ある新聞記者の末路

誰もが時空を越えられるようになった。

人間は1つの世界に留まることを知らず、数年前まではフィクションとされていた画面の向こうを自由に行き来することが出来るようになった。

これによってアニメは空想ではなくなり全てが近所になり、隔たりは失われ、全人類がどんな物語の主人公にも脇役にもなれるようになった。

しかし最初からそうではなかった。
こんなことが出来るのは時空の旅人と呼ばれる限られた存在、一つ一つの世界でも極稀な者のみのはずだった。

では何故唐突に全ての生き物がアニメや漫画の有象無象でしかなかった他世界をリアルとして認識出来るようになったのか?


それは、ある男の執念によるものだった。

それは決してこの物語では馴染みのある神でもなければ正義の悪役でもない。

たった一人、脇役でもない、主人公ですらない。
ただ自分の世界を知りたかった男。
彼は時空を超える力を持ってはいない、ただ知りたかったのだ。
初めはそれだけで良かった。
やがて彼は気づくことになる。

彼の名は、マイクル・ゼーバッハ。


…………
マイクルが存在した世界は大きな共通点があった。
全ての人間が40年前の記憶を無くしてその当時何が起こったのか誰も分からない、街規模の記憶喪失。

マイクルは新聞記者だった。
失われた街の過去に何があったのか?40年前に何かが起こった、一体何が?真実が知りたかった。

その末に彼は新聞記者がとうてい知り得てはならない、己自身や世界そのものを否定しかねない大きな真実に触れてしまった。

ここまではある意味では神の筋書き通りだった。

だがマイクルは神にとって想定外の動きもした、いや、しすぎた。
街の真実だけではない、その先に見えるものまで理解してしまった。
時空間に入る技術も持っていないにも関わらず時空の真実、創造主カーレッジ・フレイン、時空全てが『結末の無い物語』であること、何故この世界や自分が作られたのか、そして同じ物語が既に4回繰り返されていたことまで、全て。

マイクル・ゼーバッハはたった一人で理解し、突き止めてしまった。
カーレッジ・フレインが違和感を感じて街に来た頃には、もう全てを暴かれていた。

「俺の見えなかった範囲で、こんなことが……」

「侮っていた……この作られた箱庭の人形であることを理解して、世界その物のたった一人の異端者であるはずの1人の新聞記者が…俺の物語の矛盾になりつつある」


「やはり消しに来たか神よ!本当に知らなければならない真実は、この街の誰も知ろうとしていない、それは何故か?何故か!?」

「私はようやく知った!過去のしがらみに囚われ、理解を拒み、羨むだけの哀れな物語の登場人物達に失望したことさえあった!でも私は哀れではない、何故ならば……ようやく誰もが全てを知る権利が与えられるのだから!」
マイクルは衣服を脱ぎ捨て、胸元から取り出したスイッチを押す。
それは創造主カーレッジ・フレインすら予想だにしなかった最後の真実の準備。

「ディッヒ・デュオ! エスキプト・ショウ・ツァイト!」

「馬鹿な…早すぎる!物語の筋書きよりも」

マイクルは本来手にするには早すぎる強大な代物をカーレッジの前に差し向ける。
赤く光る『それ』はカーレッジを見下し、まるで終焉を伝えるようにその腕を振り下ろした。


____しかし、人が神の領域に触れることなどおこがましいことなのだ。

「……カット!」

神が叫ぶだけで舞台一帯が吹き飛ぶ、真実を知っただけの無力な男は粉微塵に吹き飛ぶ。
こうしてマイクル・ゼーバッハだった何かは死んだ。あまりにもあっさりとした死だった。


「………何かが、おかしい。」

先程も伝えたが、これは奴の神への最後の手向け。
彼はこの世界において狂人であり、異端者であった。


だかある存在が彼を『歴史を動かす存在』に変えた。
1枚の紙がカーレッジの足元を横切る。
既に終わらせていたのだ。
暴かれた過去は決められたシナリオすらも書き換える力がある。


「既に……時空の真実を新聞にまとめていやがる……」

「しかも、このインク……別世界の!奴は俺の力を利用して、この新聞を全時空の全平行世界にバラ撒いたのか!」

生涯かけて白日の下に晒された。
フィクションが実際に存在するのでは無い、我々全てが平等に1人の主人公に付き合わされ続けるだけのフィクションなのだと。
もう既に存在しないはずのマイクルの声が聞こえてくる。

「こんなもの……誰とも分からぬ世迷言と切り捨てられるだけだ」

「それは神のみぞ知る!そして新聞記者にも明日を操る資格などない」

「貴様!」

「そして、その先彼らが見えるものは__」
マイクルは最後の力を使い果たし、声も聞こえなくなった。
マイクル・ゼーバッハは神に殺されたのではない、彼は自分の意思で神と決別したのだ。

そして、ここから先は語るまでもなく。
ありとあらゆる平行世界に彼が最期に記した真実が新聞となって記され、理解はせずとも人を動かした。
誰もが己が舞台であり登場人物であることを理解し、箱庭を広げることで誰でも時空を越えられる世界が実現した。
____これは、『歴史』が動く瞬間。

人知れず真実を掴み、環境を荒らし、今起きている問題の全ての元凶。

この時空を物語に引っ張り出した、たった一人のカーレッジの敵。

その名は、シュバルツ・バルト。
最終更新:2024年04月19日 18:24