ビアンカ萌えサイト@Wiki

ビアンカといばらのムチ

最終更新:

medaka

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「水のリングを探すの、わたしも手伝ってあげるよ」
彼にそう言って、彼女は支度を始めた。皮のドレスにうろこの盾。それに…
(この、いばらのムチ)
長い間慣れ親しんだ、彼女の愛用の品を取り出した。
今までずっと使い続けてきた、この一本のムチを。

…初めて手にしたのは、それはもう10年以上も前のこと。
「いばらのムチにブーメラン?そりゃゴールドは足りてるから、売ってはやれるけど…」
夜のアルカパの町。閉店寸前の武器屋に押し掛けてきた2人組。
「君らが使うのかい?…こんな扱いにくい武器を、君らみたいな子どもが?」
その2人の子ども達を目の前に、主人はあからさまに難しそうな顔を浮かべた。

「大丈夫よ!こんなのすぐ使いこなしてみせるわよ!ねっ!」
年上の女の子、宿屋のビアンカがドンと、胸を叩いて隣にいる男の子に声をかけるのでその子もそれにつられてか、またうんとうなづく。
随分自信があるような様子で、元気があるのは結構なことだが…
…その自信は何を根拠に?

「これがあの武器屋で一番強い武器よ!これさえ使いこなせれば
 お化けなんてひょいひょいってやっつけて、子猫ちゃんを助けてあげられるわ!」
店を後にし、手にした新しいムチを見て、ビアンカはずいぶんと調子のいいことを言っている。
気合いが入っているのはいいことだが、 『使いこなせれば』 そこが一番問題だろうに。
はっきりいって、自分の体よりも大きなそのムチは、彼女にはどう見ても不釣り合い。

「でも、本当にそんなの使えるの?」
こちらも真新しいブーメランを手に、でも対照的に表情は不安げに。少年がそうつぶやく。
「だーいじょうぶだって!わたしはあなたよりもお姉さんなんだから。少しは信じなさいって。
 本で見たことがあるわ。ムチっていうのは確かこう構えて、そしてすばやく…ふる!」
一応、構えは間違っていなかった。全くでたらめという程でもない。

でも知っているということと、出来るということには、天地の開きがあるというものだ。

「うわあ!ビアンカ。なんでこっちに来るの!」
勢いよく振りかざしたまではよかったが、そのまま勢いあまって後方にいた少年の方に先端が飛ぶ。
長いムチを的確に走らせるにはそれなりに修練がいる。まして子どもにすぐできることじゃない。
目の前にきたそれを、少年は慌ててかわす。直後空気を切り裂く音がその耳に入る。
なるほど、確かに当たれば痛そうだ。しかし思い通りにあやつれなければ意味がない。

「あ?あれ?こんなはずじゃないんだけどな…」
「ビアンカ…やっぱり無理なんじゃないの?」
「!そ、そんなことないわよ!ちょっと慣れればすぐに出来るようになるんだから!
 あなたも、そのブーメラン、使えるようにちゃんと練習しておきなさい!」

内心焦りながら、少年との間をさっきよりも空けて、ビアンカはひたすらムチを振るう。
『お姉さんなんだから』 さっき言った言葉を思い浮かべながら。
ついでに少年の前で本を読めなかった失態も思い出してしまって、ブンブンと頭を振った。
(もう失敗なんかしてらんないわ。わたし、お姉さんなんだから!わたしがしっかりしなきゃ!)

「うわあ!ビアンカ!離れて」
「え?」
後ろから悲鳴混じりの声が彼女の耳元に届いた…時にはもう遅かった。

 ごい~~~ん
頭の中でかなり嫌な音が響いた。そしてその直後痛みがじわじわとわいてきた。
少年のブーメランが、ビアンカの後頭部をものの見事に直撃した

「く、あ、く、く~~~~~~~~!」
言葉にならない。彼も慣れないので幸い勢いは大したことなかった。でもやはり痛い物は、痛い。
「わ、わたしに当ててどうすんのよ~投げたら自分の手元に戻すのがブーメランでしょ?
 どこ飛ばしてんのよ~もう!」
涙目になりながら、ビアンカが怒ったので、少年が心底申し訳なさそうな顔で謝ってくる。
といっても自分もさっき同じようなことをやっているのだから、あまり人に言えたことでもないが。

数時間後、結局その後お互いあっちこっちに余計な傷を作って、寝ころんでいる。
「疲れたなぁ…難しいね。これ。すぐに出来ると思ったら大間違いだったね」
少年のつぶやきに、今度は素直にうなずいた。これだけ失敗するともう返す言葉がない。
そう、お姉さんだろうが何だろうが、初めから上手くこなせるわけがない。
『カッコ悪いな』というのが最初の感想だったが、疲れで気力と一緒に意地も失せてきた。
(お姉さんなんだから、なんて気負っててもしょうがないか…)
急に肩に入っていた力が落ちた。一人で焦っていた自分がバカみたいに思える。
「ぷ、あははは、あははははは!」
そうしたら急に笑みがこぼれてきた。何だかおかしくなった。いいじゃない、できなくったって。
できないなら、できないから、できるようになるまで頑張ればいいんだ。字だって道具だって。
何だってそうよ。すぐにだなんて思わないで、少しずつ出来るようになっていければ。
要は何をしたいのかってことだけ忘れなきゃ、それでいいじゃない
(今はまず、あの子猫ちゃんを助けるコトね。そのためには…!)
「よーし!じゃあこれからあなたとわたしで競争よ!どっちが上手く使えるようになるか!いいわね?」
意地張らなくたって、いいじゃない。自分に素直に、向き合うことができるなら。

(…懐かしいな…またこのムチを持って、少しとはいえ、彼と冒険をするなんて)
そんな感慨深いまなざしを、彼女は10年間を共にした『戦友』に向ける。
そして振ってみる。初めはあれだけもてあましたのに、今はまるで体の一部のように手になじむ。
だが、どれだけ彼女の物持ちがよくても、いばらでできたムチは徐々に痛んできていた。
思い出のこの品にも、あちこちに細かい切れ目が見える。もう、それほど持ちそうにない。
多分次の戦いで、今度こそ使い物にならなくなるだろう。ついに取り替えの時が来たようだ。
(今までありがとうね…あなたにも随分助けられたわ。お疲れさま…。
 …でも、もう少しだけ、わたしの思い出に付き合ってくれる?)

「さあ、行きましょう!のんびりしてはいられないんでしょ?」
青年を呼ぶ明るい声が空に響いた。あの時とは違う時と場所で、彼女は再び旅に出る。
その手と心に抱えた、小さな思い出とともに。彼女は見知らぬ未来へ歩み出す。

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