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(この作品にはEP1の内容の他に、NPCとの絡み・捏造が入ります。ストーリー全部に関係するため反転仕様ではありませんのでご容赦ください)


兄の行方を知っているのは、従妹だけだった。
否、知ろうとしなかっただけなのかもしれない。
目の前でダーカーに呑みこまれていった母親を見て、兄はおかしくなってしまった。
昔は言葉を持たなかった兄と意思疎通ができたのは自身だけで、その兄はいつでも優しかった。
双子。
愛すべき半身。
止める術を持たない私を止める唯一の楔。
そんなつもりでいたのは私だけで、私を置いて兄は遠く
あの白いキャストに導かれるままにアークスと名乗る組織に連れて行かれてしまった。
どうして私が置いていかれたのか。兄を良く理解していたのは私だけではなかったのかと、今でも思い出してしまう。

この感情に蓋をする方法があるのならば、今すぐにでもそうしたいほどに。




― 兄のサーバーは国から移動することに決めたらしい。
その話を耳にしたのは従妹が女王となってから二年も経った日の事だった。
寧ろ、移動することではなく移動した後だったわけだが
彼が急いでサーバーを解体までして何処かに消息を絶ってしまった理由が良く分からなかった。
実際消息を絶ったはずの兄は、半月後にはアークスシップに戻っていて
「どうしたの~?」と間延びした声で返してくることになったのだが、私にはどうしても不明確なままでそれは鎮座していた。

兄はこんなにも間の抜けた男ではなかった。

優しい男ではあった。誰よりも国を愛していたし、家族も愛している男だった。
私自身は他の家族をあまり好きだと思ったことはない。
妹も弟も、従妹も好きな人間はいたが、兄のように全員を愛おしいと思ったことはなかった。
彼は生まれた時に自身の脳で記憶するという能力を持たなかった。
それを障害だと医療ならばいうのだろう。勿論、私自身が判断するにしても、それは障害だ。
言語を発することができなかった兄は、生まれた時私の臍帯が首に巻きついていて窒息死寸前だったという。
生まれながらにして兄を殺しかけた妹とはどうなのかと思ったが
その結果、兄は自身の脳がほぼ使えず、声も出なかったのだという。
そんな兄に記憶する脳と役割を譲渡し、声を戻した人物が先のサーバー管理者であるキチェル・エノバその人だった。
彼女もまた、兄と同じくして先代のサーバーからその能力を引き継いだ人間であったらしい。
キチェルも兄と同じように生まれた時に自身の脳では記憶することができなかった。

この国には稀にそういった存在が生まれると言うが
実際はキチェルが残した資料では『兄ではない別の人間』がキチェルの後継者として相応しかったのだという。
しかし自然に生まれたはずのキチェルの後継者は、国があっさりと殺した。
兄を救うためだった。まがいなりにも兄は王の子であり、そして数年後に皆は確信した。
兄を救うべきではなかったのだと。

「苛烈だ、シュトリの性格は私以上に苛烈だ。思考もさることながら、何よりもあれは賢すぎる。
 私のことを賢くて何でもできる妹だと思い込んでいるからチートだのなんだと言えるだけで
 エノワス人は元より欠陥だらけのポンコツ揃いだ。
 その中で、シュトリという男だけはそのポンコツさに磨きをかけてしまった挙句に、あの性格だ。
 頭を動かす場所が違うんだと思うが、何よりも問題なのはシュトリは自身がそれなりに賢い事を理解した上で
 自身を超えるものが常に存在し続け、その上位の存在をどれだけ欺けるか、に命をかけている」
「それって非常に問題なような気もするけどなぁ? シトリー
「それでもシュトリはハルアに逆らう真似はしないと思うし、協力するって決めた人間を裏切るような性格でもない」

異質な王族。
ハルアとシュトリはその典型的な形だった。
それに似ていると言えば、弟のヒルトだが
ヒルトの場合は何だか危ない橋をゆっくりと火をつけながら渡っているようなことを平然とやってのけてくるので
姉としては心が痛い。
叫び方を知らない人間は殺し方も知らない。
シュトリは殺し方を知り、叫び方を熟知した上で鳴かない。だが、弟はそうじゃない。
おお、怖い怖いと思いながらも、実はヒルトならば兄の真意を理解できるのではないかと思ってしまって項垂れることになった。

「シュリは、どうしてサーバーの分割を? 記憶が分割されてしまうのではないの?」
「実際それに近いことがアークスシップにいるうちに起こってしまったらしくてね、それで仕方がなしに許可したのさ」

サーバーが傍にあれば兄の記憶は分割されることはない。
記憶の集積機が傍にいあるというのは彼にとって一番の強みであった。

「持って行ったサーバーの名前は?」
「確かサーバーはリオキシスと呼ばれるものだったと思う。私も詳しい名前までは熟知していない、済まないな」

彼がエノワスが誇る叡智の箱を六つに分解した後、そのサーバーのうち五機はエノワス本国に残されていた。
一体どれがどのサーバーで、何という名前かなどは知らない。
ただ兄の事だから、名前は一つ一つつけていることだろう。記憶の断片をしまっておく脳。
彼にとって脳と同じ働きをする機械達。
それを人質にとって、国を裏切らないようにと監視する我々もまた、彼と同じく狂人だ。

「そういえば、イズハルア」
「ん? どうした?」
「シュリが可笑しなことを言い残していたんだけれど『彼女』って何だと思う?」

思えば、これが最初の歪みで。

「うーん、誰を指しているのか私には皆目見当がつかないね」
「……そうか、私も知らない。シュリのいう『彼女』のこと」

兄の中にあるその存在の意味を。



 ***



「大体において、どうしてお前がこの船に乗っているんだ?ローマイヤー。ハルアが独りぼっちになってしまうではないの」
「それを言うなら君だって同じことだろう、シトリー。
 叔父上、弟、妹、双子の兄、とどんどん国を離れて行っていた中で好きな男を追いかけてアークスシップに乗るなんて
 どうかしている。それこそイズハルアを独りぼっちにしたのは君だ」
「お前は女王の夫だ」
「君は女王の従姉で、国の姫だ。何を言う」

さらりと憎まれ口を叩いた男の名を、キノリッチェル・S・ローマイヤーという。
かの宇宙連邦で名高い高名な騎士殿であったが守るべき惑星と国は既に消失しており、全てを失ったはずの彼を拾ったのが
現王国の女王であるイズハルアその人だった。
性格が合うというよりは似合いの二人に見えて彼らの小規模な婚礼はとても素敵であったと憧れこそしたが
この男は個人的に好きではなかった。
そもそも自分は、あまり好きな人間がいない。

「ハルアは何をお前に言った?」
「君や叔父上、君の妹、弟を連れ帰れと」
「そこに兄は含まれないのだな」
「シュリとイズハルアは互いに話し合った末の結論が今だ。
 アージェンス殿に関しては分からないが、君ら姉弟の道楽に付き合っていられるほど私も暇ではないんでね?
 塩梅の良い所で引き上げさせろと仰せつかっている」
「……私達は大人だ、放っておいてほしいものだね」
「君達は大人だが、一般人ではない。理解してもらいたいものだね」

この船に乗っているのであれば、一般人と同じだ。
しかし国に帰れば途端に頭を下げられ、平伏され、傅かれる存在ではある。そんなことは分かっていた。

「で? 私が言っていたものは調べてくれたのか?
「あぁ、調べてみたよ。シュリのいう『彼女』の存在だろう?
 なんとも閲覧が難しい所にしまいこんでいてくれていたよ。
 サーバーの中ではない、あえて干渉がされないと思っていたんだろうな、データのゴミ捨て場に」
「……答えは?」

ふむ、と声を漏らしたローマイヤーは首を傾げて緩やかに笑った。
嫌な笑顔だと思う。

「何でも勤めていた研究所で彼を助けてくれた龍らしい」
「…人間じゃないのか」
「ああ、あいつの心は人間ではなく龍族に向いたらしいよ」

どうしてそんなものに?と首を傾げるまで時間はいらなかった。
ただシュリにとって、あの兄にとって。
その龍という存在は、自身をも超えるほどに大事にされるようなものとして彼の中に保管されたのだろうと思う。

「その龍族についての調べは?」
「済まないが、そこまでは出てこなかった。
 君の権限でこじ開けようにも流石に応答してくれるような内容ではないらしい。ただ分かったのは」
「分かったのは?」
「浮遊大陸と呼ばれる、惑星アムドゥスキアの空のエリアで出会ったらしい」

さら、と口に出したローマイヤーは資料を片手に緩く微笑んだ。
その龍の特徴はそこまではっきりしていなかったが
その場所に行けば何か分かるのだと、ただそれだけが明確に見えた。






『そなたが強いのは良く分かった、どうかこれ以上はやめてはくれぬか?』

脳に直接響くような厳かな声は静かに静かに届いている。
なんとも不思議な声だと思う。無機質な風に聞こえるのに、それでも微かに意思を感じた。

「貴女はこの星の偉い人か?」
『さて、それは良く分からないが、そなたの名は?』
「私はシトリーだ。この星の生き物たちにはとても非道な事をしてしまった、それを詫びる。
 しかし探しているモノがいるんだ。どうか、その情報がほしい」
『……そなたに良く似た男を見たことがある』

声は少し強い口調で言った。

『私はロのカミツ。そなたがあちこちで焦がしつくしてくれた龍族の同胞だ。
 そなたが探しているのは、その男か? それとも別のものか?』

焼き焦げた臭いが辺りに広がっていた。
燃やしつくしたのではなく、焦がし続けたといったほうが正しいその非道な行為は
一匹の巨大な陸龍を只管に雷であぶっただけのことだったのだが
流石に生かさず殺さずで問いかけだけを続けた自身の行為にこの惑星の管理者クラスが出てきたのだろう。
もしかすると中間管理職かもしれない。

「私によく似た男ならば、きっとそれは兄だ。名前をシュトリと言う。
 私が探しているのは兄ではなくて…兄の探している龍だ」
『…ではそなたもまた、兄と同じようにかの龍を探しているのだな』
「…ああ、そうだ」
『……残念だ。とても残念だ。龍はいない。かの龍は既に―――。
 同じ事実をそなたの兄にも告げた。しかし、そなたの兄は事実を聞いた途端に様子がおかしくなった』

カミツという存在は、淡々と兄の事を語った。
半年ほど前に兄はその龍を探して惑星アムドゥスキアを訪れたらしい。
流石自身の双子だけあって、豪快に龍族を締めあげた後、同じようにカミツを呼びだした。
カミツのいう真実を兄は受け入れなかったという。
本気で受け入れなかったどころか、その聞いた事実を脳の代わりとなるサーバーから消した。
そして何度も何度も繰り返し、その龍が生きているのだと思いこもうとしているのだと。

『かの龍は、そなたの兄の命を救った。
 そなたの兄はその記憶だけを愛し続け、そして彼女の愛に報いようと思ったのかもしれない』
「そんなものは不毛だ。兄は、そんなもののために生きてきたわけではない」
『そなた達を大事に思っているのは確かであろう。
 しかしあの作りもののような男が初めて身を焦がした程の感情を与えたのもまた
 我らの子等だったという皮肉が重なっただけだ。悪く思ってはいけない。
 そなたもまた、それに感情を焦がしてはいけない』
「……兄を連れ帰ることができるなら、例えばその龍の記憶を失ったとしたら、兄は戻るだろうか?」
『……それを望むならば、一度だけ協力を。そなたの兄が探す龍と同位のものを準備する。
 あとはそなたが好きにすると良い』



 ***



カミツは分かっていたのだ。兄の記憶をいじればどうなるのか。
自身の能力で彼のサーバーに干渉すれば、その記憶と思いは消しされよう。
そんな安易な考えで兄の心を踏みにじった自身を許せるわけもない。
【追随と創現の記手】は酷い事をしてくれる。この能力ほど、兄を殺すものはないのだと。

「で? シトリー、これどうする気なの?」

居住空間を提供してくれているミルヒは冷めた声でそう言った。
ぐったりとベッドで眠り続ける兄を横目に、深くため息を吐く。

「あのね、構わないよ、別にね? 死んでないし、体もチェックしたけど大丈夫そうだ。
 しかし脳の中をこねこねっていうのはちょっとな」
「言いたいことは分かっている」
「私は君らの家の事も、君らの王国の何故か無駄に、部分的に高水準な技術も知らない。
 しかし分かったのは、君の兄の脳は半分以上が電脳だ。一部の脳はほぼ動いていないに等しい。
 生活水準を守るような、身体的な事に関しては動いていたとしても感情や記憶野においてその能力は発揮していない。
 つまりだ、君の兄は生きることはできても思考は不可能だ。
 それを君の国の過去の遺物とやらが何とかしてくれているのだろう。
 ……その根本を揺らがす力を使っておきながら、こうなることは予測できなかったのか?」
「……何か、方法を思いつかないか? ミルヒ」

まったく、こういう時に人頼みですか?
さら、と告げた声は本当に機械的だった。手を口元に当てながら、データを見比べて「あぁ」と声を漏らす。

「もしもできるならば、その君がかき消してしまった記憶、戻すことは?」
「出来るが、したところで安定はしないと思う」
「……なら答えは簡単だ。君の兄の脳は機械なのだろう? 時間を巻き戻せ。無かった事にするんだ」
「……巻き戻す?」
「そう、巻き戻す。この一定の事象に関して、彼が真実を知る前の時間に戻すのさ。
 簡単にいえば、彼がお熱をあげている龍が死んだのだと告げられる前に戻す。
 そして彼が真実を知った瞬間に、また知る前に戻す。
 そうすれば『彼女を失ったショックで意識を失うことはない』ということになるだろうね」

そんな単純に行くものだろうか。しかしやってみる価値はある。
もしもこれが成功したならば二度と【追随と創現の記手】は使わない。もう兄をこんな目に遭わせたくはないのだ。

「変幻は挙動を見逃さないだろう、鍵は記し手。導くは根源たる時間の改変。
 開け、サーバー・リオキシス。【追随と創現の記手】の名において、一定の事象における操作を行う」

呟いた言葉にまるで機械のように兄の声は響いた。

『サーバー・リオキシスは【追随と創現の記手】の操作を認めます。
 記憶域に作動、改変する事象を指定してください――…』







それから三日ほど過ぎた後、兄は目を覚ますことができた。
サーバーの改変が随分と時間を要したのは、彼にとってその龍の存在があまりにも大きかったからだ。
本国に相談する気にはなれなかった。
気持ちが落ち込むのも無理はなかったが、流石に自身の招いたことで兄を追い詰めたなど言えない。

「どうした? お前にしては珍しく落ち込んでいるじゃねぇか」
「……あぁ、叔父上か。叔父上は相変わらずヒルトと仲が良いようで」
「…は? 何の話だ」
「いや、何でも」

父の弟であるという叔父。エノワスの血を引きながらも他の国へ一度は居住してしまった人間。
エノワスに固執することが無かったであろう叔父と
エノワスを愛せない自身を少しだけ仲間だと思ってしまっている自身を恥じた。
叔父がどう国を思っているかなど、叔父がどう親類を思っているかなど知らない。
もしかするとゴミクズ以下と感じているのかもしれないのだから。

「叔父上」
「なんだ?」
「私は、愚かだ。国を要らないと思いながら、国に与えられた力と運命を振って、他者を傷つける悪魔の娘だ。
 所詮エノワスの人間は呪いによって生かされているだけなのかもしれない。
 王座などと、治世者などと呼ばれておきながら、その運命に抗うことすらできないただの傀儡だ。
 この悪意の代償を、報いを、誰かがいつか支払うことになるのかもしれないな」
「…ほう、ならそれをお前が支払うと言うのはどうだ?」
「やめておく。私が支払った代償はもう、何にもならない価値を失った言葉だ」



ため息だけを残して、ただ膝を抱えた。
最終更新:2017年04月27日 00:00