ネオジャンプは総勢20人の作者と作品がある。
種族は違えど生き物でマンガというのは毎週乱れなく作り続ける芸術作品、だが工場で量産されるような代物ではないので必ず出来てしまう……見過ごせないミス。
ミスといっても塗り忘れだったり誤植なら
マガイモノ成分を人塗りするだけで片は済む。
細かい作業は編集者がなんとかする、真の問題は……。
「これは……どうなんだ?」
必然と訪れる編集者として見習いでマンガに詳しくない存在でも感じてしまう作品の流れその物への違和感……!
それはネオジャンプにも遂に訪れた、予兆が起きたのは第九号が発行されて少し後のことだった。
エグゼは今回の原稿に気になる所があったので急遽
たくっちスノーに連絡を入れて相談する為に追加で相手してもらうことになった。
「悪いなティー、こんな頼み引き受けてくれて」
「なあにお前ならしょうがないさ、自分の方の打ち合わせにも付き合ってくれるそうだし」
たくっちスノーを加えて再度原稿の確認、エグゼが違和感を感じたタイトルは『フラッシュモブ』
サプライズ好きでお騒がせ者、目立ちたがり屋で学校の中心のような主人公は地味で大人しい図書委員に恋をする、彼女の為に派手なプロポーズをしてお付き合いまでを目指す恋愛物の作品だ。
「ふむふむ……エグゼ、お前が気になった所はなんだ」
「そうだな……オレはこの手の作品は詳しくないが、どうにもこの主人公の振る舞いに問題があるように見えてな」
「自分もそう思ったよ、彼ちょっとデリカシー不足でこれ通したらまずいね」
よく分からないエグゼの為にたくっちスノーは自分の腕を黒板に変えて説明と注釈を書き記していく。
主人公に魅力が必要な事はどんな作品でもそうなのだが、恋愛もので男性となるとさらに慎重になってキャラを動かさなくてはならない。
恋愛マンガなどは登場するヒロインの魅力で売るが結局はヒロインが好きなのは主人公、これが失敗して主人公が好かれず感情移入出来ないとそんな主人公と関わるヒロインの品位まで落ちてしまう。
「一度読者にこのキャラの倫理観おかしくね?って疑われるとおしまいだ、どこまで話が続いても途中で立て直しても読者は一生覚えてる、主人公っていうのは単体でもそこまでデリケートな芸術品なんだよ」
その点を踏まえてフラッシュモブのこれまでの話を振り返る。
お祭り騒ぎが好きな主人公と派手に騒ぎまくる人間を嫌うヒロインは相容れない関係。
ヒロインからの方向性はなかなか発展しないまま主人公の必死のアプローチを進めて行く中、物語が発展したのは第8話。
遊園地のような場所で行われたサプライズ告白イベント、断れる雰囲気など無く何も出来ず『好き』を強要され恐怖したヒロインに同情するような悲しい過去、そして主人公を過去のトラウマと重ねて拒絶の言葉を投げる。
ここまでが9話だ。
「編集者として言わせてもらうと、このヒロインに必要なのはトラウマに向き合う心、メンタルケア……まあ大層なことを言うが彼女の辛い気持ちに向き合って寄り添うことで苦しみから解放していく真実の愛だ!」
「だが今回の話はお前から見てもまずいように見えると」
「まずいどころか感想スレは激荒れだねこれは」
そして今回送られた10話予定の内容、ヒロインに振られて落ち込んでしまうがすぐに友達と遊びに行って気分を戻して元通り、また違うやり方でやってみようとなった。
「吹っ切れるの早くない?いやウジウジされるのが長いのもアレだけどさ、ちょっと遊んだだけで直るとかヒロインの恋心その程度なの?ってツッコまれるよ、第一反省してないからまたヒロインに同じことするよね?」
「オレがこのヒロインの立場だったら二度と近づくなまで言うかもしれんな……」
「でも……陽キャってこんな感じじゃないですか?」
「こんな感じの陽キャを彼女は嫌っていたんじゃないのか?このままじゃ自分はこの主人公を許せなくなる、恋をしてるんじゃなくてオモチャを見つけたみたいに感じる……違うというなら本当に主人公が彼女を好きになったように作り直すんだ」
◇
「あの作者、考えを変える気はなかったな」
「ティーはアレでいいと思うのか?」
「考え方の違いだったみたいだな……自分とEXEにとっては女の子の思いを受け入れて解決するべきだと思っていたが、七五三先生はアレが普通の価値観だった、ヒロインを強引にでも従わせるのが正義で悲しい過去なんかじゃない、こればかりはその世界特有のズレもあり得るから責められないんだよな」
世界が変われば常識も変わる、七五三先生の『フラッシュモブ』は正にその括りだった。
話をして分かった、世界的に七五三先生の考え方は分かり合えるものではないが否定出来るわけでもないと。
あの人にとってフラッシュモブとは異議を唱える人物を染め上げて当たり前に変える話だったのだ。
「そういえばタイトルにもなってるフラッシュモブって無関係なやつからすればただのはた迷惑集団だよな……そういう意味ではよく表してるのかもな」
「……だが人気的にはまずいぞ」
「うん、もう10話もやってるんだから作者達だって意識してるはずだよ……そろそろ打ち切られるんじゃねえかってね」
打ち切り、漫画雑誌という商売では必ず切られてしまう作品が出てくる。
書きたい所があっても、物語が盛り上がってきても……やりたいことが突然出来ても人気が無ければそこで終わり。
数話程度の猶予の後に無理矢理にでも終わらせられるように通告する。
たくっちスノー達としてはずっと世話をしてきた存在なだけに近い内に何かしらそれを伝えなくてはいけないことに気が重くなるが、これが仕事なので仕方ない。
「打ち切りって言ってもなぁ……10話もやってると話はたいぶ進んだとはいえ畳むには強引すぎるような……そうだ、次ポチの槍たいほうだいの打ち合わせだし一緒に話してみようか」
◇
「え?打ち切り?よゆーよゆー、もう最終回用のネタ考えてあるしなんだったら次回作まで思いついている、なんなら偽名使おうか?絵柄チェンジも出来るし」
架空同人サークル数百種類同時運営、同時執筆の1人コミケは伊達ではない。
槍たいほうだいの文字通り無法を得てエロ以外でも創作方面を学習したポチはもう既に漫画家としても別の領域に立っていた、リヴァイアサン先生やタケグチ先生など様々なネオジャンプ作者とも仲良くなり一緒に呑みに行ったりファンアートやキャラグッズの制作まで行っている正にネオジャンプの生きる広告塔。
「しかしポチのマンガはいつもアンケート最下位だな」
「だね、このまま行けば普通に打ち切られるね俺のマンガ」
「でも妙だな、そこまでつまらないってわけでもないのになんでアンケート票はいつもゼロなんだ?」
「それだけ嫌われてるんだよ監理局に、何せ俺は数合わせの奴隷だから」
「……悔しくないのかよ!?」
「つまらないからアンケート来ないよりはいい、単行本出す気ないならセルフで作成できるしね……それよりも不安なのは俺以外の連載作品、そっちは普通に不人気だからね」
「ティー、打ち切りって基本的に何本だ?」
「連鎖的に3本だな、ポチの漫画が終わればその次に人気のない作品、また次の作品って形で終わってまた半年は様子見るってところかな……まあそれとは別で円満完結って事もあるけどね」
ポチはたくっちスノーに大量の原稿を手渡す、連載が始まってもまだ読み切りの受付は行っており、来週には1本良さそうな読み切りを載せるようにと黒影からの通達だ。
これで読み切りが載れば作者達も察してくるだろう。
EXEも漫画が載ってる順番が人気順みたいなのは理解してきてる。
「アンケート結果が全てではないことは分かってるがティー……9号の不人気はなんだ?」
「骸学園とブランフェットだな……そう、1つは黒影が魔法で作ってるとかいう意味不明な漫画」
骸学園の問題点はストーリーが停滞気味で地味だったことでありつまらないというよりは盛り上がりきれなかったことにある、スケルトンの描き方は光るものがあり何人かのファンを付けることには成功したので忽忽兀兀先生の今後は問題ないだろう。
気になるのはブランフェット……黒影が魔法で作る作品とはいうものの実際は荒唐無稽でわけのわからない話、設定は一瞬のうちに忘れられたり、突然変なキャラが増えたりしてそれがゴリ押しされている……なんてもよではない。
ブランフェットの意味すら誰も知らない、たくっちスノー曰く「全部
AIのべりすとに任せてもここまで無茶苦茶にならない」という出来栄えだった。
「……黒影ってこの話どんな風にするかとか考えてるのかな?」
「考えてたらちゃんとプロローグの目的忘れてないんじゃないかな、今なんて変な弁当作りしてるぞ?」
「……改めてなんなんだろうこの漫画、黒影に分かりやすい内容にしろって言ってほしいな」
「いやそれは無理だ、ミリィから聞いたんだが……」
ミリィがブランフェットの担当なのだが、黒影はミリィにも見せずに勝手に漫画を載せているらしい。
文句を言われたくないのかそれとも忘れてるのか、あるいはこれくらい雑にしか考えてないからこんな出来なのか……。
そしてそのミリィは今何をしているのかと言うと……
野獣先輩と一緒に黒影に会いに行っていた。
「ん?珍しいねその組み合わせ、一体何の要件?」
「そろそろ打ち切り漫画の一つや二つは出るんじゃねえかと思ったんスよ」
「そういうのって編集長が決めるんじゃないかと……」
「打ち切りか……それってつまり一旦マンガ終わらせて、メイドウィンに
はじまりの書の更新版渡して売るってことだろ?めんどいけどつまらないものは切り捨てるわけだもんな……分かった、3作品何を切るか考えておく」
黒影はこういう時でも動じず静かな態度、連載する前はあんなにも乗り気だったのに書き始めてからずっとこれである。
それでも読み切りを回収しては穴に詰め込み、それを各地に溜め込んでいる……黒影の編集長としての仕事は連載を付けるか捨てるかぐらいだ。
「あいつ本当に何して金もらってんだよなぁ、俺らの1919倍も働いてるって言うけど俺は遊んでるようにしか見えない……見えなくない?」
「いやでも実際黒影がちゃんと働いているのは事実だしな……ここで遊んでる姿も観るのは事実だけど、俺の用件はそれじゃないです」
「え?」
野獣先輩も想定外だったらしく話が終わらないことに露骨にめんどくさい感じを出すが、ミリィは無視して切り込む。
こっそり帰ろうとした野獣先輩も話を聞いて立ち止まった。
「毎週何百万と売れているはずのネオジャンプは一体どこにあるんですか?」
「ファッ!?」
ミリィは自らパートスレを立てたりネットで盛り上げてポチが漫画家方面で宣伝していた中一緒に話題を増やしていったのだが、突如あるツイートが目に留まり黒影にもそれを見せる。
「『ネットで話は聞くけど実際に誌面を見たことがない』、どの時空にでもあるはずなのに都市伝説みたいな扱いされてるんだ、ジャンプ編集部に連絡まで来たらしい」
「何言ってんすか、俺らちゃんと雑誌が作られてるところチラチラ見てただろ」
「ちゃんと見なさい……確かにネオジャンプは存在するし、ちゃんと利益も出ている、漫画の感想もあるにはあるのに時空全土の漫画にしては売れてる気配がないんです」
「おっと……時空のどこでも読めて一番の漫画雑誌にしては由々しき事態だ、これは俺がなんとかするべきだね、だが安心してほしい、本屋さんにはちゃんと売り出すように言ってあるし売られてるから」
「でもまあ実際、最初に一億部も刷るって言い出したときは局長頭大丈夫スか?って思ったけどマジで引くくらい売れたからなぁ〜どうやったんスかアレ」
「最初のやつ?そんな大したことはしてないよ、時空で一番になりジャンプを越えるためにはまず読んでもらう必要があるじゃん?」
「そうだよ、だから最初の宣伝が肝心だったんです……一億といっても各世界でですよ?どんな売り方して」
「少年ジャンプを買わせた、ジャンプがネオジャンプに進化するんだよ」
「え?」
言っている意味が分からなかった、雑誌が進化する?ジャンプを買わせる?抱き合わせ商法でも少しまずい形がするのに進化という例え方がよくわからない。
黒影はそんな二人のためにペンで説明した。
「いや、そんな大したことじゃないよ……最初は少年ジャンプが売られている、それを一度全部読み上げると……魔法で本来の姿である
週刊少年ネオジャンプが現れる!一度で2度楽しめるお得雑誌というわけ」
「はああああああ!!!?ふざけてんのかこの糸目!!んなもん詐欺じゃねぇかアホ!!ジャンプ買ったらゴミになるみたいなもんだろ!」
「野獣の言い方は言い過ぎだけどそうだぞ!?ただでさえネオジャンプは普通のジャンプより高くしてるのに、ジャンプを読みたくて買った人はどうするんだ!?」
「ジャンプラだって1回読むだけならタダとかあるでしょ?それこそネオジャンプが気に入らなくてジャンプだけ読ませろなんてやつ、最初から電子で買えばいいしネオジャンプの方が面白いってわかるはずだよ、でも妙だな……見たことないって言っても全部ジャンプに変えてるはずだ、ネオジャンプが顕現しないはずは……?」
黒影はネオジャンプを全て少年ジャンプに偽装して本屋に混ぜて載せていた、じつに単純な方法だがミリィとして見ればなんとも耐え難い事実。
「ネオジャンプが少年ジャンプを偽装して売っていただとォ―ッ!!?」
この事実は即座にミリィからたくっちスノー達の元にも送られてきた。
フィルトナの言う『裏がある』が的中したがあまりにも予想斜め下な手段だったとしか思えないのでイスから転げ落ちる。
「だがあの時から突然恐ろしいくらい売れた理屈も分かったね……1億刷るというのも実際は少年ジャンプに混ぜてそれを含めて1億ってことだったのか」
「でも少年ジャンプの利益にはならない、ジャンプ編集部からすればとんでもない足枷だ」
「しかしミリィも前言っていたが値段はネオジャンプの方が上だ、買う前に見分けがつくんじゃないか?」
「それがそうでもないんだよ、黒影局長は時空で一緒に少年ジャンプを売り出す条件として500
ジーカに値上げを要求している……読者からすれば買うまで分からない、読み終えたらジャンプは消えてるときたもんだ」
ジャンプを読みたくて買ったのに読み終えたら違う雑誌に、ゲームの体験版や漫画アプリの初回無料とはわけが違う、金がかかっている上に明確に客をだましているのだから。
たくっちスノー達も同じ立場なら怒るだろう、気付けなかったのはジャンプを買う暇もなかったこと、何より同じタイミングで発売された少年ジャンプがそれほど大人気だという事だ、ニュースになってもおかしくないくらいの完売具合である。
「ならばティー、少し前まで存在すら怪しまれていたのはなんだ?ジャンプを買うやつはいただろう」
「魔法が解けてネオジャンプになる条件は『完読』だ、世の中には雑誌を買っても特定の漫画しか読まずに終わるなんてよく聞く……それに最初の1回はちょっとした企画みたいに思われるだろ?それが二回、三回と同じことを繰り返せばそれは冗談ではないと分かり……困惑と恐怖になるわけだ」
「だがたくっちスノー!そうなると否定的な意見が出てなかったのもおかしいだろ!ジャンプ公式垢にクレームの嵐が来てもおかしくない!」
「忘れたのかポチ!!そんな意見あっさり封殺される!時空規模のSNS運営も黒影の管轄だ!!」
◇
「なんでですか!?こんなのジャンプ編集部に伝えました!?こんな人を騙すような真似をして……監理局だけの問題じゃ済まないですよ!?」
「……ああ、もしかしてあまり満足してない?だとしたらごめん?」
黒影から出たのはあまりにも状況を軽く見ているような小学生以下の謝罪、野獣先輩はこれがたくっちスノーならたたっ斬ってやりたいところを我慢して話を聞くことにする。
「局長、貴方に悪意は無かったと捕らえていいんですね?」
「悪意どころか俺のやっていることは基本的に善意だよ、何をもって善意とするかという話になるんだけど……俺は人間だった頃から人生に満足出来てなかった、だから俺は神になってから皆をいい気分にさせてやりたいと思っているんだ」
「はあ……気持ちは立派だけど要はアンタがされたら嬉しいことを他の皆にもしてるって解釈でいいすか〜?それがなんでネオジャンプ偽装に繋がると?アンタ嬉しいんスか、売り物がなんか変なゴミだったら」
「変なゴミ?何言ってるの、もし君がお父さんにプレゼントを貰ったとして……『今話題の新商品なんかよりよっぽど面白いぞ!』って凄いもの貰ったらめちゃくちゃテンション上がるでしょ!アレと同じ」
「……そうですか、ありがとうございます!ためになりました!」
ミリィのこの発言は本音である、何故なら黒影のことを少しずつ理解できたから。
シャドー・メイドウィン・黒影は自分の不満足を善意として振りまく、自分が辛かったからこそ他の人に自分みたいな思いをさせない……善意としてはごく普通で立派な動機だろう。
致命的な問題なのは黒影にとって嬉しいこと、彼の善意には他人への配慮が全く含まれていない自分さえ良ければそれ以外を下げるエゴイストであることだ。
彼にとって少年ジャンプはネオジャンプを買ってもらうための当て馬に過ぎなかった。
最終更新:2025年02月25日 19:15