シエルは偶然にも世間を騒がせるはぐれ戦隊の正体が花岡さくらであることを知った。
これをゴクレンジャーに公表すれば規則違反としてさくらを退学させることも可能だがまだ伝えない。
安易に差し出すより武器として温存しておけばいざという時に楽になる、脅しの材料にだって出来るのだ。
だが出し渋りすぎて最悪の事態を招くこともある、慎重さもピンクになる上で大事なことだ。
シエルは気付けばさくらの監視を頻繁に行うようになっていた、近頃他の生徒から「お前もしかしてアイツのことが好きなのか?」と誤解されていることをまだ知らない。
「君等の世界の怪人ともまた違うけどね、正直exeを連れてきた時は怪人扱いされて差別されるんじゃないかと思って焦ったが……心が広くて助かるよ」
「ああいやぁ……アレの場合は心が広いというよりは……」
その頃exeはたくっちスノーの代わりに体育の授業を行っていた、片手にはラグビーボールが握られている。
別世界人として戦隊の遠距離武器着用禁止は大きな課題であり、それを解決させるための術をexeなりに考えていた。
さくらが戦隊を視聴しているのをヒントにして他戦隊の知恵を借りた、exeは真面目なので最初の作品である秘密戦隊ゴレンジャーから始めたがさすが開祖、すぐに打開策を用意していた。
「ゴレンジャーストーム、このボール状の兵器を5人の息を合わせてパスして最後にスマッシュする大技だ、これなら安全問題もクリアして遠距離からトドメを刺すことも出来る、更に見ての通り始動はモモレンジャー、つまりピンクだ、的確な判断力と連携が不可欠になる……訓練開始!」
「最初は変なハリネズミみたいな怪人が来たと思ったけど、この人が一番ちゃんとした授業してるよね〜」
「巡先生は戦隊の話ばかりだし、あの変な紫は全体的にキモいもんねー」
「……って感じでお二人は完全に舐められてます」
「う、うーむ年頃の女の子ってこういう所で正直だからな……改めて自分について君には話しておくか」
たくっちスノーは自身の種族である『
マガイモノ』についての話をする、全身の99%が体液、自由に再生するので実質不老不死。
更に千切ることで身体を自由に作り変えてどんなものでも作ったり変身が可能、さくらのはぐれ戦隊のアイテムもたくっちスノーの成分から複製して作ったらしい。
「それで早速だがCランク怪人が現れたらしい、今回は百獣戦隊ガオレンジャーから作ってみたから……バレるなよ?」
「はい!行ってきます!!」
さくらは窓から痛快に駆け出していき、慣れない手つきでボタンを押すが説明書に『今回は電話番号必要ないよ、ガオシルバーだから』と注意書きがされていた。
番号必要だったりそうじゃなかったり、ガラケー型変身アイテムが途中から消えた理由をなんとなく察した。
改めて変身用のボタンを押そうとするがシエルがあまりにも都合が悪いタイミングでわざと通りかかってきたのでさくらは大慌てで尻ポケットにGブレスフォンを隠す。
「どこに行くつもりだ?勝手な退出は規則違反として突き出されるぞ」
「えっ、ああ、あの!怪人!巡先生のお手伝い!おつかい!」
「その必要はない、今回現れた怪人はCランク、Cが対応できるのは各学校で最も優れた候補者『特待生』だ、巡先生でもお前でもない」
「で、で、でも!お届けしたいものがあって……」
「なら私が代わりに持っていく、巡先生には用事もあるからな」
(どうしようなんでこのタイミングでシエルさんが!?)
(やはりこいつ、はぐれ戦隊になって勝手に怪人を倒すつもりか……よし良いだろう、あえて泳がせて決定的な証拠を掴んでやる)
「それに巡先生は裏門の方に行ったぞそっちじゃない」
「あっはい失礼します!!」
さくらをわざと別方向に逃がして尾行を続けるシエル、その後ろ姿をベビーに見られていることには気付いていない。
「あっシエルちゃんまた追っかけてる!本当に仲いいじゃん、あたしも観てこよ〜っと!」
◇
「百獣武装!」
『ガオウ!ガオレンジャーリスペクト!百獣!狩人!ガブレンジャー!!』
「よし出来た待っていろ怪人!あっこの杖が武器か!!」
変身したさくらの後ろ姿をバッチリ捉えたシエル、後はこれを好きなタイミングで突き出すだけでいつでも失脚させられることが出来る、レッドを超えるピンク……そんなものが夢物語であると現実を見せてやることも出来る。
「わぁ〜!あのはぐれ戦隊ってさくらちゃんだったんだ!」
「ッ!?」
ベビーが後ろにいたことに驚くが、シエルとしては目撃者が更に増えることは都合が良かった、ピンクになれるのは一人だけ……ライバルは蹴落としてしまえばいいし、上手くやればこの能天気バカも一緒に追放させることも可能だろう、今出来るのは自分がピンクになるために最善を尽くすこと。
その為なら……どんな手段でも使ってみせる、最初からそのつもりだ。
「ベビー……だったな、お前もピンクを目指していたな……あのふざけた理由で、なら一つ提案があるんだが」
◇
しばらくして怪人を普通に撃退したさくらは変身も解いて桃の園に帰る。
変身アイテムはしばらくすると溶けるので問題ない、後はさくらとして遅刻しないように少しダッシュして校門へと駆け出していく。
相変わらず敵を倒した時は上機嫌だ、別世界の言葉だが『悪党を殴るとスカッとするぞ!』というやつである。
「ふう終わった!戦隊の力で怪人を倒して人々に喜ばれるってスカッとするなぁ!この勢いでまずは特待生になって、ピンクに選ばれて!レッドさんと一緒にヒーローになって……へへへ」
「おや……さくら君じゃないか」
「あれ?なんだかレッドさんの声がするような」
「ははは、当然さ……だって今君の目の前にいるんだから」
「まさかそんな、え?え?えええええ!!!?」
浮かれながら歩いて声をかけられて気付く、赤色のスーツ大柄の体格勇ましくも明るいスマイル、花岡さくらの命の恩人ゴクレッド。
それが……桃の園に居るではないか。
「れ……レッドさん!?ど、どうして桃の園にっ!?いやその、それよりも……会えて嬉しいです!!」
「君の方こそ養成校、合格してたみたいで何よりだよ」
「わ、私のこと覚えてくれて……!?10年前のことなのに!?」
突然の再会にさくらは喜んで目的を忘れてレッドと喜び合う。
双眼鏡でシエルとベビーも二人の様子を確認していたところであり急いで追いかけていた。
「あーっいいなぁさくらちゃん!あたしもブルー様とお近づきになりたい!」
「何故レッドがここにいるのかはさておきチャンスだ!私もレッドに聞きたいことは山程あるし恩師の目の前で奴の真実を暴いて自尊心をズタズタにしてやる!」
もうすでにヒーローを通り越してワルの発想だがシエルは本当に悪い顔をしてさくらを潰そうとしている、本当にもうこれで戦隊ピンクになれるのだろうか。
成績は良いので問題ない。
レッドは周囲を見て一瞬で服を変えてフードを被り、正体を隠すようにさくらをどこかへ連れて行く。
それにしてもしょっちゅう男に拉致される候補生である。
これにはベビーもテンションマックス!
「シエルちゃんシエルちゃん!連れて行かれたよさくらちゃん!」
「くっまずい……この状況で告発したら週刊誌のスキャンダルみたいになってしまう……!!」
「何の話か知らへんけど気にすることそこやあらへんと思うけど」
◇
レッドとさくらはゴンという店に足を運び、テーブル席で話をする。
「ここはオレのお気に入りの秘密の休憩所なんだ、カレーが絶品でね」
「あっ、どうも……えっと」
「気にするなオレの奢りだ、極カレー2人前」
ボリューム満点のカレーを2人揃って何の苦も無く平らげていく、味はまろやかでコクがあり具材の大きさも丁度良くがっつりいただける。
レッドが贔屓にするのも納得の味だとさくらもあっという間に完食した。
「凄いな、残したらオレがその分食べるつもりだったが」
「せっかくの奢りですし!レッドさんみたいになるにはこれくらいエネルギー貯めておかないと!」
「元気なのは良いことだ……さて、本題に入ってもいいかな」
「はい、どうぞ!」
レッドがポケットに手を伸ばして写真をさくらに見せる、ピンクのスーツを着ていたので仲間のようだが古ぼけているので顔が見えない、相当前の人物らしいがさくらはどうにも見覚えがあった。
一方外では、鼻歌を歌って散歩していたたくっちスノーがゴンでカレーを食べようとするがさくらを見かけ、何も言わずに後ろの席で監視していた。
なにせ……レッドがすぐそばにいるのだから。
「君は花岡あやめという人物に心当たりはあるかな?」
「えっと……確か、おばあちゃんがそんな名前だったと思います、私が小さい頃に亡くなったと聞いたのであんまり覚えてないんですが」
「やはり君はあやめの……先々代ピンクの孫娘なんだね」
「……へ?私がピンクの……孫?」
なんとなく線で繋がった、一度助けてくれたレッドが自分のことをはっきりと覚えていた理由。
自分を助けてくれたのは善意が関係によるものか結論は出せない、しかし自分の夢により輝きが増したのは確かである。
レッドを越えるピンク……そして、祖母以上のピンク。
「あの……レッドさん、おばあちゃんってどんなピンクだったんでしょうね?……なんて、凄く前の人ですからね、変なこと聞いて……」
「ああ、とても優秀だった……と聞くよ、怪人研究にも精を出して励みになった……さて、怪人の話だが、君も来たらどうだ?元A級
時空犯罪者たくっちスノー」
「え!?も、元A級!?」
「……言い方酷いぞレッド」
後ろの座席から不貞腐れるように頭部だけをさくらの隣に投げ飛ばして話を聞ける状態にする、注文されたカレーをお腹に作った口からカレーを食べさせるために身体は忙しいのでリスクを承知で頭部だけで会話する。
まず混乱しているさくらの為に自分の出自を明かすことにした。
「レッドの言う通り自分はかつて史上最悪と言われた時空犯罪者だった、それがどういうわけか今や副局長と来たもんだ」
「なんでそんなことに……」
「黒影……トップに突然誘われた、そしたらもう忙しいのなんの、さくら君以外のところでも分身してめちゃくちゃ派遣して頑張ってるわけ!」
「ふむ……悪意は無さそうだが、別世界出身の者に気になることがある、最近この世界に現れる怪人に関してだ」
「あっ、もしかして他世界の戦隊の怪人に似てるって件ですか?実はその……たくっちスノーさん」
さくらはこっそりと今回ガブレンジャーとして戦った際の報告を見せる、レッドの前で表立ってはぐれ戦隊の事は話せないためにたくっちスノーを通して聞いてもらおうとするが……。
「ふむなるほど、今回のはぐれ戦隊の戦闘データによると今回の怪人もガオレンジャーに登場するオルグ魔人に似てたとあるな」
「どんな見た目だ?君でも勝てる相手みたいだが」
「これはフリーザーオルグですね、冷蔵庫みたいな見た目してるので炎の……え?も、もしかしてレッドさん、まさか……」
「ははは、言っただろう君はあの人の孫娘なんだ、スーツを変えても見過ごすわけ無い」
「ひっひえええ!!」
まさかのレッドにはバレバレで腰を抜かす、泡を吹いてさっき食べたカレーが逆流しそうになるがたくっちスノーがなんとか口を押さえ込みシェイクしてリラックスさせる。
「あ、あの……実はその……怪人を倒すつもりはなくて!でも段々はぐれ戦隊になることにも楽しさみたいなものはあったんですけど!」
「悪意とか迷惑とかの意図は無かったのでこいつを多目に見てやってくれませんかね」
「オレとしてはそこまで迷惑していないから問題ないよ、ブルー達はどう思うかだが……そっちよりも本題は最近見かける怪人は他の戦隊の怪人の要素が含まれていることだ、ちょうどはぐれ戦隊が現れたのと同じタイミングでね」
「なるほど、それでマガイモノ作りが得意な自分が怪しまれたと……うーんまいったな」
信じてもらえるか分からないが、たくっちスノーの方も独自に謎の怪人を調査している。
複製や成分を使ったならまだしも本当に似ているだけでありマガイモノとは関係ない、たくっちスノーはマガイモノ絡み以外にも発明はするがマガイモノ以外で生命を作ったことなんてない。
「少なくともあの怪人はマガイモノじゃないのは確かだ」
「そうか……我々としても怪人の研究は進めているがあんなモノ想定外だ、このままでは……」
時空からやってきた未知の怪人、ゴクレンジャーや
時空監理局にもその出処が分からないとなると全くただ事ではないことがさくらでも理解できる。
もう一つの可能性として浮かんだのは往歳巡、さくらは巡のユニバース戦士の事を二人に話した。
「ユニバース戦士の事か……どうやら自分の分身はドンモモタロウのユニバース戦士に会っているみたいだな」
「彼の語った親友についてはオレにも覚えがある、確か金の久遠と緑の庭園にも掌のような武器を持った人物が特別講師として来ている、君たちより少し前にね」
「金の久遠はイエロー、緑の庭園はグリーンか……どうする、exeに調査させるか?」
「いえ、確か2校とも見学すら禁止されているトップシークレットになりました……下手に侵入して騒ぎになったら全員面倒になります」
「そういうことだ、ここはオレに任せてほしい」
「……じゃあ自分からいいですかねレッドさん、さくら君の恩人だからあまり疑うような事言うのはアレだがこれだけは……今の世の中でピンクが、いやそれ以外のカラーもキャラ付けが決まりきってるようでは未来がない」
「オレもそう考えている、ピンクは前に出てはいけない、ただのサポート役……そんなことはない、前に出るべきだ、さくらちゃんはあやめの……いや、それ以上、全人類の希望になるんだ」
「わ、私が……全人類の……希望?」
レッドから送られてきた最大級の賛美とエールを全身で感じ取って改めて都合が良すぎてこれが夢じゃないかと逆に冷静になってきたが、それを察したたくっちスノーが勢い良くハリセンでぶっ叩いて事なきを得る。
自分が元ピンクの血筋なこと、ゴクレンジャー内部も変わろうとしていること、そして何よりレッドが自分に期待してくれていること……それが何より嬉しかった。
しかしそんな楽しい思いを遮るような魔の手を殺気で感じ取ったさくらとレッドはたくっちスノーの頭部を掴む。
「さくらちゃん伏せるんだ!!」
「な、なんだあっ!?」
咄嗟に全員が席の下に屈むとガラスが割れてマシンガンが撃ち込まれる、一気に雰囲気がギャング映画のようになるがこれでただで起きないのが現役レッドと副局長。
「exeェーッ!!!」
こんな時の為に動くのがボディーガード、不死身なので自分は問題ないが関係者は守ってこそであり銃弾は瞬く間に止まりexeが帰還してくる。
「何があった?ネズミが沢山いたから鎮圧してきたが……」
「レッドさん何か知りませんか?」
「オレを狙うのは怪人だけじゃないというわけさ」
「……何?お前はゴクレンジャーのレッド?」
ゴクレンジャーを狙うのは怪人だけじゃない、悪意を持った人間もまた牙を向けてくる。
それでも尚戦隊は人を区別せず守っていく……綺麗事の偽善かもしれないがレッドはそれでも押し通す意思を見せており、そんな姿にさくらは憧れつつも不安になる。
「……レッドさんを越えるのは並の覚悟ではいけないようですね」
「人が不純物まで受け入れるというのは未だ到底無理な発想かもしれない、でもそんな事ができるやつをまさに『英雄』と呼ぶんじゃないか?」
「気遣いありがとうございます、皆は貴方の事色々言いますけど私は桃の園の特別講師が貴方で良かったと思っています」
「……ティー!話している場合じゃなさそうだ、Aランク怪人が現れたと連絡だ、しかもすぐ近く!」
「Aランク!?ゴクレンジャーしか相手出来ない事実上の最高峰じゃないですか!?」
「問題ない、オレがいる」
レッドは指を1つ鳴らすだけで即座に衣装がヒーロースーツに戻り、割れた窓から出ていきお代を外から飛ばして向かっていく。
はぐれ戦隊になってド派手な変身音やアイテムは使ってきたがやはりさくらにとってはこれが一番カッコいい。
追いかけてみると既に怪人とレッドが対峙していたが……。
「紅蓮一拳!!」
レッドは炎を宿した拳で殴り抜けて怪人を一撃で爆散させる、これが代々世界を守り続けてきた選ばれし『レッド』の実力……はぐれ戦隊になって強くなったと感じたさくらも所詮は思い上がりでしかなかったと実感させられる圧倒的な力。
「Aランク怪人をあっさりと……やっぱ『本物』は違うなさくら君……あっさくら君天を仰いでる!?まだ尊死するには早いぞ!!起き……ん!?」
たくっちスノーは爆散した怪人の直ぐ側から何かが入ってくるのが見える、コインだ……コインが塵に入っていった瞬間意識が飛んでいたさくらも反応する。
声が聞こえる。
「い、今聞こえませんでした?『サンキューナリア』って……確かそれってジュウオウジャーの……」
◇
「くっ、さくらめ……あいつどこまで連れて行かれた?」
「ねえもう帰ろうよぉ、Aランク怪人も出たしあたし達も怒られちゃうから」
さくらを探していたシエル達も思わず立ち止まる、誰の目から見ても明らかな異常。
そびえ立つビルに重なるように見下ろすAランク怪人の姿が視界から離れなかった。
「なんだこの……あまりにも大きすぎる怪人は……!?」
最終更新:2025年07月06日 10:15