シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

連載:迷子の猫又さん2

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 “名を忘れたのは関心がなかったからだ”
 悠然と斜め前を歩く美麗な白猫――シロを見やりながら、大樹はわかったような顔でうなずいた。その実はあまりよくわかっていない。そういうもんなのか、とただ受け入れているだけだ。
「んじゃ、家を忘れたのは?」
“さて……何故だったか”
「……やっぱボケてんじゃねーの?」
“無礼だぞ、大樹”
 一瞬とはいえ毛を逆立たせてみせたシロは、すぐにプイとソッポを向いた。ゆらりと尻尾を巡らせる。その尾は、今はどこにでもいる猫と同様、見間違いなく一本だ。どうやら自由に一本にすることも二本にすることも出来るらしい。もしくは人語を話すとき、つまりは妖怪としての本性を表すときに二本になるのかもしれない。
 一人と一匹は漠然とした情報を頼りにおどろき商店街を練り歩いていた。大樹は背負っていた小さめのリュックから、無造作に突っ込まれていた地図を取り出し広げる。杏里に無理矢理持たされたものだ。こんなところで役に立つとは。
「んーと、ここが棘樹町の商店街。で、杏里の家が蛙軽井町。あ、オレと春兄が泊めてもらってるのも杏里の家な」
“ほう。わたしは蛙軽井町にまで行ったことはない”
「来るのはいいけど、杏里には見つからない方がいいかもしれないぜ?」
“うむ?”
 疑問に満ちたブルーの瞳を向けられ、大樹は肩をすくめた。
「杏里、不思議が大好きだからさ。それだけなら別にいいんだけど、マッチョサイエンスト? とかいうの目指してて。シロ、見つかったらぎゅううってやられてバチバチ実験させられてがばっと解剖されてマッチョパワーでぐしゃーってやられるかもしれねーもん。オレはそんなのやだぜ!」
“……不可解な言葉が多いが、概ね理解した。わたしも嫌だ”
 神妙にうなずくシロ。その様子はやはり人間くさく、大樹は笑ってしまった。元々動物は大好きなので撫で回したい衝動がちらついている。本音を言えば燃え滾っている。
 しかし地図を広げていてはそれも叶わないので、大樹は仕方なく話を続けた。
「んで、シロの家はこの近くなのか?」
“随分ふらふらとさ迷ったんだ。正直定かでないが……ここには流れ着いただけだから、北区ではないと、思う”
「げっ。北区出るのか……むぅ」
 大樹は霧生ヶ谷の住民でないため、あまり地理に詳しくない。地元なら遊び倒しているので、秘密基地が作れそうな場所なども把握しているというのに。
 どうしようかと頭を悩ませていると――ふと、大樹の目は一つの影を捉えた。店の前で佇んでいる、黒い小さな姿。
 大樹は思わずシロに地図を投げ渡した。口でしっかりキャッチをしてみせたシロはさすがである。
 ターゲット確認。ロックオン。じりじりと距離を詰める。シロが怪訝な顔をしたが今は気にしていられない。じりじりと。じりじり。まだ。まだまだ。
 ――ダッシュ!
 相手も気づく。だがもう遅い。射程距離だ。手を伸ばす。引き寄せ、
 捕獲!
「クロぉおおおー!」
“ふぎゃー!?”
「久しぶりー! 元気だったか!? 今日も店の手伝いしてんのかーっ?」
“……アンリとやらの接触も恐ろしいが、おまえの抱擁も同様だと思うぞ”
 ぼそりと呟かれたシロの言葉に、大樹はきょとんと瞬いた。腕にはしっかりとクロと呼ばれる猫を抱きかかえて。


“全く……俺を殺す気じゃないだろうな”
 よれよれの身体を支えるように座り込んだクロに、大樹は頭を掻いた。ちなみに今は、お詫びとして大樹が近くの店で買った鰹節をクロとシロの二匹で食べている最中だ。こうして並んでいるのを見ると、クロよりシロの方が一回りほど大きい。
「あはは、悪りぃ。つい興奮しちゃうんだよなー」
“この鰹節に免じて許してやるけど。でもな大樹。本来ならこんな安物じゃ俺は……”
「うんうん」
“聞いてないだろ”
「うんうん」
“…………”
 大樹はニコニコとしたままひたすらうなずいている。というのも、今の彼には愛らしい猫が鰹節を食べている様しか目に入らない。耳は飾り状態だ。しかしそれも仕方ないのかもしれない。ただでさえ可愛らしいのに、それが二匹となれば殺傷力も抜群。大樹は見事にやられている。メロメロだ。
 やれやれと言いたげに鰹節を食べつくし、口周りを舐めたクロはすっくと立ち上がった。大樹の奇行とも暴走とも呼べる振る舞いにはもはや慣れてしまったらしい。さらに言えば諦めも混じっている。実際、会うたびにあのような熱い抱擁を交わされていてはそれも無理はない。
“さて。ここで蕎麦、食べてくのか?”
 そこで大樹も我に返った。慌てて首を振る。シロの視線が冷たい。
「あー、いや。今日は違うんだ。オレ、シロの家を探しててさ」
“シロ?”
“わたしだ。お初にお目にかかる”
“……何者だ!?”
 クロの低い声音に、空気がひび割れたかのような緊張感が走った。警戒心を隠しもせず唸り声を上げるクロ。その姿は勇ましい。
「あれ、でも今さらじゃね? さっきまで一緒に鰹節食べてたじゃん」
“くっ、大樹にツッコまれるとは俺も不覚……”
「何だよそれ!?」
 一体自分は猫にどう思われているのか。ツッコミ属性の春樹に言われるならまだしも、これはショックである。
 一方、シロはあまり態度を変えなかった。まだ鰹節を食べていたからかもしれない。美味しそうにかぶりついている。
 マイペースに食べ続けること数分。きちんと飲み込んだところでシロは手や顔を綺麗に舐め、そこでようやく改めて口を開いた。
“何者と言われると困る。流れてきただけだ。あえて言うなら猫又だが”
“反応遅すぎるだろオイ。しかし猫又……って”
「妖怪だってさ」
“道理で変な感覚がしたわけだ。――って大樹! 「だってさ」って軽く言うことか? 人間って皆そうなのか?”
“特に危害を加えるつもりはない”
「それはオレも保障するぜ!」
 ちらり。見上げるつぶらな瞳。迎えるは、無邪気な笑顔。
 クロは呻いた。
“……なんて頼りにならない保障……”
「ええ!? 何でだよ!?」
“大樹なら誘拐犯にもホイホイついてく。俺が保障するぜ”
「うっ」
 ――これもまた春樹によく言われることだ。クロは案外春樹と気が合うのかもしれないと、大樹はうなだれながらもそんなことを思った。春樹がクロと会話出来ないのが悔やまれる。
「ホイホイなんてついてかねーもん……ちゃんと警戒しながらついてくもん……」
 そもそもついていくな、というツッコミは残念ながら入らなかった。
“その警戒心がなさすぎて隙だらけでどうしようもない少年に一切手を出していない。それを証拠としてくれないか”
“なるほど”
 けなされたような、だけど微妙に役に立ったような。大樹はどう反応していいのかわからない。とりあえず空気が和らいだのは確かだった。
“よろしく頼む”
“……ああ、よろしくな”
 クロの言葉には様々な思いが――おまえも大樹に捕まったのか、大変だな。でもまあ悪い奴じゃないんだ。何度か一緒にいてそれはわかる。ただちょっと俺らと人間の違いを全力で忘れているようで動物を見つけたらそれこそ猫が飛び掛ってくるように全身全霊で抱きしめてきたり頬ずりしてきたりするくらいで、まあ、それさえなければいい奴ではあるんだけどよ。ああ、素直な奴だ。本気で俺らのことを気にかけてくれるし。ソバも食べるし。本当にあれさえなきゃ……。まあ慣れれば大丈夫だろう、そっちも頑張ってくれ――込められていたが、シロにはともかく、大樹がそれを理解出来るはずもない。
“で、家というのは? 迷子か?”
「ん、そんな感じ。クロなら同じネコだし何かわかんねぇ?」
“それだけ言われても。何か手がかりがあれば別だろうが……”
 そこで大樹は再び地図を広げた。シロとクロも覗き込む。一人の子どもが二匹の猫を連れ、揃って地図を眺めているというのはなかなかシュールな光景だ。通り過ぎていく人々も不思議そうに――というよりは微笑ましそうに見ている。恐らく猫のマイナスイオン効果だろう。
「北区じゃないんだってさ」
“だがやや遠出をしたときに潮の香りがしたのを覚えている”
“海か?”
「てことは……西区か、六道区?」
“潮の香りとは反対に歩いてきたが、途中、やけに金ぴかなモロモロを見かけたな”
「き、金ぴか?」
“ああ、それは俺も見たことあるぞ。だったらそれは中央区だ。他には?”
“そういえば……わたしがいたところにも、ここのような賑わいがあった。中でも小さな店だったが、そこの野菜や果物の素晴らしい味が忘れられない。自然のままとはいいものだ”
「名前は忘れたくせに食べ物は忘れないって、シロ、食い意地張ってんな? ……ふぎゃあ!? 何その爪!? 何!?」
 きらめいた美しく鋭利な爪。
 それを振りかざされ、大樹は慌てて後退った。引き裂かれたらたまったものではない。怖い。ひどい。
 涙目になって睨みつければ、返ってくるのは澄ました顔。
“大樹、食は生きる基本だ”
「あうう……別にけなしたわけじゃねぇのにー……」
“おまえら仲いいな”
「クロも仲間だぜ!」
“何でだ、嬉しいような嬉しくないような気がするのは。
 それはともかく、心当たりが出来たぞ。多分その商店街は西区だ”
 クロの情報にシロはキュッと目を細め、大樹はパッと顔を輝かせた。
「クロ! 天才! すっげー!」
“ふぎゃぁあ!? と、とにかく! 日が暮れる前に行った方がいいんじゃないか!? な、だから大樹っ……ちょ、マジで、苦し、くるっ……げふかふがっ”
「あ、悪い」
“お悔やみ申し上げる”
“まだ死んでないっ!”
 クロの切羽詰った悲鳴に、通行人がびくりと視線をよこしてきた。

 ――さて。いつまでもこうしていれば本当に日が暮れてしまう。
 大樹とシロはひとまず目指す位置が決まったところで、行動を開始することにした。クロもここまで来たら仕方ないと、最後まで付き合ってくれることを申し出た。今日はもう、店で騒ぐモロウィンと呼ばれる団体が来る気配はないことと(クロは店の番犬、いや番猫を務めているのだ)、どうも大樹を(シロもいるとはいえ)単独で行かせるには心配が尽きないということが彼の行動を決めたらしい。大樹はもちろん承諾する。拒否するはずがなかった。
 二匹が歩き出し、大樹はその後ろを一歩離れて歩く。
“とりあえずバスでも探して……大樹?”
 クロが振り向くが、その表情は怪訝に染められた。というのも――大樹は何やら、身悶えていたのだ。
「ちょ、も……ネコが並んでてくてく歩いてるとかっ……あぁあ可愛い可愛すぎるありえねぇえー! カメラ持ってくれば良かった! ううぅ抱きたいぎゅってしたいナデナデしたいグリグリしたいぃい~っっ」
“大丈夫か、おまえ”
「おう! 超元気!」
“いや、頭が”
「ダイジョーブ!」
 これほど心配になる「ダイジョーブ」もそうそうない。
 それでも大樹は気にしない。気にしていられるほど余裕がなかった。その勢いのままうずうずとしながら手を上げる。シロが“うむ”と呟いて指名した。もはや誰がリーダーなのかわからない団体だ。
「な、な。せっかくだしチーム名みたいなの決めようぜ!」
“はあ?”
 突然の提案に呆れた声を出したのはクロ。隣でシロも怪訝そうにしている。
「あのな、杏里と不思議ツアーするときは『不思議探検隊』って呼んでるんだぜ。だからさ、オレらも! チーム名!」
“いるのか、そんなもの。わたしの名といい変なことにこだわる奴だ”
「名前は大事だってば! それに可愛いし! 名前だし!」
 もはや大樹の言葉の使い方は日本語として怪しい。
“つけたきゃ勝手につけろよ。俺にこだわりはない”
“わたしも同意見だ”
 大樹とは正反対に猫たちはクールである。だが気の変わらない内にと、大樹はコクコクと一生懸命うなずいた。
「じゃあ……」
 大樹は落ち着きなく周りを見回し、ふと店の一つに目をつける。そこで真っ先に目に飛び込んできた、茶色くそこそこ深みのある丸いものを見て手を打った。
「あそこに鍋があるから、『ネコ鍋隊』♪」
 …………。
 …………。
“安直という域ですらないとは”
“ていうか俺ら喰われるじゃないか!?”
「ダイジョーブ! だってほら、食べちゃいたいほど可愛いって言葉を聞いたことあるぜ!」
“何がどう「ダイジョーブ」なのかわかるように説明してくれよ”
“要するにそれは喰うか喰われるか、殺伐とした世界を暗に示した言葉であるな?”
「おう、可愛いは正義だよなー♪」
“妖怪に正義を求めるとは面白い”
「うん? シロはいい奴だと思うけど」
“……なぁ……頼むからおまえら、きちんと会話してくれよ……”
 こうしてバラバラな会話の結果――うやむやになってしまい、そのままこの一人と二匹のチーム名はめでたく「ネコ鍋隊」になったのであった。

 そして、いざバス停。
 バス停を目指す前に、大樹はモロ切符を購入していた。モロ切符とは霧生ヶ谷市の市電とバスが一日乗り放題出来る代物である。子どもは三百円。値段も手ごろだし、シロの家が西区にあるとは限らないことを考慮して選んだのだ。
「あ、バス来た!」
“大樹、それは違う方面に行くやつ”
「へっ?」
“西区に行くなら次のやつだ。俺、バスにはちょっと詳しい”
「…………」
“落ち込むな。良かったではないか、頼もしい仲間がいて”
「うぅう」
“ほら、次来たぞ”
 大樹の人間としてのプライドが今さら崩れていく中、ネコ鍋隊はバスに揺られていく。

 

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