おまえとゲームがしたい(終末)
…
フカフカのバスタオルで髪を拭き、シルクのショーツでそれが不似合いなほど狭い部屋に佇むつかさ
深呼吸をして胸の鼓動を抑える
柊つかさ、一世一代の救出劇である
なんせ姉の命がかかっているのだから高揚感もひときわ大きい
「つかさ、似合ってるよ…はい、ご飯ここにおいておくね」
「あ、こなちゃん…また傷が増えたんじゃない?大丈夫?」
こなたは連日の罰でさらに痣や傷が増えていた
その外観たるやメイク無しでホラー映画に出演できる程だ
だが、幸いほぼ無傷の顔はつかさへの友情でイキイキ…とまではいかないが生気が満ちていた
「大丈夫…つかさは、みんなは何があっても私が守るからね」
「こなちゃん…」
こなたのその姿勢には心を打つ物があった
だが、つかさにとってそんな事はどうでも良い事だ
問題はみゆきの思い描いた絵図の通りに自分が演じきれるかどうか
それだけだ
現につかさは…よくもぬけぬけと…と心の中でこなたを蔑んでいる
「どうしたの?つかさなんだか元気が無いみたい…具合でも悪いの?」
そりゃあ、ここ数日姉の敵であるこなたに色目を使っているのだ、気分が良い方がどうかしている
だが、ここはしおらしくしておかなければ
「うん、あのね…こなちゃん」
「何?何でもいって?」
「うん…」
「やっぱり具合が悪いんじゃ…?」
「やっぱり…なんでもないよ、大丈夫…」
「…そう?じゃあ、何かあったら言ってね…」
「うん…ありがとう」
親友のつかさが困っていても、この隔たりを超えて力になることは出来ない
肩を落としたこなたは恐る恐るみゆきに食事を運ぶ
「あの…みゆきさん、食事…」
「…ええ、有難うございます…」
みゆきから思いがけない言葉が出た
「え…?みゆきさん?」
今、「ありがとう」って…?
「ええ…それと、今までのことお詫びします」
「それじゃ…」
「仲直りです…と言っても私が一方的に拒否してただけですから…」
「そんな事ないよ、全部私が悪いんだし…」
「そんな…それで、少しお話があるんです…」
こなたは視界が涙で潤むのがはっきり解る
暫く動きをとめたこなたの手をみゆきがぎゅっと握った
「泉さん…つかささんの事なんですが…少し様子が変では?」
「何だか元気が無いみたいだったけど…」
「そうですか、やっぱり」
「やっぱり?つかさ…どうかしたの?」
「ええ、先ほどシャワーを浴びていたら突然苦しみだして…」
なるほど、みゆきがこなたにキツく当たらない訳である
友人の一大事だが、みゆきは力にになれない
そして、頼れる相手はこの現状ではこなた一人なのだ
こなたはそう考えた
危機が絆を深めるとは良く言ったものである
「じゃあ、それじゃあつかさは…」
「本人には泉さんに心配をさせたくないと口止めされてまして…」
「みゆきさんから見てどうなの?」
「一種の感染症かと…それもちょっと…」
「…悪いんだ…」
「不衛生な生活が続きましたから…、外に出れば治療が受けれるんですが…」
何もかもが荒削りで大雑把な作戦である
しかし、効果的である
みゆきは全てが不確かで確認しようの無い『感染症』という言葉を巧みに使い
つかさの危機をこなたに植えつけた
だが「外に出る」事に関して言えば、こなたでどうにかできる問題ではない
大元の許可が要る
『駄目だ、認められない…』
「なんで!?人が死にそうなんだよ!?」
『そーいうルールだ、もしそいつが死ねば外に出してやる』
「そんな…」
こなたは顔を真っ青にしてみゆきの部屋の前に来た
それは気まずそうな顔を引っさげて
「泉さん、どうでした?」
「駄目だって…つかさが死んだら出してやるって言われた…」
「そんな、酷い…」
やはり、思った通りのようですね
「私…どうしたら…」
「それなら…私が…」
みゆきは小さな声で、しかしこなたが聞こえるように呟いた
「え?」
こなたは驚いた顔でみゆきの顔を見る
「外に出る為に、人が死ぬ必要があるのでしたら私が死にます…」
「だ、駄目だよそんなの!?」
「でも、これしか他に方法が…」
みゆきの顔は思いつめている…様に見えた
少なくともこなたには友人の為に命を投げうる女神に見えた事だろう
「ふたりともどうしたの…?また喧嘩してるの?」
つかさが窓から二人の方に顔を出す
「え、いえ、何でもありません…」
「そ、そうだよ…ちょっと盛り上がっただけ」
「そうなんだ、仲直りしたんだね…これでまた皆で遊びに行けるね」
つかさには悪女の才能が有るのではないかと思いながらも
みゆきはこなたに視線を向けた
「泉さん、私に剃刀を…」
「…駄目だよ…」
「それは、つかささんを見殺しにするという意味ですか?」
「…」
「さあ、早く…」
急かすみゆき
こなたは小さく、そして確かな声で決定打を搾り出した
「私が死ぬよ…」
言った!!言いましたね、泉さん!!
みゆきの顔は一瞬喜びが零れそうになるが
冷静なみゆきは下を向いて、その顔を隠す
「泉さん…いけません…」
心にも無い言葉…
「いいんだ、みんなをこんな目に合わせたのは私だし…責任とんなきゃね」
「そんな、そんな事…」
その通りです、貴女には生きる資格なんて有りません
「ううん、そうやって止めてくれるだけでも私は嬉しいよ」
こなたはそう言うと、浴室から剃刀を持ってくる
そして、PCの前にあった椅子を二人の部屋の前に置き、こなたが正面から見える様にした
「こなちゃん?どうしたの?」
「…」
つかさがキョトンとした顔でこなたに声を掛けた
みゆきは険しい顔をしている
「つかさ、今まで有難うね…こんな私と友達でいてくれて…」
「え?何言ってるの突然…そんなの当たり前の事じゃない…」
「泉さん…」
みゆきとつかさは吹き出しそうなのを懸命に耐えながら、迫真の演技を続けた
「みゆきさん、つかさ、今までごめんね…これで外に出れるから」
「まさか、ゆきちゃん!?」
「つかささん…」
みゆきに抗議の声を上げるつかさを、こなたは静止する
「違うんだよつかさ、私が無理に聞いたの…つかさ、黙ってるなんて酷いよ…」
「だって…こなちゃんが我慢してるのに私だけ…」
「申し訳ありません…」
「安心して、私が死ねばつかさは病院に行ける、かがみだって…」
こなたはかがみの部屋に視線を送る
その行動に少々苛立ちながらもつかさは泣き真似に徹した
「みゆきさんは悪くないよ…、これ以上話してたら覚悟が鈍っちゃう…」
こなたは震えが止まらない様子で、自分の両腕をしっかりと抱いている
「最後にお願いがあるんだ…聞いてくれる?」
「…なあに…ぐす…」
「…ええ」
「私がちゃんと死ねるまで、傍にいて欲しいんだ…」
「…ひく…ひっく、えぐ」
「……ええ、ええ…」
「それから…それから、外に出たら、かがみが元気になったら謝っておいて…」
「……こなちゃん…」
「…」
「許して貰えないかもしれないけど、お願い」
「…うん、解った…ぐじゅ…伝えるよ…」
「解りました、かがみさんには…きちんとお伝えしておきますね」
こなたは満足した笑顔で剃刀の切っ先を首に向ける
手首や鎖骨あたりよりも狙いが定めやすく、目標も大きい
何より簡単に逝けるとネットで見た事がある
こなたは怖くないと自分に言い聞かせた
二人の友人に見送られて死ねるのだ、
そして、自分が死ぬ事で助かる命がある…
こなたは両手にありったけの力を込めて、自分の首を一閃する
流石は良く研がれた剃刀だ
思った以上に切れ味が良く、簡単に頚動脈まで達した
鮮血がこなたの体を染め、体が椅子から落ちる
「こなちゃん…」
「泉さん…」
『え?』
こなたは目を疑った…
「こなちゃん、やっと死んでくれたよ~♪これでお姉ちゃんも助かるね★」
「そうですね、私も胸がスッとしました…これで紅茶があれば最高なんですが…」
「こなちゃんに貰えばいいじゃない、あ~無理かぁ、もう死んじゃうしね」
「ええ、でも最後に自ら自殺を志願させてあげたんですから感謝して下さいね」
「本当は私達でこなちゃんを地獄に送ってあげたかったんだけど、無理だしね」
「それで、気持ちよく死んで頂く訳です…良かったですね、最後に人の役に立てて」
『そんな…じゃあ嘘?』
最後に知った真実は過酷なものだった
それも報いと言えば報いではあるのだが、あまりにも残酷な最後である
こなたは二人の笑い声が薄れ意識が遠のく中で視界をかがみの部屋に向ける
そこには…窓からこちらを眺めるかがみが満面の笑みを浮かべていた
その唇はユックリと言葉を連ねる
バ・イ・バ・イ・バ・カ・コ・ナ・タ
『……』
ここで、こなたの意識は完全に無くなった
終わった終わった…さて、後は外に出るだけだね…」
「そうですね、早くお風呂に入りたいものです」
光を失ったこなたの顔を邪魔そうに見ながら、二人は会話する
「でもさぁ、死んでからまでこっち見られるのってウザイよね~」
「確かにそれは有りますね」
プシュー…
「なんだろ?ガスの音がする…」
「さあ?恐らく催眠ガスか何かの類じゃないでしょうか…」
「これで毒ガスだったら洒落にならないよね~♪」
「え…!?今、なんて言いました?」
みゆきの顔が強張る
「え、毒ガスってい…ええ!?ゆきちゃん、嘘でしょ?」
「いいえ、可能性はあります…これはこ泉さんのゲームです…しかし泉さんが死んでしまった今…」
このゲームは終わりだ、したがって全員処分すると言う事も十分考えられる
「ごほ!げひい!!ゆきちゃ…くるじ…」
「こほ…こほ…いや、しにたく…な…」
二人、いや三人の記憶はここで途切れた
……
「うーん…ここは…」
つかさはベットの上にいた、暖かい布団に包まれて目が覚める
外に出れたのだろうか?
いや、あれは夢だったのかもしれない
つかさは大きな欠伸を一つして、目を擦り渇いた喉を潤う為に床に足を着く
カーペットの感触が足の裏全体を優しく包む
白い壁、明るい蛍光灯の光が眠気眼を照らす
良かった、ここはあの狭い部屋じゃない…本当に…
べちゃ…
「?」
足に冷たい感触を感じた、何かの液体のようだ
つかさはおそるおそる足元を見る
そこに有ったのは
自分達が自殺に追いやった、泉こなたの死体…
あまりにも衝撃的な映像に、つかさはヘタリと座り込んだ
濡れた床、散らばったガラスの破片全てがそのまま何も変わっていない
「ああ……あああ…いや…いやだよ…」
ザザザ…ザーーー…ザ…ピーーーー
スピーカー特有の雑音が静かな部屋を氷の様に冷やす
「いやああああああああああああああああああ!!!!!」
END
最終更新:2025年02月23日 15:00