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キッス

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medaka

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  • ビアンカ萌えスレ22@311さん
「フローラさんと結婚した方がいいに決まってるじゃない――」
 そう、言ったときのビアンカの、笑顔が。
 揺れる声が。
 そっと握りしめられた、細い指が。
 僕を突き動かして、そうさせた。

 気がついたときには、強引にビアンカの肩を抱き寄せ、僕はその唇に唇を重ねていた。
 触れ合ったやわらかい感触から、痺れるような喜びが全身に走る。
 自分のしたことの意味を理解するよりも、僕はただ、その甘美な感触に
おぼれようとしていた。
 でも、鋭い衝撃と音が、それを許してくれなかった。
 ――ぱんっ。
 ビアンカにひっぱたかれたのだ、ということを、微酔から現実に引き戻された僕は、
すぐには気づけなかった。
「な、な、な……何てことするのよっ」
 ビアンカの唇がわなわなと震えている。僕がさっきまで触れていた、
小さくて柔らかい、その唇。
 水の青を映したような瞳は、湖水そのもののように潤んで、揺れていた。
 頬は真っ赤に高潮して、形のいい睫毛はキッと釣りあがっている。
 ビアンカが怒っている……妙に冷静に、そう思った。

「け、結婚を控えた人が、別の女性にこんなことするなんて――フローラさんが
かわいそうだと思わないの!?」
 こういう怒り方、本当にビアンカらしい。
 いきなりキスされた自分じゃなくて、フローラさんのために怒っている。
 ビアンカは、いつだってこういう人だ。
 彼女がこんなふうに全身全霊で怒るのは、自分のためじゃなくて、誰かのために
怒っているときなんだ。
 こんなビアンカだから、僕は。――僕は。
「……ごめん、ビアンカ」
「ごめんじゃないわよ……」
 大きな瞳から、今にも涙は零れ落ちそうだった。
「リュカが……結婚が決まりかけてる人がいるのに、その人以外にこんなことが
できるようになってたなんて、ショックよ……。男の人って結婚前に羽目を
外したくなるって聞いてたけど、まさかリュカが」
「違うよ、ビアンカ!」
「……」
 僕の言葉をさえぎるように、ビアンカは大きく肩を落として、ため息をついた。
「いいわ。忘れてあげる。でも、結婚してからこんなことしちゃダメよ」
「ビアンカ……」
「もう、おやすみなさい、リュカ。明日、花婿さんが目にクマをつくってたんじゃ
かっこがつかないでしょう」
 顔を上げたビアンカは、もういつもの表情だ。
 僕の頼れるお姉さんでいてくれた十年前の、強気で暖かな笑顔。

 ルドマンさんの別邸を出た後、振り返ると、明かりはまだ灯ったままだった。
 ビアンカはまだ眠らないんだろうか。
 ……僕は、さっきビアンカに触れた自分の唇に手を当てた。
 勝気な言葉ばかり紡いでるビアンカの唇は、あんなにも柔らかかった。
 それに、ビアンカって――あんなに、小さかったんだ。
 十年前は、ビアンカの方が少し背が高くて、僕は後をついていってばかりいた。レヌール城に
向かう勇気も、真っ暗な城の中でもくじけなかった強さも、みんなビアンカにもらったものだった。
 でも、大人になった今では、僕のほうがずっと背が高くなったね。
 僕の腕の中にすっぽりと納まってしまう、あの華奢なビアンカに、十年前、僕は守ってもらっていたんだ。

 ビアンカ。小さな卵のような肩の骨、ほっそりとした体のライン。
 ――今になってわかるよ。
 十年前、本当はきっとビアンカもきっと怖かったんだろう。震える声をごまかすために、
わざと大きな声を上げて、すくむ足を一歩一歩、追い立てるように前に進ませて。あの頃の
僕から見たらお姉さんでも、たった八歳の女の子がお化けの城を探検して、どんなにか
怖かっただろうね。それでも君は、平気なふりをして僕の手を引いてくれたんだ。
 そして、今も。
 ビアンカは笑おうとしてくれている。僕の幸せのために。お化けの怖さを
ガマンしたときみたいに、お姉さんぶって涙をこらえていてくれる。
 そう、君にキスしたとき、わかった気がしたよ。
 だってあのとき、君ははっきりと震えていたんだ。

 十年前、気づかなかった君の震えを、小ささを、強がりを、今の僕ならわかって
あげられると思う。僕だって、少しは大人になったんだよ、ビアンカ。
 別邸の明かりを見て、僕は口の中でそっと呟く。
 早く眠りなよ、ビアンカ――。
 さっき君が言ってくれた『かっこつかない』って言葉を、そのまま返すから。
 あした誓いのキスをするとき、目の下にクマをつくった花嫁さんのことも、きっと僕は
可愛いと思うに違いないけれど――ね。



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