attention この話にはNPCとの絡み及び捏造が入ります。ご注意ください。
◇サーバー・キチェル保存域11092
「ねぇ、キチェル。僕は、どうして他の子と違うの?」
―それはですね、王子。貴方は私と同じように生きるための理由を世界から与えられなかったからです。
「それは酷く道徳的ではない答えだよ。だって、それでは。
体が不自由な人や僕のように脳に障害がある人は皆そうだということになってしまう。酷い、そんなことはあり得ないよ」
―そうですね、王子。その通りです。ですが、貴方と他者は違います。貴方は生きている予定ではなかった。
貴方は死するべき魂でした。それを父王様が無理矢理お引き延ばしになった。それだけのことです。
貴方は生きる存在ではない。しかし、生かされる存在として生を受けてしまいました。
キチェルはそれを残念であると同時に、ある種の僥倖だと思っています。
「それは如何して?」
―素晴らしい事ではありませんか。長く続いた悪しき歴史を全て一蹴できる権利を、王子に与えたのです。
◇記録の再生を終了します。
……そんな馬鹿な結論を出せるほどに脳天気だったのだから、キチェルは随分と幸せな人生だったらしい。
いや、今も幸せな人生だろう。遠き母星から離れて愛する男の所に嫁いでいったキチェルは。
国を挙げての結婚式もやってもらえたし、たんまりと報酬を持って結婚にも臨めた。幸せだ。
キチェルの脳障害が下半身への指示に対する障害であったために
彼女はシステムからの自由と引き換えに両足で歩く能力を失ったけれど。
それでも、彼女はうまくやった。
うまくやったのだ。
別に彼女が悪いわけではない。すべからく運命とか必然とかは誰にでもついてくるものだ。
ただ理由のない正しさや自身の求めるものに対しての代価が一人一人違うだけの話で。
コンソールを叩く音は弱い。
演算が導きだす先の答えに脳は納得を示したりすることはなかった。
『僕が僕であるための答え』は明確でありながら『自身を生かす為の答え』は目の前に現れたりなどはしない。
答えとは酷く冷酷で、しかし平等でもあった。
静かに吐いたため息に同室の男は首を傾げる。
「シュトリさん、何かあった?」
「いいえ、キヌエスさん。何もないので頭を抱えているのです」
何もないのは自身への答えか。
活路の見出せないものに割く時間はない。
「しかし、
シュトリさんの母君はすごいですね。この膨大なデータをどうやって処理していたのやら」
「さぁ? 僕にはまったく分からないです。頭の出来が違ったのかなぁ…似れば良かった」
母は美しく聡明な人間であったという。それは誰に聞いてもそう答えた。
物事において必要なものを選びぬく力を持っていた母。
その能力が【追随と創元の記手】であったことを知っているのは、自身と前サーバー管理者であるキチェル。
そして父王のみだ。
キチェルが『シュトリ』という器に脳と力を分け与えた時から、母の能力はぱたりと使えなくなった。
いや、実際は【追随と創元の記手】という能力が大きな欠陥を持った力だったからだろう。
【追随と創元の記手】は対となる【理路整然の黙示録】と合わせて一セットでしか機能しない。
母はキチェルの対であり、そのキチェルの能力が減退したために能力を失ったのだ。
そしてキチェルもまた能力の引き継ぎが完了したために、サーバーとの関わりを全て失った。
母は若い頃からダーカーというものに取りつかれていたらしいという噂話もあり
根っからの研究者体質であった母にとって、ダーカーという存在はとても魅力的だったのかもしれない。
キチェルという膨大な支援システムを失ったにも関わらず、母は研究を続け、そして目の前で闇に呑まれていった。
酷く辛い最期だった。父の名を呼び、キチェルを呼び、そして世界を呪って闇に呑まれた母。
ダーカーの何を紐解きたかったのだろう。
そんなものに傾倒する時間があったのなら、そんなものに目を向ける時間があったのなら。
どうして実の子をシステムから外したいと願うことはなかったのか。
きっと母は―――…。
◆サーバー・キチェル保存域12609
「君はいつでもそんな顔をしているね、エノワスのシュトリ君」
「総長、貴方はいつもお暇そう。楽しいですか?」
「何がだい?」
「生きている事」
何を馬鹿な事を、とは彼は言わなかった。
幼い子供が何を言い出すのかと疑問を浮かべる風でもない。
「シュトリ、君は――」
「はい?」
「『君』というものがきっと無いのだろうね。だからそんな事を思う」
「そうでしょうか?」
全身が白で統一された男は緩やかに腕を組んだ。
空いている椅子に腰を下ろすと「うーん」と声を漏らした。何も困る内容ではないだろうと思う。
「前、君がくれた報告書を読んだよ。とても丁寧で正確なデータだった。
まるで人間が取ったとは思えないほどにズレもない。人間味は一切感じない機械的なものだった」
「ええ、でも求めていたのはそれでは?」
「ああ間違いはない。正しいデータが欲しかった。
でも問題はそこではなくて『君の人間性が見えない』という点にある。性格とかの問題じゃないよ?
膨大な情報を一晩掛からずに処理し、理論をもって相対する君の姿はまるで…人間ではなく機械だと感じた。
悪い意味じゃなく、率直な意見だよ」
手が震えているのが嫌でも分かった。
止まれ、止まれと何度でも頭の中で言い聞かせても止まることはない。
機械じゃない、人間だ。
たとえ脳の中に機械を導入しようと、肉体も心も持っている。
ちゃんと頭の中には守るべき従妹との約束も入っているのだ。
「…悪い事を――言ったかな?」
「いいえ、大丈夫です」
「シュトリ、一つだけ問うてもいいかな?」
緩やかにその男は言う。
「君は、人間か?」
幾度となく繰り返した言葉に何度もぶつかる。
目の前の男が投げた言葉はいつでも自身に降りかかってくるそんなものだ。人か機械なのか。
キチェル・エノバのように、自身の脳で記憶や思い出を守れるのなら、それは人なのかもしれない。
けれど、夢見る機械は決して『人間』には成り得ない。
「――僕は」
答えが出せなかった。
◇サーバー・キチェル保存域22607
「なるほどこれが因子なぁ…。体質を変えてみたけれど中々に使えないね、これ」
「ヒューマンから変質させたのがそもそもの間違いかなぁ…」
キヌエスは少し残念そうにつぶやいた。実験は成功であったのだが、少しばかり弊害も出ている。
守るべきものは命だったのだから仕様のない事だが、自身の体温が異常値を示していた。
理由については『良く分からない』らしい。
命を守る代わりに体温がほぼ33度台とはどういうことなのだ。
生命の維持に必要な熱量すら、体温すらないというのに自身は生きているし、しかも以前よりずっと調子は良かった。
機械にとっては低温の方がまるで良いと言わんばかりに。
「これはこれで良かったか。調子が良いのならそれに越したことはないな」
「シュトリさんが言うならそれでいいけども―――というか私は救われましたけども。
…これお母様も同じことしようとしていたんだって?君の」
母の研究記録から導いた答えが、この因子を体内に入れることでのデューマン化というものだった。
フォトンを操る能力がそこまで高くなかった自身にとってこの変質で能力の改善を試みたのだが
そこまでの変化はない。
寧ろ変化したのは昔から負っていた頭痛が軽減されたくらいだ。
しかしそれは自分にとって一番の僥倖である。
煩わしい痛みから解放されたのだから。
しかしそれ以外の特典が無かった事は正直残念だと思った。だからといってキヌエスを責めたいとも思わない。
「母はダーカーを恨んでいたのかな。…何かそんな印象を感じられないんだけど」
「さぁ? もしかするとお母様はダーカーと人間をかけ合わせて『別の何か』を作りたかっただけなのかもしれないよ?」
「そう言われると母がまるでクズのように思える」
「…クズかどうかは別として、人類の進化の過程として『ダーカー』の因子を取りこんで何かを作りたかったのは事実だろう」
「その結果が、もともと成功実績のあるデューマンに向いたのなら、母は研究者としてはどうかと思うけれどね」
積み上げた結論に、その過程に、母は意味を見出さなかった。
『ダーカー』との合成を諦めた理由が、類似物を見つけたという事だったのなら
どうしてもっと突き詰めなかったのかとも思う。
泥水のようなコーヒーを片手に深いため息をつくと、結果をただつらつらと保存することに勤めた。
□サーバー・キチェル保存域11163
『アーカイブにアクセス。サーバー・キチェルより全サーバーへ保存及び全ての枝葉に記録整理を伝達します』
「王子、忘れてはいけません。エノバのサーバーは自身の真名をもって管理するものです。
故に自身の内に収めたものに関してだけは、自身のお名前を使いませんと」
「嫌だ。キチェルのサーバーを分けてもらっているのだから、貴方の名前が良い」
「―――いけません。いつか貴方はその名を名乗り続けることになるのです、早く――」
「キチェルは僕に人間をやめろというのか?!」
「……王子、キチェルと貴方は何一つとして変わりはありません。それでも貴方が自身を人間ではないというのは…」
「―――僕とキチェルは違う!」
…そう、彼女は例えシステムを失っても、全てを憶えていける。
◆サーバー・キチェル保存域36698
イズハルアの夢見た未来は、最小限の犠牲でもって惑星を救うというものだった。
かつて古代人が残したくだらないシステムに振り回される人間達は少ない。
長く続く惑星の歴史の中で、古代人が過ごした年月は知らないし、認識もなければ資料もない。
しかし彼らは惑星と恒星を喰らい尽くす技術を持ち、そして今、手に余った産物達のせいで現代人は選択を迫られている。
イズハルアが見たその先の未来は、何故か残された古代の遺物の力によって恒星が死滅し
そして惑星が滅びてしまうという壮大なストーリーだった。
そんな馬鹿げたものを鼻で笑えるような性格であったならば、或いは良かったのかもしれない。
イズハルアがとても可哀そうだと思うのは、彼女の父親のように逃げ出すことができる性格ではなかったからだ。
『シュリ、私はね。共に死んでほしいと願っている。私は運命を変える王になる。
お前には申し訳ないが、私にその命をくれないか』
その言葉の意味を知らない少女ではなかった。
幼かったとはいえ、イズハルアという女はエノワス人にしては危機感というものを兼ね備えていたし
何よりも彼女は聡明で勤勉だった。
目的のために心を砕く彼女に協力を申し出たのは自分の方からではなかっただろうか。
こんな何者にも必要とされない、人間かどうかも分からないモノに心を砕いてくれた彼女に。
少しでも何かできるならと。
「これでこの燻り様ではハルアも怒るよなぁ」
定期的に送ってくるイズハルアのメールはとても大量だ。
《一体何がどうなって、今はこうなっている》という彼女が行っている全ての内容を事細かに報告してくれる。
そのメールに対して「僕は元気です」の一言しか返さなかったのを彼女は相当怒っているらしかった。
彼女に言えるわけがなかった。
母の研究が成功しているわけでもない。
しかもイズハルアに必ず見つけてくるといった母星を救う方法もまったく見つかっていない。
見当がついているわけでもなければ、寧ろ無理だと分かってしまった今、どうすればいいのか分からないのだ。
(誰かに助けてと言って救われるのは自分の心だけだ)
それ以外が救われるわけでもない。
それでは何の意味もない。星を救う方法が無いということは、本当にイズハルアの言った事を実行するしかないのだ。
―――『もしもシュリが、母星を救う案を…方法を見つけられなかったのなら――私と一緒に国と死んでくれ』
そんな覚悟を彼女が持つ必要はなかった。
死ぬのは父王で良かったのだ。父王と自分が文明と共に死ぬ。
それが正しい形だと今でも思っているけれど…それでもイズハルアが死を願うならば、それを願った自身も共に。
そう言った。
「……見つからないんだよ。でも死んでほしくもないよ。
僕も、僕も『僕も』死にたくない。死にたくない。死にたくない」
文明を失って死ぬのは、自分自身の記憶と心だから。
コンソールを叩いて彼女のメールを何度も読み返す。兄弟の一人があっさりと旅行先で殺された。
それはイズハルアが仕組んだ事なのだというのも良く分かる。
丁寧にどういった手順でやったのかさえも、彼女は明確にしていた。
そうそれは、彼女のしてきた非道な事を忘れないようにサーバーに記録しろという意味なのだろう。
「…サーバー・キチェルに接続……目の前の事象をケース『36698』に保存。
記録を閉じ閲覧権限を管理者のみに設定してください」
全ての指示を優秀にこなすサーバーは本当にただ真面目に、刻々を刻むだけなのに。
この感情の答えを探しても、検索結果に出てくることはなかった。
◇サーバー・キチェル保存域48956
キヌエスの研究を本格的に進めたいと申し出たのは自身が所属する部署の長だった。
ダーカー因子と龍族の因子についての研究をただただ進めたいという様子で焦りさえも見えていた。
どうして彼がそこまでこの研究を推すのか、キヌエス本人が疑問に思うほどに。
「シュトリさん、研究に協力するって言ったの?!」
「ああ、言ったけど…? キヌエスさんなら僕の事殺したりしないでしょう?」
「確かに殺したりしないけど…」
研究所に来てもう一年以上が経過していた。母星を救う手立てはなく、その答えがないことも先日証明されたばかりだった。
もう何をするという答えも必要ない。ただただ、現実を受け入れてしまえばいいだけなのだ。
この研究が終わったら、エノワスに帰ろう。そしてイズハルアが整えた最高の死を迎えるだけでいいのだ。
最初から必要などなかったのだと、何度も何度も噛みしめるように脳は言葉を反芻していた。
「君は自分から実験の対象になると言ったんでしょ?」
「ああ、だからこれから惑星アムドゥスキアでの解放実験を行ってくる」
「何の?!」
「因子を混ぜ合わせた状態であるデューマンが、ダーカーからの侵食を受けた場合どうなるのか。
若しくは内に燻るこの力を解放したらどうなるのか、と」
自身の肉体が通常のデューマンと違っていたのは
フォトンを操るのに向かなかった(そこまで適性はなかったらしい)自身がその肉体を変質させた事で
以前から持ち合わせていた能力を思い出してしまった事だ。
《精神界干渉からの共有能力》と呼ばれるこの力は、望んだ相手と強制的に意識共有を行い
記録から何からの個人の持ち得る知識・思考を共有しようとしてしまう。
キチェルはこれを、適性のない人間がサーバー管理者として選ばれてしまったための『弊害』だといった。
勿論研究所の人間がこの能力を知っているわけではない。
だからこそ、使ってみたかったのだ。もう誰にも繋がる必要のない自分が、最後の最後に。
「部署長は、僕の中にあるダーカー因子と龍族の捕食因子を強制的にぶつけさせることで
僕にどういった変化が起こるのかを見てみたいらしい。
しかも龍族がいるという環境下でそれを行った場合、龍族がどんな顔をするのかも見てみたいんだそうだ」
「悪趣味だよ」
「そう言ってやるなよ、キヌエスさん。僕だって見てみたいのだ。可能性の先を」
無いと分かっている可能性の先を。
―――――…データの欠損を確認。サーバー内の記録修復を行います。
最終更新:2017年04月26日 23:11