2024年のKOTYeは、ブランド名に「九つの尾」名を持つ古豪が歴史という名の殺生石を砕き災厄をもたらした年だった。
『GEARSofDRAGOON3』が巻き起こした颶風により、停滞した時代を動かす強きクソゲーの在り方を示し、その存在感をもって幕を閉じた。
あれから一年。
嵐は止み願い通りに時代は動いたのか。
あるいは、砕け散った石の毒気が新たな歪みを生んだのか。
坑道の奥底に漂い始めた異質な妖気の正体をまだ誰も掴めてはいなかった。
2025年最初の選評は、去年とは対照的にスレが立ち上がると同時に飛び込んできた。
Tilyから発売の『ヤっても出られない部屋に閉じ込められたので引き続きもっとヤる話』である。
本作の進行は、ヒロインとの日常会話を挟んでは何の手がかりもない4つの白い扉のいずれかを開け、その先に用意されたお題に沿ったプレイをこなすというサイクルの繰り返しとなる。
序盤こそタイトル通りなので抜きゲーとして満足できるのだが、扉の先で何が行われるのかもいつまで続くのかも示されないまま機械的にサイクルが回り続け、楽しさは次第に苦痛へと変質する。
何しろこの儀式は、実に39回も繰り返されるのである。
ところがHCGは19枚、シーン数も25しかなく、39回という数字には到底足りない。
埋め合わせとして、エッチじゃないけどエッチに聞こえる言葉バトルや乳首当てゲームといった水増しが投入されている。
さらに脇コキ、ガーゼ責め、オナホコキといった一部のエッチシーンには小窓こそ用意されているがCGがない。
セリフだけはいいので音声作品代わりに使おうにも回想に登録されておらず、シーン直前でセーブを刻んで再走するという前時代的な対処を強いられる。
そして「ほぼエッチな事しか起きません!」と公式が掲げた看板に偽りはなく、タイトル通り脱出すらせぬまま告白して恋人になって幕引きとなる。
日常会話で外に出たら何をしようかと散々話していただけに、これでは肩透かしも甚だしい。
出られない苦痛だけは確かに追体験できる、その意味では看板に偽りなき一作であった。
4月、桜の散る頃合いを見計らったかのように、三つの選評が立て続けにスレへ転がり込んできた。
まずはWaffleから発売された『巨乳ファンタジー5~王子リーン~』が春の嵐の口火を切った。
公式が謳うキャッチコピーは「底辺王子が王位と巨乳を掴み取る、スカッと爽快なサクセスストーリー」である。
だが、実態はスカッとするどころか後味の悪い展開が続き、特に幼馴染ヒロインの扱いが酷い。
敵の王妃に両親の借金を盾に取られ、心ならずも主人公を籠絡するよう命令されるという状況に置かれる。
しかし主人公は命令を受けていると察知したにもかかわらず逆らえない状況でのプレイを楽しむだけ。
救いの手を差し伸べることなくまさかの放置というエロゲの主人公らしからぬ決断を下した。
それでも幼馴染ヒロインは一度は主人公に協力するようになるが、報復として両親の耳が切り取られて送りつけられてしまう。
両親の命がかかっている以上、再び裏切らざるを得ないにもかかわらず部下たちからは一方的に罵倒され、最終的には戦闘の最中に両親の首が転がってきた事で殺されてしまった事が発覚した。
これだけの悲劇を経ておきながら物語の関心はもはや幼馴染ヒロインにはなく、特に焦点も当たらずそのまま主人公のハーレム三昧が始まり大団円の雰囲気を醸し出して幕を閉じる。
個別ルートでも主人公が家臣を失ったショックを紛らわせるためのエッチシーンのみと、幼馴染ヒロインに抜けるシーンが一つもなかったと言われてしまうのも仕方あるまい。
ストーリー全体の進行においても、未来予知同然の占いが持て余されている。
敵も味方も占いの結果を無条件に信じ、主人公は占いの通りに行き当たりばったりに動けばだいたいなんとかなる。
これだけ便利な道具を持ちながら、ではなぜ幼馴染ヒロインの危機を察知しなかったのかというと、脚本の都合としか言いようがない。
作り込まれた世界観と公式サイトに謳いながら、壁画にへのへのもへじが描かれていたり食材が伊勢海老やのどぐろだったりと随所で冷や水を浴びせる描写があるのも痛い。
ストーリーに目を瞑ってエッチシーン単体で抜ければという希望も、テキストが壊滅しているため崩れ去る。
胸を揉むシーンでは「もみぃ!」「もみぃぃ!」「もみぃぃぃ!」と怪鳥のごとき擬音が三段活用で連呼され、タイトルに巨乳を冠するパイズリのシーンに至っては「ンッ、ンッ、ンッ」というセリフがひたすら続く。
特にこの「ンッ、ンッ、ンッ」はヒロインのセリフとして大真面目に繰り返されるため、聞かされる側は抜こうにも抜けない。
怪擬音自体はシリーズ1作目から続く伝統芸ではあるが、本作はその頻度が過剰であり、繰り出されるたびに濡れ場はギャグ空間へと変貌してしまう。
そして極めつけは、ババアのフルヌードである。
ギャグのつもりで用意したであろう全裸立ち絵の躍動的な乳房にモザイクをかけ忘れるという痛恨のミスを犯し、修正パッチの配布ページには
「本来乳房にもモザイクを掛けるはずだったのが掛けられていなかったので、改めて乳房にモザイク修正」
という、巨乳ファンタジーというタイトルらしからぬシュールな文言が並ぶこととなった。
ストーリーでもエロでも余計なものが沢山混じった、スカッと爽快とは程遠い一作であった。
同じく4月、新ブランド・アトリエショコラの処女作『異世界ヒロインと同棲生活』が虚無の狭間からひょっこり姿を現した。
定価2,970円の低価格ながらCG枚数はSDイラストを除き9枚、そのうち7枚はFANZAの商品ページで事前公開済みというサービス過剰ぶりで、購入者に新たに提供されるCGは実質2枚という大胆な配給制を採用している。
そしてテキストには、
ーーーーーーーパンッパンッーーーーーーーパンッパンッパンッ。
ーーーーーーーパンッパンッーーーーーーーパンッパンッパンッ。
と、「かっ飛ばせー!!!」と聞こえてきそうな擬音がほぼ全てのエッチシーンに侵食していた。
行為の最中に球場の熱気を感じさせる斬新なテキストだが、エロへの寄与は皆無である。
しかもこの擬音は1行ごとにクリック待ちが挟まるため、クリックしてもほぼ同じ文字列が表示され続けるという地味な苦痛も味わわされる。
コンフィグ画面にゲームエンジンデフォルトの『吾輩は猫である』の例文が残るなど手作り感あふれる不備も満載で、ソフ倫の審査番号がなければ同人ゲームと疑われても仕方ない出来だった。
なお、同年7月にはFANZAの販売ページが削除され購入不可能となった。
同棲生活はあまりにも早く解消され、ヒロインは異世界へと帰還してしまったのである。
4月最後の選評は仄暗い影とともにやってきた。
サブブランドWendyBellに「悪魔」を生み出した古豪、ついに本ブランドTinkerBellから『蠢牝~仄ちやう滴り~』が滲み出てきたのである。
本作最大の問題点は、フルプライスという強気の価格設定ながら未完成のまま世に放たれたことであった。
CGモードで確認できるCGはわずか25枚と1jksを下回り、メーカーは発売から2日後に「強化DLCパッチ」の存在を告知。
未完成商法とほぼ自白した格好で、購入者を舐め腐ったその態度を見たスレ住人は配信予定日の1日前に選評を投げ入れた。
中身も未完成を差し引いて擁護できる出来ではない。
ストーリーは突然留学に行くことになったと思ったら娼館に売られ、家が没落し、因習村に売られ、子供を産まされた末に殺される。
ヒロインの転落速度はジェットコースター並みである。
特筆すべきは物語のオチとして連発される脱糞であり、配信中に脱糞、出産直後に脱糞、殺されると知って脱糞。
困ったらとりあえずヒロインに糞を漏らさせておけばハードだとでも思っているのか、物語のオチが糞に集約される様は、まさに文字通りのクソゲーだった。
そんな本作にも、待望の強化DLCがやってきた。
もっとも「強化」と銘打たれてはいるが、未完成品をようやく完成品に近づけるだけの作業であり、強化というより治療に近い。
後日、予定よりもさらに2日遅れて配布されたそのDLCにより、ルートが不足していたヒロインに個別ルートが解放され、途中で終わっていたものにも続きが追加された。
事前告知では「エッチシーンイベント倍以上」と銘打たれており、確かに回想シーン数は27から57へと倍増していた。
しかし肝心のCG枚数は25枚から48枚と倍には届かず、増えてもなおフルプライスの水準には遠く及んでいない。
追加ストーリーの中には竿役の男の悪事が発覚したと数行で語られるだけで凌◯シーンすら存在しない、存在意義のわからないルートまでが含まれていた。
一見明るく終わるそのルートも、エンドロールには他のルートと同じ暗いBGMが流れ続けており、
「果たして、無事に明日、屋敷で会えるかどうかは、誰にもわからない」
といった不穏な雰囲気を演出してしまう。
見せ場のショーではモブ観客からオナラコールが沸き起こるなど、真面目にやっているのかふざけているのか判然としない仕上がりとなっている。
かくしてパッチによって未完成のクソゲーは普通の駄作へと微進化を遂げただけであった。
ゴールデンウィークの余韻が抜けやらぬ頃、本編の胸糞展開で疲弊したユーザーを癒やすファンディスクの装いを纏って『温泉パイズリファンタジー』がやってきた。
Waffleが巨乳ファンタジー5の有料アペンドとして発売した本作は、しかし癒やしを求めて手を伸ばした者の鼻先で、誇大広告と手抜きテキストの劇薬を差し出してくる。
公式サイトの『夢の10Pハーレムエッチ』を期待してもそんなシーンは見当たらず、4人が並んでいるところを主人公がわんこそばの如く矢継ぎ早に乳首にしゃぶりつき母乳を吸うのがマックスである。
これを、「4人の母乳を連続で吸うのか。ならばほとんど10Pハーレムエッチのようなものだな」と受け入れるものは皆無であろう。
メーカーもさすがに無理があると悟ったのか、公式サイトから『夢の10Pハーレムエッチ』の文言を削除することで解決を図った。
また、タイトルにパイズリが入っているにもかかわらず、パッケージにいるヒロイン5人のうち、4人にパイズリのシーンが存在しない。
そしてパッケージ画像にはメインヒロイン5人が書かれているが、サキュバスの一人とそれ以外とで扱いに差がありすぎた。
片や並べられた状態での乳吸いと個別のセックス5カットのみ。
片やサキュバスたちには合計11カットCGを使い贅沢に尺を取る。
この配分であればパッケージに描かれるべきはこのサキュバスの3人にするべきである。
テキストの問題も巨乳ファンタジー5から変わっていない。
胸を揉むときの「もみぃぃぃ」といった擬音が連発される、パイズリのシーンで「ンッ、ンッ、ンッ」というセリフが繰り返されるといった問題は引き続き発生。
本編はシナリオの途中にエッチシーンが入っていたのでまだマシだったが、本作はひたすらエッチシーンなのでゲシュタルト崩壊してしまう。
主人公が4人に連続で乳を吸うシーンでは、4人中3人で「イッたらちんぽ入れてやんない」とコピペのような掛け合いが繰り返される。
尺を贅沢に取られたサキュバスたちのシーンも、「もう出ない」「まだ出るでしょ」という問答を10回も見せられるに至っては、こちらも出るものが引っ込んでしまいそうだ。
かくして手抜きテキストにより抜けないアペンドは本編の評価をさらに下げる追撃弾となった。
8月の猛暑にうなされるスレに、涼しくなるどころか肝が冷えるような怪作が届けられた。
レベルの高い合格点を超える抜きゲーをオールウェイズリリースしてくれるMOONSTONECherryから、まさかの『ホめられて伸びるSR少女たち』が現れたのである。
まず気になるのはゲームを開始した後になかなかキャラクターの立ち絵が表示されないという事である。
ひたすら背景が表示され、立ち絵のないモブからの長ったらしい設定説明が続き、検証したところオートモードで13分30秒もの間立ち絵が表示されていなかった。
物語のつかみでこれでは先の事が心配となるが、ようやく顔を見せたヒロインたちを待ち受けているのは抜きゲーにしては重すぎる設定である。
ヒロイン達はホンモノの幽霊が見えたり、魔法少女に変身したりといったSRと呼ばれる個別の能力を持っているのだが、この能力のせいで不要なシリアスさが加わってしまっている。
一人は両親が新興宗教を立ち上げ、娘の能力を使い傀儡教祖に仕立て上げて信者を破産させた挙句、その両親は逮捕されたというヘビーな過去を持つ。
別のヒロインは幼い頃に連続殺人鬼に誘拐され、殺された被害者の幽霊の助言で脱出したという過去を持つ。
犯人は逮捕の後に死刑判決を受けたが、自殺未遂で昏睡状態となり、その生霊が今もヒロインに付きまとっているという、ホラー顔負けの設定である。
シリアスな作品であれば面白くなりそうな要素ではあるが、『愛とエッチでSR少女を伸ばしちゃう❤ADV』を謳う明るく楽しい雰囲気が期待される本作では余計であろう。
この生霊の存在が明らかになって以降、ヒロインのエッチシーンには常にその気配が漂うこととなり、プレイヤーは行為に集中することが難しくなってしまう。
さらにその重さは、エッチでヒロインたちの能力を高めるという設定ゆえに、エッチシーンそのものにも容赦なく混入している。
淫魔をおびき寄せるために満月の下でセックス、魔法少女の力を使うためにアクマに襲われている友人を放置してフェラチオと、シチュエーション側がプレイヤーの集中をことごとく削いでくる。
特に幽霊が見えるヒロインのエッチシーンには隠し味レベルでない刺激物が投与されている。
過去に友人を亡くしている主人公が、ヒロインと手を繋いだことで幽霊を見て精神世界に囚われ、エッチで現実に引き戻すという導入から始まる。
ところが、ヒロインの初々しい一人称視点のフェラチオシーンを楽しんでいると、画面は突然主人公の精神世界へと切り替わる。
友人の死に感じていた負い目が、精神世界で幽霊となった友人と対話する事で解消されて目を覚ますという、エッチシーンの途中にあるまじき感動展開がねじ込まれる。
そして死んだ時点で成長が止まった友人に対し、自分だけが大人になった事に気づくというある意味で王道の展開が待ち受けている。
しかしそのきっかけが、友人におちんちんが勃起していると指摘されることであり、あまりにもシュールで混乱をもたらした。
笑いと混乱を同時に呼んだこの怪展開によって、プレイヤーは本作のSRがSurRealismの意味だったと思い知らされるのであった。
そして8月も終わりかけの頃、『VanillaAndroid-シコ猿DT大学生の俺と美少女アンドロイドがいろんなプレイでハメパコミッション!-』が、新ジャンルの「クソ」ゲーとして名乗りを上げた。
人気のベテラン原画家を起用しており、質の高いグラフィックでシナリオもロープライス作品としては手堅くまとまっている。
しかし、それら全ての美点を台無しにするたった一つの汚点が存在した。
それは主人公のおちんちんである。
設定上オナニーのしすぎで黒ずんでいるとの説明はあるものの、その黒さは黒ずんでいるというレベルを遥かに超えており、おちんちんがうんこにしか見えないと言われてしまった。
亀頭が写っているシーンではまだしも、挿入で亀頭が見えなくなると途端にうんこに転じ、フェラチオは食糞、アナル挿入は言わずもがな。
スレではこのおちんちんを「うんちんこ」という不名誉な愛称で呼ぶようになり、抜きゲーの最も大事な部位がそのまま作品全体を汚染する事態を引き起こした。
性欲の強さを表現しようとして余計なことをした、ただそれだけの悲劇である。
しかし耐性のないものにとっては圧倒的な破壊力を持つ地雷となり、本作は文字通りの糞ゲーと化した。
11月、肌寒さを感じる季節に未完成品が漂着した。
kelpから4年ぶりに発売の『レイブン・ブラック・ラック・ライフ~廃宿の主になってワケアリ姫とシスターと過ごす宿屋ライフ~』。
「クエスト受注で宿屋を経営するADV」というジャンル名とは裏腹に、個別ルートのフラグは資金の貯蓄量に依存している。
つまり宿屋に投資するほどノーマルエンド送りになるという本末転倒な設計であり、プレイヤーは経営ではなく金策に追われる。
これでは経営ADVではなく貯蓄ADVである。
シナリオもまた同様に、広げるだけ広げて畳まない。
地下ダンジョン、神の正体、二重スパイ、主人公の失われた記憶……張り巡らされた伏線は、ことごとく謎のまま放り出される。
聖職者ヒロインのルートに至っては、ヒロインが主人公に幻術をかけて都合の良い夢を見せているとしか解釈できない描写まであり、意図せぬバッドエンド感すら漂わせる。
タイトルの「ワケアリ」とはヒロインのことではなく、この作品自身のことだったというオチがプレイヤーを待ち受けていた。
9月、常連Calciteから『悪役令嬢をわからせる!?』が投下された。
前作に続きAI技術をグラフィックに採用したが、やはりその質の悪さが問題視された。
立ち絵の切り抜き処理が甘く周囲に白いフチが残り、ファンタジー世界の背景には現代のサラリーマン風モブが闊歩し、ベッドの上でもヒロインが靴を履いたまま行為に及ぶ。
ついにPhotoshopに支払う金すら用意できなかったのではと懐事情を心配せずにはいられない。
シナリオの惨状も、画像の粗さに負けず劣らず凄まじい。
乙女小説の世界に転生したはずなのに、作中で語られるその小説のタイトルはなぜか『ヒーローファンタジー』と男性向けじみている。
さらに悪役令嬢の知識を持つはずの主人公は、甘言にあっさり引っかかって国家予算レベルの大金を騙し取られ、魅了魔法にも即陥落と、転生者にあるまじき無能ぶりを発揮する。
3人のヒロインルートはいずれも調教の末になぜか恋心が芽生え豚小屋でボテ腹セックスという全く同じ結末を迎えるが、調教で行われていたのは街中での公開乱交である。
父親が誰かなど、本人にも観客にもわからない状況にもかかわらず、主人公は微塵の疑いもなく「俺の子供だ!」と狂喜乱舞し、豚小屋で愛を叫ぶ。
結果としてわからされたのは悪役令嬢ではなくCalciteの現状に他ならなかった。
12月、年の瀬に届けられたのは癒やしのサプリメントではなく、プレイヤーを苦しめる劇薬であった。
ま~まれぇどから『バカップル・サプリメント』が満を持して棚に並んだのである。
しかし何度も延期を繰り返した挙げ句、マスターアップ後にもさらに延期した本作の中身は、その時間で何をしていたのかと問いたくなる出来であった。
発売当日に配布された修正パッチ1.01は文字通りのバグ追加パッチと化し、デフォルトのフルスクリーン設定のままパッチを適用するとエラー落ちが発生する。
気を利かせて先にパッチを当てたユーザーほど起動した瞬間にクラッシュするという孔明の罠が待ち受けていた。
何とか起動できたとしても不具合は乱舞する。
修正パッチを当てたはずなのにカットインが表示されなくなるバグが追加されていたり、エッチシーンでは表情が切り替わらないといった不具合が確認された。
さらに、屋外で始めたはずのエッチシーンが絶頂と同時に室内のCGに切り替わるなど、行為の最中に場所そのものが瞬間移動する怪現象まで発生する。
妹が主人公に向き合う重要なシーンでも突然別のヒロインとのデートCGが割り込み、妹のセリフを聞きながら別の女のことを考える最低な主人公が爆誕する。
一応修正パッチ1.02にてバグの大半は修正されるが、エンディングのCGでカットインが表示されないためヒロインがのっぺらぼうになっていたり、エンディングで別のヒロインの曲が流れたりといった不具合も報告されている。
テキストとCGの不整合も著しく、パイズリフェラのシーンではペニスが乳に完全に埋没し、ヒロインが胸の谷間に口のついた新種の怪物と化してしまう。
もはやパイズリなのかフェラなのか、人体構造から再考が必要である。
さらにエピローグの妊娠エッチシーンでは、テキストでボテ腹と明記しながらCGではお腹がぺったんこのヒロインが二人おり、性癖持ちへの裏切りまで完備している。
かくして「バグップル・サプリメント」の異名はもはや言い得て妙であった。
シナリオ面でも、癒やしとは程遠い不快さがプレイヤーを襲う。
主人公は生徒会長に「俺の子を孕んでください」とセクハラをかまし、幼馴染をナンパしてきた客にコオロギ定食を提供するなどギャグとしても笑えない奇行を繰り返す。
本作のジャンルが『めちゃくちゃ恥ずかしい超絶バカップル体験ADV』だが、めちゃくちゃ恥ずかしいのは主人公だけである。
一応、ライターの作風として好意的に受け止める声もあるが、作品全体に散りばめられたモブによる余計なギャグはいただけない。
なぜなら主人公が冒頭でエロゲの愚痴として「尺稼ぎで男子生徒ABが延々と喋りまくるクソ日常シーン」を挙げているにもかかわらず、全く意味のないモブ会話を延々と見せつけてくるからだ。
例をあげると転校生に街を案内するというエロゲ定番のシーンでさえ、登場する子供たちが
「ママのクレカで配信者に200万投げ銭したらカード停止になった」
「親がリボ払い地獄で給食費が払えない」
などと、家庭崩壊レベルの闇をシーンが切り替わるたびにハイテンションで喚き散らす。
男子生徒ABではないからセーフとでも思っているなら勘違いも甚だしい。
さらに街を案内するシーン全体がギャグ仕立てになっているせいで、激しいギャグ調のBGMが流れ続け、ヒロインとのやり取りにも集中できない。
かくしてバグで下がった評価を挽回するには程遠い出来となった。
本当にサプリメントが必要だったのは制作陣だった。
12月、クリスマスの聖夜にサーフィンでやってきたサンタクロースがプレイヤーの目にダイレクトアタックをしかけた。
PULLTOPLATTEから発売された『キミと恋するハッピーサマー』が、季節外れのプレゼントとしてプレイヤーに襲いかかったのである。
まず、テキストが絶望的に読めない。
薄い文字色に同系色のウィンドウを重ねているせいで文字を読むだけで目に過大な負荷がかかる。
そんな見づらい文字を凝視していると襲いかかるのが画面切り替え時のトランジション演出である。
錯視を起こすレベルの細いストライプが画面全体に表示されるため、目と三半規管にダメージを負う。
体質によっては吐き気を催してしまうほどであるが、その被害を受けたのは選評者である。
プレイの中断を余儀なくされ、10月発売ながら12月に選評投下と遅れたのである。
過去に精神的な苦痛を与える作品は幾作もあったが、本作のように身体に直接苦痛があるタイプの作品は稀有であろう。
ではゲームの中身がいいのかというと、そういうわけでもない。
CGは使い回しが多く、1枚の差分で乳揉みからハグまで無理やり表現している。
これを別CGモードで別CGとして登録しているので見た目上は38枚ながら実質31枚と、ミドルプライスにしても物足りない。
立ち絵とCGで水着のデザインが異なったり、CGによって胸のサイズが変わったりなど細かな部分で粗が多い。
また、ヒロイン以外に唯一立ち絵のある祖父の立ち絵を、系列ブランドの別作品から流用している。
価格帯を考えれば苦肉の工夫かと思いきや、よりによって選んだのは悪役の立ち絵であった。
そのため孫を大切に思っているはずのおじいちゃんが悪人面の構えで登場する。
シナリオについても粗が多い。
あらすじを読む限りヒロインと少しずつ恋人としての距離が縮まっていく純愛もののように思えるが実態はそうではない。
日常シーンには必ずといっていいほどサブヒロインが割り込み、二人きりになったと思ったら即エッチシーンとなる。
抜きゲーとしては正解かもしれないが、通常CGにそれなりの数を割いているので解釈に困る。
サブヒロインルートも用意されており、当然そうなると浮気となり修羅場を迎えそうな予感はする。
しかしこれをヒロインの圧倒的なものわかりの良さで解決する。
サブヒロインが友達の彼氏を好きになってしまうという禁断の恋心をヒロインに打ち明けると、「二人で恋人になれたらと思ってた」とまさかの三人で付き合えば解決という狂った提案がなされる。
葛藤も修羅場もなく即座に和解するようでは、恋人に見えない文字でセフレとルビが振られていると言われても仕方あるまい。
同じような展開がもう一人のサブヒロインのルートでも起こり、プロットを使い回すワンパターンぶりを発揮。
そして三人のルートをすべて終えると突然エピローグのようなものに突入し、主人公の祖父へ挨拶するヒロインに続いてサブヒロインまでも「彼女です」と挨拶を始める。
主人公が困惑するのは当然だが、困惑したいのはこちらである。
3人から自分が本命だよねと詰め寄られるサイコホラー展開を迎えたところで、本作にハーレムエッチシーンは存在しないため不可解さだけが残る。
純愛のはずが気づけば三人と関係が結ばれており、ハッピーサマーの看板はプレイヤーの手から滑り落ちて冬の海へ消えていった。
そして年が明け1月、申し開き期間となった。
しかし今年は31日になっても申し開きは届かなかった。
今年は申し開きがないのかと誰もが思っていた31の夜、直前になり放り込まれた季節外れの桜があった。
長らくスレを盛り上げてくれた常連、アトリエさくらが活動休止前最後の作品『学生会長・紫藤喜那の淫鬱―学生会長兼恋人の寝取られ議事録―』の選評が手向けとして届けられた。
その内容はやはり他人棒が入ればNTRと定義してきたアトリエさくららしい迷走した仕上がりとなっている。
まず本作の評価を地に落としているのが、間男である校長の圧倒的な不快さだ。
保身のために息子のいじめは揉み消す一方で、正義感から動いた主人公は個人的な恨みで追い込む小物臭漂うクズ。
さらに、息子と同い年のヒロインに幼児プレイを強要するその醜悪な姿は、教育者以前に人として直視に堪えずプレイヤーに生理的嫌悪を催させる。
また本来NTRの醍醐味はヒロインが心身ともに他者へ落ちていく様子を描くことにあるが、本作で落ちる過程が丁寧に描かれるのはヒロインではなく主人公の方である。
間男からの「行為をしている雰囲気を感じたり目撃したらシコれ」という謎の命令に唯々諾々と従ってしまう。
そして「その興奮は性癖なんだよ♥」というどこか強者感あふれるセリフで自身のNTR性癖を自覚させられ、ヒロインが校長と行為をしている事に対して興奮し始めてしまう。
本来NTRが描くべき喪失や絶望は、主人公が自ら進んで恋人を差し出しその状況に快楽を見出した瞬間に消滅する。
そこに残るのはカタルシスではなく、単に性癖をこじらせたカップルを見せつけられるだけの虚無である。
そしてすべてNTRエンドとアナウンスされているが実態は違う。
ただの暴力でしかない輪○、自ら差し出す寝取らせ、竿役を踏まえた3Pとなる3つのエンドがあるが、いずれもヒロインとの関係はそのまま続くため喪失感は微塵もない。
他人棒が入ればNTRという浅い解釈の果てに、喪失感もカタルシスもない失敗作を遺し、常連は静かに幕をおろした。
散り際にもう一花咲かせるはずが、地に咲く徒花となった季節外れの桜であった。
以上で今回の全エントリー作品の紹介を終え、まとめに移る。
2025年はここ数年の中でも余計なことをしている作品が目立った年であった。
クリエイターが独自なアイデアや斬新な試みを行うのはゲームの発展において必要な事ではある。
しかしプレイヤーがどう思うかという視点が抜け落ちてしまえば、それはただの暴走でしかなく、いらない苦痛を与える結果となる。
これを度々オナニーと批判されるわけだが、今年はまさにその傾向が顕著で、プレイヤーがオナニーしたい場面で作り手のオナニーの方が目立つ年であった。
しかしこれらは作品にとって不必要な蛇足ではあるが、致命的ではなかった。
今年届いた選評を相対的に見渡した時、どれか一作を大賞として選び出すだけの際立った差を見出すことは難しかった。
よってKOTYe2025はーーー
大賞なしである。
ただし、無風の年であったわけではない。
今年のテーマである余計なことを、とりわけ強烈な形で体現した二作を次点として書き留めておきたい。
一作目は『キミと恋するハッピーサマー』である。
過去を見返してみても、プレイヤーの精神に苦痛を与えるゲームは数あれど、目や三半規管に直接苦痛を与えてくるゲームは前代未聞であった。
そのうえ本作がやらかしたのは、表示する文字の色やトランジション演出という、本来であれば失敗しようがない部分である事も芸術点が高く評価に値する。
余計なことさえしなければ誰も傷つかなかったはずの箇所で、わざわざプレイヤーにダイレクトアタックしてみせた。
その唯一無二の加害性をもって、次点に名を連ねるものとする。
二作目は『Vanilla Android』である。
質の高いグラフィックと手堅いシナリオという美点を揃えながら、主人公のおちんちんを余計に黒く塗りすぎたというたった一点で、そのすべてを台無しにしてみせた。
うんこにしか見えなくなったイチモツが作品全体を汚染するその強烈さから、本作を大賞に推す声も少なくなかった。
しかし当の選評者自身が、本作の大賞化に異を唱えた。
汚点はたしかに強烈だが、裏を返せば汚染さえなければ十分に良作たりえた作品であり、一点の地雷だけで王座へ据えるのは惜しいというのである。
良い素材を集めておきながら一つの余計なことだけで全部を濁らせてみせた本作は、まさに今年のテーマを最も鮮やかに体現した一作であった。
たった一つの余計なことがいかに作品を殺すかを示した点において、次点に置くにふさわしい。
これら二作は、いずれも大賞には届かなかったものの、余計なことで強烈な爪痕を残したことを不名誉な殊勲とし、次点とする。
王座不在となった今年、クソゲーとは何か、そして大賞とは何かという、過去何度も問われてきた問いについて改めて考えていきたい。
クソゲーの正体を今年なりに言い表すなら、「やるべき事をやっていない作品」か「余計なことをしている作品」のどちらかに行き着く。
未完成やバグ、苦痛なストーリーといった前者は分かりやすいが、これを極めすぎた魔物がひしめく過去を思えば、もはやそれだけでは物足りない。
そして後者の「余計なことをしている作品」こそ、ある意味でKOTYeの華である。
歴代の魔物を思い返してみても余計な設定、余計な展開、余計な擬音、余計な前後、余計な枝豆など印象深い作品はどれも余計なことをしていた。
今年も余計な演出でのダイレクトアタック、うんちんこといった余計な要素が闊歩した。
本来ならば良作として世に出られたかもしれない作品が、たった一つの余計のせいでクソゲーの烙印を押される余地を与えてしまった。
創作に新規性は欠かせない。
しかしそれはユーザーを楽しませる手段であって、新しい事をするのが目的となってはいけない。
言うなれば料理におけるスパイスであり、利かせるのは料理人の腕の見せ所だが、分量を誤れば客の口に毒を運ぶ。
2025年は、調合を見誤ったシェフたちが意気揚々と劇物をテーブルへ並べた年だったと言えよう。
では、大賞とは何か。
クソゲーであることと大賞であることは、同じではない。
KOTYeはエントリー制であり、選評が一本届けばその作品は候補として食卓に並ぶ。
しかし大賞とは、その中から「これぞ今年を象徴する一皿」として太鼓判を押される存在であり、ただ不味いだけでは戴冠できない。
肝要なのは、実際にその皿を口にした者が、なるほどこれは大賞だと頷ける納得感である。
裏を返せば、味わってもいない者がインパクトのある評判だけを頼りに祭り上げた一皿が、玉座に着くようなことがあってはならない。
スレが過疎化し、追加の検証も追いつかぬまま選評の文面だけが独り歩きする昨今だからこそ、この一線は守られなければならない。
実際にプレイした者の納得を欠いたまま、消去法でいずれかの皿を玉座へ据えるのは、料理人にも客にも不誠実というものだろう。
そして2025年のテーブルを見渡せば、毒の盛られた皿は数あれど、その毒は致命傷には至っていない。
スパイスの過剰投与は、裏を返せばシェフが厨房に立ち続けている証でもある。
手を抜いた料理には、そもそも余計な味などつかないのだから。
今年のエントリー作品が抱えた余計の多くは、何かを作ろうとした熱量の産物であり、その熱が正しい方向へ向かえばいつか良作にもなりうる。
だからこそ、余計なことさえしていなければという歯痒さが今年は特に際立った。
減点法では標準を下回る皿ばかりだが、加点法で見れば玉座に惜しい長所を残している。
そんな一年から、納得を欠いたまま無理に王を選び出すよりも、いっそ王座を空けておくこと。
それが、2025年なりの答えである。
大賞なしという結果や、昨今の業界の衰退ムードと重ね合わせ「このスレが終わればエロゲも終わりだ」など妄言を吐く向きもある。
確かに買い切り型エロゲーの新作本数は減少傾向にある。
しかし新作が減ったことと、コンテンツが死んだことは同義ではない。
森が焼けた後にこそ芽を出す木があるように、エロゲーもまた息づいている。
パッケージ全盛期と比べれば森は焼けたかもしれない。
しかしDL販売含めた販売数はかつて最も落ち込んでいた時期を上回り、過去作の追加生産や海外向けローカライズによって新たな市場も芽吹いている。
焼け跡から伸びた芽が花咲く事を一人のエロゲーマーとして期待したい。
そしてDL販売が主流となった今、作品は発売日に売り切って終わりではなく、長期にわたって棚に並び続ける。
その点では売り逃げのような事をするよりも1作品の質を高めて評判を上げ、長く売り続ける方がよほど実入りが良い。
ただ粗悪なだけのクソゲーを出すインセンティブはもはや存在しないともいえる。
そして、今あえて商業エロゲーを作り続けるクリエイターには、それだけの覚悟とこだわりがあるはずだ。
そのこだわりがある限り、ユーザーへの不義理で塗り固めたような粗悪品は減っていくだろう。
しかしこだわりがあるからこそ、熱意が空回りした愚作、技術が追いつかなかった駄作、余計なことをやらかした失敗作が生まれる。
それこそが我々が愛してやまないクソゲーという名の徒花であり、笑い、呆れ、語り継ぐに値する花はこれからも咲き続ける。
そしてKOTYeは誰か特定の主催者がいて、開催を宣言して行われるイベントではない。
傷だらけになりながら選評を書き残すものが現れる限り、そして総評を書くものが現れる限り、この場は誰に命じられることもなく自然発生的に続いていく。
匿名掲示板が衰退しSNSへと移り変わる時代にあっても、匿名でなければ吐き出せない本音はある。
だからこそ、選評は気軽に書かれてほしい。
エロゲーをプレイし、心に引っかかった違和感や、期待を裏切られた落胆を書き残し、誠実に語ることには意味がある。
それらを書くものがいなくなれば終わるであろうが、少なくとも今年はまだその時ではない。
王者不在の年は、終焉を意味しない。
「クソゲーが出ないことは良いことです」
この言葉で締めくくることができる1年があってもいい。