霧の中に消ゆ
前書き
寒くなってきたので、また性懲りもなく・・・
ユーモアが足りん、と前作で申されたのにも拘らず、
またユーモアの少なさが目につくことになりそうで・・・
“笑い”も取れない不甲斐なさにどうぞ笑ってくだされ
ちなみに内容は「書けば官軍」に掲載されているものと同じです
寒くなってきたので、また性懲りもなく・・・
ユーモアが足りん、と前作で申されたのにも拘らず、
またユーモアの少なさが目につくことになりそうで・・・
“笑い”も取れない不甲斐なさにどうぞ笑ってくだされ
ちなみに内容は「書けば官軍」に掲載されているものと同じです
1
高いところから見下ろす夜の街。
はるか眼下から人々の音が聞こえてくるが、気にするほどの大きさではない。
むしろ聞こえてくるのは風の音。ビュウビュウともゴウゴウとも唸りを上げている。
風は雲を薙ぎ払ってしまっていて、星空を綺麗に見ることができる。
眼下の明かりがいささか星を見るに邪魔となるものの、それでもシリウスをはじめオリオンの三ツ星(アステリズム)を見ることはできた。
はるか眼下から人々の音が聞こえてくるが、気にするほどの大きさではない。
むしろ聞こえてくるのは風の音。ビュウビュウともゴウゴウとも唸りを上げている。
風は雲を薙ぎ払ってしまっていて、星空を綺麗に見ることができる。
眼下の明かりがいささか星を見るに邪魔となるものの、それでもシリウスをはじめオリオンの三ツ星(アステリズム)を見ることはできた。
その街明かりの上とも星空の下ともいえる、いわば中間といえようか、ビルの上で淡い光が浮いている。
薄っすらと青みのかかった光、例えるならシリウスがそこに出現したかのような色。
大きさは拳ほどだろうか。でも、次第に大きくなっていく。
球体だったのだが、形も大きさに合わせて変わっていく。突起物が出て、何かを模っていくのだ。
光はサッカーボールほどにまで行っただろうか、形も顕著に現われる。
薄っすらと青みのかかった光、例えるならシリウスがそこに出現したかのような色。
大きさは拳ほどだろうか。でも、次第に大きくなっていく。
球体だったのだが、形も大きさに合わせて変わっていく。突起物が出て、何かを模っていくのだ。
光はサッカーボールほどにまで行っただろうか、形も顕著に現われる。
人――
そこに光を帯びた人型が浮いていた。
それを表現するにはどんな言葉を当てようか。
妖精、とでもいうべきなのかもしれない。それの背には、虫のような薄い半透明の羽が2対。細身の体に、赤い髪、尖った耳と、神話・伝承に出てくるその姿でそこにいたのだ。
それを表現するにはどんな言葉を当てようか。
妖精、とでもいうべきなのかもしれない。それの背には、虫のような薄い半透明の羽が2対。細身の体に、赤い髪、尖った耳と、神話・伝承に出てくるその姿でそこにいたのだ。
「ウフフ、アハハ――」
それから笑い声が上がる。小さいながらも無邪気な声。
何を思いだったのだろうか、笑みを止めるとビルの縁へと寄り、眼下を見下ろした。
そのままビルの上からその身を投げ出し、眼下の街へと滑空していった。
何を思いだったのだろうか、笑みを止めるとビルの縁へと寄り、眼下を見下ろした。
そのままビルの上からその身を投げ出し、眼下の街へと滑空していった。
―― ◇ ――
別の一角、街の中では一番の高層ビルだろう。
大きな光がビルの屋上で生まれた。
光の大きさは直径2メートル前後といったところだろうか。色は黒と紫が交じり合ったもの。その周りをキラキラと煌く光の鱗粉とも呼べるようなものが舞っている。
この色だと、光というよりも夜とは別の闇というべきなのかもしれない。
その中から黒衣の男が出てくる。背丈は2メートルに届くかどうか。黒衣は襟の立ったロングコート。襟は口元まで覆い、裾は膝下まで到達する。
男が光から全身をあらわにすると、入れ替わりのように光は収縮して消えていった。
このことによって屋上は闇に包まれる。男は闇に溶け込み、アメジストのような瞳が不気味に浮き出ているだけ。
男はビルの屋上であることを確認し、縁へと寄ると眼下の街並みを眺めた。
大きな光がビルの屋上で生まれた。
光の大きさは直径2メートル前後といったところだろうか。色は黒と紫が交じり合ったもの。その周りをキラキラと煌く光の鱗粉とも呼べるようなものが舞っている。
この色だと、光というよりも夜とは別の闇というべきなのかもしれない。
その中から黒衣の男が出てくる。背丈は2メートルに届くかどうか。黒衣は襟の立ったロングコート。襟は口元まで覆い、裾は膝下まで到達する。
男が光から全身をあらわにすると、入れ替わりのように光は収縮して消えていった。
このことによって屋上は闇に包まれる。男は闇に溶け込み、アメジストのような瞳が不気味に浮き出ているだけ。
男はビルの屋上であることを確認し、縁へと寄ると眼下の街並みを眺めた。
眼下――大通りが見え、たくさんの車が行き交っている。
街路樹にはイルミネーションがかけられ、色彩豊かな明かりが灯っている。
その下は多くの人が行き交い、賑やかな様が見える。
街路樹にはイルミネーションがかけられ、色彩豊かな明かりが灯っている。
その下は多くの人が行き交い、賑やかな様が見える。
男は街並みを見下ろしていたが、夜なのに眩いばかりの光を放つ街を嫌ってなのか、目を細めて空を見上げた。
月はなく、星が散らばっている。
その中、小さな光がゆっくりと空を横切っていくのを見つけた。
男はそれを凝視し、何か言葉を口にした。ただ、襟が邪魔で何を言ったのか分からない。
月はなく、星が散らばっている。
その中、小さな光がゆっくりと空を横切っていくのを見つけた。
男はそれを凝視し、何か言葉を口にした。ただ、襟が邪魔で何を言ったのか分からない。
2-1
白――
周りは白に囲まれていた。
それとも、周りが白という色に染められていたというべきだろうか。
とにかく、白。真っ白なのだ。
ぐるりと見回してもそれは変わらない。
どんなに目を凝らしてもそれは変わらない。
いや、全くもって白、というわけでもないようだ。
薄っすらとだが、自分の足元を見ることはできた。
手を掲げれば、その手がうっすらと見える。
周りが白い何かに囲まれているのだ。
そして、その白いものというのが霧なのだろう、とここで理解することができた。
周りは白に囲まれていた。
それとも、周りが白という色に染められていたというべきだろうか。
とにかく、白。真っ白なのだ。
ぐるりと見回してもそれは変わらない。
どんなに目を凝らしてもそれは変わらない。
いや、全くもって白、というわけでもないようだ。
薄っすらとだが、自分の足元を見ることはできた。
手を掲げれば、その手がうっすらと見える。
周りが白い何かに囲まれているのだ。
そして、その白いものというのが霧なのだろう、とここで理解することができた。
明日香律は淡い光が照らされる中、誰かを求めて歩いていた。
霧に囲まれた街。自分の住まう街の中だということは分かるのだが、ここまで霧に囲まれてしまうと自分の知る街なのだろうかとさえ疑ってしまう。
空を見上げたところで、真っ白なのは変わらない。太陽らしい丸が見えるだけ。
というよりも、太陽の眩しささえ遮る霧が立ち込めているということなのか、と律は改めて霧の深さに感心した。
感心している暇がないことにハッとし、気を引き締めて歩みを進めていく。
霧で視界が悪いからこそ、足元に何があるのか分からないし、前方から何がやってくるのかも分からない。それに注意しなければならないのだ。
霧に囲まれた街。自分の住まう街の中だということは分かるのだが、ここまで霧に囲まれてしまうと自分の知る街なのだろうかとさえ疑ってしまう。
空を見上げたところで、真っ白なのは変わらない。太陽らしい丸が見えるだけ。
というよりも、太陽の眩しささえ遮る霧が立ち込めているということなのか、と律は改めて霧の深さに感心した。
感心している暇がないことにハッとし、気を引き締めて歩みを進めていく。
霧で視界が悪いからこそ、足元に何があるのか分からないし、前方から何がやってくるのかも分からない。それに注意しなければならないのだ。
「だ、誰か、いませんかぁ……」
とりあえず声を出すことで誰かしらの返事を得ようというらしいのだが、律の声は小さくとても誰かを呼んでいるとは到底思えない。
むしろ、呼ぶ気があるのかとさえ思えるほどにか細かった。
むしろ、呼ぶ気があるのかとさえ思えるほどにか細かった。
「いたら、返事してくださいぃ……」
自分でも声の小ささは分かっているのだろうけど、それでも声が小さいのは現状を把握できないからこその恐怖からくるものなのだろう。
歩いているからこそ未だ立っていられるのだが、もし歩くことをやめたらその時点で足が震えて座り込んでしまいかねない。
それだけの恐怖に苛まれているのだ。
歩いているからこそ未だ立っていられるのだが、もし歩くことをやめたらその時点で足が震えて座り込んでしまいかねない。
それだけの恐怖に苛まれているのだ。
「うぅ……誰か、いないの? 誰か……」
今にも泣きそうな声へと変わっていく。というより、目じりには涙が溜まりつつある。
幾度も幾度も幾度も幾度も、幾度も声をかけ続けるが誰も答えてくれない。誰かがいる様子すらない。
幾度も幾度も幾度も幾度も、幾度も声をかけ続けるが誰も答えてくれない。誰かがいる様子すらない。
「ねぇ……誰か……」
声を出しているのか溜息を出しているのか、それすらも判断しにくくなりつつある。
――そして、律は足を止めた。
もし、自分の通ってきた道が間違っていなければ、律の目の前には――
――そして、律は足を止めた。
もし、自分の通ってきた道が間違っていなければ、律の目の前には――
「家……だよね、ここ?」
自問し、うなずく。
霧でよく見えないが、何やら立派な門らしきシルエットが見える。
門へと近づき、表札を見つけ、目を凝らして見た。
分厚い板の表札には「明日香」と厳つい字で書かれている。
律は安堵の息を吐いた。この霧の中でも自分の家に帰ってこられたのだから。
霧でよく見えないが、何やら立派な門らしきシルエットが見える。
門へと近づき、表札を見つけ、目を凝らして見た。
分厚い板の表札には「明日香」と厳つい字で書かれている。
律は安堵の息を吐いた。この霧の中でも自分の家に帰ってこられたのだから。
「ただいま――」
普段家に帰るときと同じように門をくぐる。
霧ではっきりとは見えないが、前方には建物がふたつある。母屋と道場だ。
母屋へと息玄関の前へとたち、戸へと手をかけるのだが――
霧ではっきりとは見えないが、前方には建物がふたつある。母屋と道場だ。
母屋へと息玄関の前へとたち、戸へと手をかけるのだが――
「? あれ、開かない?」
鍵でもかかっているのだろうか、戸は全く動こうともしない。
もう、と息を吐く律。
先ほどまで恐怖に苛まれていたなんて微塵もない。自分にとって馴染みのある場所にいるからこそ精神が落ち着いているというべきだろうか。
母屋へとは入れそうもないので、もうひとつの方、道場へと足を伸ばすことにした。
もう、と息を吐く律。
先ほどまで恐怖に苛まれていたなんて微塵もない。自分にとって馴染みのある場所にいるからこそ精神が落ち着いているというべきだろうか。
母屋へとは入れそうもないので、もうひとつの方、道場へと足を伸ばすことにした。
律の家、明日香は剣術道場を営んでいる。
剣術道場と銘打っているが、主に教えているのはスポーツとしての剣道だ。でも、門下生によっては合気柔術をはじめ護身術を教えていたりもする。
律は他に兄弟がいないために、その剣術道場の跡取り娘ということになる。
現道場主の祖父が3代目なので、律は5代目となることだろう。
剣術道場と銘打っているが、主に教えているのはスポーツとしての剣道だ。でも、門下生によっては合気柔術をはじめ護身術を教えていたりもする。
律は他に兄弟がいないために、その剣術道場の跡取り娘ということになる。
現道場主の祖父が3代目なので、律は5代目となることだろう。
道場の戸も閉まっている。
これだと道場も入れないのかもしれないが、念のために戸へと手を伸ばした。
ススス、と戸は開き、道場へと入れるようだ。
これだと道場も入れないのかもしれないが、念のために戸へと手を伸ばした。
ススス、と戸は開き、道場へと入れるようだ。
「ただいま。誰かいないの?」
道場へと足を踏み入れながら声をかける。
しかし、誰も返事をしてくれない。
誰もいないのだろうか? 訝しきながら律は奥へと入っていった。
静かで肌寒い空間が広がっている。
そして、そこに人がいることに気がついた。
律には背を向けている。
男だろうか、黒いロングコートを纏っている。
身の丈は律よりもずっと高い。
剣術道場にはあまりにも不釣合いな存在だ。
律の知る人物の誰よりも背が高いことで見知らぬ人物だということに気がつく。
しかし、誰も返事をしてくれない。
誰もいないのだろうか? 訝しきながら律は奥へと入っていった。
静かで肌寒い空間が広がっている。
そして、そこに人がいることに気がついた。
律には背を向けている。
男だろうか、黒いロングコートを纏っている。
身の丈は律よりもずっと高い。
剣術道場にはあまりにも不釣合いな存在だ。
律の知る人物の誰よりも背が高いことで見知らぬ人物だということに気がつく。
「だ、誰ですか?」
声をかけるが、それは何も答えない。いや、答える代わりにこちらへと向いた。
律の見知らぬ人、見覚えのない男だ。
律の見知らぬ人、見覚えのない男だ。
「――――――」
男が何かを話したようだった。
だけど、ロングコートの襟で言葉が篭ってしまっているのだろうか、律には何を言っているのか伝わらない。
だけど、ロングコートの襟で言葉が篭ってしまっているのだろうか、律には何を言っているのか伝わらない。
「何を……言っているの?」
2-2
「――何を言っているの!?」
律は目の前の男に叫んだ――はずだった。
しかし、目の前は自分の部屋の天井。そして、自分は布団の中。
一体何が何だか分からない、といった表情で上体を起こした。
ここは間違いなく自分の部屋、でも先ほどまでは道場にいたはず。
と思ったところで、小さくくしゃみをするとその衝撃で頭が回ってきたのだろうか、それとも肌を着く寒さで目が覚めてきたからだろうか――
今まで見ていたことが夢だということに気がついた。
安堵の息を吐き、立ち上がった。
窓の前に立ち、カーテンを開ける。
窓は結露で曇っており、外の景色を見ることはできない。
律は手のひらで拭った。
冷たい感触。痛みとも取れる冷たさに顔をしかめる。
しかし、目の前は自分の部屋の天井。そして、自分は布団の中。
一体何が何だか分からない、といった表情で上体を起こした。
ここは間違いなく自分の部屋、でも先ほどまでは道場にいたはず。
と思ったところで、小さくくしゃみをするとその衝撃で頭が回ってきたのだろうか、それとも肌を着く寒さで目が覚めてきたからだろうか――
今まで見ていたことが夢だということに気がついた。
安堵の息を吐き、立ち上がった。
窓の前に立ち、カーテンを開ける。
窓は結露で曇っており、外の景色を見ることはできない。
律は手のひらで拭った。
冷たい感触。痛みとも取れる冷たさに顔をしかめる。
「外は、まだ暗いな……」
窓の外は暗く、日の明かりどころか未だに煌々と街灯が灯っている。
息を吐くと、白く染まり、そのまま窓を曇らせた。
時計を見れば午前5時までまだ10分以上ある。
律は、起きてしまったしどうしようか、と考えた。
もう一度寝てもいいのだろうけど、体は完全に目が冷めてしまっているらしく、布団に入っても眠れるかどうか分からない。
それに、今から二度寝をする必要性も見当たらないし、したところで今度は逆に寝坊しかねないとも限らない。
なら結論は“起きている”ということになる。あとは朝御飯までどのように過ごすか。
息を吐くと、白く染まり、そのまま窓を曇らせた。
時計を見れば午前5時までまだ10分以上ある。
律は、起きてしまったしどうしようか、と考えた。
もう一度寝てもいいのだろうけど、体は完全に目が冷めてしまっているらしく、布団に入っても眠れるかどうか分からない。
それに、今から二度寝をする必要性も見当たらないし、したところで今度は逆に寝坊しかねないとも限らない。
なら結論は“起きている”ということになる。あとは朝御飯までどのように過ごすか。
―― ◇ ――
着替えを終え、律は道場へと足を運んだ。
剣道で使う稽古着を纏っている。面や胴といった防具、また竹刀は手にしていない。
道場に一礼をし、中へと足を踏み入れる。
冷たい床板の上を歩んでいくと、足の裏に冷たさで痛みが走る。
道場の広まった空間の空気もまた冷たく、胴衣の上から肌に突き刺さってくる。
律は道場の真ん中へと立つと、その場で一周した。
律の他に道場には誰もいない。
大きく息を吸い、冷たい空気が肺いっぱいになったところで静かに吹く。
それを何度か繰り返し、体が寒さに馴染んできたところで、その場に正座した。
空気の冷たさに慣れてきたが、床の冷たさにまだ慣れず脛全体に冷たさが伝わり、体全体を冷やしていくのではないかとさえ思えてくる。
剣道で使う稽古着を纏っている。面や胴といった防具、また竹刀は手にしていない。
道場に一礼をし、中へと足を踏み入れる。
冷たい床板の上を歩んでいくと、足の裏に冷たさで痛みが走る。
道場の広まった空間の空気もまた冷たく、胴衣の上から肌に突き刺さってくる。
律は道場の真ん中へと立つと、その場で一周した。
律の他に道場には誰もいない。
大きく息を吸い、冷たい空気が肺いっぱいになったところで静かに吹く。
それを何度か繰り返し、体が寒さに馴染んできたところで、その場に正座した。
空気の冷たさに慣れてきたが、床の冷たさにまだ慣れず脛全体に冷たさが伝わり、体全体を冷やしていくのではないかとさえ思えてくる。
目を閉じ、心を無へと――
早々無心になれるほど律はまだ武道を極めているわけでなく、様々な雑念が頭の中を駆け巡っていく。
眉をひそめ、雑念を払おうとするが、払おうと思えば思うほど雑念は広がり大きくなっていく。
眉をひそめ、雑念を払おうとするが、払おうと思えば思うほど雑念は広がり大きくなっていく。
「ハァ……駄目駄目、こんなんじゃ」
頬を両手で叩き、活を入れる。
痛み程度では雑念を完全に払いきれないが、集中するためのきっかけとしてはよかったのかもしれない。
次第に集中が増していく。
痛み程度では雑念を完全に払いきれないが、集中するためのきっかけとしてはよかったのかもしれない。
次第に集中が増していく。
静かな空間。静かな時間。時の流れていく様を感じて取れるのではないか――
律はゆっくりと目を開いた。
時間がどのぐらいたったのか分からない。どのぐらい目を瞑っていたのかも分からない。
でも、道場の格子の窓から光が差し込んでいるのを見つけ、結構時間がたっていることだけは分かった。
耳を澄ませば鳥の囀りも聞こえてくる。
体の感覚は……空気の冷たさ、床の冷たさをすでに感じなくなってしまっている。
痛覚が麻痺してしまったのだろう。でも、律にとっては集中力が勝ったのだと思いたい。
でも、寒さに勝ろうとも、冷たさに勝ろうとも、ある雑念に勝ることができなかった。
時間がどのぐらいたったのか分からない。どのぐらい目を瞑っていたのかも分からない。
でも、道場の格子の窓から光が差し込んでいるのを見つけ、結構時間がたっていることだけは分かった。
耳を澄ませば鳥の囀りも聞こえてくる。
体の感覚は……空気の冷たさ、床の冷たさをすでに感じなくなってしまっている。
痛覚が麻痺してしまったのだろう。でも、律にとっては集中力が勝ったのだと思いたい。
でも、寒さに勝ろうとも、冷たさに勝ろうとも、ある雑念に勝ることができなかった。
夢で見た光景。夢で見た人物。夢の中の霧――
あれは何だったのだろう、そんな思いだけが込み上げてくる。
何度も何度も込み上げてくる。
雑念を払うべく、無心になろうと思っていたのに――込み上げてくるのだ。
何度も何度も込み上げてくる。
雑念を払うべく、無心になろうと思っていたのに――込み上げてくるのだ。
「誰だったのだろう……?」
仕舞いには、込み上げてくる思いが口に出るまでになっていた。
律にとっては全く見知らぬ男だった。
そして、男が何かを口にしていた。
何を言っていたのだろうか。分からずじまい。
夢だから聞き取れなかったのだろうか、例え現実で言われても聞き取れなかったのだろうか。
律にとっては全く見知らぬ男だった。
そして、男が何かを口にしていた。
何を言っていたのだろうか。分からずじまい。
夢だから聞き取れなかったのだろうか、例え現実で言われても聞き取れなかったのだろうか。
「あぁん、もう……折角集中したのに、これじゃ意味がないじゃない」
大きく溜息を吐き、うなだれた。
「考えれば考えるだけ、無駄な気がしてきた。どうせ夢だもの」
両手を挙げて伸びをする。
そのまま立ち上が――ることはできず、膝に力が入らず両手をついて足を横へと出すので精一杯だ。
長時間正座していたから足が痺れたのか、それとも寒さで感覚が鈍って力が入らないのか。
うぅ、と何とも情けない言葉を吐くと、ヨロヨロと立ち上がって道場をあとにした。
そのまま立ち上が――ることはできず、膝に力が入らず両手をついて足を横へと出すので精一杯だ。
長時間正座していたから足が痺れたのか、それとも寒さで感覚が鈍って力が入らないのか。
うぅ、と何とも情けない言葉を吐くと、ヨロヨロと立ち上がって道場をあとにした。
所詮は夢の中での話。
夢ならば、時間に立つにつれて内容なんてものは薄れていく。
夢の記憶なんて消えていく。
夢とは記憶に残りにくいものなのだから。
夢ならば、時間に立つにつれて内容なんてものは薄れていく。
夢の記憶なんて消えていく。
夢とは記憶に残りにくいものなのだから。
3-1
学校からの帰り道。
部活動は、今日は活動休止とのことで久々の早い帰宅となる。
活動休止の理由について詳しく聞かされていないが、何でも流行り病が横行したとかどうとか。
何の病気かは聞かされていないが、今の時季だと風邪かインフルエンザなのだろうと、容易に想像はつく。
人員が揃わない上に部長まで病欠というわけで、顧問が勝手ながら休止にしたらしい。
“らしい”というのは、律が直接聞いたわけではなく、同じ部活の友人から聞いた話だからだ。
部活動は、今日は活動休止とのことで久々の早い帰宅となる。
活動休止の理由について詳しく聞かされていないが、何でも流行り病が横行したとかどうとか。
何の病気かは聞かされていないが、今の時季だと風邪かインフルエンザなのだろうと、容易に想像はつく。
人員が揃わない上に部長まで病欠というわけで、顧問が勝手ながら休止にしたらしい。
“らしい”というのは、律が直接聞いたわけではなく、同じ部活の友人から聞いた話だからだ。
「律は、このあとどこか寄ってくの?」
「ううん、まっすぐ家に帰るつもりだけれど」
「ううん、まっすぐ家に帰るつもりだけれど」
律は素っ気ない返事をした。
律の隣には友人の因幡卯深がいる。一緒に帰るところだ。
その卯深が、時間があるからどこかで潰していこう、と誘ってきたのだ。
誘いに乗ってもよかったのかもしれない。けど、個人的な理由で断ったのである。
その理由というのが――
律の隣には友人の因幡卯深がいる。一緒に帰るところだ。
その卯深が、時間があるからどこかで潰していこう、と誘ってきたのだ。
誘いに乗ってもよかったのかもしれない。けど、個人的な理由で断ったのである。
その理由というのが――
「今月、お小遣いがピンチとか?」
と卯深に言い当てられてしまい、律は苦笑いを返した。
「しょうがないな。じゃ、お姉さんが何かを奢ってあげよう」
「何がお姉さんよ。学年一緒じゃない」
「学年は一緒でも、律ちゃんとは年が違うもの。だから、お姉さん」
「また“ちゃん”付けして。数ヶ月違いなだけだもん。あと少ししたら、私だって卯深と同じ年よ」
「何がお姉さんよ。学年一緒じゃない」
「学年は一緒でも、律ちゃんとは年が違うもの。だから、お姉さん」
「また“ちゃん”付けして。数ヶ月違いなだけだもん。あと少ししたら、私だって卯深と同じ年よ」
律は「失礼しちゃう」と頬を膨らませた。
けど、それを卯深は「そうね。同い年だよね」と一笑してきた。
数ヶ月の違い、そんなもの大した違いはないのだろう。
でも、律は卯深が年上に見えるときもあった。
今は、からかわれたから言い返したに過ぎない。
背格好は律よりも頭ひとつ上。スタイルにしても、律よりも女らしいといえる。
言動だって、今のからかいを除けば、律よりもずっと大人らしい考えを持っている。
そんな大人の彼女を律は羨ましく思っている。
けど、それを卯深は「そうね。同い年だよね」と一笑してきた。
数ヶ月の違い、そんなもの大した違いはないのだろう。
でも、律は卯深が年上に見えるときもあった。
今は、からかわれたから言い返したに過ぎない。
背格好は律よりも頭ひとつ上。スタイルにしても、律よりも女らしいといえる。
言動だって、今のからかいを除けば、律よりもずっと大人らしい考えを持っている。
そんな大人の彼女を律は羨ましく思っている。
「律ぅ、いつまでも怒らない。奢ってあげるから、機嫌を直して、ね?」
「分かったわよ、卯深がそこまで言うんじゃ、しょうがないな」
「フフッ」
「な、何よ!?」
「律はいつまでたっても子どもよね。奢ってあげると言ったら、すぐに機嫌を――」
「卯深!」
「分かったわよ、卯深がそこまで言うんじゃ、しょうがないな」
「フフッ」
「な、何よ!?」
「律はいつまでたっても子どもよね。奢ってあげると言ったら、すぐに機嫌を――」
「卯深!」
またからかわれたことに律は手を上げて起こって見せた。
卯深は笑いながら逃げていく。
卯深は笑いながら逃げていく。
何気ない、いつもの二人。
いつも二人でそんなことをして過ごしているのだ。
友人同士の他愛ない日常。
いつも二人でそんなことをして過ごしているのだ。
友人同士の他愛ない日常。
そんな二人の間に入ってくるかのように、男が現われた。
不躾上等、相手のことを省みず二人の前で男は足を止めた。
まるで用事があるからやってきた、と言わんばかりだ。
不躾上等、相手のことを省みず二人の前で男は足を止めた。
まるで用事があるからやってきた、と言わんばかりだ。
「な、何でしょうか?」
律は、目の前に立つ男へと問いかけた。
黒いロングコートをまっとった男。初めて見る男なのに、どこかで会ったような感じのある男だ。
男のふたつの瞳はアメジストのように輝き、どこか恐怖心を煽ってくる。
男は律の問いに何も答えない。
黒いロングコートをまっとった男。初めて見る男なのに、どこかで会ったような感じのある男だ。
男のふたつの瞳はアメジストのように輝き、どこか恐怖心を煽ってくる。
男は律の問いに何も答えない。
「ちょっとあんた、何なのよ!?」
男の視線から律を守るかのように、律の目の前に卯深が踊り出た。
卯深は男に睨みを利かせる。
男は卯深の睨みを気にもせず、卯深の後ろに立つ律を卯深越しで見てくるようだ。
卯深は男に睨みを利かせる。
男は卯深の睨みを気にもせず、卯深の後ろに立つ律を卯深越しで見てくるようだ。
「ちょっと、あんたさ!」
「……気をつけろ」
「……気をつけろ」
卯深の言葉に最後まで耳を傾けるようを一切見せず、男は一言だけを口にすると二人に背を向けてそのままどこかへと去っていった。
「何に気をつけろって言うのさ。あんたみたいのから、気をつける方が大事じゃないの」
卯深は男の背へと毒づいた。
律は何も言葉を発せず、無意識に卯深の背中、制服を掴んでいることに気がついた。
その手は震え、また、足も震えている。
律は何も言葉を発せず、無意識に卯深の背中、制服を掴んでいることに気がついた。
その手は震え、また、足も震えている。
「律……大丈夫だよ。あいつはどこかに行ったから」
卯深は律へと振り返ると、そう言いながらその手を握ってくれた。
落ち着いて、と卯深の手が言ってくれている、そんな気がした。
律は、小さくうなずくと「大丈夫」と笑みを持って答えた。
その笑みはとてもぎこちないことに自分自身でも分かっているけど、今できる精一杯のものなのだ。
落ち着いて、と卯深の手が言ってくれている、そんな気がした。
律は、小さくうなずくと「大丈夫」と笑みを持って答えた。
その笑みはとてもぎこちないことに自分自身でも分かっているけど、今できる精一杯のものなのだ。
その二人の背中へ――
「二人とも、今お帰りかい?」
と声をかけてくる。声色は男。でも、先ほどの男の声ではない。
未だ警戒心の解けていない二人は、睨むかのようにその声へと振り向いた。
未だ警戒心の解けていない二人は、睨むかのようにその声へと振り向いた。
「どうしたんだ? 怖い顔して」
よっ、なんて軽快な声で片手を上げる男。
それを見て、二人は胸を撫で下ろした。それが、見知った男だったからだろう。
それを見て、二人は胸を撫で下ろした。それが、見知った男だったからだろう。
「一馬兄さん」
律は泣きそうな顔をして、男――桜並一馬へと駆け寄った。
3-2
律は泣きそうな顔をして、一馬へと駆け寄った。
一馬は律を受け止め、困惑の目で律を見てくる。
桜並一馬、律は兄のように慕っているが血のつながりはなく、明日香道場の門下生である。兄弟子だ。
兄のように慕っているのは、一馬が小さい頃から何かと律の面倒を見てきたからだ。
なので、律はそれに甘えて「兄さん」と称しているのである。
一馬は律を受け止め、困惑の目で律を見てくる。
桜並一馬、律は兄のように慕っているが血のつながりはなく、明日香道場の門下生である。兄弟子だ。
兄のように慕っているのは、一馬が小さい頃から何かと律の面倒を見てきたからだ。
なので、律はそれに甘えて「兄さん」と称しているのである。
「どうかしたのか?」
どこか錯乱状態の律に訊いても駄目だと思ったのだろう、一馬は視線を卯深へと向けた。
「ちょっと、ね。今、変な人が来たのよ。一馬さんが来る、ほんの少し前なんだけど」
「変な人? この辺にも、変質者が出るようになったのか? 物騒だな」
「物騒だな、の一言で片付けられても困るわよ。いつも男は加害者。女は被害者。昔から、変わらないもの」
「それを言われると、男としての俺は、どう答えたらいいのか困ってしまうな。
――そうだ、せめて、家まで送ろう。それも、男ならではだと思う」
「変な人? この辺にも、変質者が出るようになったのか? 物騒だな」
「物騒だな、の一言で片付けられても困るわよ。いつも男は加害者。女は被害者。昔から、変わらないもの」
「それを言われると、男としての俺は、どう答えたらいいのか困ってしまうな。
――そうだ、せめて、家まで送ろう。それも、男ならではだと思う」
―― ◇ ――
律は卯深と一馬に家まで送ってもらった。
とはいえ、卯深は暇だから律についてきたからで、一馬は剣術道場に用があったからだ。
なので、家まで送ったというよりかは、行く先が同じだから律についてきたのである。
とはいえ、卯深は暇だから律についてきたからで、一馬は剣術道場に用があったからだ。
なので、家まで送ったというよりかは、行く先が同じだから律についてきたのである。
律の部屋。
一馬は道場へと行ってしまったので、今は卯深と一緒だ。
律は硝子盤のテーブルに紅茶の入ったカップをふたつ、自分の分と卯深の分を置いた。
一馬は道場へと行ってしまったので、今は卯深と一緒だ。
律は硝子盤のテーブルに紅茶の入ったカップをふたつ、自分の分と卯深の分を置いた。
「落ち着いた?」
「うん、お茶を淹れるぐらいには、ね」
「うん、お茶を淹れるぐらいには、ね」
律は笑顔で答えるものの、やはりどこかぎこちない。
男に声をかけられたという恐怖心がまだあるからなのだろう。
と言いたいが、別のところにあった。
夢の中で会った男――もう記憶がおぼろげでほとんど忘れてしまっているが――それとあの声をかけてきた男が同じなように思えたのである。
背が高く黒いロングコートを纏っていた、という漠然な類似点しか思い浮かばない。
その類似点から同じ存在なのだろうと恐怖心が訴えてくる。
だからといって、いつまでも引きずっているわけにはいかなかった。
卯深が心配してくる、いつものように。
卯深に心配をかけたくないのだ。
なので、平常心を装っているつもりでいる。
飽くまで“つもり”だ。
いつも心配をかけてしまうのだから、いくら隠しても“つもり”にしかならないのだ。
それが卯深にも分かっているのだろうか、気にはかけているようだけれど、これ以上訊いてくることはなかった。
男に声をかけられたという恐怖心がまだあるからなのだろう。
と言いたいが、別のところにあった。
夢の中で会った男――もう記憶がおぼろげでほとんど忘れてしまっているが――それとあの声をかけてきた男が同じなように思えたのである。
背が高く黒いロングコートを纏っていた、という漠然な類似点しか思い浮かばない。
その類似点から同じ存在なのだろうと恐怖心が訴えてくる。
だからといって、いつまでも引きずっているわけにはいかなかった。
卯深が心配してくる、いつものように。
卯深に心配をかけたくないのだ。
なので、平常心を装っているつもりでいる。
飽くまで“つもり”だ。
いつも心配をかけてしまうのだから、いくら隠しても“つもり”にしかならないのだ。
それが卯深にも分かっているのだろうか、気にはかけているようだけれど、これ以上訊いてくることはなかった。
「そうだ――」
卯深はお茶を一口飲んで、何かを思い出しかのように口を開いた。
「こんな話聞いたことある? この街に妖精がいるっていう話」
「妖精?」
「妖精?」
律は首をかしげた。
妖精、とくれば絵本をはじめ様々な文学、中にはアニメやゲームにまで幅広く出てくるとても背の小さい人のことだ。
だが、それは飽くまでフィクションの中でしかいない。
なのに卯深は、この街に妖精がいる、というのだ。
これはさすがに首をかしげるほかなかった。
その昔、妖精を写真に収めたということで、それの真偽を論じる騒動があった。
写真には少女と一緒に妖精たちの姿が写っているものだった。
しかし、その事件は捏造という結果で幕を終えている。
律はその事件を話で聞いたことがあるので、結局この街にいる妖精とやらも捏造か誰かが見た幻想なのだろうとしか思えなかったのだ。
妖精、とくれば絵本をはじめ様々な文学、中にはアニメやゲームにまで幅広く出てくるとても背の小さい人のことだ。
だが、それは飽くまでフィクションの中でしかいない。
なのに卯深は、この街に妖精がいる、というのだ。
これはさすがに首をかしげるほかなかった。
その昔、妖精を写真に収めたということで、それの真偽を論じる騒動があった。
写真には少女と一緒に妖精たちの姿が写っているものだった。
しかし、その事件は捏造という結果で幕を終えている。
律はその事件を話で聞いたことがあるので、結局この街にいる妖精とやらも捏造か誰かが見た幻想なのだろうとしか思えなかったのだ。
「飽くまで噂よ。私だって、妖精なんか見たことがないもの。で、ね。その妖精を見た人は、その後消息を絶ってしまうんだって」
「そう……なんだ」
「ま、噂だから、本当に人がいなくなったかなんて知らないけどね」
「そう……なんだ」
「ま、噂だから、本当に人がいなくなったかなんて知らないけどね」
卯深はそう言い、お茶をすすった。
―― ◇ ――
この時季は一番日の時間が短いため、夕刻と思っていても辺りは真っ暗となっている。
律は玄関まで卯深と一馬を送りに出ていた。
律は玄関まで卯深と一馬を送りに出ていた。
「わぁ、さっすがに寒いわね」
「人のコートふんだくっといて、言う台詞かよ?」
「いいのいいの、一馬さんは鍛えてるんだから、このぐらいがちょうどいいのよ」
「人の好意を、鍛えてるからの理由で片付けるな。そんなこと言うなら、コート返せ」
「嫌よ」
「人のコートふんだくっといて、言う台詞かよ?」
「いいのいいの、一馬さんは鍛えてるんだから、このぐらいがちょうどいいのよ」
「人の好意を、鍛えてるからの理由で片付けるな。そんなこと言うなら、コート返せ」
「嫌よ」
律の前ではしゃぐ二人。
「おや? 律ったら、私たちのことを羨ましがっているな?」
「はいはい、羨ましい羨ましい。見てるこっちが恥ずかしくなってくるから」
「大丈夫よ、律だってすぐに男の一人や二人、できるって」
「はいはい、羨ましい羨ましい。見てるこっちが恥ずかしくなってくるから」
「大丈夫よ、律だってすぐに男の一人や二人、できるって」
卯深は「そうだよね?」と一馬の腕にしがみついた。
律は「お熱いのは分かったから、さっさと帰ってよ、もぅ」両手を腰に当て、頬を膨らませた。
卯深は一馬の腕を引くように、笑いながら門をくぐり、帰っていく。
いつもの卯深と一馬を見送る光景だ。
恋人同士だからなのだが、その光景が律にはとても羨ましく思えてくる。
そして、独りである自分がとても寂しく思えてくる。
律は「お熱いのは分かったから、さっさと帰ってよ、もぅ」両手を腰に当て、頬を膨らませた。
卯深は一馬の腕を引くように、笑いながら門をくぐり、帰っていく。
いつもの卯深と一馬を見送る光景だ。
恋人同士だからなのだが、その光景が律にはとても羨ましく思えてくる。
そして、独りである自分がとても寂しく思えてくる。
――そんなに独りが寂しい? 誰かと一緒じゃなきゃ駄目?
声。それも卯深でも一馬でもない、別の声。
誰もいないはずの目の前には、光が浮かんでいた。
これが、声をかけてきたのだろうか、問いかけてきたのだろうか。
律は、その不自然な光へと手を伸ばしてみる。
目の錯覚なのか、それともそこに光を放つ何かがあるのか。
手が触れると同時、光は眩いばかりに――
誰もいないはずの目の前には、光が浮かんでいた。
これが、声をかけてきたのだろうか、問いかけてきたのだろうか。
律は、その不自然な光へと手を伸ばしてみる。
目の錯覚なのか、それともそこに光を放つ何かがあるのか。
手が触れると同時、光は眩いばかりに――
4-1
――そんなに独りが寂しい? 誰かと一緒じゃなきゃ駄目?
突然の声。それと目の前に現れた光。
律はその光に触れたかどうかのとき、眩しさに目を閉じた。
光が大きくなり、眩しさに目を開けていられなかったのだ。
でも、手には感触が残っている。
何に触れたのかまでは分からない。光の正体が何だったのか分からない。
眩しさが薄れていき、気がついたら――
律はその光に触れたかどうかのとき、眩しさに目を閉じた。
光が大きくなり、眩しさに目を開けていられなかったのだ。
でも、手には感触が残っている。
何に触れたのかまでは分からない。光の正体が何だったのか分からない。
眩しさが薄れていき、気がついたら――
真っ白な世界にいた。
今まで家の前、それも日没の暗闇の中にいたはずだ。
明かりがあったとしても、家の明かり。
そんなものが目の前で眩しく光ったとは考えにくい。
なら、何が起きたのだろうか。
分からない、としか答えが出てこない。いや、こんなもの答えでもなんでもない。
この突拍子もない世界が目の前に広がっていたからというべきか、それとも答えが出ないことというべきか、律は言葉を失った。
何か口に出そうと思うのだが、喉が強張り、口が固まり、はたまた息ができているのかさえ分からない。
目の前が真っ白になりそうになるが、元々真っ白なのだから、むしろ暗転する気分だろうか。
フラフラと体がよろめいているところを、足腰に力を込めて倒れるのを堪えた。
遠退き始めていた意識を取り戻す。
その反動なのだろうか、一気に吐き気が催した。
その場で膝を突き、両手を突き、体の奥底から上り詰めてくる熱いものを吐き出した。
何度も、何度も、何度も吐き気が襲ってくる。
明かりがあったとしても、家の明かり。
そんなものが目の前で眩しく光ったとは考えにくい。
なら、何が起きたのだろうか。
分からない、としか答えが出てこない。いや、こんなもの答えでもなんでもない。
この突拍子もない世界が目の前に広がっていたからというべきか、それとも答えが出ないことというべきか、律は言葉を失った。
何か口に出そうと思うのだが、喉が強張り、口が固まり、はたまた息ができているのかさえ分からない。
目の前が真っ白になりそうになるが、元々真っ白なのだから、むしろ暗転する気分だろうか。
フラフラと体がよろめいているところを、足腰に力を込めて倒れるのを堪えた。
遠退き始めていた意識を取り戻す。
その反動なのだろうか、一気に吐き気が催した。
その場で膝を突き、両手を突き、体の奥底から上り詰めてくる熱いものを吐き出した。
何度も、何度も、何度も吐き気が襲ってくる。
「――っはぁっ、はぁっ……何なの、一体……何なのよ」
ここでようやく思いを言葉にすることができた。
気を取り戻し、立ち上がり、辺りを見渡す。
周りは至って真っ白。律以外に誰かがいる様子もない。
ここにいても仕方がないとでも思ったのだろう、歩き出す。
どこまでいっても白い景色が続いている。どこまでいっても代わり映えしない景色が続く。どこまでいっても――
ここで律はとあることを思い出した。
最近、この光景をどこかで見たことがないだろうか。
気を取り戻し、立ち上がり、辺りを見渡す。
周りは至って真っ白。律以外に誰かがいる様子もない。
ここにいても仕方がないとでも思ったのだろう、歩き出す。
どこまでいっても白い景色が続いている。どこまでいっても代わり映えしない景色が続く。どこまでいっても――
ここで律はとあることを思い出した。
最近、この光景をどこかで見たことがないだろうか。
「夢……と同じ……?」
頭の片隅に残る夢の内容。それと同じ光景が目の前に広がっていることに気がついた。
となると、また夢を見ているのだろうかと考えてしまう。
でも、寝た覚えはないし、つい先ほどまで卯深と一馬を見送っていた。
だが全くもって夢と同じなのだ。真っ白な世界。
目を凝らしてみれば、薄っすらと遠くの景色がわずかに見える。
白い世界の正体は霧の中ということ。
となれば、このまま覚えのある道を辿っていけば――
となると、また夢を見ているのだろうかと考えてしまう。
でも、寝た覚えはないし、つい先ほどまで卯深と一馬を見送っていた。
だが全くもって夢と同じなのだ。真っ白な世界。
目を凝らしてみれば、薄っすらと遠くの景色がわずかに見える。
白い世界の正体は霧の中ということ。
となれば、このまま覚えのある道を辿っていけば――
明日香家の門が見えてきた。
間違いなく表札には「明日香」と書かれている。
ふう、とここで律は息を吐くが、この程度で安堵はしていられない。
間違いなく表札には「明日香」と書かれている。
ふう、とここで律は息を吐くが、この程度で安堵はしていられない。
「このあと、夢だと何があったんだっけ……?」
律は夢の内容を思い出そうとする。
夢なんて、ただでさえ忘れてしまうものだというのに、思い出そうというのだ。
律自身もそれに関してはおかしいと思った。
夢は飽くまで夢。忘れてしまうのが夢なのだから、あえて思い出す必要なんてないのに、と。
でも、その夢を思い出すことができれば、この先何が起きるのか分かるのかもしれない。
だから、思い出そうというのだ。
この先、悪いことが起きても構わない。いい事が起きれば、それでなお結構。
夢なんて、ただでさえ忘れてしまうものだというのに、思い出そうというのだ。
律自身もそれに関してはおかしいと思った。
夢は飽くまで夢。忘れてしまうのが夢なのだから、あえて思い出す必要なんてないのに、と。
でも、その夢を思い出すことができれば、この先何が起きるのか分かるのかもしれない。
だから、思い出そうというのだ。
この先、悪いことが起きても構わない。いい事が起きれば、それでなお結構。
「そうだ……家の鍵が閉まっていたから、道場に行って」
門をくぐり、母屋の前、戸に手を伸ばすと夢のときと同じく、鍵がかかっている。
夢の通り。
なら――
夢の通り。
なら――
「道場に行けば、夢の通りなら……」
誰かがいるはずだ。誰かがいたはずだ。それが誰かは、夢だったために忘れてしまっている。
卯深だっただろうか。でも女じゃなかった。
一馬だっただろうか。でも知っている顔じゃなかった。
じゃあ、誰だったのだろうか。
分からない。分からないという答えが、焦燥感を生み、不安を煽ってくる。
律は恐る恐る道場へと足を進めた。
分からないのなら、分かるように答えを探せばいい。
怖い、とても怖い。だけど、夢の通りなら道場には誰かがいるはずなのだ。
道場は戸が閉まっている。夢の通りに。
道場の戸に手をかけ、恐る恐る、ゆっくりと、何かを期待するような、何も期待しないような、思いを持って戸を開けた。
静かな空間。いたって変わらず、いつもの道場。
卯深だっただろうか。でも女じゃなかった。
一馬だっただろうか。でも知っている顔じゃなかった。
じゃあ、誰だったのだろうか。
分からない。分からないという答えが、焦燥感を生み、不安を煽ってくる。
律は恐る恐る道場へと足を進めた。
分からないのなら、分かるように答えを探せばいい。
怖い、とても怖い。だけど、夢の通りなら道場には誰かがいるはずなのだ。
道場は戸が閉まっている。夢の通りに。
道場の戸に手をかけ、恐る恐る、ゆっくりと、何かを期待するような、何も期待しないような、思いを持って戸を開けた。
静かな空間。いたって変わらず、いつもの道場。
――そして、誰もいなかった。
夢の通りなら、ここに誰かがいたはずなのに、今回はいなかった。
夢とは違うということなのだろうか。そんな疑問が浮かぶ。
今起きていることは夢じゃないから、夢と同じじゃなかっただけのことなのだろうか。
夢とは違うということなのだろうか。そんな疑問が浮かぶ。
今起きていることは夢じゃないから、夢と同じじゃなかっただけのことなのだろうか。
「はぁ……どうして?」
落胆の溜息。いや、わずかながら安堵も含まれているのかもしれない。
夢の中であった見知らぬ男に出くわさなくてよかった、という思いがあるからだ。
しかし、これではどうしようもないような気もしてくる。
夢では、このあと見知らぬ男から何かを言われたところで目が覚めたのだ。
ここで誰もいないのであれば、どうやってこの世界から出ればいいのだろうか。
何も分からないまま、肩を落として道場を出ることにした。
しばらくこの世界をさまよっていなければならないのかなどと考えると、ぞっとしない。
でも、道場を出ると、目の前に何かがいたのだ。
人、にしてはとても小さい姿。
けど、人形というには精気に満ちているし、何よりも宙に浮いているのだ。
背には2対の虫のような薄い羽、赤い髪に、尖った耳、その姿はまるで妖精そのものだった――
夢の中であった見知らぬ男に出くわさなくてよかった、という思いがあるからだ。
しかし、これではどうしようもないような気もしてくる。
夢では、このあと見知らぬ男から何かを言われたところで目が覚めたのだ。
ここで誰もいないのであれば、どうやってこの世界から出ればいいのだろうか。
何も分からないまま、肩を落として道場を出ることにした。
しばらくこの世界をさまよっていなければならないのかなどと考えると、ぞっとしない。
でも、道場を出ると、目の前に何かがいたのだ。
人、にしてはとても小さい姿。
けど、人形というには精気に満ちているし、何よりも宙に浮いているのだ。
背には2対の虫のような薄い羽、赤い髪に、尖った耳、その姿はまるで妖精そのものだった――
4-2
律が道場の外へ出えると、目の前にはあたかも“妖精”と呼べるだろうものがいた。
お伽話に出てくる姿そのもので、羽の生えた小人。
律はその突然の出現者に対して呆気にとられて口をポカンと開けている。
いささか間抜けな姿なのだが、予期もしないものを見てしまうと大体の人はこんな反応をとってしまうのではないだろうか。
お伽話に出てくる姿そのもので、羽の生えた小人。
律はその突然の出現者に対して呆気にとられて口をポカンと開けている。
いささか間抜けな姿なのだが、予期もしないものを見てしまうと大体の人はこんな反応をとってしまうのではないだろうか。
「な……んなの……?」
律は目の錯覚でも見ているのかと思った。
何度か目を擦りそれをまじまじと見るのだが、それの姿は間違いなく律の前にいる。
目の錯覚ではないようだ。
ここで、卯深の言葉を思い出した。
部屋で話していたとき、卯深が口にした噂だ。
何度か目を擦りそれをまじまじと見るのだが、それの姿は間違いなく律の前にいる。
目の錯覚ではないようだ。
ここで、卯深の言葉を思い出した。
部屋で話していたとき、卯深が口にした噂だ。
――この街に妖精がいるっていう話――
――その妖精を見た人は、その後消息を絶ってしまうんだって――
――その妖精を見た人は、その後消息を絶ってしまうんだって――
所詮噂だから気にする必要もなかったと律は思っていたわけで、その噂のものが目の前に現れたにも拘らず未だ自分の目を疑ってしまう。
もしかしたら、目の錯覚でないにしろ、夢を見ているのかもしれない。
白昼夢。起きながら見ているのだろう。
もしかしたら、目の錯覚でないにしろ、夢を見ているのかもしれない。
白昼夢。起きながら見ているのだろう。
「ハハハ……まさか、妖精なんて、いるわけない……よね?」
最早誰に訊ねているのか分からなくなり、苦笑をもらした。
自分に訊ねているのかもしれないし、目の前の妖精に訊ねているのかもしれない。
どちらにしろ、答えられないし、答えてもらえるとは思えない。
自分に訊ねているのかもしれないし、目の前の妖精に訊ねているのかもしれない。
どちらにしろ、答えられないし、答えてもらえるとは思えない。
「フフフフ、アハハハ!」
宙を泳ぐように、その妖精は律のすぐ目の前へとやってきて笑みを見せてきた。
無邪気な笑み。敵意は一切感じられない。
だからなのだろう、妖精が目の前に現れて驚いていたにも拘らず、律は笑み返していた。
無邪気な笑み。敵意は一切感じられない。
だからなのだろう、妖精が目の前に現れて驚いていたにも拘らず、律は笑み返していた。
「独りが怖い? 誰かにいて欲しい?」
笑みを交えながら、妖精は訊ねてくる。
何を言っているのだろうか、と律は笑みを崩さずに首をかしげた。
独りでいるのは怖い、そんなことは分かっている。
でも、それをあえて口にする必要なんてあるのだろうか。
いや、そもそも、人によって独りが怖いかどうかなんて違ってくる。
独りが怖いというのは律の考えだ。
となると律の考えを知っている、もしくは“読んだ”ということになるのかもしれない。
何を言っているのだろうか、と律は笑みを崩さずに首をかしげた。
独りでいるのは怖い、そんなことは分かっている。
でも、それをあえて口にする必要なんてあるのだろうか。
いや、そもそも、人によって独りが怖いかどうかなんて違ってくる。
独りが怖いというのは律の考えだ。
となると律の考えを知っている、もしくは“読んだ”ということになるのかもしれない。
「ちょっと、待って。どうしてそんなことを訊くの?」
律は訊ね返した。
妖精は笑みを一向に絶やさない。あの無邪気な笑みを。
ただ、このとき、この無邪気なはずの笑みに寒気を感じた。
敵意は一切ないのは変わらないのだが、どこか悪戯っぽい笑み、悪戯を考えている子どもの笑みを見ているような気がしてならないのだ。
律は笑みを返していたはずなのに、次第に頬が硬直しているように感じている。
苦笑をしたまま、表情が固まってしまっている。そんな感じだ。
妖精は笑みを一向に絶やさない。あの無邪気な笑みを。
ただ、このとき、この無邪気なはずの笑みに寒気を感じた。
敵意は一切ないのは変わらないのだが、どこか悪戯っぽい笑み、悪戯を考えている子どもの笑みを見ているような気がしてならないのだ。
律は笑みを返していたはずなのに、次第に頬が硬直しているように感じている。
苦笑をしたまま、表情が固まってしまっている。そんな感じだ。
「ねぇ、どうしてそんなことを――」
「アハハ、フフフフッ!」
「アハハ、フフフフッ!」
もう一度訊ねようとしたときだ。
妖精が眩い光を発したのだ。
その眩しさゆえに律は目を細め、手をかざして光から目を守る。
一瞬の間、5秒もしていないだろう。
光が消えうせたのかと律は目を開けると、光ははるか頭上を目指して消えていった。
正確には、霧の中へと入っていってしまい消息が分からなくなったといった方がいいだろう。
妖精が眩い光を発したのだ。
その眩しさゆえに律は目を細め、手をかざして光から目を守る。
一瞬の間、5秒もしていないだろう。
光が消えうせたのかと律は目を開けると、光ははるか頭上を目指して消えていった。
正確には、霧の中へと入っていってしまい消息が分からなくなったといった方がいいだろう。
「何だったのだろう――」
―― ◇ ――
「――何だったのだろう」
律はぽかんとした様子で言葉を口にした。
と、そこで今いるところが霧の中ではなく、夕暮れを過ぎて真っ暗となった玄関の前だということに気がついた。
さらに何だったのだろう、と首をかしげたところで、律に向けている二人の視線に気がついた。
と、そこで今いるところが霧の中ではなく、夕暮れを過ぎて真っ暗となった玄関の前だということに気がついた。
さらに何だったのだろう、と首をかしげたところで、律に向けている二人の視線に気がついた。
「何だったのだろうじゃないわよ。突然どうしたの?」
卯深と一馬だ。
二人は仲良く帰っていったはず。なのに、律の前にいる。
さらには、一馬が律の体を抱えてくれていた。
律は何が起きたのかさっぱり分からず、二人の顔を何度も見て状況を探ろうとする。
二人は仲良く帰っていったはず。なのに、律の前にいる。
さらには、一馬が律の体を抱えてくれていた。
律は何が起きたのかさっぱり分からず、二人の顔を何度も見て状況を探ろうとする。
「二人とも、どうしたの?」
「だから、どうしたのじゃないわよ。あんたねぇ、ここで倒れていたの。覚えてる?」
「倒れていた……?」
「お前に見送られてそこを出たすぐあとだ。眩しい光が見えたから何ごとかと戻ってきてみれば、お前がここで倒れていたんだ。大丈夫なのか?」
「だから、どうしたのじゃないわよ。あんたねぇ、ここで倒れていたの。覚えてる?」
「倒れていた……?」
「お前に見送られてそこを出たすぐあとだ。眩しい光が見えたから何ごとかと戻ってきてみれば、お前がここで倒れていたんだ。大丈夫なのか?」
大丈夫も何も、自分は今まで霧の中にいたはずなのだ。
律はそのことを言おうとしたが、その霧の中にいたということがどうも現実などではなくまた夢の中だったのだろう、そう思ったから言うことはしなかった。
律はそのことを言おうとしたが、その霧の中にいたということがどうも現実などではなくまた夢の中だったのだろう、そう思ったから言うことはしなかった。
「分からない。ただ……気がついたら、二人がここにいただけ。それだけ……と思う」
何と曖昧な答えなのだろう、と律は思いながらもこのぐらいのことしか答えることができない自分がどうしようもなく情けなく感じてくる。
でも、夢のことを話したところで何かが解決するとは思えない。
その夢が霧の中で妖精に会った、なんてなおさら言えるはずもなかった。
きっと、卯深から聞いた噂が頭の片隅に残っていて、それが夢の中で表現されたに違いない、と自ら納得することにした。
何も解決することのない納得の仕方だ、と自ら毒つきもしつつ。
でも、夢のことを話したところで何かが解決するとは思えない。
その夢が霧の中で妖精に会った、なんてなおさら言えるはずもなかった。
きっと、卯深から聞いた噂が頭の片隅に残っていて、それが夢の中で表現されたに違いない、と自ら納得することにした。
何も解決することのない納得の仕方だ、と自ら毒つきもしつつ。
5-1
「空が遠い。冬なんだね……」
小さい雲が“独り”寂しく浮かんでいる。
律は大の字で寝そべり、それを眺めながら呟いたのだ。誰かに向けての言葉ではない。
場所は校舎の屋上。普段は扉に鍵がかけられており、屋上へと訪れることはできない。
けど、律は職員室からこっそりと屋上の鍵を拝借してきて、たまにこうして屋上で過ごすことがある。
教師たちにそのことはすでに知られているはずなのだろうが、未だに何かを言われたことがなかったりする。
だからこそ、言われないからそのまま利用しているのだ。
それに、今は昼休み。ここで卯深と昼食をとる約束をしているので、寝転がりながら海を待っているのである。
そのため、律の脇には包みで覆われた弁当箱がある。
律は大の字で寝そべり、それを眺めながら呟いたのだ。誰かに向けての言葉ではない。
場所は校舎の屋上。普段は扉に鍵がかけられており、屋上へと訪れることはできない。
けど、律は職員室からこっそりと屋上の鍵を拝借してきて、たまにこうして屋上で過ごすことがある。
教師たちにそのことはすでに知られているはずなのだろうが、未だに何かを言われたことがなかったりする。
だからこそ、言われないからそのまま利用しているのだ。
それに、今は昼休み。ここで卯深と昼食をとる約束をしているので、寝転がりながら海を待っているのである。
そのため、律の脇には包みで覆われた弁当箱がある。
じっと雲を眺めていると、鳥が飛んでいくのが見えた。
遠目で詳しくは分からないけど、大きさと飛び方からしてヒヨドリのようだ。
ヒヨドリは見ている律を気にかける様子もなく――むしろ、律が見ていることに気付きもしていないだろう――どこかへと飛んでいってしまった。
そのあとを追うかのように、別の何かが飛んでいくのを律は見逃さなかった。
別の鳥が飛んでいるのだろうと短絡的な考えで見ていたのだが、どうやら飛んでいるのは鳥ではない何かだということに気付き、息をのんだ。
遠目で詳しくは分からないけど、大きさと飛び方からしてヒヨドリのようだ。
ヒヨドリは見ている律を気にかける様子もなく――むしろ、律が見ていることに気付きもしていないだろう――どこかへと飛んでいってしまった。
そのあとを追うかのように、別の何かが飛んでいくのを律は見逃さなかった。
別の鳥が飛んでいるのだろうと短絡的な考えで見ていたのだが、どうやら飛んでいるのは鳥ではない何かだということに気付き、息をのんだ。
人、それも羽の生えた小人が飛んでいるのだ。
信じられない、この言葉が胸の奥底で渦巻いている。
吐き気を催し、上体を起こして口を押さえってぐっと堪えた。
体が震え、歯がガチガチと鳴り、これでは最早恐怖を全身で感じていると言わんばかり。
吐き気を催し、上体を起こして口を押さえってぐっと堪えた。
体が震え、歯がガチガチと鳴り、これでは最早恐怖を全身で感じていると言わんばかり。
「ど……うして……妖精なんて、いるはずないのに。あんなの夢に決まっているのに」
信じられない。夢をまた見ているのか。
律は目を擦り、空をもう一度確かめるように見た。
妖精なんていなかったんだと、自分の見たものがきっと気のせいだろうと。
もう一度見た先には、寂しげな雲がひとつ。他には何もなかった。
妖精を見たのはきっと気のせいだったんだ、と律は胸を撫で下ろした。
妖精なんて夢の中で見ただけに過ぎないことなのだ、と自分に言い聞かせた。
律は目を擦り、空をもう一度確かめるように見た。
妖精なんていなかったんだと、自分の見たものがきっと気のせいだろうと。
もう一度見た先には、寂しげな雲がひとつ。他には何もなかった。
妖精を見たのはきっと気のせいだったんだ、と律は胸を撫で下ろした。
妖精なんて夢の中で見ただけに過ぎないことなのだ、と自分に言い聞かせた。
「現実を受け入れられないか? 自分の見たものを信じられないか? 夢と言って逃避するのか?」
不意に背中へとかけられる声。
律は慌てるように立ち上がって振り返った。
今まで屋上には律しかいなかった。いつの間に、それも律に気付かれずにここへと誰かがやってきたことになる。
黒いロングコートを纏った男。いつぞやの男だ。
律は慌てるように立ち上がって振り返った。
今まで屋上には律しかいなかった。いつの間に、それも律に気付かれずにここへと誰かがやってきたことになる。
黒いロングコートを纏った男。いつぞやの男だ。
「見たのだろ? あれを。見たというのなら、現実だということだ。それとも、今ここにいることですら夢だと思うのか?」
「見たって、何のことよ? あなたは誰なの?」
「見たものを否定するのか。それも結構なことだが、自分自身の見たものを信じられないとは。
否定すれば、なかったことにできるとでも思ったのか。夢だと思えば、現実でなかったことになると思ったのか。
どう思おうともキミの勝手だが、浅はかだと言っておこう」
「そんな、私が浅はかとかなんて訊いてない! あなたは誰なの?」
「キミが何であれ、いや、キミについてはどうでもいい話だ。ただ、これだけは言っておく。気をつけろ。なぜアレがキミに目をつけたのかは存ぜぬが、アレはキミを……」
「……な、何よ、その続きは何なのよ。じゃなくて、あなたは誰なの? 何で私の前に出てくるのよ!?」
「見たって、何のことよ? あなたは誰なの?」
「見たものを否定するのか。それも結構なことだが、自分自身の見たものを信じられないとは。
否定すれば、なかったことにできるとでも思ったのか。夢だと思えば、現実でなかったことになると思ったのか。
どう思おうともキミの勝手だが、浅はかだと言っておこう」
「そんな、私が浅はかとかなんて訊いてない! あなたは誰なの?」
「キミが何であれ、いや、キミについてはどうでもいい話だ。ただ、これだけは言っておく。気をつけろ。なぜアレがキミに目をつけたのかは存ぜぬが、アレはキミを……」
「……な、何よ、その続きは何なのよ。じゃなくて、あなたは誰なの? 何で私の前に出てくるのよ!?」
律は男を睨んだ。
だが、男のアメジストの瞳がギラリと光ったように見えたために、どこか恐怖を覚え視線をずらし、自分のつま先を見た。
だが、男のアメジストの瞳がギラリと光ったように見えたために、どこか恐怖を覚え視線をずらし、自分のつま先を見た。
「――!? 律!? そこにいるの?」
校舎、屋上の出入り口の扉の向こうから声が聞こえてくる。聞き覚えのある声、卯深の声だ。
律が顔を上げ、視線をつま先から正面へと向けた。
しかし、今まで律の前にいた男の姿はない。
どこへ行ったのか周りを見渡すが、容易く見渡すことのできる屋上のどこにも男の姿はなかった。
代わりといわんばかりに、扉が開いて卯深が屋上へとやってきた。
卯深の手には紙袋が抱えられている。購買部で昼食を買ってきたのだろう。
律が顔を上げ、視線をつま先から正面へと向けた。
しかし、今まで律の前にいた男の姿はない。
どこへ行ったのか周りを見渡すが、容易く見渡すことのできる屋上のどこにも男の姿はなかった。
代わりといわんばかりに、扉が開いて卯深が屋上へとやってきた。
卯深の手には紙袋が抱えられている。購買部で昼食を買ってきたのだろう。
「どうしたの、律?」
「え? あ、うん。何でもないよ。何でも」
「何でもないならいいけど。……でも、さ。なんか顔色が悪いように見えるけど」
「そんなことないよ。光の加減の所為だよ、きっと。それより、ご飯食べよ」
「え? あ、うん。何でもないよ。何でも」
「何でもないならいいけど。……でも、さ。なんか顔色が悪いように見えるけど」
「そんなことないよ。光の加減の所為だよ、きっと。それより、ご飯食べよ」
律は笑顔で床へと座り込んだ。弁当の包みを解いていく。
卯深が、律の笑顔が作り笑いだということを感づいているだろう。
けど、何も言ってこないところを見ると、気を遣ってくれたのかもしれない。
気遣ってくれることは、とても嬉しいことだけど、とても申し訳なく思えてくる。
律は内心で「アリガト」と言った。
卯深が、律の笑顔が作り笑いだということを感づいているだろう。
けど、何も言ってこないところを見ると、気を遣ってくれたのかもしれない。
気遣ってくれることは、とても嬉しいことだけど、とても申し訳なく思えてくる。
律は内心で「アリガト」と言った。
「待ちすぎてお腹すいたよ」
卯深が隣に座るのを見届け、律は弁当を開ける。
お腹がすいた、というのは先ほどまでであり、今は言葉にするほどお腹がすいているわけではない。
あの男が目の前に現れた、この恐怖が胸をいっぱいにして食欲を阻害する。
卯深はそんな律の顔をのぞいてくる。
律の顔色を窺って、何があったのか、何を思っているのか、知ろうと思っているようだ。
でも、それもすぐにやめてくれたようで、紙袋の中を漁り、中からサンドイッチと紙パックの紅茶飲料を取り出した。
お腹がすいた、というのは先ほどまでであり、今は言葉にするほどお腹がすいているわけではない。
あの男が目の前に現れた、この恐怖が胸をいっぱいにして食欲を阻害する。
卯深はそんな律の顔をのぞいてくる。
律の顔色を窺って、何があったのか、何を思っているのか、知ろうと思っているようだ。
でも、それもすぐにやめてくれたようで、紙袋の中を漁り、中からサンドイッチと紙パックの紅茶飲料を取り出した。
「そうだなぁ……ああ、そうだそうだ。前、話したよね。妖精の噂」
「妖精の噂……うん、見た人が消息を絶ってしまうって話だよね?」
「そうよ、それ。んで、少しばかし話を仕入れてきました。といっても、お伽話なんだけどね」
「妖精の噂……うん、見た人が消息を絶ってしまうって話だよね?」
「そうよ、それ。んで、少しばかし話を仕入れてきました。といっても、お伽話なんだけどね」
卯深はそう言って、サンドイッチを一口頬張った。
コメント
- とりあえず3話が終わったと思ったのでここら辺で感想を。
ファンタジー小説でありながらも現実味がしっかり有り
読んでてとても想像し易い文でした。
少なくとも私の書く小説なんかよりかは
文体がしっかりしていると思います。
物語はこれから動きそうなのでその時の展開に期待しますね。 -- hakoking (2009-12-21 17:51:54)