悲鳴の青

「おい聞いたか今の……成分をよこせ!」

「あいよシエル一丁!」

 なんとか頭を抑えながらもシエルはたくっちスノーの右腕を受け取りイメージでこねるとボウガンになり、首筋に打ち込んで梃子の歌を無理矢理止めると頭痛が引いてくる。

「ウッ!!ゲホッ!!」

「ふう……厄介な歌だが対策は楽だな、私と相田先輩に耳栓を」

「自分がこの世界に居てよかったね……さーらーに!!」

「すまない遅れた!!」

 さらに最高のタイミングでexeがようやく到着、藍の波止の候補生達をかついで全員吹っ飛ばしてイエローを投げ飛ばして縦横無尽。
 元より戦闘特化のマガイモノだけに水を得た魚のごとく大活躍だ。
 梃子もしばらく声を出せないので形勢逆転だ。

「戦争主義者だかなんだか知らないが、くだらん英雄ごっこに付き合わされるのは沢山だ」

「今のオラ達はあやめさん達とは別の怪人をなんとかせないかんだよ、お遊戯はお呼びでねえ!!」

「お遊戯だと……?お前達が住んでいる世界が楽観的に過ごせるように努力していたのは誰だと思っている……!?」

「ブルー様〜!!」

 大きな歓声、力強い足音……間違いない、ここでベビー・キャロルが現れる。
 これまで無事だったことに安心しつつも今は危ない状況にあることを瞬時に理解。
 ベビーはブルーが大好きなピンク候補、さくらが危惧したようにエレボスやゴクレンジャー、並びに怪人の真実を知ってしまえばシンデレラの魔法が解けるところではない最悪精神崩壊もの、しかし彼女にブルーを否定するような事を聞いてくれるだろうか?

「ベビーちゃん危ない!!その人は……」

「……キャロル、こいつらはオレの計画を邪魔する悪いヤツなんだ、殺してくれないか?」

「もちろんブルー様の為ならっ!」

「……は?おいブルー!ベビーちゃんに何を“っっ!?」 

 コバルトが何か言い終える間もなくベビーは容赦なく力強いハイキック、突然飛んできたのでガードも受け身も間に合わずコバルトの肋が何本かへし折れた。
 あの時の親善試合とは違う本気で殺す時の攻撃のしかただ。
 明らかに正気じゃない……!

「シエルちゃん!!多分ベビーちゃんも操られてるべ!!」

「くっ……一番厄介なものを洗脳してくれたな、ぶん殴ってでも正気に戻すことは覚悟の上だ!」

「いいや違うんだぜ、キャロルは洗脳じゃなくてそういう風に作られてるんだぜ」

「……は?」

「おいイエロー」

「別にバレたからなんなんだぜ、こいつらどうせもう怪人から生まれた子の事は知ってるんだぜ」

 相変わらず空気を読まず余計なことをべらべらと喋るイエロー、戦隊として扱えるくらいでもAIがまだバカすぎることに苛立ちを感じるブルーだったが観念したかのように梃子を椅子のようにしてため息を吐き答える。
 手招きするとベビーはまるで飼い猫のように頭をブルーの膝に乗せる。

「人離れしていた破壊力の時点で察するものはあったが、やはりベビー・キャロルは怪人とピンクの子供か……!!」

「お前達の認識とは少し異なる、オレも一応人類を存続させることを度外視していたわけではないがピンクは頭が硬すぎる、今更エレボス細胞を治療したところで男性が産まれる保証があるわけではない、今の時代試行錯誤が必要だ」

 エレボスの情報よりもより厳重にセキュリティを掛けたデータが藍の波止のメインサーバーに存在する。
 開ける鍵はブルーを継いだ人間の指紋のみ、そこに残されているのは『プロジェクト:キャロル』。
 古い人類を調整するだけでなく時代に合わせた全く新しい生命体を作り出すことも考え、最初はクローン細胞を作ることから始まったがやがて品種改良、培養、再構築と様々な実験を繰り返し……史上最強の平和主義者を作り出す為に暴走した善意はやがて神の領域を遥かに通り越して倫理観の禁忌に足を突っ込んだ。

「この計画を引き受けたのは先代ブルーであるオレのおやじだった、最初はバカみたいだと思ったさ、変異した怪人同士で子供を産ませたらどうなるのかとだ、イかれてるだろ?そしたら不思議なことにこいつが産まれた」

 つまりベビー・キャロルは正確には怪人から生まれた子供、さくらやその他人々から作られたものとは違う、両者ともに怪人の性質を受け継ぎ奇跡的に人型として誕生した……怪人の子供というよりは完全なる人型の怪人。
 人間の見た目をしているが本質的にはあれと同じ……?

「じゃあ……あいつがブルーを愛していたのは」

「さあな、そこはオレにも分からないがオレの命令には絶対忠実だから都合が良かった、何よりも優先してオレの言うことを聞いてくれる優秀な生物……ピンクの後継者になるのは間違いなくこいつだろうと思ったさ」

「もうお喋りは充分なんだぜ、こいつらさっさと始末していいんだぜ」

「ベビーちゃっ……」

「キャロル、殺すのは後だ……エレボスの場所を発見した、回収してこい」

「はいっブルー様!」

「いい加減にしろこのふわふわ頭!!」

 シエルは強引にベビーの腕を掴んで止めるが人間離れした腕力で強引に離されて引っ張られてしまう、もしかしたらあの試合のように手首が折れるどころか両腕を千切られてもおかしくない。
 しかしシエルとしてはたとえ苦楽を共にした同胞であっても手にかける覚悟は備わっていた。
 腕を引っ張られても太腿で首を挟み折ることも覚悟したがベビーの腹部が肥大化していき……口から吐き出すと小さなシーカーが産まれる。
 あまりのおぞましさに力が抜けてしまい、そのまま投げ飛ばされてしまう。

「な……産んだ……!?怪人を……」

 怪人の幼体は空を見ると突然ビームを放ち、時空間に風穴を開けるとその先には合流していたさくら達の姿が!?
 ベビーはエレボスを確認すると凄まじい跳躍力で一気にさくら達が待機していたエリアに降り立つとさくらの足首を掴み豪快に振り回してマゼンタやたくっちスノーを寄せ付けない。
 更にレッドとあやめを確認すると両腕が大きくなりがっちりと掴むように捕獲してブルーの所に戻っていった。
 役目を終えたブルーはさくらを担ぎ、梃子を放置してイエローと共に去っていく。
 巡が抵抗しようとするがブルーが指を鳴らすと滅多に登場しないはずのA級怪人『ウィドー級』が3体も現れる、相手は怪人手配のプロだ、最初からこのつもりで……。

「逃すなexe!!怪人は僕が鎮圧する!!」

「任せていいんだな!」

 exeは音速でブルーを追跡し、たくっちスノーがドクロ丸を構える中サクラが満身創痍のシエルとコバルトを回収、更にゴーカイガレオンが時空間から現れて変身済のゴーカイレッドまで援軍に現れる。
 これはもはやゴクレンジャーだけの問題ではない、時空案件だ。


「ブルーさん、ベビーさんから聞いた貴方は好男子で、クールで……どんな時もレッドを支える最高の2番手でした、それが何故こんなことを?」

「さすがレッドの血を引いているだけはある……オレが心底苛立つ言葉を随分と的確に吐けるんだな」

 ゴクブルーはテレビでは見せないような怒りの形相で睨みつけるがさくらは全く動じない。
 このままでは苗床と貸して未来永劫エレボスとして利用されるだけだというのに余裕が崩れないのがゴクブルーをより苛立たせる。
 どこまでレッドが好きなんだと……。

「女のお前には分からないだろう、俺達希少な男の扱いは日に日に悪くなっていく、何故か?本部が女性を改造して未来に繋げる方針にしたからだ、オレ達男は見捨てられた!このままじゃオレはブルーでもいられなくなる」

 現在のゴクブルーは立場がとても危うい、本部はこの百年てエレボス実験が進まず女だけで人類を繁殖させる方向へと進んだ。
 残された男しかなれないブルーはというと、ここまで散々尽くしてきた……彼がコバルトに引き継がれるのも彼がよほど優秀ということではなく扱いがそれだけ悪くなったということもある。
 ここまで世界のためゴクレンジャーの為に尽くして平和の為に知恵と技術を提供してきたブルー一族は蚊帳の外。
 対して桃の園は女性優位の時代に備えてどんどん待遇が良くなっていきしょうもない授業でも蝶よ花よと重宝される。

「へーっ……確かにクソみたいな時代ですね、ティーカップを丁重に扱うみたいな?私そういう生活嫌いだったんですよね」

「お前なんかに同情されたところで惨めになるだけだ」

「嫉妬ですか、まあ結局はその程度で変わるんですよね人って」

 花岡さくら曰く戦争主義者がどうとかそんなものは関係ない。
 人を変えて世界を変えるのは単純に『嫌い』という思想だけだ、気に入らない消えてほしい……それだけで変えてしまう。
 一度『嫌い』という感情が根深く侵食してしまったらどんなに好きなものが増えても上書きすることは出来なくなってしまう、自分やシエルは憎しみを感じた結果どんなに何かを愛しても虚しさしか残らない。
 だからこそベビーが羨ましかった、心からブルーを愛してこの立場を手に入れた彼女が妬ましく思ったこともあった。
 しかしこの感情こそが自分とベビーの大きな差なのだろう。

「私はどうなっても構いません、ただし貴方はベビーさんの為に愛しいゴクブルーのままでいてください」

「そんな条件は呑まん、オレがお前のいうようにお前らを嫌いなことを考慮してないのか?」

「……?私を連れ出すのは成果を出してゴクブルーの立場を守ることじゃないんですか?」

「もうオレにゴクレンジャーなんて必要ない、オレの事を認めてくれる人がいる……オレはより効率的に世界を平和に出来る!!カメラの前でのみ滑稽に笑うブルーはもう必要無い!!」

 テレビでは見せられないブルーの本音、きっとベビーはそんな彼を見ても全部肯定してくれるしブルーはそれが虫唾が走って仕方ないことだろう。
 彼やその父親は一体どんな気持ちでプロジェクトキャロルを進めて彼女を作ったのかそれは定かではない。
 しかしここにいて聞いているのはさくらだけではなく……レッドもそうだ。

 「……お前がそんな風に思っていたことに気付けなかった、世間からここまで蔑ろにしてしまってすまなかった……ゴクブルー」

 「今更薄っぺらいぞレッド、お前達姉妹はもう不要なものとしてオレとあの兄妹、そして時空を制するあの方が正しく世界を導くのだ」

 「……あっ、あーーーそうか、そうだったんですね、あはは」

 最初から茶番だった、さくらもここまでくると気付いてくるがそれと同時にたくっちスノーがあんなに激怒したのも分かる。
 善意?そんなものどうでもいい、自分一人の満足の為にどこまで人の人生というものを引っ掻き回せば気が済むのか。
 修学旅行の頃から感じていたが、花岡さくらは、あの男が、心から……!!
 先ほど言ったように、『嫌い』という感情は一度根深く染まれば後戻り出来なくなる、レッドを超えるピンクを目指していた一人の少女を真っ黒に染めた。

 「ブルーさん、最後に1つ聞いていいですか」

 「なんだ、そろそろ合流地点に到着する、手短にしろ」

 反応がする、気配を感じる。
 コマワルドを一刀両断したときのように一番いい形でサプライズのように目立つために。
 ギャラリーのように藍の波止や桃の園の生徒達が集まる、負傷したがまだ動けるシエル達も追い付いてきたようだ。
 なんて都合がいい、そしてちょうどいい。
 なんて単純で……だからこそ鬱陶しい男、ブルーもいいからさっさと言えという顔していたので思い切って腹から声を出す。

「私、ついさっき自分が怪人とピンクの間に生まれた子供って教えられました、でもそれ……誰から聞いたと想います?貴方を唆してこんな愚行を誘導させて自分が解決するように勧めたい男、シャドー・メイドウィン・黒影ですよ」

「えっそうなの?」

「そうですベビーさん、ブルーさんは騙されてるんですよ、本当は彼のことを認めてなんかいない、自分を持ち上げてくれる駒が欲しいだけ……多分監理局にでも入れてやるとか言って……」

 さくらの首筋に包丁が飛んでくる、しかし何の問題もない。
 この発言をしたのはブルーを油断させて動きを止めることじゃない、何が何でもゴクブルーを愛して味方してくれるベビーの視線や意識を『ブルーの敵』と認識させた黒影へと一気に誘導させること、恋の力を得たベビーの爆発力は目に見えて理解しているので上手くいくと思っていた。
 包丁を指で掴んでへし折るどころか投げ返すくらいはするが更にゴクブルーの背後に魔の手が……。

「危ないさくら!!」

 と、ここで傷を修復しながらexeが背後を庇う。
 音速で移動していたのにシエル達に追いつけなかったのは幾度となく足止めをくらっていたからだがそれでも尚止まること追いつけるのはexeならではだ。

「なっ……なんだこれは……ああそうか、同じか、結局は同じなんだな時空監理局も……」

「さくらを引き離せ、オレにとっては大事な生徒だ」

「そんなこと言う権利ないよexe」

 まるで何事もなかったかのように黒影がそばに立っている、ブルーは既に修復したイエローを背後に立たせて黒影を警戒する。
 さくらの出自、ブルーのクーデターと大事件。
 これがこの男の余計な一言で桃の園、藍の波止の大混乱を招いたことによるとなると説明ぐらいは必要だろう。

「これはゴクブルーが勝手にやったことでこの世界の問題、時空犯罪じゃないから俺達が関わる余地はないよ」

「紅の砦理事長としての責任はあるんじゃないのか、特別講師だのになった以上この世界で生きている者としての責任は存在するはずだ」

「義務教育も受けてないハリネズミは面白いジョークヲ言うんだね、時空の全部を作ってきた俺の発言全てが秩序であり俺が背負う責任は持たないよ」

「ほらこんな人が働く組織ですよ」

「一応あたし達の特別講師がその次に偉い人だったような……?」

 ベビーすらツッコミを入れるレベルの珍事態だが、元々逆境に追い詰められていた中の救いの手かと思えば弄ばれていただけのゴクブルーの心を壊すには充分だった、大きな責任感と嫉妬心で押し潰されたブルーは遂にさくらの手を離してシエルが受け止め、肩を抑えながらコバルトが近付く。

「事情はさくらちゃんが盗聴してくれたんで皆知ってるべ、アンタにも事情があったかもしんねえけど許しちゃいけねえ……少なくともアンタを想ってるやつは直ぐ側に居たんだべよ」

「…………ああ?なんだ?エレボスだ、エレボスが外に抜け出してるじゃないか、ハハッ、世界の危機だぞ?イエロー、お前だけか?」

「えっ……ブルー様?どうしたの?」

「あーあ、やっぱ人間は脆いんだぜ、結局ブルーは逃げる道を選んだんだぜ」

 どう足掻いても自分は利用されるだけで自分が世界平和を実現できると誰も信じていなかったと悟ったゴクブルーは自らの手で自我の崩壊を選択、傍から見れば突然錯乱したかのようにしか見えないが、それでも尚彼の中に残されたのがゴクレンジャーのブルーとしての思い出のみだろう、悟ったレッドはシエルに手を伸ばして自分のポケットに手を伸ばすように言う、探るとワクチンのようなものがありレッドに打ち込むとレッドも立てるようになった。

「レッド?どこに行ってたんだ?世界の危機だ、俺達5人の力が必要とされている、グリーンとピンクはどうした?」

「ピンクは……その……」

「ブルー様!ゴクピンクは……ここです」

「ベビーちゃん……そうだ、新人の子だ、引き継ぎが入って新しいピンクが入ったんだ」

「そうなのか?新人か……6代目ピンク、名前を教えてくれるか?」

「あ……あたしの、あたしの名前は……ベビー・キャロルです」

「そうか、なら新人の君に初めての命令を下す……オレ達はゴクレンジャー、エレボスを討ち、未来永劫人類の平和を守るために……命を捧げよ」


 レッドとベビーに見送られてブルーは去っていった、あやめ(エレボス)もコバルトが回収したので後は黒影やたくっちスノーの説明によって真実を話せば全て解決するだろう。
 ただし彼ら3人が向かう先は本部でもなければ時空監獄でもない、さくらはなんとか連絡先は教えてもらったが表舞台を歩けなくなるのは確かだ。

「良かったのかさくら、あいつを止めなくて……ピンクになりたかったんじゃないのか?」

「ベビーさんはあれでよかったんです、あの人は何より愛を選ぶ人ですし自分がどういう立場かも理解出来ています」

「何よりもブルーを愛しているだけでその為には手段を選ばない、しかし人間性や善悪の概念が無いわけではない……こんな結果ではプロジェクト:キャロルは撤廃されるだろうな」

 傷だらけのシエルやさくらもベビーが手当てしてくれた。
 もしかしたらベビーとはもう二度と会えなくなるかもしれない、そう思うとさよならの一言も言えば良かっただろうか?
 黒影は拍子抜けに終わったと悟ると帰っていった、まああんな奴居ないほうがいいのだが……イエローがなんか残っていた。

「貴方は帰らなくていいんですか?」

「俺は色々終わった際の後始末の方が本業なんだぜ、俺の方が過労させられてるんだぜ」

「お前としてはとばっちりだったな……まあ、ロボットなんて扱いはそんなものか」

 背伸びをしながら終わりよければ全て良しの精神でたくっちスノーと話をしながら後始末を済ませるゴクイエロー、彼からすればこんな状態でゴクレンジャーを維持できるかも怪しくスクラップになってもおかしくないのだが……さくらをちょっと手招きする。

「お前ら暇だろ?ちょっと本部代わりに俺から頼みたいことがあるんだぜ」

「え?どうかしたんですか?……まあいいですけど」
最終更新:2025年08月06日 22:35