「おっと、茶番は終わりだ」
結婚式を更に止めるように乗り出して包丁が飛び、さくらの頬を掠める。
薄い切り傷で血が薄く出るがたくっちスノーが手から舌を出して舐め取る、ちょっと夫でも許されないくらいキモくて
野獣先輩はこれ終わったらひき肉にするかと決めた。
ポチもちょっとアレは生理的に無理だと思った。
「黒影……?」
「来てくれると思いましたよ、結婚式すれば」
「そんなに俺に会いたかったの?嬉しかったよ〜結婚式はマジで想定外なんだよね、ちょっとゴタゴタ騒ぎでさ〜監理局各自一旦本部に戻ってくれない?」
「何?あまりにも唐突すぎるぞメイ」
「あっおい待てい、どうやら分身全員帰還してるっぽいゾ」
「えっじゃあマジのやつじゃん!?どうしよう
たくっちスノー君!さくらちゃんとカップル写真急いで撮るから準備し……い、いない!!?」
ポチが振り返ると影も形もなかったかのように、というよりはホラー映画のようにウェディングドレスだけがその場に残されている。
さくらはまるで何かを察したかのようにクラウチングスタートを決めて助走、既に空を飛ぶ黒影を追いかける。
あの時自分がウェディングドレスを着なかった判断は正しかった、この格好なら足を引っ掛けることなく走り続けることが出来る。
「逃げるな!!貴様逃げるな!!戻ってこい英雄!!返せっ!!返せ!!私の幸せを返せ!!」
「君は無計画に幸せを求めすぎたんだよ!まさかこの程度のことに全員呼び出すなんてさ!ゴッドイベントも勝手に進められるし何その結末!」
「貴方の事はボロクソに言ったけど英雄として信頼していた!鏡合わせであると信じたかった!でもそれだけはダメです!!私のなんです!!」
「今更俺を追いかけたところで何になるの!大体夫婦になったなら何時でも会えるでしょ!」
「そういう問題じゃっ……待て!!本当に待て!!貴方一体あちこちの世界で本当に何を……」
しかし、黒影はさくらの想いを裏切るように消えていった。
残されたさくらは、タキシードを千切って立ち尽くしか無かった……。
◇
あれから何日もさくらは寝込んでいる。
「あの男め、女を泣かせるとはやはり史上最悪の
時空犯罪者だ、桃の園で結託して離婚届でも作るか」
「とりあえず殴る時にはあたしも呼んでほしいな」
シエルとベビーもその時の様子を見てたくっちスノーをしばきあげようと縄やリュックサックを用意している。
サクラが
時空の渦を開けて荷物をいろいろ持ってくると地図を広げる。
「本気なんだねシエル」
「ああ、私たちは桜花戦隊シュンヨウジャーとして
時空監理局に潜入する」
ベビーは一度イエローを通して時空監理局に入れないか聞いてみたが、『監理局所属じゃないやつは本部たる世界にうかつに入れないんだぜ、俺も今はコンピューターのハッキングが限界なんだぜ』という答えが返ってきたので情報を集めることしか出来なかった。
なのでシュンヨウジャーとして戦隊業として強引に突撃しようというところでシエルの袖をさくらが掴む。
「女々しい反応をするな、元はと言えばお前のことだぞ」
「いえそれは……まあ、はいそうですね、安易に真実に近づきすぎました、私が軽はずみにあんなことをしたせいで、たくっちスノー先生は私のことを忘れているかもしれない」
「どういうこと?シエルちゃんから聞いたけど変なビデオ見せようとしたんだよね?」
「ああ、嘘八百が並べられた生涯でこれ以上のクソはないだろう芸術をな」
「桃の園に公開したんだ、説明する義務があると思わないか?」
「…………この情報はまだ危険すぎます、特盟への報告は出来ません、シエルさん切ってください」
「……ちっ」
こっそり隠して用意していたシュンヨウフォンの電源を切り、かすみやマゼンタにも指示をして隠れている所に彼女達のシュンヨウフォンも切らせてゴクレンジャーとシュンヨウジャーだけの話として済ませることになる。
「まず先生は、私に会いに来れないんでしょう……あの人たち全員が一斉に出ていったのもありましたし」
「うんそれは確かだね、僕も研究所越しにミリィから連絡は貰ったけど各事業が失敗して借金漬けの大損害、黒影は現在行方不明とある、分身も全員元の体に戻したとなると一体どれだけの記憶や体験が詰め込まれたことやら」
「そして今、さくらちゃんみたいな現地妻は何人居るのかってイエローに相談してもらって刺す所」
「ベビーの顔が冗談じゃない……黒影がこのタイミングで失踪したのは責任逃れか、それとも私達のアレのように何か大きな事を企んでいるのか……」
それに関して妙な所があることにシエルは気付く、以前から用意してもらっていた時空年表を確認すると……なんと、さくらの結婚式が始まった時点で黒影は行方不明になったという情報。
それは即ち黒影もまた軽率、さくらがこの結婚式で掴んで……恐らくはたくっちスノーにも公表するつもりだった情報がそれほどまでに都合が悪かったということになる。
さくらがそれに気付いたのはかなり後だが、戦隊世界の『コンプリート』の時点で怪しかったという。
「いつ気付いた?」
「本当にすごく最近ですよ、レッドさんがたくっちスノー先生と黒影を表裏一体の善と悪と言った時、先生が自身に起こした悪事の事を語ったアレです」
「エレボライトの件か、確かにアレは私も元の世界やエレボスの性質を考えるとあまりにも不可解な点が多くて本当に起きた事件か怪しかったが……お前から見て出任せと解釈したか?」
「嘘というのも少し違いますね、確かにあったんですよ先生の中では」
「あったなんて言われても……え?どうしたのシエルちゃん」
「あの時の結婚式のビデオも同じだと!?」
さくらは『エレボライト事件』の名前を聞いた時に急に鮮明に思い出して説明しなくてはならない衝動に駆られた、しかし未来の自分であるサクラには発動せず……この時さくらには違和感があったが、その時はそれどころじゃなかったので口に出さずにいた、そこからすぐに結婚式……というよりは、サクラにも話したがこの違和感の正体にたくっちスノーの本質があるとみて愛しながら調べていこうとスピード結婚を申し込んだ。
今の状況では付き合ってからでは遅いのだ。
そして、結婚式の思い出話……決め手となったのはレッドが建てた仮設。
いわゆるマンガやアニメで言う主人公、
はじまりの書は絶対に主人公となる存在を軸として進めなくてはいけない……黒影はそれを知っていると見た、何が何でもそれは撤回できない。
物語である以上『主人公』がいる、物語の軸になりルートを決める存在、恐らく桃の園においては自分がそうなのだろう。
鍵を握るのは主人公である自分がたくっちスノーの発言に強い反応を示したこと。
なので実験の為にやり返した、僅かな間に軽く思い付いたビデオのネタ。
「ビデオを作るにあたって先生には35種類の嘘の思い出を話しました、するとどうでしょう、シエルさんが散々ツッコミを入れたとおりです」
「お前の出鱈目を……まるで本当に起きた出来事のように語ったというのか?」
「はい、私が大雑把にしか考えてない部分も私以上に鮮明に広がったので危うく事実と誤認しそうになるくらいには……ちょっとリスクが高すぎたかな」
「待て、ちょっと待て過去の僕、君の見せたかったことが僕の予想と同じだとしたらとてもまずい、前提が覆るぞッ!これまでどころか時空の全て!!」
「だからまだ伝えるには危険すぎるって言ったんですよ、たくっちスノー先生は……あの人は黒影のライバルじゃありません、あの人も知らない真の能力と役割が存在しています、それは……」
『彼が口で発した架空の思い出を主人公が聞くと、まるでそれが現実だったかのように反映される』
たくっちスノーが発したことでエレボライト事件が存在したことになった、厄介なことではなくそれは嘘の記憶を刷り込むのではなく事象の書き換え。
主人公に向けてそれを伝えることで本当にそうなることになる、そうなると前提が全て覆ることになる。
たくっちスノーが関係する出来事は全て事実なのか?という大きな問題に突入する。
「ですがあの短い間で実験して分かったことも沢山あります」
一つはたくっちスノーの方は改変できるのは相当昔、教科書や歴史書に載っているような過去回想のレベルで『はじまりの書が始まる前』しか作れないこと。
そしてそういった事件には必ず黒影が関わっている。
そしてもう一つ、全部が全部改変されるわけではない。
さくらの方から実験したのでそれは間違いない、適応される条件は一致している。
「実は私は先生の子供がお腹にいます……って言ったら否定されました、嘘なのでその顔やめてくださいベビーさん」
「な……なんだと、まさか!逆もあるのか!?」
「はい、我々『主人公』がありもしない思い出を話せばたくっちスノー先生に存在しない記憶と体験を植え付けることが出来ます」
「つまりはたくっちスノーの方に『こういうことがあった』と解釈させて時空改変を起こさせることがメインってわけだね、たくっちスノー側の時空改変は帳尻合わせみたいなもの」
「……あれちょっと待って!?」
「ベビーさんでも気付けましたか、私もこれに気付いた時は汗が止まりませんでしたよ、この時空の主人公を名乗る男がいましたよね、そうです黒影!あの人はほぼ間違いなくこの能力を把握してると言っていいでしょう!」
「時空は未完成という発言を顧みても……奴と先生の戦いはマウントとかではなく、先生を通して時空を構築していく目的があった?」
黒影がゴッドイベントを過度に恐れる理由もなんとなく理解してくる、これまではたくっちスノーを通して外部からイベントを作ってきたのに突如としてはじまりの書がルートを作成して独りでに進んでいくのだから。
しかしそうなるとシエルやベビーも首をかしげる。
黒影とたくっちスノーの現在の目的は時空の破滅を回避すること、そのために善悪の反転やそれによる歪な状態になっているが、最初からこの能力で回避シナリオを食い止めればいいのでは?
いや、できなくなった?
「黒影は現実改変が出来なくなった?」
「いえ、それなら先生を捨ててもおかしくありません、野放しにせず置いておく以上発動は出来るでしょう、ポチさんがイベントを独断で発動したことは覚えてますね?」
「ああ、僕も聞いてみたが彼が作ったものらしくてね……ただの変態男と聞いていたから驚いた」
「ミリィさんやポチさんの存在、新時代の変化……巡り巡る時空の発展に2人の影響力は及ばなくなったと私は解釈してます、時間がないのでこの辺りはエビデンスありませんけど」
自分達は時空を生きて共存する上でとんでもないものを知ってしまったことは確かだ。
たくっちスノーへの理解の為、この突然に感じた愛の気持ちが本当なものか確かめたくて始めた結婚式だったが、まさかこんなとんでもない爆弾があったとは。
いや……何も珍しいことではないのだろう。
「多分言ってないだけで気付いている人私以外にも居るな……時空は広いんだし」
「確かに、先生も無自覚っぽかったし……」
「それはたくっちスノー先生が副局長になった弊害だな、善側になって主人公とやらに近付く機会も増えた」
たくっちスノーのミーム汚染に気付いたところで、さくらは話すだけ話してぶっ倒れる。
そういえば何日も食べてなかったのか腹の音が凄まじい、女の子が出していい音じゃない。
「そういえば三日三晩学校サボって考察してたんだった……」
「お前それで寝込んでたのか!?いい加減しばくぞ!」
◇
さくらは作り置きされていた飯を大急ぎでかきこんで、荷物をさりげなく持っていって時空の渦を作ろうとするのでベビーとマゼンタに確保される。
「何さりげなくただ飯食って逃げようとするの?チワワでもこの形相になるよ?」
「ちょ、ちょっと旦那に会いに行くだけなので、他の奥さんに顔見せてマウント取りに行くだけです正義のためじゃないので皆さんの手を煩わすわけには……」
「正義じゃないと正直に言ったのは立派だ、だが死ね!貴様の子宮いい感じに作り直してやろうか!?」
「桃の園ジョークは他所では洒落にならないのでやめてくださいシエルさん!」
「具体的には何をする気なんださくら」
「嘘のラブラブ新婚生活の思い出を語ります」
「刷り込み教育ないしは洗脳……?」
「戦隊ヒーローの生き方じゃない……というかそれやったらマジの戦争になるだろ!」
5人でわちゃわちゃ大騒ぎ、なんだかこの姿まるでエリートバカ五人衆そのものではないか。
今はたくっちスノーはどうしているのか?考えるほど会いたくなってくるのか?
強引に止められながらも時空の渦に手を伸ばそうとして、ほんの一瞬正気に戻ったさくらは笑みがこぼれて笑いが止まらなくなり、笑いすぎてテーブルに頭をぶつける。
「あっ、駄目だこれ!多分誘導されてる!どんどん!時空が私を求めてるんだ!ゴッドイベントを越えるってこういうことなんだ!黒影も恐れるわけだ!これがコンプリートなんだ!」
「おい……お前なんかおかしくなってないか!?本格的に!脳に異常とか起きてないか?」
「起きてます!めちゃくちゃ!『好き』という感情とイベントの強制力とたくっちスノー先生の現実改変くらってるんですもの!そりゃ私もおかしくなりますよ!今すぐ会いたいけど、まだ会えないような変な感覚というか……一番変なのはそれでも普通って感じなんですよ!」
「未来人から見てどう思う!?」
「僕がこの立場じゃなくても異常だと言うに決まってるだろ!なんてことだ……元々歪なエレボス人だというのに、紛い物の思い出に想定してないルートまで巡ってグチャグチャにグチャグチャを重ねたんだ、『花岡さくら』としてのアイデンティティが崩壊する!」
「ど、どとどどどうしよう!?さくらちゃん踏み込みすぎて壊れちゃったの!?SAN値ピンチなの!?」
「仕方ない!!シュンヨウジャー全員僕と一緒に来い!ムゲンダイ研究所なら過去の僕を連れてっても支障はない!」
「よし急いで運び出すぞ!」
変にハイになっているさくらを担ぎ出してサクラが時空の渦を作り、未開の領域となっている研究所へと侵入するシュンヨウジャー一行。
とはいえ5人は多すぎるので一旦シエルとサクラが残り、マゼンタ達は顔認証機能だけ用意してもらってからまた話し合うことにして、さくらをベッドに寝かす。
「松山、こいつかくかくしかじかなんだ」
「あー多分俺みたいな感じになったのか、改造手術で強引に作り変えろ」
「遺伝子の方は僕がやるから松山はミリィ呼んで骨格と脳みそ頼むよ」
「うっし」
「あああストップストップ!!もう大丈夫ですから!!ポチさんがこうしたら私でも研究所に入れるって!!」
「はァ??」
さくらのこれまでの態度は全部演技、実は可愛い女の子には大体声を掛けるポチから
マガフォンの電話番号を貰っており、3日間の研究の間にポチに連絡してどうすれば研究所に入れるか教えてもらったという。
一度黒影と敵意を向けた自分では監理局に入ることは厳しく、コバルト(既に卒業済)のように単独で動くことも危ない。
そこでたくっちスノーの侵食で危なくなった状態を適当に模倣して入れてもらったわけだ、話すだけ話したら元の世界にも居られなくなるだろうということで……さくらの腹部をシエルの指が襲う。
「お"っ!?」
「代われ、学校をサボった挙げ句仮病とは見過ごせない事態」
「別にいいけどシエルなにする気なの?」
「ポルチオ開発」
「思ったよりエグかった、じゃあ僕はポチの睾丸破壊してくるから楽しんでね」
「ちょっと待って2人にしないで!!責任はちゃんと取りますけどちょっとこれは私にはまだ早いというかお"っ♡お"っ♡お"っ♡お"っ♡」
「人の研究所でアザラシみたいな声撒き散らすのやめろ」
◇
「死ぬかと思った」
「ある意味種を活かすための改造だけどね」
さくらとサクラは研究所の設備を一通り確認して研究資料やエレボスのデータなどを挿入していく。
このルートが正解かどうかは定かではない、しかし時空というものを深く理解する道を選び真実を掴んで自分達の力で発展していくことにワクワクが止まらない。
サクラもまたこのパラレルワールドに招かれて良かったと思っている。
「√EDENという世界を知っているかい?僕達並行世界の人間はG-lokシステムを使わずともこの街角のような空間から往来が可能らしい」
「そこで貴方の世界や他のパラレルワールドの方々にも会えるんですね……ならこちらからも聞きますが、時空には我々と逆で女が消えてしまった世界があるらしいですよ、ミュータントやドラッグが蔓延る危険な場所なので交流は難しいですが」
◇この新しい時代に何を見出だせる?
時空新時代で各世界ごとにどれだけの年月が経ったのかはバラバラだ、1年だったりたった数日のこともある。
さくらの場合でもまだ入学してから全然経ってないような気がする。
時空監理局の事業はほぼ全てが失敗に終わった、しかし世界に与えてくれたもの、残したもの、変えたものは今も残り続けてる。
「なんだかワクワクしてきませんか!この時空にはあの人達が見てきて、出会って……色んな思い出を残した人たちがいるんですよ!会ってみたいなぁ〜!」
「うん、やることだけは立派だったからね彼ら、ここで様子を伺いつつ研究所に来た者以外の各勢力とも合流といったところか……でもその前に」
「その前に」
「君はしっかり桃の園を卒業しようね♡過去の僕並びにレッドを越えたピンクが落第とか洒落にならないから」
「う……べ、勉強という壁が残っていたとは、助けてください!たくっちスノー先生〜!!」
「こういう時くらいああ呼んだら?」
「そ、そうですね……」
「あ〜な〜た〜!!」
ヒーロー『ピンク』は
マガイモノの思い出を通してオトナになり、桜散る頃に英雄となり彼にまた会いに来るだろう。
最終更新:2025年08月06日 23:04