“時間は悠久ではない。理論と構成をもってのみ作用する
―――アーカイブ《サーバー・リオキシス》内のタイムレコードを新たな枝葉によって更新。
新しい時間に修復を要請―――…サーバー承認しました。
これよりタイムレコードを前記録からの逆算で算出。歪みの修復完了。
システムの再起動と管理者意識データの再設定を行います”
「はいはい、それで? 君が
シトリーのお兄さんってことですかね?
あー、見た目はそこそこ似てるけど…双子は男女だと似ないね…特に―――」
「足の長さ、胴の長さの事だけは!!そこだけは勘弁して下さい!!!」
まぁ、ねぇ。
そうのんびりとした口調で呟いたキャストの女は長身だった。
首を随分を上に上げないと目線すら合わないくらいに酷くでかいが気にしないことにしている。
この船の中にはチームで行動するという任務があるのか、殆どの人間がチームに所属している。
従妹から連絡が入っていた【妹】こと、双子の半身はこのキャストのいるチームに所属しているらしかった。
「シトリーねぇ、好きな男を追いかけて任務に行ったけど」
「…本当に何とお詫びをすればよいか」
「まぁ構わんよ。で、君はどうするね」
「僕は通常の任務をこなしながら、ちょっと別件を」
なるほど、別件ね。
さら、と言った。チームとしては何も気にすることはないと言った上で、キャストの女はため息交じりに重ねる。
「それ…シトリーを止めてくれるってわけでは…」
「え、別件? ないですね」
「…ですよねー」
どうにも双子の妹は彼女の部屋に住み着いてしまったらしいのだが、どうにも一室乗っ取りをかけられたらしく
キャストの女の部屋はシトリーの家財で埋め尽くされていたようだった。
「まぁもともと家具屋だし? 良いんだけど。
あー、あとシトリーが言ってたけれど、うちのオジサン、君の親戚なんだって?」
「…オジサン? 誰ですか」
「アージェンス」
「……確かに、叔父ですね。実の」
カチンッと頭の中で音がする。耳鳴りのような感じだが、たぶん違うものだろう。
何の音かは分からなかった。叔父とはもう何年も会っていない。そもそも生きていたのかとさえ思う。
「ずっと会ってないんですよ。叔父は何処に?」
「うーん、たぶん何処かの任務に行ったんじゃないかな? 君も行くんだろう?」
キャストの女はにこりと笑って手を振った。
任務に向かうと言っていたが、そもそもアークスの任務をそこまで真面目にこなす必要性を感じていない。
母の研究についてデータが一つとしてないという事は
国にとってもアークスにとっても良い結果ではなかったというのは明白で
それ故に自身はサーバー内の記憶を凍結させたのだろう。
ヘッドフォンの中は海の音が聞こえていた。そこに美しい声が乗っている。
幾許か臨んだことのある記憶は一体いつの頃だろうか。
幼い頃から海を見たことは無いに等しかったはずなのに。
「どうして海の音…?」
思わず漏れた声は酷く冷たく響いた。
赴く任務の内容を確認しながら、自身が探すべき情報を頭の中で整理する。
キャンプシップを手配し、転送装置でシップの中へ移った。
空の色は酷く穏やかだが、大地は赤黒く輝いている。惑星アムドゥスキア。
龍族の住まう惑星。
ここに探している『彼女』」はいるだろうか。
空に浮かぶ不可思議な大地を見上げながら、火の盛る大地に降り立った。
―――例えば、だ。そなたには分からぬかもしれないが、龍は魂を概念としてではなく
意識的に別体…いや本体であると認識するといったらどう思う?
青く輝く鱗。頭の中に響く声。これは音ではない、意思と意思を伝える最古の手段だ。
触れ合った指先から伝わる温度は言葉よりも確かだが、等しく純粋で何の形を示すものでもない。
「人は死んだらそれでお終いなの。だから死にたくないと願う。おかしい事かな?」
―――淋しくは思う。
「君は…とても良い龍だな。頭が下がるよ」
惑星アムドゥスキア火山洞窟。
この地は、龍族から『カッシーナ』と呼ばれている場所であり、彼らにとってはあまり良いところではないらしい。
しかし詳しい記録は何故か関連している部分の凍結の影響でデータベースから引き出すことはできなかった。
自身の能力も結局対して使えるものではないなと思いつつ、足元が悪い中を進む。
龍族の習性などに関しては、とある博士が情報をアークスに開示してくれているおかげで無駄な戦闘はしないで済んでいる。
ヒ族と称される地表に住まう龍族たちは口が重く情報を与えてくれることは少ない。
それでも見つけ出さねばならない。彼女の行方と痕跡を。
「[お前は][かの龍の][縁ありし者か]」
その龍は誰を指すのか。
目の前の龍族は青く光る鱗を差し出しながら再度同じ言葉を呟いた。
「彼女を、貴方は知っている?」
「[龍は契りを忘れない][お前][探すのは、空の主だ]」
「…空? 彼女が飛んでいる姿を見たことが無い。翼は折られ、彼女はもう」
思い出そうとすればするほど、記憶は奥へ奥へと消えていく。
覚えているのは、覚えていられるのは、その姿を探すことだけだというのか。
【理路整然の黙示録】は幾度となく自身を救ってきたが、これほどまでに疎ましく邪魔に思ったことはない。
必要な記憶まで、その枝葉に残しておいてほしいものまで抉りとって凍結される。
全ての記憶も感情も【理路整然の黙示録】のメインサーバーに送られデータとして管理されている以上
仕方がないのだと分かっていても。
この歯がゆさを酷く憎んでいる。
「彼女は何処に? 飛べない龍が空にいるわけがない」
「[飛べない龍は][空へ行くことはない][龍は翼を得た]」
優しい口調でいい残した地表の龍族は足早に岩の影に駆けて行った。
彼女は飛べなかった。あの日、その翼を折ってしまったのは自身であったのは確かなのに。データとしては確かなのに。
その記憶はやはり鮮明に出てくることはない。
折り畳み式のモニターをキャンプシップで開き、通信が何処にも漏れていないか確認する。
ある一定の周波を発するジャミングのシステムを開くと、固定の番号を入力して回線を開いた。
見覚えのある砂金色に近い髪色が映っていた。振り返ったその視線は翡翠で、ゆるりと笑う顔は酷く穏やかだった。
何を言いたいのか分かっているのだろう。彼女は口を開くことなく目を弓なりに細めるだけだ。
「イズハルア」
『如何した、シュリ。何かあったか?』
「君に頼みが」
『無理な頼みはやめてくれよ、そっちは昼間かもしれないがもう自国は深夜だ』
「…君の、 【絶対知覚の管理者】を僕に使ってくれ。そして引き出してほしい記憶がある」
『無理だ』
「どうして?! 君はその能力の支配者だ。今まで類をみないほどに能力は安定している。なのにどうして?」
『忘れたか、シュリ。お前の能力は私の支配下にはおかれない。能力で言うならシトリーに頼むしかないぞ』
「なら君がシトリーの能力を使って僕から情報を、記憶を引き出してくれ。
どうして飛べない彼女が、飛べるわけのない彼女が空にいる?!
意味が分からない、僕には理解できない。確かに、あの日、あの時に彼女の―――」
キンッと高い音が鳴った。
「…………どうしてだ……なんで」
これはサーバーからの警告音だ。凍結をした情報を引き出すなど許されないと、まるで強く言い聞かされているようで。
『私で調べられる範囲は調べておいてやるから、お前はその足取りを追うんだろう?』
「勿論だよ。何のために記憶の凍結までしてこの船に乗ったと」
『研究所で調べた結果は確かに完全凍結されているから私ですら閲覧は不可だ。
ただ一つだけ私がお前からの通信でわかっていることがあるよ』
「なんだ?」
彼女は静かに笑う。
『お前が探す龍は、空を飛べる。間違いない。お前は私に言った。彼女に翼を戻してやることができたと。
だからお前に残る記憶に飛べない姿で映っているのだとしても
それはサーバーがお前のためにギリギリで開示できている情報だからなのだろう。
探せ、シュリ。お前がそうまでして探そうと願ったものだ。私はどんな結果になっても、味方だよ』
通信はあっさりと切られてしまう。
音のない空間にジャミングの周波数だけが流れていた。通信越しに映る彼女に嘘はなかった。
音であろうが何であろうが、個人を特定できるものならほぼ心象を写す彼女の能力に嘘がある訳がない。
イズハルアは情報を知らないでいる。
でも彼女は心象を写すこの能力の元々の持ち主だ。隠すことなど大したことではないのかもしれない。
「僕は、いつになったら…君に会えるのかな」
青く輝くその鱗を持った、かの結晶龍をずっと探している。
サーバーの欠片は記憶している。その枝葉を。
「僕はね、ハルア。彼女の事を忘れてしまうのだと思っている」
『そんな馬鹿な。お前が彼女を忘れるものか。
人を愛せず、民を愛せず。半身と弟妹達の幸福を望み、国を愛し、それでもお前は彼女を捨てることはできなかった』
「そうかな」
『そうだとも』
「なら、君が覚えておいてくれ。かの高貴なるモノの名は――――パラセノスという」
かの結晶竜はその名を持っていた。
最終更新:2017年04月26日 23:51