シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

不思議マップ企画4

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「ふむぅ」
 本田の企画書は、結論を言えば当初よりはるかにまともだった。そのことを喜んでいいのか悪いのかすぐに判断がつかず、蓮川は鈍くうなる。
「どーっすか? 駄目っすか?」
 神妙に黙り込んで蓮川が企画書を読むのを見ていた本田が、うなり声に反応して声を上げた。
「うむ、まあ――昨日よりは大分いいな」
「頑張りましたから!」
 昨日の件があるから、素直に褒めるのにはどうにも癪だった。控えめな表現でも勢いづくくらいだから、もう少し辛口にしてもいいかもしれない。
「お前な、最初からこのくらいの出来に仕上げて来い。次に昨日みたいなのを出した日には、検討もせずに却下するからな」
 ちくりと釘を刺すと、本田はうっと詰まる。
「き、肝に銘じます」
「言い訳は聞かんからな」
「えーと、これほど情熱を持って企画するネタが今のところないので、勢いで書いちゃうことはもうないと思います?」
「お前な……」
 蓮川は絶句して、頭を振った。
「要求されるレベルは先に行くほど高まるんだからな。花火のように情熱を散らしてしまったんなら、お前用なしだぞ」
「や、いや、そんなことは!」
 本当だろうなと蓮川が凄むと、カクカクと本田はうなずいてくる。脅しは過ぎただろうが、いい薬にはなっただろう。
「今後とも霧生ヶ谷の発展に及ばずながら力を尽くす所存でありますですよ!」
「その言葉、忘れるなよ」
「もちろんですっ」
 敬礼を真似をして見せるところが本気か怪しいが、必死な形相からすると本気だろう。あまり追い詰めすぎても成長を妨げる。蓮川は自分に言い聞かせながら再度企画書に目を落とした。
 当初よりはるかにまともな文面に、明確なデータが添付されている。本田お勧めの「わたしたちのまち霧生ヶ谷」の出版社である仙人出版が収集した、町についての社会研究のグラフがそれだ。
 毎年マメに情報を収集し分類した研究内容を円グラフに落とし込んでいる。二十年ほど前は影も形もなかった「不思議マップ」の項目は、十年ほど前から現れ少しずつ割合を増やしている。昨年は三十二パーセントの生徒がテーマにしているのだから驚きである。
「よくまあこんな資料を手に入れたもんだ」
「俺、最初に不思議マップを作ったんですよー」
 本田は自慢げに胸を張った。
「で、インタビューを受けたことがあって、その流れで細い縁が。教科書に載ったんですよ、そのインタビューが。それもあって毎年作る生徒が増えてるぞ―って教えてくれるんですよね。引っ越す時にどっかにまぎれてたのを、昨日の晩必死こいて探し出したんです」
「なるほど」
「どうです、課長。市内でもこれだけ作る子どもがいるなら、ウケそうでしょ?」
「ふむ……」
「霧生ヶ谷はよそにないくらい不思議な伝説がいっぱいありますし、アピールポイントじゃないですか?」
「まあ、それはあるが」
「ウチのばーちゃんは戦前はもっと面白い物が見れたんだと言ってるくらいだし、その辺じーちゃんばーちゃんに聞いてみたら面白いんじゃないかと」
「ボケてるんじゃないか?」
「うっわ、課長端から信じてないですね?」
「当たり前だ馬鹿者」
 本田の主張は半分は眉唾モノだと蓮川は思う。呆れつつ企画書を丸めて軽くはたいてやると本田はむっとした様子だった。
「名取が――っていうのは、寮で隣の奴なんですけど。生活安全課の」
「そいつがどうした?」
「行った先でたんまり羊羹を出された上に延々と不思議話を聞かされたらしくてうらやましかったんですけど―」
「感想なんぞ聞いておらんが、そんなもん年寄りの戯言だろうが。ウチの両親もよく言ってたが、話半分に聞かないと痛い目を見るぞ」
「痛い目?」
「そんなこと、どうでもいいだろう」
 両親の言葉を間に受けて行動した幼き日の記憶は、蓮川にとって封印しておきたい忌まわしい事だ。あえてそこを突っ込む部下に鋭く言い切る。
「まあそうですねー。まあ、名取が聞いたのも大方よく聞いた話なんですけど」
 さすらいの陰陽師だとか、夜桜だとか、きれいな月夜だけに現れる骨董品屋だとか……蓮川が呆れるほどに本田は次々とおすすめの不思議を語る。
 蓮川にとって忌々しいのは、それらのいくつかを誰かから聞かされた記憶があることだった。
 つまりは霧生ヶ谷に昔から伝わる昔話ということだろう。
「空から降るうどんは初耳だったなあ」
「空からうどんだぁ? どういう話だそれは――ああ、いや、説明は不要だ」
「新しいと言えば、俺の従兄弟の嫁さんの友達のおじさんの同僚の娘さんのバイト仲間の母親の弟が市役所の屋上から人が落ちてきたのを見たって話も」
「……どこの市役所だそれは」
 不思議な話はもう充分だと表情で語っても本田は気付かない。嘆息混じりに口を挟むと、本田は自信満々に胸を張った。
「もちろん我らが霧生ヶ谷市役所に決まってるじゃないですか」
「ウチの役所で飛び降り自殺なんぞない」
「それが無事にむくりとそいつが起き上がったから不思議なんじゃないですか!」
「知り合いの知り合いのそのまた知り合いから聞いたなんて話、どう考えても眉唾モノだろう」
「そりゃあ俺だって、この目で目撃したいんですよ! でもどれだけスポットを巡っても目撃できないこの悲しさ……」
 本田が珍しく明らかに落ち込んだ様子を見せるが、内容が内容だから蓮川もコメントのしようがない。
「そうか、そりゃ残念だな」
 おざなりな蓮川の言葉に本田はこくこくとうなずいた。復活まではおおよそ五秒。本田は一転がばりと顔を上げるとぐっと身を乗り出した。
「というわけで、不思議マップですよ。不思議マップを作るための情報集めを進めていけば、俺だっていつか不思議に巡り会えるに違いないかと!」
「――最初から最後まで私情なんだな」
「課長にはこの悔しさがわからないんですか! しゃべる亀がいると聞いたあの日、俺は一日中水路で亀を探しまわった……」
「で、亀はしゃべったのか?」
 本田はふるふると首を横に振った。
「あ、でも白ワニは見ましたよ白ワニ。食われたら怖いんでそっこー逃げたけど」
「霧生ヶ谷に人を食うワニがいるわけないだろうが」
「え、課長は白ワニ伝説知りませんか?」
「知らんし、説明もいらん」
「えー、面白いのに」
「……お前が熱心なのはよくわかった」
 呆れ顔で蓮川が言うのを、本田は全く気にした風もなく「わかってくれたよかったっス!」と素直に喜んでいる。
 頭を振りながら蓮川は本田の企画書を指ではじいた。
「統計が出るくらいに小学生にメジャーなら、それなりに子供ウケするだろうな」
「ですです! そうに違いないですよ!」
「――気乗りせんのだがね」
 蓮川は私情混じりの企画書を、私情抜きで評価する。
 不思議マップは観光振興のネタとして、非常に魅力的だった。蓮川にだって子どもの頃はあり、不思議なモノに心惹かれたことがある。最近の子どもは現実的だというが、興味がないことはないだろう。
 老若男女に愛される霧生ヶ谷になるために、子供ウケする企画の一つや二つ、実行に移すべきかもしれない。
 今は不思議に惹かれてやってきた子どもが、長期的には美しい水路のある町並みや、極上の味のうどんに惹かれて大人になって戻ってくる――その筋書きも、悪くないように思えた。
「私の一存じゃ決まらないが」
「ええっ、課長は観光部の陰のドン……いや、何でもないっす」
 前置きに茶々を入れる本田を睨み付け、蓮川は企画書に自らの判を押した。
「上にも見てもらおう。結果がどうなるかわからんがね。その前に一度、たたき台となる地図でも作ってみろ」
「頑張ります俺!」
 言うやいなや本田は勢いよく自分のデスクに戻っていく。気合いを入れるような声が尾を引いた。
 周囲の注目をものともせずなにやら資料を広げはじめる本田のやる気を評価するべきかせざるべきか迷いつつ、とりあえず蓮川は企画書を保留箱にしまい込む。
「さて、どうなることやら」
 呟きながらも、立案した本田のやる気を見れば上司もあっさりうなずくだろうと蓮川は踏んだ。長期的な展望が見込めることには部長も局長もすぐに気付くだろうから間違いない。
 あとはどうやって企画を成功に導くかが問題だ。やる気が音を立てて空回りしそうな本田の様子を見ると先行きが不安だが、蓮川は覚悟を決めた。

 

 わき上がる情熱と不思議萌えとやらを武器に突き進む本田が、蓮川の多大なフォローと黒髪の犠牲の上に無事不思議マップ企画を成功させるのは翌年の霧まつりのこととなる。

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