痛む赤子

「えー……というわけでエレボス並びにゴクレンジャーの真相はこういう形であります、しかし忘れないでください、貴方達桃の園は本当に必要にされていたこと、そしてヒーローは今でも必要とされて……貴方達全員にはまだやるべきことがあること」

「今日の授業は……ワクチン開発!全員でゴクピンクこと花岡あやめさんを救うために全力を尽くすで!」

 ゴクブルーの錯乱扱いとなったエレボス騒動から早くも1週間。
 たくっちスノーの手によってエレボスとゴクレンジャーの真実は隠しきれないからと全て公表され、時空監理局として謝罪の意を示した、何せ殆どの原因が黒影なので。
 たくっちスノーは責任を取って桃の園特別講師の辞任も覚悟したが匿名の手紙……ベビーとレッドによってなんとか免れた、借りが出来たこともあり、あやめのエレボスウイルスのワクチン開発に全力を尽くしている。
 ゴクレンジャーも今となっては維持できるか怪しいところだが、今でも3体目のエレボスによる怪人が来ないとは限らないので気を引き締めて戦闘訓練も行っている。

 今回の件を受けてゴクブルーは指名手配となったが、レッドとベビー、並びにたくっちスノーが上手く手を回して安全は維持されている。
 そして……ルームメイトのさくらとシエルだけがベビーの隠れ家を知っている、その場所は……たくっちスノーが開発した発明品、ドラマチックハウスによるものだ。
 気軽に新婚さんの一軒家を過ごせて誰にもムードを邪魔されない、販売したらご注文が殺到した傑作の一つである。

「さくらちゃん今日も来てくれたの?」

「はい、おばあちゃんの検査結果も気になりますし一応外出は禁止されてないそうですよ、ほら他世界の求人誌」

 さくらは花岡あやめの経過報告という名目でベビーの元に訪れている。
 精神的に一度壊れたブルーは自分を見ても特に敵意は見せない、レッドによるとテレビで写っている時のようにヒーローらしく振る舞う姿から抜け出せなくなっているとか、ある意味では彼も哀れだったのだが下手に暴れられるよりはマシである。

「……さくらちゃん、あのね、許してもらえないとは分かってるんだけど、ブルー様のそばにいたい、でもその為に傷つけるなんていけないことだから」

「大丈夫ですよ全然気にしてませんから、むしろ今でもブルーさんが好きなことに安心さえ覚えてます」

 たとえ相手が人型の怪人でも、どんなに事件が起きてもさくらの中で友情は変わらない。
 どんな事があっても今のゴクピンクはベビー・キャロルだ、その代わりとしてゴクレンジャーを今も守り続けることを託している。
 ……しかし、まだ事件はここで終わっていない。
 あれからサクラと二人合わせて黒影を調査しているがあまりにも妙なことが多い、更にイエローは監理局のパソコンをぶっこ抜いてデータを自分のCPUに入れたらしいがそこで妙な物をたくさん見たとレッドの血族であるさくらに託したらしい。


「何?ゴクグリーンが行方不明になっていた?」

「はい、もう何ヶ月も……」

 ブルーがあの時探し始めてようやく気付いたが、めっきり姿を見せなくなったのはピンク(あやめ)だけじゃない。
 ゴクグリーンが消えた、グリーンと言えばあの緑の庭園の管理を行っている。
 彼の役割は緑だけに縁の下の力持ち、ピンク同様特別目立たないが影でバックアップや救護を行い人々を安心させるゴクレンジャーが戦隊として維持するために最も必要だった存在だ。
 彼が不在になったことで精神的にもブルーが不安になってしまったのかもしれない、さすがに彼のいるところで話せないのでレッドだけを呼び出してイエローとさくら、シエルで会話する。

「グリーンは俺から見ても強いし頭いいからよっぽどのことがないとヘマはしないんだぜ、つまりよっぽどが起きたんだぜ」

「余程のこと……そうか!翠の庭園の特別講師、来道羽丸!」

 未だ全貌が明らかになっていない翠の庭園とその特別講師の来道羽丸。
 完全に自分達と存在を隔離して知り合いのはずのサクラすらこの世界で彼が何をしているのか掴めていない。
 だが、間違いなく翠の庭園で授業を行っているはずなのにゴクレンジャーすら近づくことは許されないと謎のバリケードが貼られている。

「イエロー、お前の管轄である梃子はどうした?あの戦いの後に巡先生が捕まえたと聞くが」

「はい!キョウリュウジャーリングもこの通り」

「いないぜ」

「いない!?逃げられたのか!?」

「いないものはいないんだぜ、分かりやすく言うと……そもそも来道梃子という人間は存在していない」

 その場の空気が一気に冷え返った、さくらは入学してたくっちスノーと出会い衝撃的で前代未聞の体験は数多くしてきた、それこそレッドの正体やあやめの出自、規模の大きい修学旅行など……。
 それでもなお、赤の他人であるはずの来道梃子がいないという事実が隠しきれなかったがシエルはこういう時にいつも納得していた。

「私は梃子の顔を見ているが、何故かその時は上から貼り付けたように私に似た顔をしていた……まるで急ごしらえのように」

「そいつは剥がしたんだぜ、そしたら……」

「ゴクグリーンの死体が出てきた、金の久遠の機械技術で遠隔操作し得意の遺伝子操作で顔を誤魔化していたわけか、姿を見せなかったのも最初からそんな奴がいないとすれば納得がいく」

 梃子を動かしている間は羽丸も動けない、これが人間嫌いで動きも見せない謎の特別講師双子の真実である。

「じゃあ、未来の私が梃子さんを知ってたのは!?あの電話は!?」

「アレもまた別タイプで梃子を細工していたんだろう、さっきも言ったように声だけなら誤魔化しが効く、グリーンは察しが良すぎたのか……あるいは肉体を利用して動かざるを得ない状況になったか」

 ゴクグリーンを暗殺して急ごしらえで死体を改造して架空とされていた『来道梃子』を仕立て上げて動かさなくてはならない理由……よりも、何故わざわざ梃子を作らなくてはいけなかったのか?
 ここでシエルはさくらの考えに大きな落とし穴があることを指摘する。

「……忘れてないか?先生は未来のお前を呼び出した装置を『パラレルワールドを視認する』と言ったんだ、100%未来のお前じゃない」

「えっ……あっそうか!事前に『来道兄妹が存在することが前提の未来』として出力したってことですか!?」

「そうだ、AIを使って質問したり特定の仮想実験を考えてもらうのはお前もやったことがあるだろう、たくっちスノー先生の作り出したものは正確にはそれらに近い、好きな世界を出力するというが勝手はそう変わらん」

 最初から都合のいい想定を用意しておけば矛盾しない、そして最終的な結論……そもそも『来道羽丸』とは何者なのか?
 とは言ってももう答えは決まりきっている、サクラを呼んできたのは誰か?そもそも特別講師を手配したのは?……最初からすべて掌で転がされていた、あの男に。

 「普通に考えても分かる……来道羽丸は黒影の協力者だ、問題は黒影の協力者ではあってもたくっちスノー先生の協力者ではないということだ」

 ここまで見てきた黒影との流れを見るに、たくっちスノー達も振り回されてる側と見て問題ない。
 最初から彼と従って我々を騙しているのでいればまさに時空最悪の犯罪者と言えるだろうがあの態度、直ぐ側で振り回されている物を見ていると……協力どころか今回の件は何も聞かされてないのかもしれない。
 何にしてもシエルの中では信用できない相手になったのは確かだ。

「んでな、俺ちょっと怪しいもの見つけたから貸してやるんだぜ、本部でも解析できなかったけど」

 イエローがポケットから大きな本を取り出す、そのポケットにそのサイズの本が詰め込まれるのはおかしいだろと思いつつも貰おうとした瞬間、2つの影が背後から飛び出して片方はレッドを……もう片方は本を掴んで転がっていくたくっちスノーだ。

「レッドさん!!」

「なっ……おい黒影話が違うだろ!!持ってくのはイエローだイエロー!!戻ってこ……ああもう見えねえ!!exeは藍の波止の奥だから圏外だっあっ!?」

 本を掴んでいたたくっちスノーは案の定シエルに捕まるが、今更こんな時に捕まっていられるかと逆に強靭な怪物に変身してさくらもイエローも目に見えるもの全部掴んだ上で追いかけていく。
 どうせ聞きたいことは山程あるだろうと走りながら気になることを一つずつ説明していく。

「自分は何をしているかなんだが……本当は言っちゃいけないんだが!それは『はじまりの書』!!紛失したって聞いたから回収頼まれたらコレだよ!」

「はじまりの書……?」

「簡潔に言うと世界の歴史が何から何までその本に載ってるんだよ!普通の人が読んだら情報過多でマジに死ぬ!」

 つまりは本の中にはまるでゲームの攻略本やアニメの設定資料集のように何が起きるのか、どんな事件が起きるのか何を相手するかまで何もかも全部記されているという。
 世界を管理する者、メイドウィンはこの本を使って世界を維持しているということだがキャラクターからすれば全てが茶番扱いされてもおかしくない。
 自分の過去もエレボスのことも全て載っているとあれば……しかし今回のさくら達の活躍によって本の内容からは結構外れてはいるらしい。

「前もって言っておくと自分は読めない、副局長一派で読めるのは一人だけだしそいつは呼び出せない……だが、何か察してはいるんだな?」

「状況が状況なのでかくかくしかじかで済ませていいですか?」

「いいよ、簡潔にまとめられる魔法の言葉だ」


「うっなるほど……さすがシエル、g-lokシステムに触れてないのによくそこまで理解したね、確かに黒影が最初からそういう風に仕込んでおけば長期的に自分のペースを維持出来るとか思いそうだ」

「副局長なら職員のことぐらい把握してないのか?」

「実のところ一番待遇が悪いのが僕ら副局長一派だ!向こうじゃエリートバカ五人衆なんて呼ばれてるから互いにどんな職員居るのか把握してねえ!」

「もしかしてこいつ結構舐められてるんだぜ」

「まあ……この世界以外でも結構無茶振りされてるみたいですが……それよりもレッドさんを連れ出して何をするつもりなんでしょうか!?」

「わかんないよ!この世界に来たのはヒーローを増やすためだし、こうして君の所に来たのはゴクイエローがはじまりの書を奪ったから回収してこいって!」

「イエローさんこの本どこにありました?」

「俺、監理局に潜入したことあったけどでっけえデスクに置いてあったんだぜ、確か局長室だぜ」

「黒影が……?あいつもじまりの書を読めないって言ってたのに……」

「……いや違う、イエローに盗ませるように誘導したんだ、たくっちスノー先生をそっちに集中させて本当の目的を果たすために!あの男は元からレッドが目的だったんだろう!その理由は……!」

「原初のエレボス細胞!!」

 黒影の移動先が見えてきたしすぐ分かる、桃の園に到着すると校庭に巨大な穴が出来ていた。
 目的地は桃の園の最深部の更に下、レッド達が感染したウイルスが最初に発見された場所だ。
 とはいってもレッドに話を聞いてからたくっちスノーが一通り消毒を済ませておいたのでこの場所にはもう存在しないが……。

「まさか伝えてないんですか?」

「うん、なんでか知らないけど僕が世界平和に貢献するとブチギレるのは修学旅行で身に沁みて実感したからね、安全の為に全戦隊の物語を解決させるように言ったのも、僕だし」

 レッドを助けるために自ら穴に飛び込むさくらとシエル、イエローは足にジェット噴射を行いゆっくり降下してたくっちスノーも飛び込もうとすると、上からマゼンタが飛び込んできたので変身してボードになることにする。

「マゼンタさん!」

「よう!デカい穴が出来て騒ぎになってた所にお前らが居たからな!ピンクとして助太刀というわけだ!」

「みんなー!!大変だよー!!」

 更にベビーが素手でトンネルが出来るほど掘り進んで同期四人が一気に集結、足の力だけで一気に駆け下りるさくらと落下死の不安も感じさせずゆっくり降りていくシエル。
 全員揃って化け物みたいなスペックをしているがそれでこそピンク、最高峰であるとたくっちスノーは安心すら覚えてしまう。

「皆さん!かくかくしかじかです!」

「お前それたくっちスノー先生にしか通用しないからな!」

「通用しなくても分かるよ!例の男がまた桃の園に良くない噂流そうとしてんだろ」

「えっ!?あたしはブルー様からゴクレンオーが盗まれたって聞いてるんだけど!」

「おいものの見事にバラバラじゃねえか!」

 文句を言いながらも地面が見えてきたのでシエルは地面に衝撃波を放って安全にさくら達を着地させる。
 地下何千メートルまで降りただろうか、暑さを感じるので近くにマグマでもあるのかもしれない。
 ゴクレンオーを黒影が盗んでいるのならデカいシルエットでも見えるのかもしれないが、たくっちスノーとしてはこれが手っ取り早いと変身する。
 自分自身がゴクレンオーになって4人が乗り込む、結構ロマンがあってワクワクした。

「黒影、一方的に言わせてもらうが来道羽丸を引き渡せ!何が今回の件は時空犯罪じゃないだ!ゴクグリーンを殺害したとある!独断かお前の命令かはどうでもいい!!イエローはしっかり特盟に通報してんだよ!!」

「えっそうなの?」

「それを私達が判断する必要はない、ブラフにしても本当にしても奴は苛立つ!」

「……あっごめんさくら君、そろそろ5分だ降りて」

「えっ急に言われてもっ!?」

 こういう時に制限時間で締まらないのがたくっちスノー、さくら達を別の変身でなんとかキャッチするが全くかっこよくならない。
 ほぼ潰れながらも黒影に声をかけ続けようとすると、デッカい矢がとんでくるがマゼンタはあっさりと胸筋で受け止める。

「ただの筋トレの応用だが、exe先生のトレーニングも役に立つときがくるんだな!」

(えっ何言ってるのマゼンタ、確かにexeには教科書通りにって言ってたけど……基準にしてるのアイツ自身なんだぞ!?)

 見えないところから化け物が開花する、体格とか関係なく彼女もまたさくら達に匹敵する逸材。
 exeの傍から見れば人を壊すようにしか見えないがしっかり気を使われた戦隊超人学によって迷走していたマゼンタは覚醒した。
 マゼンタが抱えた矢をそのまま投げ返して大爆発を起こす。

「あっちの方角にいるぞ!」

「ナイスですマゼンタさん!」

「先生、逃げられたら面倒です……大砲に変身して私をぶっ飛ばしてください」

「君ってインテリ系みたいな見た目で派手なこと思いつくよね、でも好きだよ君みたいな発想!!」

 たくっちスノーは背中をたちまち変形させてエリマキトカゲのように大砲を作り、四人まとめて回転するように吹っ飛ばす。
 空中軌道は藍の波止の十八番だがここ最近のベビーは何年もブルーを維持してきた男を見てきた上に直で指導までしてもらっているのだ、空から飛んでトンネルを掘り進められる怪人気質の体力と筋力。
 そこに滑空力と跳躍力が合わさればまさに生きた飛行機!!さくらを背中に乗せたまま気軽に空を飛び続けられる、その理屈は……。

「よいしょっと!」

「おっと!」

 足で何かを蹴っている、空ではない……空越しの時空間を蹴っているのだ。
 相田コバルトが発見した『時空跳躍学』、膨大な圧力を空間に加え入れることで時空間に干渉してまるで壁を蹴るかのように空を移動出来る、理論上はそのまま空に足を乗せたまま走り続けることも出来るとか。
 ベビー・キャロルは生身でそれが可能だ。

「むっ!シエルさんあんなところで人が倒れてます!」

「おいバカチビ!こんな時に何を言っている!」

「ゴクレンジャーならどうします?」

「言うまでもない!」

「いってらっしゃーい!!」

 空間を蹴ってシエルに追いつきさくら諸共一気に地上まで投げ飛ばす。
 これが敵への技なら中々鬼畜だがシエルは問題ない、たくっちスノーの与えた技術力に一番適応してはぐれ戦隊のアイテムの全権を譲ってもらい全部分解して護身用の50グッズに作り変えてしまった。
 シンケンジャーのショドウフォンも地面に大きく『柔』と描けば周囲が弾むほど柔らかくなって見事に着地。
 さくらが見た人影に駆け寄るとその人物は女性のようだがかなり痩せ細っている、落ちていた場所もあり非常に危険な状態だ……だが、格好でそれが何者なのかすぐ分かる。
 レッドのスーツを着た女性などこの世に一人しかいない。

「レッドさん……いや、この姿の場合は花岡かすみさん……!!」

「これがあのレッドの体……!?病弱とは聞いていたがエレボス細胞とはここまで肉体を変質させるのか!?」

 さくらが手を当てると生気を全く感じない、首筋に小さな穴が空いておりエレボス細胞を全て抜き取られた様子だった。
 シエルにかすみを引き上げて回収してもらおうとするところに、さくらの首筋に注射針が飛んでくる。

「さ……さくら!!」

「おっとヒーローってのは扱いが楽だね……さて、エレボス細胞を全部もらうよ、そして紅の砦を改めて作るか」

「……へへへ、ようやく見つけましたよシャドー・メイドウィン・黒影、ずっとたくっちスノー先生がいないところで言ってやりたいことがあったんです」

「お前やめろ!細胞全部抜かれるぞ!!」


「――なんで貴方、時空各地で姿を目撃されているんですか?マガイモノじゃないのに」

「……え?」


「……」

「ねえさん」
最終更新:2025年08月06日 22:39