こなたのボランティア
季節は春。
とある喫茶店にて、こなたとかがみの二人が居た。
「…え?」
コーヒーを飲みながら、こなたは聞き返す。
「だから…」
かがみは少し照れ臭そうに言う。
「…妊娠、したの」
「そっか…おめでとう!かがみん」
「あ、ありがとう…こなた」
高校を卒業して早4年。
かがみは、京都の大学で付き合い始めた男の人と、1年前に結婚していたのだ。
かがみの主人は、現在大手企業を勤めているらしく、世間一般的に言う大金持ちだった。
結婚式でかがみは両親宛の手紙を読んでいる時、久しく泣き顔を見た。
正直こなたも、もらい泣きしそうになっていた。
でも、かがみも相手もすごく幸せそうだった。
その夜の親友達皆での二次会はとても楽しかった。
すごいなあ、かがみんはもう生涯の相手を見つけたんだな…
それに比べて、今の私は大学にも行かなくなってしまった。
つくづく自分が情けなくて仕方がない。
そして、今日久々にかがみと会って改めて現実を痛感した。
大学になったら少しは変われるかなと思っていたが、
ろくに何もしないでネトゲ生活が変わるはずもない。
更生しようと決心したことは多々あった。
だが、実行に移すことができず、
ネットという誘惑に負けてしまうのだ。
毎日のように自分の部屋にとじこもり、
パソコンをつけては鬱に対する気休めのためにネトゲをする。
もう、やる事がそれしかない。
中毒だな…完全に。
実は、こなたは大学でも友達が全く出来ず、
こなたの周りの空気が読めないという性格からも、
あまり学生と馴染めない空気が続いていた。
よく、高校生の時こんな私とあの3人は親友になってくれたと思う。
そして、1年生も終わりという時、
とうとうこなたは家に閉じ篭もるようになり、初めて留年を体験した。
こなたはそんな大学生活にうんざりして、ついに退学してしまったのだ。
また高校生の楽しかった日々に戻りたい。
しかし、大学を中退したことは、かがみ、みゆき、つかさには言っていない。
あの3人に心配をかける訳にはいかない。
あの3人だけが、私の親友と呼べる存在だから。
そして昨日かがみは大学を卒業して、京都から糟日部へ帰って来たという。
相手の実家も、偶然ながら糟日部にあるらしい。
そして、昨日こなたの携帯に明日は会えるかなと、メールをしてきたのだ。
でも、何で今居るのが私だけなんだろう…
それを尋ねると、たまたま二人共都合が悪く、
どうやら明日の午後には会えるということらしい。
皆、忙しいんだな…
暇と退屈を持て余しているのは、私だけだったのだ。
それにしても、外の空気は久しぶりだな…
かがみと喋っていると、高校生だった頃の事を思い出す。
文化祭のこと、皆で海に行ったこと。
話をすればするほど、そうそうこんなことがあったねと、
走馬灯のように脳裏を駆け巡る思い出に、二人して笑い合える会話が続いていた。
それは楽しかったのだが、内心は会話を重ねる度に鬱になりつつあった。
もう高校生には戻れないのだ、と。
そして、新たな事実。
かがみが妊娠したのだ。
どんな子供かな…
きっと、いい子だろうね。
かがみんの子供なんだから、いい子で当然だよね。
こなたは、もう人生を諦めかけていた。
お父さんは、そんなこなたを精一杯慰めてくれてるが、
こなたは耳を貸そうとしない。
私は、ダメ人間だ…
「こなた、最近元気?」
「え、あ…うん。まあ」
「何かあったの?」
「ううん。大丈夫だよかがみん♪」
「そう…何かあるんなら、相談しなさいよ?」
こなたは、無理に笑顔を作った。
最近無表情な生活がずっと続いているせいか、笑顔というものさえ忘れかけていた。
かがみと話していると、時間が短く感じる。
ネトゲの時もだけどね。
かがみは、高校生の時より凄く大人になった。
それは当然なのだが、かがみは化粧をしていて、劇的に美人になっていたのだ。
それに比べて私は化粧の仕方を知らないので、
ファンデーションをあてただけで出てきてしまった。
こんな顔だけど許してね、かがみん…
かがみと話している間に時は流れ、もう昼を過ぎていた。
「あ、こなた。そろそろ帰るね」
「え、もう帰っちゃうの?」
「うん。私を待ってる人がいるから…」
「そっか。うん。じゃあね、かがみん」
「バイバイ、また明日ね」
かがみはそうして店を出て行った。
こなたも、その後すぐに店を出た。
家に帰ると、また憂鬱な日々が始まるのだ。
自分の部屋に入り、パソコンをつける。
そうして、一日は終わった。
ちなみに食事は、お父さんが作ってくれている。
お父さんは、私の部屋の前に出来た料理を置き、ドアをノックする。
しかし、お父さんは部屋には入らない。
それが食事の合図だ。
私は人のために何か役に立ちたいと思っていた。
しかし、私はいつも助けてもらってばかりで、何も出来ない自分が情けなかった。
次の日の午後、こなたはつかさ、みゆき、かがみが待っている、
つかさとみゆきの住むアパートへ向かった。
つかさは、現在みゆきと同居しているのだ。
こなたは、久々に会う親友に少し緊張感を覚えた。
出来れば嘘はつきたくない。
でも、皆に心配をかける訳にはいかない。
私の現状をばらさないためにも、演技をしよう。
そして、ドアを開けた。
「やっほー、つかさ、かがみん、みゆきさん。久しぶりだねぇ♪」
「わあ、こなちゃんだ!久しぶり!」
つかさはいつものように可愛らしい笑顔を見せてくれた。
「久しぶりですね、泉さん」
みゆきさんは、高校生の頃から大人な感じだったけど、更に綺麗で美人になっていた。
「おっす!こなた」
かがみんは、私よりも先に到着していたようだ。
しばらく4人は、会話を楽しんでいた。
高校生の頃の思い出が、ひしひしと現実になっているのだ。
今、この部屋は高校生時代にタイムスリップしているのだ。
しかし、つかさの一言によって、現実へと引き戻されることになった。
「みんなは今、何してるの?」
「私は、結婚生活を楽しんでるわ。昨日も二人でカレーライスを食べたしね」
「へぇ、お姉ちゃんたら、羨ましいなぁ。でも、料理はできないけど」
「うるさい!」
「かがみさんも別に下手ではありませんよ?」
「そ、そうよ!別に全部作ってもらってた訳じゃないわよ!」
「へぇ~そうなんだぁ」
「う、うるさい!!」
すると、かがみは顔を赤らめて、言った。
「…実はね、私…妊娠してるの」
「えええ!?本当?お姉ちゃん!おめでとう!!」
「それはおめでたいですね」
「こなたには昨日会った時に言ったのよ。ね、こなた?」
「あ、うん!」
「そういえば、こなちゃんは今何やってるの?」
「うぇっ!?…えーと…」
とうとうこの時が来てしまった。
…言葉が出ない。
どうしたら…
「ア、アルバイトしてるの…」
「へぇ~、こなちゃんもなんだね」
「え?じゃあ、つかさもバイト?」
かがみが聞いた。
「うん。まぁね。生活費はほぼみゆきさんが賄ってくれてるけどね」
「つかさも早くいい仕事見つけなさいよ?」
「う、うん。分かってるよ、お姉ちゃん」
「こなた、あんた何のバイトやってんの?」
「…ぇ…まぁ、色々と…」
「色々?色々とは何ですか?」
「えーと…そうそう!困ってる人の手伝いをするバイト!」
「…」
会話が止まった。
「あ~なるほど。つまりボランティアね。こなたは偉い!」
「自分から進んで周りの人の役に立ちたいなんて、そうそうできることではありませんよ」
「すごいね、こなちゃん!」
「い、いやぁ~アハハ…まぁ、小さい頃からの夢だったもんで…」
何とか誤魔化せたようだ。
よかった…。
しかし、心の奥にある罪悪感だけは振り払うことが出来なかった。
そうして、会話は将来の夢へと進展し、この日のミニ同窓会は終わった。
私は将来の夢については、まだ考え中と言った。
かがみんはいいお嫁さんになる!と照れながら叫んでいた。
やはりデレは可愛いな、かがみんは。
つかさは、真夜中に一人でトイレに行けるようになりたいと言っていた。
やっぱり天然だなつかさは。
そして、みゆきさんは有名会社の社長になりたいと言っていた。
夢が大きいな、みゆきさんは。
家に帰ると、やはりネトゲに走ってしまう。
でも、今日は少しだけ安心した。
やっぱり、皆と居れば楽しいんだな。
そして月日は流れ─
再び鬱な生活が毎日のように続いているとき、
久々に携帯にメールが入った。
メールはこの前のかがみんの時以来だ。
どうやら、つかさからのメールらしい。
慌てているのか、少々文字が乱れている。
『子供がうまたよ!』
こなたは瞬時に理解した。
そう、かがみの子供が産まれたこと。
この前妊娠したばかりだって言ってたのに…月日は早いものだな。
こなたは、いつの間にか外は雪景色であることに気づいた。
そうか…もう冬か…
こなたは、ジャンパーを羽織り、家を出た。
携帯で再確認してみると、かがみは家の近くの産婦人科で出産したらしい。
こなたの家からは10分とかからない程の近さである。
みゆきさんも今、病院へ向かっているらしいのだ。
病院へ着くと、つかさが入り口で待っていた。
「遅いよこなちゃん!早くこっちだよ!」
「うわぁあ」
つかさがこなたの手を引っ張った。
まだ、つかさは出産直後のかがみんと会っていないらしい。
ガラス越しに、つかさは指をさす。
「ほら、あれだよ!奥から2番目の…」
ネームプレートには、柊かがみと書かれてあった。
かがみんの赤ちゃんは、静かに寝息を立てていた。
「本当だ。あの子なんだね…やっぱり可愛いな…」
「お姉ちゃんの子だからね」
「うん」
そして、私とつかさは次にかがみんに会いに行った。
病室に入ると、かがみんはベッドでぐったりしていた。
やっぱり、疲れたんだろうな…
しかし、かがみんの主人は険しい表情をしながら病室を出た。
普通なら、泣いて喜ぶはずなのに…
何か、あったのだろうか…
両親は、つかさ曰く出産を見届けた後、先祖の報告のために帰宅したそうだ。
私は、かがみんの近くに居た医者に尋ねてみた。
「あの…かがみさんに、何かあったんですか?」
「言いにくい事ですが…」
医者は、口を開いた。
「実は、かがみさんの容態があまり良くないんです…」
「…と言いますと?」
「このまま昏睡状態に陥って、死に至ることも考えられます…」
「まさか…え…そんな…お姉ちゃんが…!?」
つかさは、言葉を失った。
私も言葉を失った。
他にも医者は何か言っていたような気がするが、よく覚えていない。
かがみんが、死んでしまうなんて。
何で、かがみんが…
こなたは一日中考え続けていた。
何で、私じゃないの…?
神様は、どうして私を選ばなかったの…?
これは、運命の悪戯なのだろうか。
それを考えていると、夜も眠れなかった。
自分には何かできることはないだろうか。
私は、タダの駄目人間。
今人として生きている価値は、あるのだろうか。
実際に、生きていなければならない人間が運命の悪戯を受け、
悲しい運命を目の当たりにするという…
神様は、時に人に幸福を与え、時に人を悲しみに陥れる。
それが、この世を成立させている鉄則であり、
これから先、それを打開することは不可能であろう。
かがみんは、私の親友の一人。
それと共に、私を精一杯支えてくれている親友より近い存在である。
思えば思うほど可哀想過ぎる。
かがみん…私…どうしたらいいの…?
みゆきさんも後から病院に来たが、私が事情を説明するとその場で
泣き出してしまった。
かがみんも、実はこの事を隠していたのだろうか…
だっから、お互い様だね。
こなたは、寝床で泣き明かした。
私なんかより、かがみんが生きていないと意味がないんだ…
この世には、幸せに生きていくべき人達がいる。
かがみんは純粋な人生の道を歩いているが、私は道を完全に外れてしまっているのだ。
戻れるかどうかも分からない。
かがみんは、昔から身体は強いほうだと思い込んでいた。
しかし私が今日病院から帰るとき、つかさ曰くかがみんは、
京都に滞在しているとき、若い結婚や妊娠という過度のストレスや、
几帳面で真面目で、責任感は強いが周りの目を気にするという性格も重なり、
更に追い討ちをかけるような出産の所為で、
とうとう心臓に疾患を患ってしまったのだという。
つかさは絶望に浸りきっていた。
私が慰めてもただ「うん」と頷くだけで、耳には届いていないようだった。
こなたは、ふと自分の母かなたのことを思い出した。
かなたは、こなたが小さい時には亡くなっていたのだ。
私は、お母さんの温もりを知らない。
お母さんにひざ枕して貰ったり、一緒に買物をしたこともない。
ただ、その代わりにお父さんが人一倍頑張ってくれた。
私は、かがみんを死なせたくない。
ただ、その一心だった。
先生の言葉は、もうかがみは助からないという意味を持っていたのかもしれない。
かがみの子供が目を覚ましたときには、お母さんはこの世にいないのかもしれない。
かがみん…私達に相談してくれれば良かったのに…
思うたびに、私も人のことは言えないと実感する。
私も、大学を中退したことを皆に伝えていない。
しかも、ボランティアをしているという嘘をついた。
…このまま私達が何もできないままかがみんは死んじゃうのかな…
夜は明け…
かがみが死んでいないことを願いながら、病院へ向かった。
産婦人科からかがみんは市民病院に搬送されたらしい。
市民病院の入り口のロビーには、つかさが座っていた。
何も食べていないのか、やつれているように見える。
「つかさ、かがみんは?」
「あ、こなちゃん…?うん、お姉ちゃんなら、集中治療室だよ」
「そうか…じゃあ、面会時間が限られているんだね」
「うん。11時からだって…」
「何分くらい会えるの…?」
「うん…10分だって。まずは、お母さんとお父さんが面会するの
その次に私だったんだけど、今こなちゃんが来てくれたから、
私とこなちゃんね。
その後、お姉ちゃんの主人が会いに来る予定なの」
「みゆきさんは?」
「ゆきちゃんは、仕事場とか近所の人に、
臓器提供にかかる資金を寄付してくれる人を早急に募ってる。
もうお姉ちゃんの心臓も長くないからって」
「…そっか…」
「ごめんね、こなちゃん。迷惑かけちゃって…
私、お姉ちゃんに臓器提供しようと思ったんだけどね…
私のはあまり丈夫じゃないから、駄目だって…」
つかさは、とうとう涙を流した。
「でもさ、心臓を移植するってことはさ、
その移植した方の人は死んじゃうんだよね?」
「そうだよ。しかも、移植された方も
100%の確率で日常生活に復帰できるとは限らないみたい…」
「そうなんだ…」
そして沈黙の時が続き、いよいよ11時がやってきた。
面会時間はたったの10分らしい。
その時、かがみんのご両親が来たので私は一礼をした。
つかさは、両親に泣き崩れていた。
可哀想なつかさ…
可哀想なかがみん…
どうして、こんなことに…
私まで涙が出てきた。
かがみんの両親は、つかさを励まして泣き止ませ、そのまま集中治療室に向かった。
10分というのは、本当にあっという間であり、
もう両親が帰ってきた。
両親曰く、かがみの意識は戻ったらしい。
つかさは両親に、こなたも面会をすると告げ、
二人の了承を得た後、つかさとこなたは集中治療室へ向かった。
私とつかさはガウンを羽織り、靴を履き替え、
そして手を念入りに洗い、病室に入った。
中に入って、私達は唖然とした。
点滴柱から何本もの管がかがみんの腕に挿入されている。
かがみんの口には酸素マスクが施され、
かがみんの呼吸音が明確に聞こえてくる。
それと共に、ベッドの隣にある心電図が弱弱しいかがみの鼓動を
短い電子音で明確に刻んでいる。
かがみんの顔は、少々やつれているように感じた。
あの、活気付いた優しい頼りがいのあるかがみんとは
まるで別人のような気がした。
つかさは涙を堪えながら、かがみんに歩み寄って声をかけた。
「お姉ちゃん…私。つかさだよ。こなちゃんも居るよ?ほら」
かがみんは、目を開いた。
私も、かがみんに歩み寄る。
「かがみん…こなただよ」
「……おーっす……こな…た」
かがみんは、か細い声で返事した。
「かがみん……大丈夫?」
かがみんは、ゆっくり頷いてくれた。
私は、かがみんの手を握る。
「かがみん……きっと、大丈夫だよ!」
私には、これくらいしか言うことができない。
本当に情けない。
かがみんは、ゆっくり頷く。
つかさも、かがみんの手を握る。
「お姉ちゃん。がんばってね」
そうしているうちにもう10分経ってしまったので、
私とつかさは、最後に精一杯の笑顔をかがみんに見せた。
かがみんも、泣きながら笑ってくれていた。
病室を出てガウンを脱いでいると、かがみんの主人とすれ違ったので、
礼をしておいた。
主人の手元には花束があった。
「やっぱりショックなんだろうね…」
「かがみんのご主人?」
「うん。だって出産したのに赤ちゃんの顔もはっきり見れないで来たらしいから…」
「…そうなんだ」
こなたは、その後病院から帰ることにした。
そして、こなたは病院から帰るとき、ふと思いついた。
私が、かがみんに臓器提供をすればいいんじゃないか。
どうせ、私のような人間が生きていたって、社会に何の影響もないだろう。
しかし、それには大きな問題点があることもすぐに察知できた。
血液型の問題だ。
臓器提供には、血液型も大いに関係しているのだ。
高校生に入って尋ねてみた時、かがみんは確かB型と答えていた。
しかし、私はA型なのだ。
お父さんもO型で、お母さんもA型なので、私がB型であることはまず有り得ない。
臓器提供は、B型の人間はB型かO型の人間しかできないのだ。
やっぱり、私とかがみんの間には、越えられない壁が存在したのだ。
その夜、どうしてもそのことが気になるので、つかさに電話をかけた。
「もしもし」
「
もしもし、あの、つかさ?いきなりで悪いんだけどさ…」
「何?こなちゃん」
「かがみんの血液型を教えてくれないかな…」
「あ、こなちゃんには言ってなかったかな…
実は、臓器移植ために改めてお姉ちゃんの血液型判定をしてもらったの。
そしたらね…お姉ちゃんはAB型だったらしいの」
「え?AB型?」
つかさ曰く、以前B型だという判定が出たのは
かがみが産まれた直後に病院で出してもらった血液型らしく、
A型が凝集しにくく判定しづらい亜種であったこともあり、
今までB型と判定されていたらしい。
そして、出産直後からの検査で、AB型という判定が出たのだという。
こういうことは、結構あるらしい。
「分かった。ありがとう、つかさ」
「うん。何かあったの?こなちゃん」
「ううん、何でもないよ!んじゃね!」
こなたは、すぐさまパソコンに向かった。
ネトゲではなく、インターネットで臓器提供についてのサイトを開く。
AB型は、どの血液型の臓器提供も受けられるらしい。
よかった…
やっぱり、天はかがみんのことを見放さなかったんだね…
ありがとう、神様。
次の日、私は朝早くからランニングを始めた。
もっともっと私の心臓を丈夫にして、かがみんを確実に元気にしないと。
でも、私が臓器提供するってことはかがみんには秘密にしないと…
私には体力があるんだ。
もう、ネトゲなんてやっていられない。
親友を救うため、私はがんばる。
あれ、これってボランティア…かな?
あはは、嘘から出た誠だよこりゃ。
こなたは、河原の土手を走る。
人通りが少ないので、とても走りやすかった。
私は今、人のために頑張っているんだ。
そう思うと、余計に元気が湧いてくる。
鬱な自分とは、おさらばだ。
いつの間にか、既に昼の12時を回っていた。
こなたは、病院まで走った。
つかさは、昨日のように病院の入り口に居た。
「今日も会ったの?つかさ」
「当然だよ…こなちゃん。あれ、どうしたの?その汗」
「あぁ、ちょっと走ってきてさ。あはは…」
「そっかぁ…こなちゃんは体力あるもんね。私とは大違いだね」
「私、もっともっと体力をつけたいんだ」
「こなちゃん、急にどうしたの?」
「つかさ!これは真面目な話だから、よく聞いてね」
「…う、うん」
「私が、かがみんに心臓をあげるよ!」
しばらく沈黙状態が続いた。
「な、何言ってるのこなちゃん…
そんなの……駄目に決まってるでしょ」
「じゃあ、つかさはかがみんが死んでもいいって思ってるの?」
「…そ、それとこれとは話が違うよ。
だ、第一お姉ちゃんが許してくれないよ…
だって…私達は親友なんだよ?」
「つかさ。私は本当にかがみんに
生きていてほしいと思っているから言ってるんだよ」
「うん。分かってるよ…気持ちだけもらっておくよ。ありがとう、こなちゃん」
「つかさ!お願い!お願いだから分かってよ!」
「こなちゃん。よく聞いてね。
心臓移植というのはね、心臓が動いているけど死亡している提供者を募って
行われるんだよ。
だから、別にこなちゃんじゃなくてもいいんだよ…」
「で、でもさ、私はこの通り健康なんだから!
絶対私のを移植したほうが生存率は高くなるよ!」
「それは…そうかもしれないけど…
私はこなちゃんにもお姉ちゃんにも生きていてほしいんだよ!」
つかさは涙を流した。
「つかさ…」
「だから、もうやめてよ。そんなこと言うの…」
「…」
つかさは、病院から出て行ってしまった。
こうなることは分かっていた。
でも…私は、決めたんだ。
絶対にかがみんに提供するって。
これが、唯一私にできることなんだって。
こなたは、その後もトレーニングを続けた。
その夜、つかさから電話がかかってきた。
「もしもし?」
「
もしもし、こなちゃん?実は…
お姉ちゃんの容態が急変したらしいの」
「えっ…」
つかさによると、もういつかがみんの心臓が停止するか分からない状態らしく、
早急に提供できる人間を探しているのだが、見つからないらしい。
医師曰く、もう諦めたほうがいいと言われたという。
「そんな…」
「こなちゃん。色々心配かけてごめんね。ありがとう…」
「何言ってんのつかさ!私が居るじゃん!」
つかさは黙り込んだ。
「私にかがみんの臓器提供をさせてください!」
「こなちゃん…ダメだってば」
「だってさ、私みたいなネット廃人が生きててもしょうがないでしょ」
「だからこなちゃん…」
「つかさ、実はね。私は大学を中退したんだ…」
「え…?」
そして、私は今まで隠していた事を、全部つかさに話した。
「そうだったんだね……でも…こなちゃん…」
「いい?つかさ。
かがみんにはね、子供が出来たんだよ?
あの赤ちゃんのお母さんは、
世界中どこを探したってかがみんしかいないんだよ?
私にはよく分かる。
お母さんが居なかったことの辛さが。
今まで隠してたけどね。
本当は、物心ついた時に一目会いたかった…
そんな気持ちにさせたくないよ、かがみんの子供にも。
かがみんにも、あの子供をもっとだっこさせてあげたいんだよ。
せっかく生まれたかがみんの子供なんだから。
分かるよね、つかさ?
つかさには将来があるし、みゆきさんにも将来がある。
私の将来…まぁ、あるかもしれないけど、
かがみんより遠い将来なんか考えていない。
それに、今が私の夢を叶えられるチャンスなんだよ。
人のために役に立つ。
それって身近なんだけど、すごく大切なことなんだよ。
だから、もう一度聞くよ?つかさ。
私に、臓器提供をさせてください!」
私は、言いたいことは言った。
もう、全てを言い終えた。
あとはつかさの返答のみ。
「…では…お姉ちゃんを…よろしくお願いします」
こなたには、つかさが電話越しに泣いているのが伝わってきた。
「ありがとう…ひくっ…こなちゃん…
そんなに…お姉ちゃんのことを…想ってくれていたんだね…」
「当然だよ、私達は親友じゃん!」
「じゃあ、こなちゃん…本当にありがとう…また明日ね」
「うん!また明日!」
そして電話は切れた。
やっと、つかさは分かってくれた。
そうと決まれば、明日もトレーニングだ!
翌日も、こなたのトレーニングは続いた。
病院に着くと、いつものようにつかさはロビーにいた。
「こなちゃん、今日もトレーニング?」
「うん!出来るだけ丈夫な心臓をかがみんに提供したいからね!」
「こなちゃん…ありがとう!」
つかさは涙を流した。
「つかさ。大丈夫。私は平気だから。かがみんのためだもん」
「でも、やっぱり親友がいなくなるのは…辛いね…」
「大丈夫!私は居なくなるわけじゃないよ!かがみんの中で生きるんだよ!」
「…そう、だね。うん、そうだよね!」
そして、つかさと私は医者に心臓提供について報告した。
医者は、本当にいいのかどうか何度も繰り返したが、
その度に肯定をした。
医者は、私の手をがっしりと掴み、
「本当にありがとう」
と言ってくれた。
このことは、みゆきさんにも伝えた。
みゆきさんにも、何度も止められたが
つかさの説得によって涙ながらも納得してくれた。
私が自分の意思で臓器を提供する、
それも人間が生きていくうえで必要不可欠な器官を、
他人に与えようとしている。
それは、自殺に繋がっているということは自覚している。
しかし、かけがえのない親友のために役に立つことには変わりない。
将来、かがみんの子供にもよろしく言っておいてもらおう。
かがみんがこのことを知ったら、どんな顔するかな…
ショックを受けないだろうか。
いや、多分大丈夫だよね。
こなたは、明日に迫る手術のため、必死でトレーニングをすることにした。
かがみんには、立派に生きてもらわないと。
そうしないと、私がこうしてがんばっている意味がないもんね。
今日は病院には行かない。
その代わり、今までにやり残したことがないかどうかを確かめる。
そうだ、ネトゲの住民にも伝えておかないと。
私は常連だったんだから。
誰もが冗談だと思うだろう。
しかし、私は嘘なんかついていない。
さようなら、みんな。
私は、トレーニングから帰宅した時、久しぶりにお父さんの顔を見た。
電気の消えた部屋の中で、お父さんは一人ソファに座って俯いていた。
お父さんは、かなりやつれているようだった。
いつもの、エプロン姿で飛んでくるお父さんはもういなかった。
自分が今までお父さんに頼りきりだったことをまざまざと感じさせられた。
私は、本当にこんなに自分を助けてくれた人を残して逝くのか…?
今私がこうして元気になったからこそ、これからはお父さんの為に
孝行していかなければならないんじゃないのか?
罪悪感がこなたの固い意志を蝕んでゆく。
「おぉ、こなたか…おかえり」
そうじろうは、暗闇に呑まれかけている部屋の前で立ち尽くしているこなたに気づいた。
そして、そうじろうが微笑みかけてくれるのが、こなたにははっきりと見えていた。
「お父さん…」
私は、お父さんに抱きついた。
「ごめんね、今まで…」
「こなた…」
とうとう感情を抑えきれなくなり、こなたはお父さんに泣き崩れた。
「本当に、ごべんなさいぃ…っぐ…ぇぐ」
「こなた…お前、いいのか?」
「えっ…」
「これまでずっと部屋に籠りきりだったお前が、
急に外に飛び出して帰って来ないもんだから…
何か予感がしたんだ…」
「全部聞いたんだね…」
「さっき柊さんの両親から電話がかかってきて、教えてもらったよ…」
「お父さん…勝手なことして…ごめんなさい」
私は、許してもらえるわけがないと判っていたが、
お父さんに深々と頭を下げた。
「…本当にそれでいいのか?」
「私、精一杯考えて決めたんだよ」
「考え直すことは…できないか…」
「……ごめん」
部屋の中は、沈黙に包まれた。
「俺は…ずっとお前の意志を大切にしてやりたいと思ってきた…
でも、これはお前じゃなくても出来る事じゃないのか…?」
「お父さん、もう時間がないんだよ。
今、一番元気な心臓をかがみんにあげられる私しかいないんだよ」
「こなた…お前の実の父としてひとつだけ言う。行かないでくれ」
「…ごめん……お父さん…私の事、気が済むまで叩いて。
こんな馬鹿な子に、一生懸命尽くしてくれたのに、
それを裏切る様な行為をしてる私を、叩いて…」
そうじろうは、おもむろに立ち上がり…
暗闇に包まれた部屋に、初めて乾いた音が鳴り響いた。
その直後、そうじろうは泣き崩れながらも、頬の腫れたこなたを精一杯抱きしめた。
「こなた…逝かないでくれよ…頼むよ…」
こなたは、ただひたすら謝ることしか出来なかった。
そんな自分に殺意さえ覚えた。
手術は明日の朝行われる。
私の命は、その日でストップする。
そう想うと、無邪気にも涙が溢れ出てくる。
今まで幸せだったよ、みんな。
死ぬのは怖い。
それは誰だって同じ。
かつて国のために戦った神風特攻隊も、
私と同じような気持ちだったに違いない。
私の人生は、明日終わる。
もう、取り返しはつかない。
でも、私は軽はずみで決断したわけではない。
死んだら人間ってどうなるんだろう…
死んだものは、決して帰らない。
だから、死後の世界は今後永遠に不明なままなのだ。
他の何かに生まれ変わるのか、天国か地獄に行くのか…
こなたは声を上げて、ひたすらそうじろうの胸の中で泣いていた。
自分の今までやってきた事の愚かさ、実の父に対する残酷な行為を全て吐き出す為に。
かがみん、つかさ、みゆきさん…
その夜は、そうじろうと二人で床につくことにした。
私の20年以上の人生を、二人で回顧していた。
時には笑い、時には怒り、時には驚いたり。
明日から私は、かがみんの一部になるんだ。
たとえそれが違法だったとしても、人の命を救うのに法律なんて邪魔なだけ。
そうだよ。
私は明日からかがみんの中で生きるんだよ。
死ぬんじゃない。
新たな生活が始まるんだ。
そう思うと、少しばかり気が楽になった。
翌朝早朝─
そうじろうは、既に家に居なかった。
こなたは、ともかく病院へと歩いた。
自分が決断した処刑場へ。
それと共に、私の生まれ変わる場所へ。
もう未練はなかった。
たとえ残っていたとしても、私のやりたかったことは、
これだったから。
もう私達は、親友以上の存在なんだ。
病院に着くと、つかさとみゆきさん、かがみんの両親、かがみんの主人が待っていた。
私は、一人ずつ握手し、「今までありがとうございました」と告げた。
つかさは、涙を流していた。
もう、この可愛い顔を見ることはできない。
みゆきさんも、涙を流していた。
もう、この綺麗な顔を見ることはできない。
かがみんの両親も、私に精一杯のお礼を言ってくれた。
地球上の感謝の言葉を全て掻き集めても言い表せないくらいの感謝で一杯だ、と。
かがみんの主人も、泣いて喜んでくれていた。
私が神様だと言ってくれた。
…そうだね。これからは皆の神様になるんだね、私。
私は、親友を超越した存在として見送られ、
一番最期にお辞儀をしながら、手術室へと入った。
手術室にはまだ医者が居なかった。
私がごろんと手術台に横たわると、突然手術室の扉が開いた。
「お、お父さん…」
「よかった…まだ間に合ったか」
「どうしたの…?」
「二人で、一枚だけ写真撮らないか?
大丈夫、携帯じゃなくてデジカメだからな…さ、撮るぞ」
そうじろうは、近くの棚にカメラを置き、手術台のこなたの隣で微笑んだ。
私も、最期に精一杯の笑顔を見せた。
フラッシュが焚かれると、医者がぞろぞろと顔を出し、
かがみんを乗せた担架が手術室へ運ばれた。
かがみを担当していた医者が、そうじろうに声をかける。
「こなたさんの、お父様ですか?」
「はい」
「今から、こなたさんの手術を始めますが、よろしいですか?」
「はい、きちんと"娘"を見届けたいので…」
「そうですか…判りました」
こなたの腕に、麻酔が打たれる。
もう少しで、私の意識が途切れるんだ…
お父さんの顔がだんだんぼやけていく…
最期に…かがみんと、話がしたかったな…
でも、私は今からかがみんと一心同体になるんだ。
それはただの”たとえ”じゃない。
本当に私とかがみんは、一心同体になるんだよ。
みんな、ありがとう、さようなら。
私は、みんなの事を、絶対に…忘れない─
─手術は、5時間程で終わった。
移植は成功したのだ。
皆は、結果を聞いて涙を流して喜んだ。
数日後、かがみの意識も回復し、普通に話せるようにまでなっていた。
医師曰く、この速さの回復は奇跡だという。
そして、いよいよつかさはかがみに打ち明けることにした。
”こなた”が、今もなおかがみの中で動いていることを。
かがみは、涙を決して流さなかった。
別に泣くことなんてない。
確かに、こなたは居なくなっちゃったけど、
”こなた”は、ここに居るんだから。
私の、中に。
かがみの中で鼓動を打ち続けているのだ。
これから先、ずっと。
ずっと。
退院後、リハビリの為に歩いて家に帰ろうとしていたかがみは、
前から歩いてくる見覚えのある顔に足を止めた。
「やあ、退院したのかい?」
微笑みかけてくる彼に、かがみは罪悪感を隠せない。
「この度は…こなたが…本当に…ごめんなさい」
気がついたら、頭を下げて謝っていた。
「いやいや、かがみちゃんが謝ることはないよ。
君が生きていると言う事は、こなたもちゃんと生きているんだし」
「…いつでも、逢いに来て下さい」
かがみは、胸に手を当てて言った。
「ああ、そうさせてもらうよ」
彼は、再び歩き始めた。
「じゃあね、かがみちゃん、こなた」
「さようなら、そうじろうさん」
かがみとそうじろうは、互いに振り返る事もなく、前に歩んで行った。
─数年後、かがみの子供はもう4歳になった。
今では、幼稚園に通っている。
かがみに似て、活発で元気な女の子らしい。
かがみは、もう退院して普通の日常生活ができるようになっている。
そしてつかさは、今年いよいよ結婚する予定である。
みゆきは既に結婚し、主人との幸せな生活を送っている。
手術費用も、これからずっとかがみとかがみの主人が
払っていくことになるであろう。
でも、それはかがみの命を救うためだったことを考えると、安いものである。
かがみの子供の名前は、もちろんかがみにとって、
そしてかがみんの主人にとって最も尊敬する人間の名前である。
”こなた”
これからも、決して忘れる事はない。
「ねぇねぇ、お母さん、何かお話してよ。このアニメつまんないよ」
「今、洗濯物取り込んでるから、ちょっと待ってね」
「えーやだー、じゃあ夜のアニメ見るー」
夕方の教養番組で流れているテレビアニメに文句をつけているその少女は、
何故か深夜のアニメの方が好きらしく、夜になってもずっと起きてアニメを見ているのだ。
全く、誰に似たんだか。
「全く、こなたは本当にお話聞くのが好きね。
いいわ、聞かせてあげる。今日のはとても素敵なお話なのよ。
寝るんじゃないわよ?」
「寝ないよ、お母さん。早く!」
外で洗濯物を取り込んでいたかがみは、空を仰ぐようにこう言った。
─それは、世界一神々しく美しい、”こなた”のボランティアのお話…
(終)
最終更新:2024年04月21日 21:52