attention 本文にはNPCとの絡み及び捏造が入ります。
――――――思い返している。
「例えば夢を理解する人形がいて、愛を理解する機械があるとする。
それの組み合わせを人だと呼ぶことは近年可能になった。人間の脳を持ち体を機械とするキャストもそれに近い。
けれど人の皮を被りながら嘘を囀り、愛を夢をと嘯きながら真相をも
闇の中に屠る君を果たして人は【ヒト】と呼ぶだろうか?
機械の脳に縛られなければ全てを記録することすら、思い出を語ることすらできない君を他者は【ヒト】と呼ぶかな?」
――――――――とある男の言った正解を。正論を。
白く長く続く廊下を足を止めずに歩いていた。アークスシップ内居住区画。
ショップ街が並ぶ場所とは少しだけ離れたアークスが生活をする場所だ。
自身が身を寄せているチームのリーダー代行(本人は代行だと言っているが良く分からない)のキャストが
妹の面倒をみてくれているのと同時に、自身の素体である《006》と呼ばれる《自身》をも面倒を見てくれている。
彼女の部屋にささやかながら生活空間を貰っている《006》は自身が最初に生み出した素体の一つだった。
皆が知っている、穏やかで研究所にいたはずのシュリ、と呼ばれる男。
それの正体が人形に限りなく近い存在だと知ったら、いったいどんな顔をするのだろうか。
たぶん誰も気にとめたりなどしない。
とても簡略化された人間関係において、本物だろうが偽物だろうがそれは関係なかった。
それは血を分けた兄妹であろうが関係ない。
結局他者が求めるのは、関係のある人間においての立ち位置で、それ以外に関しては気にとめることもないのが普通なのだ。
故に《006》が人形であろうがなんであろうが、例えば
シュトリであろうが別の何かであろうが関係はない。
目の前にいる《それ》が自身の認識する当人であれば何ら問題はないのだ。
違和感を覚えたとて、何一つとして変わらないものであるならば、きっと「調子が悪かったのだ」程度で流せる問題なのだろう。
《006》という端末がとても稀有だったのは
大本である自身とかけ離れた精神構造と自己自立精神を持ってしまったことにある。
本来ならば、かの存在の人格形成を司る【サーバー・リオキシス】と
そこから精神の大本(原本)の保管されている【サーバー・フェリクリウス】へアクセスし
定期的に並列化を行うことで精神は大本の《シュトリ》という存在からかけ離れることはない。
それでも彼は。同じことを全ての素体がしている中で《006》だけは並列化を行えども、自己自立精神を持ってしまったのだ。
大誤算だった。
物に魂が宿るというのならばそれはとてもロマンティックなことだけれども。
蘇ってくる男の言葉に盛大なため息をついた。
誰もいないはずの閑散とした廊下にその音は大きく反響している。
ああ、嫌だ。
何を考えているのだ、と言い聞かせるのは簡単だった。答えなどない、異分子は削除すればいい。
この考え方からして、あの男に言わせれば「アルカディアは機械なのだ」になるのだろうが。
「苛々させられる、本当に、本当に」
ままならない現状に漏れるのはため息だけだ。
答えが見つからない訳ではない。ほぼ失われているにすぎないだけで。
何とも言えないこの微妙な感覚に深いため息が再度漏れた。導ける先などありはしない。
見据えた未来もいずれ失うかもしれない。
本当に、本当に得るものなど―――…
(これでは奴の思うツボか)
まずは頭の中を整理しようと廊下を抜けて部屋に入った。家人はいない。
シトリーはリリーパという惑星に仕事にいっているようであるし
ここの家人である
ミルヒこと『カールシュテインの化け物』は数日の間不在になるというのは分かっていた。
故に《006》の体に入ってこちら側に来たというのに。今日の予定では残り2時間。
その間に《006》に起きたバグを消化しなければ、この船に戻ってこれるのは一週間以上先になってしまう。
そうすれば最後《006》の中にアクセスできなくなれば、本体ごとこの船に着けて直接スクラップしかありえなかった。
《006》に起きた異変は間違いなく、シトリーが【追随と創現の記手】を使用したことによる
サーバー・リオキシスの改竄が原因だった。
そもそも自身が利用している『サーバー』というものの仕組みは非常に意味が分からないものだった。
昔の技術なのだか、正しい何かの運用法であるのかは知らない。
ただ用いられているのが、技術がまだ存在していた当時の古代人の『脳』であるということ。
それは人間の『脳』と当時の技術が結集された『電脳』がおり混ざったものであり、『脳』は全部で6台存在していた。
あまりにも古い記録過ぎて虫食い状態の情報だったが
はっきりしているのはその『脳』となった人間が全て何かしらの脳障害を患っていた事。
そして脳の持ち主は『脳』だけを残して全て死亡しているという事。
『脳』は現サーバーの核となり、先代のサーバー管理者であるキチェル・エノバがサーバーの仕組みを解読するまで
サーバーは全て一つの個体から作られていると思われていた。
エノワスの地下に眠っていた、あの巨大なサーバー達は。
6人の脳と電脳を用いて作られ、それを補助する機械と技術に支えられてのものであったと
サーバー管理者が知ったのがここ二十年の間だというのだから
よほどそれまでのサーバー管理者が抜けていたのか興味が無かったのか。
それでも、多少は、キチェルを恨んでいる。
彼女がこんなものを見つけなければ。
彼女がサーバーのあり方を、利用法を考えつかなければ。
きっと自身を含め、サーバーを管理するかもしれない未来の子供もまた
自身がこんな生き物なのだと知らずに済んだというのに。
だがキチェルのおかげで、巨大なサーバーを切り分けして解体する事ができることも分かっている。
いずれはこの巨大なサーバーは役目を終えて消えていく。
できれば最後のサーバー管理者に自身がなれる事を祈るのだ。
6台の『脳』に残された微妙な意識概念は、個々のサーバー一つ一つに特徴を与えたが
意見こそ交わすことができてもほぼ人格としては成り立たないはずであった…が
困ったことにシトリーからの改竄を受けてしまったからなのか。
それとも個々に分断したからなのか、各サーバーごとに時折やんわりとした命令拒絶を受けるようになっている。
いいのだ、この方向性で間違いはない。
しかし自身のサーバーである『アルカディア』を除く、5台の『脳』には代弁者たる管理者は不在だ。
いずれサーバー同士で喧嘩でも始められたらたまったものではない。
そもそも自身がサーバー管理者として6台の上に立てているのは
6台の中でメインサーバーとなる『エノバ』と呼ばれるサーバーの『脳』そのものを自身の脳に入れているからだ。
キチェルを含め、サーバーの管理者は皆、真名の後ろにエノバをつけて名乗る。
故にキチェルはキチェル・エノバであり。
彼女の呼称はレイラーナ・K・カルシャートという。
王族でもなければ貴族でもない、一般の市民から出たサーバー管理者だった。
そしてその彼女から『エノバ』の電脳を引きついだ自身を、アルカディア・エノバと各サーバー達は理解している。
[アルカディア、到着しましたか?]
やんわりと頭の奥から聞こえる声は酷く機械的だ。
サポートパートナーに扮して置いたサーバーの補助端末は、白く長い髪を持った少女の姿でそこにある。
メイリール。第3サーバーとして登録されている存在。
「着いた、到着が遅くなった済まない。始めよう」
今回の目的は《006》の調整だ。自身とのコンタクトが取れなくなれば、それはこちらでの不利に繋がる。
メイリールの手を取った瞬間、扉が開く音に振りかえった。
赤い髪に修道服。情報に少ないチームの一員という女性。
手にはミカンなのか何なのか判別は難しいが、何となく食物だろうというものを大量に抱えていた。
「…あれ? ミルヒは? シュトリはサポートパートナーの調整か何か?」
さら、と声をかけて目を細めた彼女。確か名前をクリムゾン・シスターと言った。
詳しい情報は知らないが、前にイズハルアが「あのヒルデに、友人ができた」と喜んでいた相手と同じ名前のような気がする。
サーバー情報を攫ってまで見る必要もないと緩く笑って返した。
「ちょ~っと調子悪いみたいで。メイリールは機嫌損ねちゃうと駄目なんですよ」
「へぇ、そうなの。あんまり機嫌損ねるような子に見えないのに気難しいのね」
「妹みたいでしょ? 気難しいの、でも可愛いんだよ」
「ヒルデはそんなに気難しいかしら? お兄さんから見るとそう見えるの?」
備え付けられた椅子に腰をおろした彼女は、テーブルに果物を大量に盛って行く。
「うーん、ヒルデは真面目だなぁって思いますかね。シュリには無い真面目さがあの子にはありますよ。
双子なのにヒルトとは違う方向で真面目だ。貴方みたいな友達がいてくれているからかな?」
こんな上辺だけの言葉ではきっと滑る。
言葉がどんどんと流れるように転落していくのが脳の中でシュミレーションされた。
行けない、他者と話すときはどうすれば良かったのかが思いだせない。
データの無い状態で人と話すのがこんなに難しかったということを思い切り再認識させられた。
それこそ人間ができるという《空気を読む》なんていう行為は地獄どころか発狂寸前になるんじゃないだろうかとさえ思う。
「シュトリ、貴方調子でも悪いの? 大丈夫?」
ほら来た。
「いや、どうかな、ちょっと調子悪いかも。
この子のメンテナンスが済んだらちょっと寝てこようかなぁって思ってるんだ」
「貴方が寝るって判断するの珍しいわね。
てっきり気分転換にアムドゥスキアに行ってくるとか言うのかと思った」
しまった盛大に外した。
何となく誤魔化すように笑った自身を見て首を傾げる彼女は「本当に大丈夫?」と再度声を発した。
一旦メイリールから手を離し、サーバー・リオキシスに接続申請をあげる。
現在サーバー・リオキシスはメンテナンスの真っ最中で
このメンテナンスには二日は要するという結果報告が上がってきていたのを思い出した。
しかしそんなものはどうでもよい。取りあえず、ここを切り抜けられなければ意味が無いのだ。
(アーカイブにアクセス、サーバー・リオキシスのメンテナンスを中断。
サーバー・アルカディアよりリオキシスへ情報の転換と素体データの転送を要請…)
サーバーを介して働きかけるが応答が無い。まったくシトリーも良くやってくれたものだ。
自身のサーバー・アルカディアに直接改竄を防ぐための一計とはいえ、やはりここまでの被害が出るとは。
【追随と創現の記手】の能力とはこんなにも恐ろしいのだと思い知らされる。
やはり、自身はあの能力に管理されてしまうような機械と同じなのではないかと、思い知らされる。
「ねぇ、本当に大丈夫? シュトリ」
近付いて顔を覗き込んでくれようとした彼女から離れようと立ちあがった瞬間、ぶつかった。
彼女の額と自身の額を盛大にぶつける。
一瞬、何かが止まったかのような感覚を味わった。
緩やかに座り込んだ目の前の女性は、呆然をただ宙を見つめている。
何が起こったのだ。
ただ言葉を失って座り込んでいる彼女に近づいて肩を叩くが、数秒反応が遅れたかのように見上げてくる目線と交差する。
「ごめん、大丈夫でした?」
「………えぇ」
力が無い声だった。
「如何したの、シスター。大丈夫?」
「…シュトリは、私をシスターとは呼ばないわ」
「……」
「貴方は誰? 何回も、何百回も誰かに殺され続け、それでも同じ顔で生きる貴方は何?」
突き付けられているのは真実だ。
まるで人間ではないと、そう言われるほどに正しく。等しく、これは人間ではない。
彼女はただ、声をあげたりはしなかった。
「逆に問いたい、シスター。君は何だ。何を見てそれを言っている? シュリの何を貴方は見た?
何人もの同じ顔の存在が、同一が死んでいく、殺されていく、廃棄されていく所を貴方は今見たのだろう?
それは等しくシュリだ、そして等しく僕であり、等しく私でもある。
《それが》貴方のが目の前にしているシュトリという存在の本質だ」
「私が知っている、貴方とは随分と違うのね」
「君が知るシュリは、僕の一部であり同一であって別個体だ。それが答えだ。
シュリは嘘がつけない、嘘を吐くのも苦手だ。真摯に答えてくれるのならば、君に嘘を言ったりはしない。
だから、君はこの真実をどうか」
声を緩やかに落とした。
「誰にも言わないで」
自身を人間の皮をかぶった化け物だと、言わないで。
***
「いいでしょう、分かった。
細かい事はあまり良く分からないけれど、貴方は家族や皆を守りたいと願うからそんなことをしているのね?」
「そうだ。シュリは未来を変える。国を救う、惑星を滅ぼすけれど必ず。
そのための犠牲だ、そのための金だ、そのための時間だ。でも、家族に嫌われるのは本当は嫌だよ」
「最初から相談すればいいじゃない」
さら、と告げる言葉に苦く笑うしかない。
「できれば苦労はしてない。
理解されたいと願う反面で、こんなものが国にあることすら知らない家族を巻き込みたいとも思わない。
できれば、最後の最後で恨んで欲しいと思うだけだ。嫌われるなら最後がいい。我儘だって分かってる。
国を裏切り、半身を騙し、国のために死ぬと決めた女王を謀り。
それでもシュリは妹にも、女王にも幸せに生きていてほしい。無駄に死んでほしくない。
未来のために死ぬなんて馬鹿げている。
できればヒルデやヒルトには、国にも能力にも縛られずにどうか幸せになってほしいと思う。
そのためならシュリは出来る限りの事をしたいと思うし、できればその姿を見せてほしいとも思う」
「でも、貴方は分かってるのね。この道を選べば、進み続ければ妹にも国にいる家族や大事な人たちにも
貴方は悪魔だの気が狂っただの言われて理解されない事を」
「裏切った、と思われるだろう。
家族を愛しているのならばどうしてそんなことをしたのだと、ヒルデは言うかもしれないね。
ハルアは激昂するだろう。裏切らないと誓った相手から裏切られる訳なのだから。
シトリーはきっと、シュリに変わりに泣くだろう…なぁ。困ったなぁ。
妹を泣きやませる方法をシュリは知らないから、できれば妹を宥めてくれる彼氏がいてくれることを祈りたい」
くつくつと笑って目の前の女性の手を取った。
冷たい温度だと思ったのだろう。目を細めて、言葉を発しようとした瞬間だった。
電脳が盛大なアラームを鳴らしている。会議の時間に遅れてしまう。これでは大損だと。
「ねぇ、最後に聞いていい? 貴方、そんな複数の貴方自身を用いて何をしてるの?
惑星を滅ぼすのは分かった。でもならどうして…」
「シュリは、惑星にある無駄じゃない全ての命を移住させたい。
そのために惑星を一つ買い取りたいくらいだし、居住型宇宙艦の手配も何もかも必要だ。
シュリがしているのは、文明のある全ての場所から等しく。
大量の物資と資金を得るために働いているということだ。つまり、金稼ぎだよ、シスター」
「……夢物語を実行するのって男のロマンなの?」
「さぁ? 奇跡は起こせるから奇跡なんじゃなくて、起こすことを祈り続けて進むことで降ってくるものだと思っている。
浪漫といえば聞こえはいいが、それは御伽噺に近いものだとも思っているよ」
彼女をゆっくりと立ちあがらせて見上げる。身長の高い女性と話すといつもこうだ。
あと十センチ足が長ければ良かった。
「私は、ヒルデが悲しむような事になるならいずれは言うかもしれないわよ」
「その時はシュリが全力で君を消します。……君の能力についてはいずれ時間があるときにでも。
時間が空いていれば君と一緒にデートだって構わないよ」
「遠慮するわ」
「そう? 残念だ」
サーバー・メイリールが残念そうな電子音を鳴らしている。
扉から出ていくクリムゾンを見送って、ため息を漏らした。
調整の時間はない。また今度《006》を調整するしかない。
丁度その時、サーバー・リオキシスから手続きの返事が返ってきた。
本当にわざとやっているんじゃないかと思う。
「…アーカイブに接続。サーバー・アルカディアよりサーバー・リオキシスに個体《006》の使用を返還。
10分後に再起動及び、リオキシス管理者の意識レベル調整を行い行動を始めて下さい」
最終更新:2017年04月27日 00:15