かがみと一緒
by 愛媛県
「こなちゃん、そろそろ授業始まっちゃうよ。教科書出しとかないと」
「う、うん。そだね。……あ」
「どうしたの? あ、こなちゃんの教科書落書きだらけだー」
「そうですね。教科書は勉強に必要な大事なものなんですから、大事にしないといけませんよ」
「そ、そうだよね。ごめん」
「しかもこなちゃん、死ねとか過激すぎだよ。相当自分が嫌いなんだね」
「そうですね。でも、それは正しいことですよ」
「うん。私たちもこなちゃんがウザいんだから、こなちゃんも自分がウザいんだよね」
「……うん」
「それなら、ご自分が教科書に書いたように、死んでもらいたいですね」
「うん。こなちゃんなんて死ねばいいのに。あ、チャイムが鳴り始めた。また休み時間ね」
授業中
こなた「痛っ……」
教科書に挟み込まれていた画鋲が指に刺さる。各ページには、死ね、キモい、ウザい、鬱陶しい、自殺しろ等の言葉が、マジックで書かれていた。それに、一部のページは半分ほど破られている。
(あ、先生が来る。隠さないと……)
幸い、今授業でやっているページには何も書かれていなかった。そこを開いて机の上に置いた。
(つかさとみゆきさん、どうしてこんなことするのかな。また、前みたいに仲良くしたいよ)
休み時間
「こなちゃん、次は体育だね。体操服に着替えよう」
「うん。……あれ、体操服がない。ここに入れてたのに」
「それは変ですね。体操服なら、そこにあるはずなんですが」
「あ、でも、この辺にあった汚くて臭いぼろ雑巾なら、誰かが焼却炉に入れてるのを見たよ」
「え?」
「そうですか。ですが、泉さんが探しているのは体操服ですよ。雑巾ではありません」
「あ、そうか。ごめんね、こなちゃん。こなちゃんの体操服って汚いから、雑巾と間違えちゃった」
「あれ? 泉さん、何処に行かれるんですか?」
「ちょ、ちょっとトイレに行きたくてさ。すぐ帰ってくるよ! 待っててね」
焼却炉前
焼却炉の場所がわからず、探しているうちにチャイムが鳴って、授業が始まってしまった。ようやく見つけたのは、授業開始から十分ほどたってからだった。
(火はついてないけど、この中かな? ……あ、あったあった)
焼却炉の中から引っ張り出した体操服は、全体が黒くすすけていて、はさみでずたずたにされていた。もう着ることは出来ないだろう。
つかさとみゆきさん。私、二人に何か悪いことしたのかな。
近くの壁にもたれて座った。しばらくそのまま体操服に顔をうずめていた。
「あ、こなた! こんなところにいたの。探したのよ」
「え……かがみ? どうしてここにいるの。それに今授業中だし」
「それはこっちの台詞よ。あんたが授業中に外を歩いてるのが見えたから、保健室に行くって言って探しにきたのよ」
「そう、なんだ……」
「最近あんたおかしいわよ。無理に明るく振舞ってるみたいだし、授業をよく休んでるらしいじゃない……って、どうしたのよその体操服。すすけてるし、ずたずたにされてるじゃないの。何があったの、こなた」
「え、えと、小さくてもう着られないから、コスプレ用にしようとして切ってたんだけど、失敗しちゃって、だから、それで……」
「こなた、あんた何隠してるのよ。そんなの嘘でしょ」
「かがみん……」
「それに、泣いてるじゃない。もしかして、誰かにいじめられてるんじゃないの?」
「だ、大丈夫だって。何でもないよ。全く、かがみは心配性なんだからー」
「あんたいい加減にしなさいよ。強がってないで、ちゃんと本当のことを言って。心配なのよ、あんたがいじめられてるんじゃないかと思うと」
「かがみん……かがみん……う、うぅぅ」
「わ、な、何よいきなり抱きついてきて。びっくりするじゃない」
「ごめん。でもね、本当に何でもないからさ、心配しないでよ」
「……そう、でも、いつでも相談してくれていいのよ。私はあんたの味方なんだから。隠し事なんてしないでね。じゃあ、もう行くわね。保健室行かないと怪しまれるから」
「……つかさと、つかさとみゆきさんに、いじめられてるの」
「え! つかさとみゆきが、あんたのことをいじめてるの? 本当に?」
「……うん」
「あんたなんでそれを早く言わないのよ」
「だって、みんな、この前まで仲が良くて、それに、私のほうが、何か悪いことをしたのかも、しれないから……」
かがみ「こなた……。あんた馬鹿ね。つかさと私が姉妹で、みゆきと私が仲いいから、言えなかったんでしょ。関係を崩したくないから。いい? 何があっても、いじめるほうが悪いのよ。あんたは何も悪いことしてないんだから」
「かがみ……」
「私が後でつかさたちに言っておくわ。こなたをいじめるのはやめてって」
「でも、それだと、かがみがいじめられるかもしれない……」
「何、人の心配してるのよ。私は平気だから、安心して。それに、何があっても、わたしがあんたのことを守ってあげるから」
「かがみ、ありがとう……」
「いいってこと。私たち、親友じゃない。私は、ずっとこなたの傍にいるからね。頼ってくれていいのよ」
「うん……」
「じゃあ、私は一応保健室に行くけど、こなたも来る? 教室にいたら、いじめられるんでしょ」
「ううん、いい。私は教室に戻るね。今体育やってるから、大丈夫だよ」
「でも、授業が終わったら二人が戻ってくるじゃない。そしたらまた……」
「平気平気。二人もいつもいじめてくるわけじゃないから。それに、授業受けないと成績下がるしね」
「そう、それならいいんだけど、でも、何かされたらすぐに私のところに来るのよ。いい?」
「うん。かがみんは優しいなぁ。じゃあねー」
「あ、こなた、ちょっと待ちなさいよ。……全く、強がりなんだから」
いじめられていたことを言いたくはなかった。かがみは優しいから、きっと私を助けてくれる。でも、それは同時にかがみに迷惑をかけることになる。
もしかしたら、かがみも何か嫌がらせを受けるかもしれない。そして、かがみはそれでも私を守ろうとすることはわかってる。でも、言ってしまった。
こなた「ごめんね、かがみ……」
まだ授業が終わるまで何分かあったので、トイレで時間をつぶすことにした。さすがに教室にいて、体育が終わって最初に帰ってきた人と会うのは気まずい。
それがつかさやみゆきさんだったら尚更だ。また何か言われるに決まってる。
トイレの個室に入って、鍵を閉めた。ふたをしたままの洋式トイレの上に座り込む。
ぼろぼろの体操服を見つめた。
二人はどうして私に嫌がらせをしてくるのだろう。
私が何か二人を傷つけるようなことをしたんだと思う。そうじゃないと、今まで仲良しだったつかさとみゆきさんが、あんなことをするはずがない。
考える。でも、思い当たるような節は全然無かった。
誰かが入ってくる音がする。
「今日の体育おもしろかったねー」
「そうですね。トリプルドッジは楽しかったです」
「何よりこなちゃんがいなかったのが良かったね」
「そうですね。泉さんは何かとでしゃばって鬱陶しいですからね」
「だよねー。こなちゃんほんとにウザいよ。私たちに迷惑かけてるの全く気づいてないしね」
「あの方は自分本位といいますか、自己中心的ですからね。周りのことなんて気にしているわけ無いんですよ」
「アニメとかゲームの話ばかりしてきて、ほんとに困るんだよね。全然興味ないのに、私たちまでオタク扱いされちゃうよ」
「仕方ないですよ。泉さんはああいう性格ですから。私たちがどんなに嫌がっていても分からないんでしょう」
「あ、ゆきちゃん、誰か入ってるよ。聞かれちゃったかも」
「案外泉さん本人かもしれませんよ。授業をサボっていたわけですから、ここにいる可能性は高いですね」
「確認してみよう。おーい、入ってるの、こなちゃんでしょ」
「……返事がありませんね。別の人が入っているなら、違うって言うでしょうから、ほぼ間違いなく泉さんが入ってると思いますよ」
「こなちゃん、いないのかなー? それとも、無視してるの?」
「い、いるよ」
「あら、泉さんいたんですね。返答が無いから、てっきりいないと思ってましたよ」
「いたのに、なんで返事してくれなかったのかな?」
「ご、ごめん。ちょっと考え事して、気づかなかったんだよ」
「やっぱり泉さんは、自分のことしか考えてないんですね」
「ごめん、私自己中だから、周りのことになかなか気づかないんだよね」
いきなり上から水が降ってきて、服も髪もびしょ濡れになった。
制服が肌にべっとりとくっついてくる。体がどんどん冷めていく。
「こなちゃん、そこ暑い? 暑いよね」
「う、うん。とっても暖かいよ」
「あらあら、泉さん本当に周りのことが見えないんですね」
「それでも水が落ちてきたのに気づかないなんて、異常だよね。こなちゃんて、相当バカなんだー」
「ゲームばかりやってますから、ゲーム脳になってるのではないでしょうか」
「そうだね。こなちゃんが気持ち悪いことばかりするのもゲーム脳の影響かな」
「そう思うと、なんだか可哀想ですね」
「あはは。それにしてもゆきちゃん、ここ暑いね」
「それでは、打ち水なんてどうでしょうか」
「いいね。ホースもあるからやろうよ」
「あ、この間、秋葉原でメイドさんたちが打ち水したらしいよ。見たかったなー」
また、扉を超えて水が落ちてきた。止まることの無いホースの水が体を濡らしていく。
二人が飽きてやめるまで、じっと耐えた。目から滴り落ちているのは、多分水だろう。
上半身を曲げて縮こまり、何分たっただろう。ようやく水がやんだ。
「涼しくなったねー、ゆきちゃん」
「そうですね。では、そろそろ休み時間も終わりますし、行きましょうか」
「こなちゃん、早く行こうよ」
「……私はいいよ。先に行ってて」
チャイムが鳴って授業が始まったが、行けなかった。
制服が濡れているから、出ようにも出られない。
やっぱり、自分が悪かったんだ。私が自己中心的だから、周りに迷惑をかけてしまい、それすら気づかなかったんだ。
冷たかった。体以上に、胸の奥が。もう、あの楽しかった時間は戻ってこないのだろうか。
こなた「かがみ……」
鍵を開けて、窓から差し込む光を浴びる。しばらく空を見つめていた。服を乾かさないといけないから。
授業の終わるチャイムがなる。
強い日差しで制服はある程度乾いてきた。後一時間あれば完全に水分を飛ばすことが出来るだろう。
誰にも会わないように、またトイレの個室に入った。
幸い、二人はトイレにこなかった。四時限目が始まると同時に個室から出て、服を乾かした。
昼休みを告げるチャイムを聞いて、トイレから出る。かがみに会いたかった。
でもかがみに迷惑はかけたくないと嘆いていたのに、またかがみを頼りにしてしまうのか。
私はどうすればいいんだろう。
自分の教室
かがみにこれ以上心配をかけたくなかったし、平気だと言った手前、どうしても行きづらい。だから、自分の教室に戻った。
つかさとみゆきさんが、私の机の周りに椅子を並べて座っていた。二人とも、机の上にお弁当を並べている。
「つかさ、みゆきさん、遅れてごめん。一緒に食べよう」
すぐに椅子に座ってお弁当を出す。
「ゆきちゃん、そのミートボールおいしそうだね。もらっていい? 代わりに私の卵焼きあげるから」
「いいですよ。つかささんの卵焼きはおいしいですからね」
「そう? ありがとう」
「ところでつかささん、私たちがお弁当を乗せてる机の上にごみが落ちてるのですが」
「ごみ? ごみなんてないけど……」
「ほんとだね。お弁当が汚れちゃう」
こなた「え? ちょっと」
つかさが右手の甲で、消しゴムのかすを払うかのように私のお弁当を床に落とした。
今日の朝作ってきたおかずが、床に飛び散る。
「あら、つかささん、見てください。ゴミがゴミを拾ってますよ」
「あはは、やっぱりこなちゃんは気持ち悪いね」
もう耐えられなかった。散らばったおかずを拾って箱に戻し、机の中に入れる。
気づいたときには教室を飛び出していた。
かがみ「こなた、どうしたの?」
教室を出てすぐの廊下で、かがみと出会った。かがみもこっちに来ようとしていたようだ。
「また泣いてるじゃない。大丈夫? 今度は何をされたの?」
「うぅ、かがみん、かがみん……」
「よしよし。今からあの二人にがつんと言ってやるから、安心して」
「う……ん」
「じゃあ、こなたはここにいて」
「わかった」
かがみはそういうと、教室に入っていった。一人で大丈夫だろうか。急に胸騒ぎがしてくる。
かがみにはこのいじめに関わってもらいたくは無かった。かがみは元々無関係なのだから。
少ししてかがみが戻ってきた。怒りにも似た険しい表情をしている。
「つかさもみゆきもしらばっくれてるのよ。私たちは何もしてないとか、全部こなたの勘違いだとか。全く話にならないわ」
「……ねぇ、かがみ。もうこれ以上、あの二人に口を出さないで」
「え? どうしてよ。私はあんたのためにやってるのよ」
「だから……。さっきも言ったけど、かがみも嫌がらせを受けるようになるかもしれないんだよ」
「こなた、あんたもお人好しね。でも安心して、私はいじめみたいなのには強いから」
「……ならいいけど」
「でもまあ、あの二人には何を言っても無駄みたいね。こなた、どっかでお弁当一緒に食べない? 私の分けてあげるから」
「うん。ありがとう、かがみん」
校庭のベンチに行った。二人で座る。
「はい、これ食べる?」
「ありがとー。う~ん、これはかがみんの味だね~」
「ちょっと、何か文句でもあるわけ?」
「いや~、まだまだですな~」
「そう、じゃ、もう食べなくていいのね」
「あ、そ、それは困るよー」
「ふふ、そんなに喚かなくてもちゃんとあげるわよ。はい」
「うぅ、かがみんは優しいなあ」
「な、何よいきなり」
「照れてるね~」
「て、照れてなんてないわよ」
「分かってる分かってる。かがみんはツンデレだからね」
「はいはい勝手に言ってなさいよ。あ、これも欲しい?」
「うん!」
「でもまあ、つかさとみゆきは、何があったのか知らないけど、私は何があっても
あんたを裏切ったりはしないからね」
「え……?」
予鈴がなる。昼休みが終わりを告げる。
「あ、もう昼休み終わっちゃうわね。こなたはどうする? もう早退しちゃったら?」
「う、う~ん、そうしようかな。やりたいゲームもあるし」
黒井先生に疑われながらも、何とか気分が悪くて頭痛がするということで早退することが出来た。
かがみは、自分のお弁当の半分以上を私にくれた。あんなに優しい人は見たことがない。
だからこそ、かがみが傷ついてしまうことが、自分が傷つく以上に怖い。
それに、つかさやみゆきさんのいじめの理由も、結局は私の責任だ。やりかたは悪質だけど、元をたどれば自分にたどりつく。自分でまいた種だ。
このまま家に帰ろうかと思ったが、お父さんがいるかもしれないのでやめた。お父さんには心配をかけたくない。それは、かがみと一緒で、誰よりも私のことを思ってくれているから。
秋葉原で二時間くらい暇をつぶすことにした。ゲーマーズにでも行ってグッズを漁っていれば、気分も晴れるだろう。そう思ったからだ。
でも、どうしてもお店の中にまで入ることが出来なかった。これがつかさやみゆきさんに迷惑をかけていた原因だと思うと、どうしても足が竦んでしまう。アニメにもゲームにも漫画にも、今日は興味がわかなかった。
特に目的も無いまま歩き回った後、帰路に着いた。
家の手前で、気合を入れる。
これから、笑顔を作らないといけない。明るく話さなければならない。
「ただいまー」
「おお、お帰り、こなた。今日は早かったな」
「ちょっとクリアしたいRPGがあるからね。集中してやるから、入ってこないでよ」
お父さんと顔をあわせないようにして、すばやく部屋に入った。ベッドに倒れこむ。
ゲームもパソコンもやる気が起きない。
暗い部屋の中で、仰向けで、携帯を見ていた。
携帯の画面には、写真が映っていた。
みんなで撮った、思い出の写真。かがみとつかさとみゆきさん、ついこの間までは、本当に仲良しだったのに。急に、その関係は音を立てて崩れてしまった。平穏で楽しい生活は終わってしまった。それも、私のせいで。
目頭が熱くなってくる。これからどうすればいいのだろうか。また、元のような関係に戻れるだろうか。
突然メールが来た。誰からだろうか。急いで確認する。
つかさからだった。
(こなちゃん、早引けなんてどうしちゃったの? ゆきちゃんも心配してたよ。 今からお見舞いに行こうかと思ったけど、ゆきちゃん用事があるらしいから、明日学校でね。プレゼントもあるから、絶対休まないでね)
憂鬱な気分になった。嫌がらせはいつまで続くのだろうか。もう学校に行きたくない。
そう思いながら、返信した。
(心配してくれてありがとう。私は平気だから。今エネルギーを充電してるから、明日はばっちりだよ)
携帯の電源を切って放り投げた。布団に潜り込む。
目が覚めると、外は明るくなっていた。いつの間にか眠っていたようだ。
学校に行く準備をしていると、すぐにあのメールが蘇ってきた。今日学校に行くと、確実に何かをされる。
でも、私は学校に行くしかない。家にいたらお父さんにもゆーちゃんにも心配をかけてしまう。
学校に行くと言ってどこかで時間をつぶしていたら、今度はかがみが標的になってしまうかもしれない。逃げ場はなかった。行くしかない。
「おーい、こなたー。起きてるかー。かがみちゃんが来てるぞー」
「え?」
びっくりして、急いで玄関に行った。かがみが私服姿で立っていた。
「おはようこなた。昨日はずっと寝てたの?」
「え? そういうわけじゃないけど……。まあ、上がってよ」
こなたの部屋
「あんた、つかさから明日学校に来いって言われてるんでしょ」
「ど、どうしてそれを……」
「つかさがお風呂に入ってる間に携帯を見たのよ。こなたをいじめてる証拠があるかもしれないから」
「そ、そうなんだ」
「つかさの携帯見た後、あんたにメール送ったんだけど、見てないの?」
「あ~、ごめん。電源切ってたんだよね」
「まあ、明日あんたの家に行くって送っただけだから、別にいいけどね」
「でもどうしてうちに来たの? それにつかさは?」
「つかさなら学校に行ったわよ。私は今日具合が悪くて休むって言ったから」
「え? でもかがみん健康そのものじゃん」
「当たり前よ。ずる休みに決まってるじゃない。病院に行くって抜け出してきたのよ」
「なんで?」
「あんた学校に行くつもりだったんでしょ」
「うん、そだけど」
「休みなさいよ。それで、今日一日どこかに遊びに行かない?」
「いきなり凄いサボタージュ宣言だね」
「あんたのために言ってあげてるのよ。今日学校行ったって、辛い思いをするだけなのよ」
「分かってるって。じゃあ、お父さんに言ってくるね」
「言うって、仮病でも使うの?」
「任せといてよ。……ありがとう、かがみん」
足取り軽く、お父さんのところに行く。かがみは本当に優しい。
私のことを本当に大切に思ってくれている。私のために授業をサボったり、学校を休んだり。学校を休むのは妹がいじめているという負い目もあるのかもしれないが、普通だったらそういうことはしないと思う。
こなた「お父さーん」
こなたの部屋
「かがみ、オッケー出たよ」
「あんた一体何て言ったのよ」
「気にしない気にしない」
「まあ、いいけど。で、何処行く? 行きたいところでもある?」
「う~ん、かがみんとなら何処でもいいよ」
「そ、そういう質問が一番困るのよ。もっと具体的に言ってよね」
「え~、うぅぅ、急に言われても思いつかないよ」
「秋葉原でもいいのよ」
「ええー、秋葉原なんてしょっちゅう行ってるじゃん。全くかがみんはデートスポットを選ぶセンスがないんだから」
「な、何がデートスポットよ。遊びに行くだけでしょ」
「照れてるかがみんは可愛いな~」
「ちょ、ちょっとはまじめに考えなさいよ」
「でもこの辺て、そんなに遊ぶところないよね」
「そうなのよねー」
「もう秋葉原でいいんじゃない?」
「あんたねー。まあ、いいけど」
秋葉原
「わ~い、かがみんとデートだ~」
「デートじゃないって言ってるでしょ」
「でも、かがみんから誘ってきたんだし、これはフラグが立ったとしか思えないよ」
「はいはい。で、どこか行きたい店でもある?」
「とりあえずゲーマーズでも寄ってみようかな。何かいいものがあるかもしれないし」
この後私は、かがみと秋葉原を巡り歩いた。何かとかがみが話しかけてくれて、本当に楽しかった。
いつしか、学校でのいじめのことも頭から離れていた。この時間が、いつまでも続けばいい。それは到底叶うことのないことだと分かってるけど、願わずに入られなかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。太陽は昨日の倍近い速さで動いていた。
あっという間に、周りは朱の色に染められた。
電車のホームは、慌ただしく帰路につく人々でごった返していた。
家には、現実には帰りたくなかった。
「こなた、私たちもそろそろ帰るわよ」
「……かがみん……。私、帰りたくないよ」
「こなた……」
「つかさとみゆきさん、言ってた。私は自己中で周りに迷惑ばかりかけて、しかもそれに気づいていないからウザいんだって。二人が私をいじめるのは私のせいで、全部私の責任なんだよ」
「え?……」
「だから、私は二人が許してくれるまでいじめを耐えるしかないんだよ。二人に嫌な思いをさせたのは、私なんだから。でも、もう嫌だよ。今日はこんなに楽しかったのに、明日からまた辛い毎日になっちゃう」
かがみ「何馬鹿なこと言ってるのよ。確かにあんたは自己中心的なところもあるけど、それがあんたのいいところだし、勝手に二人がウザいと思ってるだけよ。だから、そんなに自分を責めなくていいのよ」
「でも、どうしたらいいんだろう、私……。分かんないよ」
「こなた、明日二人に謝りに行こう。ちゃんと謝ったら、二人もきっと許してくれるわよ」
「そしたらまた、四人で楽しく過ごせるかな?」
「当たり前じゃない。だから、明日は学校に来るのよ。私がついててあげるから心配しないで」
「うん。分かった」
「じゃあ、帰るわよ」
二人で電車に乗って帰宅した。
明日二人に謝れば、あの楽しかった時間が戻ってくるかもしれない。そう思うと、少し気が楽になった。
「こなた、また明日ね」
「うん、じゃね」
「あ、待って」
「何?」
かがみ「あんた一人で全部を抱え込むことないのよ。困ったことがあったら、私に相談したらいいし、何かされたら、すぐ私のところに来ればいいの。私の都合なんて考えなくていいんだから」
目が覚めると、外は明るくなっていた。
昨日のあれは、夢だったのだろうか。病んだ心が生み出した幻想だったのだろうか。
でも、そんなことはない。私はかがみと約束したんだから。明日つかさとみゆきさんに謝るって。
制服に着替えると、元気よく家を飛び出した。
起きるのが遅かったせいか、通学途中でつかさたちと会うことはなかった。
よかったと言えるかもしれないが、同時にかがみにも会えなかったのが残念だ。
教室
「あ、こなちゃんおはよう」
「おはようございます、泉さん」
「おはよう、つかさにみゆきさん」
「今日は遅かったね。何かあったの?」
「ちょっと寝坊しちゃってね」
「あはは、こなちゃんらしいね」
「そ、そだね」
「そういえば泉さん、昨日学校に行くと言ってましたのに、来なかったですよね」
「私たち、心配してたんだよー。こなちゃんに何かあったんじゃないかって」
「そうですよ。友達に嘘をつくなんて、人としてどうかと思います」
「ご、ごめん。昨日はほんとに調子が悪くて、お父さんに無理矢理休まされたんだよ」
「そうなんだー。てっきり私たちを裏切ったんじゃないかと思ってたんだよ」
「そ、そんなわけないじゃない」
「そうですよね。私たち、友達なんですから」
「う、うん。当たり前だよ」
「あ、こなちゃん、立ったままじゃ疲れるからこなちゃんの席に行こうよ」
「え、あ……」
「あれー。こなちゃんの机、落書きだらけだねー」
「教科書だけでは飽き足らずに、机にまで落書きしちゃったんですか。机は学校のものなんですから、これは器物損壊罪に当てはまりますよ」
「あはは、こなちゃん犯罪者だねー。早く警察に行きなよ」
「ごめん……、落書きするのに夢中で、気づかなかったよ」
「ふふ、泉さんは本当に馬鹿なんですね」
「ほら、さっさと消しなよ。じゃないと先生に言っちゃうよ」
「う、うん。すぐ消すよ」
机には、誹謗中傷は一切書かれていなかった。代わりに、黒マジックでキャラクターが描かれていた。あまりに下手で、それが何かまでは分からなかった。
これなら、私が自分で書いたと言っても疑われにくいだろう。
「あ、どこかに雑巾ないかな?」
「何言ってるの? 雑巾が汚れちゃうよ。こなちゃんの体操服で消せば?」
「そうだよね。私がやったんだから、私のもので拭かないといけないよね」
今日新しく持ってきた体操服で机を擦る。もちろん、油性マジックで描かれたはずの落書きは消えなかった。
「水とか汲んできちゃ、駄目かな。全然消えないんだよね」
「それは泉さんが本気で消そうとしてないからですよ」
「そうだよこなちゃん。もっと気合入れてやらないと」
「うん。頑張るよ」
「あ、こなちゃん。忘れてたけど、昨日あげるつもりだったプレゼントを渡すね」
「え、ほんと?」
「はい、手を出して」
「うん」
「どうぞ」
「っ!」
「あれ、どうしたの? こなちゃん。嬉しくないの?」
「も、もちろん嬉しいよ。ありがとう、つかさ」
鋭い痛みが右手に走り、思わず悲鳴を上げそうになったのを、何とか飲み込んだ。
つかさが渡してきたのは「完璧自殺マニュアル」という本だった。そしてその裏表紙には剣山のように画鋲の針がいくつも突き出ていた。
つかさの手が本を上から押さえつけているので、たくさんの針が右手に刺さり、血が滲み出てくる。
右手が痺れてきたところで、ようやくつかさは手を離してくれた。すぐに左手で本の表表紙をつかんで離した。
「こなちゃん、手が真っ赤だよ。キモいなー。汚した私の本綺麗にしてよ。貸してあげるだけなんだから」
「ごめん。すぐ拭くよ」
体操服で本を拭いて、それから止血のために右手で握っておくことにした。
「泉さん、私もプレゼントがあるので、手を出してもらえませんか?」
「ほ、ほんと? つかさもみゆきさんも優しいね~」
「はい、どうぞ」
「え? これ何? ペットボトルの中身……」
「それは下水ですよ。一昨日採ってきてもらったんです」
「そ、そうなんだ、ありがとう」
「お気に召してもらえて良かったです。早速ですが、それを頭から被ってもらえませんか?」
「え?」
「聞こえませんでしたか? その下水を、頭から浴びてください」
「こなちゃん、ゆきちゃんがこんなに頼んでるのに、やってくれないの?」
「な、何言ってるんだよ。もちろんやるよ」
ペットボトルのふたを開ける。異臭が漂ってきた。
ゆっくりと頭の上に持っていく。手が震えているのが分かる。
少しずつ、傾ける。
生温い液体が髪に落ち、顔に滴り、服を濡らしていった。
「うわー、こなちゃん臭―い。体臭がきついよ」
「その臭いで、教室の人に迷惑かけてるんですから、ちゃんと謝ってください」
「う、うん。……ごめんなさい」
「あ、そろそろホームルーム始まるよ。ゆきちゃん、席に戻ろう」
「ええ」
「こなちゃん、こなちゃんは臭いんだから近寄ってこないでよね」
「分かった。ごめん」
ホームルームと一時限目がようやく終わった。
下水の臭いは教室中に漂っているらしい。そしてみんな、私が臭いの元だということに気づいているに違いない。でも、誰も声をかけてくる人はいなかった。
すぐにトイレに行き、顔と頭を必死で洗った。でも、臭いはほとんど落ちなかった。
右手の出血は止まっていたが、水に触れるとかなりしみた。
昨日のかがみの台詞が脳裏に浮かぶ。もう、耐えられなかった。
かがみのいる教室に行った。
ドアを開けて中を見る。しかし教室中に視線を向けるが、かがみの姿は何処にも無かった。
「すいません、かがみ、いや柊さんはいますか?」
「……柊さんなら、昨日から休みだけど……」
近くの女子生徒の、生ゴミでも見るかのような眼差しに、ようやく自分が下水を浴びていたことを思い出した。
急いで教室に戻る。
「つかさ、かがみ、今日休んでるの?」
「こなちゃん、近づかないでって言ったよね」
「ごめん。でも、聞いておきたくて……」
「お姉ちゃんは昨日から休んでるよ。あ、こなちゃん昨日いなかったから分からないか。具合が悪いんだって」
「え……?」
おかしい。昨日、かがみは確かに学校を休んだけど、それは仮病のはずだ。それに、今日は一緒に謝ってくれるって約束してくれた。
だから、学校を休むはずがない。何かがあったんだ。
「何したの……。かがみに」
「え? こなちゃんいきなり何言い出すの? 意味がわからないよ」
「つかさが、かがみに何かして、学校を休ませたんでしょ」
「こなちゃん、頭大丈夫? お姉ちゃんは具合が悪いって言ってるじゃない」
「泉さん、友達に変な疑いをかけるのは良くないですよ」
「でも、かがみは昨日あんなに元気だったんだよ。それなのに……」
「あんなに元気? どうして泉さんがそのようなことを言えるんですか。泉さんは昨日調子が悪くて学校を休んでいたはずですが」
「そ、それは……」
「もしかして、お姉ちゃんと逢引してたのかな?」
「ねぇ、お願いだから、かがみに手を出すのはやめてよ。かがみは無関係なんだから。私がウザいなら、私だけを標的にしてよ」
「さっきから変なことばかり言って、やっぱりこなちゃんは気持ち悪いなー」
「つかさ、みゆきさん。今まで嫌な思いをさせて、ごめんなさい。私、自己中心的で、全然周りが見えなくて、二人にいっぱい迷惑かけたんだよね。だから、私は二人にいじめられても仕方ないんだよ。でも、私もこれからはちゃんとみんなのこと考えるから。二人に迷惑かけないようにするから、こんなこと、もうやめようよ。それで、前みたいにみんなで仲良くしよう」
「あはは、泣いて謝れば私たちがやめると思ってるんだー」
「……ごめんなさい」
「土下座までしちゃってるよ。ゆきちゃん、どうする?」
「いくら泣いて土下座しても、こんなこと、誰でも出来ますからね」
「本当に、ごめんなさい……。許してもらえないことをしてきたのは分かってるけど、お願いします。あの頃に、戻りたいんだよ……」
「分かったよ。顔を上げて、こなちゃん」
「え……」
「この椅子に座ってくれたら、許してあげるよ」
「ほん……と?」
つかさの椅子に、みゆきさんが画鋲を並べていく。
「スカートを下に敷いて座ったりはしないでくださいね」
「うん」
目の前の椅子は、座るところに、何十個もの画鋲が針を突き出していた。
座ったらどれだけ激痛が走ることだろう。でも、これを乗り越えれば、また四人で笑い会える日々が訪れる。だから、やるしかない。
「うっ……」
「大丈夫? こなちゃん、痛くない?」
「だ、大丈夫だよ。これくらい、へ、平気平気」
「それにしても、汚くて臭い髪の毛だね。近くで見ると鬱陶しいよ」
つかさとみゆきさんは、いつの間にかゴム手袋を装着していた。
髪の毛が引っ張られて、頭に痛みが走る。
「こなちゃんも、自分で鬱陶しいって思ってるでしょ。切ってあげるね」
「泉さんも、これでさっぱりしますね」
「う、うん」
「はい、できたよ、こなちゃん」
みゆきさんが手鏡で私の頭を見せてくれた。
思わず息を呑んだ。膝まで届くほどの長さがあった後ろ髪は肩まで届かないほどに短く切られている。
前髪は全部眉にかからないようにされ、胸元まであった二本の垂れ髪も、耳元辺りで切られていた。
画鋲の痛みなんて忘れるほど、自分の変わり果てた姿を見るのがショックだった。
「じゃあ、もう立っていいよ」
「う、うん」
目は涙で潤んでいたが、なんとか立ち上がった。刺さったままの画鋲をはずす。
でもこれで、これでようやく、最後の仕打ちも終わったはずだ。
「こなちゃん」
「何?」
「こなちゃんの昔に戻りたいって気持ちは分かったよ。でもね、私たち、こなちゃんのいうことなんて信用してないから」
「あまり近くに寄られると臭いがうつってしまうので、何処かに行ってくれませんか?」
「これからも、仲良くしようね、こなちゃん」
気づいたときには教室を飛び出していた。無我夢中で校舎を走った。
謝った。本当に、思いを乗せて。でも、二人は変わらなかった。
右手がひしひしと痛む。湿った制服に風が当たり、冷たい。髪が揺れる感触も無かった。
かがみの家の前に着いた。呼び鈴を鳴らす。
返事は無かった。
「かがみー。おーい、かがみー」
声をかけてみるが、やはり返事は無い。
そっと、玄関の扉に手をかける。しかし、鍵がしてあるらしく、開かなかった。
かがみに会いたい。かがみに会いたい。かがみに会いたい。
不意に、地面に落ちている拳大の石が目に入った。
かがみはベッドの上で倒れていた。
「かがみ、かがみ! 起きてよ」
必死に叫ぶ。でも、かがみは目を開けなかった。
死んでいるのかもしれないという恐怖に駆られたが、心臓は動いているし、かすかな吐息も聞こえる。よかった。
「かがみ、かがみってば!」
かがみの体を激しく揺さぶる。
「起きてよ、かがみぃ……」
「う……うう……」
「かがみ?」
「……こなた、なの?」
「そうだよ。かがみ、何があったの? 昨日は元気だったじゃない」
「つかさに、あんたと遊びに行ってたことがばれてね。まあ、帰りのことを考えて無かった私の責任なんだけど、つかさったら、こなたとこれ以上関わらないでって言うのよ」
「つかさに、何かされたの?」
「ええ。これ以上こなたを傷つけないでって言ったら、変な薬を無理矢理飲まされたの。多分ただの睡眠薬だと思うけど。ああ、それにしても頭痛いわね」
「かがみ、大丈夫? 睡眠薬だって、大量に飲んだら死んじゃうことだってあるんだよ」
「大丈夫よ。ちょっと気持ち悪いけど、現に生きてるじゃ……ちょっと、こなた、その髪どうしたの?」
「これ? ……つかさたちが、いじめをやめる代わりに切ったんだよ」
「でも、あんたそんな髪型にされて……」
「ううん、平気……だ……よ」
「何が平気よ。泣いてるじゃない」
「謝ったけど、一生懸命謝ったけど、つかさもみゆきさんも、許して……くれなくて……」
「そう……。こなた、こんなに酷いことされて……。それに、何か変なにおいがするわよ。あの二人にやられたの?」
「みゆきさんが下水を持ってきてね、これを、頭からかけてって……」
「こなた……」
「っ、苦しいよ、かがみ……」
「ごめんね、私が守ってあげるって言ったのに……。ごめんね、何もできなくて」
「うぅ、かがみ……。かがみ……。かがみ……」
「私のせいだ。私のせいでこなたが傷ついてく……。髪もこんなにぼろぼろにされて、あんなに綺麗だったのに……」
こなた「かがみは、何も、悪くないよ。謝るのは、私のほう。私に関わったから、つかさに薬を飲まされて、もしかしたらつかさ、かがみを殺そうとしてたかもしれないんだよ」
「こなた。私はね、あんたが傷つくのが、自分が傷つくよりも辛いのよ。だから、私のことなんて気にしないで。例え殺されそうになったって、私はこなたの味方よ」
「ありがとう、かがみ……。でも、もう心配はかけないよ」
「え? どういうことよ?」
「ううん。なんでもないよ。じゃあ、つかさが帰ってくるかもしれないから、私もう行くね」
「ちょ、ちょっとこなた」
私のせいでかがみがどんどん傷ついていく。これ以上私と関わってたら、かがみは本当に殺されてしまうかもしれない。睡眠薬で気持ち悪くなるなんて、つかさは相当の量を飲ませたはずだ。かがみだって、無理して私と話していたに違いない。
かがみに、これ以上迷惑はかけたくない。私だって、自分以上に、かがみが傷つくのが辛いのだから。
もうどう足掻いても、つかさとみゆきさんは私に嫌がらせをし続けるだろう。かがみはそれをとめようと躍起になるに違いない。それこそ、自分の事なんて顧みずに。
到底、この生活を続けることができるとは思えなかった。
ホームセンターで、七輪と練炭を買ってきた。
今日はお父さんも家にはいない。ゆーちゃんはもちろん学校だ。
鍵を開けて中に入り、自分の部屋に入った。
自分の見知った場所だ。
窓が閉まってあるのを確認して、部屋のドアを閉める。壁との隙間にはガムテープを貼っておいた。
練炭に火をつける。一酸化炭素が少しずつ部屋に充満していく。
ベッドに仰向けになる。これでよかったんだ。かがみが私のために傷つくこともなくなる。つかさやみゆきさんが迷惑することもない。私がいなくなれば、あの三人で、また仲良く過ごすようになるだろう。それでいいと思った。
少しずつ息苦しくなってきた。
自分で逃げ出したりしないように、自分の手と足をガムテープでぐるぐる巻きにした。
ベッドから降りてやったので、七輪の前で体操座りをすることにする。
「みんな、私のお葬式には来てくれるかな。つかさやみゆきさんも、泣いてくれるかな。私のこと、許してくれるかな」
ひとりでに声が出ていた。目からは涙が自然と流れてくる。
意識が朦朧としてくる。鈍い頭痛が襲ってきた。でも、これですべてが解決するんだと思うと、恐怖よりも、安堵と安心感が大きくなってくる。
「かがみ、もう私のために傷つく必要は無いんだよ。これからは自分のために生きていってね」
「何言ってるのよ」
「え……かがみ?」
後ろからもたれかかられた。すぐ隣にかがみの顔がある。
「心配だったから、後を追ってきたのよ。自分だけ死んで、私が傷つかないと思ってるの? こなたがいなくなったら、私、生きていけないわよ。だから、一緒にいこう」
「かがみ、ごめんね……。それから、ありがとう。私、かがみのこと、大好きだよ」
うぅ、だんだん眠くなってきちゃった。これで寝ちゃうと、もう一生起きれないんだよなあ。
でも、かがみと一緒だから、全然怖くないや。かがみん、おやすみ。
意識は闇に落ちた。
終
最終更新:2022年04月16日 13:28