ビアンカ萌えサイト@Wiki

Tears

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medaka

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耳元で、まだ静まりきらずに荒く呼吸を繰り返す、彼の激しい息づかいの 音がする。
 
 
彼女のなかで昇りつめ、果ててから、彼はそのまま、崩れるように彼女の上に覆い被さって、
やさしく抱き締めるかのように、熱を帯びたままの肌と肌を、触れ合わせている。
 
 
 
真っ白になった頭の中から少しずつ霧が晴れ、だんだん冷静さを取り戻してきたビアンカは、
まだけだるさの残るふたつの腕をそっと上げ、自分の胸の上にある彼の躯に、手のひらを触れさせた。
 
 
もともと、彼の躯は、頑丈にできていた。
 
 
子供の頃から激しい労働をさせられ、耐え抜いてきた、痛ましいけれど逞しい、躯。
 
 
初めて、生まれたままの姿で、彼と肌と肌を触れ合わせた時は、
自分とは違う異性の躯が、何だか、無性に、恥ずかしくて……。
初めて、愛する異性の前に一糸纏わぬ姿を晒して、口づけられ、触れられ、素肌を合わせて愛されるその行為に、
逃げ出したいくらいに戸惑いを覚えて――――――。
 
 
ほとんどの瞬間、目を瞑ってばかりいた。
 
 
自分の躯を強く強く抱き締めて、素直に自らの情熱のままに愛そうとする彼の、逞しい背中を、
手探りのまま、この手のひらで、ただ一生懸命に、抱き締めていた。
 
 
けれど、そこには、あちこちに、古い傷跡が刻み込まれていて……。
 
 
彼の熱い抱擁に困惑し、狼狽しながらも、指を動かしていいものか、ひとり迷っていたのだ。
 
 
 
 
そんな、彼の背中には、また、新しい傷跡が、増えている。
 
 
永遠に愛し合っていくことを、あの教会で誓ってから、ただひたすらに、自分を守り、かばい、闘ってきた、躯。
そして。
この躯は、自分たちの間に生まれた子どもたちの命をも、守ってきたのだ。
石の呪いにかかって離れ離れになった自分を助けるために、取り戻すために、耐えて闘ってきたのだ。
 
 
それに、
彼の躯は、以前よりも、何だかもっと、逞しくなった。
自分の躯にのしかかる重さも、触れる筋肉の堅さも力強さも、以前よりももっと、頼もしくなった。 
 
 
 
 
彼女には、わかる。
ああ。
離れ離れになっていた10年の間、
この躯は、背中は、心は、どれだけたくさん、傷ついてきたのだろう――――――。
 
 
 
 
 
ビアンカは、彼の背中を抱く腕に、力を込めた。
背中を撫でる手のひらに、愛おしさを込める。
彼は、まだ、動こうとはしなかった。
激しかった吐息は、だいぶ落ち着きを取り戻している。
けれど、熱く激しく愛し合った余韻にひたるかのように、まだ、顔を上げようとはしない。 
 
 
 
 
……初めて結ばれたあの時も、そうだった。
今でもはっきりと、覚えている。
初めて彼を受け入れた、あの瞬間が、彼女の脳裏に浮かんだ。
 
 
彼は、こうして彼女の躯の上に崩れ落ち、彼女の頬に頬を触れ合わせたまま、いつまでも動こうとはしなかった。
 
 
 
 
そして。
 
 
 
 
不意に、頬が、じわりと濡れて、ビアンカは、驚いたのだった。
 
 
 
 
自分の額あたりから汗でも流れたのかと思ったが、違った。
触れ合った頬とは反対側の彼の頬に、そっと指を伸ばしてみると、そこは、濡れていた。
伸ばした指にも、涙が一筋、流れて伝って、落ちていった。
 
 
「リュカ・・・?泣いてるの?」
ビアンカは、遠慮がちに、小さくそう尋ねた。
びっくりしていた。
彼の涙は、初めてだったから。
 
 
 
「ごめん・・・。何だか、すごく、幸せで・・・・・・」
 
 
 
 
彼は、そのまま、それだけ答えた。
 
 
『幸せで』。
 
 
そう答えた彼の言葉が、ビアンカの胸に、じんと響いた。
 
 
彼の父の死を語った時も、本当に辛かっただろう奴隷の日々を明かした時も、彼は、けして、涙を見せなかった。
 
 
 
それなのに。
彼は、今、初めて、自分と身も心も結ばれて。
こうして、涙を零した。
 
 
 
 
苦しさや辛さには耐えられても、自分の幸せには、涙を我慢できないのね……。
 
 
 
 
ビアンカは、そう思った。
そして、そんな彼が、不憫で、可愛くて、たまらなく愛おしくて――――――。
彼女も、涙を零したのだった……。
 
 
 
 
 
 
 
 
ビアンカは、再び、さらに力を込めて、彼の躯を抱き締めた。
 
 
 
それに、反応するように。
 
 
 
 
――――――触れ合った頬が、濡れた。
 
 
 
 
あの時と、同じだった。
熱い、彼の、幸せの涙。
 
 
 
 
彼女の頬を通して、心に深く、染み込んでいく。
 
 
 
 
十年ぶりにまた巡り逢えた、感動。
愛する人とともにいられる、幸せ。
抱き合って、触れ合って、愛を確かめ合うことのできた、この幸福感……。
 
 
 
ビアンカの瞳からも、熱い涙が零れる。
 
 
それに気づいてか、彼はようやく、静かに顔を上げた。
涙で潤んだ黒い瞳と空色の瞳が、間近で、互いの姿を映し出す。
言葉もなく、二人は指を絡め合い、リュカは顔をかがめて、ビアンカの柔らかな唇に、熱く唇を重ねた。
 
 
彼の新しい涙が、また、ぽとりと彼女の頬に落ち、こめかみを伝って流れていった。
 
 
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