おめ
by 12-488
こなたは、目の前の光景を疑った。
校舎の屋上の床を伝う鮮血。
そして、その鮮血を覆うかのように倒れている、3人の親友。
どうして、こんなことに…
─3日前の昼休み。
こなたは、とても眠たかった。
1限目から黒井先生のチョークが頭に激痛を与えるが、やはり眠い。
しかも、そのまま体育という極めてハードな時間割であった。
目を擦っても、水で顔を洗っても、眠気は治まらない。
それは、いつものように深夜中ネトゲーで遊んでいたからだが、昨日は軽く就寝が午前4時を回ってしまっていた。
「しまったなぁ…。いくならんでも、ちょっと没頭し過ぎたかな…ふぁあああ」
こなたは、昼休みに少し眠って休憩を取ることにした。
「あ、こなちゃん寝てるよ」
「起こさないほうがよさそうですね」
みゆきとつかさがこなたの元へやってきた。
「私達も、もう卒業生なんだね」
「そうですね。月日が経つのは早いものですね」
高校三年生。
この学校に居られる期間も、既に1年を切っている。
「何か大きなイベントとか、やってみたいね」
「大きなイベント、とは?」
「皆が一丸となって一つの事をするの。すごいでしょ」
「確かにすごいですね。ですが、何か考えでもあるんでしょうか?」
「あ、そうだ!ゆきちゃん。いいこと思いついたよ!」
その時、こなたは完全に熟睡していた。
5限目のチャイムが鳴り、こなたは野性的本能なのか、はっと目が覚めた。
そして放課後。
かがみが教室を訪れた。
こなたは、「おっす、かがみん!」と声をかけるつもりだったが、
先につかさとみゆきが、かがみに声をかけていた。
…何だろ、何話してんのかな?
そう思い、こなたも3人の方へ近づく。
「おーい、何話してんのー?」
「こなちゃんは来ないで!」
え…?
それまでの眠気が一気に吹っ飛び、代わりに寒気と鳥肌が全身を駆け巡る。
みゆきさんも、険しい表情でこちらを見ている。
こなたは恐怖心を抱いた。
まるで、今まで一緒だった4人の世界から完全にハブられたようで。
こなたと3人の間にマリアナ海溝より深い溝ができたような気がして。
こなたはつかさの言動にあまりにも驚いたので、しばらく放心状態になってしまった。
そして、つかさはこちらをちらりと窺いながら、かがみに耳元で何か囁いた。
かがみは、「なあるほど」とこちらを見ながら数回頷く。
何、何なの…?
つかさ、みゆきさん…一体どうしちゃったの?
その日の帰り道、こなたは一人だった。
あの後すぐに、つかさはかがみを連れて、みゆきさんもそれに着いて行き、3人でそのまま帰ってしまったのだ。
こなたは、つかさとみゆきから「着いて来るな」というオーラが漂っているのを瞬時に察した。
いつも歩いている通学路が、こんなに長く寂しいものなんだと、こなたは改めて実感した。
明日は、また一緒に遊べるよね。
こなたは、そう願っていた。
帰ってからも、こなたはつかさの一言が脳裏を突き抜けて、ネトゲに集中できなかった。
『こなちゃんは来ないで!』
この言葉が、何度も何度も脳裏で木霊する。
その夜も、こなたはなかなか寝付けなかった。
溢れる涙を止めることができなかった
翌日。
こなたは顔を洗面所で洗う。
酷い顔だった。
目の下にクマができていた。
こなたは、学校に行くまいと反発するかのように重い足を引っ張り、学校へたどり着いた。
教室に入ると、かがみとみゆきとつかさがいつものように座っていた。
こなたは少し躊躇いを感じながらも声をかけた。
「お、おはよう。みんな」
…!?
じとっとした目線がこなたを貫く。
それまで笑いながら話をしていた3人は、こなたが声をかけた瞬間、
空気が摂氏マイナス273度になったかのように会話が滞った。
その間は、ほんの数秒のことだったのかもしれない。
他の生徒にとっては、3人はただ無表情で、こなたをちらりと見たように見えただけだったかもしれない。
しかし、こなたにとってそれは邪気に満ち溢れた形相だった。
そして3人は、こなたを完全に無視してまた笑いながら話をし始めた。
こなたは、完全に落ち込んでしまった。
休み時間にも、かがみがこなたに話しかけることはない。
昨日、つかさはきっとかがみんに私のことを無視するように言ってたんだ。
そうに違いない。
でも、何で突然…
こなたはどうしても、無視される理由が理解できなかった。
確かにつかさにはいろいろ迷惑をかけてきたのかもしれない。
だが突然に無視される展開に全く着いていけない。
もう、一緒にお弁当食べたり、ゲマズに行ったりできないのかな…
こなたは涙を必死に堪えた。
その日の授業は全く興味も持てず、ただつかさとみゆきの表情を窺ってばかりいた。
あんなに優しい顔なのに…
こなたは、孤独に拉ぐ心の痛みを覚えた。
友達ってこんなに儚いものなんだな…
私達の友情は、こんなに簡単に崩れるものだったんだな…
考えれば考えるほど泣き叫びたくなる。
考えないようにしても、かがみやつかさやみゆきの顔を見ると考えてしまう。
こなたは、昼休みこっそりと狸寝入りを試みることにした。
何度も心の中で謝った。
友達を疑うなんて…
でも、しょうがない。
すると、案の定つかさがやってきた。
「あ、寝てるよこなちゃん」
「そうですね。どうします?」
「でもやっぱり、このままだとイベントが大きくならないね」
「確かに、そうですね…せっかくつかささんが発案しましたのに…」
「おーっす!つかさ、みゆき」
「あ、お姉ちゃん!いい所に来たね」
「なんの話?」
「あのね、今ゆきちゃんと話してたんだけどね。このままだとイベントが大きくならないからさ、
私達全員でこなちゃんを無視してもらおうと思うんだ」
「え?じゃあ、田村さんやパトリシアさん達にも?」
「うん。だってその方がいいでしょ?」
「…で、でも」
「それでいいでしょ?お姉ちゃん!」
「…仕方ないわね。そうしよっか」
こなたは会話を聞きながら、ずっと足を震わせていた。
でもバレると何をされるか分からないので、なるべく震えを抑える。
かがみんやつかさとみゆきさんは何を言ってるんだろ…
イベントって何?
あ、そうか…イベントってのは私を無視することなんだな…
「あら?」
「どうしたの?ゆきちゃん」
「今、泉さんの足が動いたように見えたのですが」
「え?本当?」
こなたの心拍数が急激に上がる。
足の震えも次第に大きくなっていく。
「まさか、起きてるの…?こなた」
「信じられない…!」
その時、チャイムが鳴った。
これ程チャイムを福音と感じたことは皆無だ。
かがみは自分のクラスへ戻り、みゆきとつかさは席へ戻る。
こなたは恐る恐る額を上げ、みゆきとつかさの鋭い視線を感じながら、態と欠伸をした。
放課後。
今日もまた一人。
もう、こんな生活はいやだ。
やはり、つかさが”イベント”の発案者だって事は分かった。
でも、みゆきさんも何であんなに私への無視が楽しそうなんだろ…
私のことがよっぽど嫌いなんだろうか。
確かに、空気が読めないってこともよく分かってるよ。
だけど…!
ここまでしなくてもいいじゃん…
そして、唯一反論してくれたのが、かがみん。
だけど、やっぱりつかさに同意させられてしまった。
もう学校に行きたくなくなってしまった。
しかし、私はもう高校3年生。
授業に出ないと私の将来も危うくなる。
それに、ゆーちゃんやお父さんに心配かけたくない。
学校に行くことは、必要条件なんだ。
どんなに辛くても。
その夜、こなたは夕食もろくに食べられなかった。
「こなた…どうしたんだ?」
「お姉ちゃん、何かあったのなら相談してね?少しでも力にはなると思うから」
ああ…やっぱりお父さんとゆたかに心配をかけてしまった。
でも、これはお父さんやゆたかに言って解決できることなのだろうか…
多分、無理だ。
自分の身は自分で守らないと。
こなたは、その夜もなかなか眠れなかった。
翌日、こなたは更に重くなった心と足を引きずって学校に辿りつくと、教室に入る前にみさおとあやのに出会った。
二人とも、楽しそうに話している。
ちょっと声をかけてみようかな…
まさかね、まさか…ははは。
「あの…日下部さん、峰岸さん…?」
「…」
返事がなかった。
それどころか、そのまま教室に入ってドアを閉められてしまった。
こなたはとうとう同学年の友達を失った。
恐らく、つかさは昨日言った通り、パティやひよりんたち下級生にも根回ししただろう。
で、でも、ひょっとしたら…ゆーちゃんまでが…!?
あー…もう最悪だ。
生きてるってなんだろ。
もう何もかもが終わった感じだな。
こなたは午前中は放心状態になり、チョークを何本もぶつけられていたようだが、全く反応がなかったらしい。
こんな痛みは、今の心の痛みに比べれば全く感じない。
またやってきた昼休み。
こなたは気分が悪くなったので、トイレに入った。
多分精神的なものだろうか…
しばらく気分が悪かったのでいつでも吐ける体勢になった。
すると、つかさとかがみらしい声が聞こえてきた。
「いよいよだね。お姉ちゃん!」
「そうね。いよいよね」
「ふふふ、こなちゃんがどんな顔するか楽しみだね…」
…いよいよ武力行使で私に集団でかかってくるんだ。
私一人対…何人になるのかな。
多分、初めはあの3人だろう。
私も何か対処しないと…
もしかしたら、殺されるかもしれない。
何をされるか全く分からない。
恐怖と緊張感から、思わず嗚咽と共に戻してしまった。
そして、しばらくトイレに身篭って誰も居ないことを確認した後、トイレを出た。
こなたは教室に戻って自分の席に座ると、机の中に紙が入っているのを見つけた。
”1時に屋上に来て かがみ、つかさ、みゆき”
いよいよやってきた、挑戦状。
相手は3人。
こなたを散々苦しめてきた元凶も含む。
許せない…
とうとう奴らは宣戦布告を申し込んできた。
もう、こなたの心に親友、という言葉はなかった。
突如として親友によって、散々心を砕かれた。
何度も泣き叫びそうになった。
そして、こなたは屋上へと向かった。
何か武器でもないか…
ふと、階段の下の倉庫裏に所々錆びた鉄パイプが置いてあった。
大きさは丁度二の腕弱の長さで、細さは腕よりも一回り細いくらいだった。
酸化しているだけでなく、所々が砕け落ち、棘のような形になっていた。
よし、いざという時にはこれを使おう。
こなたは、鉄パイプを棘のない方を下に向けて刀のように差した。
こなたは屋上に着いた。
居た。
あの3人が。
笑いながらこちらを見ている。
悪魔の手先め…
思い知らせてやる。
中学生の時と違って、私は強くなったんだ…
でも、それは誰のおかげだろう。
ええい、そんなことは関係ない!
こなたは3人の元へと向かった。
「こなちゃん」
「こなた」
「泉さん」
3人が声を揃えて言った。
こなたはこの3人の笑いの背後にとてつもない陰を見た。
かがみも、後ろに何か持っているようなのだ。
武器か…
「こなた、実は見せたいものがあるの…」
かがみが後ろに何かを持っている手を前に出そうとした瞬間、こなたは鉄パイプを持って飛び出した。
「うわあああああああああああああああああ!!!!」
………
─こなたは、目の前の光景を疑った。
校舎の屋上の床を伝う鮮血。
そして、その鮮血を覆うかのように倒れている、3人の親友。
自分が手に持っていたもの、
それは肉片や臓物の欠片がこびり付いた、鉄パイプだった。
自分の制服は返り血で真っ赤になっていた。
こなたは我に返った。
そして、やっと気づいた。
取り返しのつかない過ちを犯したこと。
自分は、人を殺してしまったこと。
それは、かつて親友だった─
ふと見渡すと、かがみの手がぴくりと動いていた。
こなたは一目散に飛び込んだ。
お腹から勢いよく血を流すかがみを抱きかかえ、こなたは叫んだ。
「かがみん!」
「はぁ…はぁ…こ……こな…た?」
「私、私…何で、こんなことを…」
「ご…ごめんね…こなた……こんなに……こんなに…苦しんで…たんだね…」
「く、苦しんでなんか…なかったよ」
こなたの目から涙が溢れ出した。
かがみんは、首を横に振った。
「…分かってるわよ…あんたのこと……だって……親友…だ…もんね…」
”親友”…その言葉は久々に心に深く刻みをつけた。
「かがみん…ごめん…うわああああん!!」
こなたは声を上げてかがみに抱きついて泣いた。
「…こなた…泣かないでよ……最期くら…い…」
かがみの手が、こなたの頬を伝う涙を拭う。
かがみは、痛いのを我慢して笑ってくれてる。
「わ、分かった…ごめんね、かがみん…今までありがとね」
こなたは精一杯笑って見せた。
「また……あっち…の世界…で…会おう…ね」
「うん!」
「こなた……最期だけど………た……じょ…………お…め」
「……え?」
その時、こなたの頬に触れていたかがみの手が床に落ちた。
「か…かがみん?かがみん!かがみん!!」
こなたは何度も叫んだが、二度と返事が帰ってくることはなかった。
しばらくこなたは泣き崩れていた。
ついさっきまで生きていた親友が、もう今はその抜け殻だけと化している。
数分前の脳内空白が、少しずつ目の前に映ってくる。
こなたは、鉄パイプを叫び声と共に振り回し、まず左端に居たみゆきを襲った。
みゆきが抵抗する間もなく、こなたは瞬時に鉄パイプでみゆきのお腹を貫いていた。
こなたが鉄パイプを引き抜くと、そのままみゆきは何も言わずに地面に倒れこんだ。
既にみゆきの意識はなかった。
次に、こなたは呆然と立ち往生しているつかさの頭を狙って鉄パイプを振りかざす。
つかさは、声を震わせながらこなたに助けを求めていた。
しかし、こなたはつかさの頭に鉄パイプを振り下ろし、鈍い音と共につかさは意識を失い、ばたりと地面に崩れた。
そして、こなたは最後にかがみを睨みつける。
かがみは、腰が抜けて青ざめた顔をしていた。
全身ががくがく震えている。
こなたはかがみに近づく。
かがみは、放心状態で動けない代わりに、必死に命乞いをしていた。
だが、もうこなたにはかがみの声など聞こえていなかった。
こなたはかがみのお腹を鉄パイプで突き刺した。
そしてかがみも、とうとう仰向けになって倒れこんだ。
そこで、こなたはやっと我に返ったのだ。
そして、かがみが最期に言った言葉…
”おめ”
この言葉にどういう意味が含まれているのか、それほど時間はかからなかった。
遺体となったかがみの指は、最後の力を振り絞って、血で赤く染まったリボンで括られた箱を指していた。
こなたは、箱を恐る恐る開く。
武器だと思っていたかがみの背後に手に持っていたもの…
中を開くと、そこには手紙と真っ白なショートケーキが入っていた。
ケーキの真ん中にある大きなホワイトチョコレートの部分には、
かなり苦労したであろうチョコレートの文字が少し歪んで書かれてあった。
『こなちゃん、お誕生日おめでとう』
つかさが書いたのかな、これ…
チョコレートの上には、ショートケーキのデコレーションとして、つかさ、かがみ、みゆき、
そしてこなたが4人揃って笑いながら手をつないでいる人形が置かれてあった。
こなたは、涙が止まらないまま手紙を開いた。
”親友のこなちゃんへ
ちょっとしたサプライズイベントのつもりだったんだけど、驚かせてごめんね。
今までこんなに本格的にこなちゃんの
誕生日を祝ったことないもんね。
これからも一生仲良く親友で居ようね。
あと、お誕生日おめでとう。
つかさより
親友の泉さんへ
この度は、お誕生日おめでとうございます。
驚かせてしまって本当にごめんなさい。
私達は本当にあなたの親友ですよ。
このケーキは、私達が誠意を振り絞って作りました。
結構時間がギリギリになってできたものなので、至らぬ点もありますでしょうが、
美味しく食べていただけると本当に嬉しい限りです。
これからもよろしくお願いします。
みゆきより
親友のこなたへ
こなた、お誕生日おめでとう。
初めはこっちだって驚いたのよ。
だっていきなりつかさがサプライズパーティにしようって言い出してさ。
もし、ショック受けてたらごめんね。
これからも一生親友でいようね、こなた。
もちろん拒否権はないからねっ!
今日は、精一杯盛り上がるわよ!
かがみより”
こなたは、声を上げて泣いた。
もう、喉が枯れてしまうほど泣いた。
涙も枯れそうだった。
しかし、泣いても泣いても治まらないほどの悲しみがこみ上げてくる。
完全な誤解だったのだ。
イベントとは、無視という陰湿ないじめではない…
私への善意を込めた誕生パーティの事だったのだ。
いじめだと思っていたのは、ただのサプライズパーティの一環…
私が勝手に自意識過剰、自己嫌悪に陥っていただけだったのだ。
謝っても謝りきれない程の罪を犯してしまったんだ…。
こなたは、小・中学生で虐められたことがトラウマになっていた。
だから、友人が居ないという孤独を嫌というほど実感してきていたのだ。
そのフラッシュバックから、一時的な精神異常を引き起こしたのかもしれない。
私、人間失格だな…
私は、ケーキを一口食べた。
「…おいしい」
それは、この世の言葉では表せないくらいの美味しさだった。
少し涙でしょっぱいけれど。
皆の気持ちが伝わってくるよ…
こなたは、一口一口を味わって食べた。
「…ふう…もう、おなか一杯だ…」
残りは3等分して、かけがえのない3人の親友、つかさ、みゆき、そしてかがみの元へそれぞれゆっくりと置いた。
儚いものとは、親友ではない。
儚いものとは、命なのである。
親友はかけがえのないものであり、ちょっとやそっとのトラブルで簡単に崩れ去ってしまうものではない。
私は、命の弱さを身に沁みて実感した。
もう、この3人の親友が帰ってくることはない。
私を精一杯の努力で支えてくれた3人は、私のことを空の上で待っている。
あの空の向こうに行けば、幸せな日々がまた帰ってくるのかな…
微塵も躊躇わず、私は決心した。
かがみん、つかさ、みゆきさん…今、会いに行くからね。
かけがえのない永遠の親友同士で、永遠に空の上で…。
今度は私が皆を祝う番だよ。
私は屋上の柵を乗り越え、鳥のように舞い降りた。
その時、5限目の予鈴を告げるチャイムが鳴り響いた。
そのチャイムは、私を天に導く鎮魂歌となり──
(終)
最終更新:2024年04月21日 21:54