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次の敵艦に向かうと、甲板に女が一人だけ立っていた。
両腕をがっしりと組み、男よりも男らしく仁王立ちしている。
日焼けではない、おそらく生まれつきのものであろう褐色肌。
それと同じく、老化によるものではないであろう、雪のように白い髪。
鷹のように鋭い目と、すらっとした高い鼻に、瑞々しく潤った唇。
そして何よりも目を引かれるのは、たわわに実った大きな胸である。
大きく開けられた胸元からは二つの山が作り出す立派な谷間が見られる。
右腕には機械的な見た目をした腕輪をしている。
そう、シアンにジークと呼ばれていた、あの女である。

「――――まずは、自己紹介といこうぜ。なあ、お二人さんよ」

ジークは大きな声ではっきりと、甲板全体に聞こえるような声で言った。
豊満な胸の前で組まれていた腕を解き、右手を胸元へ持っていく。

「アタシはヴァルハラ師団の副師団長のジークリンデ=オルトロスだ」

「COLORS幹部、《業泥棒(スキルジョーカー)》のラピスよ」

「同じく、《僅かな致命傷(デスグレイズ)》のスカーレット」

一応、礼儀として名乗りを返す。
たとえ敵とはいえど無視するのはよくない。
特に不意打ちなんてするもんじゃあない。
正々堂々、真正面からぶつかり合うべきだ。

「面と向かって会うのは初めてか。まあ仲良くしてくれよ」

「生憎、胸の大きい女は敵だから仲良くするつもりはないのよ。
 むしろ見てるだけで殺意が沸いてくるわ。ふつふつとね」

「ふん、バカうぜぇ女だなテメェ」

「貴女もね」

ギラリと瑠璃が睨むと、ジロリとジークが睨み返す。
互いに一歩も譲らぬ攻防が続く。激しい火花が散る。
同時に二人が一歩足を踏み出す。さらにもう一歩、二歩。
みるみるうちに距離は縮まっていき、ゼロ距離まで迫る。
むにゅん、と互いの胸が当たる。が、それは一方的なものだった。
圧倒的格差社会。巨乳と虚乳ではあまりにもレベルが違いすぎた。
見ているだけでなんだか心が切なくなってきてしまう。

「そんな空しい胸板でアタシに歯向かうとは、バカいい度胸じゃねーか」

「あんたこそ、そんな枷を付けていたらさぞ動きにくいでしょうね。捻り切ってあげましょうか?」

「抜かしやがれ。テメェとの差は胸だけじゃないってこと、バカ思い知らせてやるぜ」

「面白くない冗談ね。その脂肪の塊に栄養取られて頭まで回ってないんじゃないかしら?」

二人が何か言うたびに体を動かすため胸がむにゅんと形を変える。
だがそれはあくまでジークに限っての話で、瑠璃には形が変わるほどの胸も無い。
あえて例えるならば、まな板の上でスライムをこねくり回している。そんな感じだ。
と、まあ二人がそんな状況のため、スカーレットは一人放置されていた。

(ラピスやっと何時もの調子に戻ったみたいだ。よかったよかった)

などと呑気なことを考えている辺り、放置でも問題はなさそうだが。
この男、空気であることに慣れ始めてしまっている。

「にしてもよ。シアンの奴の“デッドリースモーク”を吸ったはずなのに、よく生きてるなお前ら」

「やっぱりあの毒男の仕業だったのね。ま、優秀な同僚のおかげってところかしら?」

「そうそう、優秀な……ってまさか俺のこと?」

瑠璃の普段なら絶対言わないであろう言葉にきょとんとしてしまう。
しかし瑠璃もまた同じようにきょとんとした顔をしている。

「? あんた以外に誰がいるっていうのよ」

「いや、珍しいなと思って。キミがそういうことを言うなんて」

「おいおい。イチャイチャすんのはそこら辺にしておいてよぉ」

二人のやり取りを見ていたジークが口を開く。
両腕を左右で広げ、構える。
目を見開き、眼光が煌く。

「―――――そろそろ死合おうぜ」

「「っ!!」」

突如、ジークの体から莫大な量の魔力があふれ出す。
その迫力と威圧に一瞬気圧される。
成る程、口ばかりだけではなさそうだ。
瑠璃の体の奥底から得も言えぬ高揚感が湧き上がってくる。

「スカーレットは下がってて。こいつは私が相手するから」

「無理はしないでくれよ。病み上がりなんだから」

「私を誰だと思っているのよ、私よ?ま、あんたはそこらへんでケータイでもいじってなさいな」

「おう、準備は整ったかバカ女」

「バカって言うほうがバカなのよ肉女」

スッと流れるように構えの姿勢をとる。
限界まで洗練され、究極に整ったそれは達人の域を超えている。
構えて向かい合う二人の間で、魔力と魔力がぶつかり合う。
今、対照的な似たもの同士の戦いが始まる。



「先手必勝!バカくたばりやがれ!!」

ジークが右手を瑠璃に向ける。
小指と薬指を曲げ、中指と人差し指を瑠璃へと向ける。
まあ要するに銃の形にしたのを瑠璃に向けた、そういうことだ。
ジークの指先へと魔力が集中する。

「さて、どうしましょうか……あら。こんなところに丁度いいものが」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよオラァ!」

凝縮された魔力は強力な弾丸へと成り果て、指先から放たれた。
空気を裂き、轟音を鳴らし、弾丸が唸りをあげて飛んでいく。

「“触剣乱用《オールセイバー”」

静かに呟き、瑠璃は足元に落ちていた鉄パイプを蹴り上げた。
右手で掴むと同時にパイプが僅かに光を帯びる。
襲い掛かる銃弾に向けて、パイプを振るった。
魔力の銃弾が真っ二つに切断された。

「チイッ!なぁら連射してやるまでだよ!」

「無駄無駄無駄よ」

左手も銃の形に模し、瑠璃へと向ける。
両手の指先に魔力が充填され、弾丸を放つ。
放つと同時に装填、再び射撃。その単純な作業を繰り返す。
何発もの魔力の弾丸を瑠璃に浴びせかける。
だがそれに動揺することもなく、瑠璃は無心で握ったパイプを振るう。
一薙ぎで何発もの弾丸を落とし、薙ぎ払う。

「もう終わりかしら?なら次は、こっちから行くわよ。“飛来身《ショッキングピアス》”」

「っ!!」

瑠璃の体に一瞬で雷が纏う。
地面を蹴る。雷の如き速度で瑠璃が動く。
懐へと飛び込み、鉄パイプを下から突き上げる。
紙一重で反応したジークが体を反らせて突きを避ける。
顎を僅かにパイプが掠る。

「避けた、わね」

「この……っ!!」

顔を下に向け、再度瑠璃の方向を向く。
だが、瑠璃は既に次の攻撃の準備を終えていた。
パイプを上へと投げ、両腕を自由な状態にする。
両腕を後ろに下げて溜める。
構えは完璧。外しなどしない。

「“神風”」

全力の、渾身の、絶対の一撃が、ジークの腹へと突き刺さる。
後ろに下げて構えた両腕を、最短距離で一気に貫く。
捻りを加えられた拳は最大限まで威力が高められる。
さらには魔術によって瑠璃自身の力も雷で強化されている。
まさに戦神の如き一撃がジークを吹き飛ばした。

「がはあっ!!」

「まずは一撃。まさか、これで終わりなんて思ってないわよね?」

「……っバカふざけたこと言うんじゃねぇよ!」

空中で無理矢理体勢を立て直してジークが着地する。
しかしダメージは深刻なようで、口元からは血が垂れている。
手で殴られた腹部を押さえながら、血を吐き出す。
ぺろり、と口元から垂れる血を舐めとる。

「戦いはまだまだこれからだ。だろ?」

「そうこなくっちゃ。やりがいがないわ」

先ほど投げた鉄パイプが丁度良く落ちてきた。
左手を上へと掲げて、それを掴み取る。
具合を確かめるように数回パイプを回してみせる。
改めてパイプを長槍のように構えなおす。

「んじゃ、行くわよ」

「来いよ、バカ女」

再び戦いを始める二人の姿を、静かにスカーレットが眺めている。
正直空気じゃねーかな俺、とかなんとか思いながら。
傍観を続けるスカーレットが呟く。

「こりゃあ……ラピスが勝つかな」



「バカでけぇ風穴開けてやるよ!」

先ほどと同じようにジークが手で銃の形を模して構える。
だが先ほどまでとは決定的に違うことがひとつある。
片手だけだったのが、両手を合わせて構えている。
膨大な量の魔力が指先に収束していく。

「は じ け ろ ぉ !!!」

威力も弾速も増幅された弾丸――否。
砲弾が指先から放たれた。
魔力砲弾は回転しながら瑠璃へと襲い掛かる。

「戦車を一撃で砕く魔力砲弾だ!喰らってバカ惨めに死にやがれ!」

「ふふっ。いいわ。私も、真正面から相手してあげる」

ニヤリと、不敵に瑠璃が口角を吊り上げて笑う。
その笑みには得体の知れない恐怖を感じさせられた。
ゆっくりと、静かに、持っていた鉄パイプを前へ向ける。

「“焼け喰い《ハングリーアングリー》”。全部食べちゃいなさい」

突如、熱く燃え盛る炎が鉄パイプを包み込む。
それはどんどん大きくなっていき、形を成していく。
やがてそれは狼とも獅子とも似つかない、猛獣の頭部と成った。
牙を剥き、魔力弾を猛獣が一飲みで喰らう。

「な、そんな……アタシの魔術が……相殺、いや一方的に!?」

「驚いてる場合なんてないわよ」

「し、しまっ……!」

「遅い」

地面を蹴った瑠璃が宙に舞う。
瑠璃の脚がジークの首を完全に捉えた。
蹴り飛ばすのではなく、重心をずらして後ろへと倒す。
地面に叩きつけられるようにジークは倒れた。
さらに追い討ちをかけるように軍服の各部へと大きな釘が突き刺さる。
地面に磔にされる形で、ジークは拘束された。

「うごけねぇ……クソッ!オイ!離しやがれ!!」

「…………ガッカリだわ」

「……あぁん?」

「拍子抜けね。ヴァルハラ師団の副師団長って言うからかなり強いのだと期待してたのだけれど。
 期待してた私が馬鹿だったわね。はぁ残念。マジ残念。ないわーマジないわー」

心底つまらなそうな、恐ろしく物足りなさそうな、そんな表情を浮かべる。
堕落しきったニートでもこんな顔はめったに浮かべないだろう。
額に皺を寄せて、眉を下げて、深いため息をつく。

「所詮はあなたも、有象無象の一つでしかないのね。
 いいわ、もう。“裏釘還し《ネイルアート》”」

ジークの体を拘束している釘と同じものが瑠璃の手に現れる。
長く、太く、鋭く、鈍色の釘は怪しく光を反射させる。
それを瑠璃はジークの自己主張の激しい胸元へと持っていく。
双丘の谷間部分。要するに心臓のある位置へ先端を向ける。
尖った先端部が胸元へと当てられ、僅かに傷を付ける。
小さな傷口から血が滲む。

「苦しまないように一撃で突き刺してあげる。何か言い残すことはあるかしら?」

「…………奥の手っていうのは、どういうもんだか知ってるか?」

「……はぁ?」

突然のなんの脈絡も無い質問に、瑠璃が首をかしげる。
今の流れや雰囲気からすると、もう少しは違う言葉が出るようなものだが。
命乞いをしたり、最後の足掻きをみせたりだとか、そういうものだ。
しかしこれはなんとなく違う。今言うべき言葉じゃない。
疑問を覚える瑠璃を見上げたままで、ジークが言葉を続ける。

「奥の手っていうのは最後の最後まで後生大事にとっておくもんだ。
 まあそりゃそうだ。すぐに使っちゃあ奥の手じゃねぇからな」

「……何が言いたいのかしら?」

「そんな勝ち誇った顔をするのは早計だってことだよ。バカ女」

ジークが途端に口角を吊り上げて不気味に笑う。
傍観をしていたスカーレットは、彼女の異変を見逃さなかった。
咄嗟に瑠璃へと危険を知らせる。

「危険だラピス!今すぐ下がれ!!」

「えっ」


「バカおせぇよ」


突如甲板を、眩い光と激しい暴風が襲った。



ジークのすぐ近くに立っていた瑠璃は風に弾き飛ばされた。
瑠璃が吹っ飛ばされる直前にスカーレットは走り出していた。
飛んできた瑠璃を、両手で抱きかかえるように受け止める。
受け止めた衝撃で甲板に体をぶつけたが、大事ない。

「いてて……大丈夫かいラピス?」

「え、ええ。しかし、何のつもりなのかしら」

「彼女、ジークのことかい?」

「いやあんた。いつまで抱っこしてるのよ」

「え。うわっ!ごめん!!」

ふと目をやると、スカーレットの手が瑠璃の胸元にあった。
平均値より大分控えめではあるが、ないことはない瑠璃の胸。
ほんのわずかなふくらみの柔らかな感触がスカーレットの手に伝わる。
しかしこれは不可抗力。偶然起こってしまった事故の結果。
まあ要するにラッキースケベイベントというやつだ。
慌てて瑠璃から離れるスカーレット。

「まったく……普段だったら制裁してるとこだけど、今はこっちが先よね」

先ほどまで瑠璃が立っていた場所。要するにジークがいる場所。
そこでは未だに光と共に激しい旋風が怪しく渦巻いている。
中の様子は皆目見えない。だが、あそこにジークがいるのは確かだ。
それどころか、尋常ではないほどに濃密で凶悪な魔力を感じる。

「彼女の右腕に腕輪があるのに気づいたかい?」

「そういえば、そんなものもあったような、気がするわね」

戦闘に夢中で全然見てなかった、とは言えない。
とりあえず適当に返しておく。

「ああなる直前に、その腕輪が光るのが見えたんだよ。おそらくあれに原因が……」


「第一ラウンドはアタシの負けだったな」


「! 来るわよ……!」

荒れ狂う風の中からジークの声が聞こえてきた。
感じる圧力、気迫、雰囲気。どれもが先ほどまでとは違う。
おそらくこれから現れるであろう「強敵」に身構える。
そしてとうとう、風が止み、光が消えた。

「さあ、第二ラウンドの始まりだぜ」

現れたのは、機械的な装甲を身につけたジークだった。
腕部、脚部、胸部、腰部、背部、そして頭部。
あらゆる場所に様々な装甲が展開されている。
装甲の下にはピッチリ張り付いたスーツを着用しているようだ。
体のラインがしっかりと強調されてしまっている。
腕部と脚部には鋭い、獣の爪のようなパーツがついている。
腰部からは長いスラスターが伸びており、尻尾のようにも見える。
頭部のパーツはアンテナのようなものだろうか。どことなくイヌミミっぽい。
胸部装甲は胸元全てを覆っているわけではなく、むしろ強調するかのように装着されている。
そして何より目を引かれるのは、背部に搭載された巨大なコンテナのようなユニットだ。
それは左右両側、合計二つ装備されており、かなり大きい。

「暴れまわろうぜ『バッド・マッド・ドッグ』。お前の出番はこれからだ!」

「……何よそれ。ロボットか何かの類かしら?」

「ああん?まさかバカ知らねえってのか?」

「知らないわよ、なんとかドッグ、だったかしら。そんなものは聞いたことも無いわ」

『――――まさか……AOV……!?』

突然耳元のイヤリングからヴァイオレットの声が聞こえてきた。
その声は驚愕と戦慄に満ちていた。
信じられないものを見るような、そんな声だ。

「なんなのよ、その、AVってやつは」

『違います。AOVです。そんな……既に実戦投入がされていたなんて……』

「なぁヴァイオレット。彼女のあのアーマーは一体全体なんなんだい?」

『……汎用魔導式戦闘装甲「アーマーオブヴァンガード」。
 ここ数年で開発された、現存最高クラスの魔導兵器です』



「アーマーオブヴァンガード……」

ヴァイオレットの言葉を聞き、なんとなくその名前を口にする。
目の前にある、あのやたらゴツイ装甲が兵器なのか。
じっくりと嗜めるようにジークの姿を見つめる。

「なんだ、知ってるじゃねえか」

「聞いたのよ。うちの優秀な可愛いオペ子からね」

「んだよ、バカつまんねえな」

鋭い爪のついた腕部アーマーで頭をポリポリとかく。
というかそれ痛くないんだろうか。むしろガリガリという音がしそうだ。
見た感じ相当鋭いんだろうから、そんなことしたら危ないだろうに。
頭から流血して顔面血だらけになったら、それはそれで面白いが。

「ヴァイオレット。アレの情報がもっと欲しいのだけれど」

『はい。AOVという兵器には、同型は一切存在しないんです』

「どういうことなの?」

『AOVは魔導エンジンというものを積んでしまして、装着した本人の魔力で動くんです。
 魔力というのは個人個人で異なり、同じものはありません。似ているものはありますが。
 そして、あのAOVは使用者、つまり魔術師の能力によって性能が決定されます。
 それは唯一無二。無論、他の誰かが動かすことは出来ません』

「なるほどね……あのわんこアーマーはアイツにしか扱えないってわけね」

『そういうことになります。しかし特筆すべき点はそれだけではありません。
 あれは現存の兵器、戦車や戦艦や戦闘機などを遥かに上回る戦闘能力を持つということです。
 たとえ使用者が非力だろうと、AOVの戦闘補助機能によって何十倍にも高められます。
 防御能力も並外れていまして、銃弾程度では大したダメージになりません』

「装甲の無い部分は?あそこを狙ったらダメージはあるんじゃないの?」

『いえ。そもそもAOVを装着した時点で使用者を覆うように薄いバリアが展開されるんです。
 装甲のあるなしはほとんど関係ないと言ったほうがいいでしょうか』

「成る程ね……それにしても、随分と詳しいのねヴァイオレット」

『あ、はい。実はこのAOVの使用者を育成、養成する学園というものがありまして。
 数回ですがそこを訪れたことがあるんです。体験入学という名目で。
 結構面白かったですよ。私はイマイチAOVに適合しませんでしたが』

「そんなものまであるのね。ますます興味がわいてきたわ。
 うん、大体わかったわ。ありがとうヴァイオレット」

「作戦会議は終わったか?」

ヴァイオレットと通信をしていたのを律儀にも待っていたジークが声を掛けてきた。
その表情には苛立ちなどは見えず、むしろ楽しいことを心待ちにしている子供のようでもあった。
無邪気で不敵で不気味な笑み。それは彼女自身の自信の表れなのだろう。
そんなジークに瑠璃も僅かに微笑み、答える。

「ええ、待たせちゃったわね。おかげ様で色々と分かったわ。そのアダルトビデオのこと」

「ちげぇよ!AOVだよ!AVじゃねえよ!何一つ分かってないじゃねぇかよ!!」

「あら?アニマルビデオだったかしら」

「そーいう意味でもねえよ!間のOはどこ行ったんだコラァ!!」

(うわぁ……)

言い争いを始める瑠璃とジークを見てスカーレットが苦笑いをする。
スカーレットも先ほどのヴァイオレットと瑠璃との通信をオープン回線で聞いていた。
勿論だが彼もAOVについては何一つ知らなかった。
魔術師になったばかりの瑠璃が知らないのだ。
魔術師ですらない彼が知る芳も無い。

「で、ヴァイオレット。キミの個人的観点からで構わない。
 俺たちは、彼女に、彼女のAOVに勝てると思うかい?」

『…………。』

スカーレットの言葉にヴァイオレットは黙ってしまう。
返事を考えているのか、単に困っているのか、それとも……。
しかしその数秒後に、彼女は口を開いた。

『まだ彼女の実力は未知数です。ですが、正直楽な戦いではないはずです』

「ん、わかった。それだけ分かれば充分だよ。ありがとうヴァイオレット」

『……負けないで、くださいね』

「勿論さ」

自信を持って頷き、瑠璃の隣へと並び立つ。
共に戦い、この戦いに勝利するために。



「何よスカーレット。一緒に戦おうっての?」

「当たり前じゃないか。何のために二人で来たんだい?」

「私の圧倒的強さを見せ付けるため?」

「うおぉい!」

「……ハァ。おい、いい加減話を伸ばそうとするのやめろよ。
 いくら書いてる奴が遅筆だからってよ。無駄な会話を入れて無理矢理話を……」

とか突然メタ発言を吐くジーク。いい加減痺れを切らしたのだろう。
態度や表情に多少の、いや、かなりのイラつきが見られる。
はやくしろよコノヤロウ、といった感情が読み取れる。

「あらごめんなさい。準備はもういいわよ。いつでもどうぞ」

「なんだ、そうなのかよ。そんなら――――い く ぜ ?」

「っ!?な、なによこの魔力は……!」

『気をつけてください!来ます!』



「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォォォォ!!!!!!」



凶獣が、吼える。
テールスラスターとリアスラスターを展開、バーニアを噴射する。
目にも止まらぬ速度で駆け、瞬時に距離を詰める。
瑠璃の眼には彼女が突然目の前に現れたようにも見えた。

(疾い!対応……できない……っ!?)

「おおおおおおらああああああ!!!」

「は、“厄避け《ハザードエスケープ》”!」

ジークの拳がもう目の前に迫っていた。
ワンテンポ遅れて風の鎧を身に纏う。
しかしそんなことはお構いなしにジークは拳を振り切った。
瑠璃の身体に命中する前に風の鎧に拳が当たる。
だが、それにも関わらず瑠璃の身体は宙に浮いた。
後方へと大きく瑠璃は殴り飛ばされた。
激しく甲板へと瑠璃の身体は叩きつけられた。

「ぐうっ!?」

「ラピスを、風の鎧ごと殴り飛ばした!?」

「テメェも、他人の心配してねぇで手前の心配くらいしやがれよ!」

「くっ!」

サイドスラスターからバーニアを噴射し、高速で旋回する。
今度はスカーレットに標的を定めて一気に襲い掛かる。
全スラスターのバーニアを推進力に回し、限界まで速度を高める。
そのままジークは単純に、スカーレットに体当たりを仕掛ける。

「うわぉ!!」

間一髪、横へと跳んで体当たりを避けた。
勢い余ってジークは艦上から海へと飛び出していってしまった。
最初は海に落ちただろうか、などと思っていたが勿論そんなことはなかった。
スラスターからバーニアを噴射しつつ、空を自由自在に飛んでいる。
無論そのスピードはかなりのもので、数百キロは余裕で出ているだろう。
先ほどの体当たりが当たっていたら電車に轢かれるよりも悲惨なことになっていたかもしれない。

「ヒュー……おっそろしいね」

「あんなものつけるだけで、あそこまで変わるとはね……ちょっと驚いたわ」

「ラピス大丈夫かい?」

「ん、まあなんとかね。風の鎧を纏っていたから大したダメージじゃないわ」

腕を回して首を左右に倒す。そのたびに間接がコキコキ鳴る。
いくら鎧を纏っていたとはいえ、多少の衝撃はあったらしい。
もしまともに喰らっていたらと思うと、少し恐怖を覚えてしまう。

「形勢逆転、ってやつか?ああ、アタシがバカ強すぎるのがいけねえのか」

甲板へと降りつつ、ジークがニヤリと笑った。
余裕綽々。今の状況に慢心しているようだ。
むっとして瑠璃が言い返す。

「バカ言わないで頂戴。これからよ、戦いは」

「そうさ。まだ俺も、彼女も、本気の1割も出してないぜ」

「だといいけどな。精々アタシをバカ愉しませてくれよな?
 さあ、いくぜ。そろそろ、コイツの能力を見せてやるよ」

右手をゆっくりと、見せ付けるように、勿体つけるように挙げる。
――――ガコンと音を立てて背部コンテナユニットが作動した。



「あれは……」

『先ほども言ったとおり、AOVは使用者の能力で性能が決まります。
 彼女は指先から魔力弾を放つ魔術を使っていましたので、おそらくは……』

「それに関係する能力を使用する、というわけね」

「そーゆうこった」

コンテナがガパッと開き、何かが出てくる。
その何かは左右のコンテナで別のもののようだ。
後ろに手を伸ばすと、それを掴み、一気に引き抜いた。
それを瑠璃とスカーレットに向けて構えた。

「銃?」

「正確にはアサルトライフルとレーザーライフル、だけどな」

ライフルと呼ぶには少し無骨な、一回り大き目の銃。
おそらくはAOV用の銃器なのだろうか。
形状の良く似た、異なる二丁の銃を構える。
そして、ゆっくりとトリガーを引いた。
魔力弾と魔力レーザーがそれぞれの銃から放たれる。

「“煌く翼《ライトウィング》”!」

光の翼を生やし、自身を包み込む。
翼は盾となり、攻撃を防いだ。
防ぎきると翼を羽ばたかせ、光のレーザーを放つ。
数本のレーザーがジークへと飛ぶ。

「ははっ、ならこれだ!」

持っていた銃を投げ捨てる。すると銃は光となって霧散した。
続いて再び背部のコンテナへと手を伸ばし、また取り出す。
今度は二枚の大きな分厚いシールドを取り出した。
二つをあわせると、さらに大きなシールドになる。
光のレーザーがシールドへと命中するが、防がれる。
防ぎきるとまたシールドを投げ捨てた。

「使い捨てなのかしらそれ?勿体無い」

「いいんだよ、そういう能力だからな」

「ふむ、見たところそのコンテナから武器を取り出してるように見えるのだけれど。
 四次元コンテナから武器を取り出してる、といったところかしら?」

「半分正解で、半分大不正解だ」

半分なのに片方釣り合ってない気がする。
それはいいとして、先ほどの予想が違うとしたら……。
いくつかの予想、仮定、憶測を脳内で立てていく。
――なんとなく、答えは見えた。

「……武装創造能力」

「バカご名答だ。このコンテナには実質何も入っちゃいない。
 取り出すときに、アタシのイメージにあわせて武器が創造されるって寸法だ」

「へぇ、便利なものね。でもね。余裕見せすぎってのはいけないんじゃないかしら?」

「あぁ?」

相変わらず余裕を見せているジークはあることに気がついていなかった。
そう、瑠璃と戦うことにあまりにも夢中になっていたのだ。
だからこそ、もう一人の存在を忘れていた。

「後ろが、がら空きさぁ!!」

真紅の剣を携えたスカーレットがジークの背後から迫っていた。
作戦、というほど高尚なものでもないが、成功だったようだ。
鋭い剣の切っ先が、ジークに迫る。

「――――“フェンリルカノン”」

「いっ!?」

ガコン、と音を立ててウェポンコンテナが開いた。
左側のコンテナから出てきたのは犬の頭をした砲身。
フェンリルは犬じゃなくて狼だろう、などというツッコミは今するべきじゃない。
今するべきことは、回避行動だ。

「消 し 飛 べ ぇ !!!」

魔犬の口腔部から魔力砲が放たれる。
今スカーレットがいるのは空中。避けるのは困難だ。
強引に体勢を立て直し、体を捻り、攻撃範囲から逃れようとする。
しかし健闘空しく、スカーレットの腹を魔力砲が僅かに抉った。



「スカーレット!?」

「大丈夫だ!『すぐ治る!』それよりも次がくるぞ!!」

「やばっ……!ウィング!」

どう考えても大丈夫じゃない腹部の怪我に瑠璃が一瞬気を取られる。
その僅かな隙をジークがみすみす逃すわけがあるはずない。
先ほど後ろに向いていた魔犬の頭は既にこちらに狙いを定めている。
光の翼で自身を防御した瞬間、再び魔力砲が放たれた。
受け止めると同時に凄まじい衝撃が体を襲う。

「くっ!何よこの威力は……!まさか収束魔力砲!?」

「またまたご名答だ。普通の魔力砲じゃあねぇよ」

魔犬の大砲、フェンリルカノンがウェポンコンテナに頭を引っ込めた。
というか普通にしまっただけだが、どうしてもそう見えてしまう。
しかしあの砲はあまりにも脅威だ。
……それと気になることがある。
あの砲の名前からするに、これは仮定だが、確定ともいえる。

「まさか、“オルトロス”や”ケルベロス”とか言って増えたりしないわよね?」

「…………にっ」

笑った。とても意地悪な笑みだ。
嫌な予想が当たってしまった。増えるのか、あれが。
二門までならいけるだろうが、三門となると厳しいものがある。
……こうなってしまっては仕方ない。
瑠璃は覚悟を決めた。

「スカーレット。あんた先に行きなさい」

「……は?何言ってるんだいラピス?」

先ほど大きく抉られた腹を押さえながらスカーレットが聞き返す。
よく見てみるとその傷は既に埋まっており、ほとんど治っている。
この回復力は明らかに人間のそれではない。
だがしかし、今はその話をしている最中ではない。
このことについてはその時がくれば語られるだろう。

「ここは私に任せて、さっさとグレイのやつをぶん殴って来いって言ってるのよ」

「だから何を!AOVを起動した彼女には二人掛かりでないと適わないってヴァイオレットが言ってたじゃないか!
 だからこそ今は力をあわせるべきだ!そうなんじゃないのかい!」

「それは『今の私が、あの子が知ってる私だったら』という話よ」

「え?どういう、ことだい……?」

「魔術学園に行って、ただ呑気に魔術を覚えてきただけじゃない。そゆこと。
 それに今、私どんなことを考えてると思う?あいつに対して何を思っていると思う?」

「さぁ……」

「“嫉妬”よ。あの乳が妬ましい。あの力が妬ましい。ものすごく、妬ましいの」

今の瑠璃の腹の中は静かな怒りでいっぱいだった。
その怒りは腹からだんだんと頭へと登っていく。
怒りは炎へと変わり、左目へと集まり、具現化する。
瑠璃が左目の眼帯を強く掴み、毟り取った。
瑠璃色の炎が、静かに、激しく燃える。

「もう分かるわよね?さっさとここから去りなさいという言葉の意味が」

「……俺は足手まとい、ということだね?」

「物分りがよくて助かるわ」

「オーケイ。んじゃ俺は後ろで傍観でもしてようかな」

踵を返し、スタスタと歩き始めるスカーレット。
その姿は敵の前で見せるにはあまりにも無防備だった。
無論、それをみすみす逃すジークではない。
口角を吊り上げ、不敵に笑った。

「“フェンリル――」

「っ!スカーレット!避けなさい!」

「え?うわっ!!」

「――カノン”!!」

再び左側のウェポンコンテナが開き、魔犬の砲塔が現れる。
そして後ろを向いて歩いていたスカーレットへ向けて、収束魔力砲を放った。
命中はしなかったが、派手に爆発を起こし、スカーレットの体を吹っ飛ばす。
スカーレットの体はそのまま海へと真っ逆さまに落ちていってしまった。

「ハーッハッハァ!!COLORS幹部ってのも大したことねぇな!
 あっさり一人殺せちまったぜ!存外弱かったなぁあのバカ男もよ!」

「……憶測だけでものを言わないことね。それと、あいつをあまり甘く見ないほうがいいわ」

「ハッ、バカどーでもいいよんなこたぁ。アタシは今、本気のテメェとやれるのを楽しみにしてんだからなぁ!」

「ええ私もよ。本気であなたを捻り潰してやりたいと思っていたところなの。全力でね」

スカーレットという枷が無くなった今、瑠璃を邪魔するものは何もない。
業泥棒《スキルジョーカー》も嫉妬により最高の状態で発動している。
相手も申し分ない。相手にとって不足なしだ。
全身全霊、全力全開で叩き潰す。



「“闇上がり《ナイトメア》”アーンド“着せ替え人形《ラストオーダーメイド》”」

(魔術を二つ同時に!?何をするつもりだ?)

瑠璃の足元の影がズッと伸びて、数メートルほどまで広がる。
影が盛り上がったかと思うと、そこから百体近い黒い甲冑の騎士が現れる。
剣や槍や斧や盾や弓などのあらゆる武器を装備している。
全てが漆黒の影で構成された騎士団がジークの前に立ちはだかる。

「へぇ、面白いじゃねぇか。そいつら全員消し飛ばしゃあアタシの勝ちってことだよなぁ!」

ウェポンコンテナを開き、両腕を後ろへと伸ばす。
そこからグレネードキャノンとガトリングガンを取り出した。
構え、魔力グレネードを騎士団に向けて発射する。
着弾。爆発。騎士が十何体か吹っ飛ぶ。

「案外脆いな。影からできてるからか?っと!」

左側から十数本の影の矢が飛んできた。
すぐさまガトリングガンを撃ち、無数の魔力弾で矢を相殺する。
さらに弓を構えている騎士へと魔力グレネードを放つ。
魔力が弾けて影の騎士を再び消し飛ばす。
既にかなりの数の騎士が犠牲になった。
だがそれでも影の騎士はまだまだいる。
再びガトリングガンを構えたところで、ある違和感を覚えた。

「…………そういや、あの絶壁女どこいったんだ?」

そう、瑠璃がどこにも見当たらないのだ。
違和感を感じて上空へと5メートルほど飛ぶ。
上から騎士団を一望してみるが、どこにも瑠璃がいない。
隠れた、とも思えない。そもそも隠れる場所が無い。
騎士団の後ろに隠れているとも思えない。

「くそっ!あの野郎どこに行きやがった!面倒だ、全員消し飛ばして燻りだしてやるよ!」

ウェポンコンテナが開き、そこから一回り小さな箱のようなものが出てきた。
よくみるとそれには九つの規則正しく並んだ穴が開いている。
その内部にはやたらと物騒なものが見える。
そう、それはミサイルポッドだった。

「消し飛べえぇぇぇぇぇ!!!」

ミサイルポッドから何発もの魔力ミサイルが放たれた。
ついでに持っているグレネードキャノンとガトリングガンも同時に撃つ。
爆発、爆発、爆発。何回もの激しい魔力の爆発が甲板を襲う。
そのたびに影の騎士は吹っ飛ばされ、消え去る。
あまりの攻撃の激しさに、爆煙が甲板を包み込んでしまった。

「チッ、やりすぎたか。これじゃあよく見えねえな。
 さてとどうす――ッ!?」

突然、背中に激しい衝撃を受ける。
しかし振り返ってみても誰もいない。
そもそもいるわけがない、ここは空中なのだから。
相手が飛べでもしない限りは後ろから攻撃されることなどない。
違和感を覚えて首をかしげつつも、甲板に視線を落とそうとした瞬間。
今度は頭に衝撃があった。何かが頭頂部に当たったのだろうか。
ふと上を向こうとすると、黒い影のようなものが視界に入った。
間違いない。先ほど戦っていた騎士だ。

「テッメェ!雑魚の分際でアタシの頭に乗ってんじゃねぇよ!!」

ガトリングガンを頭の上の騎士に向けて放った。
が、騎士がその直前ジークの頭から飛びのいた。
その反応速度は明らかに今までの貧弱な騎士とは違った。

「なんだコイツ……!?」

「正解はっぴょーう。私よ」

「っ!?この声……絶壁女!?」

「誰が絶壁女よ、肉塊女」

落ちながら影の騎士は答える。
甲板に落ちる直前に他の騎士たちが集まり、受け止める。
その次の瞬間、騎士たちが受け止めた騎士の姿が瑠璃に変わっていた。
――――否。騎士の姿への偽装から、元の姿へと戻ったのだ。

「あの影の騎士と同じ姿に変装して紛れてたってわけか」

「ええそう。攻撃の機会を窺うためにね。そしてそれは見事上手くいったわ」

「ああん?何言ってるんだお前。アタシ自身には全然ダメージなんてないぜ」

ジークの言うとおり、瑠璃はジークの頭を「踏みつけただけ」だ。
AOVによって全身を薄いバリアで守られているジークにそんなものは痒くすらない。
しかし瑠璃は動揺することもなく、平然と言ってのける。

「いいのよそれで。それはあなたにトドメを刺すための布石に過ぎないのだから」

「言ってる意味がよくわかんねぇけどよ、負け惜しみだったら聞かないぜ?」

「調子に乗るのもここまで。もはやあなたの勝ち目は無くなった。そう言いたいのよ」



「ははっ、そういうセリフはアタシに勝ってから言えよな!」

「勝つわよ。当たり前じゃない。“水魂模様《スプラッシュアワー》”」

突如、海から水の柱が立ち上る。
柱は空中でうねり、回り、大きな水の球となる。
水の球はふわふわと瑠璃の回りを浮いている。

「で。その水球でどうするってんだ?まさかそれぶつけるつもりじゃねえよな」

「そのまさかよ」

スッ、と瑠璃が前に手を振った。
それとほぼ同時に水球が分裂して、いくつもの小さな水の球になる。
それは弾丸のように瞬時に射出され、ジークへと向かう。
しかし水はどこまで行っても水のままだ。
水の弾丸はAOVを纏ったジークへと当たって弾ける。
防御するまでもない。蚊が刺した程度の威力だ。

「はぁ……なぁ、お前真面目にやってるのか?」

「真面目よ。大真面目。超真面目」

「んだったらよぉ、こんなバカ温い攻撃してんじゃねぇよ!!
 攻撃っつうのはなぁ、こうするもんだろーが!!」

ガコン、とウェポンコンテナを開き、バズーカを取り出す。
構え、魔力の凝縮された砲弾を放った。
しかしそれは瑠璃に命中する直前で防がれた。
二人の間に例の水の球が割って入り、砲弾の勢いを殺したのだ。
完全に砲弾は止まり、水球の中でぷかぷか浮かんでいる。
そして瑠璃が、静かに水球へと触れた。

「“触剣乱用《オールセイバー》”」

ズパンッ。鋭い音と共に水球中の砲弾が両断された。
水球内部で砲弾が破裂するが、水がクッションとなって押さえ込んだ。
結果、瑠璃には一切の被害なしに砲弾を防ぎきってみせた。

「何した、お前?」

「触剣乱用《オールセイバー》。私が触れたものに剣の特性を付加する魔術よ」

「触れたものって……テメェまさかっ……!」

「そう。この海水は今、触れたものを無差別に切り刻む水となったのよ」

先ほどとまったく同じ動作で、水を分裂させ、放つ。
しかし今度はただの水などではない。
その証拠に、ジークの装備した装甲に水が付着すると不可解な斬撃音がした。
見るとそこには剣で斬りつけたような痕が残っていた。

(クソッ!あいつがあそこまで魔術が使えるなんざ、シアンの野郎言ってなかったぞ!)

コンテナから取り出したシールドを構えたままでジークは苦虫を噛み潰したような顔をする。
確かにジークはシアンから瑠璃やスカーレットたちの情報を聞いていた。
しかしそれは既に2年も前のことだ。情報としては古すぎる。
瑠璃が魔術を扱えるようになったのはつい最近のことだ。
勿論そんな情報をシアンが知っているわけがない。
もはやシアンからの情報はあってないようなものだ。

「だったら、全力でゴリ押ししてやるまでだ!」

後ろに手を伸ばし、ウェポンコンテナからアサルトライフルを取り出した。
未だに前方からは斬撃の雨が降り注いでいる。だが、それも無限ではない。
あと数秒もすれば水切れになってこの攻撃も途切れるはずだ。

(その瞬間がバカ女の最期だ!!)

シールドの裏に隠れたままで勝利を確信し笑みを浮かべる。
そしてとうとう、瑠璃の攻撃が止む瞬間がやってきた。
シールドを投げ捨て、バーニア出力最大で瑠璃へ向かって飛ぶ。
アサルトライフルを構えて、引き金を引く。

ガギィンッ!!

「なっ!?」

しかしその次の瞬間にはジークの手からアサルトライフルはなくなっていた。
アサルトライフルは宙に舞い、光となって霧散した。
何もなくなった自分の手を見て、そして今度は瑠璃を見る。
そこには「同じ形状のアサルトライフル」を持った瑠璃がいた。

「テメェ……テメェが何故それをっ!」

「こそこそ隠れてくれてありがとう。あなたの魔術をコピーするには充分すぎる時間だったわ」

「コピーだと!?」

「ええ。そうね……“銃召喚者《トリガーアンハッピー》”とでも名付けておきましょうか」

「人の魔術で好き勝手しやがって……喰ってやろうかテメェ」

「あなたの魔術じゃないわ、これはもう私の魔術よ」

手に入れたばかりの新たな力を振りかざし、魔導兵器へと立ち向かう。
もはや躊躇も油断も慢心も隙も何もない。
全力を出しつくし、目の前の敵を倒す。
今の瑠璃がやるべきことはただそれだけだ。
最終更新:2012年03月02日 01:27