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無数の魔導書が収められた旧図書館塔は、狂っている。
空間が時間が現象が法則が歪み、怪異と呼ばれる魔物すら巣食う。
インセクトブレイザーもそうやって作られた怪異の一体であった。
蜂や蟷螂などの昆虫と騎士を冒涜的に融合させたような姿で。
生まれた時からインセクトブレイザーは強い飢えと渇きを覚えていた。
インセクトブレイザーは飢えと渇きに癒すために旧図書館塔を彷徨った。
彷徨う中で自分と同じ怪異と戦った時、飢えと渇きが満たされることに気付いた。
それからは戦って、戦って、戦って、戦って、戦い続けた。
怪異と戦って魔導書と戦って異能者と戦って魔術師と戦った。
戦い続けるうちにインセクトブレイザーの存在は変質していった。
怪異を殺し魔導書を殺し異能者を殺し魔術師を殺し続けた為か。
最早存在が虚ろな怪異ではなく、確固たる存在を確立させていた。

戦いを求め彷徨うインセクトブレイザーはある時、人間の集団と出会った。
それは定期的に行われる魔導書の発掘部隊であったが、インセクトブレイザーが知る由もなく。
インセクトブレイザーの存在を確認した瞬間、集団は即座に撤退を始める。
弱き存在にインセクトブレイザーは興味を示さない。
求めるものは殺戮ではなく戦いであり、戦うに値する強き存在である。
逃げ出す集団が弱き存在である事は明らか。戦うに値する強さも感じない。
上層に来過ぎたかと踵を返そうとしたインセクトブレイザーは、困惑した。
小さきモノが魔力をナイフに纏わせ、立ち塞がるように居たからだ。
弱き存在はすぐに逃げる。当然だ、決して自分には勝てないのだから。
なのに何故、この小さきモノは逃げないのだろう。
更に驚いた事に小さきモノは自分へ向かってきた。
なかなかに悪くない動きだが、インセクトブレイザーからすれば呆れる程に遅い。
小さきモノの斬撃も銃撃も魔術も掠らせもせず、軽く斬り刻んでみるが怯まない。
傷は癒えているようだが、皮を裂き肉を斬り骨を断ち鮮血と共に撒き散らせる。
しかし痛みを感じていないのか、小さきモノの顔に浮かぶ無感情は変わらない。
一方的な攻防は小さきモノの肩口を生体魔剣が捉えた同時に、終わりを迎えた。
小さきモノはぐらりと体勢崩して転倒する。身を起こそうとはしない。
魔術的な何某で傷は癒えても、起き上がる体力が残されていないのだろう。
倒れた小さきモノを前にインセクトブレイザーは、悩んだ。
やはり弱き存在であった。なのに何故、自分に向かってきたのか。
理解できないまま、インセクトブレイザーは生体魔剣を振り下ろす。
それは反射の様なものだ。常に強者と戦い続け、勝利した時に繰り返してきた動作。
しかしあまりにも機械的であった為に酷く単調で力の入らぬ不用意な一撃。

その隙を、傲慢を、小さきモノは見逃さなかった。

いったい何が起こったのか?
インセクトブレイザーの胸に、小さきモノの刃が迸った。
外殻に阻まれ折れ砕けたミスリルの破片が、食い込んでいる。
自分より遥かに弱き存在が、僅かとはいえ強き存在である自分の肉体を傷つけたのだ。
驚愕に思考を暫く麻痺させるインセクトブレイザー。
その間に、気力体力のすべてを使い果たした小さきモノは気を失っていた。
思考の麻痺が解け、インセクトブレイザーはふと気付く。
そう、同じ目だった。
これまで戦い打倒してきた中でも特に強かったモノ達。
自分へ向けていた小さきモノは、同じ目だったのだ。
そして唐突に理解した。
あれが、戦うモノの目なのだと。
自分と戦った理由は解らない。
けれどそんな事はどうでもよい。
インセクトブレイザーは小さきモノを抱き上げる。
そして怪異や魔導書の干渉が少ない場所で寝かせる。
この小さく脆く儚く弱くも戦うモノは、自分に傷を負わせた。
成長すればどれほど自分の飢えと渇きを満たす存在になるだろうか。
成長した小さきモノと再び戦う時までに、自分も更に強くなれねば。
確信ともいえる再戦の予感を抱き、インセクトブレイザーは立ち去る。


それから暫くして目を覚ました小さきモノは、驚いた。
目を覚ませた事自体もだが、半壊している60階の惨状に。
本棚は一つ残らず砕かれ、無数の書物が散乱、怪異らしき残骸が転がっている。
護衛対象を逃す為の殿に残った自分と昆虫戦士の戦いの余波――ありえない。
一方的に敗北した。最期に一矢報いたような気はするが、記憶は曖昧だ。
ではこの惨状は? そもそもなぜ自分は生きているのか。
ブレスレットから回復薬を取り出しぐっと呷る。
解らないが、生きているのは良いことだ。
せっかく助かった命なのでまずは帰還しよう。
考えるのを止め、帰還門が設けられた上層階へと歩き出した。
いつかあの昆虫戦士にリベンジする、と決意して。
最終更新:2012年03月02日 01:19