EX 3.
氷柱は警察署から出てきた。
特に何か悪いことをした、というわけではない。紅葉を保護してもらうために警察に預けてきたのである。
警察署の外では、氷柱を預けるきっかけとなった人物がいるのではないかと氷柱は警戒をしながら見渡したが、いなかった。
ロングコートを纏った人物。以前探偵事務所へとやってきた女――千代もロングコートを纏っていたが、それとは別だ。
氷柱が考えるに、あれが“鬼”という存在なのだろう。最近巷で殺人事件を起こしている犯人なのだろうと予想はできる。
だが、なぜ竹林に囲まれた社で会い、氷柱と紅葉を追いかけてきたのか。そこの見当がつかなかった。
無差別に殺していると聞いていたが、それがたまたま今日自分たちになったということなのだろうか。それに、紅葉は一度襲われたとも聞いている。その際は玉藻が庇って守ったそうだが、そのときに紅葉を殺すことができなかったから改めて来たということなのだろうか。
特に何か悪いことをした、というわけではない。紅葉を保護してもらうために警察に預けてきたのである。
警察署の外では、氷柱を預けるきっかけとなった人物がいるのではないかと氷柱は警戒をしながら見渡したが、いなかった。
ロングコートを纏った人物。以前探偵事務所へとやってきた女――千代もロングコートを纏っていたが、それとは別だ。
氷柱が考えるに、あれが“鬼”という存在なのだろう。最近巷で殺人事件を起こしている犯人なのだろうと予想はできる。
だが、なぜ竹林に囲まれた社で会い、氷柱と紅葉を追いかけてきたのか。そこの見当がつかなかった。
無差別に殺していると聞いていたが、それがたまたま今日自分たちになったということなのだろうか。それに、紅葉は一度襲われたとも聞いている。その際は玉藻が庇って守ったそうだが、そのときに紅葉を殺すことができなかったから改めて来たということなのだろうか。
「鬼なら、私を見るなり逃げていったわよ。目敏いというか、用心深いというか。私が何なのか悟ったみたいね」
氷柱へと近づいてくる影。月を背負い、暗闇に立つ幽霊か何かと錯覚してしまう。
でも、その声から誰なのかは察知した。異端狩りの千代だ。
でも、その声から誰なのかは察知した。異端狩りの千代だ。
「あなたが追い払ったの?」
「追い払ったというより、鬼の気配を感じてきてみれば逃げられました、とさ」
「追い払ったというより、鬼の気配を感じてきてみれば逃げられました、とさ」
千代は両手を広げておどけて見せた。その手には月の光を浴びてなのか、街灯の光を浴びてなのか、鈍重に光る十字型のナイフ――スティレット――が握られていた。
「そう。でも助かったわ。あれに追われてどうしようかと思ってたところだから」
「へえ、助けた気はなかったんだけど。ま、そう思ってくれるならそれでいいわ」
「へえ、助けた気はなかったんだけど。ま、そう思ってくれるならそれでいいわ」
千代はナイフを逆手に持つと、刀身を袖の中へと納めた。
「さてさて、面白いわね。鬼を追っかけてきてみれば、如月氷柱に会えるなんて。どんな因果なのかしら?」
「知らないわよ。勝手に想像でもしてなさい。でも、話せば何か出てくるかな?」
「知らないわよ。勝手に想像でもしてなさい。でも、話せば何か出てくるかな?」
氷柱はニヤリと口を歪めた。鬼を退治すべくやってきた千代なら自分の知らない情報を持っているかもしれない、そう思ったのだ。とはいえ、訊いたところですぐに答えてくれるとも思えない。だから、情報交換としてなら聞きだせるだろう、と。
千代は気が乗らないのか、訝しそうな目を氷柱へと返してくる。
千代は気が乗らないのか、訝しそうな目を氷柱へと返してくる。
「……仕方ないか。何かと曰くつきの探偵の話を聞く暇はないのだけれど、今のままじゃ鬼に逃げられるばかりになりそうだし、話してもらいましょうか」
「分かってるじゃない――」
「分かってるじゃない――」
―― ◇ ――
先ほどまで空が澄んでいて蒼い月を眺めることができたのだが、次第に雲が空を覆い、暗々とした空へと変わっていった。
淀んだ空からは、それとは裏腹なものが降りてくる。夜の暗さで鮮明さは失われているが、街灯などの明かりに映し出される白。雪だ。
淀んだ空からは、それとは裏腹なものが降りてくる。夜の暗さで鮮明さは失われているが、街灯などの明かりに映し出される白。雪だ。
「冷えてくるなと思ったら、雪か」
安綱は軽く身震いをすると、身をすぼめて通りを歩いていく。
静かな通り。時間は深夜帯へと入っている。周りはみな寝静まっているのだから、静かなのは当たり前だ。
そんな夜中になぜ通りを歩いているのか。近くのコンビにまで買い物、というわけではなく、“鬼”を探し出すためだ。
連続殺人事件が起きているのだから、犯行は深夜に行われるのではないか。ならその深夜なら“鬼”に出くわす確率だって上がるだろう、そう思ったのだ。
ただ、現実には昼も夜も関係なく事件が繰り返されている。安綱はそれを知らないのである。いや、安綱だけではない。当事者、もしくはそれに近しいものしか知らないことなのである。なぜなら、事件に関する情報を下手に広めてしまえば、住民に必要以上の危機感を煽ってしまうからだ。必要以上の危機感でパニックを起こされてしまっては治安のためにもよくないという見解のもと、情報統制を行い、夜には出歩かないようにという程度の戒厳令を与えているだけに済ませているのである。
静かな通り。時間は深夜帯へと入っている。周りはみな寝静まっているのだから、静かなのは当たり前だ。
そんな夜中になぜ通りを歩いているのか。近くのコンビにまで買い物、というわけではなく、“鬼”を探し出すためだ。
連続殺人事件が起きているのだから、犯行は深夜に行われるのではないか。ならその深夜なら“鬼”に出くわす確率だって上がるだろう、そう思ったのだ。
ただ、現実には昼も夜も関係なく事件が繰り返されている。安綱はそれを知らないのである。いや、安綱だけではない。当事者、もしくはそれに近しいものしか知らないことなのである。なぜなら、事件に関する情報を下手に広めてしまえば、住民に必要以上の危機感を煽ってしまうからだ。必要以上の危機感でパニックを起こされてしまっては治安のためにもよくないという見解のもと、情報統制を行い、夜には出歩かないようにという程度の戒厳令を与えているだけに済ませているのである。
――しかし、歩けど歩けど鬼らしい存在に出くわさなかった。
見るのは時折酔っ払って終電間際で帰ってくるサラリーマン。こんな寒い時季なのだから途中で寝たりせずまっすぐ家に帰れよと思う程度しかないのだ。
今日で何日目だろうか、こうして夜の街を歩き回るのは。それも雪の降るような時季の寒さに耐えながらだ。ただでさえ夜の街は静かで億劫になるというのに、寒さも連なると鬱々としてくる。
安綱は携帯電話を取り出し、時刻を確認した。深夜3時を回ったところだ。
今日で何日目だろうか、こうして夜の街を歩き回るのは。それも雪の降るような時季の寒さに耐えながらだ。ただでさえ夜の街は静かで億劫になるというのに、寒さも連なると鬱々としてくる。
安綱は携帯電話を取り出し、時刻を確認した。深夜3時を回ったところだ。
「さて、寒いし、今日は帰るか。朝まではさすがに体が持たない」
携帯電話をポケットへと戻し、帰路へつこうとしたときだ。
白い動物が目の前へと躍り出てくる。
こんな寒い中、野良猫が歩き回っているのか、などと思ったが猫ではない。猫にしては体が大きく、むしろ犬といっていいだろう。でも、犬というわけでもない。
白い動物が目の前へと躍り出てくる。
こんな寒い中、野良猫が歩き回っているのか、などと思ったが猫ではない。猫にしては体が大きく、むしろ犬といっていいだろう。でも、犬というわけでもない。
「狐……か、こいつは?」
安綱は白狐を見る。白狐は安綱を見返してくる。
白狐は身構えた。街の中を走っていたら突然目の前に人間が現れた、といったところだろうか。それなら安綱にとっても同じだ。
白狐は身構えた。街の中を走っていたら突然目の前に人間が現れた、といったところだろうか。それなら安綱にとっても同じだ。
「こんなところで狐なんか見るとは、思いも寄らなかった。誰かが飼ってた奴でも逃げたのか?」
「――別に誰にも飼われてないわよ」
「っうわっ、狐が喋った。俺、起きながらにして夢でも見てんのか?」
「――別に誰にも飼われてないわよ」
「っうわっ、狐が喋った。俺、起きながらにして夢でも見てんのか?」
白狐が言葉を発したが為に、安綱は後ろへと飛びのいた。深夜とあっていつも以上の閑静な住宅街に安綱の素っ頓狂な声が響き渡る。
「悪かったわね。夜な夜な狐が人の言葉を話して。怪談話にでもすればいいわ。
――っと、ここに人がいるのはいいタイミングね。手伝ってもらおうかしら」
――っと、ここに人がいるのはいいタイミングね。手伝ってもらおうかしら」
そんな白狐を見て、安綱はこの白狐を人間のように感じた。人間でなく狐だというのに、人の言葉を話す以外の仕草から人間のように見えたのである。
これが高じてなのか、安綱は余りパニックにならずにすんだ。
これが高じてなのか、安綱は余りパニックにならずにすんだ。
「狐が手伝えって? 化かすつもりか?」
「ははっ、言ってくれるわね。ただの人助けをしてもらおうと思っただけ。それとも、こんな姿でたくさん人がいるようなところに行って、人の言葉を話した方がいい?」
「狐が人助け、か。化かすのが生きがいだと思ってた」
「言ってなさい。いずれ化かしてあげるわよ――」
「ははっ、言ってくれるわね。ただの人助けをしてもらおうと思っただけ。それとも、こんな姿でたくさん人がいるようなところに行って、人の言葉を話した方がいい?」
「狐が人助け、か。化かすのが生きがいだと思ってた」
「言ってなさい。いずれ化かしてあげるわよ――」
白狐はそう言うとそそくさと歩き出した。その歩みは速く、後ろからついていく安綱が早歩きになるほどだ。
大通りへとやってくるが、車の通りも少なく、人の通りは全くといっていい。狐と一緒に歩いているのを見たら、人は何と思うのだろうか。狐を見てびっくりするのだろうか。それとも、暗闇の中だから狐と判別できなくて、犬の散歩か何かと見るのだろうか。
安綱はそんなことを考えながら小さく溜息を吐いた。
白狐が裏通りへと入っていく。
安綱も裏通りへと入っていき、そこで白狐が足を止めているのを見た。
白狐の前、建物の壁に背をつけてうずくまる人の姿。しばらくここへといたのだろうか、その人には雪が積もっている。
大通りへとやってくるが、車の通りも少なく、人の通りは全くといっていい。狐と一緒に歩いているのを見たら、人は何と思うのだろうか。狐を見てびっくりするのだろうか。それとも、暗闇の中だから狐と判別できなくて、犬の散歩か何かと見るのだろうか。
安綱はそんなことを考えながら小さく溜息を吐いた。
白狐が裏通りへと入っていく。
安綱も裏通りへと入っていき、そこで白狐が足を止めているのを見た。
白狐の前、建物の壁に背をつけてうずくまる人の姿。しばらくここへといたのだろうか、その人には雪が積もっている。
「この子を助けて欲しい」
と白狐が言うので、安綱はしゃがんでその人を間近で見た。
「う、そだろ……何でこいつがこんなところに」
積もっている雪を払いのけ、安綱は息を呑んだ。目の前でうずくまっているのが紅葉だったからだ。
意識はないのか目を瞑っており、呼吸はとても小さい。頬へと触れるととても冷たい。
意識はないのか目を瞑っており、呼吸はとても小さい。頬へと触れるととても冷たい。
「おい、これはどういうことだ?」
安綱は訳を聞こうと白狐へと振り向いたが、そこにはもう白狐の姿はなかった。「くそっ」と言葉を吐き捨てると、上着を脱いで紅葉を包んだ。その上から抱きしめて体を温めてやる。このぐらいでは簡単に温まることはない。でも、このままにはしていられない、と抱きしめたまま携帯電話を取り出した。
「待ってろよ、今救急車を呼んでやるからな。死ぬんじゃないぞ――」
携帯電話のボタンを押す指が震える。焦るからなのか、この寒さからなのか。
震えるなと心の中で叱咤しても止まらない。みっつの数字を入力するだけなのに。
そんな中、無情にも雪は降り続ける――
震えるなと心の中で叱咤しても止まらない。みっつの数字を入力するだけなのに。
そんな中、無情にも雪は降り続ける――
EX 4.
喫茶「BLACK CAT」
店の奥、窓際の席に珈琲のみのオーダーで数時間居続ける二人、千代と氷柱。
店からしてみれば数時間もいるのだからもう少し注文をして欲しいといったところか。でも、二人を気にもせずにカウンターの奥でのんびりと店内に響き渡らせているラジオの音楽に耳を傾けている。
地域のみ発信のFMラジオで、邦楽から洋楽、年代も数十年前のものから最近のものまで、ジャンルも時代も幅広く扱っている。中でも、映画に関する音楽の流れる確率が多いという点がこのラジオ局の特徴だ。
ちょうど今流れているのは、古い洋楽だ。それも古い映画で、土砂降りの中での歌うシーンがとても有名なものだ。
この音楽をバックに、千代が空になったカップを置いた。
店の奥、窓際の席に珈琲のみのオーダーで数時間居続ける二人、千代と氷柱。
店からしてみれば数時間もいるのだからもう少し注文をして欲しいといったところか。でも、二人を気にもせずにカウンターの奥でのんびりと店内に響き渡らせているラジオの音楽に耳を傾けている。
地域のみ発信のFMラジオで、邦楽から洋楽、年代も数十年前のものから最近のものまで、ジャンルも時代も幅広く扱っている。中でも、映画に関する音楽の流れる確率が多いという点がこのラジオ局の特徴だ。
ちょうど今流れているのは、古い洋楽だ。それも古い映画で、土砂降りの中での歌うシーンがとても有名なものだ。
この音楽をバックに、千代が空になったカップを置いた。
「さて、話はこれで終わりね。参考になったような、ならなかったような、そんな感じしかしないね」
「こちらとしては、参考になったかな。こんなのまで用意してもらえて」
「こちらとしては、参考になったかな。こんなのまで用意してもらえて」
氷柱の手には大判の封筒がある。中は書類をはじめ、本や写真などが納められている。
「結局どこまで行ってもヘボ探偵なのね。大した情報をもらえないし。
――でも、“あの子”の能力には興味があるわ。少し調べさせてもらってもいいかしら?」
「異端狩りのあなたに目をつけられるなんて、教えなければよかったわね」
「別に狩りはしない。それとひとつ。その子を見張っておいた方がいいんじゃないの? これは私からの忠告」
――でも、“あの子”の能力には興味があるわ。少し調べさせてもらってもいいかしら?」
「異端狩りのあなたに目をつけられるなんて、教えなければよかったわね」
「別に狩りはしない。それとひとつ。その子を見張っておいた方がいいんじゃないの? これは私からの忠告」
千代は立ち上がった。テーブルに置かれている伝票を手にすると、氷柱に背を向けた。
カウンターへと行き、伝票と紙幣を店主の前へと置いた。「釣りはいらないわ」と店主へと告げると、千代はそそくさと店から出た。
ポケットから紙切れを取り出した。先ほど氷柱と話をしているときにメモをもらったのだ。そこに書かれているのは人の名前だ。「戸隠紅葉」とだけ書かれていた。
千代はその「戸隠」の部分をただじっと見ながら、息を吐いた。
脳裏に何かが引っかかる。何が引っかかるのかそこまでは分かっていないが、「戸隠」の名前に何かがあるのだろうとだけ感じた。
カウンターへと行き、伝票と紙幣を店主の前へと置いた。「釣りはいらないわ」と店主へと告げると、千代はそそくさと店から出た。
ポケットから紙切れを取り出した。先ほど氷柱と話をしているときにメモをもらったのだ。そこに書かれているのは人の名前だ。「戸隠紅葉」とだけ書かれていた。
千代はその「戸隠」の部分をただじっと見ながら、息を吐いた。
脳裏に何かが引っかかる。何が引っかかるのかそこまでは分かっていないが、「戸隠」の名前に何かがあるのだろうとだけ感じた。
千代は街の中へと消えていく。今日もまた鬼を捜して――
―― ◇ ――
まさか、あんなものを見るとは思わなかった。
これが安綱の正直な感想だ。
紅葉と一緒に知人とやらの見舞いへといったのだが、そこで何気なく見ていたものに正直驚いたのだ。
もとは探偵と称していた氷柱から受け取った封筒の中に入っていたものなのだが、それを紅葉が病室で知人――鳥羽玉藻と称する女と一緒に見だしたのだ。
安綱にとって二人が何を調べているのか気にもしていなかったし二人で調べているものに首を突っ込んで掻き回しても仕様がないと考えていたので、はじめはのんびりと二人の話が終わるのを待っていたのだ。
でも、書類に本に写真にと広げるものだから、見ようと思わなくても目に入ってしまうものだ。そして、安綱はその中の写真に思わず手を伸ばしていた。
竹林、社、小高い丘、古い街並み、とこの街に関するものばかりだ。
ひとつひとつ写真を眺めていき、竹林と社の写真と幾度となく見てしまう。
何でこれが写っている写真がこんなところにあるのだろうか。そもそも紅葉は何を調べようとしているのか。気になるとなおさら写真に見入ってしまう。
安綱は代々“鬼殺し”の役割を受け継いでいる。その役割があるからこそ、“鬼”がどういうものかを知っていた。また、“鬼”がどこへと封じられていたのか、それも知っている。
安綱が今手にしている写真には、その“鬼”が封じられている場所が写っているのだ。
安綱は内心焦っているのを悟られないように二人を見た。二人の話に聞き耳を立てると、間違いなく“鬼”が封じられていた社の話をしている。
だがなぜだ? 社についてのレポートか何かを作成でもしているというのだろうか? 街の歴史についてのレポートとも考えられる。現に、街の歴史が記された本がる。
だけど、“鬼”について調べているのだろう、そんな考えが他の考えを塗りつぶしていく。
紅葉には“鬼”に関わってほしくないと思っていたというのに――
これが安綱の正直な感想だ。
紅葉と一緒に知人とやらの見舞いへといったのだが、そこで何気なく見ていたものに正直驚いたのだ。
もとは探偵と称していた氷柱から受け取った封筒の中に入っていたものなのだが、それを紅葉が病室で知人――鳥羽玉藻と称する女と一緒に見だしたのだ。
安綱にとって二人が何を調べているのか気にもしていなかったし二人で調べているものに首を突っ込んで掻き回しても仕様がないと考えていたので、はじめはのんびりと二人の話が終わるのを待っていたのだ。
でも、書類に本に写真にと広げるものだから、見ようと思わなくても目に入ってしまうものだ。そして、安綱はその中の写真に思わず手を伸ばしていた。
竹林、社、小高い丘、古い街並み、とこの街に関するものばかりだ。
ひとつひとつ写真を眺めていき、竹林と社の写真と幾度となく見てしまう。
何でこれが写っている写真がこんなところにあるのだろうか。そもそも紅葉は何を調べようとしているのか。気になるとなおさら写真に見入ってしまう。
安綱は代々“鬼殺し”の役割を受け継いでいる。その役割があるからこそ、“鬼”がどういうものかを知っていた。また、“鬼”がどこへと封じられていたのか、それも知っている。
安綱が今手にしている写真には、その“鬼”が封じられている場所が写っているのだ。
安綱は内心焦っているのを悟られないように二人を見た。二人の話に聞き耳を立てると、間違いなく“鬼”が封じられていた社の話をしている。
だがなぜだ? 社についてのレポートか何かを作成でもしているというのだろうか? 街の歴史についてのレポートとも考えられる。現に、街の歴史が記された本がる。
だけど、“鬼”について調べているのだろう、そんな考えが他の考えを塗りつぶしていく。
紅葉には“鬼”に関わってほしくないと思っていたというのに――
紅葉が玉藻のアパートで寝泊りすると言ったので、安綱はそこまで彼女を送り届けた。
紅葉の家は警察の検分で出入りに自由が利かない。それを考えれば、他の場所でゆっくりと体を休めたいのだろう。それを思ったからこそ、安綱は送り届けるだけにとどめておいた。
一緒にいてもよかったのだが、色々なことが起きていて気疲れしているだろう、と安綱なりに気遣ったのである。
紅葉の家は警察の検分で出入りに自由が利かない。それを考えれば、他の場所でゆっくりと体を休めたいのだろう。それを思ったからこそ、安綱は送り届けるだけにとどめておいた。
一緒にいてもよかったのだが、色々なことが起きていて気疲れしているだろう、と安綱なりに気遣ったのである。
家へと帰り、祖父のいる部屋へと安綱は足を運んだ。
祖父は先代の安綱を名乗っており、とても厳格な人だ。いつも、渋柿でもかじっているかのような顔をしており、人前では笑っているところを見せることがない。でも父からの話では外見は何であれ、とても優しい人だ、とのことだ。確かに、安綱がまだ幼いころには如何にも孫を可愛がる祖父らしく優しい笑みを見せていたような記憶がある。
そんな厳格な祖父だからなのか普段はあまり祖父の部屋には行かない。嫌い、というわけではなく、用がなければ不用意に近づいてはいけない、と子どもながら思ってしまってのことだ。孫と祖父の関係なのだから、普通に接してもいいだろうにと分かっているが、なかなか足が進まないのだ。
でも、今回ばかりはそうも言っていられない。
紅葉が“鬼”と関わりを持っていると分かったので、一刻も早く“鬼”を退治しなければと思ったのだ。そして、退治するのならば、退治するための道具が必要だ、と。
祖父は先代の安綱を名乗っており、とても厳格な人だ。いつも、渋柿でもかじっているかのような顔をしており、人前では笑っているところを見せることがない。でも父からの話では外見は何であれ、とても優しい人だ、とのことだ。確かに、安綱がまだ幼いころには如何にも孫を可愛がる祖父らしく優しい笑みを見せていたような記憶がある。
そんな厳格な祖父だからなのか普段はあまり祖父の部屋には行かない。嫌い、というわけではなく、用がなければ不用意に近づいてはいけない、と子どもながら思ってしまってのことだ。孫と祖父の関係なのだから、普通に接してもいいだろうにと分かっているが、なかなか足が進まないのだ。
でも、今回ばかりはそうも言っていられない。
紅葉が“鬼”と関わりを持っていると分かったので、一刻も早く“鬼”を退治しなければと思ったのだ。そして、退治するのならば、退治するための道具が必要だ、と。
「ふぅむ。乗り気でなかったお前が、なぜ今になって乗り気になったのか。少々知りたい気がするがのぅ。まぁ、よい。理由が何であれ、乗り気になったのだ。用意しよう、“あれ”を」
祖父が皺くちゃの笑みを見せた。いつもの渋柿のイメージとはかけ離れた温和な笑みだ。
安綱は祖父の笑みに少々驚きはしたものの、家族なのだからと考えたら驚くこともないなと結論付けた。
道具を用意してくれるという祖父へと深々と頭を下げ、祖父の部屋から出る、いや、出ようとしたときだ――
安綱は祖父の笑みに少々驚きはしたものの、家族なのだからと考えたら驚くこともないなと結論付けた。
道具を用意してくれるという祖父へと深々と頭を下げ、祖父の部屋から出る、いや、出ようとしたときだ――
「はてさて、好きな娘でもいるのかのぅ」
ボソリと祖父が言ったのだ。声自体は小さかったのだが、安綱の耳にはっきりと聞こえてしまった。
かあぁっと安綱の顔が赤くなっていく。祖父には背を向けているので、顔を見られることはないのだが、図星を突かれて小っ恥ずかしくなったのだ。
確かにそうなのだから否定はできない。紅葉は“鬼”に何かしろの関係があるといっていい。だからこそあの社について調べていたのだろうし、“鬼”へと一歩一歩近づいているのは間違いない。
そんな紅葉を何が何でも守るためには今すぐにでも“鬼”を退治しなければならないのだ。
かあぁっと安綱の顔が赤くなっていく。祖父には背を向けているので、顔を見られることはないのだが、図星を突かれて小っ恥ずかしくなったのだ。
確かにそうなのだから否定はできない。紅葉は“鬼”に何かしろの関係があるといっていい。だからこそあの社について調べていたのだろうし、“鬼”へと一歩一歩近づいているのは間違いない。
そんな紅葉を何が何でも守るためには今すぐにでも“鬼”を退治しなければならないのだ。
「どうした?」
と祖父が訊いてくるので、安綱は「何でもない」と一言だけ返した。
祖父には安綱の考えがすべてお見通しなのではないかとさえ感じてしまう。
祖父には安綱の考えがすべてお見通しなのではないかとさえ感じてしまう。
「そうか、何でもないのなら、それでいい。若いのだから、色恋沙汰のひとつやふたつあってもいいと思ったのだがな」
カッカッカッ、と笑う祖父を尻目に、安綱肩を落として部屋から出た。
はあ、と大きく溜息を吐き、ぼりぼりと頭を掻いた。
この冬の冷たい空気が、恥ずかしさで熱くなった体を冷ましてくれる。
はあ、と大きく溜息を吐き、ぼりぼりと頭を掻いた。
この冬の冷たい空気が、恥ずかしさで熱くなった体を冷ましてくれる。
―― ◇ ――
それはとても古い昔話だ。
まだ「鬼」と呼ばれることもなかった男がいた。
その男は雪が嫌いだった。あの真っ白で冷たい雪がとても嫌いだった。
冬の寒い朝、男の伴侶として付き添ってきた女が亡くなったときに雪が降っていたから。
男が好いていた女が雪の降る中、無残に殺されたから。
他にも男が雪を嫌う理由がいくつも挙げられる。周りが勝手に言っているだけでどれも信憑性に欠け、本来の理由は分からないままだ。
いつからだろうかその男は、雪が白いのなら紅く染め上げてやろう、雪が冷たいのなら温めてやろう、と考えたのだ。
それから繰り返されていく殺戮。人の血によって雪は紅く染まり、冷たい雪が人の血で温められていく。
幾度も幾度も、雪が降るたびに繰り返されたのだ。
男が殺戮を始めてから何度目の冬を迎えたときだろうか。それを見過ごすわけにはいかない、と考える僧侶が現われた。
国中を旅している僧侶で、どこかの御山の偉い役職を持つ人だと言われている。
僧侶は男を「鬼」と称し、対峙することとなった。
結果は僧侶が勝ち、鬼は社へと封じられることとなった。
それから社では鬼を鎮めるべく祭りが上げられるようになる。
でも、時が経つにつれ、人々の頭からは鬼の存在が忘れ去られていき、祭りはおろか社を管理することすらしなくなってしまった。
時折社へと人がやってくるけれど、鬼が封じられているかを確かめるだけ。
まだ「鬼」と呼ばれることもなかった男がいた。
その男は雪が嫌いだった。あの真っ白で冷たい雪がとても嫌いだった。
冬の寒い朝、男の伴侶として付き添ってきた女が亡くなったときに雪が降っていたから。
男が好いていた女が雪の降る中、無残に殺されたから。
他にも男が雪を嫌う理由がいくつも挙げられる。周りが勝手に言っているだけでどれも信憑性に欠け、本来の理由は分からないままだ。
いつからだろうかその男は、雪が白いのなら紅く染め上げてやろう、雪が冷たいのなら温めてやろう、と考えたのだ。
それから繰り返されていく殺戮。人の血によって雪は紅く染まり、冷たい雪が人の血で温められていく。
幾度も幾度も、雪が降るたびに繰り返されたのだ。
男が殺戮を始めてから何度目の冬を迎えたときだろうか。それを見過ごすわけにはいかない、と考える僧侶が現われた。
国中を旅している僧侶で、どこかの御山の偉い役職を持つ人だと言われている。
僧侶は男を「鬼」と称し、対峙することとなった。
結果は僧侶が勝ち、鬼は社へと封じられることとなった。
それから社では鬼を鎮めるべく祭りが上げられるようになる。
でも、時が経つにつれ、人々の頭からは鬼の存在が忘れ去られていき、祭りはおろか社を管理することすらしなくなってしまった。
時折社へと人がやってくるけれど、鬼が封じられているかを確かめるだけ。
そして、社の中では一人寂しく鬼が眠っていた。勾玉として――
EX 5.
「その子を見張っておいた方がいいんじゃないの?」
これを聞いたからなのだろうか、氷柱は紅葉への興味が次第に大きくなっていくことが不思議だった。
最初はただ玉藻の知り合いという認識でしかなかった。玉藻が入院してからは、玉藻の代わりに力になってあげるか、といった程度のものだ。その点については月美が動けなくなって代わりに守ってやってと言われたというのもある。
でも、今はそういったことよりも、紅葉が一体どんなものなのか、興味がわいて仕様がなかった。
最初はただ玉藻の知り合いという認識でしかなかった。玉藻が入院してからは、玉藻の代わりに力になってあげるか、といった程度のものだ。その点については月美が動けなくなって代わりに守ってやってと言われたというのもある。
でも、今はそういったことよりも、紅葉が一体どんなものなのか、興味がわいて仕様がなかった。
玉藻の部屋、静けさだけが支配しているはずの夜中のことだ。
氷柱の耳に何かが入ってくる。ウトウトとしている意識の中、覚醒させようというのだろうか、歌が聞こえてくる。
氷柱の耳に何かが入ってくる。ウトウトとしている意識の中、覚醒させようというのだろうか、歌が聞こえてくる。
――かごめ かごめ かごのなかの――
ああ、童謡か。朦朧とした意識ではその程度の認識しかできない。でも、次第に意識がはっきりしていき、何で童謡が聞こえるのだろうかという認識を持つようになる。
目を開けてみれば、窓際に立つ人影。ベッドには氷柱一人なので、その人影は一緒に寝ていたはずの紅葉なのだろうとすぐに分かった。
窓から入ってくるわずかな光。月の明かりではない。星の明かりでもない。街灯がこの部屋の中まで光を差しているわけでもない。雪が色々な光を反射させて入ってくる淡い光だ。
上体を起こし、顎に手を当てうつむく。
かごめかごめ、遊戯に用いる童謡に過ぎないのだが、ものすごく引っかかる感じがした。
何に引っかかるのか、社の鬼についてだ。童謡とこの社の鬼に何ら関係性はないはずなのに、引っかかって仕様がないのだ。
目を開けてみれば、窓際に立つ人影。ベッドには氷柱一人なので、その人影は一緒に寝ていたはずの紅葉なのだろうとすぐに分かった。
窓から入ってくるわずかな光。月の明かりではない。星の明かりでもない。街灯がこの部屋の中まで光を差しているわけでもない。雪が色々な光を反射させて入ってくる淡い光だ。
上体を起こし、顎に手を当てうつむく。
かごめかごめ、遊戯に用いる童謡に過ぎないのだが、ものすごく引っかかる感じがした。
何に引っかかるのか、社の鬼についてだ。童謡とこの社の鬼に何ら関係性はないはずなのに、引っかかって仕様がないのだ。
「眠れないからといって、その歌を今歌うべきじゃないと思うの」
氷柱は紅葉の背中へと声をかけた。紅葉は驚いて歌を止めると、氷柱へと振り返った。
「それとも、その歌を謡うことによって鬼でも呼ぶ気かしら?」
さらには、そう言っていた。
紅葉が鬼を呼ぶという確証はない。確信もない。ただ、何気なく思ったことを口にしただけだ。軽々しく言うようなことではない、でも、言ってしまった。勘、というやつがそれを言わせたのかもしれない。
紅葉が鬼を呼ぶという確証はない。確信もない。ただ、何気なく思ったことを口にしただけだ。軽々しく言うようなことではない、でも、言ってしまった。勘、というやつがそれを言わせたのかもしれない。
「正直な話、不思議なのよ。どうして今さらになって鬼なんて出てきたのか。雪が降っているから? だったら雪が降る年は常に鬼が出てこなければおかしい話しよね。なのに、今年に限って。それも、あなたの周りのみよ」
次々とこの口が言葉を紡いでいく。そんなにこの口は言っていることに自信があるのだろうか、と我ながら思ってしまうほどだ。
紅葉は氷柱の言葉の内容に恐れをなしているのか、それともこの氷柱の冷たい口調に恐れをなしているのか、氷柱をオドオドとした目で見るだけだ。
紅葉は氷柱の言葉の内容に恐れをなしているのか、それともこの氷柱の冷たい口調に恐れをなしているのか、氷柱をオドオドとした目で見るだけだ。
「事件は常にあなたの周りで起きていたの。あなた自身はよく知らないことだし、あなたの周りというだけであなたの関係者ではない。警察が全部の事件を公にしていないというのもあるわね」
もう自分の意思も、紅葉の気持ちも考えずに語られていく。
「何が鬼を呼ぶの? その歌? それともあなたという存在そのもの? 意識して呼んでいるようではないだろうけど。それでも、鬼を呼んでいるに違いはないと思うのよ」
ここまで言って、しまった、という感が氷柱の意識を支配していく。だからこそ、猜疑心に支配されていた自分を愚かに感じることで、我に変えることができた。
「ごめんなさい。私、どうかしてた。あなたが悪いと決まったわけじゃないのにね」
氷柱は溜息を吐き、横になって布団をかぶった。そこで、「あなたが悪いと決まったわけじゃないのにね」と言ったことによる、まだどこかで紅葉を疑っているということに吐き気を覚えた。
静かな時間が戻ってくる。紅葉がベッドに、氷柱のすぐそばに潜り込んでくるのを感じ、その顔は見えないもののきっと哀しみに包まれていることだろうと考えると、氷柱は心の中で紅葉に謝っていた。
静かな時間が戻ってくる。紅葉がベッドに、氷柱のすぐそばに潜り込んでくるのを感じ、その顔は見えないもののきっと哀しみに包まれていることだろうと考えると、氷柱は心の中で紅葉に謝っていた。
朝日が眩しい。雪の照り返す光がとても痛い。
部屋の中ではまだ紅葉が寝息を立てている。起こさないようにして部屋を出てきたのだ。
部屋の中ではまだ紅葉が寝息を立てている。起こさないようにして部屋を出てきたのだ。
「さて、もう少し調べなきゃ。人を疑ったって、結局確証がなければ意味がないのだから――」
―― ◇ ――
――ようやく見つけた。
夜遅くから街の中を歩きはじめて、今じゃ空が明るくなり日は昇って間もない。そろそろ会社員や学生が家を出るころだろう。
そんな時間になって、ようやくなのだ。
夜遅くから街の中を歩きはじめて、今じゃ空が明るくなり日は昇って間もない。そろそろ会社員や学生が家を出るころだろう。
そんな時間になって、ようやくなのだ。
「まさか、な。こんな時間になって見つけるとは思わなかった」
塀の陰から通りを見る安綱。
通りのではロングコートを羽織ったものがいる。襟を立て、安綱のところからでは男なのか女なのか判別がつかない。
でも、安綱には分かった。あれが捜している存在、“鬼”なのだと。鬼殺しの血筋がそう訴えてくるのだ。
見つけたのなら、あとは退治するだけだ。
通りのではロングコートを羽織ったものがいる。襟を立て、安綱のところからでは男なのか女なのか判別がつかない。
でも、安綱には分かった。あれが捜している存在、“鬼”なのだと。鬼殺しの血筋がそう訴えてくるのだ。
見つけたのなら、あとは退治するだけだ。
――と思ったのだが、あれは狙ってやっているのか、たまたま運がないのか、“鬼”とは別に見知った顔が通りへと向かっているのを見つけてしまった。
「冗談だろ? 部屋の中で大人しくしていればいいものを」
安綱は“鬼”とその見知った顔――紅葉を交互に見ながら、歩みをはじめた。なるべく音を立てないように、どちらにも察知されないように、慎重に歩んでいく。
こういうときの雪の踏み鳴らす音というのは悩ましい。どんなにゆっくりと歩こうとも、踏み方しだいで音の大きさが変わってしまう。雪だけ、というならさほど音がなることもないだろう。雪の下には溶け出した水があり、さらに下にはアスファルトだ。否応なしにもベチャベチャと音を立ててしまう。
だからできるだけ雪の溶けにくくかつなるべく積もっているところを選んで足を進めていった。
あともう数歩。そうすれば、上手く背後に忍び込めるはず。
あともう数歩。そうすれば、紅葉へと手が届くはず。
どちらにも見つからないように、息を殺し、近づいていく。
こういうときの雪の踏み鳴らす音というのは悩ましい。どんなにゆっくりと歩こうとも、踏み方しだいで音の大きさが変わってしまう。雪だけ、というならさほど音がなることもないだろう。雪の下には溶け出した水があり、さらに下にはアスファルトだ。否応なしにもベチャベチャと音を立ててしまう。
だからできるだけ雪の溶けにくくかつなるべく積もっているところを選んで足を進めていった。
あともう数歩。そうすれば、上手く背後に忍び込めるはず。
あともう数歩。そうすれば、紅葉へと手が届くはず。
どちらにも見つからないように、息を殺し、近づいていく。
――紅葉の背後へと立つことができ、安堵の息を吐く。
あとは、紅葉を“鬼”から遠ざける――安全なところまで連れて行くだけだ。
とはいえ、ここで突然声をかけたところで驚かれてしまって、“鬼”に気付かれる恐れがある。ならば、どうやって紅葉を連れて行ったらいいのだろうか。
あとは、紅葉を“鬼”から遠ざける――安全なところまで連れて行くだけだ。
とはいえ、ここで突然声をかけたところで驚かれてしまって、“鬼”に気付かれる恐れがある。ならば、どうやって紅葉を連れて行ったらいいのだろうか。
仕方がない。ちょっと強引だが――
安綱は紅葉へと手を伸ばした。背後から抱き寄せるように、手で紅葉の口を覆い、これじゃ犯罪者じゃないかと我ながら呆れ返り、“鬼”から遠ざかるようにして小さい路地へ引きずり込んでいく。
「大人しくしてろ、あれに見つかるとまずい」
紅葉へと優しく声をかけて、手を放してやった。声をかけたのは、自分が誰かというのを紅葉へと分からせるためであり、手を放して暴れられないようにするためだ。
紅葉が安綱へと振り返った。その瞳には恐怖を宿していたが、安綱の声を聞いて、安綱の顔を見て、落ち着きつつあるようだ。
紅葉が安綱へと振り返った。その瞳には恐怖を宿していたが、安綱の声を聞いて、安綱の顔を見て、落ち着きつつあるようだ。
「驚かしてすまないな。あのままあそこにいたら、“あれ”に見つかると思ってな」
安綱は紅葉が落ち着きを取り戻したところで塀の陰から通りを指差した。指のさす先は“鬼”が通りを徘徊している。
紅葉は体を震わせていた。安綱のしたことによって未だに恐怖に打ち震えているのだろうか。
安綱は紅葉を後ろから抱き、「落ち着いて」と小さく声をかけた。腕の中で紅葉の震えが小さくなっていくのを感じ取り、ここまで怖がらせてしまったのは申し訳なかったな、と心の中で呟いた。
紅葉は体を震わせていた。安綱のしたことによって未だに恐怖に打ち震えているのだろうか。
安綱は紅葉を後ろから抱き、「落ち着いて」と小さく声をかけた。腕の中で紅葉の震えが小さくなっていくのを感じ取り、ここまで怖がらせてしまったのは申し訳なかったな、と心の中で呟いた。
「“あれ”に見つからないようにここから離れよう。“あれ”に関わったら命がいくつあっても足りない」
安綱は紅葉から放れると、紅葉の手を取って歩き出した。“鬼”から離れるように、紅葉を安全なところまで連れて行くために。
EX 6.
深夜の森、梟が啼いていればそれなりの風情はあるのかもしれないが、動物たちの息吹はおろか風も吹かず音というものがない。それに、森というよりも竹林とあり、深夜の森としての風情は全くないといった方がいいのかもしれない。
竹林以外は夜の闇と降り積もった雪、それと空から舞い降りてくる小さな――
竹林以外は夜の闇と降り積もった雪、それと空から舞い降りてくる小さな――
雪とは別の、大きな影が竹林の合間を滑っていく。
そこだけは、周りの静けさとは無縁だった。
風が吹いていないのに、風を切る音が響く。風が吹いていないのに、竹がざわめく。
風が吹いていないのに、風を切る音が響く。風が吹いていないのに、竹がざわめく。
「くそっ、折角見つけたというのに、この様かよっ」
竹に背をつけ、安綱は息を荒げたまま竹林の奥を見据えた。
竹林の奥、隙間に見え隠れするロングコートの影――“鬼”がゆっくりと安綱へと近づいてくるのが見える。
竹林の奥、隙間に見え隠れするロングコートの影――“鬼”がゆっくりと安綱へと近づいてくるのが見える。
夜になり、安綱はいつもどおり街を巡回していた。そして、“鬼”を見つけたのだ。偶然見つかったというべきか、紅葉のためにも何としても見つけると心に誓っていたから運が巡ってきたのか。“鬼”を見つけることができたのだ、どちらだって構わない。
あとは倒すだけ――
あとは倒すだけ――
息巻いて見せるのはいいのだが、さすがは“鬼”と称されるだけあり、そう簡単に退治されてはくれなかった。命のやり取りだ、そう簡単に退治させる奴もいないだけのことである。
安綱の握る刀が夜闇の中で不気味に光っている。空に月があるわけでもなく、周りに明かりがあるわけでもなく、刀が光っているわけでもない。雪の白さが刀を不気味に光らせている。
安綱の握る刀が夜闇の中で不気味に光っている。空に月があるわけでもなく、周りに明かりがあるわけでもなく、刀が光っているわけでもない。雪の白さが刀を不気味に光らせている。
「もう一度だ。今度こそ、やってやる」
竹から背を放し、安綱は刀を両手で構えた。構えは中段。剣先を“鬼”の中心と合わせるようにして見る。
ゆらり、ゆらりと“鬼”は竹の合間を抜けて安綱の前に立った。手には安綱の刀と同じく鈍重の光を放つものが握られている。対して刀ではなく、小太刀ほどの長さを持った刃物のようなものだ。何人もの血を啜り続けてきたはずなのに、それは錆びることもなく今もなお光を放つ。
安綱と“鬼”の視線が交差する――
ゆらり、ゆらりと“鬼”は竹の合間を抜けて安綱の前に立った。手には安綱の刀と同じく鈍重の光を放つものが握られている。対して刀ではなく、小太刀ほどの長さを持った刃物のようなものだ。何人もの血を啜り続けてきたはずなのに、それは錆びることもなく今もなお光を放つ。
安綱と“鬼”の視線が交差する――
静かな竹林の中、一際大きな音が響き渡った。
―― ◇ ――
千代は夜の街を彷徨っていた。
目的は鬼。鬼の気配を感じ取ろうとしているのだが、いくら集中して気配を探っても鬼の気配を見つけることができない。
夜も遅く、最早早朝というような時間。辺りは冬とあって暗いのだが、街中を新聞配達のバイクが疾走している音が響いている。
今日に限って街の中にはいないということなのだろうか。
千代は今夜の探索を諦めようと自動販売機の前で溜息を吐いた。
こんなにも暗い夜なのに自動販売機というものは誰がいようといまいと煌々と明かりをつけているものなのだな、といまさらな感想を持ちながら千代はコインを入れて珈琲のボタンを押した。
ガタンガタンと大きな音を出す自動販売機。これほどまで音が大きいのか、とさらにいまさらな感想を持ちながら缶を取り出す。
黄色と茶色の縞模様がついたロング缶、プルタブを引いて一口含んだ。
目的は鬼。鬼の気配を感じ取ろうとしているのだが、いくら集中して気配を探っても鬼の気配を見つけることができない。
夜も遅く、最早早朝というような時間。辺りは冬とあって暗いのだが、街中を新聞配達のバイクが疾走している音が響いている。
今日に限って街の中にはいないということなのだろうか。
千代は今夜の探索を諦めようと自動販売機の前で溜息を吐いた。
こんなにも暗い夜なのに自動販売機というものは誰がいようといまいと煌々と明かりをつけているものなのだな、といまさらな感想を持ちながら千代はコインを入れて珈琲のボタンを押した。
ガタンガタンと大きな音を出す自動販売機。これほどまで音が大きいのか、とさらにいまさらな感想を持ちながら缶を取り出す。
黄色と茶色の縞模様がついたロング缶、プルタブを引いて一口含んだ。
「……っ、何これ? こんなに甘いのははじめてよ」
千代は顔をしかめ、溜息を吐いた。珈琲は温かく体を温めてくれるのだが、その味は缶珈琲だから甘いのは当然ながらもその想像を超える甘さが口の中に広がるのである。缶にはきっちりと「練乳入り」と書かれており、千代は甘いのが駄目なのだろうかげんなりとした表情を浮かべた。
甘すぎるのが駄目だからといって、このまま中身を捨ててしまうのはもったいないらしく、チビチビと口にする。糖分は頭の栄養になるから、と自分自身を納得させるように。
甘すぎるのが駄目だからといって、このまま中身を捨ててしまうのはもったいないらしく、チビチビと口にする。糖分は頭の栄養になるから、と自分自身を納得させるように。
――珈琲を半分ほど飲んで、本当に糖分が頭を回ったのだろうか、気配を感じ取った。
離れたところ、鬼の気配を感じる。
なぜ今頃になって感じ取ったのだろうか。
なぜ今頃になって感じ取ったのだろうか。
「今頃になってのこのこと……」
珈琲の残りを一気に飲み干し、千代は駆けた。
鬼の気配は街の外れ、鬼が封じられていた社のある方角へと――
鬼の気配は街の外れ、鬼が封じられていた社のある方角へと――
―― ◇ ――
――攻撃は一方的だった。
安綱の振るう刀が幾度となく鬼へと襲い掛かっていく。
“鬼”は安綱の刀を手にしているものでいなすだけだ。
たが、安綱が攻撃をし続けるといっても安綱に分があるわけではなかった。
攻撃を繰り返していかないとならない、という強迫観念が安綱にずっと襲い掛かってくる。何がそうさせるのかは分からない。あえて言うのなら、“鬼”の持つ目だろうか、鬼灯のように真っ赤な瞳が恐怖をそそるのだ。
もしここで攻撃の手を緩めたりしたら、“鬼”が一気に攻撃を仕掛けてきて、容易く屠られかねないと危惧する。
安綱の振るう刀が幾度となく鬼へと襲い掛かっていく。
“鬼”は安綱の刀を手にしているものでいなすだけだ。
たが、安綱が攻撃をし続けるといっても安綱に分があるわけではなかった。
攻撃を繰り返していかないとならない、という強迫観念が安綱にずっと襲い掛かってくる。何がそうさせるのかは分からない。あえて言うのなら、“鬼”の持つ目だろうか、鬼灯のように真っ赤な瞳が恐怖をそそるのだ。
もしここで攻撃の手を緩めたりしたら、“鬼”が一気に攻撃を仕掛けてきて、容易く屠られかねないと危惧する。
二人が竹林から出て、社の前までやってきた。安綱の一方的な攻撃なのに、“鬼”の威圧で押し戻されてやってきてしまったといっていい。
開けた場所へと出てきたとあり、安綱は“鬼”との間合いを取った。
“鬼”は間合いが遠退いても気にもしていない様子を見せる。いつでも安綱を手にかけることができるという余裕なのだろう。
どうやったら倒せるのか。どうやって倒すのか。そんな考えを頭の中で巡らせる。
さらには、これで何度目の握り直しだろうか、手には肉刺(まめ)ができてすでに潰れている。
安綱は鬼殺しの家系だからといっても、刀を振るうようなことを日夜やっているわけではない。竹刀なら学校の授業で剣道があり、それで握った程度だ。満足に刀を振るえるわけではない。
ならどうやってこのあと“鬼”を倒すべきなのか、全く検討もつかない。ただひたすら振るい続けるしか、できることがないのだ。
開けた場所へと出てきたとあり、安綱は“鬼”との間合いを取った。
“鬼”は間合いが遠退いても気にもしていない様子を見せる。いつでも安綱を手にかけることができるという余裕なのだろう。
どうやったら倒せるのか。どうやって倒すのか。そんな考えを頭の中で巡らせる。
さらには、これで何度目の握り直しだろうか、手には肉刺(まめ)ができてすでに潰れている。
安綱は鬼殺しの家系だからといっても、刀を振るうようなことを日夜やっているわけではない。竹刀なら学校の授業で剣道があり、それで握った程度だ。満足に刀を振るえるわけではない。
ならどうやってこのあと“鬼”を倒すべきなのか、全く検討もつかない。ただひたすら振るい続けるしか、できることがないのだ。
「くそったれ。これで、何があいつを守るだ。これで、何が鬼殺しの家系だ。やってやる、やってやるっ!」
息を整えることもすでに頭の中にはない。ただ、刀を振るって相手を倒すだけ、それしか頭の中にはなかった。
中断の構えを取り、大きく深呼吸。
鼓動は収まることなく、ドクドクとその速さを体全体で感じるだけだ。
腕は刀という重いものをひたすら振り続けていたからか、悲鳴を上げるように震えている。少しでも気を抜けば、こんなにも重い刀なんてすぐに手から離れてしまって二度と握れないのではないかと思えるほどだ。
足にしたって腕と同じように震えている。ただでさえ足場の悪い雪の上を駆け巡っていたのだ、いくら運動をこなせるとしてもこのまま駆け巡り続けることが果たしてどこまで可能なのか検討もつかない。
満身創痍というには傷を負っていないのでやや語弊があるのかもしれないが、疲労だけで言うのならそれに近いものがある。どこまでこのまま戦い続けることができるのか分からない。
一度でもいいから、渾身の一撃を鬼に叩き入れたい。それができれば、勝機だって見えてくる。
難しく考えるな。手にしているこいつで鬼を叩きのめせばいいだけだ。
半ば自棄ともとれる思いを腕に、足に宿し、安綱は駆け――
一瞬のタイミングで“鬼”の方が早く動いた。
“鬼”の手にしているものでの横薙ぎが襲い掛かってくる。
安綱は刀でそれを受け止め――
中断の構えを取り、大きく深呼吸。
鼓動は収まることなく、ドクドクとその速さを体全体で感じるだけだ。
腕は刀という重いものをひたすら振り続けていたからか、悲鳴を上げるように震えている。少しでも気を抜けば、こんなにも重い刀なんてすぐに手から離れてしまって二度と握れないのではないかと思えるほどだ。
足にしたって腕と同じように震えている。ただでさえ足場の悪い雪の上を駆け巡っていたのだ、いくら運動をこなせるとしてもこのまま駆け巡り続けることが果たしてどこまで可能なのか検討もつかない。
満身創痍というには傷を負っていないのでやや語弊があるのかもしれないが、疲労だけで言うのならそれに近いものがある。どこまでこのまま戦い続けることができるのか分からない。
一度でもいいから、渾身の一撃を鬼に叩き入れたい。それができれば、勝機だって見えてくる。
難しく考えるな。手にしているこいつで鬼を叩きのめせばいいだけだ。
半ば自棄ともとれる思いを腕に、足に宿し、安綱は駆け――
一瞬のタイミングで“鬼”の方が早く動いた。
“鬼”の手にしているものでの横薙ぎが襲い掛かってくる。
安綱は刀でそれを受け止め――
宙を舞った。
最初は天地がひっくり返ったのかとも思った。けど、アドレナリンの分泌が激しいのだろうか、物事を冷静に見とれるようになっており宙を舞っているということにすぐに気がつき――
直後、社の中へと転げた。幸い扉は開けっぱなしになっていて、不要な痛手を負うことはなかった。
木張りの床を転げて痛いのだろうけど、痛みをほとんど感じない。
安綱は刀を杖代わりに立ち上がった。手足は動く、骨折している様子はない。擦り傷と打撲があるようだが、気にしなければどうということも感じない。
直後、社の中へと転げた。幸い扉は開けっぱなしになっていて、不要な痛手を負うことはなかった。
木張りの床を転げて痛いのだろうけど、痛みをほとんど感じない。
安綱は刀を杖代わりに立ち上がった。手足は動く、骨折している様子はない。擦り傷と打撲があるようだが、気にしなければどうということも感じない。
「なんて力だよ。さすが、“鬼”だな」
へヘッ、などと思ってもみない笑みが自分からもれていることに気がついた。
脈が早まっていく。アドレナリンの分泌がさらにエスカレートしているのだろうか、それとも別のものが高揚させるのだろうか、とても気分がいい。さきほどまで“鬼”に恐れていたのが嘘のようだ。
脈が早まっていく。アドレナリンの分泌がさらにエスカレートしているのだろうか、それとも別のものが高揚させるのだろうか、とても気分がいい。さきほどまで“鬼”に恐れていたのが嘘のようだ。
――笑いが止まらない。
安綱は構えると、正面に迫る鬼の姿を捉えた。
安綱の止めを刺さんと、真っ赤な瞳が煌いている――
安綱の止めを刺さんと、真っ赤な瞳が煌いている――
※EXと登場人物一覧については本編を読んだあとに見ることを推奨します。
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