◆2010/06/23 (ⅳ)
「ビックリした?」
「・・・いや、逆に納得だよ。」
識はため息交じりに言った。
確かに最初からどことなく、怪しかった。
普通名前よりまず苗字を名乗るが、鈴は逆だった。それにこの大きな【傷】。そして致命傷にもかかわらず、【傷】に対する鈴の反応の薄さ、つまり痛みを訴える素振りのなさ。鈴が麒麟島の娘であるなら、全て解決する。
「【魂】に対する【抵抗力】、【影響力】は麒麟島の血だな。さらに正当なる後継者にしか与えられない『りん』の名を持っているときたか。」
「・・・【魂】が見える、呪われた家系よ。もちろん、私も例外じゃなく、【異能者】。」
【魂】、【異能者】。聞きなれない単語が部屋を飛び交う。しかし鈴の表情は先ほどから崩れない。壊れそうな、切ない顔で、目隠しをしている識に話しかけている。
「笑っちゃうわよね、【魂】、つまり幽霊なんて非科学的なものが見えるなんて・・・気持ち悪い。貴方も・・・そう、思わない?」
卑屈的な、自傷的な笑い。見ていられないくらい痛々しい笑み。
何が彼女をこんなに悲しい表情をさせているのだろうか。
「・・・いや。俺は、そう思わない。」
「また気休め!?同情!?・・・黙れ、黙れ!黙れっ!!黙りなさいっ!!!そんな言葉・・・いらないのよっ!!!!私に・・・私に近づかないでっ!!!!」
叫ぶ。訴える。ぶつける。彼女の、悲鳴。心の、悲鳴。
悲鳴をぶつけられながらも、識はすっと立ち上がり、鈴へと歩む。目隠ししているのにもかかわらず、一歩、一歩、ゆっくりと歩む。その様子を、たかこは黙って見ている。
そして、識は鈴の目の前にたどりついた。何にも当たらずに、まっすぐに。そしてこう言った。
「勘違いするなよ。俺はお前に興味がない。慰めるつもりなんてこれっぽちもない。」
「じゃあどういうつもりで言ったのよ!?言ってみなさいよ!?」
「俺も、【異能者】だから。」
識がそうはっきりと答えた瞬間、【光】が鈴を包み込む。橙色をした【光】、まるで太陽の様な眩しい【光】が部屋中に満ちてゆく。
「え?・・・これ、何、なの?」
「汝、思い描け。あるべき姿、ありたい姿。」
「貴方・・・何を言って・・・」
「復唱しながら、俺の言う通りやれ。」
「?」
「大丈夫だって、心配すんな。」
「・・・信じていいのね?」
「いいからやれっつーの。」
「・・・汝、思い描け。あるべき姿、ありたい姿。」
鈴は思い描く。あるべき姿、ありたい姿を。
広い荒野。いくら見渡しても、近代的な建物は見えない。限りなく続く広い大地。そこを駆け回る、二匹の麒麟。一匹は優雅に、気高く舞っている。もう一匹はまだ体躯が大きくない。しかし負けじと駆ける。飛ぶ、跳ねる。風のように、雷のように、速く、鋭く走る。
「いいぜ。ここからは復唱だけでいい。」
「・・・うん。」
「汝、潜れ、【深淵】へ。至れ、【真実】へ。解き放て、汝が【魂】を。」
「汝、潜れ、【深淵】へ・・・」
【深淵】。この世界の、秘密へ。
「至れ、【真実】へ・・・」
【真実】。この世界の、謎へ。
「解き放て、汝が【魂】を・・・」
【魂】。この世界の鍵を、今、解き放つ。
「【幻想操作(ソウルエフェクト)】。」
識が呟くと同時に【光】がさらに強く輝きだした。そして繭状に鈴を包んでいた【光】が鈴の体に溶けてゆく。
鈴はどこか懐かしさを感じていた。自分の中に入ってゆく、強く、眩しく、暖かい【光】。
母に抱かれるような、父に頭を撫でられているような温もり。
そして鈴はそっと、涙を、流した。何故。その理由は鈴にも分からなかった。ただ、ただ美しい雫が頬をつたっていた。温かい、優しい涙が溢れていた。
カチコチ・・・。部屋にある大きな古時計は時を刻み続けていた。時刻は十八時を過ぎている。
気がつけば【光】は全て鈴に溶けきっており、先ほどの『棘ノ家』と変わらない風景になっていた。
「お疲れだな。よくやった、識。」
「・・・ふぃー、疲れたぁ。久しぶりの大仕事だったぜ。」
識は、んーっと大きな背伸びと欠伸をしながら、目隠しを外した。何のための目隠しかすら忘れて。
「あっ!こら、待て!愚弟!」
「ん?なんだよ、たか姉・・・。」
たかこが識を止めようとした時にはもう遅かった。
識の目の前には未だ涙が止まらず、儚げに泣いている少女がいた。その少女の姿は、【傷】などもう跡すらあらず、見蕩れてしまうような美しさだった。
識は鈴のことを素直に、綺麗だ、と思えた。下着しか着けていない鈴を見て。
「あ、あ、いや、ワザとじゃ・・・あ、いや、お、お前、に興味なんて・・・」
「・・・なの?」
「ないって・・・え?」
識が予想していたビンタはとんでこなかった。とんできたのは鈴の聞き取りにくい声だった。鈴の様子は負っていた【傷】がなくなり安堵したのか、立っているのもおぼつかない。
「貴方達・・・何者、なの・・・?」
そう言い終わると同時に、鈴の視界は暗転する。深い眠りへと誘う、睡魔が鈴に訪れる。しかし鈴は、失う意識の中で、識の声をはっきりと聞いた。
「・・・【深淵】に辿り着いた、【異能者】さ。」
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最終更新:2010年03月29日 10:42