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くらげまるの中身
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ヒーロー志願 「手紙」

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kuragemaru

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「ねえ、キョン」
肩に手を置かれたハルヒは、こちらを振り向くことなく話し出す。
「あのさ、もうちょっとだけあたしに付き合ってくんないかな」
こいつは俺のハルヒとは違う。俺がそれに気付いた事を、こいつも同じ様に気付いている。
あ、いや、俺のハルヒって古泉じゃないんだから、まったくどうかしてるな今の俺は。
「あの子から連絡があったんでしょ、もう時間切れなんて残念だわ」
ハルヒのセリフは俺の動きを止めるのに十分で、なおかつ俺はなんと言っていいのやら、まったくわからずじまいな訳で。
「そう、あたしはあんたの知る涼宮ハルヒじゃなくて、悪の秘密組織の女幹部ハルヒなのだー」
芝居がかったというかやけくそというか、威嚇するクマの様に両手を高々と上げるハルヒ。
「別にそんな真似しなくてもいいんだが。それはまあいいとして、俺に近づいた理由を聞こうか」
「…あんたとデートしたかっただけよ、悪い?」
何だこの展開は。前日俺が古泉に言ったように、TV番組のトレースなどもうどうでもいいと考えてるのかね。
「じゃあ、あそこの公園で話しましょ。あんたのしなきゃいけない事を話してあげるわ」
そりゃ願ってもないことだが。今までハルヒが巻き起こした事件と違って、本人から解決案が出るとは随分と親切だな。

公園の入口で缶コーヒーとジュースを買い、俺達は適当なベンチに腰掛けた。
「あら、ちゃんと100%のオレンジね。あたしの好みはバッチリ覚えているんだ」
ああ、なんでだろうな。体が覚えてるんだろうよ。缶を受け取ったハルヒは、プルタブを開けてジュースをごくごくと飲む。
「仕掛けはちょっと大掛りだけど、そんなに長々とやる事でもないし、お膳立てはしてあげるから早めに解決して欲しいのよ」
それはいったい誰の考えなんだ。どこぞに黒幕でもいるとでも言いたいのかね、こいつは。
「誰と問われれば涼宮ハルヒの考えとしか言い様がないわね。無論本体であるあの子は知らないけど」
「あの子は知らないって、じゃあお前はハルヒの馬鹿げた能力やらそれを取り巻く連中の事も知っていると?」
肯定の仕草をするハルヒ。なんということか、これは。古泉が知ったらどんな顔すんのかねぇ。
「でもまあ、気にしないでいいわよ。絶対的存在である本体のあの子はなーんにも知らないから。で、この話はどうでもいいのよ、
これからあんたがする事を説明するわ」
どうでもよくは無いだろと思う俺を無視し、ハルヒはベンチにジュースの缶を置き、指をくるくる回しながら説明を始める。
大体の原因や悪の秘密組織出現までの経緯は、古泉や長門が予想していた事と大筋において一致していた。
「あの子の最大の不満点はもう解消されるわ、あんたがさっきあたしに言った『助ける』って言葉でね」
えらい簡単だな。まあ、ハルヒの考える事だ、いきあたりばったりで迷惑千万なのはいつもの事だ。
「あんた、なんか失礼な事考えてる顔ね。ま、今日あの子が寝て、あたしとあんたのデートの記憶が整理されれば満足するでしょ」
改めてデートとか言われると照れるぞ。顔が熱を持っているのを感知した俺は、さりげなく顔をハルヒからそらす。
「後は期限内に残りの怪人達を倒せば終了よ。もう怪人たちの能力は随分低下してるはずだから手間は掛からないわ」
残りの怪人を倒す……か。確か残りは10体と幹部と首領だったよな、と、ここまで考えた俺はある事が気になった。
「なあ、残りの怪人を倒すのはいいんだ。だが、お前はどうなるんだ?」
「幕の下りた舞台に、いつまでも役者がいることは無いわよ」
その言い回しは事が済んでしまえば、こいつが消えると捉えていいんだろうな。
なんだろうな、このもやっとした気持ちは。俺はこいつが消えてしまうのが……嫌なんだろうな、多分。
何で嫌なのかと自問自答しても明確な答えは出ない、しいて言うならばこいつもまた涼宮ハルヒだからかな。
「なあ、俺がお前を倒す事無くその他の怪人を倒したら、お前は今回の期限までは存在していられるって事か?」
「まあ、そうなるわね。それがどうかしたの?」
ふむ、なら俺のやる事は決まりだな。俺はベンチから立ち上がりバックルを取り出す。
「どうしたのよ、何する気なのよ」
「今からお前んとこの本拠地に乗り込んで全員倒す」
ハルヒは弾かれる様に立ち上がり、俺の肩に手を置いて溜息をつく。
「ちょっと、無茶言わないでよ。あと3日あるのよ、ゆっくりやればいいじゃない」
「それじゃ駄目なんだよ、ハルヒ」
俺はバックルの通信ボタンを押し、長門を呼び出す。
「行くぜ、長門」
「了解した」
変身の掛け声と同時に展開されるスーツを一瞬にして装着する。その俺を見るハルヒは、何故かジトッとした目であった。
「ふぅーん、『行くぜ、長門』……ねぇ。そーなんだぁ、有希がパートナーなのねぇ。あたし、そんな機能付けた覚えないんだけど」
「って、これってお前が作ったのか。俺は長門が作ったんだとばっかり思ってたぞ」
俺を睨むハルヒはじりじりと迫ってくる。おい、何でそんなに怒ってるんだ。
「いいわねぇ、俺達は2人で1人って奴かしら。有希ったら意外と積極的なのねぇ」
「わたしは彼をサポートしているだけ、そのほかの意味は無い」
長門の声が外部スピーカーからハルヒへと伝わる。ハルヒはアヒル口でこちらを見ている。
「まあ、いいわ。なんであんたがそんなにやる気出してるのか知らないけどさ。悪の秘密組織の本拠地は、鶴屋さんの山よ。
バレンタインの時に宝探しさせた山ね」
「なぁ、勝手に人の敷地に基地作ったら駄目だろ」
変身した姿のまま、俺は普段と同じ様に呆れた様で溜息をつく。だが、ハルヒは悪びれもせずに俺に返事をしてきた。
「鶴屋さんにしばらく借りていい? って聞いたら何にも聞かずにいいって言ってくれたわよ」
「基地にするとは言ってないんだろ、お前。まあ、あまり深く詮索するつもりは無いんだろうけどな、あの人は」
じゃあ、行ってくると手で挨拶をし、俺は鶴屋さんの山へと向かう事にした。
「公園の入口にあなたのマシンを用意してある」
おお、長門。マシンとは中々ヒーローっぽいじゃないか。が、入口にあったのは何の事は無い、俺の自転車だった。
「あなたは自動二輪の免許を取得していない」
確かにそうだな、無免許ってわけにもいかんか。と潔く自転車に跨り、俺は勢いよく走り出した。

とりあえず思ったんだが、俺は何故先に変身したのだろうか、現地に到着してから変身すればよかったのだ。
そう、今俺はヘンテコな格好で自転車に乗り、商店街を移動している。ああ、馬鹿としか言いようがないね、まったく。
目立たないルートで行けばよかったなと後悔していると、目的の鶴屋さんの山が見える所までやってきた。
それからしばらくして山のふもとに到着し、山道の端に自転車を止める。よし、行くか。
「例のオーパーツが埋まっていた所に入口がある、門番の怪人が1体いるのを確認した」
「わかった、ありがとよ長門。行ってくるぜ」
「気をつけて」
山を登り、広場状になったあの場所にたどり着く。なるほど、山には不似合いな入口が鎮座している。
そして、門番の怪人もいた。なんだろうなこいつは。ハートマークの黒い板に手足が生えてる。
もしかしてハートチョコなのか? と思いつつも、正直どうでもいいので思い切り助走をしてジャンプキックを喰らわす。
チョコ怪人はハートブレイク状態になり消えていった。自分で言ってて寒いな。
入口を蹴破り中に侵入すると、想像していたより広い空間が目に入る。どういう構造なんだろな、これは。
奥の方を見ると怪人が3体いる、同時に相手をするのは流石にきついか?
「大丈夫、アタックモードを使用する」
怪人たちの攻撃をかわし、長門の指示に従って立ち位置を微調整していく。
ある一点に足を踏み出した瞬間、長門の合図がヘルメットの中に静かに響く。
「今。アタックモード№03、ライジング・ペネトレイション」
長門の絶妙かつ計算しつくされた誘導により、一直線に並んだ怪人たちに俺の必殺キックが唸りを上げる。
先頭の1体にヒットした情報結合解除コードがそのまま貫通し、串刺し状態で残りの2体にヒットした。
「防弾ベスト等の対銃弾貫通テストをペネトレイションテストと言う。彼らは残念ながら不合格」
長門。解説はいいんだがちょっと怖いぞ。
そのまま広間を通り抜け最奥に位置する通路を目指す、どうやら一本道の様だな。
さして長くない通路を進むと、今度は西洋鎧のような物が立ちはだかる。
「この個体は幹部クラス、能力が低下しつつあるとはいえ要注意。活動開始される前に決めて」
確かに動く様子は無い、俺はジャンプキックの体勢に入り、幹部怪人の鎧の中央に狙いをつけた。
だが、俺のキックは見えない壁に当たったかのように鎧に届く事は無かった。
「防御障壁が張られている。障壁展開時は相手も攻撃できないがこちらの攻撃も無効化される」
おいおい、にらめっこしか出来ないのかよ。と思ったが、こちらのキックの勢いも削がれてしまい、俺は鎧の目の前に着地する。
「いけない、相手の攻撃が来る。一旦距離をとって」
長門に言われる前に俺の体は動いていた。目の前にえらい巨大なウォーハンマーが、天井を削りつつ振り下ろされているんだぜ。
その鉄の塊は天井の次に床を餌食とした。さっきまで綺麗な直線だった通路は一瞬にして歪んだ線の集合体となる。
「アタックモード№05、スピニング・トゥースを使用する」
長門が選んだ技は、どうにも回転しますよという匂いがぷんぷんするわけだが、たぶん予想は間違っていないんだろうな。
予想に違わず俺は回転を始める、今なら魔球でも投げられそうな勢いだな。
巨大なコマとなった俺は、鎧騎士目がけて再度突っ込んでいく。またもや見えない壁に阻まれるが、今度は俺の足と障壁の間に
溶接作業の時の様な火花が散っている。
「障壁破壊率47%、あと23.5%で障壁は状態を維持できずに自己崩壊する」
その前に俺が壊れそうなんだが、回転しすぎて目が回るし気持ち悪い。
「障壁が自己崩壊を開始。敵の攻撃に備えて」
ガラスが砕ける様に、今まで見えなかった障壁が砕けていく様が見える。俺はよろめきながら幹部怪人の前に立った。
瞬間、横殴りにウォーハンマーが振るわれるのを視界に捉えた、そのまま俺は身を屈め、ハンマーが壁に穴を開けるのを確認する。
俺は立ち上がりつつ身体を捻りジャンプする。回転しながら足を上げその勢いで相手の頭を狙う。
俺の渾身のローリング・ソバットが鎧騎士のヘルムに決まった。長門、どうだ?
「コードが通った。あなたの勝ち」
吹き飛んだヘルムが壁に当たると同時に、中身がどこかへ消えたかの様に、鎧はバラバラになる。ふう、やれやれだぜ。
「いや、戦闘プログラムとかいうのは凄いな。俺でもアクションスターみたいな動きが出来るなんて信じられんよ」
「今のは戦闘プログラムによるものでは無い。障壁破壊からの一連の動作はすべてあなたが行った物」
息を整えながら、長門のセリフを聞いていたが、にわかには信じられなかった。
「今のはとてもかっこよかった」
「長門、お世辞を言ったって何も出ないぞ。俺にそんな真似ができるわけがないだろう?」
「……」
目の前のバラバラになった鎧を飛び越えて、俺はさらに奥へと踏み込んで行く。
通路を抜けるとまたもや広間に出た、怪人の姿は無いようだな。そろりと広間の中央まで足を進めると、突然周囲から足音が聞える。
怪人が6体。それぞれ広間の隅に潜んでいたようだ。雄叫びを上げて俺に殺到する怪人たち。
「アタックモード№09、ダンシング・ステップ」
長門の声を合図に俺は1体の怪人目掛けてジャンプする。キックをお見舞いすると同時に、その勢いでもう1体へと反転キック。
そのまま地面に降り立つ事無く、残りの4体も同じ様にキックの餌食とする。ダンスっていうか八艘跳びって感じだな。
「この奥に最後の幹部と首領が居る。入口はアタックモードで破壊して飛び込む」
よし、最終決戦といきますか。行くぜ、長門。
「アタックモード№02、インパクト・スタンプ」
轟音と共に元入口だった物が辺りに散乱する、ただの両足キックでしかないのに無茶苦茶な威力だな。
瓦礫の上に立ち辺りを見回すと、随分と小さな部屋なのがわかる。
「最後の幹部とやらはどこに居るんだ?」
「あなたの足の下に居る」
長門に言われて足元を見ると、なんだか科学者風な姿の怪人が倒れている。あ、消えた。
「プロフェッサータイプの幹部怪人、とても弱い」
なるほどね、ハルヒが部隊指揮官でさっきの鎧騎士が戦闘隊長って感じか。
「じゃあ、悪の秘密組織の首領とご対面しますか」
狭い部屋の奥に、いかにも悪の組織然としたエンブレムと毒々しい色の旗が飾られている。
そしてその前には、台座に乗った大き目のスイカ大の水晶球が赤黒い光を放っている。
「その球体が組織の首領」
長門が解説してくれなきゃわからんぞ、飾りかと思った。俺が率直な感想を頭の中で呟くと、水晶球から突然声が聞えてきた。
「よくぞ1人で我が組織を壊滅にまで追い込んだ。だが私はまた新たな力を蓄え必ず戻」
俺は最後まで言わせなかった。キックで水晶球を台座から叩き落し、とどめの一撃で水晶球を粉々に打ち砕いた。
「ふん、お約束の首領逃亡なんてさせるかよ」
「お疲れさま。これで全ての怪人を倒した事になる」
首をコキコキいわせて俺は大きく伸びをした。これで後は……
「首領が倒された事により、この基地の役目も終了。情報結合が解除され再構成が始まる。脱出する事を推奨する」
おいおい、先に言ってくれそういう事は。ああ、部屋の奥辺りからキラキラと砂状に変化が始まってるよ。
俺はさっさと退散すべく首領の間を後にする。いやはや疲れたね。

棒の様になった足を無理矢理奮い立たせて、出口を目指していると鎧騎士の居た部屋の入口にハルヒの姿があった。
「キョンっ。大丈夫、怪我してない?」
無事だと合図するために右手を軽く上げると、ハルヒはほっとした表情になる。心配かけちまったかな。
ハルヒが俺の方に向かって近寄ってくる。おお、感動の再会って奴だ。すっかりヒーロー気分だぜ、俺。
俺ものそのそとハルヒに向かって歩き出す。ハルヒが鎧騎士の残した鎧を飛び越えようとしたその時、それは活動を再開した。
「きゃあっ」
「ハルヒっ」
そうだ、情報結合を解除されたのに何故この鎧が残っているのか。何の事は無い俺が仕留め切れなかっただけの話だ。
積み重なった鎧やら瓦礫の山から飛び出した怪人は、モルゲンステルンを振り上げハルヒに襲い掛かる。
「長門ぉッ」
弾かれるように駆けだしながら、俺は長門に助けを請う。間に合ってくれよ。
「…モード……ソニッ…シフト」
長門が何かを呟いていたが、俺の耳にはほとんど入らない。
ハルヒまで8メートルは離れていたはずだ。それが一瞬にして距離が縮まり、手を伸ばせばすぐそこという所まで移動する。
長門のアタックなんとかのおかげか、これは。俺はそのままの勢いでハルヒを抱きかかえ、反転して鎧騎士に背を向ける。
「防御障壁展開。……衝撃に備えて」
長門の言葉に状況判断する暇もなく、俺は歯を食いしばる。と、同時に頭にえらい衝撃を感じた。
障壁とやらが守ってくれたが、ヘルメットが半分近く砕けちまってる。
「障壁により89%の威力低減、ヘルメットにより10.5%の威力が吸収された。ヘルメットがなければ即死だった」
赤い人かよと呟きながら、俺はハルヒを抱きかかえ部屋の出口へと駆け出す。
「ハルヒ、しっかりしろ。お前はこのまま先に行け」
ふらふらしているハルヒに指示を出すと、言われるままに出口へ向かうハルヒ。
俺はそれを見届けると、追いかけてきている鎧騎士に振り返った。
「鎧まで着替えやがって、まったくしつこいったらないな」
「仕留め切れなかったのはわたしのミス。今度は確実に決める」
頼りにしてるぜ相棒。鎧騎士の振り下ろすモルゲンステルンの柄を、ハイキックで受け止め捻りを加えて床へ蹴り落とす。
「今。アタックモード№01、イリュージョン・キック」
敵の得物を蹴り落とした勢いで、俺は壁に向かってジャンプする。そして壁を蹴り反転、さらに逆の壁で反転を繰り返す。
凄まじいまでの勢いで壁を行き来する。まるでピンボールになったような気分だぜ。
気が付けば俺の体はいつのまにやら4つに分身している。これ、どういう理屈でそうなってるんだろうな。忍者かよ。
「特撮的世界に侵食された今の状態では、深く考えるだけ無駄。決めて」
長門の説明になっていない説明を合図に、4人の俺はいっせいに鎧騎士に蹴りかかる。四方からの同時攻撃だ。
バラバラに砕け散り、今度こそ情報結合を解除された鎧騎士は、銀色に輝く砂となって消えていった。
「今度こそ終わりでいいんだよな、長門」
壊れかけのヘルメットから、ノイズ交じりに長門が返事をしてくる。
「その認識で間違いない。お疲れさま」
「じゃあ、とっとと脱出して帰るわ。頭クラクラするし」
ボロボロのクラッシャーを外し、ヘルメットを脱ぎ捨てる。おっと、ここも情報結合解除が始まっちまった様だ。
疲れきった身体で山の麓まで降りていくと、ハルヒが待っていた。よう、待たせた……な。
「ちょっと、キョン。しっかりして」
ハルヒの無事を確認して安心してしまったのか、情けない事に俺はその場でぶっ倒れてしまった。

目が覚めれば、知っている天井。またこの病院か。横を見ればあの時と同じく古泉が座っている。どうも寝ているようだな。
とすると、やはりハルヒが寝袋で……と思ったが、古泉の反対側でベッドに突っ伏して寝てやがる。
カチューシャを見れば赤、こっちのハルヒか。俺ははっきりしない頭を振りながら、今が何時か確認する。
「今は午後4時ですよ、あなたは1日眠り続けていました」
「なんだ、起きていたのか」
手のひらを上に向け肩をすくめる古泉。病室の冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、俺に手渡してくる。
「さっそくですが、なぜこんな無茶をしたんです? まだ残日数は3日もあったのに」
俺は受け取ったスポーツドリンクを飲む、冷たくてうまい。寝起きの喉に潤いが戻ったところで俺は話し始めた。
「まあ、単純な話なんだけどな。何かの為に作られたものが、俺の決断なり行動で消えてしまうのが嫌だったんだ。
何の為に作られたとかは置いといて、何がしかの意思を持っているわけだ。それが綺麗サッパリ消えてしまう。
しかも俺がトリガーとなってだ。だが、お前も知ってのとおり俺は只の凡人だ。どんなに抗っても結末を変えられない
事もある。それならせめて、消えてしまう何かに対してできるだけの事をしてやりたい、自己満足と思われてもだ。
俺は今回の事件をできるだけ早く終わらせて、残った期限でこいつに何かしてやりたいと思ったのさ」
横で寝ているハルヒの頭を撫でながら、俺は古泉の言葉を待つ。
「まったく、あなたらしい理由ですね。ですがその為にあなたに危険が及ぶようでは本末転倒です。機関からはお小言を
頂きましたよ。何をやっているのかとね」
そりゃすまなかったな。ごちゃごちゃ考えるより先に、身体が動いちまったんだからしょうがないだろ。
「ふふっ、あなたにしては熱血とでも言うべき行動じゃないですか。内に秘めた熱さ、という奴ですか」
「からかうなら帰れ。もう付き添いは要らんだろ」
古泉は立ち上がりドアに手を掛ける。ほんとに帰るのか。
「担当医にあなたが目覚めた事を知らせてきます。あなたが倒れたのは単純な疲労の蓄積によるものと聞いてます、簡単な
検査をしたらすぐにでも退院できるでしょう」
「そうか、すまんが頼む」
古泉が病室を出ていくと、途端に室内は静かになる。聞えてくるのはハルヒの小さな寝息だけ。
「まったく、よく寝る奴だな」
さらさらの髪に触れると、もそもそと動く姿がおかしい。
「ん……」
「よお、起きたか」
寝ぼけまなこで俺の顔を見るハルヒ。しばらく考え込む仕草をしたかと思うと、いきなり目を見開いた。
「あんたっ、いつ目覚めたのよ。人に心配させてグースカ寝るなんてどういうつもりよ」
「ああ、そりゃすまん」
「すまんの一言で済ますんじゃないわよ。あと3日もあるって言ったのに、なんでまたあんなに解決を急いだのよ」
お前もそれを聞くか。溜息を一つついておどけてみせると、ハルヒは俺を睨みつけてくる。
「まあ、そう怒るなって。とりあえず事件は解決したわけだしさ。そうだ、お前何か行きたい所とかしたい事は無いか? 俺の出来る
範囲でしか叶えてやれんが、何でも言ってくれ」
「何よ、話逸らしたかと思えば急に変な事言って……」
俺を見るハルヒの顔はセリフの途中でえらく真面目な物に変わっていた。多分、俺の顔も真面目なものだったからだと思う。
「そうね、じゃあ遊園地に連れて行きなさい」
「わかった。と、なると今日はもう無理だな。明日朝一番で行こう」
「あんた、安請け合いするのはいいけど学校はどうすんのよ」
俺は考える間もなくハルヒに即答した。そんなもんサボるに決まってると。
程なくして古泉が看護師を連れて戻ってきた。じゃあちょっとばかし検査とやらを受けてくる。
「あたしは有希の家に帰るわ。後で連絡ちょうだい」
ハルヒは挨拶もそこそこに、まさに風のように去っていった。
ていうか長門の家に帰る? ってそりゃそうか、ハルヒの家にはハルヒがいるもんな。
俺が1人で疑問に思い、かつ勝手に解決している様を見た古泉は、どうかしましたかと心配している。ま、ごもっともだな。
「いや、なんでもねえよ。それより古泉、ちぃっとばかしお前に頼みたい事がある」
表情をいつもの笑顔に戻した古泉は、僕に出来る事ならば何なりと、と恭しくポーズを取った。いちいち芝居掛かってるな。
古泉には明日俺が学校をサボる為の裏工作を依頼した。あれ、そういえば俺が今ここにいるのは、うちの家族的にどうなんだ?
「ああ、それなら昨日の夕方から僕の家に居ることになっています。すぐ回復するだろうという事でそうしましたが、思ったより
目覚めが遅くて少々焦りました」
そりゃ、手際が良くて何よりだ。じゃあ俺は検査したら、一旦家に帰って明日に備えるか。
「学校をサボってどうされるんですか? 一応そこの所も聞いておかないと対処に困るんですが」
「ああ、あいつと遊園地に行く。明日が最後だからな」
古泉は随分と渋いツラをしている。おいおい、普段の笑顔はどうしたよ。
「いえ、機関からはあの涼宮さんに対して静観せよ……と厳命が出ているもので」
「まあ、元々のハルヒと違って何もかも知っているわけだし、余計な刺激は与えたくないってところなのかね」
「その辺りもいくつか彼女から伺いましたが、知っているという事実以上の事は僕には話せないと釘を刺されました」
と肩をすくめて古泉は渋いツラを若干柔らかくする。なるほどね、必要以上の情報は与えないってか、ハルヒは。
「機関の命はともかく、これから僕たちのチームが動くのはあの涼宮さんの為でなく、あなたの為ですから問題はありません」
「ほんとかよ。俺の為に無理するなら、立場を危うくしてまで俺の頼みなんて聞かなくていいぞ」
「ふふっ。何言ってるんですか、ただの代返みたいなものですから。それで危うくなる様な立場なんて僕には無いですよ」
古泉はすっかり元のニヤケ顔に戻っている。看護師と一言二言話すと、ではこれで、と俺の前から姿を消した。

検査を終えて病院を後にし、やっとこさ家に帰ると妹が出迎えてくれた。何か小さな箱を持っている。
「キョン君これ。さっき届いたんだよ」
荷主欄を見ると森さんの名前がある、なんだこれ。自室に戻り箱を開けてみると、中から遊園地の1日フリーパスが出てきた。
「古泉め、いらん気遣いしやがって」
とはいえ、受け取ってしまった物は仕方がない。これはこれでありがたく頂戴するとしよう。
それからベッドに横になり、長門に電話をかける。
「元気?」
「よう、長門。心配かけちまったみたいだな」
長門に今回の事についての礼を言い、無事を報告する。あまり無茶はしないでと怒られた、すまん長門。
「長門、今度改めて礼をする。なんか考えとくよ」
「カレー」
ぽつりと長門がこぼす。カレーと聞えたが、カレーが食べたいのか?
「そう」
「わかった。うまいカレー屋を探しておくぜ」
「……あなたのカレーがいい」
俺のって、俺が作るのか。なんだか変な事になりそうだが、まあ、長門には世話になってるし俺も少しは苦労しないとな。
「いいぜ、長門。どんなのが出来るかはわからんが約束しよう」
「ありがとう」
っと、このままじゃ電話が終わっちまう。長門、ハルヒを出してくれ。
「何よ、あんたずいぶん有希と長話じゃないの。何話してたのよ」
おっと、これまたご機嫌斜めだな。長門には今回サポートで骨を折ってもらったからな、礼を言っただけだ。
「ふーん。なーんか怪しいわね」
俺は思わず噴出してしまう、こいつもやっぱりハルヒだな。
「なに笑ってんのよ。失礼な奴ね」
「すまん、何でもない。それより明日だ。朝7時頃にそっちに迎えにいくから待っててくれ」
「わかったわ。お弁当作っていくから期待してよね」
おお、それはいい。今から楽しみだぜ、ハルヒ。その後は細かい話を少ししてから、明日早い事もあり会話を終わらせた。
じゃあ、メシ食って風呂入って、さっさと寝る事にしよう。なんといっても遅刻はできんからな。

今は5時40分である。こう言っちゃ何だが俺がこんなに早く、しかもスッキリと目覚めたのは近年であっただろうか。
そんなどうでもいい事を思うくらい、驚きの目覚めのよさであった。
顔を洗い歯を磨き、部屋に戻り制服に着替えた。家族には今日は学校に行くという事にしておかないとな。
母親も今日は俺の弁当作製がないから、寝ているようだ。家族を起こさない様に着替えを入れたバッグを持ち家を出る。
俺はそろそろと自転車を担ぎ出し、ゆっくりとペダルを漕ぎだした。
15分前に長門のマンションに到着する。まさかハルヒも遅刻だとは言うまい。
駐輪場に自転車を置きロックをし中に入る。俺はエントランスのコンソールで、長門のルームナンバーを押してコールした。
「……」
「おはよう長門。俺だ」
「入って」
するりとオートロックのドアが開く。まだ朝も早く管理人の姿もない、俺はそのままエレベーターに向かった。
部屋の前で呼び鈴を押そうと手を伸ばした瞬間、がちゃりとドアが開き長門が顔を出す。びっくりした。
「長門。絶妙なタイミングで急にドアが開くと、びっくりするから控えてくれると助かる」
「……わかった」
がちゃりと長門はドアを閉める。いや、そういう意味じゃないんだがな。呆れながら呼び鈴を押す。
「どなた?」
「俺だ」
ひょこりと顔を出す長門。不思議そうに俺を見る長門の向こうにはアヒル口のハルヒがいた。
「あんた何やってんのよ」
「おはよう、ハルヒ」
ハルヒの問いかけは軽く無視して、俺は朝の挨拶をした。見るとハルヒは準備万端と言わんばかりの格好であった。
「すっかりお出掛けモードだな。じゃ、いくか」
「うん」
妙にしおらしくなったハルヒは、バスケットを持って部屋から出てくる。制服姿の長門も一緒だ。
「あ、長門。その前に部屋を貸してくれ、俺も着替えなきゃならん」
長門は、玄関のすぐ横のドアを指差す。あそこだな、少し借りるぞ。まあ、男の着替えなんぞわずかな時間だ。
俺は制服をバッグに詰めて部屋を出る。バッグはこのまま、長門の部屋で預かってもらおう。
それから三人でエントランスを出ると、マンション前の道路に黒いタクシーがハザードを点けて停車していた。
「お早うございます。ただ今の時間ですと、早めの登校をしている方に目撃される恐れがあるとの事で、森に通学路から
離れた駅までお送りするようにと命じられて参りました」
俺が何故ここにという疑問を問いかける前に、目の前の新川さんは付け入る隙も無く流暢に語った。
「あ、お早うございます、新川さん。手間を掛けてしまってすいません」
「いえいえ、お気になさらず。これが私めの仕事ですから」
恭しく礼をする新川さんの姿は、タクシードライバーというより執事然としている。
「じゃあ、行きましょう。キョン、グズグズしてると置いてくわよ」
ハルヒはさっさとタクシーに乗り込む。やれやれと溜息をつくと、傍らの長門が俺の袖を引っ張った。
「いってらっしゃい」
「ああ、ありがとな長門。ハルヒの宿代わりにしちまったみたいだし」
「気にしていない。彼女と過ごす一晩は楽しかった」
俺はそうかと言い、長門の頭をわしわしと撫でた。
「今日の学校の事はまかせて。涼宮ハルヒへの対策は、古泉一樹と朝比奈みくると協議済み」
「ほんとにすまん。任せたぜ長門」
長門は了解したと一言残し、ふりふりと手を振って通学路に消えていった。

学区から少し離れた駅で新川さんのタクシーを降りた俺たちは、電車に乗り替える事にした。
「何でしたら、現地までお送りしてもよろしいのですが」
「いえ、ちょっとした小旅行って程でもないですが、のんびり電車で行こうと思ってます」
新川さんはニコニコしながら頷き、小さな包みを俺に渡してくれた。
「朝食はまだでございましょう? お二人でお召上がり下さい」
包みの中はどうもおにぎりのようだ。俺とハルヒは新川さんに礼を言い、改札口へと向かった。
この近辺ではまだ通勤時間帯もあって、そこそこ電車内は混んでいる。
しかし、30分も過ぎた頃には乗客も少なくなった。空いている席にハルヒと腰を掛け、新川さんのおにぎりを頂く。
しばらく電車旅を楽しみつつ、俺はハルヒと遊園地のパンフレットを眺めていた。
「サファリ?……動物園が併設されてるのね。あ、車が無いとダメなのね」
「歩いて回れる所もあるから、午前中はそっちを見よう」
2人とも、どんどんテンションが上がっていくのがわかる。何だかんだ言ってこういうのは楽しい。
「それがハルヒとなら、なおさらだな」
「何が?」
いかん、声に出てたらしい。いやいや、何でもないぞと誤魔化して、午後に回る遊園地のページを指差した。
目的の駅に到着し、俺たちは改札を通る。この後はバスで30分くらいだそうだ。
「おっ、ハルヒ。あのバスだ、ちょうど出る時間みたいだぞ。急げ」
今まさにエンジンをかけ、待機位置から乗り場に移動しようするバスへと、俺とハルヒは走り出した。
まあ、そこからの話は別にどうでもいいだろう。バスに揺られて遊園地へ向かった。ただ、それだけの話だ。

遊園地に到着すると同時にオープン時間となった。計算したわけじゃないが、出発から到着まできれいにはまったな。
平日のこんな時間だ、周りを見ても入場者はちらほらいるくらいで、遊園地を満喫するには文句ないと思う。
そりゃまあ、大勢の人で賑わう遊園地ってのもシチュエーションとしては悪くないし、雰囲気もあるがな。
「よっし、それじゃあ動物とふれあうか」
「毛が無くなるほど、もふもふしまくるわよ」
何か随分とやる気らしいな、だが毛は抜くなよ。ハルヒは動物園の入口へずんずんと歩き出した。
先にも言ったが、車に乗って回るコースと歩いていくコースがある。車など無いので当然歩くコースを選択する。
「うさぎね」
「うさぎだな」
低い柵に囲われうさぎが放されている。出入りは自由、好きに触ってくれという事らしい。
ハルヒは近くにいるうさぎに近寄り、ひょいと持ち上げて俺に見せてくる。
「ほらキョン。鼻がヒクヒクしててかわいいわよ」
うさぎは何事かとハルヒと俺を見比べて、鼻をヒクヒクさせている。その様をみてハルヒは上機嫌だ。
「ああ、かわいいな」
俺がそう言ったのは、はたしてうさぎになのか、喜ぶハルヒに対してなのか。……それはまあ、言わんでもわかるよな。
うさぎとお別れをし、次に出会ったのはキリンである。俺達の立ち位置は一段高くなった場所で、キリンの頭が目の前だ。
「予想以上にでかいな」
「思ったとおりに長いわね」
最大の特徴である首が嫌でも目に付く、キリンがキリンたる象徴とも言えるな。
「えさが売ってるな。これはやらずにはいられんと思うのだが、どうかね」
「聞くまでも無いわね」
購入したえさを持ち、柵に近寄ると2匹のキリンが寄ってきた。現金な奴らだなと思いつつ、ハルヒとえさを半分こにする。
「うわっ、なんだか凄いわねキリン。舌長いし」
確かに長いな。首が長いだけじゃないのか。
あっという間にえさは無くなり、キリン達は去っていった。なんつーか、わかりやすい奴らだ。
それから後も、ワラビーやらひつじやらと戯れて過ごし、なんだかんだでそろそろ昼時という時間となった。
「お昼にするわよ、キョン」
ハルヒはバスケットを開けて、俺の前に弁当を広げる。サンドウィッチか、うまそうだ。
「はい、お茶」
サンキュとお茶を受け取り、バスケットの中のおかずをつまむ。まずはこの玉子焼きからだな。
「うまいな、この玉子焼き」
「それは有希が作ったのよ」
「何の罠なんだこれは」
ハルヒは怒るわけでもなく、ニカッと笑っている。俺は考え込みながら、次にから揚げを楊枝に刺した。
「これは……お前が作ったのか」
「警戒する事無いでしょ、あたしが作ったんだから味わって食べなさい」
そのから揚げは、俺が今まで食った中でもトップクラスのうまさだった。
「冷めててこれなら、揚げたては相当なうまさなんだろうな」
「あー、そうね。作った時につまみ食いしたけど、我ながらいい出来だと思ったわ。有希もおいしいって言ってたし」
「今度は揚げたてを」
途中まで言って、馬鹿な事を言ったと気付く。こいつは今日にも消えてしまうというのに。
ハルヒは今まで見せた事の無い、寂しそうな笑顔で俺に言った。
「ごめんね。それはあの子に言うといいわ。普段あんなだけど、あんたが頼めば喜んで揚げまくるわよ」
「その、すまん」
ハルヒは俺の背中をバチッと叩くと、くるりと表情を変化させにっこりと笑う。
「バカね。あんた余計な気の使いすぎよ。あたしもあの子も涼宮ハルヒ。これだけは忘れないで」
その言葉の意味をよく理解せず、俺は流されるかのようにわかったと返事をした。
「さ、ちゃっちゃと食べて、今度は遊園地のエリアを回るわよ。まずはパンフで見た変な顔のイモムシに乗るのよ」
「おいおい、こんなにどっさりあるのにか。どこの早食い王だ」
「2人で食べればあっという間よ。それより時間がもったいないわ」
ま、それもそうだな。よし、現役男子高校生の胃袋の力、とくと見るがいい。
「何よ、それ。あ、タマゴサンドの最後もーらいっ」
「じゃあ、俺はこのツナのラストをいただきだ」
しかし、手に取ったツナサンドは、俺の口に届く前に半分になった。ハルヒが横からツナサンドをかじりやがった。
「だふぇぉ、ツファはあふぁひのもほよ」
「何言ってるかさっぱりだ。まあいいよ、残りもお前が食べろ」
俺が歯形くっきりのツナサンドをハルヒに向けると、ハルヒは手に持ったタマゴサンドを口にした。
「ひひはよ、ほれはふぁんたがたへなほい」
「まともに喋る気あるのかお前は。まったく」
俺は差し出していたツナサンドを自分の口に放り込み、お茶を飲み干した。
「どうした、ハルヒ。顔が赤いぞ」
「うるさいっ、ほら、さっさと片付けるわよ」
騒ぎながらも順調に大量の弁当を消費した俺たちは、いよいよ今日のメインである遊園地を回る事にした。

「ほら、キョン。あれよ、変なイモムシ」
俺の手を引っ張り、ハルヒが奇怪な形のコースター乗り場へと誘う。
「まずはコースター系の制覇ね。この後はちっこいトロッコみたいのに行くわよ」
イモムシ型に始まり意外にGが強烈なトロッコ型、そして一般的な絶叫系数種も総なめにして、俺達はひとまず中央に戻った。
「むう、完全制覇したかったのに、融通のきかない係員ね」
「お前、あれはほんとの子供用だろう。身長の逆制限を見たじゃないか」
ハルヒが不満を口にしたのは、身長130センチ以上搭乗不可の乗り物に乗れなかった事。まあ、当たり前だな。
「ほら、乗れない物は仕方がないだろ。次行こうぜ」
ミラーハウスや、お化け屋敷等の定番をこなし、若干恥ずかしい気持ちがするメリーゴーラウンド、回転の限界に挑戦
したコーヒーカップ、地味なゲームコーナーでもぐらたたき、俺達はもうこれでもかと言うくらいに遊園地を楽しんだ。
「さて、いよいよね。遊園地の最後と言えばこれよ」
「俺も風の噂には聞いてはいたが、実際にこのシチュエーションを体験するのは初めてだ」
ハルヒは俺のつま先から顔まで舐めるように見て、おもむろに「ふぅーん」とだけ言葉を発した。
「なんだよ、嘘は言ってないぞ。お前はそんなマンガみたいなシチュエーション、俺に縁があると思うのか」
「あんた、そういうチャンスを自分で捨ててる事にいいかげん気付きなさいよ」
俺はどういう事だと聞き返そうとしたが、ハルヒに無理矢理引っ張られてそのタイミングを失った。
そんなわけで、最後のアトラクションとなるであろう大観覧車は、その偉容を誇るかの様にゆっくりと回転していた。
係員にドアを開けてもらい、回転している観覧車の……なんて言うんだこれ?
まあ、よくわからんがぶら下がっている何かに乗り込む。1周17分程度の別世界のスタートだ。
俺とハルヒは沈みはじめる太陽を眺めて、お互い何も言わずにいた。
今日には消えてしまうこいつに、凡人たる俺ごときが何を言えるってんだ。
「別に何も言わなくてもいいわよ」
って、お前超能力者かよ。何で俺の考えてる事がわかるんだ。
「そんな大そうな物じゃないけどね、あんたの顔に書いてあるのよ」
俺が自分の顔をいじくっていると、ハルヒははじけるように笑い出した。
「あんたにはさ、今日一日あたしだけの思い出をもらったから。だから大丈夫よ、何も言わなくても」
「なあ、長門ならなんとかできるんじゃないか。その後の事は古泉に頼んで……」
ハルヒは捲くし立てようとした俺を制して、首を振った。
「有希にお願いして何とかなったとして、それから古泉君に細工してもらったとしても、あたしは涼宮ハルヒになれないでしょ
別の名前を名乗って、あんた達と離れなきゃならないなんて嫌よ」
「だけど、消えちまうよりはいいだろう」
ハルヒは座っている俺の正面に立ち、身を屈め顔を近づけてくる。
「わかってないわね、あたしはあんたの側にいるあの子を見続けるのが嫌って言ってんのよ」
「それって、どういうことなんだ」
ハルヒは呆れたような顔をして屈めていた身を起こす。あ、溜息までつきやがった。
「朴念仁には態度で示さないとダメね。ちょっと、目を閉じなさい」
なんだよ急に。戸惑いながらも、俺はハルヒに従い目を閉じる。いや、ちょっと待て。このシチュエーションってもしかして。
「そのもしかしてよ、あんた口に出てるわよ。しっかり閉じてなさい、目も口も」
その、なんだ。俺はお前とそんな事を、ああ、わけがわからん。目を閉じていても、ハルヒの顔の存在をすぐ近くに感じる。
俺とハルヒの唇は、恐らくあとわずか数ミリという距離にある。いや、見えないんだけど何となくわかるんだよ。
しかし、俺の唇がハルヒの唇を直接知覚した、と思ったその瞬間にハルヒは呟いた。
「ありがとう、あたしだけのヒーロー。あの時のあんた、かっこよかったわよ」
薄っすらと感じた唇の感触とハルヒの呟きに驚いた俺は、閉じていた目を見開いた。
そこに居たはずのハルヒの姿は、悪い冗談かと思うくらいすっぱりと消えていた。
何かが動くのに気付いて目をやれば、それは床に転がるカチューシャだった。
「話の途中で消えやがって、さよならくらい言わせろよ。それに……忘れもんだぜハルヒ」
そろそろ地上付近になり、係員がドアを開けようとしている。俺は転がるカチューシャを拾い上げて、立ち上がった。

連れがいたはずなのに1人で降りてきた俺を、不思議そうに見る係員。それを横目に俺は出口を目指す。
遊園地を出てから、俺がいったいどこをどう帰ったのやらさっぱり覚えていない。
家の前で、新川さんのタクシーを降りたことだけは覚えている。いつのまにか拾われたらしいな。
新川さんから長門の家に預けていたはずのバッグを受け取り、ブレザーだけ羽織って妹を誤魔化しつつ2階へ上がる。
ベッドに寝転び、あいつの置いていったカチューシャを見つめる。これだけが、あいつがこの世界にいた証なのか?
わかっていた事だが正直つらい。俺は何もする気にはなれず、そのまま眠りについた。

翌朝、いまいちスッキリしない目覚め。昨日とは180度逆だな、と考えつつ枕もとの時計を見る。
時間は6時ちょい。起きるには相当早いが、まあいいかと布団から出る。
だらっとしていつもの時間まで過ごすというのもアリだ。だが、俺は詰めたての弁当を手に玄関で靴を履いていた。
「あれー。キョン君今日は早いねぇ」
「まあな。たまにはそんな日もあるさ」
2階から降りてきた妹とそんな会話をして、玄関のドアを開けた俺は、行って来ると挨拶をし家を出た。
そういやあ、俺の自転車はどうなったんだろうな。まだ長門のマンションに置きっぱなしなのかね。
今日の帰りにでも寄って、引き取りに行かないとな。今日みたいに早く起きれる日はそうそう無いだろう。
坂道を登る生徒も、まだちらほらとしか見当たらない。そんなこんなで随分と早めの時間に、俺は学校へ到着した。
教室にも人影はまばら。そりゃそうだな、こんな時間にいる奴は朝錬の運動部くらいのもんだ。
早く来たからといって特にやる事も無い俺は、窓の外を眺め時間を潰すことにした。
そうこうしている内に窓の外を歩く生徒の数も増えてきた。さて、ハルヒはいつになったら来るのかね。
ぼんやりしていると背後に人の気配がする。俺はのそのそと振り返り、そこにいる人物に挨拶をした。
「よお、ハルヒ。おはよう」
「おはよ。どうしたのよ、あんたにしては随分と早いじゃないの」
妹に言ったように、そんな日もあると返事をする。ハルヒは雪でも降るかもねなどと言ってきた、失礼な奴だな。
ここで俺はある事に気付く。何かが足りない、そう思った。
「お前、何で今日はカチューシャ付けてないんだ」
「えっ? あっ、ほんとだ。慌ててたわけでもないのに何でかしら」
ハルヒは自分の髪をいじくり、不思議そうな顔をしている。これは、多分そういう事なんだろうな。
俺はカバンの中からあのカチューシャを取り出し、ハルヒに差し出す。
「たまたま、ここにこんなのがある。これ、もらってくれよ。カチューシャが無いとお前らしくないからな」
「何であんたがこんなの持ってんのよ。でも、まあいいわ。もらってあげる」
もらってくれなきゃ俺が困るんだよ。何せお前の忘れもんなんだぜ、これは。
「やっぱりそれが無いとな。黄色もいいが赤もお前に似合うと思ってたんだ」
そお? と恥ずかしそうに照れ笑いするハルヒは、あの時のあいつとなんら変わらない。
そりゃ、そうだ。あいつがあの時言ったように、あいつもこいつも涼宮ハルヒなんだ。
「なあ、ハルヒ。代わりと言っちゃあ何なんだが」
「何よ、変な要求しようってんなら、首に縄つけてバンジーしてもらうわよ」
俺は相変わらずのハルヒ節に苦笑いしながら、首を振る。
「そんな大した事じゃないんだ。俺の為にから揚げ作ってくれないか、揚げたてのアツアツをな」
俺の言葉を聞いたハルヒは、一瞬びっくりしたような顔をして、それから花の咲いたような笑顔でこう言った。
「いいわよ、まかせなさい。あんたの為にとびっきりのから揚げを作ってあげるわ」

放課後。掃除当番のハルヒを置いて文芸部室へ向かう俺。その手にはハルヒからの手紙。

――なんでかわかんないけど、あんたにそれを渡さなきゃって思ったのよ。中を見て『何で?』とか『意味は?』とか聞かれ
ても、あたしも答えらんないから、聞くだけ無駄よ。あんたはその手紙を見ればいいだけよ。

ここにきて、おかしな事になってきたな。ハルヒからの謎の手紙。一体何が書かれているのやら。
部室のドアをノックするが、反応無し。俺はドアを開け、そこにいるはずの長門に挨拶をする。
「よう、長門」
自分の定位置に座り、カバンを机の上に置く。先程のハルヒからの手紙を取り出し封筒を開ける。
ふと、窓際を見ると長門がこちらをじぃっと見ている。どうかしたか、長門。
「その手紙。通常の手紙からは考えられない程の情報の噴出がみられる」
ああ、なんてったって、ハルヒが自分でもよくわからんって言ってた手紙だからな。……危険は無いよな?
「……ない」
そうか。長門が言うなら大丈夫だろう。俺は丁寧に畳まれた封筒の中の手紙を取り出し、ゆっくりと広げてみた。
なんだこりゃ。そこには良く言えば象形文字の様な、悪く言えば落書きの様な、なんというかやっぱりなんだこりゃだな。
いや、ちょっと待て。俺はこいつに見覚えがあるはずだ。……そうだ、あの七夕の時のハルヒのメッセージ。
――あたしはここにいる
なぜ、今このメッセージなのか。俺の半分寝ている様な脳味噌で考えても、正解は出てこないだろう。
ただ、これを書いた、いや書かせたのは今いるハルヒでは無く『あのハルヒ』だと俺は感じた。
「ちがう」
って、長門? 何が違うって。ていうかいつの間に俺の後ろに来たんだ。
「これは以前の七夕の時のメッセージとは、少しだけちがう」
あたしはここにいるじゃないってのか、だとしたらいったいなんて書いてあるんだ。俺には同じにしか見えんけど。
長門はちらっと俺の顔を見て、ゆっくりと手紙に目を落とす。

「わたしもここにいる」

長門はぽつりとそれだけ言ってから、顔を上げじっと俺を見ている。
『は』と『も』が違うだけだが、意味合いが違う気がする。あたしもここにいる……か。
あいつが忘れるなって言った事を思い返す。あたしもあの子も涼宮ハルヒだと。
あたしは消えるけど、あの子と一緒にいる。わたしもここにいる。で、いいのか? ハルヒ。
その答えは誰にもわからない、だけど俺はそう思う。それなら、俺はお前の事を忘れない。何故ならお前も涼宮ハルヒだからだ。
最初にあった日の事から、お前がいなくなった最後の事まで、全部俺が覚えていてやる。
それは確かにそこにいた、もう1人の涼宮ハルヒとの思い出だからな。
手紙を丁寧にたたみ、財布の中に入れる。まだこちらを見ている長門に気付いてどうかしたかと問いかける。
「彼女はこの短い期間の中で、彼女だけの思い出を持って消えていった。彼女は幸せだったとわたしは考える」
「…違うぜ、長門。メッセージ見たろ、あいつもここにいるんだ。まだまだこれからだぜ」
長門はしばらく考え込む仕草をして、こくりと頷く。
「わたしも彼女のようになりたい」
「おっと、消えちまうのは無しにしてくれよ。もっとも俺達がそうはさせないけどよ、俺達5人で目いっぱい楽しもうぜ」
長門は僅かにだが、しっかりと頷き定位置に戻った。
「そうだ、長門。これ返さなきゃな」
俺はバックルを取り出し長門の側へ寄る。長門はくりくりとした目でバックルを見ている。
「あなたが持っていても構わない。何かと役に立つ」
「俺がずっと持っているには、過ぎたおもちゃだと思うぜ。またハルヒに見られても困るしな」
長門はそうと言いながらバックルを受け取る。一言聞き取れない言葉を発するとバックルはあっさり消滅した。
「そういや、実際見られてるんだよな。どう誤魔化した物かね」
「心配ない。古泉一樹の方でそちらのフォローは完了している。あれは近隣の映像製作会社が撮影していた物となっている、
しかし、権利を持つ販売会社が不渡を出し倒産、完成していた映像は破産管財人預かりとなり、買い手が現在付いておらず
このままお蔵入りになってしまうという設定」
なんだか、無駄に凝ってるけどありえるのかそういうのって。
「過去にオリジナルビデオアニメーション作品で、そういう実例がある。その作品も恐らく今後世に出る事は無い」
なるほどね。俺は妙に感心しつつ自らの席に戻る。
「そうだ、カレーの件。何時がいい」
「……いつでも」
そうか、じゃあ近い内に長門の家にお邪魔することにしよう。
「待っている」
長門はページを手繰る手を止め、俺に答えた。なんだか嬉しそうに見えるのは俺の気のせいじゃないよな。
「涼宮ハルヒが近づいている、あと15秒で到達」
そうか、じゃあ俺たちの団長様をお迎えしようか。長門もこくりと頷きドアに注視している。
ドアが弾ける様に開かれ、花火のように華やかな笑顔でハルヒが飛び込んでくる。
「キョン。今日は国木田が見たって言う、胴の長い猫を探しに行くわよ」
なんでもない事でもとんでもない事にしてしまう、そんなハルヒとの日常をこれからも俺は楽しもう。
同時に俺もお前を、いや、お前達を楽しませてやるからさ。なぁハルヒ。

ヒーロー志願 おしまい

コメント

出来上がってみると、第1話でやろうとしたコメディ寄りの話から、大幅に逸れた感があります。
さらに仮面ライダーという題材をうまく取り入れられたかというと、そんな事も無く。
刺身のツマ程度になってしまったのは、どうにも自分の構成力の問題かと思います。

細々と挿入した、ライダーなセリフとかも最近の物に偏っていたりして、もう少し古めの物も
織り込めばよかったかなと今更ながらに後悔してたりもします。

とはいえ、かなり苦労して書き上げた1作です。自分としては出来はともかくとしてお気に入りの部類に
入る物になったと言えるでしょう。
読んで頂いた方に、同じ様に気に入っていただければいいのですが、はたしてどうでしょうか。

カレーとから揚げの事については、だらだらと書いてます。

10/02/06 自転車の事でミスがあったので誤魔化しました。

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