何処となく様子のおかしいククールを、トロデ王とヤンガスに任せて、
エイトは林の中に足を踏み入れゼシカを捜した。
程無くして大樹の下に膝を抱えて座り込むゼシカを見つけ、
エイトはおそるおそる声を掛けた。
「…ゼシカ?」
ピク、と怯えたように細い肩が震えて、涙に濡れた顔が振り返った。
「…エイ、ト…」
しゃくりあげるように名前を呼ぶ声に耐え切れずに、
エイトは小走りでゼシカの前に駆け寄り、その肩を優しく支えるように触れる。
号泣という感じでは無く、
ポロポロと大粒の涙を零しながら静かにゼシカは泣いていた。
「どうしたの、ゼシカ?……ククールと、何か、あった?」
ククールの名前を出すことに躊躇いながらも、顔を覗き込むようにして、
出来るだけ静かな声で問い掛ける。
落ちて来る涙を手の甲で押さえながら、ゼシカが力無く横に首を振った。
「…何でも、ないの。何でも…」
自分に言い聞かせるような声でそう繰り返す様子に、エイトは軽く息を吐いた。
それからゼシカの背中をポン、と軽く叩いて
その横に並ぶようにして地面に腰を下ろす。
「…わかったよ。じゃあ、ゼシカが泣き止むまでここにいるから」
柔らかく受け止めてくれるようなその台詞に、ゼシカは一度目を見開いたあと、
堪えきれなくなって嗚咽を零した。
「サーベルト兄さん…」
ゼシカの脳裏に忘れられない面影が過ぎる。
エイトの仕草や態度、言葉はサーベルト兄さんのものと良く似ていて、
時々ふと優しかった兄さんを思い出させる。
こんな時、あの人だったらどう言ってくれただろう。
自分はどうすれば良いのか、何て助言をくれるのだろう。
答えは出る筈も無い。
それでも、サーベルトのことも相俟ってゼシカは声をあげて泣いた。
「ゼシカが走っていっちまいましたが…何かあったでガスか?」
「これ。あまり仲間同士喧嘩しあうでない。
お前もエイトを見習ったらどうじゃ?」
膝を抱えるようにして黙り込む姿を見下ろして、
ヤンガスとトロデ王が好き好きに口にする言葉を、
ククールは黙り込んで聞いていた。
らしくないククールの様子に、二人は言葉を止め怪訝そうに顔を見合わせる。
「さては痴話喧嘩じゃな」
ズバリ、と言いたそうな仕草でトロデ王が短い指でククールを差して言い切る。
その横でヤンガスがその通りと言わんばかりに、無言でうんうん頷いている。
「……痴話喧嘩にもならねえんだよ」
一拍の間を置いて、ククールが力無く答えた後大袈裟に溜め息を零す。
その様子は明らかに落胆した色が含まれていて、
ヤンガスとトロデ王は再度顔を見合わせたあと、同じ方向に首を傾げた。
「何言ってるでやんすか。
何だかんだ言ってゼシカと仲良くやってるでがしょう?」
「そうじゃ、そうじゃ。ゼシカも最近では満更ではない様子ではないか」
息ピッタリな様子で話し掛けて来る二人を、
ククールは追い払うように顔の近くで手を振る。
「気の所為だよ。だいたいあいつは、エイトが好きなんだ」
その言葉に二人同時に驚き、目を見開いたあと顔を見合わせ、
トロデ王が何も言わず自分を指差し、
ヤンガスがそれに頷いて視線をククールに戻した。
「のう、ククール。ゼシカがそう言ったのか?」
トロデ王が小さい身体で一生懸命ククールの顔を覗き込みながら聞く。
「…直接言った訳じゃないけどな。
あの態度見てりゃあ誰だってわかるだろ」
首を振りながら投げ遣りにククールが答える。
その返答にトロデ王は首を傾げた。
「じゃが、わしらが見てる限りではゼシカはお前が好きそうじゃぞ?」
わしら、とトロデ王は横にいるヤンガスを指差し、
ヤンガスもそれに答えるようにコクコクと二度頷く。
「冗談!…オレはちゃんとゼシカに聞いたんだぜ?
そしたらあいつ、何も言わずに逃げたんだよ」
先程ゼシカが逃げ込んだ林を指差して、
幾分怒ったような調子でククールは簡単に説明する。
トロデ王は怪訝そうに顔を顰め、助けるを求めるようにヤンガスを見た。
「アッシが思うに、ゼシカの姉ちゃんは恥ずかしかったんじゃないでげすか?」
トロデ王の跡を継ぐようにヤンガスが遠慮がちな口調で言う。
「馬鹿言え。恥ずかしいからって普通逃げるか?」
「逃げるじゃろ。女子なんてそんなもんじゃ。のう?」
同意を求めるようにトロデ王はヤンガスを見て、
ヤンガスもまたそれに頷いて見せた。
「ああ、もう。お前らと話してたら一人で悩んでるのが馬鹿みたいだぜ。
ちょっと行ってくる」
ククールは煩わしそうに手を横に振りながらも、
立ち上がりゼシカの後を追うように林の中へと駆けて行った。
ゼシカの口からしっかりとエイトが好きだと、
オレの気持ちには応えられないと言う返答が聞ければ、
すっぱり諦めも付くだろうと言う僅かな希望を胸に抱いて。
颯爽と林の中に姿を消してしまうククールの後ろ姿を、
満足げに見送ったあと、トロデ王が溜め息と共に呟きを零した。
「はあ…若いもんは羨ましいのう。
わしもあんな初々しい恋がしてみたいわい」
「おっさんはもう年だから無理だと思うでげすが」
「うるさい!お前だって充分なおっさんではないか」
「おっさんにおっさんって言われる筋合いはないでガスよ!」
以下延々と子供じみた仕草や言葉で、
ぎゃーぎゃーと言い合いをする二人とは少し離れた位置、
馬の姿に戻ったミーティアが、微笑ましげに見つめていた。
「……さっき、さ。あいつにいきなり聞かれたのよ。
エイトのことが好きなのか、って。…私、驚いちゃって…だって、あんな、
あいつのあんな真剣な顔、初めて見たし…」
エイトがゼシカを追いかけて林に入ってから数分後、漸く泣き止んだゼシカは、
時折戸惑うように言葉を止めながらも、先程のこと説明していた。
それを頷きながら真剣な表情で聞き入るエイト。
「…あいつ、きっと何か誤解してるのよ。
私がエイトを好きだ、なんて…」
そうでしょう?と同意を求める声を掛けようと顔をあげて、
エイトを見た所でゼシカは言葉に詰まった。
動作に合わせて揺れる髪先を指で弄りながら、顔を僅かに伏せる。
「ごめんなさい。
別にあなたのことが嫌いだって言ってるんじゃないの…寧ろ、私は…」
ゼシカが言葉を切り、恥ずかしそうにエイトを見つめる。
何を言いたいのか察しかねて、
エイトは首を軽く傾げてゼシカを見つめ返した。
その時、遅れてゼシカを追って来たククールが
意図せずに近くの茂みをガサリと揺らした。
ククールの視界には何か言いたげに見つめあう二人の姿が映る。
チクリ、とククールの胸に針で刺されたような痛みが走る。
まさか…と思いながらも、
思わず立ち止まってその様子をジッと眺めてしまう。
「私は、エイトのこと好きよ」
数秒の沈黙のあと、ゼシカは重い口を開いた。
漸く何を言わんとしているかわかったエイトは、表情を緩めて頷きを返す。
「僕もゼシカのことは好きだよ」
その台詞にゼシカの顔も嬉しそうに綻ぶ。
一連の出来事をタイミング悪く見てしまったククールは
絶望した気持ちでその場に立ち竦んだ。
「………失恋決定、じゃねえか…。馬鹿馬鹿しくて、泣けもしねえよ…」
痛む胸を押さえるように胸元の服をギュッと掌の中に握り込んで、
掠れた声で小さく小さく呟く。
「雨でも降れば、良いのに…」
期待を篭めて見あげた空は、それを裏切るように眩しい位の晴天だった。
太陽の光が反射してククールの蒼い瞳に突き刺さる。
泣きそうに顔を歪めて、
ククールは何時までもその場所に一人立ち竦んでいた。
最終更新:2008年10月22日 02:55