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暫く呆然と同じ場所に立ち竦んでいたククールは、
泣きそうに歪む顔を伏せそのまま小さな声で一つの魔法を唱えた。
「ルーラ」
短く呪文が唱えられた瞬間、ククールのいた周囲に風が巻き起こり、
そのまま風に運ばれるようにしてククールの姿が空に消える。

そこから数メートルも離れていない位置で、
突然起きた風にゼシカは小さく「きゃ」と悲鳴をあげて目を閉じ、
エイトは反射的に風の起こった方を振り返った。
(アレは…ククール?!)
ゼシカを庇うように立ち上がりながらも、
一筋の弧を描いて空の彼方へと消える姿を見て、驚きに目を見開く。
ククールがゼシカを想う気持ちにも、ゼシカがククールを想う気持ちにも、
それとなくエイトは気づいていた。
二人がその想い故に擦れ違っていることも。

(もしかして今の会話を聞いていたとしたら…
どうしよう、ククールは、何処に行くつもりなんだろう)
「エイト?」
自分に背を向けるようにして立ったまま、
腕を組んで何事か考え込んでいるエイトを不審に思い、
ゼシカは声を掛けるも、深く考え込んでしまったエイトの耳には届かない。
(いちかばちか…行ってみるしか)
ゼシカの声に気づかないまま、エイトは何かを決意した眼差しで空を見上げ、
そうして先程ククールが唱えたものと同じ呪文を大きな声で口にした。
ふわり、と地面に着地する手前で身体が一瞬浮き上がり、
トンと軽快な音を立てて目的の場所、ドニの町へとエイトは降り立った。
足が地面に着き切るのを待たずにその足を前方へ向けて走り出し、
町の入口を猛スピードで潜り抜ける。
そして目前にあった大きな酒場へと、
勢いを止めずに飛び込むようにして足を踏み入れたと同時に叫ぶ。

「ククールはいますか!?」
酒場では活動時間外の真っ昼間に、
突然大きな声をあげて入って来た青年に、
中にいた数人の人が振り返って入口を見る。
その視線の中に、今しが金髪のバニーガールを引き連れ、
裏口から出ようとしている赤い制服を男を即座に見つけると、
エイトは即座に駆け寄った。

驚きに見開かれた蒼い瞳が、ふい、とバツが悪そうに背けられる。
行こうぜ、とククールが隣にいるバニーガールの子の
腰を引き寄せて言いかけた声を遮って、エイトが口を開く。
「やっぱりココにいたんだ」
「……わざわざ追いかけて来たのか?悪趣味だな」
傍にいたバニーガールを腕を伸ばす仕草で、
先に外に出したあと追いかけて来た人物を振り返り、
馬鹿にしたような表情を浮かべてククールが返す。

一瞬、言葉に詰まりエイトは俯くも、首を横に振って見せた。
「…君の行動を咎めるつもりで来たんじゃないんだ。
僕は、もし今の旅が嫌になったら逃げても良いと思ってる。
いや、君にも他のみんなにもその権利はあるんだ」

真摯な眼差しで、一言一句確かめるように言い放つエイトから視線を外して、
ククールは自嘲気味な笑いを零す。
「だったら放って置いてくれよ。…そのうち、気が向いたら戻るからさ」
「それは構わないよ。…ただ、ゼシカが心配するから、
彼女には一言何か言ってあげて欲しい」
「そりゃあ悪かったな。でもオレなんかより、
愛するお前から伝言受けた方がゼシカは喜ぶぜ?」
一瞬躊躇うように言葉を切った後、
どことなく遠慮がちに言葉を紡ぐエイトが全部言い終わらぬ内に、
ククールが吐き捨てるように言い、そのまま背中を向けて一歩踏み出す。
「…やっぱり、ククールは誤解してるよ」
エイトはその後ろ姿を追いかけようとはせず、
僅かに首を傾げてポツリと呟くように零す。
「…何が?」
いかにも迷惑そうな表情を作りながらも、
エイトの台詞が気にかかった様子で、ククールが今一度後ろを振り返った。
「…こんなことを僕の口から言いたくはなかった。
だから黙ってた…けど、ゼシカが好きなのは僕じゃない」

エイトは、キュッと何かを堪えるように胸の上で拳を握り締めると、
普段と変わらぬ淡淡とした声音で告げた。
顔だけを振り返らせたククールの冷めた表情に、
一瞬僅かな動揺が走ったあと、おどけた仕草で肩を竦めて見せた。
「…冗談。さっき不思議な泉でゼシカから告白されたばっかりだろう?
それとも、何、オレをからかってんの?」
「僕が君をからかったり、
君が敢えて傷つくような冗談を言う人だと思ってるの?」

作り笑いのような表情を浮かべ、
どこまでも軽く受け流そうとするククールの態度に、
エイトの表情と声に僅かな怒りが篭もる。
ククールは、虚を突かれたように目を薄く見開くと、
僅かに体勢を変えてエイトと向き直り目を伏せる。

暫しの沈黙。先に口を開いたのはククールだった。
「……いや、そんなことは、思ってない…悪い」
心底申し訳なさそうな表情を浮かべ、
口許を押さえて掠れた声でククールが謝罪する。

エイトはそれに首を横に振って答えて、一拍置いてから口を開く。
「…それより、ゼシカとちゃんと向き合って、話であげて。
君のことを放っておく訳にいかなくて、一人で置いて来ちゃったんだ。お願い」
少し物悲しいような、どことなく切なそうにも見えるエイトの表情と、
最後に付け足された短い一言に、
ククールは困ったように首を傾げた後、肩を竦めた。

「……エイトにそう言われると、オレ、何も言い返せなくなるんだけど。
オレは、確かに、ゼシカの口からエイトが好きだって、聞いたぜ?」
「きっと、タイミング悪かっただけだよ」
困惑気味に言葉を紡ぐククールに、エイトは苦笑して答える。
疑惑をきっぱり否定するように言い切られてしまい、
ククールは降参したように両手を挙げた。
直後、開け放たれたままの扉の隙間から、
ひょっこりと先程のバニーガールが顔を覗かせた。
「話は終わったの?」
一度エイトをチラリと見たあと、
ククールの様子を窺うようにして尋ねる。
「いや、その話なんだが…ちょっと用事が出来たみたいでさ、」
気まずそうに髪を掻きあげ、
悪いんだけど…と続けようとしたククールの言葉を遮るように、
立てた人差し指をチッチッと横に揺らす。

「悪いんだけど、全部聞かせて貰っちゃった。
酒場にいた他の人もみ~んな、
ククールたちの話に釘付けだったみたいよ?
女の子が店内を見渡すようにして言ったその言葉に反応するように、
酒場のあちこちからゴホン、とかウン!などと言った咳払いの声や、
止めていた作業を再開するような音が響いた。
エイトはその様子を見て、困ったように頬を掻き、
ククールは呆れたように嘆息した。

「大事な女の子がいるんでしょ?ククールにも、そんな時期が来たのね。
この借りは次来てくれたときに返してくれればいいわよ。はいどうぞ」

何故か楽しそうにクスクスと笑いながら、
バニーガールの娘は外に出るのを促すように扉を開けてみせる。
ククールはチラリとエイトを見た後、
「じゃあ悪いけど、行くよ」と誰にでも無く言葉を返して、
裏口から外へ出て数歩歩いた位置で再びルーラを唱えた。
エイトは安心し切った微笑みをたたえて、その後ろ姿を見送った。

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最終更新:2008年10月22日 02:56
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