新メニューを制作せよ

「いただきます!」

黒影旅館の従業員の食事は、店で出しているものと同じ食御膳だ。
山菜や川魚などの山の幸が中心でとても美味い。それに、従業員割引が効くから少しだけ安くて助かる。
俺が箸を持って早速食べ始めると同時に、雪が隣に入ってくる。

「あっ、今日も山菜食御膳?」

「まぁ、健康にいいですからね……山菜掘り士とキノコ採りの資格がこんな所で役に立つとは」

「えっ、あの山菜漆黒君が取ってたの!?最近味が良くなったって好評なんだよ」

そう言うと彼女は驚いたように口を大きく開けたまま固まる。
どうしたのかと思いつつ口に運ぶ。……うん、美味いな! これは天ぷらにしてもいけるだろう。
明日の献立を考えながら俺は黙々と食べる。

「俺たち従業員の飯ってやっぱりヘレンさんが作ってるの?板長とは言うけど厨房に立ってるのあの人以外見たことないけど」

「あれ、もしかして知らない?母さんもたまにだけど厨房にたって料理するよ」

「母さ……え!?女将が!?」

信じられない、小さい子供にしか見えないお方が台所に立つなんて……。いやまあ、確かに女手一つでここまで大きな宿を築き上げたんだから料理の一つや二つできそうなものだが……。
それでもイメージというものがある。
そんなことを思っていると、そのルミナとヘレンの兄妹が珍しく食事処に現れた。

「今日はちょっと大事な話があるから、ローレンと雪は食い終わったら来てくれ、量産型たくっちスノーの皆はそのままでいい」

「ごはんは いそがなくていいよ」

……?
2人が自分達を呼び寄せるなんて珍しい。
というよりは、自分と雪以外はある意味人の従業員ではないので、呼び出されるのはだいたい自分達だけなのだが……

「何かあったのかな?」

「うーん………どだろ。」


………

「来たか、お前達」

「ヘレン叔父さん、要件って一体……?」

「来たな、お前達」

茶室でヘレンとルミナが座って待機していた。

「なんだかんだ、雪以来新しく従業員を雇って、この旅館も始まってから結構経つ」

「けど、お品書きは最初作った時から全然変わってないからなー………と思い」

「しん めにゅー……」

ルミナはそう言って首を傾げる。
そして、ヘレンの方を向いた。
するとヘレンは小さくため息をつく。
ルミナがヘレンの方を見るとヘレンは静かに口を開いた。

「新人のお前には変な話かもしれないが、俺達はこの通り新しいメニューというものを作った事は1度もない」

「あの食御膳数種類が全てだったんですか!?」

「えっそうだったの叔父さん、逃走中の打ち上げが来る時は結構バリエーション豊かなのに」

「お前の知り合い一同が健康趣向の料理でゴネるからだろがい」
確かに言われてみればそうだ。
なんか広い部屋で、もっと野菜を食べたいと駄々こねていた気がするし。
ヘレンの言葉俺が納得していると、今度はルミナの方から話が振られる。

「しっこく、そば、そば作れる」

「え?蕎麦?確かに『時空蕎麦伝統技能保持者』の資格は取ってますけど」

「えっ、そば作るのも資格いるの!?」

「俺もそれ聞いた時はしくじったと思ったんだよな……俺ら兄妹は店離れる暇無いし」

ヘレンが遠い目をしながら言った。
ヘレンの話によると、温泉旅館を始めたのはいいがそれ以外の準備は大体おざなりになってたという。

「まぁ確かにそば作り自体はいいですよ、それで何を作れば……」

「そうだな、俺もそれで悩んでる……そばと言っても色々種類あるからな」

「なら最初は三〜四種類くらいから始めない?肉そば、海老天そば、ざるそば……みたいな感じで……」

「………」
ヘレンが黙り込む。
ルミナもそれを察して何も言わなくなる。
しばらくしてヘレンが重い口を開けた。
その言葉は衝撃的なものだったのだ。
俺は思わず声を上げる。
なんと!それはまさか!! 俺の想像を超えるとは!!! 次回に続くッ!!!

「おい!勝手に地の文で終わらせようとするな!まだ余裕あるんだから!」

「あっすみません」

「………なぁ漆黒、これから俺が言うことには正直に答えていい」

「え?」

「ウチの……黒影旅館で1番来る口コミについてなんだが、多分お前も薄々思ってるんだろ?」


「あ………まさか………」

「やっぱりお前も感じてたのか………」

「………よく言われるんだよな、魔法使いが経営者な割には、そんなにそれっぽくはないって」
ヘレンが頭を抱えながら言う。
ルミナが横でうんうんと相槌を打つように首を縦に振る。
俺だって少しは思うところがあった。
初めてここに来た時、魔法使いが経営していると聞いて別次元のような感じがしたのだが、いざ仕事をしてみると普通の温泉旅館のように感じた。

「じゃあ、なんというかこう……ファンタジー感を出そうとして?」

「まぁそういうこと」

「俺は手始めにドラゴンの肉でしゃぶしゃぶでも始めようかなって」

「ブレ幅が極端」
ヘレンの言っていることはめちゃくちゃだが、確かにこの旅館らしいと言えなくもない。
ヘレンからの提案に俺が考えているとルミナが袖を引っ張ってきた。
そちらを見るとルミナがメモ用紙に何やら書き込んでいる。
俺はそれを見せてもらう。
そこにはこんなことが書いてあった。

『ドラゴンそば』

「到達点も結構極端」

「ドラゴンのしゃぶしゃぶ良いと思ったんだけどなあ………原価がかかりすぎるし、しゃぶり加減だと食中毒の危険もありそうだって」

「いや……問題点多分そこじゃないと思いますけど」
ヘレンは俺とルミナのやりとりを聞いて何か言いたげだったが、諦めたように首を横に振った。

「……で、なんやかんやで蕎麦にしたと」

「ああ、蕎麦なら庶民的だし…和風と魔術の異質な感じがこの店に合う、何より鴨肉みたいな感覚でドラゴンの肉を薄く切って出せるからな」

「そのドラゴンの肉の調達方法が浮かばないんですが……いくら俺でもそんなことはできませんよ」

「あ、その辺は私が知り合いに声掛けて調達させるから大丈夫だよ」

(そんな漁師に話つけるみたいな感覚で…?)
俺が思っていると、ヘレンが思い出したかのように手を叩く。
そして俺の方に向き直ると、改まった様子で話しかけてきた。
ヘレンは真剣な表情だった。
一体どうしたというのだろう。
嫌な予感しかしない。
ヘレンはゆっくりと口を開く。

「………そば粉、ウチになかったわ」
最終更新:2023年02月23日 08:17