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とある男の報告書。
記憶の断片を拾うことができない黙示録は近親者の顔さえほぼ覚えていないに等しかった。
それでも自身の半身と自国の女王については鮮明に覚えており、近親者は名を告げられた瞬間に記憶が戻った所を見て
一度枝葉に凍結案件として王国の関係者のリストを入れていたと判断する。
黙示録は整理を続けており、現在アークスシップ内で特定の情報を集めながら
自身の欠けた記録を補完していると思われる。
何にしろ、出会わせてはならない。
答えに、導いてはならない。
――
断片は枝葉を消去します。必要事項以外は抹消し、それ以外の記録は全て《サーバー・アルカディア》に保管を要請。
―――…《サーバー・アルカディア》アクセス完了。
《サーバー・リオキシス》内から必要情報を破棄します。
「君の能力は酷く便利に見えて、とてもじゃないが利用しにくいものだね」
「何です、同情したような目で見ないでください。僕はこれが当たり前の世界の住人なんだ。
貴方とは違う、僕は私は、システムなのです」
「面白い事を言う。人の姿をしたシステムだと君は言うか」
「ええ、それ故に。僕は…私は、この広大に広がる情報の海を愛し。
感情の波を愛惜しむ事が出来る。前サーバーのキチェル・エノバとは違う」
「それでも君は、一体自分が誰なのかさえいずれ分からなくなるんだろう。残念だ、その姿を認識できなくなることが」
「そう、ならば貴方は私を覚えていて。僕が私を忘れても、貴方の記憶から消えませんから」
□■
足元が酷く不安定だった。管制官の女性は「あー、すみません」と間の抜けた声で返事を返してくる。
あの女、いずれ絶対にしばき倒す!
そう呟いたのは自身の妹と同行してくれている同じチーム所属の男だった。
優しげな仕草で妙に犬っぽい所があるが、彼はとても紳士的である。
それに引き換え、敵味方関係なくテクニックで吹っ飛ばす妹に頭を抱えるしなかった。
「
シトリー」
「どうした、シュリ」
「何とかならんか、それ」
「何を指して何とかならんと言ってるのか、私には理解できない。もっと分かりやすく言え、端的に話すな。
もっと人間味を強調しろ」
「シトリー、あのね。仲間巻き込んでテクニック使うのやめて、ね?」
「善処する」
駄目だ、こいつ。
そもそも前線で戦っているチームメンバーと実の兄を巻き込んでいることをそろそろ気付いてほしいが
如何せんそういう所に気の回る妹ではない。
元より出来は自身より遥かに良い。
高スペック・チート、最強伝説。そんな言葉が非常に似合う実の妹であり双子の半身だが、性格だけはどうも難ありだ。
豪快に龍族を吹っ飛ばした後、にこりと笑って「さぁ、次!」と大手を振って歩く様は
修学に付く学生以下に見える。
「クロは、あれ…ちょっと怖い」
「僕も怖い、実の妹なんだけど、怖い」
足元の安定しない大地に住まうのは、火山洞窟の上空に広がる浮遊大陸と称される場所だ。
実際、この土地は惑星アムドゥスキアに住まう龍族からは《テリオトー》と呼ばれる場所であり
龍族のランクとしては上級の者が住まうらしい。
もっとも自身らからすればどれが上級で、それが下級など知った事ではないのだが。
以前の調査で告げられた言葉を反芻している。
あれから長い間、他の任務にかまけてこちらにこられなかったのを悔やむが、まだ彼女はいるのだろうか。
この地に、いるのだろうか。
「そういえば、シュリ。お前はどうしてここに?」
「ちょっとした用事があってね。シトリーも珍しいね、足場が不安定なところは嫌だったのでは?」
「まぁ、クロが一緒に来てくれると言ったのでね。あと、久々に双子で歩くというのもいいかなと思って」
にこりと笑う彼女もまた自身と同じように因子を入れて無理矢理体を変質させたデューマンだ。
元々ヒューマンである体を変質させているのだから、それなりの覚悟はあったであろうし
強い力を制御することを強いられるのは理解しているはずであった。
シトリーには優先順序を正しく認識する能力がある。
それは彼女が古来より引き継いでいる能力を持ち得ている証であるが、シトリーにとってその能力など正直どうでもよいのだと思う。
自分自身は、国を愛している。家族の事もだ。
あのときからずっと続く、闇の侵食を受け入れるわけにはいかなかった。母のような人を作るのは―――。
そんなことは嫌だった。
母のように目の前で闇の中に呑まれていく姿を見たいと思わない。荒廃した国を見たいと願ったりはしない。
現国王であるイズハルアは予見している。
母星にある自国エノワスは終わる。終焉は迎えられ、システムは崩壊するだろう。しかし、その崩壊を、終端を。
どれだけ緩やかにできるのか。
それが彼女の目的であり、自分がアークス船に乗った理由でもある。
ダーカーからの侵食で終わることだけは避けなければならない。イズハルアの見た未来は。
彼女の写しだした未来の先は。
「シュリ、空に龍がいるぞ」
「…どこに?!」
シトリーには分かるまい。彼女を探す意味も何もかも。
どんどんと遠のいていった声。予見できない未来の形。
変速する記憶空間の歪みが既に半身を追いこんでいることなど。
彼女を見つけなければ、あの声を探さなければという意識だけが先行して動いているのは分かっていた。
「蒼…?」
その色を見たならば。
その美しい翼を見たならば。
「……パラセノス!」
声を上げずにはいられないほどに。
駆けだした足は速かった。こんなに早く走れるわけがないとそう思っていたのに。
出現するダーカーを消し去った光は妹のテクニックだろう。
走り抜けるその先に、昔どうしてだか見たことのある景色が映っていた。
妹とクロの姿はまだ無い。
飛来するその蒼を、声をあげて呼んだとしてもその言葉が返ってくることはなかった。
万物の定義は、その記憶に呼応する感情を保存することで鮮明な状態を保つことができる。
最善とは個人の中での定義。
最速とは個性の中での物理。
故に記録に残す感情というものではなく、事象のみが送信と受信を繰り返されている。
―――アーカイブに接続。忘れないで、忘れないで。違う、忘れない。僕は、私は、絶対に。この記憶を…
《サーバー・リオキシス》から《サーバー・フェリクリウス》へ情報保管の移動を申請。
……サーバー、承認しました。
これよりサーバーの再起動に伴い、管理者の記憶データの整理と情報データの補完を行います。
何度も交わした言葉があった。
声にならない声で、その龍は幾度となく呼びかけてくれている。
記憶の中にそのデータが無いのは、自身が凍結したデータとしてサーバーが保管しているからだ。
こんな記憶でなければいけないのが歯がゆい。本来ならば脳の中に、個人の記憶として持ち続けることができるそれを。
思い出を。
たかがデータと割り切られ管理されるシステムが本当に憎かった。
それでも彼女の声が耳に残っているのだ。やわらかい海の音。ヘッドフォンから聞こえてくるのは弟の歌う優しい歌だった。
「君を探してたんだ、どうして? どうして僕を」
言葉は返らない。雄弁かつ美しい響きの言葉を持ったかの龍が話すことはない。
それでも彼女はきっと言うのだろう。
『お前が望んでいることを、叶えることはできたか?』と。
目の前の蒼き龍が以前自身に問うたのはこの言葉だけだったように思える。
イズハルアの予測した未来を変えるために。国を滅ぼしたとしても、民を救うために。惑星を救うために。
彼女の予見した未来は二つだった。
一つは【国を滅ぼす代わりに、母星を救うこと】
これは長く続くエノワスという国の死であり、それに付随するシステムの死だ。
もう一つは【国のシステムを残す代わりに、母星を失うこと】
形はどうであれ、王国の知識やシステムが残るのはこちらの選択肢。
幼き頃から予見の力を持ち合わせたイズハルアにとって、この真実こそ変えるべき未来だった。
変えられるならば、どんなことでもすると言った彼女に協力するためにアーカイブたる自身はその力を捧げたはずだったのに。
いつからだっただろうか。
そんな従妹の願いなどどうでもよくなって、母の研究にのめり込み、自分自身の物差しと然るべき未来を失ったのは。
イズハルアの予見は、予言は絶対ではない。
絶対になっていくルートを辿れば、それは絶対と呼べるのかもしれない。
しかし所詮未来を書き変えるためにその力を使うならば、イズハルアの見た未来を変えることはできるはずなのだと。
彼女も自身も思っているはずだったのに。
「パラセノス、僕は…まだ見つけられないんだよ、僕の答え。僕がどうしたらいいのか分からないんだ」
声を漏らしても、それに返事が無くても。
一度繋がったはずの精神ならば彼女には届くだろうと信じてやまない自分がいるのに。
どうしてその声は返らない?
「ねぇ、パラセノス、どうして?! どうして僕に応えない?!」
振りかざした槍が堅い皮膚に食い込むのを見逃さない。
ダーカーに侵食されている様子はない。
しかし明らかにこちらを敵だと認識して戦う姿に違和感すら覚えるのに。
自身を掠める閃光に目を細めながら、龍族がこんなことで死ぬことはないのだと分かった上で戦っている自身がいる。
こんなにも傍にいるのに、彼女に届かない理由が分からない。
振りおろした先、龍が身を引いたのに気付いた。
『[やはり、出来ぬ]』
「…パラセノス?」
『[いくら、カミツ様のご命令でも][出来ぬ]』
「…何の話を?」
ゆるゆると近付いてくる龍は目の前まで来て立ち止まると、まるで頭を下げるように首を動かした。
何の話なのかは分からない。
自身の後ろからも近付いてくる足音が聞こえる。この軽い足取りはきっとシトリーのものだ。
『[かの龍に][縁ある者][名を聞こう]』
「…何を言ってるの? 僕は、
シュトリ、シュリだよ?」
『[そうか][ならば真実を]』
龍の声は酷く静かだった。
彼女に良く似たその声を持った龍は、ゆるりと言葉を吐く。
『[かの龍は][もういない][魂は戻れず][かの地にもいない]』
「……え…?」
『[かの龍の][縁者よ]。[残念ながら][お前の探す龍は][もういない]』
何を言われているのか分からなかった。サーバーに問い合わせの連絡を入れ続ける。
優秀な《サーバー・リオキシス》が凍結したデータからその真相を引き出すまでの時間は
そうは掛からなかった。
管理者が思い出した時にだけ、その凍結を。
真実に巡り合った時にだけ凍結を解除するという条件で保管されたそのファイルの名を―――。
―どうして、この目の色は青に変わってしまったのか。
―どうして、彼女との会話ができないのか。
―どうして、その姿を追う事を誰もが止めたのか。
思い出される隣人たちとの関わりと共に見えるのは。
自身の中にあったはずのダーカー捕食因子が、ダーカーの侵食に負けた事実と。
それを救うために、自らがその侵食対象を喰らった龍の。
そんな簡潔なデータが、つらつらと報告書のように並んでいる。
「嘘だ」
『[酷な事をしてしまった][カミツ様を責めないでほしい][以前のお前と][約束][それを守った]』
「じゃあ…僕の中にあるこの記憶は何?
彼女が死んでいるのに、彼女の死を理解しながら、それでも彼女を探すといっているこの記憶は―――」
叫び散らした声と共に、後ろから近づいてくる足音は止まった。
どうしてクロはいないのか。
目の前の龍はどうして半身たるシトリーを敵視しないのか。
憤りとともに震える手には能力の暴走が見えた。これではまたダーカーの侵食を抑えきることができない。
でも良かった。この真相に辿り着いたのならば、彼女のいない世界を望む意味など―――。
ではどうしてこんなにも、自分はあの龍を求めていたのだろう。
「嫌だ、シトリー。お願いだ、僕の記憶を…」
「【追随と創現の記手】において、絶対の管理を行う。記憶の整理をサーバーに問おう。
かの龍との記録データ、及び関係各所の枝葉全ての情報を削除申請。―――応えろ」
「……《サーバー・リオキシス》は【追随と創現の記手】の改竄を許可します。
記録の削除を選定、枝葉のブロックを固定。
サーバー内における指定データの削除を開始します。
それに伴い、管理者の思考データと記憶データ修正のため、再起動と補完の許可を」
「許す」
「―――サーバー承認完了。十五分後、管理者の再起動を行います」
自身の記憶とそれに付随するサーバーに強制的な書き込み・消去を行えるのはシトリーだけだ。
これがシステムとしての管理方法ならば、どうしてこんな知識が、こんな能力が存在してしまっているのだろう。
要らない、これはいらないものなのに。
それでも、あの龍の姿をまだ探している。
「……シトリー…?」
「シュリ、御免なさい。先に、カミツという存在に接触し、情報を得ていたことは謝る。
でも、私は…シュリが真実を知れば死を受け入れることを選ぶとそう思っている。
生きる意味が無い世界に、シュリは望みを持ったりはしない。
システムとして生きる理由が無いシュリは、前システムの管理者とは違う。
その記憶がある限り、優しい私の半身には戻れない。
国に帰ろう?一緒に、帰ろう。もう良いんだよ、戦うことなんていらなかった」
「お願い、システムに撤回の指示を」
「その龍の記憶も、アークスのしての記憶も、母が死んだ記憶も、全部全部お前にはいらない。
パーツが揃えば死に急ぐ、そんなお前を見てられないんだよ、私は」
妹が泣いている。
気丈な妹が泣いている。
どうして、そんな顔をするのか、本当は分かっているはずなのに。
「ごめんね、シトリー。それでも」
僕はこの記憶を失いたくなかった。
■□
《サーバー・リオキシス内における結晶竜の死に関するデータの削除が終了しました》
情報は繰り返される。何度も何度も同じように繰り返されていくのだろう。
目が覚めると、当日のスケジュールがぎっちりと詰まった予定表が表示されていた。一体何をしていたんだっけ。
ああ、今日はチームのメンバーと一緒に遺跡へ出かけるんだった。そうだった。
コンソールを叩くと、そこには見慣れた従妹の顔がある。
『シュリ、お早う』
「あー、ハルア。お早う。どうしたの?」
『今日は何をしてくるんだ? シュリ』
「え、遺跡にいってくる。すごい綺麗だよ、画像送るね。きっと君は好きだと思うよ。
あと、時間があるなら…彼女を、彼女を探しに行かなくちゃ」
にこりと笑うと「そうか」という声が返ってくる。
最近こまめに連絡をくれる従妹に、一体どんな心境の変化が起こっているのかは分からない。
ヘッドフォンを身につけ、耳から聞こえる海の音と歌声にもう一度笑った。
彼女を探さなくては。
ずっとあの声を聞いていない。
研究所から出る前から、ぱたりと聞こえなくなってしまったあの結晶竜を探している。
研究所で何を行っていたのか、誰のデータを集めていたのかは分からない。
サーバーの凍結事象として自身の記憶からは整理されてしまったいるのだろう。
まったく面倒なシステムだと思うが、これがなくては情報収集も記録の保全も上手くできない。
全ては国のシステムを守るため、そして民を、家族を、皆を守るための力として。
「ちょっと、シュリさん。いつまで寝てるの、いくよ?」
「あ、はーい、
ミルヒさん待ってください~、置いていかないで~」
コンソールのボタンを一つ叩き、そのまま部屋を後にした。
聞きなれないざらりとした音声に船の距離が相当離れていることが分かった。
見慣れたその顔はいつみても変わらない姿のままだ。
『連れないね、情報を売ってほしいという連絡だったのに』
「あ、そうなの、知らなかった。ごめんねぇ、沢山のデータを扱ってるからメール見てる暇が無くて」
『どれくらい包めば情報を分けてくれるのかな、《サーバー・アルカディア》』
「お前の好きな女の3サイズとかは聞くなよ、50億メセタ積まれても調べられんぞ」
『変わらず苛烈で最高に横暴だ。ねぇ、君の今の居場所は? その情報を買いたい』
「……えー、まぁ、座標くらいなら。3千万メセタで手を打ちましょう」
『……ぼったくりだねぇ。いいよ、それくらい支払ってあげるよ。どうせ君の事だ、近くにいるとか、そんな具合だろう?』
「はぁーい、確かに。現在地は○△×※あたりかな」
『嘘だろう…? 随分遠いレベル…ではないね。全く、酷い話だ』
「じゃあ、忙しいからまた」
一方的に切った通信はきっと相手の機嫌を損ねることになるだろう。
しかしそんなことは大いに関係ない。今は《サーバー・リオキシス》内に起こっている解除不可能の凍結事項を確認しなければ。
管理者の仕事を増やした挙句に、面倒な処理ばかりを残してくれた案件となってしまった。
「しかし、シトリーの奴め。酷い事をしてくれたもんだ。これで104人の僕や私は皆彼女の記憶を失うことになる」
それでも所詮は代わりのきく何かであっても。
魂の無い器に感情は宿る訳もないと、言い聞かせなければ始まりもしない。
「《サーバー・アルカディア》に接続。アーカイブの再修正を開始、演算を停止し新しい素体の準備を」
宇宙に一つ、ぽつりと浮かぶ白銀の船。
遠く離れた恒星の光が届かなくなれば、システムごと停止してしまう脆く儚いそんなものでも。
「何人死んでも、何回殺されたとしても。シュリがシュリであることに代わりはない」
ひとちぼっちの戦いを、続けて行くその存在として。
最終更新:2017年04月27日 00:07