「一体何があったんでゲスかねえ…」
不思議な泉の前に、放心したような表情のヤンガスが、
空を見上げてポツリと呟く。
その隣で所在なさげに立っていたトロデ王が声も無く頷いた。
突然何の前触れもなくいなくなったククールとエイトに、
理由も行き先も知る術もない他の四人は、
ただ泉の前で待ち続けるしかなかった。
ミーティアは馬の姿のまま、落ち込んだ様子も露に、
本日何度目かの泉の水を口にちびちびと飲む。
「これミーティア。あまり飲みすぎるのはいかんぞ」
その背を宥めるように撫でながらトロデ王が窘めるものの、
ミーティアは憂いをたたえた表情で、
横に首を振って聞こうともしない。
ゼシカは草むらの上に膝を抱えて座り込み、
心ここにあらずな様子で、ブチブチと身近にある草を、
手許も見ずに引き抜き続けている。
はあ…と誰のものとも付かない溜め息が零れたとき、
不意に泉の入口から草を踏みしめるようにして歩く足音が聞こえ、
咄嗟にヤンガスとトロデ王が振り返り、ミーティアが顔をあげた。
「「ククール!!」」
二人の声が驚きにハモりを響かせてから、
ようやくゼシカがハッと我に返った様子で、
立ち上がるのと同時に振り返った。
ふしぎな泉の入口の方から、
ククールが「悪い悪い」と言いながらバツの悪そうな顔で、
片手を挙げて歩いて来る姿がゼシカの視界に映る。
「ククール!」
二人とは一呼吸以上遅れて叫び、
ゼシカは逸早くククールの許に駆け寄った。
ぶつかりそうになる一歩手前で二人同時に立ち止まり、
涙に潤んだ目でゼシカがククールを見上げる。
「この、バカ!!一体どこに行ってたのよ、
何かわかんないけどエイトも一緒にどっか行っちゃうし、
本当、何かあったのかと思って心配し」
耐え切れずに薄らと涙を浮かべ、大きな声で捲くし立てるゼシカを、
ククールが何も言わずに、遠慮がちに抱き締めた。
突然全身に伝わる温もりに、驚いたゼシカの声が止まる。
「ゼシカ、…ごめん」
申し訳なさそうな声音で、ククールはゼシカの耳元に囁いて、
名残惜しそうに抱き締めていた腕を解いた。
そして何が起こったのか把握出来ずに呆然とした
ゼシカの肩に両手を置き、僅かに屈むような体勢で見つめる。
何かを言いかねて躊躇うように、ククールの双眸が左右に揺れる。
「……ごめん……好きだ」
真摯でどことなく申し訳無さそうな表情を浮かべ、
ゼシカを見上げるようにしてククールが短く告げる。
その言葉の意味を、ゼシカは瞬間理解出来ずに眉を顰めた。
「…何が?」
あまりにも間の抜けた返答にガク、とククールの肩が落ちる。
困ったように顔を顰めながらも、
ククールは気を取り直してゼシカの目を見つめ直した。
「ゼシカが…好きなんだよ。誰よりも、何よりも…………愛してる」
囁きかけるような掠れた声音で再度想いを打ち明けながら、
ククールはゼシカの口許を見つめ、目を閉じて顔を寄せた。
徐々に寄せられるククールの顔と、その言葉に、
ようやくゼシカの止まっていた思考回路が元に戻るのと同時に、
首筋から額にかけて一気に赤く染まり始める。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっと待っ」
突然のことに困惑の色を露に、
ゼシカが上擦った声をあげ制止をかけるも、
ククールの動きが止まる様子は無い。
あまりの至近距離が耐え切れずに、ゼシカは目を強く閉じた。
チュッと軽い音が聞こえてゼシカの額に柔らかい感触が伝わる。
「……オレにこういうことされるの、嫌か?ゼシカはエイトが…」
好きか、とククールが問い掛ける間も無く、
唇にキスされるかと思っていたゼシカは、
身を強張らせていた力が一瞬にして抜け、
ずるずるとその場に崩れ落ちて行く。
「お、おいゼシカ!」
慌ててククールがそれを抱きとめるも一瞬遅く、
ゼシカは赤くなった顔を両手で押さえ、
その場に座り込んで俯いてしまう。
「…ゼシカ…?」
ククールがその前に膝を付いて、心配そうに覗き込む。
「…私も…あんたのこと、悔しいけど、
すごく悔しいけど、…ずっと…好き、だったわよ…」
少しの間を置き、俯いたままのゼシカが
今にも消え入りそうな小さな声で呟くように零す。
その言葉にククールは僅かに驚いた表情を見せたあと、
目を薄めて心底安堵したような柔らかい笑みを零し、
「……ありがとう」
と短く耳元に囁きかけて、ゼシカの身体を柔らかく抱き締めた。
「…でも、いきなりこんなことされたら心臓に悪いわよ、
このバカ――――――――――――――!!!」
そんなククールの不意を突くように
ゼシカは突然真っ赤に染まった顔をあげると同時に、
勢い良く振り被ってククールの右頬を張り飛ばした。
バチーン!と大きな音があたりに響く。
「ちょ、まっ…何もそんな怒ること」
「怒るに決まってるでしょ!こんなに心配させて、
挙句の果てに私の了解無く変なことまでしようとして!」
叩かれた頬を押さえ、逃げ腰になるククールを、
ゼシカが自分の腰に手を当てて、物凄い剣幕で言い返す。
そんな二人の一連の様子を、少し離れた位置で見守っていた
ヤンガスとトロデ王はお互いに顔を見合わせたあと、
「自業自得ですげすな」
「喧嘩をする程仲が良いと言う奴じゃろうな」
と交互に安心半分、呆れ半分で呟きを零し、
やれやれと言った様子で肩を竦めると、再び旅に戻る仕度を始めた。
更にその二人よりも後方に少し離れた位置で、
ルーラでこっそり戻って来た
エイトとミーティアが寄り添うように立って、二人の様子を眺めていた。
馬の姿のままのミーティアの長い鬣を優しく撫でたあと、
柔らかく細められたその目を見つめて、エイトは幸せそうに微笑んだ。
最終更新:2008年10月22日 02:54