ユング心理学では影は本来、自我を補完する作用を持った元型とされる。自身とは対極の性質を持ったもの、本作でいう受け入れがたいものを赦すことで意識が進化し、新たなペルソナとなる。P4でのペルソナ覚醒の一連の流れは原典に近いものがあるが、シャドウは自らの意思で本来の人格を持つ本体にとって代わるという目的があるのはいまいち筋が通らない。本来、シャドウに拒絶するのは元々の意識をもつ本体で、シャドウはある意味、意識をもったものとしては存在していないはずである。なのに、どの影も自ら本体を拒絶させ、自身を本体から隔離しようとしている。これはユングの唱えた影のあり方とはすこし矛盾しているように見える。ニャルラトホテプのような存在が抑圧下での進化を促すために、テレビの中の世界でのシャドウに本体と分離するように仕組んだのか。

  • 派生考察

ストーリー上、意識されることはないが、ボスシャドウ(個人の影)とそうでない普通のシャドウの線引きとは一体何なのか。連続殺人の被害者は自身の影に殺されたという可能性は高いが、主人公の覚醒シーンでは自身の影ではない、ただのシャドウが襲いかかってくる。つまり、テレビの中のシャドウにとってP3のようにシャドウの領域に入ったものは皆攻撃対象ということである。影の目的が影自身の自己の確定だとすると、一般的なシャドウは個人的な影とはまったく違う理由で人を襲っていたということになる。千枝がテレビの中のシャドウは私達の心の世界が影響しているという発言をしているところから見ると、一般的なシャドウは普遍的無意識の中に存在する影ととらえることができる。となれば、一般的なシャドウは一体、何が目的で行動していたのか。P3のようにニュクスの復活を目的としているように、ラスボスであるイザナミが関係しているのか。

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最終更新:2014年08月15日 03:08