シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

キリコと宇宙戦争中編

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kiryugaya

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「そちらの異種生命体より情報をフィードバックさせて頂きました。何かおかしな点は御座いますでしょうか?」
「見たとこないわね。けど、あんた霊子に干渉するばかりか再構成まであの一瞬でやってのけたって訳?」
 言ったキリコの傍で伸びているアクマロの腕はきちんと揃っている。あの状態でアクマロ自身が霊子の構成を行えたとは考えにくい。故の、殆ど消去法に殉じた推論だ。
「その通りで御座います。些か乱暴な行動となりましたことお詫び申し上げます。……こちらでは『霊子』と呼称するので御座いますね。了解致しました」
「こちらでは、ね。じゃあ、あんたの方じゃどう呼ぶのかしら?」
 いつの間にか緊張の糸が張り詰めていた。一人蚊帳の外のアラトには酷く居心地が悪い。ああ見えて、アクマロが酷い目に合わされたので怒っているのだろうか? と考えて、すぐさま『あーないない』と否定した。キリコのスラッとした足が、未だ目を廻しているアクマロを踏みつけていた……。
 では、一体何が原因なのか。さっぱり訳の分からないアラトがオロオロしているうちにキリコとデモンクラインは話を進めていく。
「それに関しましては、ワタクシの使命と関係してきますので、言語化するよりも視覚化した方がよりご理解頂けるかと推測致します。如何でしょうか」
「いいわよ」
 キリコが言い終わるかどうかのタイミングでアラトは虚空に放り出された。瞬かぬ光に満ちた漆黒の海。それが宇宙だと理解した時、第三種接近遭遇もしくは第四種接近遭遇に類する状況に自分が置かれているのだと新人は今更ながらに気づく。キリコとデモンクラインの間にあった緊張の正体にも……。
「網膜に照射しているって訳じゃなさそうね。これも霊子を使った技術って事ね」
 興味深そうに呟くキリコから先ほどまでの緊張感は霧散していた。やっぱり、思い違いかもしれない、アラトは思った。
 落ち込むアラトを脇に置き、映像は一つの星を映し出す。何処となく地球を思わせるエメラルド・グリーンの惑星だ。だが、この惑星の住民はアラトには想像する事さえ不可能な技術を持って人類以上に発達した、いや遥かに超越したと言って良い科学力を有していたのだと理解する。
 それが完膚なきまでに滅んだ。その原因は。
 虚空より顕れしモノ、何処からからこの惑星に満ちるエネルギーを求め顕れた群れの襲来によってだ。それは、あまりに無機質だった。ありとあらゆる進化の系統樹に存在し得ない形状を持ち、だが物質としてありえない闇色の表面でありながら、生き物であるかのように蠢動し、蠕動していた。刻一刻と形を変える触手の先には時にレンズを思わせる眼があり、時に人間に唇に酷似した内側に一際暗い闇を抱え込んだ口蓋がある。その全てが恐怖を呼び起こす。存在そのものが狂気に近似する。 理解の外側にあるモノ、それが形状しがたき母の群、の全てだった。
 それが、天蓋全てを覆っていた。一つ一つが月ほどの質量を有する文字通り形状しがたきモノに対し、惑星の住民は全力を持って立ち向かった。だが、星一つを蒸発させる超重力弾もそれらに傷一つ負わせることは叶わず、亜高速弾による起死回生の一撃もそれらの触手の一部を引き千切るに留まった。
 そして、滅びが始まる。貪婪な触手が惑星へと届く。ゆっくりとしかし確実に覆い尽くしていく。地表が完全に不定形の混沌に覆われた時、その変化は起きた。
 表面が泡立つ。闇色が煮えたぎり、混沌が隆起する。虹色の耀きを帯び、フルフルと小刻みに震える。
 それこそが出産と呼んでしまっても差支えがない増殖の前段階なのだとアラトには何故か理解できた。見てはいけないとも。狂気に脳が飽和されると、滅びることなく囚われ続けてしまうとも。
 だけど、もはや視線を逸らす事ができない。異形に魅入られたように動かせない。
「もういいわ、大体分かったから止めなさい」
 凛とキリコの声が響く。気づけばそこは市役所の受付ロビーに戻っていた。助かったと思う。キリコのことがこんなに頼もしく思えたのって初めてかもしれないと本人が聞いたら怒りそうな事を考えながら、アラトはロビーの床にへたり込んだ。

「……で、得た触手を分析したってのね」
「はい。C素と呼称された粒子はワタクシ共の星では単純にエネルギー伝達の際の触媒と考えられておりました。ですが、かの群れはそのC素に依って構成された異種生命体で御座いました」
 呆けているアラトを脇に置き去りにして、一人と一つの対話が続く。
「エーテルみたいなものと認識してたわけね。それで?」
「ワタクシの創造主達はかの群れを構成するC素と同じ性質を持ちながら相殺するC素を見つけ出しました。それにより、高純度のC素をぶつける事により対象の完全消滅の術を見出したので御座います」
「それがあんたって訳だ」
「その通りで御座います。ワタクシは大気中に満ちるC素を集積固定化し、かの群れの殲滅滅殺を至上目的と致します兵器で御座います」
 兵器と名乗ったデモンクラインの言葉が止まる。そこにあるのは憎悪だ。果たして、感情を持った兵器は本当に兵器足り得るのか?
「ふうん……。なら、一つ質問するわ。その兵器が、こんな所で一体何をしているの?」
「マスターを捜しております。ワタクシは、自律を可能としておりません。故に操縦者を必要と致します」
 キリコの挑発とも取れる言葉に、デモンクラインは淡々と答えた。
「なら、敵は? 操縦者を必要とすると言うんなら敵は何処まで来ているの?」
「直ぐそこまで。時間に致しますなら、今夜十二時きっかりにこの星へと到達致します」
 あの映像を眼にしていながら、キリコの反応は薄かった。それどころか、恐慌状態に陥りかけたアラトが思わず正気に戻ってしまうほどあっさりと。
「じゃ、何とかしましょうか」
 言ってのけたのだった。
「アクマロッ。アレ、何に見えた?」
「ぬう、あの異形の神か? 見覚えはないが……。あえて言うならばかつて我輩がパズス様と共に合間見えた*@##$&??!」
 バシンとハリセンの一撃、再び沈黙するアクマロ。
「人間に発音できないくせに聞いただけで発狂するようなへたれた奴の名前なんか言うんじゃない。でもまあ、お陰で確信できたわ。ほら、アラト君。何時まで座ってんの。忙しくなるわよ。これ持って。アクマロ。後片付けお願いね」
 かくしてキリコはアラトにずっしり重いデモンクライン本体を持たせ、荒れ果てた待合ロビーをアクマロに任せ意気揚々と保健管理室へと引き上げたのだった。

「さてと。始めましょうか」
 保健管理室に入るとキリコは気合を入れるように己の頬を軽く叩く。パソコンの前に座り、机の下から『河童の溺れ水』を取り出し……。
「ありゃ、つい何時もの癖で」
 慌てて仕舞う。アラトを強烈な眩暈が襲う。一瞬でもカッコいいかもと思った僕が馬鹿でした……。キリコさんは何処まで行ってもキリコさんです。
「一体何をしようというので御座いますか?」
 デモンクラインの疑問も尤もなものだ。保健管理室に入ってからキリコがしたことと言えば、うっかり酒を口にしそうになったのと、パソコンで何かを立ち上げ霧生ヶ谷市全域の地図を広げたくらいだ。これで一体どうやって『何とか』しようと言うのか。
「まあ、暫く黙ってみてなさいって」
 白衣の袖を捲くり上げ、鼻息も荒く気合を入れると、文字通り眼にも留まらぬ速さでキーを叩いていく。
「えーと、満潮の時間が……、だとするとこっちの水路の流れがこうなるからここの水路からこうやって……」
「アラト君、悪い。そこの赤ペンと定規取って。そうそうそれ、それ。それからそこの棚の『第二十三次水路調査報告』ってもの」
「あー、ここに地下水路があるのか。だったらこっちにしないと上手く流れないか」
 職員たちが出勤し始め、騒がしさを乗算させていく中、例外的に保健管理室だけは静寂を保っている。空気を震わせるのは、キリコの独り言とキータッチの音、そして、地図に何かを書き込むペンの擦れる音だけだ。侵し難い沈黙を維持するだけの緊張感が今のキリコにはあった。
 それを知ってか知らずか、デモンクラインの分身―半ズボンの少年が口を開く。
「何を為されているのかワタクシには判断つきかねますが、一つだけご提案を致します。そのような事に時間を無駄に使われるよりも、今すぐワタクシと主従契約を結んで頂けましたらば、すぐさま『かの群れ』の殲滅が可能で御座います」
「うっさい」
 キリコはデモンクラインの曲がりくねった催促を切って捨て、ついでにハリセンを飛ばす。飛んだハリセンは少年の顔を張ったおすことなくすり抜け、壁に突き刺さった。目の前の空飛ぶ破壊兵器に眼を丸くするアラト。思わず手を伸ばすと一体何がスイッチだったのか、いきなり折り畳まれ始めた。
「あわわわわ」
「そっちも!」
 今度は、湯飲みが飛んできた。『親父の堪忍袋』の文字が視界一杯に広がる。鼻の奥にツゥーンとした痛みが広がるが、湯飲みは割らずに済んだ。この湯のみキリコのお気に入りなので、もし割っていたら大分離れた市まで買いに行かないと為らない所だった。アラトはほっと胸を撫で下ろす。
 そうこうしている内にも、キリコはパソコンのキーを叩き、ペンを走らせ、合間に電話をかけている。
「ええ、そー言う事なんで。はい、よろしく」
「書類申請なんかしてたら間に合いませんって。第一、アレの管理は真霧間に一任されているはずですよね。そんな事言うんだったら次の選挙は知りませんよ?」
「一日あったら色は消えますし、人体生物環境には一切影響はありません。なんでしたら、その辺りのデータまとめて今すぐ送りますけど? OKですね。じゃ、後の説明の方はお任せしますから、てきとーにでっち上げちゃって下さい」
「時間空いてる? そう、丁度良かった。ちょっと手伝ってくれるかなぁー。うん、御礼はするから。じゃ、お願いね」
 時々聞こえてくる科白を耳にしていると、ひょっとしなくても物凄くとんでもない事になってきているんではないかという気がしてくる。そもそも、此処までキリコが真剣に何か一つの事に取り組んでいるというのを初めて見た気がする。槍が降らないといいけれど。いや違った、今夜には『名状し難き母の群』とかいうのが降ってくるのか。と、そこで怖い考えに思い至ってアラトは苦笑した。
 何か『妙な』事が起きるからキリコが真面目に取り組むのではなくて、キリコが真面目に何かをするから『妙な』事が起きる。それこそ卵が先か鶏が先かの問答じみた馬鹿げた考えではあるけれど、この人なら在り得るかも知れないよなぁと納得した。
 まあ、アラト一人が納得したところで何かが変わる訳ではないのだが、そこはそれ気分の問題だ。諦める為の……。
「よーし、こっちはOK。後は……。アラト君、車確保してきて、出来たら軽の方が良いわね。その後、こっちに廻してくれる」
「分かりました」
「それから、アラト君。今日の分は有給使っといたから」
 諦められるといい、なぁ……。

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