霧の中に消ゆ
前書き
容量いっぱいになったので、新しく。
6話目終了でちょうど真ん中となります。
9話から終盤に向けて進んでいくかと。
現在全話改稿予定中。
容量いっぱいになったので、新しく。
6話目終了でちょうど真ん中となります。
9話から終盤に向けて進んでいくかと。
現在全話改稿予定中。
5-2
その昔、まだ“黒い森”が人々に恐怖される時代。童話の時代、とでも言うだろうか。
その近くのとある街での出来事が舞台となる。
広大な“黒い森”の広がる端々にいくつもある街のひとつだ。
その近くのとある街での出来事が舞台となる。
広大な“黒い森”の広がる端々にいくつもある街のひとつだ。
その街はとても平和な日々を過ごしていた。
農業を中心としていた生活。
決して裕福ではなかったが、人々が安心して暮らしていた生活。
ゆっくりと流れていく時間、多くの人々によって築き上げられてきた時間。
農業を中心としていた生活。
決して裕福ではなかったが、人々が安心して暮らしていた生活。
ゆっくりと流れていく時間、多くの人々によって築き上げられてきた時間。
――しかし、とあるものを見たという人が出てから事件は始まった。
夜、綺麗な月明かりの下、“黒い森”がどこまでも続くその上に奇妙な光が浮いていたと言うのだ。
最初、誰もがきっと酔った上での与太話、幻想だろうと鼻で笑っていた。
誰も信じなかったのだ。
その後、その光を見たという人は姿を晦ました。
しかし誰もが、与太話を言ったのを恥じてどこかへと逃げていったのだろう、と気にもかけなかったのだ。
このときに、誰か一人でも話を真面目に聞いていれば、事件は起きなかったのかもしれない。
いや、例え信じるものがいたとしても、事件を食い止めることはできなかったのかもしれない。
すでに事件は始まっていたのだから。
最初、誰もがきっと酔った上での与太話、幻想だろうと鼻で笑っていた。
誰も信じなかったのだ。
その後、その光を見たという人は姿を晦ました。
しかし誰もが、与太話を言ったのを恥じてどこかへと逃げていったのだろう、と気にもかけなかったのだ。
このときに、誰か一人でも話を真面目に聞いていれば、事件は起きなかったのかもしれない。
いや、例え信じるものがいたとしても、事件を食い止めることはできなかったのかもしれない。
すでに事件は始まっていたのだから。
月日もたたないうちに、また誰かが綺麗な月夜の晩に奇妙な光を見たと言った。
2例目。これもまた酔っ払いの戯言だということで誰も気に留めるものはいなかった。
そして、またその人は消えたのだ。
これもまた、誰も気にかけなかった。
2例目。これもまた酔っ払いの戯言だということで誰も気に留めるものはいなかった。
そして、またその人は消えたのだ。
これもまた、誰も気にかけなかった。
1例目も2例目も、「酔っ払いが見たから」だったのだが3例目が出た。
今度は、酔っ払いにはとても程遠い、小さな子供だ。
これに関しては、賛否に分かれた。
無垢な子どもが嘘なんか吐くのだろうか。
子どもだからこそ平然と嘘を吐くのだろう。
この論議が続いた。子どもをそっちのけで続いたのだ。
そして、また消えた。
子どもが忽然と消えたのだ。誰にも何も告げずに。
今度は、酔っ払いにはとても程遠い、小さな子供だ。
これに関しては、賛否に分かれた。
無垢な子どもが嘘なんか吐くのだろうか。
子どもだからこそ平然と嘘を吐くのだろう。
この論議が続いた。子どもをそっちのけで続いたのだ。
そして、また消えた。
子どもが忽然と消えたのだ。誰にも何も告げずに。
その後も目撃が続いた。
続けて、同じく見たものすべてが消えてしまう。
続けて、同じく見たものすべてが消えてしまう。
あれだけ平和だった街が、突如変わってしまった。
事件を恐れ、誰もが外に出ることを恐れた。
一度外に出れば、奇妙な光を見て消えてしまうのだ、と。
誰かが口にする。「“黒い森”の呪いだ」と。
まだそのころが“黒い森”は恐怖の象徴だったからだろう。
魔女が住まい、魑魅魍魎が住まい、人を惑わし、食らう。
その恐怖が人々を狂わした。
事件を恐れ、誰もが外に出ることを恐れた。
一度外に出れば、奇妙な光を見て消えてしまうのだ、と。
誰かが口にする。「“黒い森”の呪いだ」と。
まだそのころが“黒い森”は恐怖の象徴だったからだろう。
魔女が住まい、魑魅魍魎が住まい、人を惑わし、食らう。
その恐怖が人々を狂わした。
その事件が続く中、人々が少なくなり、街はゴーストタウンと化していった。
残った人々が怯えながら、夜だけに留まらず昼間の外出すらしなくなっていった。
そんな中、奇妙な光がとある存在だということが街中に伝わった。
たまたま夜に外出したのか、それとも夜までに家へと戻ってこられなかったのか、そこまでは定かではない。
理由はどちらでもいい。どちらにしても、その奇妙な光を見たことには変わりないのだ。
そして、彼は言ったのだ。奇妙な光の正体は、“妖精”だと。
妖精が人々を消していったのだと――
残った人々が怯えながら、夜だけに留まらず昼間の外出すらしなくなっていった。
そんな中、奇妙な光がとある存在だということが街中に伝わった。
たまたま夜に外出したのか、それとも夜までに家へと戻ってこられなかったのか、そこまでは定かではない。
理由はどちらでもいい。どちらにしても、その奇妙な光を見たことには変わりないのだ。
そして、彼は言ったのだ。奇妙な光の正体は、“妖精”だと。
妖精が人々を消していったのだと――
―― ◇ ――
「本当に、ただのお伽話ね」
律は溜息を吐いた。
話を仕入れてきたというから期待したのに、本当にお伽話なのだ。
話を仕入れてきたというから期待したのに、本当にお伽話なのだ。
「律ぅ、話は最後まで聞くものよ。そりゃ、今はまだお伽話だけど、これが噂と重なる部分があるんだって」
「人が消えて、妖精が出る、そのぐらいじゃない」
「そ、そのぐらいってねぇ。一応、まだ話は続くけど、聞く? 聞く気があれば、の話だけど」
「人が消えて、妖精が出る、そのぐらいじゃない」
「そ、そのぐらいってねぇ。一応、まだ話は続くけど、聞く? 聞く気があれば、の話だけど」
げんなりとした卯深はサンドイッチの最後の一口を頬張り、咀嚼しつつ紅茶飲料を口に含んだ。
「続きがあるの?」
「まぁね。お伽話である以上、終わりがあるのよ――」
「まぁね。お伽話である以上、終わりがあるのよ――」
卯深が話の続きをしようというところで、タイミング悪くチャイムが鳴った。
昼休みの終わりを告げるチャイムであり、午後の授業への予鈴だ。
昼休みの終わりを告げるチャイムであり、午後の授業への予鈴だ。
「――と思ったら、もう昼休み終わりなわけ? んじゃ、律、話は今度ね」
卯深はごみを丸めて紙袋につめると、立ち上がった。
律は卯深を見上げて「話は?」と訊ねたが、卯深に「また今度」と返されてしまった。
律は卯深を見上げて「話は?」と訊ねたが、卯深に「また今度」と返されてしまった。
「午後の授業に、遅れないようにね」
卯深はそう言い残し、律を一人残し校舎の仲へと戻っていった。
律は、食べ終えた弁当を包み、空を見上げる。
何が見えるわけでもない。
あの寂しげな雲も、風に流されてどこかへと行ってしまったようだ。
澄み渡った青い空。寒い風がひとつ吹き、律の体を震わせるだけだ。
律は、食べ終えた弁当を包み、空を見上げる。
何が見えるわけでもない。
あの寂しげな雲も、風に流されてどこかへと行ってしまったようだ。
澄み渡った青い空。寒い風がひとつ吹き、律の体を震わせるだけだ。
「はぁ、妖精……か」
6-1
午後の授業を終え、放課後を迎える。
今日も部活動がないとの話を聞いたのだが、この日は部室で仲間と一緒に話をして過ごしていた。
だから、学校を出るときはすでに真っ暗になっていた。
一度風が吹けば、その冷たさ、その寒さに身震いをするほどだ。
今日も部活動がないとの話を聞いたのだが、この日は部室で仲間と一緒に話をして過ごしていた。
だから、学校を出るときはすでに真っ暗になっていた。
一度風が吹けば、その冷たさ、その寒さに身震いをするほどだ。
「今日も寒いねぇ」
律の隣では、卯深が両手を擦り合わせて息をかけていた。
律も倣って両手に息をかけている。
律も倣って両手に息をかけている。
―― ◇ ――
街は光に満ち溢れていた。
夜という闇があるからこそ光り輝いて見えるのだろうか。
例え夜という闇であっても負けまいと光り輝いているのだろうか。
夜の闇に反してまで光り輝く街並みの中、人々は巡っている。
その中に二人の姿もあった。
彩られた光たちの下を、夜の闇なんて気にもせずに歩いている。
夜という闇があるからこそ光り輝いて見えるのだろうか。
例え夜という闇であっても負けまいと光り輝いているのだろうか。
夜の闇に反してまで光り輝く街並みの中、人々は巡っている。
その中に二人の姿もあった。
彩られた光たちの下を、夜の闇なんて気にもせずに歩いている。
「クリスマスまでもう少しか。寂しいクリスマスは過ごしたくないよね」
「卯深は一馬兄さんがいるからいいでしょうけど、私は独りですよ」
「あら、妬いてるの?」
「卯深は一馬兄さんがいるからいいでしょうけど、私は独りですよ」
「あら、妬いてるの?」
卯深がからかいの笑みをもって律の前へと躍り出た。
律は「知らない!」と頬を膨らませ、そっぽを向いてみせる。
律は「知らない!」と頬を膨らませ、そっぽを向いてみせる。
「しょうがないな。クリスマスは、律も一緒に、ね」
「嫌よ。お熱いところを見せ付けられるのは」
「じゃ、独りで寂しく過ごすの?」
「家族と過ごしますよ」
「嫌よ。お熱いところを見せ付けられるのは」
「じゃ、独りで寂しく過ごすの?」
「家族と過ごしますよ」
律は卯深の脇を通り過ぎ、先に歩みだした。
その後ろを、笑いを堪えながら卯深がついてくる。
卯深には笑いを堪え切れていると思っているのだろうか、律には卯深の引きつく息が耳に障るのだ。
むすっとした顔で歩いていく。
よほど怖い顔でもなっているのだろうか、時折すれ違う通行人が顔を背けている気がする。
そのことが卯深にも分かっているのだろう、引きつく息が止まらない。
むしろ、声が漏れ出しているのが耳に障って仕方がなかった。
その後ろを、笑いを堪えながら卯深がついてくる。
卯深には笑いを堪え切れていると思っているのだろうか、律には卯深の引きつく息が耳に障るのだ。
むすっとした顔で歩いていく。
よほど怖い顔でもなっているのだろうか、時折すれ違う通行人が顔を背けている気がする。
そのことが卯深にも分かっているのだろう、引きつく息が止まらない。
むしろ、声が漏れ出しているのが耳に障って仕方がなかった。
ふと、足が止まった。
横目、そこに見えるのはショーウインドウ。
その向こうに見えるのは、ファーのついた如何にも暖かそうなコートだ。
いつも律が纏っているのは、中学の頃から使っているもので、ところどころほつれているところがある。
ほつれが目立っていないから新調していないだけで、本当なら新しいコートが欲しいところである。
横目、そこに見えるのはショーウインドウ。
その向こうに見えるのは、ファーのついた如何にも暖かそうなコートだ。
いつも律が纏っているのは、中学の頃から使っているもので、ところどころほつれているところがある。
ほつれが目立っていないから新調していないだけで、本当なら新しいコートが欲しいところである。
「暖かそうなコートね。欲しいの?」
「………………」
「まだ怒ってるの? 根に持つのは勝手だけどさ」
「いけしゃあしゃあと――」
「――どの口がほざくのか、って? からかっただけじゃない。
んで、コートだけどさ。いつも思うのよ。新しいの買わないの? ずっとそれだよね?」
「悪かったわね。お金がないのよ」
「いっつもないわよね。一体何に使ってるんだか」
「………………」
「………………」
「まだ怒ってるの? 根に持つのは勝手だけどさ」
「いけしゃあしゃあと――」
「――どの口がほざくのか、って? からかっただけじゃない。
んで、コートだけどさ。いつも思うのよ。新しいの買わないの? ずっとそれだよね?」
「悪かったわね。お金がないのよ」
「いっつもないわよね。一体何に使ってるんだか」
「………………」
律は俯き、ショーウインドウから視線を外した。
それを、卯深が横目で見ているが、何かを言う様子はない。
二人の間に、沈黙が続く。
音は、通りを行き交う人々の足音と声、それと車の音だ。
それを、卯深が横目で見ているが、何かを言う様子はない。
二人の間に、沈黙が続く。
音は、通りを行き交う人々の足音と声、それと車の音だ。
――ポン、と誰かが律の肩を叩いた。
律は突然のことに「ひっ」と悲鳴とも取れる声を出していた。
卯深が肩を叩いたのかと海を見るが、そうでもないらしく、卯深は律の声に驚いてこちらの様子を窺っていた。
ならば誰なのか、後ろを見ると、そこには真っ赤なコートに身を纏った――
卯深が肩を叩いたのかと海を見るが、そうでもないらしく、卯深は律の声に驚いてこちらの様子を窺っていた。
ならば誰なのか、後ろを見ると、そこには真っ赤なコートに身を纏った――
サンタクロースがいた。
手にはプラカードが握られており、店の宣伝だろうチラシが張り付けられている。
サンタクロースは客引きのバイトでもしているのだろう、プラカードを指差して懸命に宣伝してくる。
サンタクロースは客引きのバイトでもしているのだろう、プラカードを指差して懸命に宣伝してくる。
「ちょっと、どこかに行きなよ。あんたに用はない」
律の代わりにというべきなのか、サンタクロースに手を振って追い払う。
サンタクロースは卯深をひと睨みすると、そそくさと去っていった。相手にしてもらえないのなら、別の客を探そうということなのだろう。
サンタクロースは卯深をひと睨みすると、そそくさと去っていった。相手にしてもらえないのなら、別の客を探そうということなのだろう。
「律、嫌なときは嫌とはっきりしないと駄目よ」
「誰も、頼んでないじゃない」
「そう、その意気よ。私相手ならできるじゃない」
「誰も、頼んでないじゃない」
「そう、その意気よ。私相手ならできるじゃない」
卯深はニンマリと笑みを見せてくる。
これで調子が狂ったのか、律は溜息を吐いた。怒っているのが馬鹿みたいとげんなりした。
いつも、こうやって卯深に助けてもらってばかりだ。
自分では追い払えなかったサンタクロースを、卯深が代わりに追い払ってくれた。
それに、あの時、あの男が現れたときも卯深が助けてくれた。
これで調子が狂ったのか、律は溜息を吐いた。怒っているのが馬鹿みたいとげんなりした。
いつも、こうやって卯深に助けてもらってばかりだ。
自分では追い払えなかったサンタクロースを、卯深が代わりに追い払ってくれた。
それに、あの時、あの男が現れたときも卯深が助けてくれた。
いつも、自分は卯深に助けられてばかりだ――
「律、何か悩みでもあるの? それとも、まだ怒ってる? そりゃ、からかいすぎたのは悪かったけどさ」
「ううん、そうじゃないの。そういうことじゃないの……」
「ううん、そうじゃないの。そういうことじゃないの……」
別に迎えなくてもいい、二度目の沈黙。
溜息を吐くことしかできない。二人して、ショーウインドウを眺める。
溜息を吐くことしかできない。二人して、ショーウインドウを眺める。
そして、目の前のショーウインドウに、アレが映っていた――
6-2
ショーウインドウに映ったアレの姿に、律は息を呑んだ。
そして、卯深の様子を見るが、特に変わった様子はない。
ならば、見えたのは自分だけなのだろうか?
ショーウインドウに目をやるが、もうそこにはアレの姿はなかった。
そして、卯深の様子を見るが、特に変わった様子はない。
ならば、見えたのは自分だけなのだろうか?
ショーウインドウに目をやるが、もうそこにはアレの姿はなかった。
――妖精。
昼休みに、学校の屋上で見たあの姿。なにより、あのとき、突然意識を失ったときに見た姿だ。
「どうしたの? 顔色が悪いわよ」
律の異変に気がついたのだろう、どこか心配そうな目で窺ってくる。
「妖精がいたの」
「ヨーセー? 何を言ってるの? 起きたまま夢でも見てるの? どこにもそんなのいないわよ」
「ヨーセー? 何を言ってるの? 起きたまま夢でも見てるの? どこにもそんなのいないわよ」
呆れた顔で卯深は辺りを見渡している。
どこにもいないじゃない、と卯深の表情は語っている。
どこにもいないじゃない、と卯深の表情は語っている。
「嘘じゃない。本当にいたの。嘘じゃないの」
「……律、最近、あんたおかしいよ? 何か困ってることでもあるんじゃないの? 相談なら乗るよ」
「本当にいたの」
「……律、最近、あんたおかしいよ? 何か困ってることでもあるんじゃないの? 相談なら乗るよ」
「本当にいたの」
律は駆け出した。妖精の飛んでいった先へと向かって。
背後から卯深の声が聞こえてくるが、そんなこと気にはしていられない。
律からは少し離れたところ、20メートルほど先を妖精は飛んでいた。
人々の合間を抜けるように、妖精は何気なく飛んでいく。
周りの人たちは妖精に気づいていないのだろうか。気にもしていないのだろうか。
妖精は、律だけが見える幻想なのだろうか。律だけが見える妄想なのだろうか。
何も分からない。でも、追いかけていけば、その答えがあるような気がした。
答えが手に入る確証などひとつもないのに、追いつけば答えがあると信じて止まない。
背後から卯深の声が聞こえてくるが、そんなこと気にはしていられない。
律からは少し離れたところ、20メートルほど先を妖精は飛んでいた。
人々の合間を抜けるように、妖精は何気なく飛んでいく。
周りの人たちは妖精に気づいていないのだろうか。気にもしていないのだろうか。
妖精は、律だけが見える幻想なのだろうか。律だけが見える妄想なのだろうか。
何も分からない。でも、追いかけていけば、その答えがあるような気がした。
答えが手に入る確証などひとつもないのに、追いつけば答えがあると信じて止まない。
「律ぅ! 待ちなさいってば」
卯深の声が追いかけてくる。すぐ後ろを追いかけてきてくれているようだ。
でも、律は卯深の声を聞くつもりはなかった。
まずは、妖精を追いかけることが一番重要だと思ったのだ。
それにしても不思議な光景が繰り広げられている。
妖精には誰も気にしないのに、そのあとを追いかける律と卯深のことを周りの人たちが気にしているのだ。
なぜ二人が走っているのか、むしろ走っているからこそ歩いている人たちにとっては邪魔な存在、と見ているのだ。
律はそんな視線を気にもせず走り続けた。妖精を追いかけ続けた。
周りが妖精を気にしないのと同じように、周りが妖精を気にしないことに対するように、律は周りを気にしない。
でも、律は卯深の声を聞くつもりはなかった。
まずは、妖精を追いかけることが一番重要だと思ったのだ。
それにしても不思議な光景が繰り広げられている。
妖精には誰も気にしないのに、そのあとを追いかける律と卯深のことを周りの人たちが気にしているのだ。
なぜ二人が走っているのか、むしろ走っているからこそ歩いている人たちにとっては邪魔な存在、と見ているのだ。
律はそんな視線を気にもせず走り続けた。妖精を追いかけ続けた。
周りが妖精を気にしないのと同じように、周りが妖精を気にしないことに対するように、律は周りを気にしない。
妖精が路地を曲がっていく。
それを見逃さず、同じところで律も曲がっていった。
これに困ったのは卯深の方で、転びでもしたのだろうか、足を滑らせる音とどこか泣き言を言っているような声だけが律の背後から聞こえてきた。
ここで足を止めて卯深へ気をかけてもいいのだろうけど、律は口の中で「ゴメン」と言うだけで走る足は止めない。
ここで足を止めようなら、間違いなく妖精を見失うことになるだろう。
それを見逃さず、同じところで律も曲がっていった。
これに困ったのは卯深の方で、転びでもしたのだろうか、足を滑らせる音とどこか泣き言を言っているような声だけが律の背後から聞こえてきた。
ここで足を止めて卯深へ気をかけてもいいのだろうけど、律は口の中で「ゴメン」と言うだけで走る足は止めない。
ここで足を止めようなら、間違いなく妖精を見失うことになるだろう。
あれからどれだけ走ったのだろうか。どれだけの路地を曲がったのだろうか。
妖精に意識を集中して走り続けないとすぐに撒かれてしまっただろう。
背後から卯深の気配が遠退いていく。
追いかけるのを諦めていう様子はないが、奔走する律と妖精に疲弊して足が遅くなってきているのは確かなようだった。
その小さな路地を走っていて、人のいない暗い通りへと入っていく。
これがホラー映画か何かだったら、如何にも何かが出てきそうな路地だ。
路面は雨樋から出ている水で、何を光源にしているのかテカテカと異様に光っている。
この路地の中央とでも言うべきだろうか、そこで妖精が止まっていた。
まるで、人のいないところへと律を導いてきたかのように、律を見ている。
律も息を整え、妖精をまっすぐに見返した。
妖精に意識を集中して走り続けないとすぐに撒かれてしまっただろう。
背後から卯深の気配が遠退いていく。
追いかけるのを諦めていう様子はないが、奔走する律と妖精に疲弊して足が遅くなってきているのは確かなようだった。
その小さな路地を走っていて、人のいない暗い通りへと入っていく。
これがホラー映画か何かだったら、如何にも何かが出てきそうな路地だ。
路面は雨樋から出ている水で、何を光源にしているのかテカテカと異様に光っている。
この路地の中央とでも言うべきだろうか、そこで妖精が止まっていた。
まるで、人のいないところへと律を導いてきたかのように、律を見ている。
律も息を整え、妖精をまっすぐに見返した。
「律……もう……待って……って、言ってるでしょ」
卯深が少しむせつつも、律の横へと並んで足を止めた。
卯深の右手が律の肩にかかる。頭を垂らして息を整えている。立っているのが辛そうだ。
卯深の右手が律の肩にかかる。頭を垂らして息を整えている。立っているのが辛そうだ。
「突然走り出すもんだから、さすがの私も疲れたわよ。
――っていうか、何よここ。ずいぶんと陰湿なところね」
――っていうか、何よここ。ずいぶんと陰湿なところね」
卯深の問いかけに律は答えなかった。
ただ、前を見つめるのみ。妖精を睨みつけるのみ。
ただ、前を見つめるのみ。妖精を睨みつけるのみ。
「訊いてるの、律? りぃっ!?」
律が答えないことに疑問に思って、卯深は垂れ下がっていた頭を上げた。
そして、引きつるような声を出した後、黙ってしまった。
今度は、律だけではなく卯深も妖精が見えているようだ。
だから、言葉を失ったのだろう。
そして、引きつるような声を出した後、黙ってしまった。
今度は、律だけではなく卯深も妖精が見えているようだ。
だから、言葉を失ったのだろう。
「卯深も見えるよね? アレの姿」
律は妖精を指差した。
妖精は笑みを浮かべたままこちらを見ているだけ。
妖精は笑みを浮かべたままこちらを見ているだけ。
「フェアリーテイル……冗談でしょ?」
卯深が小さく言葉を漏らした。
フェアリーテイル――卯深が巷で噂話になっているお伽話のことをさしているのだろうことは律にも分かった。
夢で見たもの屋上で見たもの、それが目の前に、それも夢でなく現実で、律だけでなく卯深も一緒に、見ているのだ。
フェアリーテイル――卯深が巷で噂話になっているお伽話のことをさしているのだろうことは律にも分かった。
夢で見たもの屋上で見たもの、それが目の前に、それも夢でなく現実で、律だけでなく卯深も一緒に、見ているのだ。
7-1
冷たく張り詰めた空気の中、乾いた音が幾度となく鳴り響く。
その音に続いて、掛け声が走る。
床板を蹴る音、空を切る音、様々な音が駆け巡る。
その音に続いて、掛け声が走る。
床板を蹴る音、空を切る音、様々な音が駆け巡る。
明日香家の道場、防具を纏ったふたつの姿、大小あべこべの二人が剣道の試合を行っていた。
二人が幾度となく鬩ぎあう。
背の高さからしてもリーチの差があり、大きい方が優勢に攻めている。
でも、小さい方も動きは負けていない。
切り替えして反撃を狙っていくことを何度も試みている。
背の高さからしてもリーチの差があり、大きい方が優勢に攻めている。
でも、小さい方も動きは負けていない。
切り替えして反撃を狙っていくことを何度も試みている。
――しかし、決着は大きい方の勝利で終わった。
一瞬の隙を突いての面が入ったのだ。
反撃に転じようという動きが相手に筒抜けだったからこその隙。
動きを完全に読まれてしまっていたのだ。
そこで試合が終わり、互いが竹刀を納めて一礼をし、下がって座った。
大きい方は面の紐を解いて、面を取った。
小さい方は負けたからなのか少しうなだれてから、紐を解いて面を取った。
反撃に転じようという動きが相手に筒抜けだったからこその隙。
動きを完全に読まれてしまっていたのだ。
そこで試合が終わり、互いが竹刀を納めて一礼をし、下がって座った。
大きい方は面の紐を解いて、面を取った。
小さい方は負けたからなのか少しうなだれてから、紐を解いて面を取った。
「律の負けね。さすが一馬さんだわ」
今まで静かに道場の出入り口で二人の試合を見ていた卯深が大きい方――一馬へと声をかけた。
小さい方――律は面を床に置くと、溜息を吐いた。
視線は床に向いたまま、思いつめた顔をしていた。
負けたからうなだれているというわけではない。
妖精、あれを見たから、それが頭の中から放れていかないのだ。
まだ頭の中では、あれが夢だったら、と思いもした。考えもした。
でも、卯深も一緒に見たのだ。これで、夢で終わらせることはなく、現実だったのだと決定付けられた。
それが剣道での動きに隙を作ったのかもしれない。
動きを相手に悟られる要因になったのかもしれない。
小さい方――律は面を床に置くと、溜息を吐いた。
視線は床に向いたまま、思いつめた顔をしていた。
負けたからうなだれているというわけではない。
妖精、あれを見たから、それが頭の中から放れていかないのだ。
まだ頭の中では、あれが夢だったら、と思いもした。考えもした。
でも、卯深も一緒に見たのだ。これで、夢で終わらせることはなく、現実だったのだと決定付けられた。
それが剣道での動きに隙を作ったのかもしれない。
動きを相手に悟られる要因になったのかもしれない。
「律、どうした? いつものお前らしくないな」
一馬から冷たい一言がかけられた。
「いつもと動きが違う。何かを悩んでいるのが見え見えだ。そんな心の持ちようで剣を振るったところで、何にもならない。鈍った剣じゃ、何も解決しない」
「一馬さん、そんなこと言っても」
「卯深は黙っているんだ。何を悩んでいるのか知らないが――」
「――ごめんなさい……」
「一馬さん、そんなこと言っても」
「卯深は黙っているんだ。何を悩んでいるのか知らないが――」
「――ごめんなさい……」
律は一馬の言葉を遮るように言うと、うつむいたまま防具をすべて外し、立ち上がった。
そのまま一馬を見ることなく、防具を棚へと仕舞うとそのまま出入り口へと歩んでいく。
卯深はハンドタオルを手にして、それを律の頭へとかぶせた。
律はそのまま何も言わずに道場から出た。
剣道で火照った体に、廊下の冷たい空気が程よく気持ちいい。
そのまま一馬を見ることなく、防具を棚へと仕舞うとそのまま出入り口へと歩んでいく。
卯深はハンドタオルを手にして、それを律の頭へとかぶせた。
律はそのまま何も言わずに道場から出た。
剣道で火照った体に、廊下の冷たい空気が程よく気持ちいい。
その足で浴室へと向かい、シャワーを浴びることにした。
汗を流すためなのだが、今心の内で渦巻いている思いをシャワーで洗い流せたらという思いもある。
脱衣所で衣服をすべて脱ぎ、浴室へと入っていく。
蛇口を捻り、いつもより熱めの設定で湯を出した。
体を刺すような熱さが頭から全身へと降り注いだ。
汗を流すためなのだが、今心の内で渦巻いている思いをシャワーで洗い流せたらという思いもある。
脱衣所で衣服をすべて脱ぎ、浴室へと入っていく。
蛇口を捻り、いつもより熱めの設定で湯を出した。
体を刺すような熱さが頭から全身へと降り注いだ。
―― ◇ ――
道場から律が去り、静けさが戻る。
一方的に一馬が捲くし立てていただけということもあるが、その一馬も黙ってしまった。
卯深が一馬へと近寄り、ハンドタオルを渡した。
一馬はハンドタオルで顔と首元を拭うと、深く溜息を吐いた。
一方的に一馬が捲くし立てていただけということもあるが、その一馬も黙ってしまった。
卯深が一馬へと近寄り、ハンドタオルを渡した。
一馬はハンドタオルで顔と首元を拭うと、深く溜息を吐いた。
「一馬さん、どうしてあんなこと言ったの? 律に悩み事があることぐらい、見ていれば分かることじゃない。なのに、怒ることないと思うのに」
「優しい言葉をかければよかったか? 何に悩んでいるのか分からないけど、悩み事があるのなら俺に相談してくれてもいいと思うんだ。俺じゃ駄目でも、お前がいるだろ。違うか?」
「優しい言葉をかければよかったか? 何に悩んでいるのか分からないけど、悩み事があるのなら俺に相談してくれてもいいと思うんだ。俺じゃ駄目でも、お前がいるだろ。違うか?」
卯深は何も答えられず、一馬から視線を逸らした。
卯深もまた、律と同じく妖精を見たということに戸惑いを持っていた。
一馬が「卯深?」と卯深の顔を窺ってくる。
卯深もまた、律と同じく妖精を見たということに戸惑いを持っていた。
一馬が「卯深?」と卯深の顔を窺ってくる。
「ふぅ、別に怒りたいわけじゃない。優しい言葉をかけて、それに甘えてしまって悩みを解決できなかったら、意味がないと持っただけなんだけどな……。悪かった。気の遣い方が悪かったな。優しい言葉をかけてやればよかった」
「ううん。一馬さんの思いは分かっていると思うよ。だから……だからこそ、一人で悩んでいる。でも、解決できないでいる。
仕方がないよ。あんなもの見ちゃったら。私だって……」
「卯深……?」
「ううん。一馬さんの思いは分かっていると思うよ。だから……だからこそ、一人で悩んでいる。でも、解決できないでいる。
仕方がないよ。あんなもの見ちゃったら。私だって……」
「卯深……?」
卯深は一馬の背中にもたれかかった。
汗で湿った背中、汗の臭いが鼻をつくが、卯深は気にもせずにその背に頬をつけた。
不安、妖精なんてものを見てしまったからこその不安が卯深の心を埋め尽くしている。
その不安を一馬が取り除いてくれるなら、一馬という存在が不安を振り払ってくれるなら、そんな思いがあるからこその行動だ。
でも、一馬に頼っていいものなのだろうか、という思いもあった。
一馬には関係のないことなのだから、という思いもあった。
だから律も一馬に何も言えないでいる、不安を抱えているのだと共感していた。
汗で湿った背中、汗の臭いが鼻をつくが、卯深は気にもせずにその背に頬をつけた。
不安、妖精なんてものを見てしまったからこその不安が卯深の心を埋め尽くしている。
その不安を一馬が取り除いてくれるなら、一馬という存在が不安を振り払ってくれるなら、そんな思いがあるからこその行動だ。
でも、一馬に頼っていいものなのだろうか、という思いもあった。
一馬には関係のないことなのだから、という思いもあった。
だから律も一馬に何も言えないでいる、不安を抱えているのだと共感していた。
「おい、くっつくな。俺は汗かいてるんだ」
「気にしない。それよりも、少しこのまま。お願い……」
「しょうがないな……」
「気にしない。それよりも、少しこのまま。お願い……」
「しょうがないな……」
卯深も何かを抱えていることは、これで一馬も確信したのだろう。
でも、卯深は何も言わず、じっとその身を一馬の背中に預けた。
でも、卯深は何も言わず、じっとその身を一馬の背中に預けた。
7-2
熱いシャワーを浴びたところで頭はすっきりしない。
頭から浴びればすっきりすると思ったのに何も変わらない。
むしろ、熱いシャワーが血の巡りをよくするのか、要らないことを考えてしまう。
考えないようにしていたのに考えてしまう。
考えたくもないのに頭の中でのた打ち回っている。
律は目を閉じた。
シャワーの音だけが鳴り響いている。
他には何も聞こえてこない。だからなのか、むしろそれが意識を集中させる。
要らないことを意識してしまう。
なら、意識しようとしたらどうなるのだろうか。
意識しないようにするからかえって意識してしまうのなら、意識しようとすれば逆に意識しないですむのではないのだろうか。
それはとても陳腐な考えなのは分かっている。
だけど、このまま考えたくもないことでグダグダしているよりも、いっそのこと考えてしまえば、何か解決策でも浮かぶのではないだろうか。
頭から浴びればすっきりすると思ったのに何も変わらない。
むしろ、熱いシャワーが血の巡りをよくするのか、要らないことを考えてしまう。
考えないようにしていたのに考えてしまう。
考えたくもないのに頭の中でのた打ち回っている。
律は目を閉じた。
シャワーの音だけが鳴り響いている。
他には何も聞こえてこない。だからなのか、むしろそれが意識を集中させる。
要らないことを意識してしまう。
なら、意識しようとしたらどうなるのだろうか。
意識しないようにするからかえって意識してしまうのなら、意識しようとすれば逆に意識しないですむのではないのだろうか。
それはとても陳腐な考えなのは分かっている。
だけど、このまま考えたくもないことでグダグダしているよりも、いっそのこと考えてしまえば、何か解決策でも浮かぶのではないだろうか。
―― ◇ ――
昨夕のこと。
律が卯深とともに妖精を目の当たりにしたときのことだ。
律が卯深とともに妖精を目の当たりにしたときのことだ。
「フェアリーテイル……嘘でしょ?」
卯深が漏らした言葉だ。
フェアリーテイルが何を意味しているのか、律は分かった。
噂になっていることの基の話ともいうべきお伽話のことだ。
それよりも、自分が見ているものが幻想でも妄想でもないことの証明がなされたことに律は安堵し困惑している。
安堵は幻想でも妄想でもなく嘘を吐いたわけでもないということに。
困惑は目の前の信じられない存在が現実のものだと示されたことに。
フェアリーテイルが何を意味しているのか、律は分かった。
噂になっていることの基の話ともいうべきお伽話のことだ。
それよりも、自分が見ているものが幻想でも妄想でもないことの証明がなされたことに律は安堵し困惑している。
安堵は幻想でも妄想でもなく嘘を吐いたわけでもないということに。
困惑は目の前の信じられない存在が現実のものだと示されたことに。
「ねぇ、卯深。妖精だよね、あれ?」
卯深にも見えていることはすでに分かっているのに、律はあえて妖精を指差しながら訊ねた。
卯深は何も言わず、ただうなずいて返すだけだ。
卯深は何も言わず、ただうなずいて返すだけだ。
「フェアリーテイルぅ? アハハ、何それ?」
あどけなさのある声、あどけなさのある笑み、それを妖精は見せた。
一度は夢というべきだろうか霧の世界の中で妖精の声を聞いているはずなのに、人の姿をしているのだから人の言葉を話せない理屈がないのは分かっているつもりなのに、律は妖精が話したことに動揺を隠せない。
それは卯深も同じようで、驚きのあまりに硬直したままだ。
一度は夢というべきだろうか霧の世界の中で妖精の声を聞いているはずなのに、人の姿をしているのだから人の言葉を話せない理屈がないのは分かっているつもりなのに、律は妖精が話したことに動揺を隠せない。
それは卯深も同じようで、驚きのあまりに硬直したままだ。
「何を驚いてるの? お姉ちゃんたち、面白い」
妖精はそう言いながら、律の前へと飛んできた。
目の前で一度微笑みを見せ、律の耳元へと寄ると――
目の前で一度微笑みを見せ、律の耳元へと寄ると――
「アタシが怖い? 今は一人じゃないのに? ちゃんとお友達がいるんだよ。なのに怖いの?」
笑み交じりの声でそっと囁いてきた。
その声に恐怖を覚えた律は咄嗟に妖精から離れていた。
全く敵意を見せているわけでもないのに、ただあどけないだけの笑い声なのに、とても怖いと思ってしまった。
何がそう思わせるのか、それは分からない。ただ、本能的に危険だと察した。
その声に恐怖を覚えた律は咄嗟に妖精から離れていた。
全く敵意を見せているわけでもないのに、ただあどけないだけの笑い声なのに、とても怖いと思ってしまった。
何がそう思わせるのか、それは分からない。ただ、本能的に危険だと察した。
「アハッ、逃げないでよ。でも、いいの。今日はこの辺でバイバイ」
最後に満面の笑みを浮かべると、妖精は纏う光を渦巻かせ、天へと昇っていった。
細い一条の光が夜の空へと昇っていく。
律と卯深はただただ妖精が天へと昇っていくのを見届けるだけだった。
それ以外に何ができたのかと問われたら何もできなかったと答えるしかないだろうし、妖精相手に何をしていいのかさえ分からないといってもいいだろう。
細い一条の光が夜の空へと昇っていく。
律と卯深はただただ妖精が天へと昇っていくのを見届けるだけだった。
それ以外に何ができたのかと問われたら何もできなかったと答えるしかないだろうし、妖精相手に何をしていいのかさえ分からないといってもいいだろう。
妖精が目の前から消え、妖精を目の当たりにした驚愕という恐怖はこれで同時に消えることだろう。
だが、別の恐怖がこのあと襲い掛かってきた。
律は卯深を見る。他に何をしたらいいのか分からなかったから、とにかく卯深を見ただけだ。
卯深は震え、歯をガチガチと鳴らしている。いつも気丈なところを見せる卯深なのだが、さすがに妖精なんてものを見せられて気丈さを保つことができなかったのだろう。
その卯深が別の恐怖を口にした。いや、律にも分かるように言葉にしたといった方がいいのかもしれない。
だが、別の恐怖がこのあと襲い掛かってきた。
律は卯深を見る。他に何をしたらいいのか分からなかったから、とにかく卯深を見ただけだ。
卯深は震え、歯をガチガチと鳴らしている。いつも気丈なところを見せる卯深なのだが、さすがに妖精なんてものを見せられて気丈さを保つことができなかったのだろう。
その卯深が別の恐怖を口にした。いや、律にも分かるように言葉にしたといった方がいいのかもしれない。
「妖精を見たら、いなくなる……。妖精を見たら、消えちゃうんだよね……?」
言葉のあとに乾いた笑いを浮かべる卯深。
お伽話の内容は妖精を見たことに頭の隅へと追いやられていたのに、卯深のこの言葉に再び戻ってきたというべきだろう。
卯深の震えがまるで風邪でもうつったかのように、律も震えが襲ってきた。両肩を抱き、その場で屈みこむ。
お伽話の内容は妖精を見たことに頭の隅へと追いやられていたのに、卯深のこの言葉に再び戻ってきたというべきだろう。
卯深の震えがまるで風邪でもうつったかのように、律も震えが襲ってきた。両肩を抱き、その場で屈みこむ。
―― ◇ ――
意識して考えるものだから、余計に怖さが鮮明に蘇ってくる。
あのあと卯深とともに何も会話せずに、何も会話できずに家に帰ってきた覚えがある。
律は大きく息を吐き、シャワーの栓を閉めた。
これ以上シャワーを浴びても変わらないのなら意味のないことだ、と考えてのことだ。
あのあと卯深とともに何も会話せずに、何も会話できずに家に帰ってきた覚えがある。
律は大きく息を吐き、シャワーの栓を閉めた。
これ以上シャワーを浴びても変わらないのなら意味のないことだ、と考えてのことだ。
髪は半渇きのまま衣服に袖を通し、家の外へと出た。
今まで熱めのシャワーに浴びていたためか、外の冷たい空気がどこか心地よく感じられる。
この心地よさで嫌なことも忘れ去ることができればと思うが、そう思いどおりには行かないようだ。
空気の心地よさと頭の中のわだかまりがごっちゃになり、変に酔いそうな気分になる。
溜息を吐き、道場へと目を向けると、まだ明かりがついている。一馬と卯深がまだいるのだろう。
そこへ――
今まで熱めのシャワーに浴びていたためか、外の冷たい空気がどこか心地よく感じられる。
この心地よさで嫌なことも忘れ去ることができればと思うが、そう思いどおりには行かないようだ。
空気の心地よさと頭の中のわだかまりがごっちゃになり、変に酔いそうな気分になる。
溜息を吐き、道場へと目を向けると、まだ明かりがついている。一馬と卯深がまだいるのだろう。
そこへ――
「あなたが、明日香律?」
ふと声をかけられた。凛とした女性の声。
門前に、ふたつの影がある。どうやら、彼らが声をかけてきたらしい。
門前に、ふたつの影がある。どうやら、彼らが声をかけてきたらしい。
8-1
「あなたが、明日香律?」
ふと、律に声がかけられた。凛として言葉の節々がはっきりと発音されている女の声。
律が声の方、門へと向けると、そこには二人の影がある。
一人は男。もう一人は女。
声は女の声なので、後者が律に声をかけてきたのだろう。
律が声の方、門へと向けると、そこには二人の影がある。
一人は男。もう一人は女。
声は女の声なので、後者が律に声をかけてきたのだろう。
「誰?」
「誰と訊かれても、どう答えたらいいかしら? 名前でよろしい?」
「誰と訊かれても、どう答えたらいいかしら? 名前でよろしい?」
女は顎に指を当て軽く首をかしげる。
女は胸に手を当て、瞳に冷たい輝きを持って律を見据え、名乗った。
女は胸に手を当て、瞳に冷たい輝きを持って律を見据え、名乗った。
「私は神楽坂知美。で、こちらが天野翔。これでよろしいかしら?」
女――知美の紹介にあわせて、男――翔が会釈をした。
律もまた反射的ではあるが会釈で返す。
しかし、すぐさま警戒する眼差しで二人を見た。
律もまた反射的ではあるが会釈で返す。
しかし、すぐさま警戒する眼差しで二人を見た。
「その……それで、私に何か用でも?」
「あら? 話が早くていいわね。そう、あなたに用があってきましたの。あなたに訊きたいことがありましてね」
「訊きたいこと……?」
「ええ。率直に訊きますわ。私どもは、テテスというものを探しているの。で、あなたには、そのテテスの所在を訊きたいと思ってるわけ」
「テテス?」
「あら、しらばくれても駄目よ。あなたがテテスと一緒にいたという話を耳にしていますもの。それに、テテスの所在を隠す必要性もないでしょうに。さ、テテスはどこ?」
「だから、テテスって何? テテスって誰? 私は知らない」
「あら? 話が早くていいわね。そう、あなたに用があってきましたの。あなたに訊きたいことがありましてね」
「訊きたいこと……?」
「ええ。率直に訊きますわ。私どもは、テテスというものを探しているの。で、あなたには、そのテテスの所在を訊きたいと思ってるわけ」
「テテス?」
「あら、しらばくれても駄目よ。あなたがテテスと一緒にいたという話を耳にしていますもの。それに、テテスの所在を隠す必要性もないでしょうに。さ、テテスはどこ?」
「だから、テテスって何? テテスって誰? 私は知らない」
テテスと言われても全くもって思い当たる顔がない。
人以外の何かのことなのかと思い――
人以外の何かのことなのかと思い――
「まさか、妖精……の事?」
と恐る恐る訊ねてみた。
しかし、知美には何を言っているのか分からないらしく首を傾げている。
それどころか、首を直すとさらに険しい眼差しを向けてきた。
しかし、知美には何を言っているのか分からないらしく首を傾げている。
それどころか、首を直すとさらに険しい眼差しを向けてきた。
「妖精って、変な噂話の事を指しているのかしら? あんな根も葉もない噂。仮に妖精を見た人がいたとして、この街から行方不明になったなんて話は全く聞かないわ。
それより、そんな話で私をはぐらかそうという魂胆なのかしら? だとしたら感心しないわね。先ほども言ったとおり、隠すようなことじゃないでしょ? ただテテスの所在を教えてほしいといっているだけじゃないの」
それより、そんな話で私をはぐらかそうという魂胆なのかしら? だとしたら感心しないわね。先ほども言ったとおり、隠すようなことじゃないでしょ? ただテテスの所在を教えてほしいといっているだけじゃないの」
知美の口調も険しくなってきて、律は目を細めて肩をすくめる。
何も悪いことをしていないのに、決してとも身を騙そうとか考えてもいないのに、なぜこうも怖がらせてくるのだろうか。
律は知美から逃げたい思いでいっぱいなのだが、知美の視線がまるで律の足を鎖でがんじがらめにしているかのように、足が全く動かず逃げることができないでいた。
何も悪いことをしていないのに、決してとも身を騙そうとか考えてもいないのに、なぜこうも怖がらせてくるのだろうか。
律は知美から逃げたい思いでいっぱいなのだが、知美の視線がまるで律の足を鎖でがんじがらめにしているかのように、足が全く動かず逃げることができないでいた。
「……本当に知らないの? 嘘ではなくて? テテスの所在どころか、テテスすらも?」
「う、うん。知らない……」
「ハァ……なら仕方がありませんわね」
「う、うん。知らない……」
「ハァ……なら仕方がありませんわね」
知美の視線から険しさが消えていく。
律が嘘を言っていないということが知美に伝わったのだろう。
律が嘘を言っていないということが知美に伝わったのだろう。
「翔、今日はこれで引きましょう。嘘を吐いているようには思えませんけど、それでもにわかには信じがたいですからね」
知美は溜息を吐き、律から視線を外した。
視線が外れたことで呪縛からとかれたとでも言うべきだろうか、律の足が動き、小さく一歩後退りをすることができた。
視線が外れたことで呪縛からとかれたとでも言うべきだろうか、律の足が動き、小さく一歩後退りをすることができた。
「では、明日香律、ごきげんよう」
知美は社交的な笑みを見せ、会釈をすると翔を連れて夜の闇の中へと消えていく。
門前には暗闇と静けさが戻ってきた。
門前には暗闇と静けさが戻ってきた。
「律、どうした?」
今度は後方、道場から声をかけられた。
道場の入り口に着替えを済ませた一馬と、その後ろに寄り添うような形で卯深がいる。
道場の入り口に着替えを済ませた一馬と、その後ろに寄り添うような形で卯深がいる。
「誰かと話していたようだったけど。何か揉めていたのか?」
会話の内容までは分からないといったようだが、やり取りの雰囲気というべきかそれは伝わっていたのかもしれない。
それとも、遠くから知美との会話を見ていたとも考えられる。
それとも、遠くから知美との会話を見ていたとも考えられる。
「ううん。大丈夫。ちょっとね、人を訪ねられていただけ。知らないから、知らないと答えたけど」
「そうか? まあ、何であれ何ともなのならそれでいいが」
「そうか? まあ、何であれ何ともなのならそれでいいが」
二人が律のそばへとより、一馬がいつものように律のまだ濡れたままの頭を撫でてくる。
冷たく冷え切った濡れたままの髪の毛、ちゃんと乾かさずに外へ出ていたことを思い出したかのように律はくしゃみをした。
冷たく冷え切った濡れたままの髪の毛、ちゃんと乾かさずに外へ出ていたことを思い出したかのように律はくしゃみをした。
「ちゃんと髪を乾かしておかないと風邪ひくぞ――ん!?」
柔和な笑みを見せる一馬だが、何を見たのか表情が硬くなった。
一体何を見たのだろうかと、律は一馬の視線の向く先を見た。
一体何を見たのだろうかと、律は一馬の視線の向く先を見た。
――黒いロングコートを纏いアメジストの瞳をした男。
これで何度目になるのだろうか、とさえ思えてくる相手に律はたじろいだ。
男はいつものように何を考えているのか分からない面持ちで律を見据えてくる。
特別何かで恐怖を与えてくるわけではないのだが、この無表情さが逆に怖い。
男はいつものように何を考えているのか分からない面持ちで律を見据えてくる。
特別何かで恐怖を与えてくるわけではないのだが、この無表情さが逆に怖い。
「なんだ、お前は!?」
律の前に一馬が律を男から庇いたてるように前へと出る。
男は視線から律を遮られたことで瞬きをすると、ゆっくりと一馬を見据えた。
男は視線から律を遮られたことで瞬きをすると、ゆっくりと一馬を見据えた。
「アレが来る。気をつけろ――」
8-2
「アレが来る。気をつけろ」
男は一馬を見据えたまま言葉を発した。
でも、一馬に対して言っているのではなく、明らかに一馬の後ろに隠れている律に向けられているのを律は感じ取れた。
これも何度聞いた言葉なのだろうか。
いつも会うたびにあの男は言うのだ。
一体、何に対して気をつけなければならないのだろうか、それが分からない。
何度も聞かされたのなら、いい加減何かに気付いてもいいのだろうけど、この男の言葉の真意がさっぱり知れないのだ。
でも、一馬に対して言っているのではなく、明らかに一馬の後ろに隠れている律に向けられているのを律は感じ取れた。
これも何度聞いた言葉なのだろうか。
いつも会うたびにあの男は言うのだ。
一体、何に対して気をつけなければならないのだろうか、それが分からない。
何度も聞かされたのなら、いい加減何かに気付いてもいいのだろうけど、この男の言葉の真意がさっぱり知れないのだ。
「おい、一体何に気をつけろというのだ?」
律の思いを一馬が代弁してくれた。
いや、律でなくともことの男の真意を知れるものがいないといった方が正しいのかもしれない。
でも、ふと校舎の屋上であったときのことを思い出した。
あの時、妖精を見て、この男が現れた。
そして、「なぜアレがキミに目をつけたのかは存ぜぬが、アレはキミを」と言葉途中ながらもこの男は律に言ったのだ。
となれば、妖精のことを指している、律はそうとしか思えなかった。
いや、律でなくともことの男の真意を知れるものがいないといった方が正しいのかもしれない。
でも、ふと校舎の屋上であったときのことを思い出した。
あの時、妖精を見て、この男が現れた。
そして、「なぜアレがキミに目をつけたのかは存ぜぬが、アレはキミを」と言葉途中ながらもこの男は律に言ったのだ。
となれば、妖精のことを指している、律はそうとしか思えなかった。
「答えろ!」
男に妖精のことを訊こうと思った矢先、一馬が男へと向かっていってしまう。
男が何も答えないことに焦れてしまったようだ。
飛び掛っていくが、そのあとは一瞬だった。
何が起きたのか分からない、何が起きたのか認識できないまま、一馬が戻ってくる。
それも、吹き飛ばされて律の横を転げていった。
男が何も答えないことに焦れてしまったようだ。
飛び掛っていくが、そのあとは一瞬だった。
何が起きたのか分からない、何が起きたのか認識できないまま、一馬が戻ってくる。
それも、吹き飛ばされて律の横を転げていった。
「一馬兄さん!?」
転げていった一馬へと視線を送ると、一馬は起き上がろうとしているところだった。
吹き飛ばされたといっても、受身を取ったようで大事に至らなかったことに安堵する。
卯深はその一馬へと寄って、一馬が立ち上がるのを手伝う。
一馬に何ごともないのを確認した上で、律は男へと視線を戻した。
――が、そこには男の姿はなかった。
いつものように、音もなく消えてしまっていた。
律は小さく「あ……」とだけ言葉を漏らしていた。
気をつけなければならない相手が妖精なのか、訊ねる機会がなくなってしまったからだ。
だからといって、機会を逃すきっかけとなった一馬を責めるつもりはない。
一馬は律のことを思って男へと向かっていったのだから、むしろ感謝している。
なので、残念の一言で終わってしまうことがどこか歯がゆかった。
吹き飛ばされたといっても、受身を取ったようで大事に至らなかったことに安堵する。
卯深はその一馬へと寄って、一馬が立ち上がるのを手伝う。
一馬に何ごともないのを確認した上で、律は男へと視線を戻した。
――が、そこには男の姿はなかった。
いつものように、音もなく消えてしまっていた。
律は小さく「あ……」とだけ言葉を漏らしていた。
気をつけなければならない相手が妖精なのか、訊ねる機会がなくなってしまったからだ。
だからといって、機会を逃すきっかけとなった一馬を責めるつもりはない。
一馬は律のことを思って男へと向かっていったのだから、むしろ感謝している。
なので、残念の一言で終わってしまうことがどこか歯がゆかった。
「一馬兄さん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。日ごろの鍛錬のお陰だな」
「ああ、大丈夫だ。日ごろの鍛錬のお陰だな」
一馬は「肘をすりむいた」などと苦笑しながら、腕を振り回して大丈夫なことを前面に出して見せてくれる。
それを見て卯深が「傷の手当しなきゃね」と一馬の埃まみれになった服をはたいてやる。
それを見て卯深が「傷の手当しなきゃね」と一馬の埃まみれになった服をはたいてやる。
――突然、何の前触れもなく、白い世界が広がる。
夜の空気はそもそも冷たいのだが、この白い世界へと広がっていくにつれてさらに寒さが増していく。
背筋を凍らせるかのような、ゾクゾクとする空気。
この世界を白く染めていくものが霧であることに、律はすぐに気がついた。
卯深と一馬は何が起きたのかと辺りを見渡しているだけだ。
霧はいっそう濃くなっていく。
家もうっすらとしか見えなくなっていき、道場はシルエットとしてしか見ることができない。
律は二人の下へとより、あることを思い出していた。
夢で見た白い世界。夢で見た霧の世界。
嫌な予感。男の言葉を思い出す。
背筋を凍らせるかのような、ゾクゾクとする空気。
この世界を白く染めていくものが霧であることに、律はすぐに気がついた。
卯深と一馬は何が起きたのかと辺りを見渡しているだけだ。
霧はいっそう濃くなっていく。
家もうっすらとしか見えなくなっていき、道場はシルエットとしてしか見ることができない。
律は二人の下へとより、あることを思い出していた。
夢で見た白い世界。夢で見た霧の世界。
嫌な予感。男の言葉を思い出す。
――アレが来る。気をつけろ――
このことを言っていたのだろうか。
となると、この後に続くのは……男もしくは妖精が出てくるということ。
男はすでに出てきてしまって、さらには警告めいたことまで言っていった。
残るは妖精ということになる。
となると、この後に続くのは……男もしくは妖精が出てくるということ。
男はすでに出てきてしまって、さらには警告めいたことまで言っていった。
残るは妖精ということになる。
「結局、独りじゃ何にもできないんだね。独りじゃ、弱い女の子。アハハ」
霧の中に響く声。
卯深でも一馬でも、はたまた律が言っているわけでもない。
別の誰かが、この霧の中間違いなく律へと向けて言っているのは分かった。
卯深でも一馬でも、はたまた律が言っているわけでもない。
別の誰かが、この霧の中間違いなく律へと向けて言っているのは分かった。
霧の中に淡く光が浮いているのを見つけた。
空からゆっくりとそれは降りてくる。
光の大きさからして、両手で抱える程度、サッカーボールかそれに似た大きさだ。
光は三人の前でフワフワと浮いている。
空からゆっくりとそれは降りてくる。
光の大きさからして、両手で抱える程度、サッカーボールかそれに似た大きさだ。
光は三人の前でフワフワと浮いている。
「誰かに頼らないと何もできない子。誰かにやってもらわなければ何もできない子。アハハ」
声は、この光から聞こえてくる。
光が三人に見える位置まで近寄ってきて、その正体が何なのかはっきりした。
律には正体が何なのかすでに知れていたといっていいのかもしれない。
他の二人は、唖然としてそれを見ているが、律はそれを睨みつけている。
光が三人に見える位置まで近寄ってきて、その正体が何なのかはっきりした。
律には正体が何なのかすでに知れていたといっていいのかもしれない。
他の二人は、唖然としてそれを見ているが、律はそれを睨みつけている。
「なら、そんな弱い子にはお仕置きをしないとね」
無邪気な笑みを見せる妖精。それが光の正体だ。
光の鱗粉とでも言うべきだろうか、それを振り撒くようにして妖精は一馬の目の前へと飛び寄った。
光の鱗粉とでも言うべきだろうか、それを振り撒くようにして妖精は一馬の目の前へと飛び寄った。
「なんだ、これ? 俺は転んだ拍子に頭でも打ったのか?」
「アハハ。だったらよかったね、お兄ちゃん」
「アハハ。だったらよかったね、お兄ちゃん」
妖精は満面の笑みを見せた。
直後、一馬が全身に光を纏ったかと思うと、二人の前から姿を消してしまった。
直後、一馬が全身に光を纏ったかと思うと、二人の前から姿を消してしまった。
「一馬兄さん?」
「一馬さん!?」
「一馬さん!?」
9-1
妖精が律と卯深の目の前で一馬を消してしまった。
二人には、消えたという事実は分かっているのだが、何が起きたのかという考えが頭の中を支配する。
二人が一馬の名を呼び、辺りを見渡した。
目の前で消えたのにも拘らず、まだ周りにいるのではないかと思い込んでいるのだ。
だけど、消えてしまったものが周りにいるわけがない。
二人には、消えたという事実は分かっているのだが、何が起きたのかという考えが頭の中を支配する。
二人が一馬の名を呼び、辺りを見渡した。
目の前で消えたのにも拘らず、まだ周りにいるのではないかと思い込んでいるのだ。
だけど、消えてしまったものが周りにいるわけがない。
「一馬さんをどうしたのよ!?」
卯深は妖精へとがなりを上げた――のだが、もう二人の前に妖精の姿はなかった。
いつものように、ぱっと現われ、ぱっと消えたのだ。
いつものように、ぱっと現われ、ぱっと消えたのだ。
「どこへ行ったの!? 一馬さんを返してよ!」
卯深の叫び声だけが虚しく響くだけ。霧に覆われたこの世界がさらに寂しさを増すだけ。
「律、探すわよ。一馬さんを返してもらうの」
目じりに涙を溜めた卯深の表情、怒りと悲しみが入り混じり、どことなく怖さを感じる。
律はうなずくことしかできないでいた。
まだ妖精が突然現われたこと、一馬が消えてしまったこと、頭の中の整理が上手くできなくて何も答えられないのだ。
卯深は律の手を引き、早足で敷地内から通りへと出た。
静かな通り。律の家は住宅街の中にあるので、通り自体はそんなに賑やかではない。
でも、それでも静かと思えるほどだった。
何がそう思わせるのか。生活音が全くしないのだ。
聞こえるのは二人の呼吸する音だけ。あとは車の音も、誰かが歩いている音も、近所の家からも何も聞こえないのだ。
誰もいない、そんな言葉が律の頭をよぎる。
いつぞや見た夢と同じ、霧に包まれた誰もいない世界。
二度も見た夢。あれが現実のものとなってしまった。
あの男が現れたこと、妖精が現れたこと、そうなればこの白い世界も容易に予想できたのかもしれない。
だからといって、誰もいない世界なんてあまりにも現実離れしすぎてしまっているからこそ、予想できなかったというしかない。
すでに妖精が現れた時点で、現実離れしてしまっていても、予想できなかったのだというしかない。
律はうなずくことしかできないでいた。
まだ妖精が突然現われたこと、一馬が消えてしまったこと、頭の中の整理が上手くできなくて何も答えられないのだ。
卯深は律の手を引き、早足で敷地内から通りへと出た。
静かな通り。律の家は住宅街の中にあるので、通り自体はそんなに賑やかではない。
でも、それでも静かと思えるほどだった。
何がそう思わせるのか。生活音が全くしないのだ。
聞こえるのは二人の呼吸する音だけ。あとは車の音も、誰かが歩いている音も、近所の家からも何も聞こえないのだ。
誰もいない、そんな言葉が律の頭をよぎる。
いつぞや見た夢と同じ、霧に包まれた誰もいない世界。
二度も見た夢。あれが現実のものとなってしまった。
あの男が現れたこと、妖精が現れたこと、そうなればこの白い世界も容易に予想できたのかもしれない。
だからといって、誰もいない世界なんてあまりにも現実離れしすぎてしまっているからこそ、予想できなかったというしかない。
すでに妖精が現れた時点で、現実離れしてしまっていても、予想できなかったのだというしかない。
「どこに行ったの!?」
卯深は周りを忙しなく見回している。
妖精ばかりに気がいって、この異常な世界のことなどまったく気がついていないのだろうか。
律は何度か卯深の名前を呼んだが、卯深には全く律の言葉が聞こえていないようだった。
それどころか、律の手を掴む力が増している。握り締めているのだ。
痛みが走るものの、それを訴えたところで果たして聞いてくれるか分からない状態。
仮に聞いてくれたとしても、そんなことはいいからまず妖精を探し出すほうが先決だ、とも言い返されない。
妖精ばかりに気がいって、この異常な世界のことなどまったく気がついていないのだろうか。
律は何度か卯深の名前を呼んだが、卯深には全く律の言葉が聞こえていないようだった。
それどころか、律の手を掴む力が増している。握り締めているのだ。
痛みが走るものの、それを訴えたところで果たして聞いてくれるか分からない状態。
仮に聞いてくれたとしても、そんなことはいいからまず妖精を探し出すほうが先決だ、とも言い返されない。
―― ◇ ――
湯上りのまま外に出たために、外を出回ることを考えていない格好だから、寒さに打ち震えている。凍えているといってもいいだろう。
でも卯深に手を引かれたまま家に戻ることもなく、仕舞いには街の大通りへと出てきてしまった。
でも卯深に手を引かれたまま家に戻ることもなく、仕舞いには街の大通りへと出てきてしまった。
――静けさの広まる大通り。
全く人の姿がないのだ。どこを見渡しても、人はおろか車が通ることもない。
閑静な住宅街ではないのに、街一番の大通りのはずなのに、全くもって静寂に包まれていた。
クリスマスに向けてのイルミネーションが誰もいない街を虚しく照らしているだけだ。
二人はただ呆然と眺めているだけ。
閑静な住宅街ではないのに、街一番の大通りのはずなのに、全くもって静寂に包まれていた。
クリスマスに向けてのイルミネーションが誰もいない街を虚しく照らしているだけだ。
二人はただ呆然と眺めているだけ。
「どうして、誰もいないわけ?」
走り疲れて息を整える合間があったからなのだろう、卯深はこの異変にようやく気がついたようだ。
「ハハハ……何よこれ。妖精が出てきただけじゃなくて、一馬さんが消えて、街の人たちもいなくて……まるで、あのお伽話そのものじゃない」
乾いた笑いが響き渡る。静かだからこそ、ちょっとした笑みがどこまでもこだまする。
律は卯深の握ってくれている手を両手で握り締めた。
何もできないけど、そばにいる、そんなことでも伝えたかったのかもしれない。
いや、そばに卯深がいることをこのつないだ手で確認したかっただけなのかもしれない。
律は卯深の握ってくれている手を両手で握り締めた。
何もできないけど、そばにいる、そんなことでも伝えたかったのかもしれない。
いや、そばに卯深がいることをこのつないだ手で確認したかっただけなのかもしれない。
「律……大丈夫だよ。私がそばにいてあげるから」
「うん……」
「うん……」
いつものように卯深が律を元気つけるかのような言い回しをしてくる。
卯深だって辛く苦しいはずなのだ。
それを隠して――隠しきれていないが――元気づけようとする卯深がとても痛々しく見える。
でも、律には何もしてあげることができなかった。
いつも気を使ってくれているから、今こそ何かをして上げられればよかったのだろうけど、何も思いつかなかった。
卯深だって辛く苦しいはずなのだ。
それを隠して――隠しきれていないが――元気づけようとする卯深がとても痛々しく見える。
でも、律には何もしてあげることができなかった。
いつも気を使ってくれているから、今こそ何かをして上げられればよかったのだろうけど、何も思いつかなかった。
「誰か、いないの!?」
どこまで歩いても街は静かなまま、誰も見かけないまま――まま、侭、儘、それが続くために、それに耐え切れなくなったがために卯深は叫んだ。
叫び声がこだまとなって返ってくる。
叫び声がこだまとなって返ってくる。
――それと会わせるように別の声が聞こえた。
「誰? 誰かそこにいますの?」
女の声。
ふと、律はこの声に聞き覚えがあることに気がついた。
霧の中シルエットがふたつ、街の角からこちらへとやってくるのが見えた。
ふと、律はこの声に聞き覚えがあることに気がついた。
霧の中シルエットがふたつ、街の角からこちらへとやってくるのが見えた。
「あら、明日香律じゃない」
声の主、それは聞き覚えがあって当然だといえば当然なのだろう。
つい先ほど顔を見合わせていた相手、知美と翔なのだから。
つい先ほど顔を見合わせていた相手、知美と翔なのだから。