「戦利品はこの謎本の山と『さとるくん』の資料だけか」
さとるくんを見たことで送られた異界に関してだが、最終的な結論としては『地獄が近い』ということに落ち着いた。
奇々怪々だが恐ろしさもある世界は異世界やあの世と捉えられてもおかしくないが、時空を超えれば慣れたら自力で脱出することも可能ということは分かった。
ただし、さとるくんの方も怪物が多かったり環境が荒れているような意図的に危険な世界に送り込んでいるので油断は禁物であり、時空を超えられるからって安心ということはない。
現に
たくっちスノーも元の世界を特定するまでに大柄の怪物に襲われることが多かったとか。
「それでさ、AIにも相談しながらさとるくんに送られた先を調べてみたんだよ……そしたらどこだと思う?」
「もしかして知ってる世界だったの?」
「ダークソウルの世界だったんだよ……確かにアレは地獄だし異界でもある……一般人がそこに送られたらどうなることやら」
どうやらあの世界の人間でもしょっちゅう死ぬような世界が転移先だったという、これならさとるくんに殺されたほうがマシ……?なのかもしれないが、一応可能性はあるかもしれない、素質とかあれば。
「あっ、でも都市伝説には『時空のおっさん』っていう助けてくれる人いたよな?」
「ああそれは普通に昔の自分らみたいな旅人が偶然助けてくれた事例だね、自分もよく見たよ」
時空のおっさんとは
時空監理局以前から知られていたまさに時空を象徴する都市伝説であり、別世界に迷い込むと突如電話かかかり気がつくと元の世界に帰っているという珍しく善良な怪異である。
その真相は心の広い時空の旅人が異常を感じ取って元の場所に帰してくれるというもの、何故『おっさん』として広まったのかというと当時は時空を越えて電話すると中々繋がりにくいのでおっさんみたいな声として聞こえたということで落ち着いている。
「都市伝説の真相って時空絡みだと案外マジに近いから面白いんだよな、バカにできないよ」
「えっじゃあ解体センターとかSCPとか需要爆盛なんじゃ」
「存在しないと思われたものがしていた、それだけでオカルト界隈は大騒ぎだろうね」
そんな飢えている時空のために都市伝説調査チームもまた行動を開始する。
たくっちスノーが興味を抱いたそのネタとは……。
FILE1『トムとジェリーの幻のエピソード』
「トムとジェリー?トムとジェリーってあのカートゥーンの?」
「そう、ずる賢くてよく負けるトムとその先を行くジェリーのコメディショー、その歴史は長く
リアルワールドだと1940年も昔から作られてたって聞くよ」
前提として海外の都市伝説は別の用語で『クリーピーパスタ』と呼ばれている。
有名なもので言えばジェフザキラー、スレンダーマン、たくっちスノーのボディーガードである
Sonic.exeもまたリアルワールドではクリーピーパスタの一つとして知られている。
そして長い歴史を持つトムとジェリーもまた、クリーピーパスタが存在しているということだ。
だがどうにもミリィはしっくり来ない。
「幻ってことはつまり未公開の話って解釈でいいんだよな?もう50年近く前の話だし時期的にもまずい表現とかあって……そういうのめちゃくちゃありそうな雰囲気なんだが」
「確かにそうだな、そこら辺専門家に掘り下げてもらったら真面目な幻の回も2、3本くらいはありそう……でもクリーピーパスタになるくらいの話だからまずい表現とかそのレベルの話じゃないぞ」
たくっちスノーはネットで調べたものや独自見解などを元にして書きなぐった資料を見せる、その時点でめちゃくちゃ信憑性無い気がするが信じてごらんとばかりにたくっちスノーが見てくるのでミリィはしぶしぶその内容を確認してみる。
トムとジェリーの謎のエピソード『トムの地下室』、どうやら住処の地下室を題材にしたお話らしい、
「これを聞いてミリィはどんな話を連想する?」
「普通の作品だったら、トムが秘密の地下室をたまたま発見して独り占めしようとしてジェリーに奪われておしまいとか?」
「うん、いかにもコメディチックでユーモアのあるお話だな」
だがクリーピーパスタの『トムの地下室』はどうにもおかしい、作風に見合わぬ残虐で陰湿で心に傷を付けるような悪夢じみた短編である。
なんというか日本の都市伝説との違いはこのようなゴア要素の強さだろうか、軽はずみに調べるなという強い意思も感じられる。
「まず前提としてトムとジェリーって長い分製作陣や画風も何回か一新したってのは覚えておいてくれ」
「トムの地下室が作られた時期は?」
「第二期辺りらしい、ファンからの評価は良くなかったらしい」
「たくっちスノーからすれば?」
「正直どれがどの時期とか分からんし全部同じで面白く見える……まあ見るからに作風とか絵柄とか違うエピソードは多いけどね、要はその時期の人が作ったエピソードね」
改めて『トムの地下室』の話に戻り資料を確認する、その内容とはミリィの予想とはまさに逆。
お馴染みの主人から決して地下室に入るなと厳しく言われるトム、あまりの剣幕に戦慄して地下室に近づかないようにするがジェリーの魔の手が迫り何度も地下室へ誘導されることに。
叱られないようにするトムと悪意で害を与えるジェリーという内容も長い歴史の中では珍しくもない流れであるが、今回の場合一癖も二癖も違うのだろう。
次にたくっちスノーが用意したのは証言や情報を元に作成された再現ビデオ、既にネットにも公開されている。
ビデオなのは単にミリィが昔のもの大好きなだけである。
再生すると資料に書いてあった通りの内容に加えて普段の映像には見られない飼い主による痛々しい処罰、血飛沫、趣味の悪い攻撃性の高い映像。
終盤にはトムも弱気になり泣いて懇願し、ジェリーはトムを守るために飼い主に手を出すが……なんとそこで殺害してしまう。
わずかとはいえ『死』を連想させるような展開の話も無くはないのだがここまで直接的な表現なんか出来るわけがない、大袈裟に盛っている……だけだと思いたい。
そして邪魔者を地下室に隠そうとすると、奥に隠されていたのは山積みになった遺体。
ジェリーは不敵な笑みを浮かべてナイフに手を伸ばし、トムの別エピソードでも聞いた「信じるな」という発言と共に全てがいなくなる。
残されたジェリーは空き家に値下げの看板を立てて次の獲物を待ち続ける……ここでお馴染みの『The End』が流れて終わってしまう。
確かにこれは幻のエピソードとされるが……こんな物が存在していたのか?
「そもそもなんでこんな話が生まれたんだろう……他の都市伝説でも記憶違いからそれっぽいものを連想したっていう例は多いけど」
「終盤でウルトラマンが洗脳されて街を襲う展開があるっていうのは直前の別作品の展開と混同してたとかな」
都市伝説の一般的な真相は『勘違い』である、人の記憶は曖昧なのでいざ調べなおしてみると実際はそんなことはないというのはザラであるが時空レベルの都市伝説がそんなチャチなものではない……と思いたい。
「でもこの作新の調査なんてどうするんだ?エピソードがあるかないかも曖昧なのに……ん?そういえば幻のエピソードって日本でもなかったっけ?」
「ドラえもんの『タレント』のことか?」
タレントとはドラえもんに存在すると言われている謎の回、ただしこのエピソードはトムの地下室と違い悪趣味な要素は少ない……というか支離滅裂で話の趣旨もさっぱり分からない意味の分からなさによる恐怖を誘うものである。
妙なのはトムの地下室と違いタレントを実際に見た覚えがあるという証言が多数存在したことにある。
これも脳内でエピソードや作品が混ざった記憶違い説があるが、タレントに関してはまたいつか別の機会に掘り下げよう、問題はこのトムの地下室である。
他人事ではない、エピソードということは時空では実際にこんなことが起きていたかもしれないということになり……その真意を確かめる裏技がたくっちスノーにある。
「も……もしかしてトムとジェリーの
はじまりの書をよむの!?」
「その通り!メイドウィンならこれだけでお話全部必修できちまう!たとえそれが80年の歴史を持つ超大作であってもね!」
善は急げとばかりに調査用の乗り物を用意する、もちろんこれもたくっちスノーとミリィが気合を入れて作成した特注の大型車、たくっちスノーは免許持ってるの?と聞かれたが成分でライセンスなんて誤魔化せると犯罪スレスレなことを答えていた、これでいてちゃんと運転免許持ってるのだからタチが悪い。
新幹線とかで乗ったほうが早いのだが無駄だから楽し
いものだと人造人間も言っていたので精一杯楽しんでトムとジェリーの世界へと向かうことに。
たくっちスノーは助手席のミリィにチーズスティックを差し入れして食べながら話を続ける。
「ところでさぁたくっちスノー、トムの地下室の時期の作品ってどんな感じのやつなの?」
「あー、えっと……第二期はジーン・ダイッチ期っていうんだが……うーんあまり聞いたことない作品ばかりだな、DVDとかで有名なのは第一期のハンナ=バーベラ期にめちゃくちゃ揃っててやばいけど……ちなみにあの独特な絵柄のやつはチャック・ジョーンズ期ね」
「それってめちゃくちゃプレッシャーかかるんじゃ……」
「かかってたかまでは分からないよ……まあ、そこまで知名度がないからこそ幻のエピソードを挟むにはちょうど良かったって感じかな」
「ハンナ期とチャック期はエピソード群があまりにも有名すぎるからおかしいとツッコまれるだろうね、それを謀ってダイッチ期ということになったなら……哀れだが」
話してチーズスティックが空になっていくうちに時空間生成エネルギーが溜まったのでレバーを引くと目の前が
時空の渦になり時空間へ飛び込み……アメリカンでカートゥーンな雰囲気、ギャグチックでぶつかってもそのまま変な形になりそうなトムとジェリーの世界へと辿り着く。
問題はここからどうやってメイドウィンに会いに行くかだが、リアルワールドのメイドウィンであるたくっちスノーは特別な手段を使えばメイドウィンだけが入れる個人ルームへと入ることが出来る。
ミリィが足元のボタンを押すとタイヤが変化して空を……いや、見えない何かに乗って上へ登っていく。
「たくっちスノーなにこれ!?」
「黒影には内緒にしておけよ、独自に研究した時空の渦を自然に発生させる際に構成される独自の元素……この場合、空想と名付けておくか、メイドウィンから分泌されるこの元素を操ればメイドウィンの所に行けるって寸法よ」
空想に乗って上に登った先にはまるで本の表紙のような分厚い絵柄の壁があるが、たくっちスノーは手を伸ばすだけで柔らかく溶かすように通り抜けて中に入っていき……そして見えなくなった。
◇
「ついたぞミリィ!」
「ん……え!?なんだこれ!?これがメイドウィンの……」
壁を通り抜けた先は本当に部屋としか言いようがない一室、壁を抜けただけのはずなのにドアを開けた感覚も家の中に入った感じもしない……本当に唐突だった。
これがメイドウィンの感覚というものだろうか。
「あれ?じゃあたくっちスノーもあるのか?」
「あるけどあんまり使いたくないんだよな……だってほら、ナタのお下がりだから家具とかそのままなんだよね」
「ああ……なんか事故物件とは違うけどなんか過ごしにくいってのはある、じゃあChannel事務所みたいに模様替えしたらいいのに」
「メイドウィンの住処勝手にいじれるかよ……何があるか分かったもんじゃないだろ」
「それでいつまで話をしているつもりなんだ」
トムとジェリーのメイドウィンが二人のそばに来て話してくるがミリィは驚愕する、あれほど奇怪な作品のメイドウィンなのだからどんな奴が来ても驚かないようにはしていたのだかそれでも衝撃を抑えきれなかった、何故ならそこにいたのは……ライオンだった。
ライオンといえど荒唐無稽な発想ではない、正直言って見覚えがあるのだ。
「もしかしてお話始まる前のイントロでしょっちゅう吠えてる例のライオン!!?」
「絶対にミリィ驚くと思ったぜ、お前もちゃんと空気読んでガオーだけ言えよ」
「いやアレ仕事でやってるだけだから……喋らないと真面目にただのライオンだぞ」
「子供の夢を壊すようなこと言うな!何年その仕事やってると思ってるんだ!」
「何年というか使い回し何個かあるから実際はそんなに」
「やめてよたくっちスノー!話進まないから!!」
話を遮ってミリィが目的の物であるトムとジェリーのはじまりの書を探すことに、エピソードとして実在しているのであればしっかりこの中に残されているはずである。
見るからに物々しい宝箱があるので開けてみると……デカい、まるでポケモンの攻略本というか国語辞典というか……下手したらそれよりもずっとデカい本。
普通のはじまりの書すら結末が存在しないとはいえ普通サイズなのにこの見た目は異常としか言いようがない。
「これで驚いてるようじゃまだまだだぞ、こち亀のはじまりの書とか開くことも困難だからな」
「どんだけデカいの!?」
「それで該当エピソードは?言っておくが無関係な奴がはじまりの書を読んだらこう、頭パーンってなるからなパーンって」
「無量空処?」
「該当エピソードはジョーン期、タイトルは日本語訳でトムの地下室」
それを聞いた途端……ライオンははじまりの書を閉じてたくっちスノーを見る。
これは明らかにアレだ、この手のネタでありがちなあまり詮索するんじゃないという合図そのものでありそのまま追い出されるように空に落下する。
たくっちスノーはそんな危機でも落ち着いており、意味が分からなくて何も出来なかったミリィを救出してそのまま車に乗る。
「よっしゃ!あの反応からして間違いなく何かあるな!」
「えっちょっと待ってよ!説明して!!それともまさかまた尺が押してるってやつ!?」
「直接ネタを見て存在していたか確認するなんてつまらない調査するわけないだろ、自分が知りたかったのはあの反応!あの隠したいような振る舞いからお墨付きを欲しかっただけだよ!」
「え、ええ……?なんてあくどい……まあ隠したくなるけど」
トムの地下室がもし存在していたことになればジェリーが凶悪な殺人鬼ということになってしまう、確かにちょっとライン越えたりする回もあるにはあるが度を超えている。
全ての作品が実際に起きていることになる時空ではジェリーが何食わぬ顔で過ごしながら残虐な振る舞いを隠していることになる、メイドウィンなら名誉毀損されてるようなものかもしれないが……。
「俺でもあのビデオで見たジェリーとお馴染みのやつが同一存在とは思えないよ」
「じゃああのジェリーだけ別個体だとしたら?従兄弟も居るし見た目がそっくりなエイリアンが出てくるエピソードもあるんだ、ドッペルゲンガーとかいてもおかしくない」
「あくまであのジェリーとは別人ってこと?」
「一旦そういうことにしておく」
次に向かったのは『トムの地下室』の舞台でもある民家、作品によって住処も異なるので探すのも一苦労だったが1時間かけてようやく似たような見た目の家を見つけた。
見た目と言ってもネットで又聞きしたものや漏洩した物の継ぎ接ぎから生まれたものなのでこれまた信憑性は薄いのだがどうやら正解らしい、ドアに近づいた途端周囲から見られているような視線を多く感じるようになった、本格的な都市伝説調査らしくなってきてたくっちスノーはワクワクしてきたが薄気味悪くなったミリィは抱きついてくる。
「きっしょ!ミリィじゃなかったらひきはがすぞ」
「いやだって怖いだろ!?なんかさっきから感じるんだよネコの視線!」
「そりゃネコが主役の作品なんだから感じまくりでしょ、人間よりは怖くないから」
たくっちスノーは止まることを知らずに直行、指を作り替えて鍵穴に差し込んでピッキングして中に入り、中を散策するとあっさりと地下に続く階段のような物を見つけたのでグイグイと入っていく。
鍵もかかってるのに地下を調べたところで遺体を調べて何になるのか、残ってるとしても既に処理されてるのではないのか?とミリィが考える暇もなく追いかけることに精一杯だった。
「ミリィ見ろ!白骨死体が山程あったぞ!」
「話聞いてる!?」
たくっちスノーは喜んでいる、どうやら『トムの地下室』は存在はしているらしいが見るだけ見て引き返す。
テレビゲームの墓場と同じで時空における詳細を知りたいだけで暴きたいわけではない、全貌を知ればそれは都市伝説としての面白みが無くなってしまう……そういうことだと察したミリィは結論だけ聞く。
「じゃあ本当にジェリーかそれに似た存在があの惨劇を……?」
「まあマジの事件なら自分達じゃなくて特盟の仕事になってくるし、あったと分かっただけでも良かったじゃないかで切り上げたほうがお互いに都合が良い、絵に描いた餅に上がり込まれるのも殺人鬼としてはいい気分ではないだろうて」
「……もしこれで調査資料書いてまた事件になるような事が起きたら?」
「その時はその時だ、なにせ今の自分達は警察や探偵でもなければオカルト研究会、岸辺露伴でもない……時空に存在する都市伝説が実際はどうなのか個人で知りたいだけ……あくまでそれだけを通すからな」
こうしてたくっちスノーは1枚のファイルを閉じた。
最終更新:2025年05月23日 06:50