ゆき★こな(黒かがみ)②


あの時の、みゆきの顔が忘れられない
涙を流して、体を震わせてもなお枯れた声で「終わりたくないです」とつぶやき続ける顔を

目の前の少女は陵桜学園屈指の秀才である高良みゆき
頭脳明晰、品行方正、可憐清楚、運動神経も良く人望も有る
そんな彼女が見せる弱弱しい一面

「私はこなたさん無しではいられません」

その言葉は真意であろう
むろんこなたもその気持ちは同じだ
だから、お互いに愛し合っているからこそ苦しんでいるのだ

『あんな事、みゆきさんには知られたくない』

その思いゆえのすれ違いだ

結局、話はまったく進まず
しばらくお互いに距離を置き改めて話し合うという形で、二人は喫茶店を出た
みゆきは泣きはらした顔のままでは流石に登校できないのと
今の気持ちで学校に居たくないという理由でそのまま自宅に帰る事にした
こなたはみゆきを駅まで送り、そのまま重い足取りで学校へ引き返す

雨雲がゴロゴロと唸りをあげて雨粒がこなたをぬらし始めた



外は大雨、授業は既に始まっており無人の昇降口に少女は佇んでいる

「……。」

学校に来てはみたが、全身水浸しで着替えは体操着のみだ
だが無いよりはマシだろう
こなたはそのまま屋上の入り口へと向かい、とりあえず体操着に着替える事にした
幸いタオルと汗をかいた時用の下着の替えがあるのでブラが透けたり風邪を引くことは無いだろう
屋上の扉を背にして、濡れた肢体の雫を払い気持ちを落ち着ける

「随分早いお帰りじゃないの?」

不意に背後から声がした

「かがみ!?」
「ふふ…」

まったく気配を感じなかった
いや、恐らくこなたにそれ程の余裕が無かったのだろう

「今は授業中なんじゃないの?」
「そんな細かいことよりさぁ…」

かがみはこなたに詰め寄り、好奇の眼差しをこなたの視線と交える
雨の雫を拭ったばかりの少女は体操着をまとった体を腕で抱き、震える

「ちゃんと話した?それとも別れてきたの?」
「…。」

「何よ、あんた意外と意気地なしだな~。とっとと言っちゃえよ」
「もう、…私に近づかないでよ」

こなたは必死にかがみへの抵抗を試みるが
かがみはニコッと笑ってこなたの手を掴んだ

「ふーん」
「イヤ!」

こなたは腕を振りほどこうとするが、かがみはそれを許さない
そのままこなたを壁際に追い込む

「何がイヤなの、こんな事されるのが?」
「やめてよぉ…」

「それともこんな事?ねえ、聞いてるでしょ?」
「いやぁ…もうやめてよぉ」

かがみはこなたの体をまさぐり、反応を楽しむ

「ねえ、聞かせてよ。あんたの口からさぁ、何がイヤなのか私に聞かせてよ♪」
「うう…」

「あ、ちょっとぉ…泣かないでよ~私とあんたの仲じゃないの☆」

仕舞いにはこなたは泣き出してしまい、床に崩れ落ちてしまう
かがみはニヤニヤと笑いながらこなたの顔を眺め、愛でた
だが、しばらく経っても返事が返ってこないのでつまらなそうに立ち上がると
意外な言葉が彼女の口から発せられる

「…しょうがないなぁ…やめて欲しいの?」
「…。」

こなたは無言で頷く
かがみは困ったような顔を造って見せ、続けた

「じゃあ、最後に私のお願いを聞いてくれるなら良いわよ?」
「…お願い?」

「そ、お願い☆だって、私のライフワークが減るんだから当然でしょ?」
「…。」

実に身勝手な話だが、受けざるを得ない条件だろう
ともあれその条件さえ飲めば開放されるのだ、こなたに少しだけ光が見えた気がした

「ま、後でメールするわ」
「…。」

「じゃ、私はそろそろ教室に戻るからね。あんたも早く行かないと心配されちゃうわよ~」

いったいどんな条件を出してくるのだろうか…
後に残されたこなたは濡れた制服を袋に入れて、教室へ向かった




『最後にさ、恋人みたいに甘い時間を私に頂戴。場所は…返事はいつでもいいからね、待ってる』

数日後、かがみからのメールが届いた
内容は、自分はこなたの事が大好きでみゆきと一緒にいるのが嫌だった
だから思わず嫌がらせをしてしまった、許してほしい
というものだ。
そして、最後に一度だけ恋人の様に私を愛するふりをしてくれれば金輪際こなたには手を出さないし
こなたさえ良ければもとの友達に戻りたい、との内容。

どう受け取ればいいのだろう?
かがみが自分とみゆきの関係を快く思っていないのは前々から感じていたし
つかさや周囲の人間たちもそれはわかっていただろう
恐らく気が付いていないのは人を疑うことを知らないみゆきくらいのものだ

『どうしよう…』

考えては見たが選択の余地は無かった
この条件を飲まなければ一生涯かがみに二人の関係を邪魔されるであろう
おそらく自分のみではなく、そのうちみゆきにまで被害が及びかねない

こなたは答えのない悩みを抱えて数日を過ごす




あれからみゆきは普通に自分と接してくれる
喫茶店で別れた翌日は欠席したもののその次の日からは登校して
こなたの顔をみるなり真っ先に挨拶をしてくれて
「取り乱して申し訳ありませんでした」と頭を下げてキスをした後
公衆の面前であるにも関わらず
「誰にでも悩みは有りますものね、ゆっくり解決していきましょう」
とこなたを優しく抱きしめた

校内の生徒は口をポカーンとあけて眺めるばかり
きっと写メや動画をとりたくなるような心境だったであろう
男子は歓喜し、女子は指の隙間から二人を眺める
つかさは顔を真っ赤に染め上げて、自分とななこもこうなりたいと考えた

そして、かがみは…



みゆきは本当に吹っ切れたのか、それともこなたを気遣って強がっているのか
恐らく後者であろうが、こなたはその行為自体がとても嬉しかった

最近のみゆきは習い事を休んでこなたとの時間を増やし、
二人は沢山を会話した
ご飯やスイーツの店を回って食べ歩きをしたり
ゲマズやメイトにまで一緒に来てくれた
そして帰りは戦利品を手提げに入れて、二人でシェイクを飲みながら談笑した
そこにはかがみに汚される以前の二人の関係が戻ってきていた…かの様に見えるのだが
ふと、こなたが思いつめた様な顔になる

「…みゆきさん」
「はい?なんでしょうか?」

みゆきはきょとんとした顔でこちらを見る
自分が今どんな顔をしているのか、みゆきの顔を見れば解る
恐らくあの喫茶店のときと同じ顔だ

「あ…えと…」
「大丈夫ですか?お加減が悪いんですか?」

「うん、そ、そうなんだ…はは」
「そうですか、今日は少し歩きましたからね♪このあたりで戻りましょうか」

みゆきは気が付いているだろう、こなたがまだ自分を怖がっていることを
それでも気が付かないふりを続けて、自分への態度には一切出さない
こなたは感じていた、みゆきの愛情を…痛いほどに
『失いたくない』

人ごみの中には家路を目指す二人
みゆきは具合が悪いこなたの手を握り、駅へと向かった

こなたとみゆきはいつもこの駅で別れる、忌々しいが電車のホームが反対方向なのだ
別れは惜しいが、仕方の無い事だ
みゆきはこなたに「お大事に」と笑って、名残惜しそうにお辞儀をする
こなたはみゆきに抱きついてキスをした
どうしてそんな事をしたのか解らないが、とにかくそうしたかった

二人の周り、そこだけ時間が止まる

1秒 2秒 3秒 …

長い…永いキス
こなたからするキスは久しぶりだ
みゆきはこなたを抱きしめそれを味わい、堪能する、吟味する

みゆきの長い髪が見事に二人の空間を作り出していた
しかしここは駅の中、好奇の目で見る者も居る
それでもお構い無しに愛の確認作業を続ける二人

ジリリリリリリリリリリリリリリ~

「ぷはぁ…」
「ふぅ…」

ベルの音を合図に二人の唇は離れ、唾液が糸を引く
こなたはエヘヘと笑う
みゆきは涙を拭って満面の笑顔を向けてくれた

「「また明日」」

今ならなんでも出来る、みゆきさんの為ならなんでもする
ここ数週間噛み合わなかった二人の心が、繋がった気がした







その日の夜、かがみは携帯に届いた一通のメールを見てニコニコと笑う

「お姉ちゃん、嬉しそうだね~。何かいいこと有ったの?」
「そーいうアンタこそ嬉しそうじゃない?」

かがみは携帯をパタリとたたんでポケットにしまうとつかさの方へと顔を向けた
つかさはキッチンでクッキーを作っている

「えへへ~解る?実はね~…」
「何よ~、早く言いなさいよ☆」

「黒井先生と私付き合うんだ♪」
「ええ!?あんたマジで告白したのか…って言うか先生も良くOKしたなぁ」

「で、先生甘いの好きだって言うから…」
「クッキー焼いてる訳だ★あんたも乙女ね~」

かがみは嬉しそうにななこの事を話す妹を笑顔で眺める
姉の視線に気が付いたのか、つかさは照れ笑いをした

「そーいうお姉ちゃんはどうなの?誰かいないの?」
「ん?私はね…うふふ、内緒★」

「ブー、お姉ちゃんずるいよ~」
「イッタダキ!」

「あ!駄目~!」
「美味しいじゃないの♪これなら先生もイチコロね☆」

「え、そ、そうかなぁ!?」
「バッチリよ!」

何気ない姉妹の会話、きっとこれがかがみの本来の姿なのだろう
だが、つかさは気が付いていた 
姉が何かよからぬ事を考えているのを察していた
何かが違う…だが、それが何なのか解らない
つかさは数日後にその招待を知る事になるのだが……

後につかさは「あの時、もっと姉の行動に注意しておけば良かった。」と語っている




「こなた、お待たせ♪」
「かがみん…」

誰もいない放課後の体育倉庫、窓が夕焼けの空を映し始めた頃で
部活をやっている生徒たちも試合を控えた者達以外は既に帰ってしまった

残っている者達も体育倉庫を使用する部活には所属しておらず
みゆきとこなたの関係を知るもの達の目から逃れるには絶好の隠れ家という訳だ
勿論この場所を選んだのはこなたではない、かがみが指定してきた場所である
幸い、みゆきも「用事がありますので、先に失礼します」と一足先に教室を出て行った為
心配することは無い
あとはかがみの気が済むようにしていれば、もとの日常に戻れる
『だから、我慢しなきゃ』
こなたはどんな事でも乗り越える覚悟を既に決めていた

「ほうらぁ、なにやってるのよ。入って入って♪」
「あ、ちょっと…」

「解ってると思うけど、私とあんたは恋人なんだからね?」
「う、うん」

「嬉しい☆ねえ~こなた~」
「ちょ…」

かがみはこなたの腕を取り、体育倉庫の中へと押し込めると強引にキスをせがむ

「こなた、私のこと好き?」
「え…?」

「ねえ、好きって言って♪」
「す、好きだよかがみん…」

「大好き?」
「大好きだよ」

「もっと大きい声で言ってよ☆」
「大好きだよかがみん!」

「嬉しい★私もこなたが好き!大好き!!」
「むぐう!あ…んん…ぷは!」

こなたはかがみに羽交い絞めの様にされながら唇をふさがれ、身動きが取れないでいる
かがみは「こなた、こなた好き」などと何度も何度も呟きながらこなたの唇に吸い付く
そして、手は下着の中に滑り込みいつもの様にその柔肌をまさぐった

「ほら、こなた喜んでよ、恋人があんたを求めてるのよ?ねえ、気持ち良い?」
「う、うん。気持ち良いよ」

『言った通りに恋人に成り切れ、さもないと…』かがみの言葉はそういう風に聞こえる

「ねえ、ほらこなたも私のしてよ~」
「え…」

こなたは戸惑う、いつもかがみに弄ばれてばかりだったのでどうしたらいいのか解らない
どうすればいいのか
エロゲの様に強引に行けばいいのだろうか?
こなたは思い切ってかがみのスカートの中に手を潜り込ませて、縦に走る溝を抉るように擦った

「あひ!」

かがみの口から切ない声が漏れると同時に、かがみの下着のなかから液体が溢れてきた
腰をくねらせるツインテールの少女はこなたの手を取り、さらにスカートの奥、下着の中へと導く
そして、さらに感度を上げていった

「ああ、こなたぁ…もっと」
「はあ、はあ、かがみん気持ちいい?」

「気持ち良いわよ、こなた。あんたも良くしてあげるからね♪」
「…うん」

「ほら、いつもみたいにして欲しいでしょ?気持ち良くして欲しいってお願いしてみなさい」
「き、気持ちよくして…」

「…はぁ、あんたそんなんで気持ちが伝わると思ってるの?もっと、おねだりしなさいよね」

こなたは少し考えた後で、恥ずかしさを何とか抑える
『みゆきさんのため、みゆきさんのため、みゆきさんのため』

「かがみん、こなたを気持ち良くして、お願い…」
「ん~、どうしよっかな~…あんたはどう思う?」

かがみはニヤ~っと嫌な笑みを浮かべる

「ねえ?みゆき?」
「え…?」







空気が冷たい
背筋が凍って動けない
血の気が引いた

どんな言葉を使っても表現できない感覚というものが、やはりこの世にはある
かがみの見つめる方向は闇

「今なんて言ったの…?」
「あら、聞こえなかった?」

こなたの心拍数は上昇しガタガタと体が震えだした
聞き間違えで有って欲しい、夢であって欲しい
そうだ、これは悪い冗談に決まっている

「冗談だよね?嘘だよね??」
「さあ、どうかしらね…自分で確かめてみたら?」

嘘だ、嘘に決まってる…
こなたは神に祈った、そして目を瞑り呼吸を整えると思い切って後ろを振り返る

「……!!」
「ふふ…」

そこには
闇が広がるのみで、人影など無い
こなたは安堵の為からか膝が折れてしまい、ヘナヘナと座り込んだ

「あは、あはははははははは!!こなた、あんた可愛いわね~♪」
「…。」

やはりいつもの悪質な冗談
そうだ、こんな所にみゆきが居る訳がない
体育倉庫も鍵を開けたのは自分だ、その前からみゆきがそこにいるなんて考えにくい
いや、有り得ない事だ
こなたは胸を撫で下ろして、大笑いしているかがみを睨み付ける

「はぁ…おなか痛いわぁ。あんたって本当に純情っていうか、素直って言うか☆」
「はは…」

「こんな狭い所にみゆきが居る訳ないじゃないの、普通考えれば解るでしょう?」
「う、うん…そだよね」

「だって、みゆきはずーっと扉の前に居るんだもの♪」
「…?」

耳を疑った
『扉が何?』

「みゆき~もう入ってきたら?」

かがみの声から数秒経った後に、体育倉庫の重い扉が開かれる

扉の前に立っていたのは紛れも無く

「嘘…みゆきさん、なんで…」
「こなた…さん…」

どう表現すれば適切なのか…喜怒哀楽のどれにも当てはまらない表情がそこにある

「私が呼んだのよ、こなた♪」

かがみは泣き出しそうな半裸のこなたを抱きしめて、みゆきに笑いかける
今のこなたはそれに抵抗するという行動すらとる気力が無い

「これで解ったでしょ?私とこなたの関係がさぁ☆」
「そんな…こなたさん、なんで?」

「ちがっ…んふ!?」
「んん、こなたぁ♪」
「…。」

かがみはみゆきの目の前でこなたの唇を塞ぎ、こなたの言葉を遮った
みゆきは呆然と佇むのみ、何も言葉を発しようとはしない

『話せば解ってくれる…』

こなたはかがみを突き飛ばして、みゆきの方へと駆け寄った

「みゆきさん、違うの…違うんだよ!」

突き飛ばされたかがみは打ち付けた腕を押さえながらも、余裕の表情を二人に向けた
『きっと、みゆきさんは解ってくれる。そうに決まってる』
こなたは優しく抱きしめてくれるみゆきの姿を想像した
自分が、みゆきとの関係を守るためにしてきた事を伝えれば
きっと、彼女は自分を暖かく迎えてくれる。そう思い、必死にみゆきへ縋りついた

「これは…」

バチン!!…ドサ

「あ…。」
「……許しません…」

こなたは右の頬に痛みを感じている
何故?どうして?自分はみゆきに抱きしめてもらう筈だったのに
何故自分は倒れているのだろうか…

「みゆきさん…?」

こなたはみゆきの初めて見る表情に困惑しながらもみゆきの方へと這って行く

「みゆきさん…聞いてよ…お願いだよ、みゆきさん」
「…。」

足へと縋り、体に手を回し、手を握るが
向けられるのは暖かい眼差しではなく、氷の様に冷たい瞳
こなたはみゆきの唇に自分の唇を重ねた
『きっと、解ってくれる。そうに決まってるよ…』

ドン!…ドサ

「…い!みゆきさん…」
「…触らないでください」

だが、儚い期待はみゆきの拒絶によって一気に砕け散りこなたは無残にも冷たい床に崩れる
この光景を眺めるかがみは嬉しそうだ

「え…?」
「汚い手で触らないでくださいと言っているんです」

「そんな…」
「私はあなたの事を本気で好きだったのに、私の心を弄んでいたんでしょう?」

「違うよ!聞いてよ、みゆきさん!」
「いいえ、聞きません…今だってこんな私を見て笑っているんでしょう?」

「そんなこと無いよ!違うよ!!」
「だったらどうして!?…」

今までに無いみゆきの声にこなたは一瞬たじろいだ

「どうして貴女はかがみさんと一緒にいるんですか?」
「そ、それは…」

「…良いんです…言い訳なんて聞きたくありません…」
「そんなぁ、そんなの酷いよ!」

「酷い?どの口がそんな事をおっしゃっているんですか?」

みゆきの瞳がさらに冷たく、鋭いものへと変わった

「こなたさん、貴女には愛想が付きました…金輪際お付き合いは無いと思ってください」
「嫌だよ…お願い!」

「それでは失礼します。それから、こなたさん…二度と私の名前を呼ばないでください」
「みゆきさん!待って!!」

「…。」
「みゆきさん…」

みゆきは懇願し許しを乞うこなたを背に、
ただの一度も振り向く事無く、無言でその場から去る
あとに残されたのは、涙を流し悲しみにくれるこなたとかがみの二人だけ

「ぅ…うえええ、ぐじぃ…みゆきさん…うう…」

こうして、かがみの思惑通りに二人の関係は最悪の終わりを告げる事となる

「可愛そうなこなた…ふふ、ほんと…………いい気味だわ……」

そしてこなたの幸せは終わり終焉の幕がゆっくりと…







「こなた、おはよう…今日も学校には行かないのか?先生からも電話が有ったぞ…」
「…うん、具合悪いから今日も休みたい」

「そうか…」

こなたはみゆきと破局していらい学校に行っていない
それどころか食事も喉を通らず、水しか口にしていなかった
いや、正確には水以外の物を体が受け付けないのだ

食べても何も味はしない
飲み込んでも吐き気がしてもどしてしまう
食欲も無い
動きたくない
何もしたくない
こなたは布団に潜り込んだまま動こうともしない

そうじろうは何か言いたそうだったが、それを飲み込んで部屋を出た
きっと何か悩みが有るのだろうが、自分が口を出すことでは無い気がしたのだ
『かなたさえ居れば…』
十数年間そう思った事はあれども、今日ほどそれを痛感した事は無かった
『やっぱり、再婚するべきだったかな…』
こなたも年頃の娘だ、男親に話せない悩みくらいは有るに決まっている
今はそっとしておいてやろう、とそうじろうも黙ってこなたを休ませた


一方、こなたはベットに突っ伏したまま動かない
たまに動けば、みゆきとの思い出が詰まったアルバムを眺め
まだ恋人同士だったころのみゆきにメールを見ては涙で枕を濡らした

携帯のメールも幾度もセンター問い合わせでチェックをするが、
返ってくるのは『新着メール無し』のメッセージとかがみやつかさのメールだけ

優しいつかさは心配して「大丈夫?」や「早く元気になって」とメールを送ってきてくれるが
かがみは…体育倉庫や屋上、教室などの『自分たちの思い出の場所』の写真を添付しては
『私のものになりなさい』とか『そろそろ欲しくなってきたんじゃない?』などと胸を悪くするようなメールばかりをよこす

そのメールを見るたびに、こなたは胃液が逆流するのを感じた
既にこなたの精神はズタズタになってしまっているのにも関わらず、かがみからの侵略は止まる事を知らない
それどころか傷心のこなたにとってはストレス以外の何者でも無かった

何度メールフィルタを掛けても、携帯が駄目なら自宅のPCから、それが駄目ならプリペイド携帯からと
送信元を変えてこなたを苦しめる
どうしてそこまでするのかこなたには理解できないが、抵抗しても無駄なので既に抗うことをやめてしまった
昔の優しいかがみはどこに行ってしまったのだろうか?
そんな彼女からのメールも、あるメールを最後にぴたりと止んでしまった
それは
「今のあんたには何の魅力もないわね…そろそろ、御仕舞いにしてあげる。ばいばい♪」
というものだ。
人の幸せを散々踏みつけた挙句にこなたは最悪の恋人であるかがみにすら見捨てられてしまった

そして、肝心のみゆきからのメールは未だ一通も来ない
何度もみゆきにメールしたが返信は無かった
無論、かがみに汚された事もそれ以降の事もすべて伏せている

「…みゆきさん…」

こなたは愛しい人の名を呼び、その悲しげな瞳を天井へ向けた…

「そろそろ、楽になりたいな…」





夜の風は容赦なくこなたを打ち付けるが、こなたは気にしなかった

「この木だったね…ここでみゆきさんと私の時間が始まったんだよね…」



春、桜の季節の裏庭で
高校の制服も初々しい少女が二人風にたなびく髪を押さえて立っていた

「あ、あの…泉さん…」
「え、…あ…みゆきさん?こんな所でなにやってんの?」

「ちょっと、人を待ってまして…泉さん何をなさっているんですか?」
「え?私?…へへ、ジャーン!」

こなたは照れ笑いをしてピンク色の封筒をポケットから取り出した

「ラブレターもらったんだよ♪それで~今からその人がここに来るの☆」

こなたはその封筒をいとおしげに抱きしめて頬を染め上げる
みゆきはそんなこなたに魅入っていた

「しっかし、物好きもいたもんだよね~私みたいなチンチクリンが好きだなんてね~★」
「そ、そんな事…ないと思いますよ…」

意外な言葉が返ってくる
軽いジョークのノリを期待したのだが、とこなたがみゆきを見ると
みゆきはモジモジしながら髪の毛をいじっていた
こなたは自分に向けられた美しい瞳にニコッと笑い返して

「またまたぁ、そんな事言って~、みゆきさんは優しいんだから~」
「そ、そんな…」

「そういえば知り合ってだいぶ経つけど、みゆきさんって彼氏とか居るの?」
「え?どうしてですか?」

「だって、今待ってるのって彼氏なんじゃないの~?☆」
「え、いや、まあ…好きな人…といいますか…」

「やっぱりね★ん?好きな人って事はまだ告白してないんだ…」
「はい、実はそうでして…今日、その方をここにお呼びしてるんです…」

みゆきはますます顔を赤くする

「そうなんだ!で、どんな人なの?」
「えっと、その方は…小さくて…元気で…少しオッチョコチョイで」

「ふんふん、可愛い系なんだね♪」
「それでアニメや漫画がお好きで、パソコンに詳しくて、いつもネットゲームなんかを嗜まれてまして」

「うーん、結構マニアックなタイプみたいだけど…みゆきさんって結構コアなんだね…」
「ええ、同じクラスの方でして前からお慕い申しあげてます。」

「その子は幸せ者だね~、みゆきさんに好かれてさ☆」
「本当ですか?」

「本当だよ~!私だったらみゆきさんに好きとか言われたら気絶しちゃうもん♪」
「…。」

みゆきの言葉がとまる
少し様子がおかしい様に見えるが大丈夫だろうか?
そういえば、何となくひ弱そうなイメージが…

「どうしたの?」
「……好きです…」

「え…?」
「好きです!泉さん、大好きです!」

「ええ~~!!!?」
「言ってしまいました!どうしましょう!?泉さん、私どうしたらいいでしょうか!?」

「え?え?どうしたらって、落ち着いてよ!でも、あれ?私、ええええええ!!?」
「どうしましょう?どうしましょう!?恥ずかしい……」

しばらくの間、二人は混乱から抜け出す事が出来ずに、桜の下でわめき散らした


『懐かしいね…、みゆきさん…』




「へ~、そうなんだ…、って事はみゆきさんが待ってたのって…」
「はい、泉さんの事なんです…」

「そっか、この手紙みゆきさんがくれたんだね」
「あの、やっぱり変ですよね?女の子同士だなんて不自然ですよね?」

「うーん…」
「すいません、このお話は無かった事に…」

「待って、みゆきさん…」
「はい?」

その場を走り去ろうとするみゆきの手を、こなたはすかさず掴む

「告白ってさ、もっとなんていうか…こうドキドキするものだよね…?」
「…そ、そうですね…」

「みゆきさんは私になんて告白しようの思ったの?」
「え、そ、それは…その…」

「考えてきた台詞とか、色々あったんでしょ?」
「…はい、お恥ずかしながら…」

みゆきの耳が赤く染まる
きっとみゆきはこう思ったであろう
『穴があったら入りたい』と
しかし、こなたはそれを許さない

「じゃあさ、もう一回…告白してよ…」
「え…?」

意外な言葉にみゆきは驚く

「だって、ラブレター貰った私がせっかく現れたんだからさ、しっかりフラグ立てなきゃ」
「フラグですか…?旗?」

「フラグって言うのはね…えっと、恋愛ゲームで言う…あー、もういいや、ほら!みゆきさん早く!」
「あ、はい…では…失礼して……あのぉ、笑わないでくださいね?」

「う、うん、笑わないよ!」
「こほん、……こなたさん…私は…」

『あの時はびっくりしたけど嬉しかったなぁ…』

後にも先にも告白をされたのはアレが始めての体験で
あんな素敵な言葉はきっと二度と聞けないだろうと今でも思っている

入学して3ヶ月、お互いを良く知らないもの同士の、しかも同性のカップル
隠し通すのにも苦労したし
まさか百合フラグが自分に立っていたことなんて、気が付かなかった


桜の木は蕾をつけて、次の春に向けて力を蓄えている
また次の春も、その次の春も、沢山の恋人たちを祝福してこの場所か送り出していくのだろう

そして、この場所から始まった私たちは幸せだった
この世に生を受けたどんな者たちよりも、幸せを感じていた
夜の桜は風に揺られて不気味に揺れる
まるでこなたに「今、どんな気持ち?」と囁く掛けてくるかのように見える

こなたは冷たい桜の木をぎゅっと抱きしめて、恋人を想いキスをした

「今まで有難うね、最後に…しばらく一緒にいてね?一人じゃ寂しいからさ…」










翌朝、こなたの亡骸は警備員によって発見される事になる
こなたはまるで眠るようにして桜の木のそばで冷たくなっていたそうだ
検視の結果、薬物や外傷は見られず長時間の冷気にさらされての凍死だと断定されたが

数日後にこなたの部屋から見つかった遺書により、自殺である事が解った
遺書にはみゆきとの思い出や今まで暖かく見守ってくれた者たちへの感謝の言葉

そして、かがみによる性的な虐待などの非道極まりない行為が事細かに記されており
後日、かがみは逮捕されることになったのだが、かがみは一切抵抗することは無く
自分を睨み付けるみゆきに向けて笑顔でこう語りかけたと言う

『こなたなら貴女を見捨てなかったのにね』

校門を出るかがみは、罪の意識などまったく感じられない
かがみの言葉はみゆきの心を突き刺した
確かにそうかもしれない、みゆきはこなたのそういう所が好きだったのだから
みゆきはこなたが自分に宛てたメッセージを思い出して、恋人が眠りについた桜の木を見やる
『私は貴女の様になりたかった、貴女の傍において下さい』
その言葉は、みゆきの告白の言葉

二人の始めての思い出

「こなたさん…私は…この先、どうやって生きていけばいいんでしょうか…」

みゆきは後悔の涙を流してその場に座り込み
決して返って来ない問いかけを、桜の木に投げかける

桜の木は何も応えずただただ風に揺れるだけ
そこから始まった一つの恋の物語は、この場所でそっと息を引き取った








『生まれ変わったら、またね』









蹲る少女の耳に、こなたの声が聞こえた気がした













END
最終更新:2024年04月20日 11:40