ビアンカ萌えサイト@Wiki

幸せ

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medaka

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「・・・い・・・あか・・・だけど」
夜も更けたアルカパの夜。何か変な声が聞こえてくる。気になって眠れない。といってもレヌールのお化けじゃない。聞き慣れたこれは娘のビアンカの声だ。
こんな夜遅くまであの子は一体何をやっているんだか。

「何してんのさ。こんな時間まで」
眠たい目をこすりながら、母親はビアンカの部屋を覗き込んだ。
「あ、母さん。見ての通り、本読んでるのよ。物語の本」
「へぇ・・・」
めずらしいこともあるものね?家にいるより外に出たがるおてんば娘が。そういや、この前本が読めなくて恥かいたとか言ってたから、悔しくて練習してるのかしらねぇ。
娘の心情が手に取るようにわかるみたいで、母親はクスリと笑った。

「何がおかしいのよ~」
「いやいや、で、読もうとしてるけどなかなか読めないってところかい?」
「う・・・」
図星である。読めるのなら聞こえてくるのはもっとちゃんとした文章のはずだから。

「あたしが悪いんじゃないよ。この本の字が難しすぎるからいけないのよ」
自らの非を認めたがらなくてぷうっと顔を膨らませる。その仕草がおかしい。
「ははは、どれ、あたしが読んであげるよ。ずっと声が聞こえてくるんじゃ寝られやしないし。
 よ~く聞いて覚えるんだよ。いいね?
「うん!」
そう言うと娘が嬉しそうにうなづいたので、母親は子どもを自分のヒザの上に座らせる。
そして本を開いて読んでいる部分の字を指でなぞりながら、少しずつ話聞かせた。

字はこの子にはまだ難しいかもしれないが、話の方はそうでもない。よくある類のおとぎ話だ。
「・・・そして、少女は王子様と結婚し、いつまでも幸せに暮らしましたとさ」
まあ、終わり方も割とありふれたものだった。
わかりやすいけど、冒険好きのこの子にはつまらないかもな、と思いながら読み終える。
「わあ・・・」
ところが顔を覗き込むと、予想に反して娘が目を輝かせて嬉しそうなのがわかる。
あれ?この子、こういうのも好きだったのか?と、ちょっと意外な感じがした。

      • 数日後
「母さん!母さん!わたしあの本最後まで読めたわ!ちょっと聞いてて!」
いきなり懐に飛び込んで、自分の読む姿を聞かせようとする娘。
その様子に、お、と娘の成長ぶりを見直した。
まだたどたどしいが、ちゃんと本に書かれている通りの文章が読めている。
「すごいじゃないか。ずいぶん上手く読めるようになったじゃないの」
「うん、わたし、あれから一生懸命練習したの!」
「ああ、よくわかるよ。前と大違いさ。そんなにその話が気に入ったのかい?」

「うん!だって、ホラ、これ!」
満面の笑みを浮かべて、ビアンカはラストのページを開いてそこに描かれた挿絵を指す。
ラストの絵だから、結婚の場面だ。美しいドレスを着た女性の姿が描かれている。
「とってもきれいなんだもの!いいなぁ、こういうのって思ったから」
ああ、なるほど、そういうことかい。この絵が気に入ったってわけか。
「いつまでも幸せにか、いいよね。あたしもこんな花嫁さんみたいになってみたいな」
お化けも蹴散らす勇敢な子だけど、こういうのに憧れる面もあったのか、と思うと微笑ましい。

「ははは、そうだねぇ。いつまでも幸せに、か
 でもま、経験者のあたしから言わせてもらえば、結婚そのものは幸せってわけじゃないよ」
「え?そうなの?」

「そりゃお前、結婚ってのはゴールじゃないからね。むしろ始まりさ。旦那との新しい生活のね。
 まあ、長い人生色々あるモンよ。そうそうおとぎ話のようにはいかないねぇ。
 うちの父さんにしても弱気なところはアレだし、娘は娘で面倒事の絶えないおてんば娘だし」
「う゛・・・あ、そ、そう?エ、エヘヘ・・・」
いつもの素行にきっちり釘を刺されて、ビアンカは苦笑いを浮かべている。

「開き直ったか。まあいいんだよ。あんたはそれでね。今さら無理にお嬢様ぶっても逆に気味悪い。
 何が言いたいかっていうと、結婚したら幸せが保障されるんじゃなくてさ。
 むしろこれから一緒に幸せになるよう努力しようって、誓い。それが結婚ってものよ」
「ふ~ん・・・じゃあさ、母さん今幸せ?結婚してよかったと思ってる?弱気な父さんとおてんばな娘がいて幸せ?」
表情がコロコロ変わって今度は不安そうに顔を見てくる。多少さっきの話を気にしていたようだ。

「ああ、幸せだよ。毎日が楽しいね。こんな楽しい思いはなかなか出来るもんじゃないよ。
 よかったと思ってるね。お前もいつか、そうおなり」
ごまかしではなく本心から、母は娘にそう言った。それを聞いて娘の顔がパッと明るくなる。

「うん!わかった!じゃあわたしが結婚する時は絶対見に来てよね?
 わたし、絶対幸せになるから。こんなきれいなドレスを着た姿、母さんにも見せてあげるから!」
それを聞いて、そうかい、そりゃ楽しみなことだと、母は娘に笑い返して頭を撫でてくれた。

      • 夢を見ていた。少しうたたねをしていたらしい。
空を見上げるとまだ日が高い。料理の鍋を煮込む、ほんのわずかな間に垣間見た記憶。
懐かしい思い出。まだ子どもだった頃の、おとぎ話に心を膨らませた遠い遠い夢の話。

      • と、そんな夢うつつな気分が、後方の衝撃音で一瞬で目覚めた。
「ち、ちょっと、ゲレゲレ!そんな勢いで馬車に乗り込まないでよ!壊れちゃうじゃない」
『ガウ?』
「もう少しゆっくり入らないと・・あ、コラ!あなたたち勝手につまみぐいするんじゃないの!」
「わ、気づかれた!」
一目散に逃げていく。離れていても親に似たのか。まるっきり子どもの頃の自分にそっくりだ。

もう、とそんな後ろ姿に昔の自分を重ね合わせて苦笑いを浮かべる。
母さんもわたしの姿を見てそう思ったのだろうか、と考えてみるとおかしい。
(末永く幸せ、か。そうねぇ、母さんの言うとおりね。なかなか上手くいくものじゃないね)
おとぎ話のように王子様と結婚してしまった彼女だけど、現実はおとぎ話ではない。
ここまで来るのにいろんな紆余曲折を経てきたものだ。トラブルの数は半端なものではない。

でも、色々あったけれど、これからも色んなことがあるだろうけど。
こうして夫と子どもに、愉快なモンスター達。楽しい仲間に囲まれている。
自分には玉座でかしこまっているのは性にはあわない。これぐらい賑やかなくらいが丁度いい。
結婚の様子を、孫の顔を、そしてドレスも。あの人に見せることはついに出来なかったけど。
心の中で気持ちが充実しているのを、今、確かに感じ取っていた。

『幸せかい?』
空が笑った。明るい太陽が穏やかに彼女の姿を照らしている。
そんな空に向かって、彼女はニコッと満面の笑みを返した。

   (うん、わたし・・・幸せよ。母さん・・・)

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