えられた太鼓が珍妙な音を立てる。

黒鬼はツーハンドソードのグリップを握りなおし、再び構えを取る。


???
???
???
―――マジで何それ?

第三者視点を持ち合わせている読者も今、黒星と同じ殺人鬼が豆鉄砲を喰らった
ような顔をしていると思うので、改め、解説しよう。

黒鬼の構えているソレの正式名称は「大阪☆食い倒れ太郎さな好」
かつて大阪を震撼しめた阪神の優勝絶対許さないマンこと「道頓堀の殺人鬼」が
用いた凶器だ。
「道頓堀の殺人鬼」はこの人形を烈火のごとく振るい、阪神優勝の奇跡の年、一晩で
路上で狂喜乱舞していた阪神ファン3333名を殴殺、そのすべて道頓堀に投げ込み、
死肉の山と血の河を築いたという伝説を持つ。その伝説の凶器が今再び姿を現した。

黒星にとって幸運だったのは彼女が関西情報に疎かったため、単にへんなおっさんの
人形としか認識できなかったことだ。
もしも下手に顔見知りの存在、例えば凶器が、馴染みのフライドチキンのチェーン店の
人なつっこい顔を浮かべた白髭おじさんだった場合
より黒星の対応は遅れ、防弾盾のガードすら間に合うことなく一巻の終わりだっただろう。
そう、もし、これが


カーネルおじさんだったら死んでいた!!

裂ぱくの直突きが、追い打ちがてら黒パーカーの少女を襲う
さけた黒星の横を黒メガネをかけた太郎の顔が横切る。トンテンカントンテンカン
一撃一撃が必殺の威力。そして黒星の少女はそれを無効化できない…

そういえばラーメンとうどんで思い出したが、
この食い倒れ人形とカーネルおじさんには史実において浅からぬ因縁がある。
それは1985年10月某日。阪神リーグ優勝の日、興奮したタイガースファンが
暴徒化、道頓堀にある「くいだおれ太郎」を担ごうと強襲。
当時の営業部長が我が身を顧みず命がけでこれを死守するという事件があったのだ。
そして、次に暴徒に目をつけられたのが同じ道頓堀にある某店の
カーネル・サンダース像だった。暴徒は制止する店員に暴力で黙らせると
バースに似ているから胴上げだと宣い橋の上で舞い上げた後、最終的に
カーネルを道頓堀川に投棄した。
そしてこの年以降、球団は設立以来の大暗黒期を迎え、低迷と不運にあえぐこととなる。
人は慄いた。これはカーネルの呪いだと。
これが世に知られるカーネルサンダースの呪いの顛末だ。もしこの時営業部長の奮戦がなければ両者の関係は入れ替わっていたかもしれない。もしそうであるのなら、
黒星はここで命果てていただろう。
長き因果のはてで、あの時の営業部長の奮戦が一人の少女の命を救ったのである。それは男という名の物語。

このようなくだりの中も二人の死闘は続いていた。
いや、二人の死闘といってよいのだろうか、一方的に防戦を強いられているのは
専ら黒星の方であったのだから、

だが
黒星に武器(きょうだい)たちが語り掛ける/有難うと
黒星には今までで一番散りゆく武器たちが輝いて見えた。素直に有難うと思う
そして、この出会いに
「感謝。」

なんか妙にキラキラしていた。
流石、キラキラ、この娘もなかなか一筋縄でいかない性癖の持ち主であるようだった

合掌。
黒鬼が剣を引くタイミングに合わせ、黒星が握りしめるよう拳を引くと両者の間に
ピンと黒塗りの糸が張る。
絡みついた銀線が食い倒れ人形の首と腕、ついでに太鼓を落とす。
黒星の接近戦用の暗器糸。ただし、これでは決定打にならない。
男はくるくると太郎さな好を回転させると糸を巻き取り、黒星の体勢を崩そうと図る。

この瞬間、黒星は勝負所と判断した。
こいつの対応力は尋常ではない。
こいつの魔人能力『灰色の武器庫』への理解力は完璧だ。
だがらこそ行けると判断した。理解力が「中途半端に完璧」なこのタイミングで仕掛ける。
チャンスは一度きり、一度見せれば、コイツは順応する。

―――――跳べ

黒星の能力「灰色の武器庫」は空間中の任意の場所から“武器”を出し入れするものだ。
食べ物、飲み物、雑貨品といった“武器”と黒星が思えないものは入れられない

―――――――――――――――“黒星”。

そして、黒の少女は、一瞬、闇へと溶ける。
彼女は空間位置を変え、向きを変え、ベクトルを変え、姿を現す手筈を整える。
クロオニの完全な死角をつき、完璧なる刺客となるために
――――――――――来。
そして視界を取り戻した彼女が最初に見たものは、視界に迫りくる男の“鬼の手”であった。

◆◆◆
新宿夜魔口組事務所
『こいつの魔人能力、武器の出し入れってことでほぼ確定でいいんだが、1点、不審な
点がある。ことごとくうちの連中不意をつかれているってとこだ。神出鬼没…』
「―――別におかしくなどないだろう。すべて同能力で可能だ。」
『まるで瞬間移動してって…はぁ?』
「こいつは自分自身のことを武器(どうぐ)だと認識している。それだけの話だ。
何もおかしくなどない。少なくとも“俺たち”の中では」

そう、それだけの話だった。
理解されることが今まで一度もなかった。“私たちの”話

黒星は直前にまで迫った握撃を首をひねり、すんでのところで回避する。
クロオニが外したとは思わなかった。しくじったのは自分自身、黒星のほうだった。
受けたダメージが累積していたため、目測を誤り、本来イメージしていた「完璧な
死角」から若干、出現座標がずれたのだ。ここでも黒鬼は完璧だった。

その黒鬼は動じることなく手近い標的に目標を変更し、素早く対応する。
もはや諦観の念すら、出てくる冷静さだった。
腕を捕まれた。
ガチリと何かがはめ込まれる音がする。これは武器ではない。
構わず腕を極めに行く。
中途、腕が凄い力で引っ張りあげられ、そのまま地面にたたきつけられた。
受け身を取る。間に合ったが、まだ腕を取られている。

二人の間で鎖のような音がした。ここで黒星ははじめてそれを視認する

音の正体、道具の名は「ギャロット」。
本来は首につける絞首刑の道具だ。それが鎖を介して二人を繋いでいた。
武器ではない、消せない
男は少女を見下ろす。もはや、かわすすべもない位置取りだった。
あとは黒鬼が拳か何か鈍器でもいい、とにかく振り下ろせば終わりという位置取りだった。

少女は思う。
クロキカイ、お前の対応は完璧だった
お前は唯一つ、なに一つ間違わなかった
より精密な戦闘兵器だった。最後の立ちまわり迄、すべて私を上回っていた。

――――――だが
最後の詰めのため、軽く息を吸った黒鬼が口を押え、たたらを踏む。二人のエンゲージが鳴る。

不可視の猛毒。
それが男の内部に侵入していた。
黒星が接近を伺っていたのは戦闘を挑むためでもなく奇襲を狙ってのことでもない
ただ一点、相手の呼吸のタイミングを知るためだった。

使用したのは神経ガス。殺傷性は高けれど、存在は凡庸な兵器だった。
この男の対応力は異常だった。たとえ無味無臭の毒ガスを周囲に送り込んだところで
素早く異常を感知して「取り込んで」無効化するだろう
仮に肺に吸い込んだところで肺の中にある毒すら収納してしまう可能性が高かった。
だから、相手が呼吸し体内に取り込むタイミングを計って放った。そして同時に
奴の体の“空間に隙間のある部分”肺胞にも狙ってガスを送り込む
肺から血中に入り、溶け込んでしまえばそれはもう毒ガスではない。
汚染された血液だ。洗浄は不可能
“汚染された血液”をしまい込もうとしても、それだけ大量の血液を一度に失えば
失血によるショック死は免れない。

「――― 是结束(チェックメイト)。」

黒鬼のからだが大きく爆ぜるように膨らんだ。





違う。




違う、

違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う

違う違う違う違う違う


この男に終わりはない
この男に終わりなどという選択肢など『ない』のだ



◆◆◆

=======回想~5ねんまえ~=========偽装された真実=====

曇り切った灰色の空だった。

「おじさん」
そこには、小さな少女がいた。

その少女は俺のことを親しみを込めておじさんという
その少女が楽しそうに提案する。カイおじさん、今からごっこ遊びをしようと
俺はそれを―――――――――どうした?

【設定】おじさんは“悪”の殺人鬼。私はそれを倒す“正義の味方”

           【設定】その出会いは運命(ディスティニー)

【設定】わたしは正義の味方。悪を懲らしめる存在。
おじさんは善人を殺す存在、喰らい取り込む最悪の人鬼。


【設定】そしておじさんは“善なる”私の腕を喰らい、私の能力の一部を奪う
うわーすごーい『悪(あーく)』

【設定】そのせいで私は記憶を失う。
けれど長い月日と研鑽の果て 戦いの中で私はやがて本当の『真実』を思い出す。
最悪の存在を               倒すべき相手を
父を殺した本当の『宿敵』の存在を


=====【設定】その時が本当の決戦(あそび)のはじまり========

だからネ。ふふ
それは絶対、絶対、許されない。

貴方が、この私、紅眼 莉音(クレメ リオン)以外に敗れ去ることなど、決して許されない



======と約束】==じゃ約束の地=逢いまし====ょう、カイおじさん=====ゆびきりげん======ウソついたら======ーとーばす=============

「GUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUAAAAAAAAA!!!!!!!!!」
男の躰は大きく赤く膨れ上がっていた、まるで本物の鬼であるかのように
哀し気な咆哮を挙げる。まるでそれが本物の鬼であるかのように

鬼と少女が交差する
少女の手には改造スタンドガン。大型獣ですら昏倒させる強化改造が施されていた。
だが『鬼』は止まらない、浴びせられた電撃をものともせず肩口に牙を食いこませ、
肉を喰らう
「啊啊啊」
黒星の改造スタンガンを握った腕が力なく垂れる。打てる手は“もう”ない
後はもう“消化”作業が、残っているだけだった


◆◆◆

―――――――失敗した
少女は思った
―――――失敗した
それは今ではない、あの時だ。

私が飛んで、アイツが私の腕を掴んだ瞬間、私は認めたのだ。この男は完璧だ。
自分を上回る兵器だと。だから、できたはずだった。その時「しまい込む」ことが。

――――――啊啊、本当に失敗したよ。兄弟。

そしたら、お前を取り込んだことを盾に女主人と交渉することもできただろう。
そしたら、話がとんとん拍子に進んで二人で仕事をこなす展開になっていたかもしれない。
そしたら、さあ、オマエは私たちのことを完全に理解してくれていたんだ、
きっと私たちだってオマエのこと完璧に理解して見せるだろう。うん間違いない

自分でいうのもなんだが、そしたら、最強コンビ結成だ。これはもう何も怖くない。
どんな困難なミッションも難敵も不敵に笑って―いやお前が不敵に笑うとこ正直
イメージできないが―チョチョイノチョイとクリアーしていくだろう。
お前をむしばんでるその変なのも,どうにかできたはずなんだ。そしたら、
そしたら、どうなんだろうな、一体どんな未来が待っていたのだろう。

少女は生気を失った目で人鬼を見やる
運命を掴みそこなったのではない。掴んでくれたのに、私がそれに気が付かなかったのだ。
私の完璧な落ち度だ。本当にもう言い訳しようもないレベルの。だから―――――――

鬼の形相は異彩と怒気に満ち溢れてたものだったが、少女から見る傀の顔は
悲壮としかいい表せないモノで満ちていた
そして、それは
黒星のその短い生涯で見た人間達、その顔の中で、一番、

もっとも「人間」らしいものだった

―――お前は何も間違っちゃいないし、『悪く』なんかない。だから―そんな顔をするな、兄弟全然らしくないぞ

何かに手を伸ばそうとし、彼女は自分には伸ばすべき手が既にないことに気が付いた
「不被帮助,抱歉。(助けてやれなくて、ごめん。)」

◆◆◆

「灰色の武器庫」から、暗殺者の少女がため込んでいたありったけの武器が放出される
それはまるで、二人の奏でる睦言の音
断末魔と咀嚼音をかき消すように

『ああ黒鬼やっぱり、お前は最高だよ』
そんな乙女の慎みを踏みにじるように睦事を覗き込む出羽亀の吸血鬼姨妈を
人鬼は凶気のはらんだ目でねめつけるが、吸血鬼は意にも返さず指をパチンと鳴らし
『眠れ。』
ただの一言でいなした。人鬼は途端、糸が切れたマリオネットのように崩れ落ちる。

『大いに喰って寝る。そして超回復で元通り。ハハハ、健康の秘訣だな。さてと』
女主人は現れた部下たちに矢継ぎ早に指示を出す。
『ブツは回収しておけ。
ブラックボックスはいつものように私の寝室だ。ふふふ、お前の添い寝で今日も良い夢が見られそうだ。』

絶たれた想いも、断たれた胴も何処かにある人鬼の臓腑へと仕舞われる。
後には何も残さない
失われた狂気も、浮かばれない凶器も男は全てを抱えて連れていく。約束の地が何処か知らぬまま

かくて各地で木霊する叫びたちの音は消え、狂乱と絶叫の一夜が明ける。
けれど、それはまだ始まりの一夜、最初のたった一夜にしか過ぎなかった。




●登場人物
【黒星(ペイレン)】
元暗殺者、サツジンキの少女。同類の匂いに惹かれ自分と黒鬼を重ねみていたが、
絡み取られ、捕食され、終わった。
自分を兵器だと思っていたが、孤独にはそこまで平気ではなかったのかもしれない。

【黒鬼】
「反 英雄」の殺人鬼。
PLのMP値判定により、幼女が『親』だったことになった衝撃の新宿アベンジャー。
明らかに女難の相が出ている。「英雄呪縛」の反特性により、彼に殺される者は「善性」を得る
最終更新:2020年07月03日 20:43