――ピピピ ピピピ ピピピ ピピピ ピパペポ!
「ぅん~?」
面白素材の編集作業を終えたエーニャ。
ちょっと休憩を、と思った矢先に部屋の女子寮警告音が鳴った。
よほどの事態が起きなければ鳴らないはず―― 一体何が?
「ルニャさん、聞こえますか!? 至急寮長室までお願いします!」
あわてた口調の連絡回線の向こう側に、状況の説明を促す。
こんな時こそ落ち着かなければならない。
本体は今も炒飯湖で夏季休暇中。
ビーニャちゃんも居ない。今日も図書館塔で泊まりだ。
シーニャちゃんも居ない。グッズ工場拡張の打ち合わせで外に出ている。
「今から向かうよぉ。今わかっている状況の説明してくれる~?」
「あ、ごめんなさいエーニャさん!
目的不明の男子生徒が寮の敷地内に侵入!
既に第十三次防衛線を突破されました!」
逢瀬や逢引目的の単独潜入ではなく、複数での強襲とは。
性欲を持て余す若さゆえの過ちというヤツだろうか?
しかも二十四層からなる防衛線を既に十三を突破しているとは。
強襲を決行する程度の実力はあるようだ。
この寮の中枢であり、あらゆるシステムの中核でもある部屋。
オペレーションルームである寮長室に入ると、何人か知った顔が居た。
今は非常事態のようなので挨拶は後回し。現状把握に努める。
「詳しい現状の報告を」
「はい。既に第十四防衛線も突破間近です。
第十五防衛線へと辿りつくのも時間の問題かと……」
「侵入から15分経過の段階で、相手の戦力は90%以上残存していると思われます!」
「映像、でます!」
「へぇ、随分と手際が良いわね」
9割の戦力を残して第十四防衛線まで突破。
近年の女子寮攻防戦では稀にみる戦果だろう。
幸い此方に大きな被害は出ていないようだが……
「対象の人数と武装を正確に把握させましょう。
あと、どのくらいで次の防衛線が突破されるのかも」
「はい!」
的確な指示を出し、伝令を飛ばす生徒を横目に。
エーニャはモニターを見つめる。
ただ警戒音だけが騒がしく鳴り響く画面。
直線と曲線の中、動きを止めることなく移動し続ける点を。
「――しかしここまでで残存戦力の消耗も多くなってきていると推測できる。
体力や魔力のロスも見込めますし、そのことは相手も十分把握しているでしょうね」
「ということは、短期決戦に持ち込むつもりね……」
「十中八九そうだろうね。逆に言えば、暫く持ちこたえれば鎮圧は容易ってこと」
現状、防衛は機械と魔術を用いたオート迎撃のみで構築されている。
つまりトラップや無人迎撃魔導装置を上回る能力を相手は持つという事。
夜間なので大半の女生徒は戦力にならない――夜更かしは美容の大敵だ。
「第十五防衛線が突破されるまでの時間は計算できた?」
「はい。後……5分以内です。
しかし火力を集中されれば更には早まる可能性も」
「充分だねぇ、私が行ってくるよ~」
周囲の生徒たちが一斉に視線をよこす。
恐れていたことが口に出されずとも、動揺とも諦観とも取れる視線が。
「だいじょ~ぶ、"わたし"やシーニャちゃんみたく施設は壊さないから~」
「目標地点到達、防衛システムを無力化する」
「こちらデルタ1、ポイント15クリア」
「チャーリー1、そちらは……なっ!?」
「……? どうした、応答しろデルタ1!」
「なにがあった?」
「デルタ部隊からの連絡が途絶えました……応答ありません!」
「念話遮断か? 呼び続けろ。
あちらは女子生徒寝姿撮影が任務の部隊だ。
万が一の場合は我々が向かうわねばならない」
「了解。応答しろデルタ1、デルタ……」
「どうした、チャーリー3?」
「おかけになった念話は現在使われておりませぇん。
ピーという発信音の後にダイイングメッセージをどうぞ~♪」
「誰だ!?」
「メッセージは一件でぇす。「誰だ!?」」
エーニは手に持ったクラウソナスを、振り向いた侵入者に向けて叩き込む。
「がっは……ぁ……」
侵入者の一人が床と水平に吹き飛び、壁へと叩きつけられる。
一般人なら間違いなく即死だがそこは相手も魔術師。
後で拷問もとい尋問ついでに直せば問題ない。
エーニャがクラウソナスを叩き込んだ際、同時に膨大な魔力を送り込んでいる。
無理やり注ぎ込まれた魔力は相手の魔力と拒絶反応を起こし、魔術行使を阻害する。
エーニャレベルに注ぎ込まれたなら、暫くは肉体もまともに動かせないだろう。
そこで、隊長を務める男子生徒は見た。
両手に二本の歪な刃を、両足の指でも挟むように二本。
計四本の刃を持つエーニャは一件、隙だらけであったが。
「っ――!」
一息で後方に飛び退くと同時に杖を槍のように構え、魔力刃を展開する。
肌を貫くかのような存在感は未踏地域に生息する魔獣のそれに匹敵。
ふざけたようなその構えは余裕の裏返しであると、彼は判断した。
「四刀……斬新というレベルではないな」
「一つよりも二つが強いんだよ~?
ならその倍の四つならってもっと強くて当然だと思わなぁい?」
エーニャの得物は、幅広で重量感のある歪な両刃。
構えは無茶苦茶だが、その剣閃を一切残さず虚空に溶け消える。
驚くほど洗練されており受けるのは難しい。
素早く、そして鋭い横一閃を床面スレスレまで低く屈み、頭上にやり過ごす。
相手は「歩く核弾頭」「小さな暴君」「生ける理不尽」「バグキャラ」と呼ばれるルニャの分身だ。
そのまま男子生徒は右側面へと回り込み、一切の手加減無しで狙い澄ました一撃!
「ふっ!」
しかし軽く掲げたエーニャの右手の刃に阻まれる。
鈍い激突音が反響し、手には痺れるような衝撃が伝わる。
「――っ!」
この密着に近い体勢から攻撃などできる筈がない。
魔術はこの距離で使用すれば自身も巻き込まれる。
そう頭では想いながら、しかし身体が反応。
刹那、一回転するように身体を前転させるエーニャ。
頭上から足の指で保持された刃が遅れて振り下ろされた。
凶刃が鼻先を擦り抜け、逃げ遅れた前髪を散らす。
「へぇ~」
エーニャは感心したとばかりに口元を緩める。
一見隙だらけでありながら、きわめて自然体に近い四刀流の構え。
無造作でありながら、踏み込むには鈍感になりきる勇気が要求される――
「はああああああああああっ!!」
気勢を上げて男子生徒は地を蹴り、槍杖を大きく振り下ろす。
対するエーニャは床面に刃を突き立て真正面から受け止める。
「ダメダメ~、そんな勢いだけの速さじゃ私には届かなぁい」
「なに、学園最上級の美少女だ。近寄って顔を見てみたくてね」
「ハッキリ言われると照れるよ~」
「……しかし残念だが、君の剣には弱点がある」
「うん~?」
「確かに鋭く、早く、力強い。しかし――」
四刀流は四本の刃剣を巧みに操ることに意味がある。
しかしその軸として一本は常に拘束される、ならば軸を崩してしまえば?
室外であれば、魔術で空を飛ぶ事で逃れる事も可能だろう。
しかしここは通路だ。故に男子生徒が行う攻撃は――
軸となる刃への、渾身の力を込めた薙ぎ払い!
「弱点?違うよ~」
――エーニャは四刀流の修練の中で、解ったことが一つある。
それは"わたし"の考えた四刀流が、自分で考えていたより。
もっとずっと奥が深く、常識に捉われないということだ。
「ならば証明してみせよう、今ここで!」
無造作な構えから襲いかかる刃を掻い潜り、槍杖を薙ぐ。
これでエーニャはバランスを崩し――と勝利を確信した次の瞬間、驚愕と共に過ちと知る。
刃を薙いだ感触はまるで、樹齢数万年の巨木へ打ち込んだ様で。
体勢を崩すとか、よろめかせるとか、そんな次元すら遠く及ばず。
攻城ゴーレムの足すら切り崩す必殺の一撃でも、なんら揺らぐ事はなかった。
軸となっている刃は、床に数ミリしか突き刺さっていないと言うのに。
エーニャは、防御魔法すら使用していないと言うのに!
「化物か……」
「それほどでもないよ~」
一歩踏み出したエーニャが腕を振り被る。
――瞳が無邪気な子供のようにどこまでも純粋で。
男子生徒の悪寒が急激に膨張し、勘を頼りに後方へ跳ぶ。
十分過ぎるほど距離を取っても悪寒は強くなる一方だ。
「四刀流 奥義ノ壱」
四刀流は元より常識を踏破した末に編み出された武術である。
その奥義が常識に捉われ、刃に固執するだろうか?
否、ない!
「一 歩 一 殺 拳」
分身魔術の応用でぐんぐん伸びる拳。
回避されても変幻自在に追尾し、命中してもまだまだ伸びる!
内壁をぶち抜いてぶち抜いてぶち抜いて、外壁をもぶち抜いて。
寮から飛び出した男子生徒は校舎の時計盤に叩きつけられて、ようやく停止した。
「ただいま~。はぁいお土産~」
のほほんとした様子で帰還したエーニャに、皆が安堵の息をこぼす。
その対象はエーニャではなく、足元に転がった侵入者へのものだったが。
「あ~、なぁにその溜息~
ちゃんと加減するって言ったでしょ~?
他の侵入者はあっちこっちに転がってるからね~」
引き摺られてきたのは最後まで粘った隊長らしき男子生徒。
残りは拘束術式を打ち込み放置してきた。既に回収班が向かっているだろう。
「それじゃあ私は寝るからぁ、あとはよろしく~」
後始末は他の者に任せ、エーニャは自室へと戻る。
教師への連絡の前に一眠りしても構わないだろうと考えて。
分身体なので睡眠が必要ではないが、気分的に。
最終更新:2012年03月02日 01:15