シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

第三話「会長 はじめてのバイト」

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集
「OK、君の言う事は分かった」
いつもの格好とは違う、ごく普通のスーツを着た会長……高柳が睨みを利かせつつ言った。
「だからって、なんで僕が労働なんかしなくちゃいけないんだ。ちょっと恥ずかしいが、僕は自分で胸を張って富豪と言えるくらい富豪なんだぞ。セレブなんだぞ?」
「そんな事を言われても困ります。では聞きますが、会長はご飯の炊き方とか分かるんですか?」
うっ、と言葉に詰まった様子の会長を見て、私こと鎌ヶ谷はため息をついた。
あれから、なんとか家賃1万円のボロアパート(なんと風呂付トイレつきのお得物件だ)を借り、佐野製麺所を乗っ取る計画を立て始めた。
だが、まずは契約書類の出来を100%にしなくてはならない。同じ失敗は許されないのだ。
……しかし困った事に、会長の意向で本社に連絡は許されない。
経費で何かを買う事など、当然ながら出来ない。
契約書はパソコンで作る。
要するに、この霧生ヶ谷で金を稼ぎ、パソコンを買う事から始めなければならないのだ。
「私は掃除洗濯炊事をすべて引き受けます。時間が余れば内職もします。ですから、会長の今までのノウハウを生かしてお金を稼いでください」
「だ、だが、僕は大学を卒業してすぐに会長に就任したし、お金に困った事もないから『ばいと』とかしたことも無いんだ。大体、どうやって仕事なんか探せばいいんだ」
私は、自分の少ないポケットマネーで買った生活用品の山の中から、求人情報誌『バイト情報MORO!見え』を引きずり出した。表紙には、霧生ヶ谷出身のアイドルKY☆KOモロモロのぬいぐるみを抱いているグラビアが掲載されている。
「ここに、会長でも出来そうなバイトに印をつけてあります。どれもこのアパートから近いですし、重労働でもないはずです。がんばってください」
そういってポケットに求人情報誌をねじりこみ、ぎゃあぎゃあ騒ぐ高柳を扉から押し出して部屋に鍵をかけた。
崖からわが子を突き落とすライオンは、ちょうどこんな気分なんだろう、としみじみ感じた。




ドアに鍵がかかる音がして、僕は完全に途方にくれる事になった。
『ばいと』。全く未知の領域だ。
数々の事業を手がけ、敵対的TOBを駆使してグループを大きくしてきた僕でも、『ばいと』がどんなものかは知らない。分からない。

「……悩んでいても仕方ない……か」


SIMPSON探偵事務所

鎌ヶ谷が印をつけてくれた一つ目のバイト先である。
『業務内容・簡単な電話応対や書類整理
騒がしくて楽しい職場です!あきさせません!』
なんだか、文章を見るだけでウキウキしてくる。
簡単な仕事で、それも飽きさせないといってくれている。素晴らしいではないか。
とりあえず、ノックをしてみた。
ドアが……倒れた。引き戸でも押し戸でもない。倒れた。前に。
近頃は画期的なドアがあるものだ。
「おおおっ!おいおい、なんてことしてくれるんだ!!」
奥から出てきた嫌に流暢な日本語を操る外国人が、僕に向かって怒鳴り始めた。
「何を言っているんだ。こういうドアじゃないのか?」
「じゃあ聞くがな!お前さんはこういう形で開くドアを見たことがあるのか?」
「無いから驚いているに決まってるだろう」
頭でも痛いのだろうか。外国人は頭を抱えて数秒うなっていたが、跳ねたように顔を上げた。
「そうそう、お前さんは?客か?」
「僕の名前は高柳元弘。このくたびれたビルのボロイ事務所にバイトをしにやってきた」
どうやら頭痛が酷いらしく、またも頭を抱えてうなる外国人。
高柳製薬の『バフェリン』を飲めば一発で治るぞ、と言ってやりたかったが、それは僕の正体に結びつきそうなのでやめておく。
「あー……分かった分かった。んじゃ、そこにあるソファにでも座ってくれ」
なぜか指が入りそうな大きさの穴が無数に開いているソファに腰掛けた。
こういうデザインなんだろうか。中々いいセンスをしている。
「自己紹介がまだだったな。俺の名前はランディ・シンプソン。見てのとおり、私立探偵をやっている」
私立探偵。子供のころにメガネをかけた小学一年生が探偵の真似事をするアニメがあったな、というくらいのイメージしかない。
「とりあえず、現場に出るのと事務所で電話番って選択肢があるんだが……どっちがいい?」
「電話番に決まっているだろう愚民が」
「……まぁお前さんの口の悪さを差し引いても、俺の事務所は人員不足なんだ。助かる」
当然だ。この高柳元弘がこんなぼろい事務所に来ているだけでも感謝して欲しいくらいだ。
一方、ランディは立て付けの悪そうな窓を開けようと四苦八苦していたが、僕はそれに興味がわかなかった。


非常にもったいない事だが、私こと鎌ヶ谷は会社に電話をかけようとしていた。
高柳の手前ああ言って見せたが、このままでは本社に帰るのがいつになるのか分からない。

三回コールがならない内に、相手が出た。
「もしもし、こちら高柳バイオテクノロジーですが」
「専属秘書の鎌ヶ谷だ。至急取締役の瑞原を出してくれ」
特別あわてる事も無く、テレフォンオペレーターは回線をつなぐ。
「もしもし、瑞原ですが」
「私だ、鎌ヶ谷だ。まずい事になった」
私はこれまでの経緯をこの瑞原に話した。
瑞原は本来の高柳グループの母体である「高柳バイオテクノロジー」の取締役であり、私の腹心でもある。
そういえば、彼の娘は霧生ヶ谷にすんでいるとか何とか……。
「なるほど。会長も困ったものですね」
「全くだ。会長の社会勉強とするにしても、色々限界がある」
「分かりました。とりあえず鎌ヶ谷さんの通帳を送っておきます」
「いい判断だ。三日後の定例会議では、とりあえず旅行をしていることにしてくれ」
「了解です」
ぷちん。
電話が切れた。
「しまった、ついでにパソコンも持ってきてもらえばよかった……」
私は財布の小銭入れを見たが、100円玉一枚しか入っていない。
目の前には緑色の公衆電話。
「……まぁ、いいか……」
10円に両替するのは気が引けた。


「早速なんだがよ、コーヒーを淹れてくれないか?」
窓をようやく開けたシンプソンは、額から汗をぬぐいながら言った。
「分かった。キッチンは?」
「そっちの扉のスミにある。俺はバーガー買ってくるから」
予想通りボロいキッチンをごそごそ探り、インスタントコーヒーを出す。
「これだから庶民は……豆を挽くことを知らないのか……?」
すすで真っ黒なヤカンに水を入れている途中、とりあえずIHヒーターを探した。
僕の家はIHクッキングヒーター(もちろん自社製品だ)が備え付けられてある。
いくらボロイとはいえ、IHくらい導入していると踏んでいたのだが……
「無いな……」
これまた黒ずんだコンロが代わりに備え付けられているが、あいにくコンロは使ったことが無い。
……だが、仕事を頼まれた以上きちんと遂行しなければならない。
TOPに立つものは常に期待に答えなければならないのだ。
「むぅ……これを回せばいいのか……?」
回してみる。かちり、と音がした。……火が出る気配は無い。
中華料理店などでは、火がきちんと出ていたはずだが。
ボロい事務所のくせに火が出ない最新技術でも使っているというのか。
とりあえずやかんはそのままにしておいた。いつか沸くだろう。
がちゃり。
どうやらシンプソンも戻ってきたようだ。
報告をしてやろうかと思ったが、どうやらそういう雰囲気でもないらしい。

銃声。

向こうの国の会社が、射撃場に連れて行ってくれたことがあるが、その比ではない。
銃声の間隔からみて、マシンガンか何かだろうか。
恐る恐る小窓から中の様子を伺うと、何やらシンプソンが追い詰められている。
追い詰めているのは、20代前半くらいの女性。手には硝煙が微かに上がっているサブマシンガン。
傍らには、その女性の行動にドン引きしている少女がいる。
怖いので関わりたくない。今まで色々な国にわたってきたが、まさかここ日本でテロ(強盗か?)に巻き込まれるとは思わなかった。
「……もちろん、私がアウトローライセンスを持っているからに決まっているじゃないっ!!」
マシンガン女が叫ぶ。
それがあれば銃を乱射しても罪に問われないというのか!?
では、あのにっくき佐野製麺所を武力制圧することも可能ではないか。
……いくらあれば買えるのだろう。僕のポケットマネーで買えるだろうか。

ひたすら思案を続けていたが、ふと窓をのぞくと、いつの間にかマシンガン女と小柄な少女は居なくなっていた。
……とりあえずあの女を追い、アウトローライセンスとやらを手にしなければ!!
「シンプソン、僕は急用を思い出した。有給をとるぞ」
「……あー、もういいよ……俺もなんか疲れた。もう今日締める」
心が折れたのだろうか。
まぁ、仕方が無いだろう。謎の女が銃を乱射してきたら誰だって憔悴する。僕だってそうなる。
三秒後には脳内をシンプソンからアウトローライセンスで一杯にして、歩き始めた。
すべては、僕のプライドのために。


ランディ・シンプソンは、次々と起こる非日常現象によるストレスを何とか緩和しようとした。
こういう上手くいかない日には、コーヒーを飲んで一服するに限る。
さっき、コーヒーのための湯を沸かさせたはずだ。

……おかしい。水のままだ。
あの白髪野郎、サボってやがったな!SHIT!!
仕方が無い。
シンプソンはタバコに火をつけた。


その日、SIMPSON探偵事務所の入ったビルは突然謎の大爆発を起こした。
幸い死亡者は居なかったものの、高柳元弘はその日のうちにクビを言い渡された。
ランディは、当然のごとく入院。
ベッドの上で、数回に渡り『もうなんか嫌になってきた……』と呟いていたそうである。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
記事メニュー
ウィキ募集バナー