「むかしね・・・母さんが死んだあと、あの山を越えたの」
久しぶりに帰郷したビアンカは、そう言って正面にある山を指差した。山に囲まれた村の中で、ひときわ高い山だった。
そよそよと吹く風に前髪を揺らしながら、ビアンカとリュカは村はずれの丘に立っていた。
「母さんが死んだのが悲しくて、信じられなくて。村の人はあたしを、母さんはあの空の向こうへ行ったんだよって言ってなぐさめてくれた。あたし、母さんにもう一度あいたくて、一人で山を越える決心をしたの。ずっとずっと歩いていけば、いつか空の果てにたどりつけるんじゃないかって、そんな気がしたんだわ」
ビアンカは顔をうつむかせて、長い睫をしばたたかせた。
あのとき。
子供の足で、どうにか山一つ越えたが、空の果てはおろか、その先にも行くことはできなかった。
迷子になって、ブーツもつぶれ、足の裏をマメだらけ血だらけになって泣いていたところを、捜索にきた村人に保護されたのであった。
「ばかみたいでしょ。あたしももう十二歳になってたから、死んだ人にはもう会えないことくらい、わかってたはずなのに。・・・でも、それでもね」
久しぶりに帰郷したビアンカは、そう言って正面にある山を指差した。山に囲まれた村の中で、ひときわ高い山だった。
そよそよと吹く風に前髪を揺らしながら、ビアンカとリュカは村はずれの丘に立っていた。
「母さんが死んだのが悲しくて、信じられなくて。村の人はあたしを、母さんはあの空の向こうへ行ったんだよって言ってなぐさめてくれた。あたし、母さんにもう一度あいたくて、一人で山を越える決心をしたの。ずっとずっと歩いていけば、いつか空の果てにたどりつけるんじゃないかって、そんな気がしたんだわ」
ビアンカは顔をうつむかせて、長い睫をしばたたかせた。
あのとき。
子供の足で、どうにか山一つ越えたが、空の果てはおろか、その先にも行くことはできなかった。
迷子になって、ブーツもつぶれ、足の裏をマメだらけ血だらけになって泣いていたところを、捜索にきた村人に保護されたのであった。
「ばかみたいでしょ。あたしももう十二歳になってたから、死んだ人にはもう会えないことくらい、わかってたはずなのに。・・・でも、それでもね」
顔を上げるビアンカ。
リュカは静かに、その横顔を見つめている。
「会いたかったの。会って、伝えたいことがたくさんあった気がしてたまらなかったの。居ても立ってもいられなかった・・・今思えば、何をそんなに伝えたかったのか、わからないのに」
「うん・・・わかるよ」
リュカはビアンカの肩を抱く。
ビアンカは目の前の山を見つめたまま、そっとリュカの肩に頭をあずけた。
「ぼくも目の前で父さんを亡くしたから。最期の言葉を交わす暇すらなかった。・・・だから、ずっと思ってた。父さんに一目でいいから会いたい。会って、言葉を交わしたいって。――いろんなこと教えてくれて、ありがとう。育ててくれて、ずっと守ってきてくれてありがとう。父さんのこと、大好きだった・・・伝えたかったのは、そんな言葉だったような気がする」
風が吹き抜ける。
二人の紫と紅のそれぞれのマントが、鳥のはばたきのような音を立てて小さくはためいた。
リュカは静かに、その横顔を見つめている。
「会いたかったの。会って、伝えたいことがたくさんあった気がしてたまらなかったの。居ても立ってもいられなかった・・・今思えば、何をそんなに伝えたかったのか、わからないのに」
「うん・・・わかるよ」
リュカはビアンカの肩を抱く。
ビアンカは目の前の山を見つめたまま、そっとリュカの肩に頭をあずけた。
「ぼくも目の前で父さんを亡くしたから。最期の言葉を交わす暇すらなかった。・・・だから、ずっと思ってた。父さんに一目でいいから会いたい。会って、言葉を交わしたいって。――いろんなこと教えてくれて、ありがとう。育ててくれて、ずっと守ってきてくれてありがとう。父さんのこと、大好きだった・・・伝えたかったのは、そんな言葉だったような気がする」
風が吹き抜ける。
二人の紫と紅のそれぞれのマントが、鳥のはばたきのような音を立てて小さくはためいた。
「でも、ポワンさまの力で、また生きている父さんに会えたとき・・・そんなことのどれ一つ、言えなかったんだ。父さんを前にして、言葉が出てこなかった。だけどそれでよかったんだって、最近は思うようになったよ」
「どういうこと?」
「伝えたかったことは、ぜんぶ伝わっていた。言葉にしなくても、父さんはきっとわかっていてくれた・・・本当の想いは、それまで一緒に過ごした日々の中で伝わっていたんだって、わかったから」
リュカはそこで言葉を切って、何かに気づいたように後ろを振り返った。
ビアンカは何?、と尋ねるようにしてリュカの顔を見上げる。
リュカはビアンカを見つめて悪戯っぽく微笑み、
「・・・今のぼくたちが、子供たちから、たくさんの想いを受け取っているようにね」
振り返ると、二人の子供たちが愛らしい笑顔を浮かべて、こちらへと丘を登ってくる。
「おとうさ――ん、おかあさ――ぁん」
息をはずませながら、声変わりもまだのあどけない声を上げて駆けてくる双子。
駆け寄ってくる表情には、紛れもない親しみと喜びが浮かんでいる。
「どういうこと?」
「伝えたかったことは、ぜんぶ伝わっていた。言葉にしなくても、父さんはきっとわかっていてくれた・・・本当の想いは、それまで一緒に過ごした日々の中で伝わっていたんだって、わかったから」
リュカはそこで言葉を切って、何かに気づいたように後ろを振り返った。
ビアンカは何?、と尋ねるようにしてリュカの顔を見上げる。
リュカはビアンカを見つめて悪戯っぽく微笑み、
「・・・今のぼくたちが、子供たちから、たくさんの想いを受け取っているようにね」
振り返ると、二人の子供たちが愛らしい笑顔を浮かべて、こちらへと丘を登ってくる。
「おとうさ――ん、おかあさ――ぁん」
息をはずませながら、声変わりもまだのあどけない声を上げて駆けてくる双子。
駆け寄ってくる表情には、紛れもない親しみと喜びが浮かんでいる。
「探しちゃったよー、いきなりいなくなるんだもんっ」
「おじいちゃんが、お母さんは相変わらずだねって笑ってたわ!」
にぎやかな笑い声を上げて、双子はリュカとビアンカに抱きついてきた。
その小さな体を抱きとめながら、ビアンカは心からの笑顔を浮かべた。リュカを見上げ、うなずきながらこう応える。
「ええ、そうね・・・本当にそうね!」
大切な贈り物は、こうして毎日受け取っている。
本当に伝えたいことは、言葉にするまでもなく、伝わっているから。
・・・何も後悔することはない。
澄み渡る空を見上げ、ビアンカは大きく息を吸う。雲一つない空の今日は、天上にいる母親からも、ビアンカとその大切な家族のことがよく見えることだろう。
そしてビアンカの幸せを、天国でひそかに喜んでいてくれるに違いない――そう信じて、ビアンカは空に向かって、そっと微笑みかけた。
「おじいちゃんが、お母さんは相変わらずだねって笑ってたわ!」
にぎやかな笑い声を上げて、双子はリュカとビアンカに抱きついてきた。
その小さな体を抱きとめながら、ビアンカは心からの笑顔を浮かべた。リュカを見上げ、うなずきながらこう応える。
「ええ、そうね・・・本当にそうね!」
大切な贈り物は、こうして毎日受け取っている。
本当に伝えたいことは、言葉にするまでもなく、伝わっているから。
・・・何も後悔することはない。
澄み渡る空を見上げ、ビアンカは大きく息を吸う。雲一つない空の今日は、天上にいる母親からも、ビアンカとその大切な家族のことがよく見えることだろう。
そしてビアンカの幸せを、天国でひそかに喜んでいてくれるに違いない――そう信じて、ビアンカは空に向かって、そっと微笑みかけた。