おまえとゲームがしたい(前編)


作:お漏らし中尉




「はあ…はあ…はあ…はあ…」

少女は逃げている

何から?

暗がりから迫り来る足音から

光を遮ろうとするその手から

まだ見ぬ恐怖が少女の背後に迫る

「いやあ!!助けて!!」

かがみ、つかさ、みゆきの三人はとっくに捕まってしまった
学校のすぐ近くなのに何故?
警備員は眠らされ
教師は縛られ
生徒は誰もいない

誰も犯人を見ていない
何故?





「きゃ!?」

少女は脚を絡ませて転ぶ
そこそこの瞬発力を誇るその脚も、所詮は子供の戯れにしか通用しない
生き残るには野生、本能が必要だ

白く不気味な仮面を被った男が少女を捕らえに迫る
迫る 迫る 迫る

「い…いやあぁ…私が何したって言うのぉ…やめてよこのコスプレ野郎!?」

『カカカカカカカカカカ!!』

男の放つおぞましい笑い声…
まるで爬虫類の様なその眼…

殺される…彼女はそう思い、ヘタリと座り込む

あまりの恐怖に少女は小便を漏らしてしまい
濡れた床がスカートをジワジワと暗く染めていく
その表情にはもはや恥じらいなど無い

『泉 こなた…』

「え…なんで私の名…」

ゴス!

突然の悪夢の来襲に少女たちは成す術もない
泉こなたと呼ばれた少女は男によって闇に引きずり込まれていった






目が覚める
綺麗なシャンデリアに整頓された広い部屋、真っ白な壁紙、大画面テレビ
各種ゲーム機、見たことも無い程の高機能であろうPCもちろん大画面使用
電話、ベット、ソファー、漫画、アニメや映画のDVD、同人誌などなど

欲しいものが欲しいだけある夢の様な世界

「ここ、どこだろう?」

部屋を見回してみて、鏡が目に入る
そこには真っ白なドレスを着た…自分

「あ、あれ?私ってこんな服持ってたっけ?」

いや、間違いなく持っていない
冷静に考えてそうだろう、取り合えず部屋を散策する事にする

彫像に高そうな絵、鎧?何に使うんだろうか
大体シャンデリアが付いているなんてオカシイ
ここはお城か何かなのだろうか?

「まさか…パラレルワールド?」

こなたが有り得ない妄想に入ろうとした瞬間有る物が目に飛び込んだ、
PCの画面に張り紙がして有る

「なんだろ?」

こなたはPCに近づきそれを剥ぎ取ろうとするのだが、位置が高い
背伸びしてジャンプしてやっとの思いでテープを剥ぐのだが
セロハンテープが少し画面に付着してしまった
大画面の中の小さな汚れに「あーあ」とゲンナリしながらも
こなたはその張り紙に書いてある文字を読む

『テーブルの上のテープレコーダー』と書いてあった

「テープレコーダーって、またアナログだなぁ」

ブツブツと言いながらも、こなたは律儀にテーブルの上にある古ぼけたテープレコーダーを手に取った
恐らく昭和のモデルだろう、見たことも無いメーカーのマーク、スイッチの塗装も剥げている
『マニアに売ったら高そうだな』などと考えながら色んな角度から意味も無く眺めてみた

三角に窪んだ切り込みが付いた突起、再生ボタンはこれだろう
どんなに製品が進化しても、基本は何も変わらない
こなたはそのボタンを『カチ!』と音がするまで押し込む

「……。」

『ジジ…ジジジ…ザ…』

静かなノイズを発しながら再生される古ぼけたテープ
綺麗に整った部屋にヒンヤリと冷たい空気が漂った

『お前とゲームがしたい…』

「ひ…」

どす黒い声がした、適切な表現ではないかも知れないが
それ以外に表現のしようが無い声、野太くて深い 
声は無感情に淡々と続く

『泉こなた お前は周囲の環境に甘え友人や親に迷惑を掛けてきた
 お前の日ごろの行いのせいで大切な三人の友人がお前の犠牲になる。』

その声と同時に部屋の片隅に三つの窓が出現した
窓と言ってもほんの小さな窓、人間の頭がやっと通るほどの大きさだ

『その窓の中を見てみろ、お前の希望がある』

「…。」

窓が出現したのはベットの脇の辺りに1メートル程の間隔を空けたあたり
それぞれの窓と窓の間には小さな隔たりが有り、窓同士は30センチほど離れている
こなたは一番左の窓を除いてみたそこに有ったものは…

「…あ、こ…こなた?」
「え?…かがみん!?なんで?」

泣き顔のかがみ

「し、知らないわよ…気がついたらここに居て…」
「じゃあ、まさか!?」

こなたはその隣の窓を覗く
そこにはすすり泣くつかさと懸命に孤独に耐えるみゆき

「こなちゃん!」
「泉さん!?」

『その三人はお前の友達だった為にお前の犠牲になった者たちだ
 だが、お前たちには真の友情が芽生えてはいない』

「いいから、さっさと皆を出してよ!!」

『お前は宿題や勉強を他人に任せ、他人を蔑み、利用してばかりだった』

「そんな…違うよ…」

こなたの抗議の声は小さくなった、あながち外れてはいないからであろう
こなたはそんな自分が情けなく感じて、声を落としたのだ

『そこで、お前にチャンスをやろう』

「…。」

『今から一ヶ月間、お前はここで生活する事になる
 そこで三人の面倒を見てもらう、食事、衣類、風呂、便の全てだ
 三人からの要望に応え、お前が発する言葉でその娘の要望を叶える
 ただ…全ての回数は決まっているから気をつけろ?
 回数制限はベットの上のマニュアルに記載してあるので良く読んでおけ
 そのマニュアルの内容は三人には教えるな…その時は皆死ぬ     』

「マニュアル…?」

ベットの上には大学ノートの様な薄っぺらい説明書が置いてある

『それから、お前がここに住む一ヶ月間は恐らく
 お前が体験してきた贅沢の全てを凌駕するものになるだろう
 しっかり味わっておけ…それでは、ゲームスタートだ
 真の友情を手に入れろ、健闘を祈る                』

テープはそこでカチリと音を立てて、辺りは静寂に包まれた

「これって…、どういうこと……」

しかし、立ち尽くしていても何も変わらない事は明白だ
こなたは黙ってベットの上にあるマニュアルを読むことにした
それが大切な友達の命を救う事に繋がるのならそうせざる終えない

こなたはソファーに座り、マニュアルの表紙を開く

「……。」

かくして地獄のゲームは幕を開ける
悲しく苦しく…そして……





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~マニュアル~
食事は一日三回 一回の食事で出せるのは二部屋までとする
衣服 下着を渡す これも一日に二人まで
   着替えを用意、一日に一人
浴室 一日二人
会話 一日に20分 三人の内、誰か一人のみ選ぶ
使用者には最高のもてなしをする
食事、娯楽、衣類、浴室、睡眠すべてが一級とする

ルール:1
『このマニュアルの内容を相手に知らせない』

ルール:2
『常に何かで遊んでいるか、定められた行動を取る事』

ルール:3
『間違っても自分の持ち物を三人に分け与えないこと』

ルール:4
『三人同士の会話は禁止する事』

ルール:5
『従わなかった場合、罰を与える事』

ルール:6
『罰は下記に記載している中から選ぶ、この内容も三人に知られてはいけない』

< 罰 >
1、食事無し

2、水攻め

3、百叩き

4、虫風呂

※原則としてこの内容以外の罰は用意しない

要望がある場合、許容内であれば用意する…連絡は電話で00と押せばこちらに繋がる

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「何、このルール…最悪じゃんか…」

こなたは体を震わせた
最悪のルールだ、たちの悪いマニュアル、作った人間のおぞましい部分が手に取るように解る
嫌がらせのレベルを明らかに超えたものである

どうする?従うのか?
しかし、従わなければ皆死んでしまうかもしれない

「どうしよう…」

「こなた!はやくここから出してぇ!」
「こなちゃん!助けて!」
「泉さん、私はここですよ!」

三人の声が聞こえる
それもかなり真に迫った声
私があのコスプレ男に誘拐されてから、どれくらい時間が経っているのだろうか
3時間?5時間?10時間くらい?

そういえば電話が有った…とりあえず日時の確認くらいはしておきたい
こなたは電話の受話器を手にとって00の短縮ダイアルを押す
受話器から聞こえるプッシュ音がまるで銃声のように心を押しつぶす

プルルルルルル プルルルルルル ガチャ

『早速の連絡を有難う、なんの用かな?』
「今日の日付を…さらわれてからどれくらい経ってるか教えて…」

『時間の把握か、よい判断だな。あながち馬鹿ではないようだ』
「いいから、さっさと教えてよ」

『せっかちなのは玉に瑕だがな…お前たちがここに来てからもうすぐ46時間が過ぎようとしている
 つまりあと2時間で丸二日が経つ訳だ』
「そんなに経つの…?」

『因みにお前が眠っている間も、あの三人は起き続け、孤独を味合わせておいてやったぞ。
 食事も衣類も与えていない、お前の仕事だからな』
「なんでこんな事するの!?ひどいじゃん!!」

『ではマニュアルに則ってゲームをクリアしてくれ』
「ちょっと!!待って!!!」

『健闘を祈る…』

プー… プー… プー…


「ちょっと、こなたぁ!聞いてるのぉ…ぐす…えっぐ…」
「こなちゃーん!助けてよ~!ひっくひっく…」
「泉さん!私たちの声が聞こえないんですか?泉さん!?」

どんなに喚かれても助けてあげられない
そして、話が出来るのは一日に一回この中の誰か一人
でもルールの内容は教えちゃいけない…どうするべきか?

ここは一番気の弱いつかさと会話をして励ましておくべきかもしれない

こなたはつかさがしがみ付いている窓の辺りにしゃがみ込んで
マニュアルの通りに設置された、窓枠の上の『会話ボタン』を押す
このボタンは自動的に20分の経過を教えてくれて30秒前になったら管理者のみにその時間を教えてくれる
もしも、それを経過してしまったらペナルティでこなた自身が罰を与えられてしまうのだ
そして、会話の相手は命を落とす事になる、厳守しなければ…

「つ、つかさ…大丈夫?」
「こなちゃん!怖かったよぉ!!」

「つかさ…落ち着いて、大丈夫だから…ね?」
「う、うん…こなちゃんが助けてくれるんだよね?そうでしょ?」

つかさは本当に怖かったのだろう
目から涙を流し、体を震わせて窓にしがみ付いてくる
小さなその枠から必死に私の手を握り、離そうとしない
そして、早くも恐れていた事態に差し掛かる

「そ、そだよ…私が助けるから待っててね!」
「うん、じゃあ私頑張るね!お姉ちゃんとゆきちゃんとはもう話したの?」

「い…いや、まだだけど…」
「じゃあ、二人ともお話してあげて…ね?」

話したくても話せない…だがこれは悟られてはいけない事だ

「う、うん…そだね」
「?どうしたの?行ってあげて?」

つかさはこなたの手を離して軽く微笑むが、こなたは浮かない顔でつかさを見る

「う、うん…」
「どうしたの?何か変だよ?」

「そ、そかな?きっとあの二人は大丈夫…」
「でも、お姉ちゃんもゆきちゃんもきっと寂しがってるよ?さっきも声が聞こえてたし」

もどかしい、つかさの優しい心が引き起こす最悪の問題

「で、でも…」
「どうしたの?何か行けない理由でもあるの?」

ランプが点滅している…もちろんつかさには見えない

「あ…つかさ、ごめん…もう行かなきゃ…」
「え?なんで?どこに行くの?」

つかさがこなたの手を再び握る

「ちょ…つかさ?」
「お願いだから、お姉ちゃんとゆきちゃんの所にも行ってあげて!」

「つかさ、痛いよ?ちょっと…離して…」

ランプの横のモニターに『20』と数字が表示され
『19』『18』『17』『16』とカウントが始まる

「つかさ!やめて離して!!」
「こなちゃん?どうしたの?」

突然声を荒げたこなたにつかさは驚いてしまう
こなたはつかさの手を強引に引き剥がして、座り込んだ

『10』『9』『8』『7』

カウントは止まらない

「つかさ、ごめんね…」
「こなちゃん?こなちゃん!?」

こなたはそのまま踵を返して
『会話は1メートル以上離れて沈黙を保つ事で終了とする』
という記載通りに行動した
先ほどからつかさはこなたに対して声を荒げているが
こなたは返事をしない
もし返事をすればつかさが死んでしまうからだ

「……」
「こなちゃん、何か言ってよ!!」

だが、つかさは知らない

「……」
「こなちゃん!!聞いてるの!?ねえ、なんとか言ったらどうなの!?」

つかさのこんな声ははじめて聞く気がする
一度後ろを振り向くと窓枠の表示は『END』という字が点滅して会話の終わりを告げていた

こなたは一瞬だけつかさに目を向ける
つかさの顔は紅潮し、瞳はこなたを睨み付けていた

こなたは心の中で謝りながらもPCのテーブルに座る

ルール:2
『常に何かで遊んでいるか、定められた行動を取る事』

幸か不幸か、この部屋の中には遊ぶものが山のように有る
だが
この部屋の遊具が有る場所は全てが三人の視界に入っている
つまり、遊んでいる所を見られる形になるのだ
三人から見てみれば

『友人が閉じ込められているのにノウノウと遊ぶこなたの図』が出来上がる訳である

「こなた…一体どうしちゃったのよ?」
「こなちゃん、酷いよ…」
「泉さん…貴女って人は…」

三人の呟く声がこなたにも聞こえる
同じ部屋に居るのだ、嫌でも聞こえるに決まっている

「みんな…」

悲しんでもいられない 次は…食事の時間だ…




小さな小さな外への世界
四方40cmほどの窓から見える友人の泉こなた
彼女の部屋は贅沢極まりない程の造りだ

それに引き換えこちらはどうだろう?
たたみ一畳ほどのスペースに硬いベットと洗面器が有るのみ
天井までは手が届くほどで窓は大体胸の高さくらいにある

あとはカセットテープのレコーダー
この内容を聞いた時は愕然としたものだ

『お前たちの運命は泉こなたが握っている
 彼女との友情を確かめる絶好の機会だろう?
 その為に今から一ヶ月間、この中で過ごしてもらう
 食事、衣類、浴室の使用、排便の処理などは友人に頼むといい
 では、楽しんでくれたまえ カカカカカカカカカカ       』

「何よこれ…ふざけないでよ」

「どうしてこんな事になったのかなぁ…?」                

「一体…私たちはどうしたらいいんでしょう…私はどうしたら…」

かがみ、つかさ、みゆきの三人はこなたを見つめる
こなたの表情は良く見えないが
おそらくネットゲームに勤しんでいるのだろう
しかし、この差は一体何なのか?
こなたは快適な空間に住んでいるのにも関わらず
こちらとは一切の会話を拒否しているようにしか見えない

こちらは洗面器の中に排便をし、その悪臭の中で十数時間を過ごしているというのにも関わらず
こなたは換気の利いた澄んだ空気の部屋で快適に過ごしているのだ

「こなたぁ!!ちょっと、なんとか言いなさいよ!?」

「こなちゃん!!聞いてるの、ねえ!?」

「泉さん!こちらを向いてください!!」

しかし、こなたはこちらをチラリと見るだけで、話しかけてくる様子は無い
こなたからしてみれば三人の命を救う為の制約を負わされての事なのだが
それを知らない三人は『裏切り』にしか見えない

そうこうしている内に食事の時間がやってきた
どうして解るのか?

それは、各部屋の中スピーカーからアナウンスが流れるからである
しかし、こなたからは三人の部屋の中身は見えないため、そのアナウンスがあるのも
ましてや三人がどんな環境で過ごしているのかも解らない

『食事の時間だ…』

三人は息を呑んだ
そういえばさらわれて来てから一度も食事を採っていない
どんな食事が出るのだろうか?



『食事の時間だ…』

こなたは身を震わせた
彫刻などが飾ってある辺りに小型のエレベーターが有った様で
ゴウン…と音を立てて扉が開く

中には三人分の食事が有った
一つは大きな鳥の丸焼きとサラダ、パンが綺麗に盛られたトレイ
それには『泉こなた』と書かれている

残り二つは
2ℓのペットボトルに入った水と
紙皿に盛られた茶碗一杯分の白米にスープのみ
そして、箸は無い

そして、もう一つ、2ℓのペットボトルが一つあった
これは『三人目』と書かれてある
おそらく食事は与えないが水分くらいは…という計らいなのだろう

こなたは考えた…
なんせ、約2日ぶりの食事だろう、体力など色々考えなければならない
かがみ、つかさ、みゆきの三人…

かがみとみゆきはワリと体力があるほうだろう
つかさは水だけだったら死んでしまいかねない
しかも、つかさは先ほど怒らせてしまった、ここは優しくしておかなければ危ない

じゃあ、あと一人はどうする?
かがみ?みゆき?どちらか一人…

こなたはまず一人分の食事をつかさの所に持っていくと無言で窓の所へ置く
つかさは手を伸ばしてトレイを採る

「ありがとう…あれ?こなちゃん、お箸はないの?」
「……」

仲直りのチャンスなのだろうが、歩み寄ろうとするつかさに無言で背を向けるこなた
つかさは少し悲しそうな目をして食事を素手で取り始める
手で直に食べた事などあまり無かっただろうが
あまりの空腹の為、むさぼる様にパクパクとして食していた

次にこなたはかがみの所に食事を持っていく
「次は私ね…」
かがみは内心嬉しかった
2日ぶりの食事が食べれるのだから、質素では有るが食の楽しみが味わえる
窓枠におかれたトレイを見てがっかりもせず、喜びもせず、それを引き寄せた
そそくさと背を向けようとしたこなたにかがみは声を掛けた

「こなた…、何も言ってくれないの?」
「……」

マニュアル
『会話 一日に20分 三人の内、誰か一人のみ選ぶ』

会話の出来る時間は既に終わってしまった
こなたは無言でかがみに背を向ける

「あんた…、どういうつもりなのよ?…ちょっと待ちなさい!」
「……」

一瞬立ち止まったこなただったが、かがみの方を振り返った後また背を向けてエレベーターに向かう
ここからが一番辛い時間だ

「泉さん、どうしたんですか?」
こなたは重い足取りで、窓枠に待ち構えるみゆきのもとへと歩いていく
彼女の分の食事は無い、彼女はどう思うだろう?
どうしたらいいんだろう?

「……」
「泉さん?」

みゆきは上品である、自分の番だと、早くしろというような人間ではない
だが雰囲気で解る
彼女は食事を欲しているのだ

こなたは思い切ってペットボトルを窓枠に置いた

「……」
「え…?これだけですか…?」

「…」
「水…」

みゆきは信じられない様な顔をしてこなたの顔を見る
しかし、何の反応も返って来ない

「……」

みゆきはテープレコーダーの内容を思い出した
『お前たちの運命は泉こなたが握っている』
つまり、ここで抗議でもすればずっと食事に在り付けないかもしれないのだ
みゆきは全ての感情を捨てて言葉を搾り出す

「い、泉さん…ありがとう…ございます…」
「……」

こなたは踵を返して自分のテーブルに食事を運ぶと
『食事は決して残してはいけない』という規約の通りに豪華なご馳走に舌鼓を打つ
三人には悪いが、正直この食事は絶品だった…体が栄養を欲している
申し訳ないと思いながらも、こなたは食べる手を休めなかった
それを眺める三人

特にみゆきの目は絶望感に打ちひしがれていた
今まで彼女の為に何でもしてきたのにも関わらず、そのお返しがこの仕打ち
もちろん見返りなど求めていた訳ではない
だが、この言いようの無い感情はなんだろうか?

こなたはその視線から脱したかった
しかし、それもマニュアルによって規制されている
ルール:3『間違っても自分の持ち物を三人に分け与えないこと』

「こなた…」
「こなちゃん…」
「……泉さん…」

このゲームはこなたが思っていた以上に辛いものとなっていく










汗ばむ
そろそろ丸二日経つころだろうか?
いい加減体臭が気になってきた
無論、こなたの居る空間は空調も良く効いて快適だといってよいだろう
だからといって汗をかかない訳ではない
そして、女性にとってはシャワーも大切な身繕いの時間である
それはこなたとて例外ではない、こなたは浴室を探した

シャワールームのマークがあるのはベットからややPCよりの所
ガラス張りのドアの奥にはテレビで見たようなホテルのエクセレントスイート級の浴室
陶器の浴槽は波打った形をしており、シャワーは彫刻で模様の付いた一級品だ
タオルもレ○アのCMに出てくるような、または○ールドの洗剤で洗ったような
フワフワで真っ白のタオルが数十枚置かれている

「…」

嬉しい反面、なんとも言いようの無い感情が芽生えた

マニュアル
『三人の浴室の使用時期は管理者に任せるものとする、
 なお管理者に時間制限は設けないことにするが
 三人の収容者に関しては浴室使用時間は30分とする』

難儀な話である

だが、仕方が無いのだ
こなたはルールに従うしかない
そうしなければ三人はおろか、自分の命すらも危ないのだ

マニュアル
『浴室 一日二人』
また選ばなければならない…

こなたは考える
かがみには食事を与えた
つかさには会話と食事を
みゆきには…水のみ
ならばかがみとみゆきに浴室の使用権利を与えるのが妥当であろう
それに二人とも長い髪を大切にしている
美しい髪を保つ為には体を清潔に保つのが一番である

「ごめんね、つかさ…」

こなたは食器を片付ける為に使ったエレベータの『洗面具』のボタンを押す
暫く経ってからエレベータのドアが重い音を立てて開くと、そこにあったのは

古ぼけた洗面器に使いきりの液体石鹸、そしてタオルに着替えが2セット
着替えも作務衣の様な色気の無いアンダーとぶかぶかの男性物の様なパンツが有るのみで
とてもじゃないが日常で有ればお断りである
しかし、少なくとも三人にとって、ここはていの良い牢獄だ
贅沢など言っていられないだろう

こなたはその洗面具を黙ってかがみとみゆきの部屋の前に置いた
幸い三人はベットの上に座って考え事をしている様なので
こちらに気が付いていない
一時的に罵声を逃れたこなたは胸を撫で下ろした

~浴室にて~

安堵の世界、久しぶりの浴槽
こなたは自分だけに与えられた最高の空間で孤独を感じていた
暖かいお湯に包まれた幼い体は水を弾き
ツンとあがった臀部に泡が道を作る

「はぁ…」

ため息を付かずには居られない
なんせ薔薇の香りが漂うシャンプー、そして石鹸も肌触りが良い
長い髪、首筋、胸、脇、腰、秘部、脚、脹脛にいたるまで爽やかな風を感じる

「ふぅ…はぁぁ…」

何度も息を吸い、香りに酔いしれる
思わず今が最悪の時間である事すらも忘れてしまうほどだ
普段は大股開きで座り、髪もワシャワシャと洗うのだが
この空間に居る間は何となく乙女チックになってしまう

体を優しくつつむ泡を暖かいシャワーで流して、フカフカのタオルで包み、乾かす
備え付けのボディー・ローションはココナッツの香りのブランド物
ボディーケアのお店で売っていたが高くて手が付けられなかった代物だ
以前はグッズの方が高価だと自分に言い聞かせていたが
使ってみて良くわかる…これにはそれだけの価値があると言う事を

そしてガウン、これもまた暖かくて気持ちが良い
シルクの下着が体にフィットしていて保温もばっちりである
長い髪をほのかに花の匂いが香るタオルでまとめてベットに横になる
この時のこなたはここが地獄であることなど既に忘れてしまっていた


『浴室使用時間だ…洗面具と衣類を所定のBOXに入れろ…』

三人の部屋のすみにあるBOXがギギギ…と錆びた音を立てて開く
かがみ、つかさ、みゆきの三人は排便の入った洗面器をBOXに入れる
紙の食器やペットボトルなどは尿や糞便の時に使えるのでベットの下に置いておく事にする
衣類は汗ばみ、異臭を放つ
ろくに体も拭けていなかった為、それぞれは余った水を衣類に染み込ませて体を拭いていたのだ
よって三人は既に生まれたままの姿である

「なんとも哀れね…」
「うう、臭いよ…」
「早く綺麗にしたいです…」

三人が所定の物をBOXに入れると、再びアナウンスが聞こえてきた

『窓を見ろ、浴室使用権利者には洗面具が用意されている』

「あ、これかぁ…まあ、無いよりはマシね…」
「あ、あれ?あれ??」
「ふう、やっと体を洗えますね…不潔は美容の天敵ですからね…」

つかさは裸のまま窓にへばり付いた

「無い…私の洗面具が無いよ…?」

いくら探しても洗面具はおろか、衣類も無い、何も…無い
恐らく洗面具を用意したのはこなただろう、ならば何故自分の分は無いのだろうか?
「こなちゃん…どうして…どうしてだよぉ…」
つかさはベットの上に裸のまま座り込んでしまう
涙はすすけた白い肌を伝い、床に落ちる
その姿は既にルールに、管理者に支配された囚人以外の何者にも見えなかった

かがみとみゆきはアナウンスの指示通りに部屋の奥の壁に向かって立つ

暫くして ギイイイイ…と嫌な音を立てて部屋の壁が二つに割れ、浴室への入り口が現れた
二人は6メートル程先の浴室に向かって歩き出す

「うわぁ…キショ…」
「うう…気持ち悪いですね…」

地面はヌルヌルとコケのような感触で背筋がゾッとする
まるで足元で何か小さな虫が蠢いている様な感触だ
二人はユックリと歩を進めていった…





一方、裸ですすり泣くつかさ、部屋の空調が利いているとはいえ
お腹を冷やすには十分な気温
水分も栄養もきっちり取ったつかさ、お腹からのゴロゴロという音は次第に大きくなっていく

「こ、こなちゃん!?お願い…おトイレに行かせて!!」

しかし、こなたはまだ浴室内でのんびりと浴槽に浸かっている最中だった
よってつかさの声は届かない
かがみもみゆきも浴室へ行っている様子で先ほどから気配を感じない
つかさは衣類も洗面器もBOXに回収されてしまったので
今 波がくる事は最悪の事態を招く事になる

「うう…こなちゃん!!こなちゃん!!!ねえ、ちょっと聞いてるの!?」

だが、聞こえてくるのはこなたの幸せそうなため息とシャワーの飛沫の音だけ…
薔薇のいい香りがつかさの独房にまで漂ってくる
しかし、その香りを嗅ぐや否や、つかさの頭に血が昇った

「こなちゃんの馬鹿ぁ!!聞こえてるんでしょ!?本当は聞こえてるんでしょ!!?」

つかさは部屋のペットボトルなどを掴み壁に投げつけると大きな声で怒鳴りだした

「馬鹿こなた!!聞こえてるんでしょ!?ねえ、無視しないでよ返事したらどうなの!!?」

だが、当然の様にこなたからの返事は無い
しかし、確実につかさのお腹への圧迫感はあがってきている

ゴロー…ゴロゴロゴロ…ギュールルル

「ひっぐういいいい…ごなちゃ!!ごなちゃん!!!聞いてよ!!ねえ、お願い、お願いします!!」

しかし、怒声を放つのも束の間、いよいよ限界といった顔で窓にしがみ付いて声を振り絞った

「お願い…ひ!…お…おトイレ…ふっぐ!?おトイレに………」

哀れ…つかさは顔を真っ青ににして床にしゃがみこんでしまった

「お願いします…おトイレに連れてって…おトイレに…ぅぅぅ…おトイレ……ひいう!!?」




かがみとみゆきはぺチャペチャと足音を立てながら、短い廊下を歩いている
二人とも平均以上のプロポーションであるため、歩く姿は色香を漂わせる
柔らかそうだが、張りのあるヒップに腰のくびれ
歩くたびにゆれる乳房
かがみの胸は小ぶりだが、上突きで形が良く、みゆきの胸は大きくゴージャスだ

「ちゃんと掃除してんのかしら?」
「精神衛生上良くありませんね…このタイル…」

二人の少女はぼやきながら光のある方へと向かう
やがて見えた浴室内は想像したものよりは綺麗であったにしても
壁はひび割れており、浴槽は無く…
シャワーは二つしかない上に何やらかび臭い
しかし、無いよりはマシだ

二人が浴室に入るとドアが閉まり、アナウンスが入る

『今から30分、時間をやる…30秒前のアナウンスが入るまでせいぜい体を綺麗にしておけ』

隣にいるには同じ歳の裸の女性…
そう、クラスメート同士の少女である、
かがみとみゆきは体も隠さず、お互いの顔を見合わせるとニコリと笑いあう
同じ境遇の友人だ、味方以外の何者でもない
その後、何かを思い出したように辺りを見回した
そして、ほぼ同時に言葉を発した

「あれ?つかさは?」
「かがみさんだけですか?」

「うん、つかさとも別の部屋なんだ…」
「そうなんですか、てっきりご一緒だとばかり…」

どうやらつかさには浴室の使用権限が与えられなかったらしい
かがみとみゆきは無言で浴室の棚に着替えを置き
2日ぶりのシャワーを堪能した

お湯は…可も無く不可も無いと言った感じの暖かさである
石鹸もたいした量は無く、泡もあまり立たない
二人がいつも使っている市販のシャンプーや石鹸に比べて、匂いも肌触りも数枚落ちるが
それでも無いよりはマシだ
体の汚れは十分落ちる
これで浴槽があれば最高なのだが、贅沢は言ってられない
今は体にこびり付いた腐臭を拭い去り、髪や肌の艶を磨きたい一身だった

そんな中、口を開いたのはかがみだった

「ねえ、みゆき…」
「なんでしょうか?かがみさん…?」

シャワーのお湯を背中で受ける形でかがみの方に向き直るみゆき
かがみも同じ様な姿勢で話を続けた

「ちょっとおかしいと思わない…?いや、かなりおかしいわよね?」
「そうですね…まず、どうしてこうなったのかと言う事と、そして…」

「こなたの態度が…ね」
「泉さんは何をなさりたいんでしょうか?」

会話もろくにせず、食事も与えたり与えなかったり
浴室の使用権利をつかさに与えず、自分は贅沢三昧
正直、こなたの人格を疑わざるを得ない
みゆきは自分の考えていることを洗いざらいかがみに話した
数々の可能性
秀才のみゆきならばそこそこの想像力で正解に結びついたであろう
しかし、それは正常の状態である
すでにみゆきはこなたを管理者として嫌悪している状態だ
いわばルールに縛られた弱者である
そんな弱者の考えは偏見に満ち満ちたものとなるのが自然

「こなたは私たちを振るいにかけてるって事?」
「そうだとしか思えません…」

「きっと何か理由があるのよ」
「いいえ、ならばアレだけある食料を分けてくれないのも何か理由があるのですか?」

「そ、それは…きっと何か言われてるのよ…」
「そうでしょうか?仮にルールが有ったとしても、かがみさんなら食料を皆に分けるのでは?」

「…」

かがみは何も言えなくなってしまった
確かにそうだ、自分は友人の為なら規則ぐらい破ると思う
こなたにもそういう所が有ると信じていた
でも…

「これは私たちに対する明らかな裏切りですよ」

考えても出てこない、こなたがどうしても従わなければならないルールとはなんだろうか?
それとも、やはりこなたは私利私欲の為に自分たちを振るいにかけているのだろうか

「もしも、もしもそうだとして…みゆきはどうするの?」
「私ですか?私は何も変わりません…何とか一ヶ月乗り切って…」

「乗り切って…?」
「……いずれにせよ、泉さんの真相しだいですよ…」

「……」
「……」

会話が途切れ、暫くの沈黙が流れた後に
5分前のアナウンスが入る

『5分前だ、体を拭いて着替えろ…タオルは置いて洗面器は持って行け…それが無いと困るだろう?』

二人はシャワーで温まった体をゴワゴワのボロ雑巾の様なタオルで拭きあげると
安物のハンカチの様なトランクスと新聞紙の様に薄っぺらい作務衣を着る
高校生と言えどもボディラインの発達した二人だ、作務衣を着ていても妙に色っぽい

「みゆき…また時間が重なったら会いましょう…」
「そうですね、こうやって皆さんと話が出来れば乗り切れそうな気がします」

「そうね、やっぱり持つべきものはみゆきだわ」
「ふふ、かがみさんも…頼りがいがありますよ」

二人はここに来て始めての笑顔を浮かべる
それは安堵の笑顔、胸がぽわっと明るくなる笑顔だった

『30秒前だ、準備はいいな…』

「今度までに何か打開策を考えておくわ」
「はい、私も及ばずながら考えを用意してまいりますね」

時間は残すところあと数秒、二人は笑顔で握手を交わして別れを惜しむ

『時間だ…』

扉は重い音を発して開き、またあのぬかるんだ床が出現した

「また今度ね、みゆき」
「はい、かがみさん またお会いしましょう」

二人はそれぞれの部屋に帰っていく
また、あの孤独の世界へ…

それぞれの部屋に戻った三人はすぐに部屋の異変に気か付いた
糞便の悪臭とつかさの泣き声…

何があったかなど聞かずとも解ると言うものだ
つかさの声がこなたを責める

「馬鹿こなた!こなちゃんのせいだよ!!だいっ嫌い!嫌い!馬鹿ぁ!!」
「……」

こなたはさっぱりした髪を撫でてPCの前に座ってヘッドホンを付けると
ネトゲを始めてしまった

己の思案に入るかがみとみゆき
泣き喚くつかさ
そして、それを懸命に避けるこなた

各々の形でではあるが、すでにこのゲームのキャラクターとして
ルールに慣れてきてしまった者たちは
静かに駒を進めていく…

硬く結んだ約束、お互いの友情を確かめ合った数分
かがみとみゆきは確かな友情を胸に部屋で耐える

だが、この二人が口を利く事は二度と無かった
その理由は…?

ルール:4『三人同士の会話は禁止する事』

数分後…管理者であるこなたに、みゆきとかがみの会話の内容が告げられることになる

ルール:5『従わなかった場合、罰を与える事』










罰、それはとてもとても嫌な響きだ
罰は与える側と与えられる側が存在して初めて成立する

ルール:6
『罰は下記に記載している中から選ぶ、この内容も三人に知られてはいけない』

< 罰 >
1、食事無し 2、水攻め 3、百叩き 4、虫風呂

※原則としてこの内容以外の罰は用意しない


そして、また泉こなたも管理される側の人間である…
電話の声はこうも言っていた

『ルール:4を破られたのはお前の管理能力の問題だ…
 よってお前にも罰を与える…罰は四つの中から好きなものを選べ
 もちろんお前にもマニュアルが適応される…注意して選ぶことだ』

1,2,3,4…どれも最悪だ
だが1が比較的軽度だろう、一日食事を我慢すれば痛い目を見なくて済むのだ
ネトゲに集中してさえいれば一日なんてあっという間に過ぎる
時間などすぐに経ってしまうものだ、大丈夫

しかし、ここで問題になるのはこの文章である

『一日の内に同じ罰は一度しか使えない』

つまり『マニュアルが適応される』という事は、
もしも自分の罰を1に設定してしまった場合、かがみとみゆきの罰は2~4ということになる
2~4の罰は過酷そのものと言って良いだろう
比較的軽度のものは水攻め…だろうか?

もはや今日一日贅沢の限りを尽くしたこなたの頭の中には
『私は特別だ』という考えが、少しずつであるがにじみ出ている
しかし、これは人間であれば当たり前の事…
『きつい事はしたくない』『楽なほうが良い』
この環境下であればそんな考えが定着するのも無理はないだろう

だが、この時こなたの頭の中には小さな小さな醜態が生まれる

「もともとあの二人のせいだし、私はあの二人の命を守ってるんだから、いいよね」

周囲に人がいればゾッとしたのではないだろうか?
こなたも、今が正常な状態であれば自分の異変に気が付いただろう
そして、とんでもない事を口走ったと反省し考えを改めたのではないか?

だが、残念な事に今のこなたは罰則への恐怖に溺れ
自分の身を助ける為の言い訳に他人を使っている
これはこの環境下、この精神状態、このルールが生み出したブレイン…
こなたは電話の受話器を手にとって00をプッシュする

『決まったか…?』
「はい、私は1番でお願いします」

『ほお、1番か…で?残りの二人はどうする?』
「2番と3番で…」

『2,3か…面白い、で?割り当てはどうする?』
「それは………」

『解った、準備しておけ…一時間ほどしたら準備を終える…』
「…はい、わかりました…」

最終更新:2025年02月23日 14:59